Fate/Stardust Vendetta―星屑の復讐僤――   作:ソクリ

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第21話「敗北の少年」①

 単純な話しと言うわけではないが、レイジ自身の出自の話しを聞かされて、ストレートな胸糞悪さを覚えた。自分自身とも少しばかり重ねるところはあったかもしれない。

 

 最初から定められた滅びへと進むことを目的とされ、破滅することが望まれていたレイジと生まれた瞬間から存在を疎まれていた自分、似て非なる存在であることは確かだが、世界に望まれずに生まれてきてしまったという点においては、似たようなものであるとロイ・エーデルフェルトは思っていた。

 

 そもそも、そんな激情のようなものがいまだに自分の中に残っていたことにもロイは驚かされた。自分自身の感情、怒りや対抗心と言ったものは良くも悪くも10年前の秋津の聖杯戦争で使い切ってしまったものであると思っていた。ある種の抜け殻、あとは余生を過ごすだけという気持ちで世界を回り、巡り巡ってこの聖杯戦争に辿り着いたロイとしては、それがとても意外なことのように思えた。

 

 桜子以外の仲間たちに対して、仲間意識を持っていないというわけではない。彼は関わった人間たちのことは平等に信頼しているし、そもそも、よっぽどのことがない限り人を嫌いになることがない。幼少期という愛を捧げられるべき時期に疎まれ、拒絶され続けてきた彼にとっては、並大抵の人間は嫌うことや憎むべき対象にすら上がらない。どこまでも自分の身内に比べれば怒りを覚えるような相手ですらないと結論付けてしまう。

 

 そんなロイ自身がレイジの話しを聞かされた時だけは、静かに胸の中で怒りを見出していた。どれ程までに愚かしい発想を抱けばそのような行為が出来るのかと思うほどに。

 

 正直なことを言えば、ロイはレイジの復讐自体には興味はなかった。まぁ、そのような生き方もあるだろうし、レイジがそれで満足をするのならば自分が口を挟むことではない。あくまでも、仲間の一人として付き合っていく。その程度の考えでレイジと向き合っていたことはロイも否定することはない。

 

 誰だって必ず願いを叶えることはできない。レイジがどれだけの克己心を抱いて、戦いに臨んでいたとしても叶えられないこともあることをロイは知っている。自分は生まれた時から持ち得た忌々しい才覚があったからこそ、運よく聖杯を掴むことが出来たが、誰もが同じことができるわけではないことをよく理解している。

 

 だが、願いが叶わないのだとすればあまりにもレイジが報われない。短くない時間をレイジと共に過ごしてきた。彼はただ復讐のためだけに生きているわけではなく、確固たる信念のもとに、自分の描く未来を掴むために戦ってきたはずだ。利用されているとしても、騙されているとしても、それが本人のモノであるのならば好きにすればいいが、その思いすらも生み出されてしまったものであったとすれば、それはあまりにも救いがないという他ないし、そこまで人間を徹底して道具のように扱うことができる灰狼にもカシムにも怒りを覚えたことは事実だ。

 

 畢竟、ロイ・エーデルフェルトは生まれた時から袋小路のような人生に立たされていたレイジに同情と救いを求めているのだろう。何をすればレイジが救われるのかはロイにも分からない。ロイには聖杯戦争に勝利するという明確な目的があった。その目的を叶えることによって、自分の人生を逆転させることができた。しかし、レイジはそこまで簡単な話しではない。自分自身すらも虚ろな彼がどのようにすれば救われるのかが分からない。どれほど魔術師としては天才的であったとしても、そこに回答を見出すことは出来ず、ロイに出来ることと言えば、そんなレイジの無念を晴らすことでしかない。

 

「セイバー、ルシア、キャスター陣営と戦う前に一つだけ話しておきたいことがある」

 

 王都正門前、キャスター陣営に指定された決戦の地へと訪れたロイは己のサーヴァントであるセイバーと協力者であるルシアを前にして、とある話を持ちかけた。その話を聞かされたセイバーとルシアは共に驚きの表情を浮かべ、カストロは明らかに不機嫌な様子を浮かべる。

 

「耄碌したか人間、そのような弱気を抱いた人間が主であるなどと俺は許さんぞ!」

 

「弱気じゃない。これは勝利をするために必要なことだ。カシム・ナジェムは執念の怪物だ。間違いなく俺を本気で倒すための策を用意してきたはずだ。負けるつもりはない。俺は天才だ、奴が何をしても勝つ。だが、万が一は当然にありえる。その万が一が起きた時には、さっき俺が口にしたことを忘れないでもらいたい」

 

「ねぇ、ロイ、こんなことを聞いたら、それこそ弱気だって思われるかもしれないけれど、勝算はあるの? キャスター陣営は底が知れない。私達に見せていない奥の手だってまだ眠っているかもしれない。それを相手に私達は――――」

 

「勝算はある。そもそも、負けるために此処に来たなんて奴はこの四人の中にはいない筈だ。その上で、俺はキャスター陣営を倒せると確信している。カシム・ナジェムは怪物だ。だけど、怪物であるからこそ、倒すことができる光明を見出すことができる」

 

 ロイ・エーデルフェルトの辞書に敗北の二文字は存在しない。これまでロイが戦って来た中で唯一敗北の瀬戸際に立たされた桜子との戦いですらも最後は勝利をおさめ、カシムとの戦いもこれまで全てにおいて圧倒してきた。こと人間同士の戦いにおいて、ロイを破ることができるモノはこの世に存在しない。それほどまでの自負を持っていると言っても過言ではない。

 

 しかし、そんなロイをして、此度は予感がある。もしかしたら、自分は初めて敗北を知らされることになるのではないかと。カシム・ナジェムは執念の怪物だ。悍ましいほどの次元でロイへの勝利を渇望し、その願いに総てを費やしている。あの怪物であれば何をしてきてもおかしくはない。ロイの考えている予想を簡単に覆して、これまでの趨勢をひっくり返すような何かをしてきても何ら不思議なことはないのだ。

 

 そのような予感と共に対峙したロイの前でカシム・ナジェムの背中より大型のエコー発生装置のような、スピーカーのような何かが展開される。さながら、空中を飛翔するための翼に増設して装着されたそれが、暗い紫色の光を発すると周囲に何かの霧のようなものが散布され始める。

 

(毒……? いや、循環器に異常は見られない。何だ、あれは……?)

 

「己は自分自身の設計コンセプトを見誤っていた。ロイ・エーデルフェルトという存在を倒すために本当に必要なモノが何であるのかを見誤っていたがために二度の敗北を喫した。貴様の口にするとおりだった、己は目先の利益に目がくらむばかりで本質的に貴様を倒すための手法を見誤っていたのだ」

 

「へぇ、なら、今回の君はその失敗点を完全に克服してきたということなのかい?」

「無論」

 

「そうか、なら、君の回答に点数を付けてやろうじゃないか。悪いが俺は、自分自身に弱点があるなんて思っていないけどな。真に最強って言うのは、弱点なんてものがない存在のことを言うんじゃないか?」

 

「然り―――貴様は最強だ。己が心血を注いで上回ることを望むほどに貴様は魔術師として完成され過ぎてしまっている。しかし、完成され過ぎているからこそ、貴様は己に敗北する」

 

「お前と禅問答をするつもりはない。どうせ、自分以外の何者にも興味なんてないんだろう?ただ強くなって勝つこと、それだけを必死に追い求めてきた狂人の相手にも飽き飽きしてきたところだ、今日でお前との付き合いも終わりにさせてもらうさ」

「そうだな、己もいい加減、お前の敗北する姿が見たくて仕方なくなってきた頃合だ!」

 

 先に動き始めたのはカシムである、背中のスラスターが火を噴き、一瞬にしてロイとの距離が近づく。無論、その鋼鉄の身体にはロイの流体魔術を受け流し、無力化する力が備わっている。その上での肉弾戦、以前はロイにその戦い方を逆手に取られたことによって同様で敗北を喫したが、その時の意趣返しをするとばかりに自らカシムは近接戦闘を選択した。

 

「その判断には敬意を表するが、同じことをしているのなら、同じことが起こるだけだぞ」

 

 当然にロイも前回の戦闘と同様の判断を下す。確かに流体魔術によって、カシムの身体に傷をつけることはできないが、自分自身の肉体を流体魔術によって強化することで、無理矢理な破壊力を出すという戦い方、前回のスラムの戦いは加えて、アサシンによる妨害が為されていたこともロイを不利にする大きな要素であった。その問題がなくなったとなれば、ロイにとってこの場の戦いは何ら心配する様子がない。

 

 鋼鉄と生身の拳が重なり合い、互いに蹴りと拳による攻撃が重なり合っていく。まともに考えれば先に拳が砕けるのはロイであるが、流体魔術による重力制御、加速度強化によって、カシムの強化された鋼鉄の拳と真っ向から戦いあう事が出来ている。

 

 魔術を使った戦闘では、カシムはロイに逆立ちしても勝てない。ただ、ロイが普通に魔術を行使しているだけで勝負はあってしまうだろう。それが肉弾戦となれば話は別、となるはずだったのに、こちらも拮抗している。

 

 ロイ・エーデルフェルトは生まれながらの天才である。誰に師事することもなく、自らに内包されている規格外の魔術と才覚を使いこなすことが出来ていた。もしも、彼が魔術師として祝福されて生まれてきていたとすれば、彼の人生は全く違うものであったかもしれない。

 

「思ったよりも変わっていないな、弱点を改善してきたと聞いたが、この程度か? 人体改造程度では俺には追いつけないと教え込んだはずだぞ?」

「今に分かる」

 

 ロイの拳を鋼鉄の腕で受け止める。火花を散らして、表層が損失するが、鋼鉄の身体はその程度では痛みを覚えず、ロイの腕を掴むと、関節と筋肉を破壊するために締め上げる。

 

「ぐっ――――」

「生身である時点で、貴様と己には大きな違いがある。痛みを感じるかどうかだ。どれ程の魔術を使えたとしても……!」

 

 ゴギリ、嫌な音が周囲に響き、ロイの表情が苦悶へと変わる。しかし、カシムが一撃を極めると同時に、ロイの拳がカシムのヘルメットに叩き付けられ、カシムの身体が吹き飛ばされる。

 

「ああ、確かに痛みを覚えるというのはお前とは違う点だな、互いにまともな人間の戦いをしているわけではないが、そこだけは俺の方がまだ人間に近い。もっとも、その程度の弱点も織り込み済みだぞ」

 

 ブラブラと垂れる腕を鞭を振り回すように動かすと、ガチリと関節がハマる音が聞こえる。流体魔術によって外れた関節を無理やりにつなぎ直した。若干違和感を覚えるが、あとは治癒力に任せにすればいい。

 

「化け物め」

「お前にだけは言われたくないよ……」

 

 一通りの交差を終えたが、ロイの体感からしてもそこまで大きな変化は見られない。カシムはロイの生身の身体を破壊することに拘っているようだが、それで七星の魔術師として勝利を手にしようとしているのであれば本末転倒だ。ロイに勝つことが出来ればいい、その思想に染まりこみ過ぎてしまっているとすれば、執念ではなく妄執だろう。七星の魔術師として勝利をする。その基本理念を忘れれば、狂信者ではなく、ただの怪物である。

 

(身体の違和感が拭えないな、戦闘中だからか、身体の治りが悪い。いつもなら魔力を少し使えば修復されるのだが……)

 

 カシムとの戦闘の最中で魔力をうまく回すことが出来ていないのかとロイは解釈する。然したる問題ではない。流体魔術を使いこなしたところで、カシム自身にダメージを与えることが出来ないのだから、あくまでも肉体補助として機能していればそれでいい。

 

(例え、鋼鉄の身体でも、必ず限界が訪れる。俺はそこを叩くだけだ)

 

「まだだ、まだ倒れぬとも。栄光はすぐそこにある。手を届かせるまでは、己は決して倒れん」

 

 決して完全な優勢とは言えない状況だが、カシムは二度の戦いよりも遥かに冷静であった。むしろ、何かを待っているような様子でさえある。ロイですらも気づいていない何かがこの戦場の中に蠢いている。まるでそれが花開く瞬間を待ち望んでいるかのようであり、鋼鉄のヘルメットに頭を包んでいながらも、その表情が透けて見えるかのようであった。

 

「くく、我が主も愉快そうに戦っておるわ。いや、実際に愉快なのじゃがな。妾はこの聖杯戦争に呼び出されて、本当に楽しいことばかりよ。古今東西の英霊が集う魔の蠱毒、その中でしのぎを削る人の欲望、錬金の総てを極め、あらゆる欲を満たした妾ですらも見惚れるほどの情念がここには渦巻いておるわ」

 

 カシムのサーヴァントであるキャスター:ヘルメス・トリスメギストスはやはり余裕の表情を崩さなかった。彼女の周囲には魔導書がさながら、自身の周囲を守る衛星のように展開して、セイバーとルシアの攻撃を遮り続けている。

 

 カシムとロイの戦いが始まってすぐに、こちら側の戦闘も始まったわけだが、やはりキャスターの余裕を崩すだけの要素が見られない。

 

 キャスター自身と周囲を飛び回っている魔導書たちが攻防一体の連携を見せており、少しでも綻びを見せなければキャスターを打倒するための展開を見つけることができない。

 

(ヤバいね、こうしてロイを抜きにして戦っていると余計に痛感させられるよ、サーヴァントとしてコイツは間違いなく規格外だ。本当なら、私なんかが戦っていていい相手なんかじゃない。弱点を見つける、あるいは隙を曝け出させる、そういう展開を望んでいたわけだけど、そもそも、こいつには弱点も隙もあるわけがない)

 

 錬金の母としてあらゆる術に通じているキャスターにはほとんどできないことがない。戦闘もサポートも何もかもが自分の想いのままに通じる存在であるという認識で考えれば、キャスターが徹底的に遊びに興じていることも理解できるだろう。

 

「あんた、そんなに何でもできて、つまらなくないの?」

 

「ほぉ、いいことを聞いてくれるな、シスターよ。左様、妾は実につまらぬのだ。どんなことでも出来てしまう。苦労をすることなく最適解を見つけることが出来てしまう。それのなんとつまらぬことか。かつて、人であった頃は自分が万能になることに優越感を覚えていたというのに、サーヴァントとして召喚されたらこのざまだ。聖杯に願う何かがあるわけでもなく、さりとて、自ら退去をするなど面白くもない選択ができるはずもない。さすれば、愉悦を求めるのは当然のことであろう?」

 

 面白くないのであれば面白さを求めればいい。灰狼の思惑に乗ったのは主の命令があればこそであったが、聖杯戦争の勝利を大して求めていないキャスターからすれば暇つぶしにはちょうど良かった。彼女に向かいあう者たちが必死に命がけで戦っているとしても彼女にとっては遊びの延長線上でしかない。

 

「ならば―――これならどうですッッ!!」

 

 瞬間、声がした瞬間にはセイバーは二人同時にその場から消え去っていた。ディオスクロイ兄妹、まさしく光速の速さで動くことのできる神霊、文字通りの光速の速さを以て、キャスターが認知するよりも早く攻撃を決める。

 

 魔力の問題で消耗が激しくなることからも、通常であれば、使用を躊躇う技ではあるが、こと、キャスターを倒すためであれば必要経費であると割り切ることができる。たとえ、彼女の周囲を守る錬金の集大成である書物が存在していたとしても、その動きよりも早く彼女を斬りつければいい。単純な話しである。ロイと言う優秀な魔術師がいればこそ、可能な潤沢な魔力だよりの攻撃ではあるが―――――、

 

「くく、そうこなくてはな、妾の予想を超えて、妾を倒すかもしれない攻撃を仕掛けてくる。そうでなくてはならぬ。そうでなくてはわざわざ聖杯戦争に参加した意味が無くなってしまうからな」

「やった――――!?」

 

 ポルクスによる光の剣の斬撃がキャスターの身体を捉え、彼女の身体から血飛沫が上がる。無論、すぐさま周囲を囲む魔導書による攻撃が降り注ぎ、カストロの盾で防御しながら離れるしかない。しかし、彼女の身体から迸る鮮血はまさしくダメージを与えた証拠である。誇るべき一歩である。しかし、キャスターは自分が傷つけられたにもかかわらず笑みを深める。

 

「くく、そうだ、妾は貴様たちに倒すことができる相手だ。傷つけられればこうして血を流す、霊核を破壊されれば消滅する。不死身の存在であれば面白みに欠けるであろう。だから、証明してやったのだ。そなたたちでも躍起になれば倒すことができるぞとな」

 

「バカにして……っ!! あんたは私達が戦意を挫かれるのが嫌だから、自分の身体に傷をつけたってこと?」

 

「奮起させると言ってくれ。それでは妾が意地悪をしておるようではないか。お主らは妾を倒すために全力を尽くす。妾はお主らの全力を叩き潰す。そういう戦いでなければ面白くなかろう。この宴も間もなく終わりよ。であれば、最後まで、終わりのその瞬間まで楽しまなければ損と言うものだ」

 

 主が狂気に染められているのであれば、パートナーも同じということであろうか。もはやキャスターの言動は真っ当な聖杯戦争の参戦サーヴァントですらも理解できない領域にある。多くの英霊は聖杯に対して叶えたい願いがあり、それを叶えるために勝利を求め続けているが、彼女にとっては半ば聖杯戦争をエンタメか何かのように捉えているとしか思えない。むしろ、その精神性があればこそ、自身を改造する狂気塗れの男の行動を笑ってみていられるのだろう。

 

「ま、そういうわけだ。片や妾が反応できぬほどの速度の神霊、かたや強欲竜に祝福されし不死身の戦士、そなたらであれば、我がエメラルド・タブレットの守護を突き破って、妾を倒すことができるやも知れぬぞ? できなくばお主らが命を落とすだけやもしれぬがな、ふははははは」

 

(ロイは、自分とカシム・ナジェムの戦いの決着がつけばどんな形であれ、キャスターはその目的意識を失うって言ってた。それまで私達が時間稼ぎに徹することだって立派な戦略の一つではあると思う。だけど……)

 

「ごめん、セイバー、私、やっぱり、あいつに吠え面をかかせてやりたい。このまま余裕ぶっこいて、最後まで負けませんでしたなんて顔されるのは我慢がならないわ」

 

「当然だ、ただの人間風情が神と同列になったなどといつまでも大きな顔をされているのは我慢がならん」

「兄様に同意ですね。さすがに我々もサーヴァントとしての沽券に関わりますから」

 

 勝てる勝てないの次元と言うよりも、勝たなければ気分が収まらないという方が正しいかもしれない。その感情すらもキャスターによって用意されたものでしかないのかもしれないが、

 

「では、盛大に始めるよしよう。見事、妾の下にまでたどり着いて見せるがいい」

 

 キャスターの周囲に無数の魔方陣が顕現していく。それらすべてがこれまで、一行を苦しめ続けてきたキャスターの攻撃術式であることを理解し、セイバーもルシアも覚悟を決める。何の問題もなくこれらの攻撃総てを突破することは恐らく不可能だ。相応のダメージを背負って、それでもキャスターの技を突破できなければ、辿り着くことができない蟻地獄に自分たちは今、踏み込んでいる。

 

「上等、やってやろうじゃん……!」

 

 それを覚悟したうえで突破する気概を見せつける。

 

(ロイ、私達も絶対に逃げない。だから、あんたも絶対に勝ちなよ。アンタの力が私達にはまだまだ必要なんだから……!)

 

 王都正門前決戦、戦いは始まったばかりであるが、果たして七星側最強格のキャスター陣営を崩せるのか、その光明は未だに見通しが立たない。

 

――王都ロプス・コローナ・郊外――

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「ぬぅぅぅん」

「その程度の攻撃で、私を倒せると思うな!!」

 

 侵略王とその懐刀であるスブタイの猛攻がランサー:ウィリアム・マーシャルとを捉える。背中にリゼを抱えながら、世界最大の覇者であるモンゴル帝国の武力最強である二人を相手にして、ランサーは決して見劣りすることのない戦いを続けている。あらゆる場所から来る攻撃を人馬一体ともいえる愛馬の機動力と小回りを生かして、回避し、自らも薄氷の上を渡るようなギリギリの見極めで逆に両社に対して槍を放つ。

 

(ランサーは決して負けていない。この二人を相手にしても戦えている。でも、ここまでランサーの戦いを何度も何度も見てきた私だからこそ、分かっちゃう。ランサーの余裕はない。この均衡状態を保つことがギリギリ、この上でもしも、宝具が破られるようなことがあれば……)

 

 ランサーの宝具によって、現在、侵略王は固有結界の展開を封じられている。強制的な白兵戦への持ち込みは本来、ランサーにとって相手の切り札を封じることに繋がるのだが、ここにスブタイという侵略王と比較しても遜色ないほどの絶大な戦力が参戦したことによって様相は大きく変わってきている。

 

 ここまでのランサーの戦いは愛馬に跨り、相手の攻撃を捌き、その場からほとんど動くことなく相手を蹴散らす事さえ見せるほどの圧倒的な戦いであった。しかし、それが今はどうだろうか。ランサーは二体の強者の攻撃を捌き切るために自ら積極的に攻撃を続けて、相手に自分自身へと攻撃させる状況を生み出さないようにし続けている。その有り様は決して絶対強者の戦いではない。

 

「どう見る、スブタイ?」

「敵わないとは思いません。あと一押しがあれば、突破できるでしょう」

 

 そのリゼの焦りは当然に敵対者側からも察せられる。特に戦場を駆け抜け続けてきたこの二体の英霊には、ランサーの力量が窺い知れる。そして、侵略王とスブタイが出した結論は――――単独では勝らないが、集団で闘えば勝利することができるという結論であった。ウィリアムのような騎士であればそのような結論には至らなかっただろう。

 

 彼は騎士だ、己の力量を以て相手を倒す事こそを至上の命題とする彼にとっては一対一の戦いで相手を倒す事こそが誉れである。しかし、侵略王やスブタイは騎士と言うわけではない。

 

 彼らは戦士だ、勝利を手にすることこそが至上の命題でありその為であればあらゆる手段を使うことに是非を問わない。勝つことさえできればそれで十分、それこそがウィリアムと彼ら二人の違いであり、この場において大きな差異を生み出す要因となっている。

 

「さぁ、何処まで抗う事が出来る、輝ける騎士よ!」

「ぬっ、ぐぅぅぅ」

 

 二人の戦士による猛攻、ここまでよりもなお苛烈による攻撃にランサーは何とか対応をするが、突破口を見出すには手数が多すぎる。

 

 これほどまでの攻撃に晒されながらもなんとか、均衡の状態に持ち込んでいるだけでも十分に称賛されるべきではあるが、ランサー自信が口にしたように勝利をすることが出来なければ騎士として忠義の証を立てることができない。

 

「ふむ、我らが王とスブタイを共に相手取って戦うことができる者など、それこそ、キャスターくらいのものだ。まぁ、あれはあれで、そのような状況を生み出す展開を作らないだろうが……、残念だが、リーゼリット女王、貴方に勝ちの芽はない。そもそも、自分一人で俺に勝てると思っている段階で、戦況をはき違えている。なりふり構わない勝利を求めるのならばそれこそ、貴方は彼らと手を結ぶべきだったのだ」

 

 朔姫たちとリゼが万が一にでも手を結べば面倒なことになるのは灰狼も良く分かっていた。かつてはルチアーノをけしかけ、レイジが同盟解消のための導火線になることを期待し、当然のごとく成功した。あそこでもしも、リゼがレイジたち側に靡いていたとすれば、その後の戦いは大きく様相を変えていたことだろう。そうならなかった時点で灰狼の価値の芽は揺るがない。

 

 自分を倒すことができるのは遠坂桜子かリーゼリットのどちらかだけだと灰狼は思っている。ロイ・エーデルフェルトはカシムが己の意地にかけて倒す。英霊ノアはセイヴァーが何があろうとも排除すると考えれば、自分の聖杯戦争における勝利を妨げる可能性のある相手はその二人しかいない。

 

 そして今、リーゼリットは自分に対して無謀極まりない戦いを強いてきた。そして、当たり前のように敗北を喫する。何一つとして灰狼の想定を超える展開は無い。

 

(マズい、私が戦うことができる領域の戦いでない以上、私からランサーを手助けすることはできない。むしろ、私を背に載せているだけ、ランサーの動きが悪くなっている。どうすればいいの、ここからどうすれば―――――)

 

 灰狼は勝利を、リゼは敗北の二文字が近づいてきていることを互いに理解し、その現実に向けて状況が動き出そうとしたその時に、

 

「どうやら、助力が必要なようですね、ランサー」

 

 この場へと乱入してきた二振りの槍が、侵略王とスブタイの攻撃を堰き止め、どこからともなく出現した大河の流れが彼らの身体をランサーから引き離す。

 

「何故……」

「貴方が彼らに対して上手く立ち向かう事が出来ないのは、昨日の私との戦いでの負傷が原因でしょう。であれば、その傷の分程度は私が力にならなければ割に合わない。そのように考えただけですよ」

 

 旧知のランサーの前に姿を現したのは、この聖杯戦争におけるもう一人のランサー、アステロパイオスであった。彼女は昨日、互いに命の奪い合いをしたはずのウィリアムへと加勢し、侵略王とスブタイの前に立ちはだかる。

 

 そして、自分がウィリアム側で参戦する理由は、自分との戦いでウィリアムが負傷したからであると口にしたのだ。

 

 無論、それはあくまでも方便である。ここでランサーと侵略王、どちらを彼女視点で倒すべきなのかなど聞くまでもない。しかし、ウィリアムは騎士としての戦いをしている。そこに割って入るように彼女が参戦したとなれば、ウィリアムはその助力を拒否するであろうことは目に見えている。

 

 だからこそ、あくまでも損失の分を補てんするのだと口にしたのだ。

 

「なるほど、確かに言われてみれば体の動きが鈍いと思っていたところです。その補てんをすることができるのであれば、助力を賜ることも吝かではないでしょう」

「ええ、では、ここからは2対2で闘うこととしましょう」

 

「リーゼリット様!」

「貴方は……桜子さん」

「よかった、朔ちゃんに言われて、リーゼリット様がライダー陣営と戦っているって聞いて飛んできました!」

 

 本来、桜子と朔姫はライダー陣営との決戦があると考えて、キャスター陣営との戦いに出向くことなく、決戦の時を待っていた。しかし、待てども待てども、ライダー陣営が姿を見せることはなく、朔姫が王宮周辺の状況を観察する中で、ランサーとの戦いが繰り広げられていることを理解したのだ。

 

 勿論、これは七星陣営側の潰しあい、合理的に考えれば、どちらの陣営が勝ったとしても消耗するのだから、見て見ぬふりをすることが一番の得策であることは言うまでもない。言うまでもないことではあるが……、桜子のうずうずとした態度に朔姫はサッサと向かえと命令したのだ。

 

『あの女王様が星灰狼と戦い始めたんなら、ここがライダー陣営を蹴落とす最大のチャンスや、あいつらだけでライダー陣営を倒せるとは思えん。桜子、お前に任せる。突破口を開いて来い!』

 

 そう言われ、急いでここまでやってきた、何とかギリギリのところで戦いに間に合う事が出来たのは桜子をしても僥倖であったと言わざるを得ないだろう。

 

 二人のランサー、侵略王とスブタイを相手取るにあたって、これまでに刃を交えてきたアステロパイオスはウィリアムにとって、願ってもない助力である。これならば、侵略王とスブタイを相手に立ち回ることもできるだろう。

 

「くっく、くく、ふはははははははははは、素晴らしい。我らの侵略を阻む者がまた1人ここに姿を見せたか。素晴らしい、戦とはこうでなくてはな、スブタイ!」

「お言葉ですが、ハーンよ。彼女は戦士として優秀です。私がハーンのどちらかが彼女に集中しなければ、危険です」

 

「しかして、それをすれば、ランサーは息を吹き返すぞ。我らの優位はこれにて崩されたということだ。まったく勝負が決まると思った時ほど、上手く行かぬときはないな」

 

 侵略王はそう口にして笑い声をあげるが、スブタイからすれば、ここで勝負を決めておきたかった。侵略王と自分の二人を同時に相手にしても戦うことができる相手に対して、息を吹き返す機会を与えることになるのは、冷静に、勝利を求めるスブタイにとっては必要のない要素であった。

 

「灰狼よ、貴様の抱えている切り札を使う時だ。このような面白き戦、余とスブタイだけで堪能するなど、他の者たちから文句が出るわ!」

「………、承知しました。出来る限り、とっておきたい手段ではありましたが……、人造七星より、我らが王への魔力供給を」

 

 灰狼が侵略王より命令を受諾し、声を上げると、二人のランサーは目を見張った。侵略王の身体に凄まじいまでの魔力が一気に溜めこまれていくのだ。

 

「何が起こって――――!?」

 

「人造七星の魔力ストックを使っての、一時的な令呪代わりの行使、リーゼリット様、気を付けて。おそらくライダー陣営は――――」

「もう遅いよ。我らが王の世界はここに顕現する……!!」

 

「我が蹂躙は世界への牙の突きたて、我らは生きるために進軍し、我らは世界に覇を唱える。それはすなわち、己の生存権を拡大するために、欲し、願い、そして手にする。

 さぁ、同胞たちよ、余と共に来るがいい。あの日の誓いを果たすために、あの日の先へと駆けるために!! 我らは此処に再び、世界へと挑戦する!!

 第二宝具『蹂躙せよ、覇を唱えし草原の狼たち(イェケ・モンゴル・ウルス)!!』」

 

 その口上と同時にこの場の全員を呑み込む形で荒野が広がり、そこに鬨の声が広がっていく。リゼと桜子の目の前に広がるのは、無数の足音、馬の音、そして視界を埋めるかのように広がっている帝国の旗、ギラついた獣たちのような視線が総てを貫かんとする。

 

 そう、言うまでもないだろう。これこそがライダーの軍勢、かつて、大陸全土を恐怖のどん底へと落とし込んだ、イェケ・モンゴル・ウルスの軍勢である。

 

 あらゆる場所を蹂躙し、あらゆる文明を破壊してきた、その圧倒的な軍勢が、二人のランサー、そして桜子とリゼの前に立ちはだかったのだ。

 

 何故、ランサーの宝具が発動しているのに、そのようなことができたのかという問いには既に桜子たちが答えを出している。絶大な魔力のバックアップがあれば、ランサーの法理を打ち消すことができるからであろう。

 

「騎士の戦いはこれにて終わりだ。ここからは我らの方で戦うとしようか。ランサーよ」

 

 騎士としての戦いであれば決して負けることはなかったとしても、軍勢同士の戦いであればどうか。ウィリアムは生涯無敗であっても、彼が所属した軍団が常勝であったわけではない。こと、軍団同士の戦いへと引きずり込まれた段階で、ウィリアムには必勝を約束するものはなくなった。

 

 アステロパイオスの救援は彼にとっては万の軍勢を得たに等しかったとしても、世界最強の軍団を相手に敵うのかと聞かれれば簡単に頷くことができない。

 

 故に万策尽きるか、そう思われた時に桜子とリゼは馬の音を聞いた。足音を聞いた。それは自分たちが対峙する側ではなく、自分たちがわである。

 

「なるほど、力技で我が宝具を破るか。ああ、そうなる可能性は勿論考慮しているとも。その上で、私には私の友がいる。王がいる。侵略王よ―――いざ、我らアンジュ―帝国の武威を目にするがいい。『絢爛なりし、夜明けの王国』(エターニティ・アリエノール)!!」

 

 都合、ランサーにとっての四つ目の宝具、それこそがアンジュ―帝国そのものを象徴する宝具、無敵の軍団、欧州に覇を唱えたアンジュ―帝国の兵士たちそのものを顕現する宝具、奇しくもそれは……、世界最強の帝国を顕現するライダーと全く同質の宝具であったと言えよう。

 

「騎士としての戦いが終わりであるというのならば、ここからは国と国の戦いだ。付き合ってもらうぞ、ライダー」

「笑止、騎士が王に国を語るか」

 

 ニヤリと侵略王は笑みを深める。ああこれだ、この感覚だ。自分を滾らせてくれる好敵手たちとの戦いが何よりも素晴らしいのだとライダーは知っている。

 

 さぁ、さぁ、さぁ、楽しませろ、その血肉で侵略を大いに喜ばせろ!!

 




ルチアーノ、お前がいきなりキレたことに意味はあったんだな(白目)

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