Fate/Stardust Vendetta―星屑の復讐僤―― 作:ソクリ
世になべて、真に邪悪なる企みとは世の中には出回らぬもの、邪悪似て利益を貪る者たちはその利権を手放さないために、その所業を隠したがる。かくて、どの国にも神隠しの類は存在する。
ある日、突然人がいなくなる。ある日、突然一人の人間の痕跡が忽然と消える。そこに疑問を挟む者がいたとしても、不思議なことに、しばらくの時間が経過すると、それをまったく不思議に思わなくなる。世の中とはえてしてそういうものだ、本当の意味で触れてはならないものには触れない。臭いものには蓋をする。
そうして、暗部の中で人知れず消えていく人間たちがいる。それを生業とする者たちがいる。セプテム王国の暗部に深く踏み込んできたステッラファミリーが頭目、ヴィンセント・N・ステッラはそんな者の1人であった。
「しかし、また、ドジを踏んだね国王。まさか、自慢の娘に落ちぶれた七星のガキどもを殺しに向かわせたら、まさか、そいつらに逆襲されちまうなんて、これはいかんね、ああ、いけない。そんなことが世間に聞こえてきたら、ようやく抑えこまれてきた国王への風聞がまた悪くなっちまう。下手すりゃ、リゼお嬢様もどんな噂を聞かされることになるやら、ひっひひ」
「マフィア風情があまり大層な口を利くな。お前たちは我が国に雇われているのだ。儂らが本気を出せば、お前たちのファミリーなど簡単に潰せるのだぞ」
「はは、よしてくれよ、国王。同じ七星の一族じゃねぇか。仲良くしようぜ」
「良く言う。さきほど、同じ同胞の始末をした男の言葉とは思わないな」
「セプテムでは、連中のことを忌み血って呼んでるんだろう? 忌まわしい血、王族と同じ血が流れてるわけがないだろう。あれらは七星であって七星じゃない。そう俺に説明したのは、他でもないアンタだよ、国王」
その日、ヴィンセントは頼まれた仕事を終えて、その報告の為にセプテムの王宮を訪れていた。普段よりも警備が厳重な王宮内、噂の皇女拉致事件が尾を引いているのだろうことを理解して、ヴィンセントは皮肉げな笑みを浮かべながらここまで足を運んできた。
国王が彼に依頼をしたのは、件のスラム鎮圧戦の折にリゼを救った少年を始末することであった。リゼの話しから少年が忌み血であり、リゼの素性を完全に知っていることは明白であった。
もともと、忌み血の人間を体よく殺すためのスラム鎮圧戦であったというのに、その相手に救われて、命を奪われることもなく生かして帰されるなどと、屈辱以外の何者でもなく、この事実を以て連中が何かしらの脅しをかけてくる可能性も十分に考えられる。
「それで結局、あのガキはどうするんだ?抵抗されてよぉ、ウチのファミリーの連中にも噛みついてきやがった。国王さえ良けりゃ、あいつ、ウチのファミリーにもらえないか?」
「むごたらしく殺すつもりか?」
「はは、馬鹿言っちゃいけねぇ。二度と浮かんでこれないように魚の餌にしてやるだけだよ。死体なんて転がしちまったら、どこから足がつくか分からねぇ。そうなったら、セプテムだって困るだろうが」
ヴィンセントが王宮を訪れた理由は端的に言えば仕事の報酬を貰うことと、そのターゲットになった相手の始末をどのようにつけるのかを問うためであった。
スラムに赴き、リゼを助けた少年を拉致した。さすがに七星の血を引く人間だけあり、抵抗によってファミリーの末端の人間が何人か手傷を負ったが、さしたる問題ではない。あくまでも、自分たちの楽しみとして、少年を貰い受けたいという提案半分、余計な死体をセプテム以外で処分してやるぞという見返り半分であった。
ヴィンセントにとって、セプテム王国は自分の上客でもある。王宮の後ろ暗い事情に対応するためにヴィンセントたちステッラファミリーを使うのは、これまでにも何度もあり、そのたびに蜜月関係を築いてきた。
ステッラファミリーとセプテム王国の関係性はこれからも続いていく。それを理解していればこそ、彼らは互いに場違いな軽口をたたき合うことができるのだ。
「お前たちの世話になることも考えたのだが……、星家に身柄を引き渡すことにした」
「星家……、中華マフィアか」
「そして、我々の祖先のルーツでもある。彼らは現在、人工的に七星の血族を生み出すための実験を重ねている。あの少年も七星であり、星家も喉から手が出るほどに欲しいとの話を受けている。我々が持っていても役に立たず、魚の餌にするくらいなら、我らの大願のために役に立ってもらう方がよかろう」
「大願ねぇ……、それを本気で信じているんだから、俺からすれば星家の方がよほど狂気じみているんだがなぁ」
「お前もいずれ関りを持つことになるだろう。当主は実に才気に溢れている。極東では数年前に再び聖杯戦争が引き起こされた。星家もその余波を受けて、鼻息が荒くなっておるところもあろう」
大陸に渡った七星たちの悲願、侵略王を蘇らせ、再びこの世界に覇を唱える。時代錯誤の願いではあるが、それを本気で実現しようとしている者たちがいる。少しでもこの現代に兵力を必要としている彼らは、自分たちの手で、超人的な強さを持つ七星を生み出そうとしているのだ。
もしも、七星たちが量産された暁には、世界の勢力図は大きく変わっていくことだろう。狂った願いを本気で叶えようとする者たちの願いが本当に叶ってしまえば、最早手のつけようが無くなる。
国王はそんな連中の悍ましさを良く理解している。ヴィンセントが今は鼻で笑っているとしても、夢を本気で追いかける者たちはいずれ、無視できない形でヴィンセントの前に顔を見せるだろうと。
結局、ヴィンセントによって拉致され、半仮死状態であった少年は星家の下へと送られた。生きた七星を好き勝手に捌き、研究することができる素体を与えられたことに星家は王国に対してとても感謝をしたが、王国側は結局、最後まで与えた素体がどのような素性で星家へと回されてきたのかを教えることはなかった。
送られてきた少年の意味を当主である灰狼が知ったのはつい先日、国王にその時の出来事を問いただしたからである。
灰狼自身すらも気にも留めていなかった素体である少年の過去、繋がるはずがなかったリーゼリットやヨハンと繋がりを持っていた少年、そして灰狼によって演出された実験体402号の記憶を持っている七星の力を使うことができる少年、本来であれば交わるはずがなかった二人の存在はさまざまな偶然に彩られる形でレイジ・オブ・ダストと言う存在を作り上げてしまった。
灰狼ですらも総てを予想することが出来なかったであろう領域があり、灰狼も、ヨハンも、ヴィンセントも、レイジと対峙してきた者たちはそれぞれがそれぞれの視点で持ち得る情報をレイジを通すことによって出力してきた。
そして今、間接的に関わり続けてきたレイジとリゼの関係性に踏み込むようにして、灰狼から語られた真実を前にして、リゼの視界は真っ白に染め上げられてしまった。信じることができない。信じていいのかわからない。言葉は理解できる。ある種の予感めいたものは当然に持ち合わせていたし、妙な所で納得できてしまっている自分がいる。
だが、現実として受け入れることができるかどうかは全くの別だ。何せ、あの日にリゼが出会った少年とレイジはあまりにも似すぎてしまっている。
ヨハンはその似ていることを根拠にして、レイジがあの時の少年そのものであると判断したが、リゼはその逆だった。何せ、あの時から8年の時間が経過しているのだ。本人の面影があったとしても、既に成長して自分たちと同じ程度の年齢になっているのだから、本人であるはずがないとリゼは判断していた。
結果的に、その常識的な判断が今日に至るまでリゼにレイジの真実へと気付くための道筋を見出すことを阻害していた。いいや、あるいはリゼ自身も確信犯的な一面は拭う事が出来なかったかもしれない。
自分を助けてくれた少年と再会することは出来なかったが、どこかで元気に生きているはず、その根拠のない結論こそが、リゼ自身の精神的防波堤であった。もしも、彼が自分の関わる何かによって不幸になるとしたら、それは自分の責任であるという認識が根底に存在するからこそ、そうならない結末を無意識に願ってしまっていた。
その芽を逸らそうとしていた現実がいよいよもって、リゼの目の前に突き付けられる。お前が救われた本当の事実がこうであると突きつけるようにして……
「ありえない、そんなはずないわ! だって、彼と出会ったのはもう8年も昔よ! レイジ君と出会ったのはついこの前、レイジ君と彼が同一人物!? ありえない、だったら、この8年間ずっとレイジ君は同じ姿だったってこと? 成長をしていなかったってこと? そんなこと、まともに考えて起こりえるはずが――――」
「ありえない、そのように考えることが最も自分の視野を狭くする。リーゼリット女王、薄々勘付いてはいただろう。自分の中でレイジ・オブ・ダストにかつての少年の面影を見たことがあったのではないか?」
「それは……」
無かったとは言い切れない。レイジを通してかつての少年のことを思い出していたのは事実だ。もう一度再会を誓いあいながらも、結局顔を合わせることが出来なかった相手に対して燻り続けていた思いを再燃させていたことも間違いない。
けれど、あくまでもそれは過去への逃避でしかなかった。レイジと彼は全くの別人であるという根本を変えることはなかったのだが……見方を変えれば、そう思いこんでいることこそが最も過去を顧みようとしない逃避であったとも言いきれてしまうのかもしれない。
「私もあくまでも国王から聞いた話に過ぎないよ。総てを知っているヴィンセントは彼が殺してしまったからね。ただ、レイジ・オブ・ダスト、君の素体となった少年は7年前に我々「星家」に送られてきた。セプテムで始末をつけるには足がつきたくなかったのだろうね。国王の計らいに感謝するといいよ、リーゼリット女王。おかげで、君の醜聞は広まらずに済んだのだから」
「恩着せがましいことを言わないで、それに彼のことを送られたなんてモノ扱いしないでよ!」
「モノ扱いするなと言われてもね、我々の下に送られてきた時点ですでに彼は仮死状態になっていた。生きているも死んでいるもない状態だ。
そして、我々に提供を受けたのはあくまでも、人造七星研究のためだよ。流石に我々も生きた同胞の身体を捌いて研究をするのには少々心が痛むのだ。研究する対象を与えてくれた国王には感謝してもしきれないよ」
仲間を切り刻むのには抵抗を覚えると口にしながら、少年に手を付けることには一切の躊躇がない。その倫理的感覚の欠如こそが彼らの異常性を露わにしているのだが、全くそこに対して顧みる気配は見られない。彼らにとって、リゼへと語り聞かせているのは自分たちがやってきたことの告白でしかないのだ。そこに悔恨も懺悔もアリはしない。
「人造七星を生み出すためにかの少年は実に有用だった。運が良いことに彼は七星の血を受け入れる才覚が強かったのだ。幼いころから七星の血に適合ししていたからか、おそらくは精神的にもかなり成熟をしていたんじゃないかな?
理想的な七星の血を制御することに特化した個体だった。星家は人造的七星を生み出す中で、七星の血を魔術回路として刻み込み、暴走の危険性を回避することの研究を続けていた頃だったからね、需要の器が広い彼の存在は研究を進めるうえで切っても切れない関係だったのだよ」
ある種の人造七星の生みの親ともいうべき存在こそが、レイジの素体となった少年だった。七星の血の許容量はそれぞれの人間で全く異なる。
灰狼にとって、素体として回収された少年はその程度の価値でしかない。いかにリゼやヨハンにとって、彼が自分たちの人生に大きな影響を与えた存在であったとしても、大したことにはならないのだ。
「そういった意味で、彼は実に有用ではあった。彼のおかげで人造七星は量産化の糸口を辿ることができたともいえる。だが、その後は用済みでもあった。
七星の魔力を研究するために生かしておく必要があったため、いろいろと手を加えたのだが、その副作用か、成長が止まってしまったのだ。意識など取り戻すはずもないのだし、それはそれで問題ないかと考えて、研究は続けていったよ。本当に死なないでいてくれてよかった。もしも、途中で死なれてしまったら、また新しい素体を見つけてこなくてはならなくなるからね」
「狂ってる……、どうして生きている人に対してそんなことができるのよ! 自分にとって関係がない他人でも、同じ人間でしょ! どうして、そんな非道なことができるのよ!」
「己の願いのため、だよ。遠坂桜子、私には王との世界制覇という願いがある。その願いを叶えるためには大量の人間の命を消費することになるだろう。その一部分だ。いまさら、願いのために誰かを犠牲にすることに躊躇を覚えていたら、大陸制覇など成し遂げることはできないだろう?」
灰狼は何を不思議なことを聞いているのかというばかりの反応を浮かべる。桜子がまっとうな倫理感の下に抱いた糾弾に対して、何をそんなに声を上げているのかとばかりの態度を取る。
「思うところはあるかもしれないが、話を続けてもいいかな? 私としては、彼に感謝をしているのだ。人造七星の完成も、我が妹、桜華の復活もすべては彼がいなければ成り立たせることができなかった。そうした感謝を込めて、私の知っているすべてを伝えるためにここまで来たのだ。
人造七星の完成を見届けてから、彼は仮死状態のまま保存をしておいた。何かに使うかもしれない程度の判断ではあったがね、結果的に、その判断は功を奏した。実験体402号の記憶を転写するにあたって、これほど適合性の高い個体は存在しなかったのだ」
七星の血との適合率の高さ、それは他人の記憶を転写し、馴染ませるという意味で一つの大きな指標となった。人造七星たちのような紛い物では、大切な桜華を再誕させるための最後のピースを担わせるにはあまりにも心もとない。
だからといって、七星として名を連ねた者たちを今さら調達してくるとしても適合率の問題が出てくる。強固な自己を持ち合わせているとすれば、402号の自我が敗北して消滅してしまうかもしれない。単純に適合すればいいという話でもないのだ。その適合を果たしたうえで、402号の代わりを演じさせるために、元々の自我を塗り潰さなければならない。
自我を塗りつぶし、灰狼たちにとっての都合のいい情報を付け加えた行動する人形、それこそが彼らの求める理想であったのだから。
「何せ、数年間もの仮死状態にあった身体だ、既に本人自身の自我がどれだけ残っているのかも定かではない身体に、他人の記憶と意識を塗り込むのはそこまで難しい話ではなかった。カシムという同法が見つかったこともあってね」
「まさか、己の肉体改造の際に使用した技術を、他人にも使うことになるとは考えていなかったがな」
人体の殆どを鋼鉄の身体に変換する。ただ強くなるためだけにその狂気へと手を染めたカシムは魔術と自身の技術をもってに肉体から肉体への士気と記憶の変換を可能とした。
それを実現してしまうだけの卓越した頭脳を持ち合わせていたというのに、肉体と七星の血の才覚自体は平均程度でしかなかったことこそが彼にとっての地獄であったともいえたかもしれない。もしも、カシムが才覚ある存在であったとすれば、ここまでの狂気に身を染めることはなかったかもしれない。
「言うまでもなく、実験は成功した。402号の意識と記憶は彼に共有され、彼は長い長い眠りから目覚めることになった。その後のことは君自身の方がよく理解しているだろう、レイジ・オブ・ダスト。君は我々から離れ、サーヴァントを与えられて、セレニウム・シルバへと戻ってきた。すべては自分の復讐のために。脳裏に刻まれた惨劇の風景に対しての復讐を果たすために君は我々の前にもう一度姿を見せたのだ。その根底にある記憶のすべてが、まったく異なる他人の記憶であったことも知らずにね」
「き、っさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
レイジの絶叫がその場に木霊する。どうしようもない怒りを孕んで、許せないという意思すらも超越して、憎悪ですらなくただ吠えることしかできなかった。明かされた真実はあまりにも残酷で、これまでにレイジが抱いてきた感情のすべてが偽物であると断定されたに等しかった。
しかも、その記憶の主はこれまでに散々、憎悪を向けてきた相手なのだ。自分と同じ記憶を持ち、まるで自分のようにふるまってくる相手が、その自分の記憶を頼りに、自分の大切な少女を使い潰してしまう姿を、間近で見せられてきた彼の感情はいかほどのものであったか。すべてが明かされた今となればこそ、その罪深さをよく理解することができる。
そして、目の前に立つ悪魔のような者たちの非道をも理解することができる。自由を奪われ、戦う理由すらも勝手に生み出され、レイジを憎むことしかできなくなってしまった402もまた被害者であったことは間違いない。
むしろ、彼こそが、本当はレイジのように動き回り復讐をしたかったはずだ。彼にはそうするだけの正当な権利がある。村を燃やされ、人々を殺され、幼馴染の少女の人生を狂わせ、最後には自分自身の記憶と思いすらも他人に利用されたのだ。この世総てを憎んでも憎み切れないという感情が浮かんでくるのは間違いない。
「じゃ、あ、彼は誰なの……? 彼がレイジ君でないのなら、私の知っている彼は、誰だったの? ねぇ、教えてよ、あなたたちは知っているんでしょ? 彼が何処の誰で、どんな名前をして、どんな人生を送って来たのか。それを教えてあげなきゃ、彼が救われ―――」
「知らん」
一言、リゼが唇を震わせながら、なんとか言い放った言葉に対して、カシムは冷徹に、冷酷に、リゼにとっても、レイジにとっても、ほんの少しの希望となるかもしれなかった事実を叩き潰す。
「己にとっても、灰狼にとっても、その男はあくまでも実験体に過ぎない。実験体の経歴など知らぬし、レイジ・オブ・ダスト以外の本当の名前など知るはずもない。実験体の記憶を転写し、定着した時点で本来の人格は塗りつぶされたと解釈するべきだろう」
「皮肉だね、我々は知らずとも、もしかしたら、ヴィンセントやヨハンであれば、彼の本当のルーツを知っていたかもしれない。しかし、知っていたかもしれない者たちは悉く殺されてしまった。我々は確かに直接的に手を出した加害者であるが、それを知るすべはなかったし、知りたいと思う気持ちもなかった。
残念だがね、リーゼリット女王、君が求めている彼の本当の名前も、これまでにどんなふうに生きてきたのかも、もはや知っている者など誰もいない。彼は正真正銘、誰の記憶にも留められなかった、道化を演じるだけの屑星でしかなかったということだね」
「そんな……誰も、知らない……。やっと……やっと……再会することが出来たのに、そんなことって……こんなことって……」
ここで、もしも、ルーツを語ることが出来れば、レイジ・オブ・ダストという存在を否定されたとしても、本当の己を知ることが出来たのであれば、再起のための道を確保できたかもしれない。けれど、現実はそんな優しさなど欠片も持ってはくれなかった。
あの日、リゼは彼の名前を聞くこともなく別れを告げた。いつかの再会を誓って、その時に名前を聞くことを願った。その機会が永遠に訪れないことを今、理解させられたのだ。
悪魔たちに人生を消費され、誰の記憶にも、誰の記録にも残される事無く、磨り潰されるだけだった少年、彼の本当の名前を知ることも、彼がどのように生きてきたのかも知りえない。何よりも、彼自身がリゼを救ったことを欠片も覚えていない。その事実も、その記憶も全ては塗りつぶされ、リゼの心の中にしか存在しえない存在していたのかさえもあいまいな記憶へと追い落とされてしまったのだ。
どんな言葉を掛けたところで、レイジですらもリゼのことを覚えていないのだから、本来の自分を取り戻せるはずもない。自分の生まれたルーツすらも知りえない。それがどれほどの絶望であろうか。
地獄の先に花を咲かせる、その言葉を以てレイジはこれまでずっと旅路を続けてくることが出来た。総ては自分の中にあった復讐心の先にも、この世界に寄与する何かがあると信じていたからこそである。
けれど、その復讐心は、何処かの誰かの感情でしかなかった。いいや、むしろ、もしかしたら、その復讐心ですらも、ターニャの中にいる桜華を目覚めさせるために無理矢理にこじつけられた感情であったのかもしれない。
全て灰狼たちの脚本通りに突き動かされて、それを自分の高尚な願いであると信じていた愚かしいこと、この上ない道化、それこそが、レイジ・オブ・ダストと名乗っていた空っぽの存在の末路なのである。
「俺は……何だ?」
「何者でもないよ、アベル。お前はただ、ターニャ・ズヴィズダーの中にいる俺の妹を目覚めさせるためだけに戦い続けてきた、ただの道化だ。そして、お前と言う存在は俺に殺されることによって完結する。
此処まで頑張ってきてくれたからこそ、お前にはすべての真実を曝け出した。もう十分だろう? お前自身ももはやこの先に希望を見出すことなど出来まい。だから、感謝の気持ちを込めて、俺がお前を終わらせてやる」
灰狼は無警戒に自身の武器である槍を以て、レイジの下へと足を運ぶ。通常のレイジであれば、そんな態度を取っている灰狼に対して噛みつくことも辞さない筈だが、揺れ動く瞳は、自分が次に何をすればいいのかもわからない様子だった。戦意は完全に挫かれた。最早そこにいるのは復讐者ではなく、ただ……、終わりを与えられることを求めているだけの道化に過ぎない。
「さらばだ、アベル。そして俺は――――真に聖杯戦争の勝利者となろう」
振り下ろされる刃はどこまでも残酷に、ここまで戦い続けてきた意味を何もかも無へと帰すように振り下ろされる。その断罪の刃がレイジの身体へと触れる直前に、レイジの目の前に式神による妨害が入った。
「レイジ、何やっとんじゃ、ボケ!!」
「朔ちゃん……!」
レイジへと迫る刃を妨害したのは朔姫の放った式神、そして同時にレイジの仲間たちがこの場へと現れる。
「さすがに時間をかけ過ぎたか」
「ゆっくりと昔話をしていたし、そういうこともあるでしょうね。まぁ、最初から、私のことを警戒もしていたんだろうし」
「なんだ、桜華、知っていて、放置をしていたのか?言ってくれても良かったじゃないか」
「ごめんなさい、兄様。ですが、別に構わないでしょう。この場で私達がやるべきことは終わりを迎えた。だって、彼、兄様が手を下さずとも、もう立ち直るなんてこと出来ないでしょうから」
侮蔑の表情で何もできずに灰狼の刃を受けることしかできなかったレイジを、桜華は見下す。傍から見れば、ターニャがレイジを見下している様にしか見えず、その場に現れた仲間たちは困惑の表情を浮かべるが、朔姫とアークはそうなることを分かっていた様子だった。
「何、どういうことなの、ターニャ、あんた、どうして、そんなまったく違う色を」
「あいつはもう、ウチらが知っておるターニャやない。ターニャの中に潜んでいたもう一つの人格、それが今、ターニャの身体を使って、ウチらに話しかけてきておるんや」
「知っていたのか?」
「そうならなきゃええなとは思っていたわ。やけど、どうすることもできへんかったんも事実や」
「彼女を責めてもどうにもならないことだよ、これはある種の運命だったんだ。俺の妹である桜華が目覚めるために彼女は存在していた。目的を果たすために存在していたのだから、これは正しい結末なんだ」
「虫唾が走る良い方だな、テメェにとっては何もかもが全て、自分の目的を果たすための道具かよ」
「その通りだよ、アーク・ザ・フルドライブ。いいや、英霊ノア、君の存在を知った時には少しばかり肝を冷やしたが……、何も問題はない。この聖杯戦争はあるべき着地点へと至っていくことだろう」
「そうかよ、そこまで自信満々だったら、本当にそうなるのか試してみるか? 今のお前さんは、この場にいる俺ら全員の怒りを買っている。このままタダで済むとは思うなよ?」
朔姫たちは、この場で語られた話のすべてを知っているわけではない。しかし、あのレイジが茫然自失とし、ターニャが変貌している姿を見れば、これまでに彼らが必死に守り続けてきた者を踏みにじる行為をしたことは間違いない。
この場において、灰狼を見逃すという選択肢を取りうることはありえない。レイジとターニャを弄んだ罪はここで清算を果たさなければならないと誰もが意気込み、今すぐにでも戦いが始まろうとする中で―――
「今回はあくまでも、彼への礼を尽くすために来ただけさ。この乱戦では君の望む戦いはできないだろう、カシム」
「然り、我が戦いは神聖なるもの、ロイ・エーデルフェルトとの一騎打ちでなければおおよそ許容することはできない」
「そういうわけだ、よって、我々はここから退かせてもらうよ、キャスター」
『くっく、いつになったら、声がかかるのかと思っていたわい』
何もないはずの空から声が聞こえると、灰狼、カシム、ターニャ、そしてリゼの身体が光に包まれ、同時に桜子たちの身体が金縛りにあったように動けなくなってしまった。
「くっ、これはキャスターの仕業か!」
「ちょい、待てや、いきなり現れて、ウチらにこんな術式までかけるとか、そんな狼藉が許されると思うとるんか!」
『そう言ってくれるな、妾とて、即興でお主たち全員を拘束するなどということはさすがに出きんよ、しかし、お主らはここに後から来た者たちじゃ。最初から妾の仕掛けた罠の中に飛び込んだのであれば、動けなくなるのも必定、もとより戦いあっていたものであれば、そもそも、仕込みの時間が違う。よって、お主らが何を今さら対策しようとも、我らが主や同盟者たちには手出しができんよ』
「最初から逃げる気満々で控えていたくせに相変わらずデカい態度でいるんだね」
『何を言う、主の願いを叶えるために奮起するサーヴァントであると言ってほしいな』
何を言ったところで、この場から離れる四人を封じるための手立ては持ち得ない。見逃すほかなく、うなだれたレイジを放置したまま、灰狼たちにかまけることができるわけでもない。その最中で、カシムのモノアイがロイを捉える。
「ロイ・エーデルフェルト、もはや聖杯戦争の幕は近い。明日―――己と貴様との決着をつけよう。夕暮れ時に王都正門前の荒野にて貴様を待つ。それが―――」
「ああ、お前たちキャスター陣営と我々セイバー陣営との決戦の時だ」
多くの言葉を語る必要はない。所詮、主義や首長で自分たちは戦っているわけではなく、互いに状況が二人の決着のための戦いへと導いた。
一人は最強である己を証明するために、一人はその挑戦を受け止める者として……
「八代朔姫、長かったこの聖杯戦争にもようやく終幕の時が訪れる。君と遠坂桜子は侵略王自らが打倒を願っている。逃げたければ好きに逃げるといい。どこであろうとも見つけて、君たちは排除させてもらおう」
「アホか、誰が逃げるか、スラムの時みたいに叩き潰したるから、気張ってこいや!」
「私も貴方たちを絶対に許さない。七星の魔術師として、あなたたちの身勝手な夢をかなえさせたりはしないわ!」
ここまでレイジのこともターニャのことも聞かされ、項垂れるレイジと言葉を失ってしまったリゼの姿を見せられ、桜子はどうしても灰狼たちを許しておくことはできないと思ってしまう。
「ふふっ、その時には是非とも、貴女と剣技を交えたいものね、桜子。宗家の後継者であった散華を破った貴女はきっと、私が戦うに相応しい相手であるはずよ」
遠坂桜子の底知れぬポテンシャルに対して、七星桜華は自身の力を振るうに値する相手であると認定する。同じ七星の女剣士として、譲ることのできない思いがあるのだろう。現代においても、七星桜華は最高峰の七星であると証明するためには桜子を斬ることがもっとも手っ取り早いと考えているのだ。
少なくない時間での因縁の交わり、それはこの聖杯戦争の最後の戦いを予感させるには十分な意味があった。こと、この局面になれば、誰もが感じずにはいられない。いよいよ、セレニウム・シルバから続いてきたこの聖杯戦争が終わりへと近づいてきていることを自覚させられるのであった。
キャスターの力によって、光が明滅し、リゼを含めたマスターたちの姿が一斉にこの場から消え去った。あとに残ったのは怒りと無力感を抱くほかない桜子たちだけだった。
「くっ……やりきれないな」
「あれ……、レイジ君は……?」
しかし、一つだけ桜子たちにとっても想定外の出来事が起こった。光が消失すると同時に項垂れていたはずのレイジがその場から姿を消してしまっていたのだ。どこに向かったともわからない闇の中へと、彼は姿を消してしまっていたのだった。
・・・
ルプス・コローナの王宮、そこに転移を果たした灰狼たち四人ではあったが、ただ一人リゼだけはほかの三人とは明らかに空気が違い、転移を果たし、戻った矢先に、灰狼に対して、リゼは平手で彼の頬を叩きつけ、灰狼はそれを無言で受け止めた。
「………気は済んだかね?」
「はぁ……はぁ……いつから、いつから知っていたの!?」
「彼らが王都に入ったころからかな。君が彼に目を掛けているのがどうにも理由が見えなくてね、少しばかり探らせてもらった」
「じゃあ、ヨハン君が彼に執着しているのも知っていて!」
「決着をつけることがヨハンの望みだった。だから、叶えさせただけだよ」
灰狼はまるでヨハンの願いを叶えてあげたとでも言いたげな反応でリゼの怒りに塗れた声に対して受け流すように答える。リゼが困惑と動揺から怒りの声を上げる程度のことは彼にも分かっていた。平手打ちを受けたのも、その程度で済めば安いものであると思っているからに過ぎない。
「リーゼリット女王、ご苦労だった、聖杯戦争は間もなく終わる、もはや貴方の役割は終わりを迎えた。彼らを全て倒した暁には、ランサーを退場させてもらえれば、もはや貴女が戦場に出る必要はない。後は総て、私が遅滞なく進めましょう」
「そんな勝手なことを許すと思って――――」
「許さないというのであればどうするのですか? 何も為してこなかったあなたに今更何ができるというのですか?」
告げた言葉にやはり何かをすることは出来ず、立ち尽くすリゼの横を灰狼たちは通り過ぎていく。彼らにとってもはやリゼが果たすべき役割は終わりを迎えてしまった。怒りの声を上げるだけの彼女になど最早用はない。これより先は願いを叶えたいと望む者たちの戦場なのだから。
横切っていく灰狼たちを尻目に、リゼは俯き、拳を握りしめながら、
「ヨハン君……、私は……どうすればいいの?」
その問いに答えてくれる相手はいないことを分かったうえで、弱音が口から零れてしまう。それを止めることは出来なかった。
・・・
気が付けば、仲間たちの前から姿を消していた。何かの思惑があったわけではなく衝動的に、ここにいるべきではないと思えてしまって、勝手に身体が反応してしまった。
王都の中は、静かにされど、間違いなく人々の活気によって満たされている。誰も彼もが自分たちの人生を謳歌している。誰も自分が自分ではないことを疑っていることなどありえない。それは最低限の、いいや、当たり前の事実であると考えているからだ。
「俺は―――――誰だ?」
村を焼かれ、復讐心のまま戦い続けてきた。けれど、それは自分ではない、何処かの誰かの記憶だった。自分自身である存在の記憶も感情も自分の中から抜け落ちている。
だとしたら、この自分は誰なのか、生かされているだけの抜け殻、クズ星のようなどうしようもなく生きている価値すら存在しない、憐れな道化でしかないのだろうか。
「俺は――――何のために生きている……?」
その答えを与えてくれる者は誰もいない。星空の下、己を屑星であると断じられた少年は、その先の未来を見据えることもできないまま、自分を支える総てを壊されて、1人、行くあてもない道を放浪していくことしかできなかった。
第19話「Active Pain」――――了
――涙なんて似合わないだろう、鏡に映る本当の何も為せないままの僕に終止符を打った
次回―――第20話「Slash」
そして、ここからいよいよ終盤戦、レイジとリゼはそれぞれ何処に進んでいくのか。
次回は4日後の9月1日更新になります!
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