Fate/Stardust Vendetta―星屑の復讐僤―― 作:ソクリ
――王都ルプス・コローナ・王宮庭園――
それは紛れもない反逆と言っていい事態であった。七星序列第一位星灰狼の前に立ち塞がったのは序列第四位にして、この国の女王であるリーゼリット、これまで同じ陣営に属していながらも、あえて交わることのなかった二人、いいや、実際にはリーゼリットが避けていただけだろうか。
本能的に彼と共にいればいずれはこうした未来へと行き着くのだろうという予感を覚えていたからこそ、ずっと避け続けていたのかもしれない。
「お父上、先代国王はこのことを承知しているのかな? 私はこの国に客賓として呼ばれている。そんな相手に手を出すことが許されるのかな?」
「私はもう皇女ではありません。この国の女王です。王として私はこのセプテムに厄災を齎す存在を排除しなければなりません。たとえ、それが先代国王によって招聘された人物であったとしても、必要であれば、排除することを躊躇ってはならない。王になる人間であれば当然に備えておかなければならない信条ではありませんか?」
「くく、確かにその通りだ。願いを叶えたいのならば、他のどんな事情があろうとも、それを貫かなければならない。たとえ、肉親であろうとも、自分の願いを踏みにじるのであれば排除する。そういう在り方は嫌いじゃないよ」
「勝手にあなたと同じにしないで。私は何もお父様と対立する気持ちがあるわけじゃない。貴方を倒すために此処にいるだけよ」
「それは不思議なことを言うんだな。私を排除したいのならば、それは私を招いた君の父君も排除しなければ意味がないだろう。それとも、本当は別の理由があるのかな? 例えば、君の慕っていた相手を苦しめた私が許せないとか……?」
「………、そうよ! 悪い? 文句ある!?」
灰狼の見透かすような言葉に、今更取り繕った所で何かが得られるわけでもないと判断したリゼは、正直に自分の心の発露を主張する。
セプテムにとって、灰狼と言う人物が災厄を齎すのは間違いない。世界征服、言葉で言えば簡単だが、多くの犠牲を強いることは間違いない。それだけでも灰狼を排除するには十分すぎる理由だが、言うまでもなくリゼにとっては、自分を救ってくれた少年を実験動物扱いで不幸のどん底へと落ちたしたことの方が罪深い。
「少し心外だと思っただけだよ。そもそも、私は送られてきたサンプルに手を付けただけだ。手を下したのはヴィンセントと先代国王だ。つい先日まで君と彼に関係があることすらも知らなかったのだ。それで私を恨むというのは少しばかり筋違いではないかな?」
「そうかもしれない。私は貴方に八つ当たりをしたいだけなのかもしれない。でもね、少なくとも、レイジ君を不幸にしたのは貴方、彼の大切な人を奪わせたのも貴方、貴方がレイジ君と言う存在を生み出さなければヨハン君が命を奪われることもなかったかもしれない。命を奪われたとしても彼も安らかに眠ることが出来たかもしれない。少なくとも、貴方が責められることのない人物でないことだけは確かよ」
「はは、さて、それですらも君の―――」
「―――灰狼よ、御託はそこまでにしておけ」
なおも、リゼに対して舌戦を繰り広げようとする灰狼の言葉を遮るようにして、彼のサーヴァントにして主である侵略王がその姿を霊体から実像へと結ぶ。
その姿に呼応するようにリゼのサーヴァントであるランサーも姿を見せる。
「いつまでも戯言を口にして戦いを後に向かわせるな。余は昂っている。ランサーよ、余が辿り着くことの出来なかった西の果てに存在した騎士の中の騎士よ。同じ陣営にありながらもそなたと戦うことができる時を待ち望み続けたのだ」
「なるほど、それはよかった。私も同じだ、侵略王よ。同じ騎馬を扱う者として、どちらがより高みにいるのかを白黒つけたいと思っていたのは私も同じだ」
「フッ、騎士が王に勝てると思ったか?」
「ええ、武威であれば王に勝ることができる存在こそが、騎士の本懐ですから」
ただ強さを以て忠義とする騎士にとって、戦いだけはたった一つ王に勝る分野であるとランサーは主張する。彼は騎士の中の騎士、生涯無敗を誇ったウィリアム・マーシャルであればこそその主張にも当然に意味が与えられる。
「くく、その意気やよし。それほどの自信を持ち得るには絶対的な自信がなければ成立しなかろう。この侵略王を目の前にしておきながら、些かたりとも貴様は自分が敗北するなどと言う可能性を頭に抱いていない。
不敬だ、あまりにも不敬が過ぎる。身の程を思い知らせてやらねばなるまい。常勝無敗であったとしても、それは余と出会ったことがないがゆえであったのだとその身に理解させてくれよう」
侵略王の戦いの最中で、ただ強いだけの存在など、これまでに幾度も幾度も出会ってきた。そして、そのたびにその相手を蹂躙して、勝利を掴んできたのだ。果たして、ウィリアム・マーシャルと言う男はその数えきれないほどに見てきた相手と同じであるのか、それとも、侵略王すらも撃破し、最強を名乗り続けるに相応しい男であるのか、興味が尽きない。興味が尽きないが故に戦うことを求めて止まない。
「ならば、始めるとするか、騎士よ。此処は随分と狭いからな」
「マスター……!」
声を上げ、ランサーの手とリゼの手が触れて、リゼの身体がランサーの後ろへと持ち上げられて、白馬の背に乗る。同時に己の愛馬を召喚したライダーの剣の一撃とランサーの馬上槍が激突し合いながら、王宮の壁を破壊し、二対のサーヴァントはそのまま外へと躍り出て、所狭しと互いの武器をぶつけ合っていく。
「くく、ふははははははは、やるではないか!」
「貴方こそ、馬に乗っての戦いとは思えないほどの器用さであり、身軽さだ」
「左様、我ら遊牧民族にとって、馬とは生まれた時から親しんできた友であり同時に道具である。馬を乗りこなすことが出来ぬ者など我らの民族には不要。西の果ての騎士よ、貴様は馬の扱いに長けておると常に豪語してきたな。その自信はこの場の戦いを通じてでも良く理解が出来る。しかし、しかしだ、それでも真に馬を扱うことができるのは余だ。我らこそがこの世界で最も、馬を自由自在に扱うことができるのだ。それを今から教え込んでやろう。心するがいい。この戦いの果てに貴様を待ち受けているのは、己の馬から落ちて地面を這いつくばる無様な姿だ」
「ランサー……、今更言うまでもないことだっていうのは良く分かっているけれど、お願い、絶対に負けないで……!」
「無論、言うまでもなく。騎士とは常に主に勝利を齎すために戦い続けるモノなのですから」
常に勝利を重ねることこそが騎士の本懐、それを証明するためにこの王都総てを戦いの領域としながら二人の戦いは始まりを迎える。
共に七星側陣営の最大勢力ともいえる二人の戦いはそのまま、七星側陣営の主導権を誰が握るのかを決する戦いでもある。
遅すぎる決断だったかもしれない。それでも、リゼはここにようやく一歩を踏み出すことが出来た。であれば、もう迷わない……、ここからは自分の心に素直になって闘っていく。
(レイジ君に戦わせるようなことはしない。私が倒す。今度こそ、彼の力になるって決めたんだから……!!)
自分の国の為に、そして彼の心を救うために、灰狼を倒さなければ何も先に進むことはできないと知っているからこそ、リゼは自分を奮い立たせる。マスターであっても心で負ければ、灰狼に総てを持っていかれる。絶対に自分のサーヴァントは勝利する。その思いを胸にして彼女はようやく自分の戦いを始めたのであった。
――王都ルプス・コローナ・スラム街――
王宮にて、これまで積み重ねてきた因縁が遂に爆発を迎えたのと同じように、このスラムでも遂に運命に巻き取られ、人為的に作り出された因縁の清算が始まる。
「うああああああああああああああ!!」
「くっ、ぐうううううう!!」
怒りに自分の全体重、全魂を預けるようにして実験体402号はその手に握っている大剣をレイジへと叩き付ける。その表情は鬼気迫るものであり、これまでにレイジが対峙してきたどんな相手よりもなお憎悪が深い。
かつて、ヴィンセントを殺されたルチアーノもレイジへと怒りを向けて、殺すつもりで戦いを挑んできたが、レイジにはヴィンセントが殺されるに足りるだけの悪行を働いてきた人物であるという確信があった。自分は何一つとして間違ったことをしていない、その上で憎まれるのは自分も覚悟の上であると。
しかし、402号は違う、彼もまた被害者なのだ。自分の脳裏に焼き付いた破滅の記憶、奪われて、苦しまされて、気が狂いそうな地獄の果てに、今もなお抜け出す事の出来ない破滅の世界で生きている。
自分の人生を奪われて、自分の大切な人を救う事も出来ずに、何も知らずに我がもの顔で戦っていた何処の誰とも知らない少年が自分のように振る舞っている。なおかつ、自分の言葉は誰にも届かないのだ。
こんな地獄が他にあるだろうか?あるはずがない。もしも、同じ境遇に立たされたとしたら、如何に不屈の精神でここまで戦ってきたレイジであったとしても、気を狂わせていただろう。
「許さない、お前だけは絶対に許さない!! お前が、お前がターニャを!!」
「っっ……!」
「どうして力を使わせた! どうして、ターニャを見殺しにした!! お前には、お前には救う事が出来たはずだ!! 俺とは違う、お前になら出来たはずなのに! どうしてお前は、みすみす彼女をあんな姿にさせた!! 答えろよ、盗人がぁぁぁぁ!!」
「くぅ……俺に、だって、わかるわけがない、だろう……」
「分からないだと……? そんなことが許されると本気で思っているのかぁぁぁぁぁ!!」
たとえ、レイジがどんな弁解の言葉を口にしたとしても、402号がレイジを許すという展開になることはないであろうと分かる。もはや引き返すには遅すぎる。402号にとって、レイジは自分に成り代わり、ターニャを奪った相手でしかない。
もしも、レイジがそのままターニャを守り続けていたのであれば、彼らの関係にも少しばかりの変化は訪れたかもしれないが、そんな予測のレールから外れることを灰狼が許すはずもなく、定められた結末に向かってただ進み続けただけである。
402号は破れかぶれにただ感情の赴くままに攻撃を続けているだけである。いかにレイジといえども、その程度の攻撃で追い込まれるはずがない。通常であれば、当たり前のように攻撃を捌いて、402号に対して剣先を突きつけている……のだが、そこまで戦いが進む気配が全くない。
むしろ、レイジは戦いが始まってからずっと防戦一方であり、苦しそうな表情を浮かべている。傷をつけられたわけでもない、何かしらの不利になる魔術を掛けられているわけでもない。単純に押し込まれているのだ。
理由は言わずもがなだろう。今のレイジは総ての真実を知った。何も知らずにどうして402号に殺意を向けられているのかを理解することもできずに、邪険に扱うように戦っていた時とはわけが違う。知ってしまったからこそ逃げることができない。402号の言葉はそのままレイジを追い込むには十分すぎるほどの意味を持っている。アークの言葉で少しだけでも、自分の調子を取り戻すことが出来たレイジにとって、今の402号の言葉はどんな鋭利な刃物で切り裂かれるよりも痛みを覚えるのは間違いない。
人は誰であろうとも、真実の過失を指摘されることに弱い、ほんの少しでも言い訳を並び立てることができるのならば平生を保っていられるが、真実、自分自身の過失だけによって起こった事態に対して、人は心穏やかでいられるほど生物として高みに昇っていないのだ。自らが為した罪を背負い、向き合わなければその心の傷を越えることはできない。
(俺は、ここで死ぬわけにはいかない……あいつらを、星灰狼とカシム・ナジェムを倒さなければならない……だが、だが、それはコイツを殺してでもなさなければいけないことなのか? そもそも俺は、それを全て為し遂げたところで、地獄の先に花を咲かせるなんてことができるのか……?)
浮かび上がる疑問は当然と言えば当然の疑問である。これまでずっと地獄の先に花を咲かせるために戦い続けてきたが、その総てが虚飾であり、どれほどの戦いを重ねたところで、レイジには何も残らない。
アークが口にしたようにここまでの旅路のなにもかもが嘘であったわけではないだろう。レイジと言う少年にはこれから先が待っている、未来がある限り、何も手に入らないなんてことはありえない。
けれど、戦う意味はどうだろうか? 自分がこれまで抱いていた復讐心は他人のモノであった。かつての自分がどのように考えたのかは最早わからない。借り物の怒りで、借り物の理由で戦い、そして今、本物の憎悪に圧されている。
何処までも虚飾であったからこそ、自覚してしまえば弱い。本来のレイジの身体の持ち主は、とっくの昔に死んでいたのだろう。ただ生命として生きているだけであり、実質的には死んでいるも同然の存在が他人の記憶を奪って動いているだけ。そんな存在に何の価値があるのか。むしろ、恨まれることが然るべきことであるからこそ救えない。
ゾンビのように生きているのならいっそのこと首でも斬ってさっさと命負えればいいというのに、それもせずに、ダラダラと生きているだけ。
当然に402号からすれば唾棄すべき存在だ。彼は何も悪いことをしておらず、気付けばレイジが目覚めて、自分の代わりをこなしていた。何故かは分からないが、ターニャまでもが当たり前のように、本来自分に向けるべき笑顔をどこの誰とも知らない相手に向けている。
喪失感と醜い嫉妬、何よりも灰狼から目論みを聞かされた。そうなれば、402号は戦わないわけにはいかない。どれほど無謀でも、どれほど愚かしい戦いでも、自分を保護している存在こそが、自分たちの仇であったとしても、それでも彼はそれに縋らなければ奈なかった。その無念、その愚かしさ、その総てが凝縮されて、今、402号の攻撃はレイジへと何度も何度も攻撃が繰り出される。
「なんでだよ……」
「――――」
「何でお前はまだ生きている。もう全部知ったんだろ? 自分が何なのかを理解したんだろ? だったら、やるべきことなんて一つだけだろう。腹を斬れ、首を斬りおとせ、それで今すぐにでも死んでくれ!! それがお前に出来る唯一の贖罪だろう!!」
「違、う……俺は地獄の先に花を咲かせるために」
「馬鹿を言え、地獄の先には地獄が続くだけだ。そんなところに花は咲かない。地獄に花が根付けばすぐに吹き飛ばされる。言ってみろよ、お前がこの先に何をするのか。何を以て、地獄の先に花を咲かせるんだ! 地獄の中で生まれた偽物のお前に何が咲かせられるって言うんだ……!!
「俺は――――」
「俺はそんなことは思っていない。思えない……! お前のその言葉は、奴らに戦うことを強制させられるために植え付けられた考えだ!! お前が自分で抱いたものじゃない!! 何度も何度も口にして、必死にそうあれと願わなければ叶えられないような偽物の言葉なんだよ!!」
「違う、俺は、俺は―――――があああああああああああ」
「俺もお前も救われない。奴らの悪意に呑まれた時から、俺達はもう負けたんだ。自分の人生を奪われたんだ。俺はお前を憎んでいる、恨んでいる。だけど、同時に同情もしている。お前の身体のことは聞いた。お前も被害者だと知った。
けどな、それでも、それでも、許せないんだ。俺に残されたたった一つだけの希望、たった一人の生き残りだったんだ……! あの炎の中で必死に抵抗して、何もできずに、無力を嘆いて、それでも生きてほしいと願ったのに……!! 俺の記憶を引き継いで、戦えるはずだったお前がどうして、守ってやれなかったんだ!! 何で奪われているんだよ!!
どれだけ同情したって、同じ立場だってわかっていたって、憎むなって方が無理がある。お前を憎むことが間違いだったとしても、この感情だけは、絶対に正しい……!!」
奪われた者は痛いのだ。何もかもを忘れて、何もかもを無かったことにして、生きることが出来ればどれだけ幸せだろうか。どれだけ幸福だろうか。それができないからこそ、人々は苦しんでいく。
402号がレイジに向けている呪詛はこれまでに何度も何度もレイジがヴィンセントや灰狼に浴びせてきた言葉だ、何度も何度も心の中で反芻し、この怒りを忘れないようにと告げてきた言葉だ。
その総てが今、自分に跳ね返ってきている。お前も奴らと同類であると紛れのない怒りがレイジへと掛け値なしの憎悪としてぶつけられている。
これまでのレイジであればそれでも戦えただろう。自分の中で確固たる信念を以てそれを貫く決意を持ち合わせていた。だが、今のレイジは崩れかけている。自分の抱いてきた想いの総てが偽物で、七星と戦うという気持ちすらもそう動かせるために思考を誘導されていた。元の身体の持ち主がどのような想いを持って戦っていたのかすらも、今のレイジには分からない。
自分のなにもかもが信じられない。アークに掛けられた言葉さえも、402と言う掛け値のない憎悪の発露を前にすれば、霞んでしまうほどの気持ちでしか持ち直すことが出来なかった。
「お前は俺が殺す、殺したところで救われるわけでもない。だけど、お前を殺すのを誰かに譲りたくはない。同じ被害者として、俺から最後の希望を奪ったお前を俺が殺してやる。死ぬことだけが……、俺達にとっての救いだ」
「がぁ……ふぐぅ……あがっ……」
地面にうつ伏せに転がり、呻き声を漏らすレイジの姿は、どんな敵にも屈さずに戦い続けてきた不撓不屈の少年には見えない。どうしようもなくちっぽけな、年齢相応に現実の残酷さに打ちひしがれて、嘆きを覚える少年の姿でしかないのだ。
(ああ、わかるよ。そうだろうな、俺はお前に殺されても仕方がない。それだけのことをしてしまった。生きていたって何の希望も持てない。アイツらに復讐を果たしたとしても、俺には何も残らない。何も手にすることができない……)
空っぽの自分の中に収めることができるモノなんて何もない。星灰狼はわかっていたのだ。どれだけレイジが憎悪を滾らせて自分に迫って来たとしても、その真実と言う刃を振りかざせば彼は屈服せざるを得ないと分かりきっていたのだ。
どんな結末を迎えるにしてもレイジ・オブ・ダストは星灰狼に屈する。402号にその最後の引導を渡すように命令をしたのはある意味で、灰狼なりの慈悲であり、最後の悪意であったと言えるかもしれない。
(俺はここで倒れるのか……、何もできず、何も為し遂げることが出来ずに、ただの負け犬として、屑星として終わるのか。ああ、でも、もう役目がないのなら、それでもいいのかもしれない。だって、俺は最初から……、誰でもない、よくわからない存在でしかなかったんだから)
「―――――っ、レイジ!!」
「ダメよ、あちらはあの二人の戦場、私達が割って入っていい理由なんてないの。それは分かっているでしょう、英霊ノア?」
「むぅぅぅん!!」
「ちっ、セイバー、テメェェェェ!!」
円筒状の剣が叩き付けられ、アークの鋼鉄を纏った腕と激突し、アークの身体が後ろに下がる。絶大な魔力によるブーストを受け止めたセイバーの剣は激突するだけでアークの武装を削っていく。
かつてオリュンポスの神々より分かたれ、地上の人間たちを導いたナノマシン生命体であるアークの頑丈さは折り紙つきである。どんな相手であろうとも、簡単に破壊することのできない堅牢さを併せ持つが、そのアークの「本体」を確実に削ってきている。
「ふふっ、救世王キュロス二世、ゾロアスターの神に祝福された新たな時代を運び込んだ王、善悪二元論の世界よりも、十字教の世界よりもさらに古い誇りがかった世界の神話に存在する者など、もはや必要ないということよ」
「必要ない、ね。悪いが、ジジイってのは年を取るほど、若者のやることに口を出したくなるもんなんだよ、やること為すこと心配で心配でたまらないんだ。俺が満足するまで、任せられるなと思えるまでは、大人しくなるつもりなんてサラサラねぇっての!!」
「あら、それは残念ね、なら、手荒でも消えてしまってもらうしかないわ。英霊ノア、貴方を消滅させることに関してだけはね、私と兄様、そしてセイバーが敬愛する神もみんな意見が一致しているの。世界が召喚した抑止力なんて私達がこれから支配する世界には不要よ。貴方を消滅させることで私達は神に知らしめるわ。世界すらも、私達の前には屈するしかない、とね!」
「はッ、たいそうな願いを抱いて、結局やりたいことは世界征服なんだろう? よせよ、やめとけ、世界なんて手にしたところで楽しめることなんてないぞ? 楽しいのは最初だけだ、その後はずっと退屈になるだけだ。特にお前らのような踏みにじることしか知らないような奴らにはな」
「あら、一度は世界総てを救った人が語ると説得力があるわね。でも、私達にとっても千年越しの願いなの。口で少し説得されたくらいで諦めるようなら最初から願いを掛けた戦いなんてしない。後悔をするのならそれは総てがダメになった時よ。それまでは決して夢を忘れることなく進軍を続ける。それが私たちイェケ・モンゴル・ウルスの在り方よ」
きっと自分たちの主である侵略王であれば同じことを口にしただろうと桜華は確信している。そして、自分の兄もきっと同じである。だからこそ、諦めない。最後まで進み続けることを信条としている。
「ちっ、お前も同じかよ、キュロス。お前は本当にいいのか? かつて救世王とまで呼ばれた存在が、自分のマスターを生贄に捧げて、神様の言いなりになっている。そんな自分自身でいいのか、そんなことのためにお前はこの聖杯戦争の中で戦ってきたのか!? あの時のマスターを守ると口にしたのは、嘘でしかなかったってことなのかよ!?」
「………、然り!! 我らが神の願いは総てに優先される。儂は絶対なる善神の使徒、悪を滅ぼし善を敷く、そのためにこそ神は儂を天よりこの地に遣わした。バビロンの民たちを救った時も、ペルシャの民を導いた時も、総ては神の啓示があればこそ。善を為せと神は儂に神託を与えたのだ!!
ならばこそ、神の与えた命令は絶対、今この時も同じである!」
「ふざけるんじゃねぇぞ、バカ野郎がぁぁぁぁぁぁ!!」
セイバーの語る自分の行動理由に対して真っ向からアークは怒りの声を上げる、何も理解していない愚か者へと鋼鉄の腕がそのまま直撃する。
「そもそも、その女は最終的にライダーを勝たせるつもりなんだぞ? お前がどれだけ必死に働いても、テメェは神に会うことすらできねぇ。そんな損ばかりで何も得られないことを受け入れるのかよ、それも神の一存であればいいってか!?」
「無論、それこそが真実、儂は神の使徒として戦うだけよ」
それこそが神託を受けて王になったものの在り方、古代世界において神と王とは切っても切り離せない関係にあった。王は神よりその支配権を与えられて、人々を支配してきた。その題目があったからこそ、人々は王に従った。であれば、キュロスもまた王として神に仕えなければならない。
「理解するがいい、ノア―――我らが父祖よ。支配者でありながら支配者にならなかった者よ。王とは誰よりも自由なのではない、誰よりもあらゆる縛りを受けねばならんのだということを!!」
叩き付けられる剣をアークは鋼鉄の腕で受け止める。そして、しばしの沈黙があった。ここまで烈火のごとく、セイバーへと怒りの声を上げていたアークの声が突然に止まったのだ。
「それが……テメェの答えじゃねぇか」
「何だと?」
「王は誰よりも縛られなければならない者、ああそうだな、そうかもしれねぇ。そういう制約を受けてでも、神を信じ、民の為に先頭に立ったお前は尊敬されるべき存在だ、キュロス。だがな、自分の意志で総てを決めたのなら縛られるなんて言葉は使わねぇ。少なくとも、侵略王なら絶対にそんなことは言わないだろうさ。
それがお前の正体だ、救世王。自分の願いよりも民と神の長いを優先したのがお前なら、いい加減に本音を晒せよ!! お前は本当は自分のマスターを救ってやりたかったんじゃねぇのかよ!!」
「何をバカなことを――――」
「俺は見て来たぜ、お前を近くで見てきた。みんながターニャのことを気にかけていても、俺だけはお前をずっと見続けてきた。だから分かる。お前が少なくとも自分のマスターを気にかけていたことを。言葉にしなくても、こうならないようにと願っていたことを。神の願いが何であれ、本心では星灰狼の思惑通りに進まないであろうことを願っていたんだろうが!」
「――――黙れ!!」
「がっっっ!!」
魔力を収斂した剣がアークの身体を吹き飛ばし、地面に叩き付けられ、その鋼鉄の腕が砕ける。魔力を収斂したからこそ、大規模ではないが、今の一撃は紛れもなく宝具級の魔力を乗せての攻撃だった。間近で受けた以上、アークとて無事ではない。
「っ痛ぇ……、はっ、まさか本体にここまで損傷を与えられるとはな、やるじゃねぇか、キュロス。それでこそだぜ」
「理解が出来んな、何故、わざわざ儂に構うようなことをする。所詮、我らは聖杯戦争の敵同士、わざわざ気をもむ理由などあるはずもない」
「別に、お前が敵だからとか味方だったらとかは関係ねぇよ。俺にとっては俺より後の時代に生まれてきた連中はみんな、俺にとっての子供みたいなもんだ。当たり前に気に掛けるし、当たり前に救いの手を差し伸べる。ただそれだけなんだがな」
「救い? 救いだと? この期に及んで、まさか、儂が救いを求めているなどと、そのような戯言を良くも口にした! 救いなど求めてはおらぬ、我が神が降臨することこそが、救済の道なのだ」
「だからよ、それが既にお前の本心とかけ離れているんだってことを俺は言っているんだがな。どれだけ口にしたところで頑固なお前がはいそうですかと首を縦に振るとは思ってねぇよ。だから――――白黒つけようじゃねぇか、サーヴァントとして、聖杯戦争らしくな。真・体・駆・動!!」
アークが声を上げた瞬間にその変化は起こった。アークの背後よりナノマシンで構成された巨大な要塞、あるいは機械仕掛けの戦艦のようなものが突如として地面から浮上してくる。そして、それは瞬く間にその形を変えていき、アークの全身へと装着されていく。さながら、それはパワードスーツのような、強化外骨格のようにアークの身体を覆っていき、これまで、両腕だけを鋼鉄の腕に変えていたアークの姿はその総てがメタリックな鋼鉄で覆われていく。
「これこそが俺の宝具にして、俺自身だ!!『
かつてオリュンポスの神々と呼ばれた者たちが外宇宙より飛来してきた外宇宙航行船であり、その船体はナノマシンによって修復されていた。
ノアは厳密にはその外宇宙航行船のメンバーではない。あくまでもその航行船の中に搭載されていたナノマシンが、本隊の起動停止に伴って、突然変異的に意識を保ち、己の肉体を人間に寄生させたことから始まった。
人間に寄生し、自分の本来の主たちの姿を模倣し、そうして彼は幾代もの時間を指導者として生きてきた。人類が神々の怒りに触れて、洪水によって押し流される時が来たのならば、かつての外宇宙航行船の模倣によって、消えていくことしかできなかったはずの人間たちを救いだした。
それは只の模倣であったのか、それとも明確な意思があって引き起こしたことなのか、その本心は彼にしかわからないが……、結局、彼の中では古代の時代も現代も変わりはないのだ。
あくまでも己はアーク・ザ・フルドライブにして、英霊ノア、子供たちを見守り、大いなる災厄から救い、そして見届ける。それこそが己の役割であり、為すべきことであることを彼は知っている。
「キュロス、誰もがお前を救わないのなら俺がお前を救ってやる。まだまだ俺には救わなくちゃならねぇモノが山ほどある。こんな所でくたばるわけにはいかねぇんだよ、世界に呼び出されて闘う身となっちまった者としてな……!」
「笑止――――世界の奴隷でしかない冠位が。儂を神の使徒と蔑むのであれば貴様もまた同じく世界の奴隷よ。かつての救世主が聞いて呆れる」
「セイバー、わかっているわね。貴女が何を想っていようとも、今のマスターは私です。私の目的の為に勝利を捧げなさい。その円筒はそのためにあるのでしょう?」
「無論、言うまでもなく」
円筒が回転を始める。再びアークを破壊するための魔力が溜めこまれ始めていく。同時に鋼鉄を纏ったアークの全身からおびただしいほどの魔力が発露されていく。これまでずっと溜めこまれてきたであろう魔力、決戦のために温存していたその力をアークは惜しげもなく発揮していく。
(ええ、それでいいわ。所詮、セイバーは捨て駒、我らが侵略王の前に英霊ノアを万全な状態では進ませない。せいぜい、セイバーと消耗し合ってくれればいい。彼女ではなく、私がこの身体の主となった時点でこうなることは貴方だって分かっていたはずでしょう、セイバー)
七星桜華に、セイバーと共にこの聖杯戦争を勝ち抜こうという気持ちは微塵も存在しない。勝利させるべきは侵略王であり、セイバーはあくまでもその道程のための露払いでしかない。
かつて、ターニャと契約していた頃であれば事情は違ったかもしれないが、ことこの状況に至っては、セイバーに選択の余地などない。令呪がターニャの身体に刻み込まれている時点で、セイバーの生殺与奪の総ては桜華が握っているのだから。
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「疾っっっ!!」
鋼鉄の鎧を纏ったアークが一直線に突貫し、疾走する勢いのままに拳を突きだし、セイバーの剣と激突する。先ほどはアークが押し負けたが、今度はセイバーが後ろにたじろぐ。同時にアークの鋼鉄も拳の部分がひび割れ砕けるが、砕けた先から恐ろしい勢いで修復を開始した。
ナノマシンの権能は今や全開で発露されている。まるでこの戦いが最後の締めくくりであるかのように、アークは力の出し惜しみなど一切しない。出し惜しみをする理由すらないとばかりに繰り出される攻撃は、そのまま、アークの心情を現しているかのようだった。
救うと決めた以上は全身全霊でそれを為し遂げる。例え、それが神の使徒としての役目に殉じようとしている相手であったとしても関係ない。
「出し惜しみなんて無しで行こうぜ、キュロス。お前だって、ずっと我慢し続けてきたんだ。そろそろ発散しねぇと堪らないだろ!!」
「勝手に儂の中を見たような気になるな。年長者ぶるのも大概にしろ!」
「悪いね、口出しせずにはいられないって奴だ。隣で嗚咽に塗れながらそれでも、まだ諦めていないガキがいるんだ。だったら、俺が勝手に可能性を見限っちまうわけにはいかないだろ。必死に闘っている奴らのために道を作る。それが先に生まれた者の使命だ!! そうじゃねぇか、キュロス!!」
叩き続ける拳、自壊し、すぐに修復されて何度も何度も叩き付けられていく。それこそが自分からキュロスへと与える説教であり、同時に心を開くための行動であると言わんばかりに。届くのかなど気にかけない。絶対に届くと信じているのだから。
決して諦めない、その心情を持ち得るからこそ彼は冠位の英霊として選ばれた。人間でなかったとしても、この星の生命でなかったとしても、彼はやはり正しく英霊なのだと表明するかのように。
スラムの街を舞台にして始まった戦い、救世主と呼ばれた英霊同士の戦いはそう遠くない未来に決着を迎えるであろうことをその場の誰もが自覚し始めていた。この戦いは恐らく、長引くものではないのだと。
【CLASS】ライダー
【マスター】アーク・ザ・フルドライブ
【真名】ノア
【性別】男性
【身長・体重】189cm/70kg
【属性】中立・善
【ステータス】
筋力C 耐久A++ 敏捷B
魔力B 幸運A+ 宝具EX
【クラス別スキル】
対魔力:B
魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。
大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。
騎乗:D
騎乗の才能。大抵の乗り物なら人並みに乗りこなせる。
単独行動:EX
マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。EXランクならマスター不在でも行動できるようになるが、宝具などで多大な魔力を必要とする行為にはマスターが不可欠。
【固有スキル】
神性:B
神霊適性を持つかどうか。ランクが高いほど、より物質的な神霊との混血とされ、より肉体的な忍耐力も強くなる。オリュンポスの神々と同じく外より飛来してきたものとして同一の存在として刻まれたことに由来する。
救世の航海者:B
嵐の中を生き抜き、多くの生命を繋いだ救世の徒としてのスキル。航海術とは根本からして異なる、守り、繋ぐ為の方針である。
ゾハールの輝石:EX
正しくはゾーハル。アダムの子孫である事を示す輝く石で、それ自体は大きな力を持たない。だが、悪に染まらず、地を育み、動物達を愛するノアの精神に呼応して石は輝き、『人類の太祖に相応しい力』を湧き上がらせる。
【宝具】
真体顕現・災厄を乗り越えし救世主の舟(アーク・ザ・フルドライブ)
ランク:EX 種別:対人~対界宝具
外宇宙より飛来したオリュンポスの神々と同様の名のマシン生命体であるノアの本体ともいえる真体を具現化させる。通常はアークがその手に纏う鋼鉄の腕として顕現し、その使用用途によって、さまざまな部位を顕現させることが可能、総てが具現化した際には、あらゆる災厄を乗り越えるための舟、あるいは自身の身体に纏わせての戦闘を行う形態など多種多様な使い方が出来る。しかし、その本質は救済のための舟、真に救済を望む者がいる時にこそ、この宝具はその真価を発揮するだろう。