Fate/Stardust Vendetta―星屑の復讐僤――   作:ソクリ

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第20話「slash」①

――王都ルプス・コローナ・王宮――

「さて、402号、君を連れてきた理由はもう分かっているな?」

 

「分かっている。アイツを殺せというんだろう……? 下衆なお前たちの考えそうなことだ。アイツと俺を潰しあわせることすらもお前たちにとっては娯楽に過ぎないんだろ」

 

「娯楽……? 勘違いされては困るな、これは単純な処分だ。お前のような失敗作で楽しみを見出すほど、私は俗な感性はしていないよ」

「っっ……!!」

 

 星家当主、灰狼にあてがわれた王宮の一室、そこに灰狼と彼の妹である桜華の人格を表出したターニャ、そしてターニャにとって本当の意味での幼馴染とも言えた相手である実験体402号がその場にいた。

 

 402号が自由にこの部屋に入ってきたわけではなく、灰狼によって無理矢理に連れてこられたのは確認するまでもない。

 

 実験体402号、レイジ・オブ・ダストと名乗っている少年が持ち得ている記憶の本来の持ち主、あの日に、虐殺の炎の中で偶然助かり、ターニャのついでとしてヴィンセントによって回収されてきた少年であった。

 

 残念ながら、彼にはこの聖杯戦争の中で立ち回るだけの実力を得ることは出来なかった。人造七星としても平均よりは上の出力を出すことはできるが、それは相手が彼にとって憎悪すべきレイジであったからにほかならず、彼には灰狼のために尽くして戦うだけの理由がない。

 

 戦う理由もなく才覚もないとなれば、灰狼からすれば本来、生かしておくような道理も何処にも存在していない話になるのだが、気紛れに生かしておいた彼が、最後の最後でレイジを葬るための手駒として使えるのだから、人生とは本当に何の選択がどのように巡り巡って来るのかわからないものであると灰狼は思ったのであった。

 

「そう憎悪だけを向けてくれるな。聖杯戦争もいよいよ終わりが近い。ここまで私に付き合ってくれた君にも少しは報酬を与えるべきだろうと思っている。どうだね、レイジ・オブ・ダスト、君にとっては偽物ともいえるあの少年を殺すことが出来れば、君が誰よりも欲していたターニャ・ズヴィズダーの解放を約束しよう」

「また出まかせを……!」

 

「心外だな、確かに彼女の身体は我が妹である桜華に与えたが、精神までもを束縛しておくつもりはない。君の精神を彼に転写したように彼女の精神を転写することができる存在さえいれば、彼女を取り戻すことができるだろう。その後は好きに生きればいい。私も、私の配下たちも、君たちには一切手を出さないことを約束しよう」

 

「ええ、肉体の持ち主である私も約束しましょう。苦難に耐えぬいてきた貴方にはそれを手にするだけの権利があります。彼女もあなたと一緒に暮らすことができるのならば本望でしょう」

 

 横で話を聞いていた桜華も灰狼の言葉に同調する。既に肉体を得て、表層人格にまで進出することが出来た桜華にとって、元々のターニャの人格は必要ないものでしかない。

 

 それをくれてやることに彼女は欠片の躊躇も見せていない。もはや、ターニャの身体を自由にする力は、本来の彼女には全くないことがうかがいしれてしまう。

 

 402号からすれば、悪いのは彼らだ、何があろうとも間違っているし、この憎悪は間違いでは決してない。復讐心を抱くことだって当然の権利であると思っている。

 

 けれど、現実的には復讐など出来るはずもない。自分が立ち向かった所で敗北するのは目に見えている。自分が彼らに生贄として選ばれなかったことが逆説的に自分が如何にこの聖杯戦争という物語の中で主役の舞台に上がることもできない存在であるのかを証明してしまっている。

 

「お前たちが何を企んでいようとも、アイツは殺す。アイツは俺からターニャを奪った、許せるはずがない……、だが、さっきの言葉、忘れるなよ」

「ああ、約束は守るよ。だから、命を懸けて、レイジ・オブ・ダストを葬りたまえ」

 

 それを聞くと、402号はそれ以上、灰狼と同じ場所の空気を吸いたくないとばかりに、部屋を出ていってしまう。その様子に灰狼は酷薄な笑みを零す。

 

「酷い人ね、兄様。彼が本気でレイジ・オブ・ダストと戦ったとしても生き残ることができる可能性なんて万に一つもないのに」

 

「さて、それはわからないぞ、妹よ。何せ、今の彼は自分の出自を知らされて、失意の底に堕ちているはずだ。402号はそんなことなど関係なく、純粋な殺意をぶつけてくるだろう。心が弱り、耐えきれなくなった彼であれば、万が一が引き起こされる可能性は十分にあるとも、最初から結果が決まりきった戦いなど面白くはないだろう? やるのならば、どちらに転ぶのかわからない戦いをしないとね、そういうわけだ、頼めるね、ジェルメ」

 

「仕方がありませんね、あの子供の面倒を見ろと命令されています。最後まで付き合いましょう。私としては王と貴方の戦いに同行したかったのですが……」

「そちらは君の弟に任せてくれればいい。今回はこれまでのような引き伸ばしをする気はない。八代朔姫と遠坂桜子は必ず、排除して見せるとも」

 

「では、兄様、私もジェルメと共に、彼の顛末を見届けても構いませんか?」

「おや、桜華、お前は遠坂桜子との戦いを望んでいたんじゃないのか?」

 

「ええ、それは確かにそうですが……、見届けてあげることが優しさでもあるでしょう。少なくとも、私がこうして兄様と言葉を交わしあうことができるようになったのは彼らのお陰でもあります。であれば、どんな結末になろうとも、それを見届けてあげることが私から、彼らへの、そして彼女へのケジメになると思うのです」

 

「ふむ……それでは仕方がないか。お前のパートナーの事もあるしな」

「ああ、気付いていましたか」

 

「善神には善神の考えがあるのだろう。そして俺には俺の考え方がある。そちらの決着は桜華、君に任せよう」

 

「兄様こそ、遠坂桜子は生かしておいてくださいね。彼女は私が倒すのですから」

「善処はするとも、だが、我らが王が暴れてしまえば確約はできないよ」

 

「ええ、それは十分に理解しています。一度スイッチが入ると我らが王は止まりませんからね」

 

 くすくすと桜華は笑みを零す。彼女にとってはほんの少し前の出来事のように、あの駆け抜けた日々が思い出される。あの日々をもう一度得ることができるのであれば、悪魔に魂を売り渡すことも辞さない。元より、七星桜華は自分を甦らせてくれた兄である灰狼に最後まで付き合うことを決めている。善でもなく悪でもなく、それこそが自分の生きる道であることを彼女はよく理解している。

 

「では、兄様、私も動きましょう」

「ああ、互いに吉報を期待しよう。ジュルメ、桜華を頼むぞ」

「まったく人使いが荒いことで」

 

 402号だけではなくこちらの面倒もかとジュルメは愚痴を零すが、灰狼の指示を守らないつもりはない。四駿も自分と弟であるスブタイだけを残すのみとなった。灰狼の命令を遂行することが王を勝利へと導くことに繋がるのであれば、そこに対して疑問を挟む余地は全くない。然るべき最後の決戦に備えて、灰狼サイドは動き始めた。無論、対する者たちも動き始める。間違いなく今日という日で聖杯戦争の趨勢は決定的に動くであろうことは間違いないのだから。

 

――王都ルプス・コローナ――

「レイジの奴の向かった先やけど、おそらくスラムやな。王都の中を踏査したけど、中から出た気配はあらへん、ウチらの所に戻らないとなってくるとおそらくは……ってところか」

 

「本当はこの王都の中を全て確認することが出来ればいいんだけど、下手なことをすると、あっちのキャスターに姫の術式を読まれて、逆探知されかねないかなって」

 

「でも、スラムは決して何の根拠もないって話しでもないかもしれないね。だって、レイジ君の本当の故郷はあのスラムだったわけでしょ? 色々と茫然自失してしまったレイジ君が向かうとしてもおかしくはないと思う……うん、レイジ君、スラムの時も子供たちにとても面倒が良かったし」

 

「そうだったね、もしかしたら、無意識に昔の自分を思い出していたのかもしれない。それがレイジ自身の記憶にはない自分だったとしても」

 

 灰狼とカシム、そして彼らと合流をしたターニャこと桜華がレイジの出自を暴露してから半日が経過した。もうしばらくすれば、キャスター陣営が指定をした王都正門におけるセイバー陣営との決戦の時間になる。キャスター陣営が決闘を持ち込んできた以上、そこに余計な茶々が入るはずもなく、セイバー陣営、そして戴冠式から因縁浅からぬルシアはキャスター陣営との決戦に向けての準備をしていた。

 

 しかし、その一方でもう一つ気にかけなければならないことがある。それは自分の出自を暴露されたことによって、突如として姿を消してしまったレイジの捜索である。

 

「にしても、辛いよね……今までずっと自分が復讐のために生きていると聞かされていたのに、その記憶が全く違う他人のモノで、自分の行動が全部都合よく使われていた、なんてさ」

 

「私は……レイジ君がターニャちゃんを守ろうとした気持ちは本物だったと思うし、間違ってもいないと思う。それを利用した相手が悪いのは間違いないし、絶対に許しちゃいけないと思う。

同じ七星の血族として、あの人たちの目的を叶えさせることだけは絶対に阻止しなくちゃいけない。あんな人たちの支配する世界が良いものであるはずがないから……!」

 

「せやな、そうやからこそ、ウチらにレイジを探しまわっとる暇はない。今のウチらはキャスターとライダー、あの連中を倒すことが第一優先や。それこそが、問題の解決に繋がる。むしろ、連中かて、ウチらがあのガキを探しに来るだろうことくらいわかっとるはずや。桜子、分かっとるとおもうが、レイジの為に動くってことはせぇへん。あいつだって、そんなことをされたくないと思っとるやろ」

 

「朔ちゃん……」

「ロイやルシアはキャスターどもを、ウチらはライダーを。星灰狼が茶番を終わりにするって言うた以上は今まで見たいにゆっくりと一つ一つ陣営を潰しておくことができる暇なんてないわ。こっちかて本気で命を懸けて戦わないかん」

 

 朔姫の言うことは正しい。そういつだって彼女の言うことは正しい。どれだけの状況であったとしても、正しいことを正しいこととして提案できる。神祇省の姫として彼女には人の上に立つ器量がある。しかし、同時に、歯がゆい思いを抱かせることにもつながるのは間違いない。

 

「よし、分かった。なら、レイジのことは俺に任せろ。さっさと連れ戻して来るぜ」

 

 レイジを皆で助けにはいかない。その方針が決まろうとする間際でその方針に異を唱える声があった。アーク・ザ・フルドライブ、英霊ノアである。アークの言葉に朔姫は眉をひそめて睨みつける。

 

「あのなぁ、話し聞いておったか? お前はお前でやるべきことが――――」

 

「構わねぇよ、目的は果たす。レイジも助ける。それができなきゃ、世界に召喚されたなんてデカい面はできねぇだろ。迷惑をかけるつもりはねぇさ。レイジの首根っこを掴んで、すぐにでもお前らの所に戻って来るよ。今までに俺が約束を守ってこなかったことなんてないだろ?」

 

 アークは当然のことのように言い切り、朔姫と視線を重ねる。しばし、睨みあいのような時間が生み出され、周りがその結論を見守っていると先に根を上げたのは朔姫の方だった。

 

「お前は本当にずっとウチの思い通りにさせてくれんな」

「悪いな、困っている奴がいれば手を伸ばす。それが俺の生き方であり信条だ。それで人間の数倍以上の時間を生きてきた。今更、目先の利益や目的のために変えられるような生き方はしてねぇよ」

 

「好きにせぇ、どうとでもしてやるわ」

「応……!」

 

 ヤケクソ気味に言い放った朔姫にアークは力強く応える。彼ならばやってくれるという安心感はある。此処までに至る戦いの中で、アークは何度も何度も仲間の危機を救ってきた。グランドサーヴァントとしての安心感も勿論あるが、それ以上に彼自身が纏う気配は決してその名前に負けているわけではないことをしっかりと明示している。

 

 アーク・ザ・フルドライブであれば、迷えるレイジにも光明を導いてくれるだろうと朔姫はそう結論付けたのだ。

 

「ほんとにいいの、朔ちゃん?」

 

「………ああ、構へん、たぶん、あいつ自身も分かっておるはずや。ここが正念場やってことは。せやったら、今更ウチにできることがあるわけもない。ウチにはウチのやらなあかんことがある。ここまでウチらはそのために来たはずや、そうやないか、桜子」

「……うん、それはそう。朔ちゃんはそれでいい。朔ちゃんは間違っていないよ」

 

 方針として、アークを伴って桜子、朔姫でレイジの下に向かう方針も取りえた。むしろ、桜子は、朔姫が選ぶのはそちらであると思っていた。何せ、レイジをあえて放置しているのは罠のため。ならば、ライダー陣営とセイバー陣営が同時に動き出す可能性は十分にあり、ロイが動けない以上、それを迎え撃つのは自分たちしかいないことは分かっている。

 

 戦力を分散するべきか、ひとつに纏めるべきか、朔姫が選んだのは前者だった。もしものことが起きた時にはレイジとアークを見捨ててでも、自分の目的を遂げる、それを朔姫が決断したと言い換えてもいい。それを非道と見るか、彼女自身の決断として見るかは人それぞれの考え方があるだろうが、桜子は決して批判するようなことはしなかった。その意味を理解しているからこそ。

 

「アーク……」

「おう、ルシア、お前も気張れよ。いくら指輪の力で不死身だからって、キャスターはそう簡単に勝てる相手じゃ―――」

 

「絶対に、レイジを連れて、戻ってきなさいよ。絶対、だからね」

 

 ポスンとアークの大きな胸板に拳をつけて、ルシアは言い聞かせるようにそう告げた。彼女らしくもない態度ではあるが、アークは目を伏せて、ニカリと笑い、応と答える。

 

 いつもと何ら変わりのない態度、勿論、彼も彼女も、互いにそこを見誤っているわけではない。アーク・ザ・フルドライブと言う存在が失敗をするわけがないと。

 

(らしくもない。だけど、どうしてか、口にしたくなっちゃった。もしかしたら、もう互いに会うことがないような気がして……)

 

 アークの言う通り、キャスターとの戦いは間違いなく激戦だ。命を懸けての戦いとなることは言うまでもない。もしかしたらの可能性はあるし、アークとてレイジを探すために単独行動になるのであれば何が起こっても不思議ではない。互いにそうした状況の中で動く以上、決してその杞憂はまったく根拠のないものであるとは言えないだろう。

 

 必ず戻ってくる、その気持ちを確かにして、アークはレイジを探すために仲間たちの下を後にする。そこに断固たる決意があったことは今更言うまでもないことである。

 

――王都ルプス・コローナ・王宮内――

「ヨハン君……、君は、きっと最初から全部分かっていたんだね。分かったうえで、私をレイジ君から引き離そうとしていたんだね」

 

 王宮へと戻った、ううん、連れ戻された私は部屋に飾られたヨハン君と一緒に撮った写真を見ながら、誰に聞かせるまでもない言葉を零した。何もかもが手遅れだった、

 

 いつも大事なことには間に合わない自分の事を揶揄していたけれど、私は本当に最初の最初から間に合っていなかったらしい。レイジ・オブ・ダスト、レイジ君の肉体があの日に私が出会った少年だったこと、そして、私と出会ったことによって、彼が実質的に命を奪われたに等しいこと、もはや彼が生きているという痕跡は何もかも失われてしまったこと……その総てが私の胸に刃物を突き付けられたように痛みを与えてくる。

 

「恨まれても……仕方がないなんて、状態じゃない。命を奪われたって言われても言い訳のしようもない。私は君の命を奪ったに等しいんだから」

 

 私が再会することができるかもしれないと胸を膨らませていた頃に君はもう既にこの国のどこにもいなかった。実験動物のように扱われて、何の罪も犯していないのに、身体を切り刻まれて、都合のいい道具として扱われて、私はその弔いをすることもなく、ヨハン君を自分の騎士にすることで、自分の中の気持ちに勝手に見切りを付けていた。

 

 なんて欺瞞……なんて酷い女なんだろう。私は君に命を救われたのに、君の命の危機に何の助けにもなれなかった。戻ってきた君のことに気付いてあげることもできなかった。

 

「ううん、違う……気づきたくなかったんだ。君が彼と一緒だなんて思いたくなかった」

 

 スラムの中で、王族を憎むだけでは世界を変えられない。私の力を借りたいと口にした彼が、安易な復讐に身を包んでいる、そんなはずがないと勝手に彼のことを理想の主人公のようにどこかで見ていた。彼が何をしたかったのかも理解しようとせずに、自分の中の彼の虚像をずっと追い続けていたから、私はそのギャップを埋めることが出来なかった。

 

 ヨハン君はその点、最初から気づいていたんだと思う。だって、彼にとってはレイジ君は絶対に忘れられない相手だったはずだから。私が彼のことをずっと追い続けていることを知っていて、それでも隣に居続けてくれたヨハン君からすれば、レイジ君の存在は私の環境を変えかねない存在であると映っただろう。

 

「もしも、最初に出会った時にちゃんと分かってあげることが出来たら、ヨハン君と君が争わずに三人で手を取り合うことが出来たらなんて、今更思うこと自体が都合がいいよね……、どうしようもない、私はいつもそればっかり」

 

 決意だけは一人前、でも、実際には何もできていない。それを何度も何度も続けてきて、そのたびに心を揺れ動かしているだけの役立たず、それが私と言う存在ではないか。

 

 今だってそう、じゃあ、自分に何ができるのか、選ぶべき選択肢はそう多くないけれど、それを選べるのかどうかは別問題だ。

 

「私は……レイジ君を助けたい。彼の力に今度こそなりたい。でも、レイジ君はヨハン君の命を奪った。それも本当のことで……」

 

 私はきっと心の中でヨハン君を彼の代わりのように思っていた。それは嘘ではないし、ヨハン君も分かっていた。でも、その日々の中で彼のことを大切に思っていたことも事実なんだ。総ての真実が明らかになってもこれまでの総てがなかったことになるわけではない。私が何をしたとしても、ヨハン君は帰ってくるわけではない。

 

『俺は、俺のやりたいようにやった。だから、リゼ……、恨むな。これからの君には、アイツが……必要、だ……』

 

 その時、脳裏にヨハン君が最後に口にした言葉が思い出される。感情の荒波の中で、どうしようもなかった私には処理しきれなかったあの言葉、ヨハン君の言葉を無視してでも、自分の感情を優先してでもなお脳裏に残っていた言葉……、

 

「そう、か……ヨハン君、君は、最後の最後まで私の味方でいてくれようとしたんだね」

 

 どうしてヨハン君があの瞬間にあんな言葉を口にしたのか、やっと、理解することが出来た。ヨハン君、君はこうなることが分かっていたんだね。

 

 私とレイジ君が戦えば、必ず私が一歩を踏み出せなくなると分かっていて、それでも、私の先に進むための道を残しておいてくれたんだね。都合のいい考えかもしれない、私がヨハン君を美化しているだけかもしれない。いなくなってしまった人の気持ちを本当の意味で推し量るなんてことは、きっと誰にもできないことだから。

 

 でも、そう思いたい。そうだと信じたい。

 

「馬鹿だよ、君は……、私なんて、そこまでされるような価値のある女じゃないのに……」

 

 自然と涙がこぼれ出す。どうしようもなく心は揺さぶられていて、でも、微塵も迷いは無くなっていた。だって、ここまでお膳立てされてしまったら、もう逃げる場所なんてどこにもない。

 

 ねぇ、ヨハン君、君は本当は望んでいないかもしれないけれど、生きていたら、絶対に止めるかもしれないけれど、それでも、私は私であることを貫くよ。

 

 あの日、君たち二人と初めて出会った日に抱いた熱が、今でもまだ、私の心の中で燻っている。どれだけの年月が経っても、現実の厳しさに何度も何度も押し潰されても、それでも、まだ消えることなく残り続けている、思いのたけを今度こそ私は目を逸らさずに行こうと思う。

 

「ありがとう……ヨハン君、誰の代わりにもなれない私の騎士、私は君のいない世界で生きていく」

 

 自分の中で未だに淀んでいた気持ちを振り払うように私はヨハン君と撮影した写真を置いてそう宣言する。忘れるわけじゃない、心の中に刻んでいく。ヨハン君と言う騎士が存在したことを。ヨハン君がいたからこそ、私は今、こうして決断することが出来たのだと。

 

「ランサー」

「ここに」

 

「私は貴方を聖杯戦争に勝たせることができないって最初に伝えた」

「ええ、それがマスターの望みであるのならば騎士として私は、その命令に従うだけです」

 

「うん、ごめん、その命令、破棄してもいいかな?」

 

「………私は騎士です。あくまでもマスターの命令を尊重します。騎士として、主には忠誠を尽くすもの。主が間違っているとしても、主が己の願いと異なる方向に進もうとしていても、騎士として命を主に託すのが忠実なる騎士としての役割です。私はそれを違えるつもりはありません。

 ですが……、その言葉を待っておりました。一つ悔やむことがあるとすれば、貴方にとっての最良の騎士が、私ではなかったことくらいか」

 

 その立場をヨハンに譲ってしまったことを悔やむが、それでもランサーはリゼの結論に異論を挟まない。良くも悪くも主の願いを叶えることこそがこの白亜の騎士のスタンスであるのだから。

 

 それに戦うからには勝利を求める、それはサーヴァントとして当たり前の心情だ。それを果たすことができるのであれば、拒否をする理由など生まれようはずもない。

 

「うん、じゃあ、一つだけ、ランサーにお願いがあるんだ」

 

 そう口にして、リゼはこれまでよりも穏やかで、少しだけ晴れ晴れとした表情を浮かべていた。やっと、自分の進むべき道を見定めることが出来たと自分自身で納得することが出来たのである。

 

――王都ルプス・コローナ・スラム街――

 彷徨う、あてもなく彷徨う、自分が何処に向かっているのかすらも不明なまま、気付けばここに来ていた。帰巣本能というものが存在しているのかなど分からないが、どうにもレイジ・オブ・ダストと呼ばれている少年が辿り着いたのはこの場所であったらしい。

 

「ここが……俺の故郷」

 

 自分の口で言葉を漏らしながらも全くその実感が湧かなかった。まるで、他人の出来事を語っているかのような空虚さ、本当に自分の口から洩れているのかすらも怪しいほどだった。

 

 自分自身に対してのどこか信じることができないような違和感めいたものを覚えることは幾度となくあった。そのたびにその疑念を振り払って、振りかえることなく進み続けてきた。

 

 けれど、突きつけられた現実を前にして、自分が縁としていた自体の総てが他人の記憶であるという事実が露呈してしまった。悲しいほどに、虚しいほどに総てを曝け出された上でのレイジは空虚な存在だった。

 

 スラムが自分の故郷であると言われても、全くその時の光景が浮かび上がってはこない。他人の記憶で上塗りされてしまったこの身体が本来持ち得ている記憶を思い出そうとしても何も出てこない。

 

 あくまでも脳裏に浮かんでいるのは、その他人の記憶とここまで戦い続けて来ただけの記憶だ。その戦い続けてきた記憶ですらも、何のために……という思いだった。七星を滅ぼす、それほどの激情を抱えていながらも、真実は、この身体の持ち主も七星であったという笑えない事実、何度か、自分の身体の中から湧きあがってくる力とは何のことはない。この身体の本来の持ち主が仕えた七星の魔術回路が暴走するように一気に力を放出していたに過ぎないのだ。

 

 あの自分の中で働きかけてきていたのは元の身体の人格なのだろうか。力が欲しいのかと自分に問いかけ、そして結果的に七星の魔力回路が十全に機能したことを考えれば言うまでもなく、意味するところはその力の底上げだったのだろう。

 

(ヴィンセントの時は、この身体の持ち主もあいつに恨みを抱いていた。灰狼も同じだろう。けど、なんであいつの、ヨハンの時は力を貸してくれた……?)

 

 分からない、リゼとヨハン、そしてこの肉体の持ち主の関係がレイジには分からない。402号の記憶を転写されたが故に、この身体の持ち主がどのような人生を送ったのかをレイジは知らない。

 

 であれば、リゼの下にと一度は考えたが、すぐにその思考は捨てた。今更、どの面を下げて会うことができるというのか。自分は彼女にとって大切な人間を殺したのだから。

 

 スラムの周囲を見渡す、突然やってきたレイジを揶揄する声がところどころから聞こえる。余所者がどうしてここにとでも言っているのだろう。彼らにとっては、レイジはあくまでも異邦人だ。

 

『ここに戻ってくれば何かを思い出すかもしれんと思っていたが、無理か……』

『その程度で思い出すのなら、以前に此処に来た時で思い出していたでしょ。ある意味で、自分を知っている誰かを探し求めてここに来たのかもしれないけどね』

 

 レイジの傍には霊体化したアヴェンジャーがいる。しかし、彼らが何かの力になることができるのかと言われればNOだ。この問題はレイジの精神性に根付いた問題だ。彼らがどんな言葉を投げかけたとしてもレイジに届かなければ意味がない。

 

 あまりにも境遇が特殊すぎる。ここまで鋼の精神で聖杯戦争に立ち向かってきたレイジだが、その鋼の精神こそがレイジを苦しめる温床であった。足場から崩されてしまってはどれだけ屈強な兵士であったとしても、乗り越えることはできない。それを今、レイジは実感させられている。

 

(僕の宝具を使えば、レイジの本来の人格を呼び起こすことも可能だろう。肉体にこびりついた残り滓であったとしても、そこからの再現は可能だ。ただ、それをすることが彼にとっての救いなのかは全くの別なんだよね)

 

 今のレイジは操りやすい道化として扱われていたとはいえ、七星を全て倒すという目的の下に動いていた。肉体の持ち主の記憶を戻した時にその闘う理由すらも忘れてしまったとなれば……、もはや本当の意味で聖杯戦争のマスターとしては致命的である。実質的な脱落と言っていいだろう。

 

 それが幸せであるという者もいるかもしれない。こんな地獄のような世界にいるよりも、何もできない只の人間でも、平穏な世界の中で生きる方が幸福であると。

 

「ユダよ、分かっているだろうが、決めるのは主だ」

『分かっているよ、そんなことはしないさ』

 

 ティムールにくぎを刺されたことで、改めてユダは強硬手段を取らないことを口にする。もっとも、レイジに選択を委ねることは結果的にレイジを苦しめることにも繋がる。自由とはその自由を受け入れることのできる土壌を持ち合わせている人間だけが謳歌することのできる権利である。それをレイジが行使できるのかは疑問の別れるところではある。

 

 誰かが現状に手を差し伸べなければならない。それは言うまでもなく誰もが理解をしていることであり、しかし、都合よく手を差し伸べることができるモノがいるはずもない。

 

 そんな折である。

 

「よぉ、捜したぜ、レイジ。勝手に家出をするとは、お前もつくづく悪ガキだな」

「お前……アーク」

 

「応よ、どうだ、少しは頭が冷えたか? なら、さっさとアイツらの所に戻ろう。どいつもこいつもお前のことを心配していたぜ」

 

 あっけらかんとスラムの中を放浪するレイジに声を掛けたのはアークであった。何故彼が自分の居場所を……とレイジは思ったが、すぐに朔姫の式神で後を付けられていたのだと確信を持てた。

 

 おせっかいな連中であることはレイジもよく理解している。衝動的にあの場を逃げ出したレイジの身を案じたのだろう。アークが迎えに来ただけでそれを理解できるほどには、レイジも彼らとの関係が長続きしていた証拠であろう。

 

「何をしに来た?」

「お前を連れ戻しに」

 

「俺は戻らない」

「どうしてだ?」

 

「俺は……お前らの知っている俺じゃない。何もかもが偽りだったんだ。戦う理由も目的も、何もかもが都合よく生み出されただけだ。本当は自分なんてものは何も持っていない。最初から生み出せるわけがなかったんだ。俺には道標とする過去なんてなかったんだから! そんな奴と一緒にいてどうなる? 俺はもう戦えない。戦う理由がない。知らない誰かの記憶に縋って生きていくなんてことは……できない」

 

 レイジには珍しい弱音であると言えよう。常に自分の中のネガティブな感情に蓋をして戦ってきた彼から聞くとは思えない言葉ではあるが、それだけ彼の心が打ち砕かれたという見方もできる。

 

 彼のアイデンティティは良くも悪くも復讐だった。あの日の光景を忘れることができないからこそ闘う事が出来る。どれほどの困難であっても諦めることだけは出来ないと、何度も何度も声を荒げて、そして立ち向かってきたのも全てはその想いがあればこそだった。

 

 しかし、その想いこそが何よりも虚しい他人の記憶であったなどと言われて、どうして立ち上がることが出来ようか。何もかもが虚飾、本当の自分なんてものは何処にも存在しない。総てが偽りで、自分の本当の名前さえも知りえないというのに。

 

「俺の知っているお前は、少なくともどこの誰でもない、レイジ・オブ・ダストそのものだよ」

「そんなやつはいない」

 

「いいや、いるね。セレニウム・シルバで確かに俺は出会った。七星を許せないと声を上げて、非道に立ち向かう覚悟を決めて、いつだって一番槍で戦い続けた奴のことを知っている。俺の半分程度の体躯でありながら、猛獣のように抑えが利かないじゃじゃ馬だ。

 そのくせ、道理ってのは弁えている。俺達はどいつもこいつもが別の目的を持って聖杯戦争に参戦した身だが、お前がいてくれたから、一つにまとまることが出来た。お前の復讐に手を貸すという理由が、いつからか俺達の共通の目的になっていた」

 

「だから、その理由が嘘だったんだよ、ありもしない物語だったんだよ! そんな過去は存在しな――――」

「知らねぇよ、過去なんてもんは!!」

 

 レイジの反論を封殺するようにアークが声を上げ、顔を上げたレイジとアークの視線が重なり合う。それはまるで大人が聞き分けのない子供を諭すような様子だった。

 

「俺が知っているお前は、この国で出会ってからのお前だ。記憶が他人のモノであっても、戦う理由が作られたものであっても、それでもお前はお前だったはずだ。それに戦う理由がない? お前、自分が好き勝手にいじくられて、利用されて腹が立たないのか? 許せないと思わないのか?」

 

「それは、だけど……」

「なら、それはお前の十分に闘う理由だ。正当性なんてものを求めるな、腹の中の怒りに身を任せちまえ。それでもどうにもならなきゃその時は大人が何とかしてやる。過去なんてものがないのなら、今、この瞬間から始めればいいじゃねぇか。

 お前はレイジ・オブ・ダスト―――砕かれようと燃え続ける怒りのままにってな」

 

 過去は確かに存在しないのかもしれない。けれど、今ここにレイジはいる。そして、歩き続けた先にどんな形であれ未来は待っている。であれば、絶望するにはまだ早い。何もかもが終焉に向かっているとしても抗うための術は用意されているのだから。

 

「戦え、レイジ――――誰のためでもない、お前の為に。お前が奪われ続けてきたこれまでに反逆するために、未来を掴むために。お前のこれまでがクソったれだったとしても、その先に幸福を掴めばいい。地獄の先に花を咲かせるってお前はずっと言い続けたじゃないか」

「―――――」

 

 アークの言葉は何故かすとんとレイジの胸の中に納まった。これまでからっぽでピースを埋めることが出来なかったパズルにパチンと埋め合わせが出来たような感覚、それを認識して、レイジは少しだけ笑った。

 

「ああ、そうだったな。そういえば、俺は、ずっと言い続けて来たな」

 

 その言葉が何処の誰の言葉なのかはわからない。気付けば口走っていた。転写された402の記憶の中には存在しない。であれば、誰の……? わからない、わからないが、もうどうでもよかった。過去は過去、レイジとて仲間たちの過去の総てを知っているわけではない。

 

 それでも、今を戦う事が出来ている。であれば、まずはそれでいいではないかというアークの言葉にようやくレイジはほんの少しだけであれども、光明を見出すことが出来た。

 

「俺は……あいつらを、星灰狼とカシム・ナジェムを殺す。あいつらが総ての元凶だ、今の俺を形作った。あいつらを滅ぼさなければもっと多くの人が苦しむ。世界のため何て言うつもりはないが……俺は、あいつらに報いを与えなくちゃいけない」

「なら、やるべきことは一つだな。戻ろうぜ、アイツらが待っている」

 

 朔姫たちの下へ、そして皆で灰狼の野望に終止符を打とう。そう告げるアークに対してレイジは頷き―――――、

 

「あら、そんなことはさせないわよ。だって、あなたたちはここで、消滅するんだから」

 

 その僅かに灯った光明を霧散させるために約束された復讐者が、ここに到来を果たした。

 

「ター、ニャ……」

「何度も言っているでしょう。今の私は七星桜華、でも、君の相手は私じゃないわ。私はあくまでも彼が願いを叶えるところを見届けに来たの」

 

 風雲急を告げるように姿を現したターニャの横に立っているのは、憎悪の視線でレイジを睨んでいる実験体402号だった。その憎悪の視線を向けられたレイジはこれまでのように彼を侮蔑するわけではなく、無意識に視線をそらしてしまう。

 

 自分が偽物であり彼が本物であることは、自分も無意識のうちに理解してしまっている。その態度をレイジが浮かべたことによって、402号もレイジがすべての事実を知ったことを理解した。

 

「そうか、お前はようやく自分がいかに罪深いのかを理解したのか。そうだ、お前だ、お前だ、お前だ……!! お前が俺からターニャを奪った!! お前がターニャを地獄へ導いた。お前が、お前が……ターニャを殺したんだ!!」

「―――ッッッ!!」

 

 混じりけの無い純粋なる憎悪、自分自身で擁護することもできないほどにレイジの過失によって、ターニャの人格は消えてしまった。

 

「さぁ、あなたの怒りをぶつけなさい、実験体402号、あなたからすべてを奪い取って、あなたになりすました男を、あなたの最愛の人を奪った男を、その手で殺して見せなさい。そうしたときに貴方と彼女はようやくすべての運命から解放されるのだから」

 

 まるで歌うように桜華は殺戮の歌を歌いあげる。これより始まる、絶対に避けようのない戦いを前にして、運命を彩る女神のように戦いを促す。

 

「悪いが、そんなことはさせねぇよ。レイジは連れていく。お前らの望む戦いなんてさせるかよ」

 

「ええ、そうね、あなたはそういうでしょうね、英霊ノア。だからこそ、私がここにいるの。さぁ、出番よセイバー、マスターとしての私と仕える善神のために、見事、グランドの名を冠する英霊を討ち果たしなさい……!!」

「言われるまでもない。それが神の望むことであれば」

 

 そして、霊体化を解除して、ターニャのサーヴァントであるセイバーがその姿を晒す。手には円筒の剣を握り、アークの前に立ちふさがる壮年の男、かつて救世王とさえ呼ばれ、人々にあがめられた王は、己を神の使徒として、かつての父とも呼べる存在を滅ぼすことを承諾した。

 

「救世王とまで呼ばれた男が憐れだぜ、キュロス。それがお前の決断か?」

「すべては神の思うままに。儂は神に選ばれた王、であれば、神の望むままに、救世を執行する!」

 

「バカ野郎が。そこまで愚かとあっては、お前自身を救えねぇよ。だから、俺が……お前を救ってやる!」

 

 レイジと402の非情なる運命に根差した戦い、そしてセイバーとアーク、古代に救世主と呼ばれた者同士の戦い、定められた運命はさらに速度を上げながら、結末へと邁進していく。

 

 その流れはもはやだれにも止められない。そう、もはや誰にも――――

 

「おや――――、見違えましたね、リーゼリット女王。長い髪の貴方は可憐だったが、短い髪の貴方は凛々しい。失恋でもされましたか?」

 

「ええ、ようやく踏ん切りがついたから。これでやっと、私も前に進める」

「それで? どうして、私の目の前に立っているのですか? 私はこれから、聖杯戦争へと向かおうとしているのですが?」

 

「ええ、わかっているわ。だから、私も聖杯戦争をしにきたのよ。ようやく、本当の意味で――――私の聖杯戦争をするの!!」

 

 背中にまでかかっていた長い銀髪はそこになく、灰狼の前に立ちはだかるリゼの髪は首元近くでばっさりと切り落とされていた。

 

 その意味するところを理解できない灰狼ではない。それがリゼの決意の証、これまで、七星の魔術師として心を殺し続けた彼女の宣戦布告であると理解し、

 

「「残念だよ、君はいい操り人形になってくれると思ったんだがな」

「この国も、人も、何もかもが、お前の所有物なんかじゃない! このセプテムに一番必要ないのは、貴方よ、星灰狼!!」

 

 ランサー陣営とライダー陣営、これまで決して争ってこなかった二つの陣営はついにその激突を果たす。覚悟は決まった。あとはそれを貫くだけである。

 

 




いよいよレイジ対402号の最終決戦が始まるな、どちらが勝っても爽快感はない模様。

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