Fate/Stardust Vendetta―星屑の復讐僤―― 作:ソクリ
第1話「Stardust Dreams」①
――東欧・セプテム国首都『ルプスコローナ』王宮――
「騒がしいね、まるでレプスコローナ全体で謝肉祭が行われるかのようじゃないか、タズミ卿」
「国民たちの多くに祝福されている皇女様の加冠の儀を数日後に控えているのだ。何も知らぬ民衆たちは、そのめでたき日が近づいていることに喜びを覚えるだろう。
もっとも、そのような日が本当に来るのかどうか、もしも、来なかったとすればこの空気も一変してしまうのかもしれないがね」
東欧に位置する国家『セプテム』、かつて数百年前に、遊牧民族の大帝国の躍進によってこの地にまで移動をしてきたとある一族のとある目的によって建国されたその国の首都、『狼の王冠』を意味する街、ルプスコローナは本来の賑わい以上に、人々が街の中へと繰り出して、あわやこれより祝祭があげられるのではないかと思うほどの人ごみが形成されていた。
セプテムの国民にとって、この数年間は決して安息の時間と言えるだけではなかった。
セプテム王が10年程前より突如として始めた強硬的な対外姿勢。国内で言えば、必要悪のように見て見ぬふりをされていたルプスコローナに隣接するスラムそのものが二度の浄化によって、完全に沈黙した。
数百年、水面下で王族と貴族が対立関係を続けながらも、国民たちの目線で言えば安寧が約束されていたのだ。それがここ数年間はどうにもキナ臭い。
導火線に火がつけられてしまうのではないかという危惧を抱きながらも、日々の日常を過ごし続けている国民たちにとって、間近に控えた皇女の祝事は、自分たちの気分を発散させるための良い節目であるのだろう。
その裏で、このセプテムそのものを揺るがしかねない事態が進んでいることを彼らは知らない。知る必要もなく、全てが終わった後に知るか、あるいは知らずのままに巻き込まれて被害をこうむるのか。どちらにしても当事者たちにとってはどうでもいいことである。
人ごみの中を歩き、王宮への入り口にまで足を進め、セプテム土着の貴族、タズミ・イチカラーと彼の協力者であるジャスティン・ドミルコフは口元に笑みを浮かべた。
「さて、では宣戦布告と行こうか。聖杯戦争で雌雄を決しようとね」
「人が悪いな、タズミ卿も。そこははっきりと言ったらどうだね、いよいよ国を奪わせてもらうとね」
往来のどこで誰が耳をそばだてているなどとは考えない。
赤髪のオールバックに成金趣味の金色のネックレスと色合いが強いスーツを着込み、葉巻を口に咥えたまま此処まで辿り着いた男、ジャスティン・ドミルコフはまるで自分がこの場の支配者であるかのように振る舞っている。
ジャスティン・ドミルコフ―――タズミ・イチカラーが招いたタズミ陣営の一員である彼の本来の立場は、俗にアルバニアン・マフィアと呼ばれるギャング、反社会的勢力の一員である。何故、そのような人物とセプテム土着の貴族であるイチカラ―家に繋がりがあるのかと言えば、そこには近年、急速に推し進められている強硬な対外姿勢が根を張っている。
いわゆる武器商人―――対外的な威圧を与えるには当然に武器が必要となる。国家として大々的に武器を徴発する姿勢を示せば、国際的な非難を免れることは出来ず、転じて武器を手にするのならば非合法的な手段に頼る必要が出てくる。
マフィアと呼ばれる非合法的な組織から国家が金を払って武器を手に入れる。タズミ自身は同じ穴のムジナであると言う自覚はあるが、王族として国民に対してこれ以上の裏切りはないだろう。国民の血と汗の結晶でできた金貨が彼らの手元に横流しされているのだから。
最も、何事も使いようである。王族が武装を増していくのであれば対立する者もまた武装を増やしていかなければ太刀打ちすることはできない。理屈としては簡単なことでああり、タズミがジャスティンと接触をしたのは、セプテムに流れている武器の出どころの内の半分を彼が担っていたからである。
「物騒なことを言うものではないぞ、ジャスティン・ドミルコフ。我々はただ返還してもらうだけだ。薄汚い暗殺一族に奪われた我らが国土をこの地に住まう者たちの手に取り戻す。奪いたいのはむしろお前の方だろう。ステッラが抱えている巨大な利権を奪い取ることが出来れば、お前たちはセプテムの裏の総てを牛耳ることができるのだから」
「ああ、そうだとも。だから、あんたには勝ってもらわないといけないわけさ、タズミ卿」
タズミは笑みを浮かべる。これほどの大言を許可しているのも全ては自分自身を含めて不退転の決意を固めているからに他ならない。既に王宮より離れた自分たちの居城には、聖杯戦争に備えてこのセプテムに集わせた指折りの魔術師たちが控えている。
魔術協会や聖堂教会、神祇省がこのセプテムの中に介入したいという思惑を抱えながらの参戦であることは十分に理解しているが、毒を食らわば皿まで。戦後処理を考えても、こちら側の陣営のリーダー格となるのは間違いなくタズミである。
聖杯戦争の結末がどのようになろうとも、セプテム王族たちを聖杯戦争という大義の下に排除することが出来れば、タズミが既に声を掛けている同じ志を抱いている貴族たちの協力の下に、タズミは新たなセプテムを導く立場になるのだ。
その青写真にジャスティンは乗った。元より、ジャスティンたちアルバニアン・マフィアが利権を独占するには王族と結託している対抗勢力を排除しなければならないのだ。
聖杯戦争の結末がどうなろうと知ったことではないが、タズミに協力したと言う事実を以て甘い汁を吸うためには相応の働きをしなければならない。
舌なめずりをしているわけではなく、当然の報酬を得るための算段をつけているだけに過ぎない。
王宮を警護している騎士たちが仰々しくタズミたちに頭を下げる。獅子身中の虫を通すほかない彼らの心中やいかほどか。それとも、セプテムの未来を王族と共に憂える貴族として捉えられているのか。
(どちらでも結構だよ、あと数日が経てば、総てが変わるのだ。それまでの束の間の苛立ちなど、総ては勝利の美酒に酔わせるための肴に過ぎんということだ)
王宮の長い通路を歩き、慣れた足取りで謁見の間へと進む。セプテムの貴族であれば幾度となく通ってきた王へと謁見を賜るための道、いずれはこの道を断罪の為に歩く時が来るのであろうと、野心を抱えた男は進んでいく。いずれは自分がこの通路を歩いてきた者たちを迎える側になるのだから。
謁見の間を警護するように立っている騎士たちと視線が合う。騎士たちは無言のままに謁見の間の扉を開く。
「はっ、貴族様ってのはイイねぇ。何もしなくても扉が開くんだ。力を持つってのはこれだからイイ。誰だってこんなものは手放したくないよなぁ」
「謁見の間だぞ、無駄話はするな」
「はッ、承知しましたよ、主殿」
茶化すようなジャスティンを一瞥して謁見の間へと足を進める。そこにはセプテム王の他に複数の人間が並んでいた。タズミは舌打ちしたくなる気持ちを必死に抑える。
王に見下ろされるのはいい、そういう立場であり慣れているからだ、リーゼリット皇女も妥協はできる。あの凛々しくも気高き皇女はいずれ自分のモノにするつもりだ、生意気なくらいがちょうどいい。
だが、他の連中は何だと言うのか。何故、王族でも貴族でもない者たちがこの謁見の間にて、まるで王の友であるかのような態度を浮かべているのか。
(星灰狼、ヴィンセント・ステッラ、どちらもセプテムを食い物とする害虫どもだ。奴らを排除せぬ限り、セプテムは七星の王国として使い潰されるだけ、この聖杯戦争で必ずや、お前たちを消し去ってくれる)
星家そしてステッラ家、それぞれ中華とイタリアに居を構える闇の中で生きる者たちは、セプテム建国の時より、エトワール朝の王族たちと親交を密にしてきた。
何故、セプテムがエトワール朝という東欧に由来する者たちではない王朝が今まで崩れることがなかったのか。それは秘密裏にエトワール朝を支援する者たちがいたからに他ならない。
人種でも宗教でもなく、彼らは繋がり合った一族としての血脈を以て互いに支え合ってきた。大モンゴル帝国の躍進と共に世界へとその種を飛ばした七星の一族。
決して表に出ることなく裏側からこのセプテムの屋台骨を支えてきた者たちは、聖杯戦争を迎えるに当たって、いよいよその姿を表に曝け出してきたのだ。
「突然の招集にもかかわらず王宮まで足を運んだこと、大儀であったな、イチカラ―卿」
「いえ、まもなく、セプテムの未来を決めるための儀式が始まるのです。であれば、これもまた儀式を円滑に進めるために必要不可欠な取り成しと考えれば、この程度の行幸は何ら苦ではありませぬ」
既に老齢に差し掛かろうとしているセプテム国王はタズミの不遜な態度を咎めることはしない。タズミの翻意に王が気づいていない筈もないだろう。慇懃無礼な態度がタズミもジャスティンも無意識のうちに滲み出ているのだから。
最も、だからといってタズミはこの場で自分の首が落ちることは間違いなくないだろうと踏んでいた。願いを叶えるための儀式である聖杯戦争は通常のそれとはどうにも異なるらしく、本来の数の2倍の参加者を必要とする。
王族及び七星側で集めてきた参加者は7人、そしてタズミ側で7人が集った。言わば、タズミたちがいなければ成立しえない戦いであり、王族や七星が何を目論んでいたとしても、タズミの野心からの参戦が無ければ聖杯戦争は意味をなさず、いたずらに魔術協会や聖堂教会、あるいは秋津市の御三家の参戦を許していたかもしれない。
タズミは彼らに感謝こそされど疎まれる理由など何一つない、だからこそ、このように堂々と王宮へと足を運ぶことができる。
「彼らが王が呼び寄せた参加者たちですか?」
「その通りだ、そちらの準備は何処まで進んでおる?」
「既に我々を含めて6人のマスターが到着しております。後1人を以て、我々側の聖杯戦争の準備も整いましょう」
「いよいよだな……」
「ええ、いよいよ我々セプテムが栄華を手にする時が来たのです」
その栄華を手にする者は、紛れもなく自分であると腹の中で嘯きながらタズミは王との空虚な会話を続けていく。互いに腹の内では全く異なることを考えながら会話を続けていくのだから、救いようがない。
「イチカラ―卿よ、そちらの最後の1人が集った時こそ、聖杯戦争の始まりの合図、合図は魔術によって空を照らすこととする」
「聖杯戦争を実施する場所は既に我々の領内で用意をしております。この王都を危機に晒すことはありませぬ」
「手際が良いな」
「それが王命であれば、この程度、造作もありませぬ」
勿論、自分の領内で戦闘を行うことがただ王都の人間に被害が及ばないようにするためではないことなど言うまでもない。無数の罠と、聖杯戦争の為に仕入れた魔術師との戦いにもなれた傭兵たち、自分たちの力を絶対であると過信している七星に連なる者たちを一網打尽にするのであれば、タズミは一切の私財を惜しまない。
これより先に待っている栄光を考えれば、あらゆる代償を払ってでも勝利を求めることは決しておかしなことではないのだから。
対外的な問題は総て王族たちの暴走とし、王族の秘密を明かし、そして己が勝利者としてこの国を統治する。
なんとも素晴らしい夢ではないか。
「そなたら貴族たちには度々、手間ばかりを掛けさせる。あと暫しの間だ。あともう少しで我らセプテムはかつての悲願を果たすことができる。その悲願の達成を以て、我らの国は東欧を呑み込む絶対的な国へと変わろう。聖杯戦争はその狼煙を上げるための始まりに過ぎぬのだ。
その先駆けの役目を担ってくれたそなたには感謝をしておる。必ずや褒美を取らせよう」
「勿体なきお言葉であります」
深く深く頭を下げる。報酬など必要ないと思っているのだけは確かである。報酬は己の手で掴む。聖杯と言う絶対的な願いを叶えるための願望機を手にすることが出来れば、全知全能の存在へと己を押し上げることも出来よう。
「国王よ、我々は居城へと戻り、聖杯戦争の最後の準備に取り掛かります。共に明日のセプテムの未来を憂う者として、悔いの無い戦としましょうぞ」
告げて、タズミとジャスティンは立ち上がる。立ち上がった頃合にジャスティンの視線がヴィンセントとぶつかり、ヴィンセントは苦笑を零し、ジャスティンは苛立ったような表情を浮かべた。
その反応だけでも、ヴィンセントにとってはジャスティンが取るに足らない存在であると認識されているのは明白であっただろう。
タズミとジャスティンの謁見が終わり、謁見の間より彼らが姿を消していく。そうしてしばらくすると、最初に聞こえてきたのはヴィンセントの含み笑いだった。
「くっくく、まるで王命に忠実な騎士のようなふるまいをしていやがる。腹の中にどす黒いものをいくつも抱えているってのに、イチカラ―卿は随分と弁が立つな。いやはや、海千山千の貴族様ともなれば、ああもふてぶてしくなければできもしないか。
そりゃそうだ、聖杯戦争と言う戦いを利用して、自分が王になろうとするんだ。出し惜しみなんて当然にするはずもない!」
「ヴィンセントおじ様、口が過ぎますよ、ここは謁見の間、王の面前です。不穏な言葉は慎んでいただきたいのですが」
「そういうなよ、リゼお嬢様。皇女様にとってもありがたい限りじゃないか?
聖杯戦争を通して、邪魔ものを排除することができるのは何も、あちらさんだけじゃない。立場や駆け引き、積み重ねてきた業によって身動きが出来なくなった連中にとって決着をつけることができるのはいつだって戦争だけだ。
勝った方が強い、願いを叶えられる、シンプルで良いじゃないか。表の世界を生きるアンタたちだってそれほどの大義名分を与えられれば好きに動けるんだからよ」
笑う男、ヴィンセント・N・ステッラ、彼は確かにこの場に立つには最も似つかわしくない存在であるかもしれない。
ジャスティンたちアルバニアン・マフィアと対立するシチリアン・マフィアとしてセプテム王家と過去より深く結びついた『ステッラ家』の顔役である彼こそが、セプテム王家の軍備増強、そして欧州の闇の中でセプテムの関係性を一定以上に引き上げることで、硝煙の匂いが際立つセプテムの対外的なバランスを保ち続けてきた。
金と利権に塗れた男、されど、七星と言う血族たちの中で最も俗世での生き方を知り尽くした男は、下手な芝居を打つタズミと彼に乗っかって一獲千金を目指す見る目のない同業者の姿に先ほどまで笑いをこらえるので必死だったのだ。
「そう言わないでやればいいじゃないか、ヴィンセント。イチカラ―卿の翻意は我々全員が知ることだ。いいや、それも違うな。そうした翻意を抱いている人間であるからこそ、都合がよかったんだ。国王が彼に関心をしているのだって一面では正しいことだよ。
我々はこれより聖杯戦争で敵役となる相手を倒さなければならない。その敵役に相応しい配役へとおさまり、相手となる者たちを集めてくれたんだからね」
「よく言うね、全て、お前とカシムの謀り事だろうが。俺も裏の世界では相応に悪事を働いてきたとは思うが、『星家』の元締めであるお前には負けるよ、なぁ、星灰狼、我らがハーンの片腕、この聖杯戦争を勝ち抜くことを約束された絶対的なる我らが七星の願いを象徴する者よ!」
東欧に存在するセプテムの王宮には似つかわしくない中華の漢服に身を包んだメガネを懸けた黒髪短髪の男性はヴィンセントの溌剌な声に微笑を零す。何も答えないが、何も答えないことこそがこの場では何よりも彼の関与を意味する。
タズミに与えられた聖杯戦争の情報も、タズミがここに聖杯戦争に参加する猛者たちをスムーズに集めることが出来たのも、何もかも、星灰狼という男がいずれ、開かれる聖杯戦争の為に己の配下やヴィンセントたちを動かしたからに他ならない。
最初から総ては掌の上、であれば、彼らが今更、タズミやジャスティンの行動に驚くいわれなどない。
「リゼ皇女、不満かな?」
「………何故、そのようなことを?」
「あまり良い表情をしていなかったからね。イチカラ―卿に対して向けていた感情とはまた別の、自分自身の中に浮かんだ迷いに対してどう反応すればいいのかわからない、そのような様子が見て取れた。君の価値観からすれば、イチカラ―卿に我々が仕掛けたことは容認できない、そうではないかな?」
「セプテムの土着貴族たちの中には明確に、我々王族に敵対心を持ち寄っている者たちがいます。イチカラ―卿はその急先鋒とも言えます。彼らを静かにさせることが出来れば、王族と対立する派閥にも大きな影響が生まれるでしょう。そういう意味で、私は、灰狼殿やヴィンセントおじ様の策略を咎めるつもりはありません」
タズミと言う人物の影響力は多かれ少なかれ、父やリゼ本人にとって悪影響を与える存在であることは間違いない。幾度となくその影響力を弱めようとしたが老獪な貴族は決して尻尾を見せようとしなかった。
今回、あれほどまでに自分たちへの敵意を隠そうともしていないのは、それ自体が宣戦布告なのだろう。お前たち王族を引き摺り落す、聖杯戦争はそれを可能とする舞台であると、罠にハメられたことを何処まで理解しているのか、本質だけは間違いなく彼らも掴んでいる。
ただ、自分でも理解している様に罠にハメたことも事実なのだ。これが本当に雌雄を決する舞台であるのならば真正面からの激突ではダメだったのかと、自分自身に問う想いがあることは嘘ではない。
「不満があるわけではありません。ただ、正しいのかを自分の中で呑み込めていないだけです。聖杯戦争は本来、魔術師たちが自分の魔術を駆使してサーヴァント共に戦い抜く儀式であると聞きます。そうした趣旨と些か外れてしまっている、そんな風に自分の中で思っている節があるのかもしれません」
「ならば、キミは自分の力で正しさを証明するしかない」
「灰狼殿……?」
「私とライダーは聖杯を掴む。それは私たちの中では決定した事項だ。そのために全力を尽くし、あらゆる敵を屠る覚悟でいる。だが、敵手が挑戦をしてくることを拒むつもりはない。イチカラ―卿も、彼が集めた魔術師たちも、そして……七星に連なる者たちも全てだ。
総てに勝利して、私と我が王は聖杯を掴む。故に……、キミが自分の願いを通したいと思うのならば、勝って見せるしかない。我々は七星―――戦でこそ、その在り方を証明できるのだから」
「私は……」
「リゼよ、そこまでにするのだ。我々セプテムは偉大なるハーンの帰還を待ち、再び駆け抜けるためにここに国を創り上げた。最初からそれが我々の運命なのだ」
「………申し訳ありません、国王陛下」
恭しくリゼは自分の父に頭を下げる、灰狼と事を構えたところで得られるものなど何もない、それが父であるセプテム国王の判断である以上、皇女の自分がその判断に対して異なる反応を示すわけにはいかない。
「灰狼、高尚な決意を口にするのは結構だが、実際の所、お前に勝てる奴なんていないだろう。この聖杯戦争は所詮、お前たちが勝つための舞台づくりだ。最初から最後までそういう風に仕上がった舞台だ。盛り上げてくれるのは結構だが、過ぎた謙虚はむしろ、毒にしかならんぜ」
「そうでもない……、この聖杯戦争、アベルも参戦する」
「――――――――」
灰狼の言葉にヴィンセントは目を見開いた。反対にリゼは聞き慣れない単語を聞かされたことで不思議な表情を浮かべている。
「驚くことでもないさ、カインがいるのなら、アベルがいても不思議ではない。私は彼こそが、我々にとっての脅威になりえるのではないかと期待しているのだ。この聖杯戦争をただの約束された舞台ではなく、予測不能な舞台へと変えてくれるだろう」
「ふん、そうかい。ならば精々寝首をかかれないようにしないといかんな。俺のサーヴァントは気性が激しい。殺意や敵意なんてもんを向けられたら、こっちの命令を聞くこともしなくなるかもしれんからな」
「ああ、ヴィンセント、キミは私にとって必要な存在だ。背中には気をつけたまえ。誰が狙っているとも知れないからな。私もキミも、どちらかといえば人に感謝されるよりも恨まれる側の人間だからね」
「確かに、それは一理あるな。そういう意味ではリゼお嬢様の方がむしろ安全なくらいだ。なんだかんだで国民たちからは愛されているからな」
「皮肉にしては面白くないですよ、おじ様」
「皮肉ではないさ。事実を言っているんだ。そう怒るなよ、仲良くして行こうじゃないか。同じ七星として、さ」
黒いストライプの下に着こまれた赤いシャツはこの謁見の間でも自分自身の存在感をアピールすることを決して止めない。軽薄な口ぶりと三白眼の眼で語るそれは、もしも子供の頃からの馴染みの相手でなかったとすれば、リゼにとっては警戒の対象でしかなかっただろう。
「では、改めて問おう。星灰狼、ヴィンセント・ステッラ、そして我が娘にして第一皇女リーゼリット、如何する?」
国王の問いに灰狼は目を伏せ、ヴィンセントは軽薄に口笛を鳴らし、そしてリゼは無意識に自分の拳を強く握った。
「私は、リゼ皇女に一任しようかと思っています。セプテムの王族と貴族の問題はあくまでもセプテムの問題、それは聖杯戦争以前の問題でもあります。であれば、大将とするのは皇女が最も相応しいと私は捉えますが、国王陛下如何でしょうか?」
「リーゼリット、どうだ?」
「――――それが、国王陛下の意思であるのならば、異論はありません。開戦の火ぶたは私が切りましょう」
タズミやジャスティンが想像しているよりもなお早い速度で状況は刻一刻と変化を始めている。それに彼らが気づくことができるのかどうか、それこそがこの場における謁見の意味、そして、個々人の運命を決める分水嶺に他ならないのかもしれない。
――東欧・セプテム国・『セレニウム・シルバ』・イチカラ―家居城――
王宮より離れたセプテム国の中でも辺境に位置する領内の多くを深い森に覆われた地域、セレニウム・シルバの名で呼ばれるその地域の中にひときわ目立つ石造りの城が存在する。
さながら中世の領主が住まうような城であり、現代においては史跡として過去の情景を思い浮かべさせるために保存されているようにも見えるその城であるが、現在もその城はれっきとした居城として使用されている。
タズミ・イチカラーを当主とするイチカラ―家代々の当主たちが使用されてきた居城、一見、古びた城であるかのように見えるが、その周囲には無数の魔力障壁が展開され、何も知らずに攻めてきた者たちは城の外壁に触れることすらできずに脱落をしていく仕様となっている。
この辺境は国境線が近い、もしも、セプテムと言う国家が対外姿勢の結果として戦乱に巻き込まれることとなれば、この地は真っ先に戦場と化すのだ。
故に防備は整えるだけの蓄えが必要であると言うイチカラ―家の発想は決しておかしなものではなく、セプテムにとっても最前線の拠点の防備を固めておくことは国家防衛の上で決しておかしな話ではない。もっとも、現代の時代にて突然、城を攻めてくるなどと言う展開は普通に考えれば有り得ない。
時代は既に航空戦力や地上を高速で移動する戦力が実用化された時代、古びた城などそれこそ無視してしまえばいいのだから。
そうした意味で、この城が本来の役割を果たすことはなく、居城の兵士たちもどこか平和ボケしていることは否定できない事実である。
そんなどこか緩んだ空気が支配する居城の中で、城より睥睨することができる森の景色を窓より眺める者がいた。
黒のスーツを着込んだ女性である。肩に付かない位置で切りそろえた漆黒の髪に濡れたような黒曜の瞳を持つその姿は、男装の上でありながらも、人目を引いて離さない。もしも、見目麗しいドレスに身を包んでいれば、それだけでその場の華を独占することができるとさえ見えるほどの美貌であった。
最も彼女自身はそのような自分のことをことさら気に留めてはいない。むしろ、面倒な虫の相手をしなければならないだけ、億劫であるとも思えるところだ。彼女はあくまでも戦士、この城に生まれたプリンセスでもなく、囚われた姫君でもなく、此処を守るために呼び出された戦士なのだから。
「よぉ、あんた、サーヴァントだろ? タズミの旦那のところのかい?」
故に呼びかけられた声に視線を向けると、そこには違和を覚える相手がいた。人間である。炎のように逆だった青髪と反比例するように整えられたスーツ、そして服の上からでもわかる筋骨隆々の体躯をした男は彼女から見ても、間違いなく人間であった。
しかし、その身体の中に内包している魔力は、およそ人間のモノではない。むしろ、自分達サーヴァントと同じほどであることさえ思えるのだ。
だからこそ、違和感を覚える。人間であるはずなのに、サーヴァントほどの純聖な魔力を持っている存在、その複雑な問題にどのような回答を出せばいいのかわからない。
「サーヴァント、ランサーです。あなたは我がマスターに声を掛けられた魔術師の方でしょうか?」
「ああ、そんなところだ。どうだい、お互いのことを知るためにも少しばかり茶でも飲まないか? 主がいないと言うのに、こんな辛気臭い森ばかりを見ていても気が滅入るだろう」
「生憎ですが、お断りしておきます」
「親睦を深めるためだとしても?」
「軽薄な男はあまり好みませんね。千の言葉で飾り立てるよりも一つの武勲で、己の気品を示してみてはいかがですか? 戦士としても殿方としても、私はそちらのほうが信頼できます」
ぷいと視線を再び窓の方へと向けたランサーに対して男は怒りを向けるでも落ち込むわけでもなく笑みを浮かべた。
「はは、面白い。あんた、いい女だな。悪かったよ、俺の負けだ」
「おかしな人ですね、自分の目論みを破られたと言うのに、何処に面白がる箇所があったのですか?」
「何処にって、そりゃ、気持ちのいい態度を取ってくれる相手がいれば、それはこれから先が楽しみになるってもんだろう。自分の意志をはっきりと告げる、その上で、仲間である相手を立てることを忘れない。
アンタの言う通りだ、無駄に時間を掛けて美辞麗句を並び立てるお茶会よりも、わずかな今の会話の方がよほど、その人物の真贋を言い当てている。いい仲間に恵まれたようで、こちらとしても頼もしい限りだ」
「そうですか、私はまだあなたの実力を知りませんから、そこまで喜ぶことはできませんけれども。機嫌がよくなったのなら、一つ質問をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「何でもいいぜ」
「貴方は魔術師ですか、サーヴァントですか?」
直球な質問であった。迂遠な方法を取ることもなく、信頼してくれるのであれば、その信頼に応えてほしいと向けられた問いに男は口元に笑みを浮かべて言う。
「どちらでもあると回答しておこうか」
「は……?」
「俺はれっきとしたマスターだよ、タズミの旦那に見いだされて時計塔の推薦を受けてここに来ている。しかし、同時に俺はサーヴァントだ。俺と言うマスターに使役されるサーヴァントでもある」
「意味が分かりませんね、バカにしているのではないかと」
「要は一心同体なのさ、俺達は。魔術師の身体にサーヴァントの力、それを与えられたのが俺ってことだ。だから、どちらでもあるって答えたのさ。
俺は人魔一体、マスターであり同時にサーヴァントでもある。随分と珍しいだろう」
「ええ、信じがたいと言う意味ではこれほどに珍しいものはない。しかし、同時に、そのような例外的存在を信じるべきなのかどうかという疑問も私の中には生じていますが」
胡散臭いと言ってしまえばそれまでだろう。そもそも、彼が口にしてきた言葉が何処まで真実なのかすらも分からない状況の中で、いずれは敵対するかもしれない相手を騙すために言葉を紡いでいる可能性もある。
もしも、総てを信じて、隠密、あるいは単独行動に長けるサーヴァントを引き連れているのだとしたら、その誤認は明確な敗因になりかねない。
「そういうな、信じてくれていいぜ。俺のモットーはハッピーエンドだ。此処に集った連中たちが一時であっても仲間と呼ばれる存在になるのならば、俺は仲間たちの為に全力を尽くす。共に目指した未来を掴むために全力で駆け抜ける。
どうだ、歴戦の英雄よ―――あんたの眼に俺は二心ありと映るかい?」
一切の躊躇もなく、言葉を淀むこともなく、彼女から視線を離すことなく告げられた言葉には熱があった。偽る心からはじき出された言葉にも熱は宿るかもしれないが、それは暗く淀んだ熱だ。少なくとも、彼からはそのような熱を感じられない。
むしろ、その心を疑った彼女の方が目を逸らしたくなるほどの想いが彼を通して伝わってくるのだ。
「………、先ほども言った通りです。私は主の槍として、言葉で相手を判断するつもりはありません、武勲を持ってこそそれは証明されるべきでしょう。
しかし、頭ごなしな疑いは貴方の心を蔑ろにするものだったかもしれない。それは謝罪させてください」
「いいってことさ。どうせそう遅くないうちに互いの実力ってものを嫌ってほどに見せることになるだろうからな。共に生き残ろうぜ、戦友としてな!」
挨拶は終わったとばかりに、彼は彼女のもとを去る。元より見つけたから声を懸けた程度の間柄でしかないのだが、挨拶としてはこれで十分、そう判断したのだろう。
ただ、そんな彼に声を上げたのは彼女の方だった。
「待ちなさい」
「何だ、まだ何か気に入らないことがあったか?」
「違います、戦友などと口にされたのであれば、互いに名乗るのが筋と言うものでしょう?
私はランサー、我がマスター、タズミ・イチカラーによって召喚された英霊、我が双槍の誇りに掛けて、我が主と並び立つ者たちを守護する槍となりましょう」
「――――アーク・ザ・フルドライヴ、魔術師でありライダーのサーヴァントだ。気持ちのいい交流だった。戦の時には背中を預けさせてもらうぜ」
己のあいさつを済ませて、今度こそアークはその場を去っていく。その様子にランサーは自分自身が持ち得ている知識ですらも凌駕してきた存在の登場に、やはりこの聖杯戦争が本来の聖杯戦争とはかけ離れた何かを秘めていることを理解させられる。
「どうしても、生前の頃を思い出させられますね。ですが、此度は負けるつもりはありません。ええ、二度の敗北はいりません。私にとっての生涯ただ一つの敗北こそが、私の英霊としての誇りであり、私の人生なのですから」
誰に聞かせるまでもなく呟くランサーの視線は窓の外を向いている。けれど、その視線の先にある風景は、どこまでも広がる森に向けられたものではなかった。