Fate/Stardust Vendetta―星屑の復讐僤――   作:ソクリ

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第20話「slash」③

『キュロスよ、君には私の降臨の為に邪魔となる存在を排除してもらいたい。此度の聖杯戦争は私が再びこの世界に絶対的な善を与えるための降臨の儀でなければならない。ザラスシュトラも良く動いてくれているが、私が何故、君を呼びだしたのかは理解できるだろう?』

 

 英霊召喚をされて、マスターと会話をするよりも早く、時が止まった世界の中で、神が己に話しかけてきた。

 

 生前、信仰をし続けてきた善悪二元論における、善の絶対神:アフラ・マズダ、かつての聖杯戦争に呼び出され、今もなお聖杯の中に封じられた神は、今度こそ降臨を果たすために、自分自身の名代として開祖であるセイヴァーことザラスシュトラを呼び出し、そして、召喚陣に干渉する形で今度はこのキュロスを呼びだした。

 

『星灰狼の執念は凄まじい。何もしなければ彼の勝利は間違いないだろう。彼が呼び出すのは、人の身でありながら、アンリマユにも引けを取らないほどの悪を成すことができる存在だ。あれを御せる者など早々いないだろう』

『儂の為すべきことはその悪を討滅することでしょうか?』

 

『いいや――――違う。彼にはぜひとも聖杯戦争の勝者になってもらいたい。私が気に掛けているのはこの世界の抑止力とも呼べる存在だ。私と言う神が降臨するにあたって、世界は必ず、均衡を保つための使者を呼びだすだろう。私が降臨しなかったとしても、悪辣なる侵略王が世界に覇を唱えれば、世界は崩壊しかねない。この世界が善悪二元論によって統治されていない以上、世界は崩壊する可能性を孕んでいるのだから』

 

 神はあの悪辣なる侵略王の勝利を望んでいた。曰く絶対的な悪であるあの男が勝者になることで、それを呼び水として絶対的な善である己も復活することができるのだと。その真偽は定かではない。ザラスシュトラはそれで間違いないと語り、星灰狼と聖杯戦争における協調関係を結んだ。

 

『キュロス、君に求めるのは抑止力によって呼び出された英霊の排除だ。仮に冠位を備えた英霊が来たとしても、救世王とまで呼ばれた君であれば必ず排除することができると私は信じている。それを為し遂げることが出来た時、君は神の祝福を受けることができるだろう』

 

 真偽のほどは定かではない。しかし、神がそのように望んだのだ。それだけで戦う理由としては十分すぎるほどの意味があった。どだい、儂は神によって選ばれた王、疑問を挟む余地などないのだ。

 

『…………けて』

 

 神より与えられし啓示を理解したその時に声が聞こえた。その声は天からではなく足元から聞こえてきた。呻くように、小さな手が己の足元に伸びていた。どうしようもなく脆弱で、どうしようもなく愚かしい嘆きに満ちた表情でありながらも、その姿を儂は良く知っていた。

 

 救世王と呼ばれるよりも前、神より与えられた善を執行しろという啓示を実践するために多くの人々を救ってきた。明日を生きることが出来るかもわからぬ者、苦しみの中でもがく者、悪に染まり断罪を求めるモノ、多くの人を救ってきた。その時の救いを求める者たちの表情にそっくりであり、儂はただ一目で、その少女が儂に救いを求めていることを理解した。

 

「助けて……私を、助けて……」

 

 契約を果たしたマスターとサーヴァントである身だ。その言葉だけで、自分の脳裏に彼女の出自が流れてきた。壮絶であったことは言うまでもない。彼女には何の罪もなかった。されど、その身に降りかかる災厄は罪なき子に与えるにはあまりにもむごたらしいものであった。救いを求めることですらも彼女からすれば痛苦なのだ。

 

 命を絶ちたい、楽になりたい。それこそが根本的な願いであるとすぐに理解をした。しかし、その願いを叶えてやることはできない。この主従契約は神が望んだ契約である。ここで彼女の命を絶つことになれば神の望みに反することになる。それはできない、神の使徒であるキュロスにそれを為し遂げることはできないのだ。

 

 ゆえに少女がどれだけ嘆いたとしても、どれだけ救いを求めたとしても、それを与えられることはない。救世王などと言われたところで所詮、儂は神の使徒以上の何者でもないのだから。

 

『神よ、一つだけ問いを投げてもよろしいか?』

『珍しいな、私の願いの総てを叶えてきた君らしくもない』

 

『先ほど、神よ、貴方は侵略王なるものが聖杯戦争の勝者になることを望んだ。しかして、儂が聖杯戦争の勝者になることで願いを叶えることは許されぬか?』

『それは、君が侵略王を倒し、抑止力の使者をも倒し、そして聖杯を手にすると?』

 

『無論、この身は救世王と呼ばれた者、一度は世界に覇を唱えた者でありますれば、それを為し遂げられると自負しております』

 

 神に意見をするなどと言うことが如何におぞましく、いかに許されないことであるのかは十分に理解をしているつもりだ。

 

 しかし、それでも、願わずにはいられなかった。この足下で、救いを求めている矮小なるものを救うことができるモノが他にどこにいるのだろうか。例え、己の為すべきことをさらに困難にしたとしても、救うべき民草の為に命を懸けることこそが王の務めではないのだろうか。

 

 誓約は下された。困難が伴うだろう。不可能であるかもしれない。神であれば不可能を可能にすることができるかもしれないが、この身は所詮矮小なる人間の身であればこそ、何ができるのかすらも定まらない。

 

 その誓いの下に、神の願いを叶えることとターニャ・ズヴィズダーを救うことの二つを天秤にかけながら、戦い抜いてきた。しかし、結果的に儂は致命的に誤っていたのかもしれない。神は最初から分かっていたのだ。かの少女に救われる道筋などなかったということを。理解しても尚、善を目指す儂を諌めることをしなかっただけなのだ。

 

 キュロスが余計なことをしようともしなかったとしても、神にとってそれは誤差でしかない。最後に己が降臨することが出来れば、キュロスやターニャがどうなろうとも関係ない。そうした高い視点で物事を見ていなければ、真に世界を救うことなど出来ないのだ。無駄な足掻きをしただけのことだ。聖杯戦争は収まるべきところに収まる。所詮は英霊の1人が生き足掻いたところで、神の思惑に逆らうことなど出来ない。

 

 出来るはずがないのだ。それを思い知らされただけであるのだ。そうであるというのに……何故、この男は未だに、拭いきれない未練を掘り下げようとするのか。

 

「辛気臭い顔をいつまでも続けているんじゃねぇぞ、キュロス!! テメェは何のために此処まで戦ってきた!! 神のためってだけじゃなかったはずだろうが!!」

「愚かしい、総ては神のためである」

 

「お前が愁いを帯びた顔を浮かべた時を俺は忘れねぇよ。お前はターニャを救える奴だと信じていた。お前が本気で俺達の味方になれば、それだってできたはずだ。テメェの所業をテメェの嘘で隠すんじゃねぇよ!!

 どっちも手に入れたいのなら、最後まで本気になればよかったんじゃねぇのか!! テメェが望む結末を手にすることが出来なかったのは、テメェが誰よりもテメェの願いを叶えることができるって信じることが出来なかったからだ!! 信念を貫けない奴に、手に入る奇跡なんてあるはずがないんだよ!!」

 

 かつて英霊ノアは、神の怒りに触れた人類を救うために己の手で神の怒りから多くの人々を救った。神の信託によって救うものを選んでよいと言われたノアであったが、彼は出来うる限りの多くの人間や生き物を救うことを願った。

 

 ナノマシン構造体である彼の全身を使えば、多くの人間を救うことができる。必要のある救うべき人間と生命だけを救えと神は口にしたが、ノアには必要のある存在の意味が理解できなかった。

 

 そも、自分自身は必要なのかという疑問がある。外宇宙から飛来してきただけのナノマシン生命体、人間よりも長く生きることができると言っても、人間に寄生しなければ何もすることができない存在。それでも、神が選んだのならばそれが正しいなどと到底納得することができる理由ではないだろう。

 

 だからこそ、アークは神の願いも世界の祈りも無視して、救えるものへと手を伸ばす。それは自分にしかできないことであると確信を覚えているから。

 

「そんなバカ野郎を救ってやることができなけりゃ、救世主と呼ばれた英霊を続ける事なんざでき根ぇだろうが!!」

「こがあああああ!!」

 

 鋼鉄の拳がセイバーの顔面を打ち据えて、殴り飛ばす。そのまま、助走をつけて、吹き飛ばされたセイバーの下へと飛び込むと、拳の連撃が一つまた一つと叩きこまれていく。

 

 これまでその絶大な火力で敵手を圧倒してきたセイバーがただ、殴られるだけの存在へと変わっていること、アーク・ザ・フルドライブ、英霊ノアの全力としても規格外であると言わざるを得ない。

 

「でも、それが余裕の戦いであるという訳でもない」

 

 戦況を眺める桜華は理解していた、戦うほどにアークの装甲がきしみを上げている。セイバーのシリンダーと激突するたびに破損し、自己修復を重ねながら戦い続けているそれは、間違いなく、消耗の度合いである。

 

「世界の抑止力に召喚されているとしても、マスターに寄生をしているサーヴァントはあくまでもマスターの魔力に寄与するしかない。英霊ノアを維持しているだけでも、精一杯であるというのに、あんな全力戦闘を続けてしまったら、当然、消耗が激しくなるのは当然のこと、自壊してくれるのならそれに越したことはないけれどね」

 

 そう遠くない戦いの決着を見越しながら、桜華は笑みを零す。どんな結末になるにしても、自分がここに来た最低限の仕事を果たせるであろうことに確信を覚えればこそ。

 

「兄様はどうされているかしら?」

 

――王都ルプス・コローナ――

「はぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「くっく、ははははは、滾るな、滾るぞ、ランサーよ、貴様の力の総てを吐きだせ。余を楽しませるがいい……!!」

 

 王宮より始まった戦いは王都の中を縦横無尽に動き回りながら、王都の郊外へと移動しようとしていた。リゼをその背に載せたランサーとライダーは共に自身の愛馬に跨りながら、建物とインフラに囲まれて、平地のように動き回ることができない市街地の中を一度も馬から降りることなく翔け続けているのであった。その馬捌きは常人が想像する馬の扱い方ではなく、明らかに魔境に足を踏み入れた者の扱い方である。

 

 彼ら双方の愛馬もまたサーヴァントに召喚された英霊、あるいは宝具の一種であるからこそ可能な芸当ではあるが、いかにサーヴァントとして強化されているとはいえ、できないことができるようになるわけではない。

 

「ランサー、平地を駆けるだけの騎士であると思っていたが、中々存外にやりおるわ。馬を使っての戦いは無敗であったか。であれば、余が貴様を最初に負かした相手となるわけだ」

 

「そうですね、侵略王。貴殿が勝つことができるのであれば、そのような話しになりましょう。もっとも、貴殿の覇道は此処で終わりますよ。私は常勝無敗の騎士ですから」

 

 馬上槍と戟を互いにぶつけ合い、交差させ、時には愛馬自体が体当たりを仕掛け、相手を落馬させようと常に攻撃を続けていくが、どちらも決して足が地面につくことはなく、三次元的な動きをしながら、ここまで互角の戦いを演じていく。

 

 双方ともに、ここまで自分と同じ領域の中で闘えた相手と出会うのは初めてのことだ。かたや騎士として、かたや遊牧民族の王として、馬の扱いにかけて当代随一の存在であっただけに、異なる時代の覇者と戦えることに喜びを見出している。

 

 ウィリアムも侵略王も自分の実力は絶対の自信を持っているからこそ、決して譲らない。

 

(確かに実力はほとんど互角、でも、ランサーの宝具は既に発動している。強制的に遠距離攻撃や範囲攻撃を無力化するランサーの宝具なら、ライダーの大規模攻撃を潰すことができる……!)

 

 ライダーの戦闘能力が絶大であることはリゼもランサーもよく理解しているが、やはり最も恐れるべきは、規格外の宝具だ。騎兵のサーヴァントはえてして宝具が絶大な力を発揮するものとして用意されている。

 

 リチャード獅子心王の聖剣の輝きが最大の出力であるランサーにとって、火力の勝負に持ち込まれることはできれば避けたい。このまま、あくまでも戦士としてライダーを己の実力で倒す。それこそが、この場でもっとも、勝利を掴むことができる可能性であると言えよう。

 

『王よ、先程話した通り、ランサーと対峙している場合は範囲攻撃宝具を使用することはできません。おそらくは王の軍勢を呼びだすことも難しいでしょう』

 

「彼奴らは彼奴らで余を倒すための算段を十全に備えているということだ。良いではないか、これまで肩を並べていた相手が、突如として余に牙を向く。モンゴル高原を思い出すなァ、灰狼」

 

『できれば思い出したくはありませんよ。対外戦争を仕掛けている時よりも、あのごろの方が何度も肝を冷やしました』

 

「確かに忌まわしいことも幾度もあったが、だからこそ、我らの軍勢はより強くなることが出来た。かつての敗北が今の余を作り出してくれた。ふっ、常勝無敗か、ランサーよ、貴様は確かに強かろう。貴様のような配下がいれば、余はさらに多くの領土を手に入れることが出来ただろう。

 だがな、余はお前に負ける気はせんよ、敗北を知らぬことこそが、貴様の最大の弱点であると知れ……!」

 

「――――――、ランサー、気を付けて、新手が来るわ!」

「ぬぅぅぅぅん!!」

 

 ウィリアムと侵略王の戦いに割って入るようにして飛び込んできた三人目の敵手、やはり愛馬に跨り、刺突の一撃を放つが、それをランサーはすんでの所で回避し、ようやく、広大な空き地となった王都郊外部分にて着地をした。

 

 しかしてそれが息継ぎが出来る状況になったのかと言われれば全くの別だ。状況は先ほどの互角状態から大きく変わってしまったと言える。

 

「ランサーよ、貴様と余の戦い方は似ている。しかし、一つだけ異なることがある。それはな、手数よ」

 

「王よ、辿り着くことが遅れたことを詫びましょう」

「構わん、スブタイよ。お前が最初からいては、余の楽しみが減ってしまうではないか」

 

 乱入をしてきたのは、侵略王にとって腹心の部下ともいえる四駿が一人にして、最強の部下であるスブタイである。最初からランサーとの戦闘に乱入する手はずとなっていたのだろう。淀みのない乱入劇は、ランサー陣営にとっては決して喜ばしい状況ではない。

 

(マズいな、手数の問題は確かにある。七星側の陣営と決別した私には頼れる相手がいない。レイジ君たちと一緒に協力するなんて、今更どの面を下げてって話しだし、ランサーだって、あっちのランサーとの戦いの傷が完全に言えているわけじゃない。ここでランサーと同等の相手を二人も相手取るなんて、流石に無謀が……)

 

「マイマスター、案ずる必要はありません。例え、どれだけ不利な状況であったとしても、私は必ず勝利を手にします。白兵戦である限り、私に敗北はありえません」

「………うん、勿論、信じているよ、ランサー」

 

 根拠のない自信でしかないことは分かっているが、それでも、ランサーが口にした言葉はリゼの心を奮い立たせる力があった。それこそ常勝無敗の騎士であるからこそ口にできる言葉である。

 

「勇ましいな、ランサー、しかし余は勝利こそを望んでいる。貴様の宝具は全部で五つあると聞いた。であれば、余はこれから、その一つ一つの宝具を順繰りに潰していくとしよう。そうして何もかもが丸裸になったところで、貴様に最初にして最後の敗北を刻んでくれよう」

 

「東洋の王というのは随分と饒舌なのだな。御託はいい。私を倒せると豪語するのであれば、実力でそれを示してみればいい。もっとも、二人がかりで戦うなどという選択をした時点で優劣は既についていると考えることもできるが?」

 

「抜かせよ、西欧の騎士こそ実力で物事を語ると思ったぞ。だが、それもまた許そう。余は貴様を認めている。総てを嬲り、そして総てを蹂躙する。貴様と言う好敵手と戦えたことにこそ感謝を覚えているのだからな、行くぞ、スブタイ。まずは、奴をあの馬から引きずりおろす」

「御意」

 

 舌戦でも双方ともに譲ることなく、地上へと降り立った者たちはそのまま白兵戦へと突入、既にマスターたちの介入する余地もなく、東と西の愛馬を扱う者たちの戦いは第二段階へと突入した。

 

――王都ルプス・コローナ・スラム街――

 全力を出すことができる時間は早々長くはないことは、召喚された時から理解していた。英霊ノアを召喚したマスターは、典型的な身の程知らずの魔術師であった。タズミに美味い儲け話でも聞かされたのだろう。身の程知らずの魔術師は、その腕前も大したことのない二流ではあったが、聖遺物を見つけることに関してだけは一級品だった。

 

 ノアの方舟の破片、ナノマシン生命体であったノアの遺物を見つけ出した男はそれを触媒として召喚を行い、見事、英霊ノアを召喚した。そして、召喚をした瞬間に、ノアによって自我を奪われ、今日までアーク・ザ・フルドライブの名で活動を続けてきた。

 

 彼が聖杯戦争に何を願うつもりだったのかは知らない。抑止力がノアを召喚し、ノアが活動をするためには寄生するための人間が必要であった。不幸なことである。もしも、彼が箱舟の破片など見つけることが無ければ、もう少しだけ長生きすることが出来たはずなのだが……、結果的に彼は世界の為にその肉体を使われることになった。

 

 召喚された当初からアークは自分自身の全力戦闘に身体が耐えられるのは多くても二回までであろうという目算を立てていた。自分自身の魔力消費はかなり大きい。オリュンポスの神々より分離したノアの本体の大きさを考えれば、魔力消費の多さは容易に想像できるし、肉体として使っている魔術師の魔力に依存している。

 

 英霊ノアという規格外の存在をこの世界に繋ぎ止めておくことは並大抵のことではない。星灰狼が侵略王と言う規格外の存在を運用するために人造七星と言う魔力袋を生み出したのもそうした側面があればこそだ。

 

 全力を持って戦えば、遠からず、英霊ノアにとって致命的な時が訪れることになる。それを理解したうえで、そんなことは承知の上であると言わんばかりに、アークは完全展開した宝具が一秒ごとに崩壊と自己回復を繰り返しながら、セイバーに対して果敢な攻撃を続けていく。

 

「はっ、ははははは、どうしたどうしたキュロス、まだだろう、まだ吼えることができるだろう、溜っているものがあるのなら、全部吐きだしちまえよ、どうせ、聞いているのなんざ俺達くらいだ。構うことはねぇ!!」

 

「構うことはない、だと……? 馬鹿を言うな、儂は何も耐えておる者などない。総ては至るべきところで、収まるべきところに収まっただけなのだ! 余計な口を挟むな、ノアよ! 儂はこの聖杯戦争に勝利すると決めたのだ!」

「それが神の望みかよ!」

 

「己の使徒が勝利をするのだ、神が怒りを向ける理由などない!」

「そうかい、まったく不器用な奴だぜ。お前の望みはお前の望み、それでいいだろうが」

 

 キュロスの言葉尻を聞いて、やはりキュロスの目的と神の思惑が微妙にすれ違っていたであろうことをアークは確信する。

 

 キュロスとてターニャを救いたかったはずだ。彼が何を見て、何を想って、そのような考えに至ったのかをアークは知らない。あくまでも推察するしかないが、キュロス二世という英霊のことを知れば知るほどに、この英霊であればそうするだろうという確信だけは強くなっていった。

 

(人々から望まれて救世主になった。俺の場合は自己満足だったが、テメェは本気で救おうと思ったんだろう? そんな奴が助けを求める少女の願いを聞き入れることができないわけがない。総ては収まるべきところに収まる。そんな言葉で自分の失敗を正当化しているんじゃねぇよ、もっと足掻けなかったことを嘆けばいいじゃねぇか!)

 

「不快だな、その何もかもを理解しているとでも言いたげな態度が。儂の心根は儂にしかわからん。この身は神の使徒であれば、神の降臨を以て善政を敷くと知れ!! そこに至るまでに多くの犠牲があるだろう、苦しみがあるだろう。されど、神はその総てをお救いになられる。それこそが絶対たる善神、アヴェスターに刻まれたこの世界の救済の時である!!」

 

 円筒が回転を始める。これまでファブニールを始めとした多くのサーヴァントを相手に放ってきた救世王の最大の宝具がその力を発露しようとしている。鋼鉄を纏ったアークの破壊、言うまでもなく直撃すれば、絶対に吹き飛ばすことができるという確信をキュロスも持ち合わせている。

 

(そう、総ては神の思し召し通り、であればここで、儂が放つ力は必ず英霊ノアを倒すことができる。総ては予定調和の如く……!!)

 

「円筒印章―――解放。これは救世のための戦である!!」

 

 回転する剣に魔力が収斂されていく。解き放つその瞬間を待ちわびているかのように力を持ち合わせた剣を振りかぶる。それは救世の光、多くの人々にとっての救世主となった男が、生涯掲げ続けた救世の光、その光に導かれる形で多くの人々が救われてきた。

 

 英霊キュロス二世を象徴する光が、かつての救世主へと放たれる。

 

「宝具―――『解放せし、救済の剣(キュロス・シリンダー)』!!」

 

 黄金の光が周囲一帯を呑み込んでいく。その日、スラムにいた人間たちのほとんどが、停滞するこの場所で眩いばかりの光を見つめた。

 

 その光によって何かが変わるわけでもないというのに、不思議と明日から世界は変わるのではないかという希望を抱いてしまうほどであった。それほどまでに眩い、人は希望を抱く時に本質を見るのではない。己を救ってくれるのだと信じられる者にこそ希望を見出す。

 

 キュロスの放った光は相手を滅ぼすための光であったが、瞬く黄金の光は誰にとっても、世界を照らす光であることに間違いはなかった。周囲一帯の総てを呑み込み、破滅を齎す光を前にして、アークには一切の逃げ場所がない。

 

「――――勝負あったわね」

 

 桜華はポツリとつぶやいた。その圧倒的な光によってすべてが呑み込まれた瞬間に、勝負は決まったのだと言わんばかりに。そう、誰にとっても勝負は決したと思われていた。邪竜すらも抗う事の出来なかった救世の光はいかに救世主であろうとも抗うことは――――

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「――――――――――」

 

 しかし、その絶叫と共に稲妻の如く、閃光が黄金の光を切り裂いていく。まるでそこだけが黄金のテスクチャに塗りつぶされることを拒絶しているかのように、抗う鋼鉄の閃光が拳1つで救世の光を突き破ってセイバーへと肉薄していく。

 

「この肉体はぁぁぁ、この鋼の身体はぁぁぁぁ、総ての災厄から救済を求めるモノを救うためにある!! 助けを求める声がある限り、俺は屈しない、何があろうとも、英霊ノアはあらゆる災厄を振り払う!!」

 

 ありえない、キュロス・シリンダーはまさしく救済の光、キュロスの救世主伝説を概念化し、あらゆる存在を救い上げるための光であるというのに、どうして抗えるというのか。

 

 世界の抑止力と言う役割のくびきから解放してやるために放たれたはずの攻撃が耐えられている。勿論、秒ごとにアークの肉体は崩壊し、すぐさまナノマシンによる自己修復を果たしている。破壊と再生、絶え間なく行われているその事象の中でアークは只突貫する。その拳が攻撃を放ったセイバーへと届くまで、疾走を続ける。

 

「理解できぬ、何故だ、何故ッッッ!! 救済をする者だと? そんなものはいない。今の貴様は何処までも孤独な筈だ!」

 

「馬鹿を言えッ、俺の隣で歯を食いしばって戦っている奴がいる。まだ終われないと願っている奴がいる。何よりも――――夢破れて救いを願っている大馬鹿野郎が、今、俺の目の前にいるんだッッ!! 救わないわけにはいかないだろうがぁぁぁ!!」

 

 そう、誰よりも救わなければならない相手は目の前にいる。神の使徒であると自分に何度も何度も言い聞かせ、それでもなお救いを求めようとした男を他に誰が救えるというのか。だからこそ、男は疾走する。こ

 

れが彼の役割からすればあまりにも無意味な、無駄な戦いであると知っていても、それでも救いの手を差し伸べる為であれば、彼は笑ってそれを必要なことであったと宣言するだろう。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 そうして、黄金の光すらも突破し、鋼鉄の身体が攻撃を放ったキュロスへと肉薄する。迎撃をするべきであるとキュロスの全身が警告を上げるが、何故か彼の身体は動かなかった。理由を求めれば彼はきっとこう言っただろう。

 

 見入っていた―――自分の役目も目的すらも擲って救うべき対象の為に手を伸ばす。それは誰よりもキュロスこそが為し遂げたいと思っていたことだったからだ。

 

 それをこうまでまざまざと見せつけられてしまっては、今更抗うための理由を持ち合わせることができない。神の啓示は確かにあった。しかし、先にキュロスの心が英霊ノアに屈したのだ。

 

 真なる救世主とは、その行動を以て人々を救済する、キュロスが為し遂げられなかったことを目の前で実行して見せる。それはキュロスの鼻っ柱を折ると同時に、彼にとっては救いであったのかもしれない。

 

「届けぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 絶叫と共に放たれた拳がキュロスの心臓へと叩き付けられ、鋼鉄の拳が背中を突き抜けて、キュロスの身体に絶命と言う結末を与える。

 

 同時に役目を終えたことを理解したのか、アークの身体を覆っていた鋼鉄の鎧が消滅し、消耗しながらもいまだに強気な表情を崩さないアークの姿が見える。

 

「何故――――、何故、救おうとしたのか。儂は所詮、敵であり、そなたにはもっとやるべきことがあったはずだ」

 

「理由……? 馬鹿言え、そんなもん、泣いているガキを救うことに理由がいるか。どれだけ救世主面をしようとも、お前だって、俺からすれば救うべき子の1人だよ、キュロス」

「――――――――」

 

「お前はよく頑張った。誰もお前のことを祝福しなかったとしても、俺だけはお前を労ってやる。何も残せなかったとしても、お前の心は俺に伝わった。だから……、神がどうのとかはもういい。お前はお前の役目を立派に果たした。ただ、巡り合わせが悪かっただけだ。自分を責めるな、誰が許さなくても、俺がお前を許す」

 

 侮蔑でも説教でも何でもなく、アークがキュロスへと向けた言葉は労いと許しだった。誰にも本心を打ち明けずに戦ってきた男に、夢破れそれでも自分の在り方で闘おうとした男に安らぎを与えられるのは自分しかいないだろうと踏んで、この戦いに臨んだ。

 

 キュロスの本心を理解しながらも、救う事が出来なかったことを恥じているのは自分も同じだったからこそ。アークは自分こそがセイバーとの決着を付けなければならないと考えていたのだ。

 

「途中で救うことを諦めた儂と、最後まで救うために足掻いた貴殿では、文字通り役者が違ったということとか、この心臓を突き破られた理由も良く分かる。神より与えられた啓示を果たすことが出来なかった身には当然の末路か」

 

「だから、そう自分を責めるもんじゃねぇよ。お前はよく頑張った。自分の信仰も向けられる期待も、自分の在り方もぜんぶ叶えようとした結果じゃねぇか。何か一つを取った方が楽だった。それでも、その楽に流されずに戦おうとしたことを、まずは誇れよ。誰がお前を認めなかったとしても、俺は認める。認めてやる。胸を張れ、キュロス。

 お前は只の神の操り人形なんかじゃなかったんだから」

 

 つい先ほどまで命の奪い合いをしていたことが嘘であるかのように、優しい声色でアークはセイバーを称える。壮年期で召喚されているキュロスにとっては、人を救うことは当たり前、キュロスに救われることは当たり前であると誰もが思っていた時分だ。

 

 こうして誰かに掛け値なしの褒め言葉を貰うことなどそうそうなかったはずであり、キュロスは何処か童心に返る思いであった。いや、むしろ、そのように思わせるだけの力が英霊ノアにはあるのかもしれない。

 

 黄金色の光がセイバー:キュロス二世の身体を包んでいく。それがサーヴァントとしての霊核が破壊され、この世界から退去する証であることは今更言うまでもない。

 

 キュロスは敗北した、神の願いを叶えることもできず、さりとて、少女一人を救う事も出来なかった。多くの者から慕われる英霊として、彼は限りなくこの聖杯戦争の中で失敗を続けてきてしまったのだろう。

 

「ああ、だが、ほんの少しではあれども、救われたものがあった。存外、悪くないものだな、誰かを救うのではなく、己自身が救われるというのも」

 

 最後にほんの僅かな救いを得ながら、セイバーは消滅した。七星側陣営の中でも、ライダー同様に圧倒的な力を常に誇ってきたセイバーであったが、同様に規格外の英霊であったノアの宝具を全開放した状態の前には屈する他なかった。

 

 これにて七星側陣営は離反したランサー陣営を除けば、いよいよライダーとキャスターのみとなった。

 

「仕方がなかったとはいえ、随分と力を使っちまったな。だが、それでセイバーを救えたのなら――――――ごふっ」

 

「ええ、セイバーは良い仕事をしてくれたな。どうせ、最後には勝利者になることができないサーヴァントとして最大限の働きをしてくれた。神様も感謝しているんじゃないかしら? ここまで英霊ノアを消耗させてくれたんだから」

 

 桜華はニッコリと笑みを零す。勝負があったと彼女はキュロス・シリンダーの中を駆け抜けるアークを見て言った。それはこの勝負がセイバーの敗北に終わることを意味していると同時に、アークが消耗甚だしい状態になることを確信しての言葉だった。

 

 キュロスが消滅し、アークが一息をつく瞬間、背後より迫る刃はアークの防御の隙を拭うようにして、アークの霊核へとその刃を届かせた。

 

「ふふっ、やっと隙を晒してくれたねぇ。英霊ノア。ずっとこの時を待ちわびていたんだよ。セイバーには感謝しないとね、あの厄介な鎧を吹き飛ばしてくれたんだから」

「テメっ……ライダーの……」

 

「四駿が一人、ジュルメだよ。我らが王を脅かす存在は排除する。あと少しで我らの悲願へと手が届くんだ。世界に呼び出されたとかどうとか知らないけどね、アンタは此処で退場だよ」

「然り――――すべては収まるべきところに収まる。キュロスが言った通りだよ、アーク・ザ・フルドライブ、ここが君の墓標となる」

 

 そして、ジュルメの背後からそれは姿を現した。救世主の英霊セイヴァーこと、ザラスシュトラ、キュロスをも凌ぐ真の救世主たる英霊は、灰狼と自分の脚本、そのどちらにとっても邪魔でしかない存在をようやく討ち取ることができる状況へと持ち込めたことに喜びを覚える。

 

「くそ……しくじった、ぜ……」

 

 バタリとアークはその場に倒れ伏す。まだレイジを仲間たちの下へと連れていくという目的を果たすことが出来ていないというのに、アークの身体から徐々に力が抜け始めていく感覚を生じている。それが遠くないサーヴァントとしての死を意味することはアーク自身も理解できることであった。

 

――王都ルプス・コローナ正門前――

「こうしてお前と対峙をするのも三度目か」

「そして、それは己にとっての屈辱の記録でもある。己の英知によって生み出したこの肉体を幾度となく敗北に追い込まれたこと、貴様に勝利しなければ忘れることは出来にだろう」

 

「そうか、ならば、残念だが、お前がそれを忘れることは不可能だ。お前は今日もまた俺に敗北して終わるのだからな」

「抜かせ、今度は手落ちなどとは言わせんとも」

 

 スラムでの戦い、そして王都を駆け抜ける戦いが起こる最中で、夕日に彩られるようにして、第三の決戦が幕を開けようとしていた。

 

 ロイ・エーデルフェルトとカシム・ナジェム、因縁に彩られた二人の決戦は今日を以て結末を見る。そのように二人は理解していた。中座はない、もう一度もない。今日という日に自分たちのどちらかが命を落とし、決着がつくと予感していたのだ。

 

「セイバー、ルシア、俺がさっき言ったことは覚えているな。任せるぞ」

「うん……」

 

「はっ、何を言うかと思えば。お前の方こそ、下手を打つなよ」

「兄様、何ですか、その反応は!」

 

「くく、姦しいのぉ。だが、その姦しさもいずれは聞こえなくなると思うと、この世の不条理さを感じずにはおれんなぁ。そうは思わんか? いかにサーヴァントと言えども、永劫の生命を手にすることは出来ぬ。命を喪えば消えるしかない。そなたも同じだ。如何に肉体が不死身であろうとも、耐えきれぬ痛みはある。

 灰狼にはここまで随分と楽しませてもらったからのぉ、最後くらいはあやつらのために奮起してやるのも悪くは無かろう」

 

 そして、ロイとカシムが対峙する横で、サーヴァント同士の戦闘も始まりを迎えようとしていた。これまで幾度も幾度も、一行を悩ませ続けてきたキャスター、間違いなく七星側陣営におけるもっとも危険な相手であり、彼女を倒して、ライダーとの決戦に持ち込むことができるかどうかで難易度は大きく変わってくる。

 

 だからこそ、何があっても此処で倒さなければならない。セイバーもルシアもそれはよく理解している。たとえ、何を代償にしてでも、ここでこの錬金術師を倒す事こそが結果的に自分たちすべての勝利に繋がるのだと。

 

「さぁ、戦い始めよう、ロイ・エーデルフェルト。己の知恵を出し尽くしたこの機構が、貴様の命運を終わりに誘う」

 

 カシムの背中に機械の翼のようなものが展開する。それは光を放ち、黒色の粒子のようなものを周囲へと撒き散らす。見るだけで禍々しいその光景、今度は何を企んでいるのかもロイには分からないが、正面から叩き潰せばいいだけだ。

 

 長きに渡る因縁を終わらせるために、三度目にして最後の激突が始まりを迎えるのであった。

 

第20話「slash」――――了

 

 ――ぶつかって逃げ込んで、僕はいつしかここに立ってた。誰もが憧れるヒーローになりたくて、でもなれなくて。すれ違いの物語よ、さよなら

 

次回―――第21話「敗北の少年」

 




次回はキャスター戦も開始、そしてレイジは再び立ち上がることができるのか、更新派4日後の11日です!


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