Fate/Stardust Vendetta―星屑の復讐僤―― 作:ソクリ
――王都ロプス・コローナ――
そこは異界、そこは世界の理を歪めた場所、俗にいう固有結界と呼ばれる世界が広がり、ルプス・コローナの中の世界でありながら無限の荒野が広がっている。その世界の中で二つの軍勢が対峙し、そして芸と角怜を今か今かと待ちわびている。
かたや世界最強の帝国であるイェケ・モンゴル・ウルス
かたや欧州に覇を唱えたアンジュ―帝国
本来であれば決して交わることのない二つの時代の覇者たちはその激突を今か今かと待ちわび、
「マイマスター、指揮は貴方にお任せします。私とランサーで侵略王とスブタイを討ちます。この軍勢はその趨勢が決まるまで戦い続けることになるでしょう。兵の質は劣っているわけではないという確信を持っていますが、同時にあちらには無尽蔵の魔力供給が行われている。その優位性を貴方の指揮で破っていただきたい」
「まったく、無茶なことを平気で言ってくれるね。でも、いいよ。私も役に立てるのなら、ここでお飾りのように見ているだけはもう嫌だから」
「リーゼリット様の護衛は私がやります。ランサー、貴方は私のランサーと一緒に存分に闘って!」
「その言葉に感謝を。ではこれより――――」
「全軍突撃ィィィィィィィィ!!」
リゼたちの態勢が整い、これより攻撃をと考えた瞬間に機先を制するようにして、侵略王の激が全軍に飛び、荒野に展開した千はくだらないであろう軍団が一気に突撃を敢行して来る。
その切込み先にいるのは侵略王とスブタイ、まさしく自分たちが道を切り開くとばかりに兵士たちよりも先に駆け抜けるその姿は本当に王であると言えるのかと疑念を抱きかねないが、この場の誰もが理解する。侵略王とはそういう人物なのだと。
「王にとって、ハーンになったことはあくまでも結果論に過ぎない。王は王であるが故に特別であるなどとは考えない。朽ち果てるその時まで戦場を駆け抜ける。それこそが、我らが王―――蒼き狼チンギス・ハーンなのだ」
各地で次々と激突が起こっていく。西洋の鎧を纏った騎士と、軽装で獰猛な獣のように襲い掛かってくる遊牧民族の軍勢、激突した瞬間に、アンジュ―の騎士たちが吹き飛ばされる。輝かしきアンジュ―帝国の騎士たちであっても、世界最強の遊牧民族たちによって構成された軍団の激突を凌ぎ切るのは至難の業だ。
「ぐははははははははは、どうしたランサーよ、貴様が呼び込んだのはハリボテばかりであったか? 言ったであろう、王の前で国を語るなと!」
「不利であることは承知の上だ。それでも、軍勢を前にしてお前を倒せるとは思っていない。これで余計な茶々を入れられることは無くなった」
「その茶々が無くなれば、余に勝てると思ったか!」
「ああ、勝てる。そうでなければ、彼女の騎士をしている意味がない……!」
騎士とは主に勝利を捧げるもの、例え、どれほどの強大な敵が相手でもそれを為し遂げることができる者こそが騎士の中の騎士と言われるべきであろう。
「我らが王にランサーは勝利することはできない。唯一、可能性があるとすれば、お前たち二人がかりで王に対抗することだ。しかし、私がいる限りそれはできない。限りなく詰みだ、ランサー」
「それがどうかしましたか? 知りませんか? 私はそもそもが敗軍の将です。敗北するかもしれないと分かったうえで、決戦の場へと赴いた女です。敗北するかもしれない戦いに飛びこむことを今更どうして怖れるのですか? 私こそ、貴方には失望しました。戦士の戦いを理解できる御仁であると思っていたのですがね」
「戦争は遊びではない。勝たなければ意味がない」
「ええ、それには激しく同感します! ですが、大人げない。貴方がこの戦いに参加する理由は命令かもしれないですが、これはあくまでもランサーとライダーの戦いです。部外者は部外者らしく潰しあおうじゃないですか」
アステロパイオスはあえてウィリアムと共に戦うことよりもスブタイを二人の戦いに近づけさせないことに終始する。
侵略王を倒すうえで最も合理的な戦い方は二人が力を合わせることだ。しかし、スブタイがいる限り、二対二の状況が生み出され、連携を重ねた戦い方をされれば、急造であるランサーたちが連携で上回ることは恐らく不可能に近い。
となれば、改めて一対一の構図を作る。あくまでも集団戦にこだわるライダーの思惑を潰すことが出来れば白兵戦に置いては絶対的な実力を持ち合わせているランサーが地力で勝利できる可能性は非常に高い。
そのためにもスブタイの足を止めることは重要だ。リゼもアステロパイオスも桜子もそのためにこの場で戦い続けている。
(聖杯戦争に召喚された時に、味方となる者などいるはずがないと思っていた。しかし、ふたを開けてみればヨハンやアーチャー、そして今はランサーが、私はこの聖杯戦争を通して多くの縁に恵まれてきた。ならば、その信頼に恥じない戦い方をしなければなるまい)
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ぬぅぅぅ!!」
「侵略王、お前の戦い方はもう熟知した。ここからはお前に主導権を渡すことはしない」
馬上槍が侵略王の肉体を切り裂き、次いで神速の突きが次々と侵略王へと襲い掛かる。突きを防がれればその次は払い、此処まででも少ない時間を戦っているはずだというのに、一体どこにそんな力を隠していたというのか。ランサーの攻撃のギアが一段階上がって、攻撃を繰り出してきているのが侵略王には理解できた。
「ぬうう、流石だ、そうでなくては――――ぬがああああああ」
「期待すらもお前にとっては悪夢であると覚える時間を与えてやろう。どだいこれは聖杯戦争、ただの戦争であれば私はお前に逆立ちしても勝てないだろう。しかし、これは聖杯戦争だ、お前を私が戦う領域の中に引きずり込みさえすれば、倭足は決して見劣りする戦いをすることはない」
ライダーが固有結界を発動し、自分の領域へと無理矢理にウィリアムを引き摺りこんだように、ウィリアムも自分の戦いである白兵戦という戦場にライダーを無理やりに閉じ込めた。先ほどまではスブタイがいたが、それすらもアステロパイオスの助力があり、兵士たちの指揮をリゼが執ってくれているおかげで自分は戦いに集中することができる。
「そこだぁぁぁぁ!」
「ごああああああ」
攻撃を掻い潜り、防御すらも突き崩して、ランサーの突きが遂に侵略王の肩を刺し貫く。血しぶきをあげ、苦悶の表情を浮かべる侵略王の姿は決して無敵の戦士であるとは言えない。勝てる、自分の武技は侵略王に劣っているものではないという確信を持つことが出来た。であれば、後は押し切るだけだ。この混沌とした戦場の中で、見事ライダーを討ち取ることが出来れば、スブタイもウルスの兵士たちも一斉に消滅するのだから。
「フッ……流石にその考えで突っ走るのは早計が過ぎるんじゃないのか、ランサー。どれ程追い詰められても我らが王は勝利する。そして、何があろうとも勝利するという執念を君はまだ理解していないようだね、ランサー」
ライダー陣営にとっても正念場ともいえる状況の中で、灰狼は笑う。まさしく白兵戦最強のランサーと再び直接対決へと引きずり込まれて苦戦を免れないが、灰狼は笑っている。これもまた彼の思惑通りに事が進んでいるようなしぐさであった。
そう、侵略王は何があろうとも勝利を目指す、敗北こそがあらゆるすべてを奪われることになると理解していたからだ。だからこそ、相手の文化も国も徹底的に破壊する。自分たちに刃向う存在が生まれないようにと。
侵略王はモンゴル高原を統治するまでに幾度もの裏切りや敗北の中で、友を愛する妻を奪われ、そして自分自身も命を奪われかねない状況へと何度も追い込まれてきた。今日の友が明日の敵となっているかもしれない状況の中で勝利するということはなりふり構わずだ。そうでなければ、覇権争いを続けているモンゴル高原の中でハーンという称号を手に入れることはできない。
ランサーは強い、限りなく強い。だが、所詮は騎士でしかない。そのこだわりこそが彼を殺す。侵略王もスブタイもそれを理解している。何も怖れることはない。自分に聖杯を与えてくれる彼らの実力を疑った日など一度もない。
「次、側面のカバーをして、すぐに!!」
「敵も一人一人が強い。獰猛な獣みたいに凄まじい勢いで攻撃してくる。でも、リゼ様には指一本触れさせないわッ!!」
指揮官であるリゼを討ち取らんと獰猛なる兵士たちが次々と迫ってくる。それを相手に桜子は七星流剣術を使い、迎撃していく。桜子が護衛についている限り、並大抵の相手では、リゼに触れることはそれこそ指一本できない。問題はないはずだ、ランサーがライダーを追い詰めることが出来れば、この状況をひっくり返すことは十分に可能な筈だ。一対一の戦いでは絶対にランサーはライダーに敗北することはない。
にもかかわらず、リゼは違和感、あるいは焦燥感のようなものを消すことがどうしてもできなかった。自分の中に生じているどうしようもなく拭えない感覚が生じてくる。
(不安はないはず、ライダーの固有結界の中でもランサーは自分に有利な状況を作り出して私達もその状況に寄与している。なのに、どうしてなんだろう。胸の中にこみ上げてくる焦燥感のようなものがある。まるで時限爆弾の起動を待っているみたいな)
この後に起こる何かを予見していながら、気付くことが出来ていないようなそんな感覚であった。リゼの懸念と灰狼の余裕はまさしく表裏一体である。真実、対処しなければならないことは何であるのか、それに気づけないまま戦い続けていることに彼女たちは気付けていなかったのである。
・・・
「踊れ、踊れ踊れ踊れ、踊るがいいッ!! 妾の奏でるこの砲火の中で舞を踊り続けるがいいッッ!!」
「調子に乗っていられるのも!」
「今のうちだけだぞ、キャスター!!」
光速移動によりキャスターから放たれる恐るべき数の魔方陣による砲撃を掻い潜りながら二人のセイバーは一気に距離を詰めていく。
二人の移動速度をキャスターは把握することができない。最高速で言えば文字通りの光速へと辿り着くディオスクロイ兄妹の攻撃を見極めることができる者など果たしてどれ程いるというのだろうか。
少なくともキャスターには見極めることはできない。動体視力の限界を超えた行動はいかにサーヴァントとして強化されているとしても、簡単に見極めることができるものではないのだ。ステータスで強化される値にも限界がある。
そして一方で速度では、セイバーには全く及ばないものの、キャスターの埋め尽くすような魔方陣砲撃をその身に受けながらも突破せんと二挺拳銃を両手に握りながら、ルシアも突貫を図っていた。
こちらはどちらかと言えば囮の役割が強い。視認できる存在として、キャスターの注意を引く。一発でも魔方陣による砲撃がその身に当たれば蒸発するかもしれない恐怖心との戦いであるが、生憎と此処までにもそうした極限状態での戦いは経験してきた。
肉体が吹き飛んだとしても、ファブニールより与えられたニーベルングの指輪がある限り、肉体の組成は行われる。あくまでも死なないだけ。痛みも苦しみも当然のことながら生じ、地獄のような突破口となっているが、それでも、近づくために仕えるものはすべて使うという考えの下にルシアもセイバーをアシストするために接近を続けていく。
(キャスター、あんたの口にした言葉には何ら偽りがないんだろうね。暇つぶし、自分が楽しめるものを求めて聖杯戦争で戦っている。アンタの感情の色に嘘偽りは欠片も見えない。でもね、だからこそ許せないんだよ。レイジにやってきたことだって、あんたは暇つぶしの一環だって分かっていたんだろ。聖杯戦争なら聖杯戦争のルールの範疇で戦え、人造七星とか勝手に犠牲者を増やすんじゃない。世界はアンタたちの遊び場じゃないんだ!!)
カシムもキャスターも、そして灰狼も、自分たち以外の他人がどうなろうとも一切斟酌しない。よしんば分かっていたとしても、自分たちの崇高な目的を叶える為であれば、当たり前のようにその犠牲を許容する。
ありえない話だ。何様のつもりなのか、絶対に許せない。自分たちさえ幸福であれば、人類の99%が不幸であったとしても、何一つ心を痛めないような連中に支配される世界など、こちらから御免こうむると言った所だ。
「そもそも、自分の欲がないって言うのなら大人しくしてろ!! 叶えたい願いもない奴の分際で他人の運命に介入して来ようとするんじゃないわよ!!」
砲火に晒されながら、肉体が吹き飛び、すぐさま再生を始める。魔術回路を励起させ、拳銃より放たれる弾丸を叩きこむ。無論、錬金の母たるキャスターにただの魔術による弾丸など意味があるはずがないことはルシアも良く分かっている。
「捉えたッッ!!」
「そこです!」
「甘いな、本気で来るのなら、覚悟の声など上げるべきではないぞ」
ルシアが囮になる形で突破口を開いたセイバーたちの攻勢、無論、そのままキャスターに攻撃を仕掛ければ彼女に傷をつけることはできただろうが、あえて、二人はキャスターではなくその周囲に展開している魔導書へと攻撃を仕掛け、光速の斬撃が次々とキャスターを守護する書物を切り裂いていく。
耐久力自体はそこまで高くはないのか、ポルクスの絶技ともいえる剣技と、その動きに合わせるカストロの身体捌きでポルクスへと迫ってくる砲撃を受け止めると、さながら、彼らは光速の舞踏を舞っているかのようであった。キャスターの視界の中で、キャスターの視認できない速度で行われる攻撃、キャスターからすれば、まさしく視界で追うことができないというのに、気づけば自分の守る力が失われていくような状態である。
「はは、まったく、中々嫌なことをしてくれるな。妾を倒すことができぬから、まずは妾の付属物を倒すという考えか? それは確かに戦術としては正しいかもしれんが、少しばかり迂遠が過ぎるのではないか? 妾が次の魔導書を生み出さぬとでも――――ちっ!」
「勿論、わかっているよ。だけど、そんな暇を与えると思う?」
「貴様を守護する力を潰すほど、貴様を守る力が無くなる」
「ならば、私たちは貴方だけを相手にすることに集中することができます!」
セイバーの奮戦によって、魔導書が次々と破壊されたことで、キャスターへとルシアが肉薄する。彼女にとって自分へと降りかかってくる攻撃はさしたる脅威ではない。体を吹き飛ばされたとしても再生をすればいい。むしろ、ルシア自身の攻撃力では、周囲の魔導書を突破できなかったのだから、そちらの方が大きな問題であったのだ。
その問題がクリアされ、魔導書へと割いていたセイバーのパフォーマンスがキャスターへと向いていく。ルシアによる攻撃を受け止めつつ、迎撃しようとするキャスターをセイバーが攻撃し、セイバーへと迎撃をしようとすれば、それをルシアが身を挺して阻む。
対キャスターの戦闘を考えることは実に困難であった。何せ、何度戦っても底が見えない。一つの手を潰せばすぐに次の手を使ってこちらを阻んでくる。いくら知恵を絞ったところで、こちらを凌駕する手段を無数に持ち得ている相手に対して、どこまで手を尽くせばよいのだろうかと思わず袋小路に立たされてしまう気持ちも抱きかねないほどであったが、二人が選んだのは、小細工を考えるのではなく、無理やりにでも突破するという手法だった。
「はぁぁぁぁぁ!! 私の刃受けなさい、キャスター!!」
キャスターガルシアとカストロの執拗な攻撃によってほかの手段を取っていられない間に、ポルクスは邪魔な魔導書たちをすべて破壊すると、いよいよ本丸を責めるとばかりにキャスターへと攻撃を仕掛け、光速の刃がキャスターの身体を切り裂く。
「ぬっ………やりおるではないか」
「まだそんな余裕の態度を浮かべて……!」
「余裕と言うわけではないさ。痛みは当然に覚える。苦しみもある。しかして、その痛みがあるからこそ生を実感することができるのだ。いいぞ、良いぞ良いぞ、妾との戦いでここまで妾に近づくことが出来たものはこれまでにおらんかった。どいつもこいつも、妾に近づく前に蒸発してしまうのだ。張合いもないというものよ」
錬金の母として歴史に名を刻んだキャスターにとってここまで戦いあうことができる存在が来てくれただけでも僥倖だ。あくまでもこの聖杯戦争は自らの主であるカシムの結末を見るための戦いであったとはいえ、キャスターもその瞳に獰猛な色が生まれていく。錬金術師として貪欲に世界の総てを掴まんとしていた頃の闘争心が湧きあがってくる。
「ならば。妾の宝具も展開するとしようか。でなくば、本気で妾に抗おうとするお前たちを無碍にすることになりかねんからな」
「宝具、来ますよ!!」
「潰したいところだが―――」
「無駄だ、妾が展開をしようとした時点ですでに術は発動している。決して目を離すなよ、これまでの妾とは一味違うぞ?」
そして、キャスターの身体を光が包みこみ、次の瞬間に、セイバーとルシアは驚愕の表情を浮かべることになるのであった。
・・・
底なし沼のような希望のない戦いに誘われた時にこそ、人間の真価が試される。諦めを覚え、楽になる道を目指すのが人間の性だ。どれだけ確固たる意志を持っている人間であったとしても、堕落の道から外れることはできない。
もしも、それでも己を貫き通すことができるとすれば、そこには希望があるからだ。この底なし沼のような現実を切り抜けることが出来れば、必ず自分の未来、あるいは願いを叶えることができる。そのような希望を抱いているからこそ人は立ち上がることができる。
逆の考え方をすれば、そうした希望を見出すことができない時点で人は……。奈落の底まで落されてしまえば這い上がってくることなど出来ないとも言えよう。
「どうした、早く立てよ。いつものように、お前のことなど眼中にないとか何とか言ってみろよ。七星に復讐を誓っているお前には、俺なんてちっぽけな存在でしかないんだろうが……」
「あがっ……うっ、ぐぅぅ……」
全身が痛みに悲鳴を上げている、実験体402号の前に首を垂れる用に倒れているレイジ・オブ・ダストの姿は以前のスラムでの戦いの時とは真逆のようであった。あの時は402号のことを、鬱陶しい奴程度にしか認識していなかったはずのレイジが、402号の言葉に何も答えられずにいる。
自分が知らずのうちに犯してきた大罪、402号の正当な怒り、それに対して償うことなど最早後の祭りであると分かっているからこそ、レイジは何もできない。俯き、許しを請うように這いつくばることしかできない。
(立ち上がれない、俺にはコイツと戦うだけの理由がない。恨まれて当然だ、潰されて当然だ、それだけのことをやってきた。なら、いっそのこと、コイツに殺されて終わるのでもいいのかもしれない。それでこいつの気持ちに整理がつくのなら……それが、俺なりの罪滅ぼし、なのかもしれない……)
レイジは決して狂っているわけではない。402号の記憶を転写され、理不尽に対しての怒りを抱いた。自分の復讐が誰かにとっての新たな復讐になることを分かっていても、弱者の嘆きを叩きつけることに意味はあると考え、その矛盾を自らの罪として背負う認識を持っていた。
それらの感情の幾分が星灰狼によってそのように行動するために誘導された認識であったのかはわからない。検証しようもないし、真実がレイジに優しいわけではないことは明らかだ。
立ち上がるための燃料はとっくの昔に切れている。自分は何のために戦えばいいのかわからない。心に熱が浮かび上がってこない。どれだけ強大な相手でも、食らいつくだけの気概はどこかに消えてしまった。まるで、魔法が途切れてしまった灰かぶり姫のように、地獄の先に花を咲かせるという確固たる信念すらも今ではあまりにも薄っぺらいように思えた。
「抜け殻ね、残念よ、もう少し頑張ってくれると思っていたんだけど」
「それは、ちょっと辛辣じゃないかい、桜華。誰だって自分の総てが否定されてしまえば、ああもなるさ」
「そうかしら、人間って結構往生際が悪いわよ。頭ではどれだけ理解していたって、衝動を止めることができない時ってあるもの。私と兄様が人の道を外れたことをするとしても許容したように。間違っていても、意味がなかったとしても、人間は自分の思ったことのために走れる生き物だと思うわ」
「それは、君の身体の持ち主の願いなのかな?」
「そうかもね、あの娘も消滅したわけじゃない。もしかしたら願っているのかもしれないわね、自分を中心として悲劇に巻き込まれてしまった二人の救済を。そんなものはあるはずもないけれど」
桜華はレイジがもう一度立ち上がる可能性を示唆するが、同時に総てを帳消しにする救いが訪れることはないと断言する。運命を変えることができる瞬間は確かに存在するが、しかし、その瞬間を踏み越えてしまえば、あとは悲劇が待ち受けるだけ。それをどれだけ早く損切りすることができるかの違いでしかない。
残念ながら、レイジも、402号も、ターニャも全員が損切りをできずにここまで来てしまった。希望と諦観、そして根拠のない明日への信頼、それらが目を曇らせて此処まで来てしまったのだから、悲劇は起こるべくして起きたとしか言いようがないだろう。
けれど、ただ一つだけ、桜華がジェルメやセイヴァーと認識を異にしていることがあるとすれば、例え、悲劇として終わるしかなかったとしても、最後まで愚かしい遠吠えを響かせ続けることができるのが人間であるということだ。
「さぁ、君はどうするの? このまま、愚かしい自分の生に幕を下ろすだけ? それとも……足掻いて見せる?」
このまま屑星として終わるのか、それとも、星屑が最後の瞬間に流れ星のように煌めき落ちるのか。消えることに変わりはなくても、どちらを選ぶのかは本人にかかっている。
だが、桜華の期待が花を開く可能性は限りなく低いと言っていいかもしれない。此処に及んでもレイジは何もできない。立ち上がるための動力がないのだから、立ち上がれるハズなどない。あとはこのまま、402によって縊り殺されるだけだ。
奇しくもレイジ同様に大剣を握る402はその倒れているレイジへと切っ先を向ける。武器を握る己の姿に402は悍ましさすらも感じる。ヴィンセントに村を焼かれるまで武器等握ったことすらなかった。なのに、今は七星の余計な知識を流し込まれて、自分ではない何かに浸食されそうな身体で憎悪を振り撒いている。
変わってしまった。いいや、変えられてしまった。罪を抱えていたわけでもない。罪を背負っていたわけでもない。ただ純朴に、ただ日々を生きて来ただけなのに、気付けば、こんなどうしようもない所にまで来てしまった。
「でも、もう終わる……終わらせるんだ。俺は……俺は、まがい物のコイツを殺して……あいつに、星灰狼に、ターニャを甦らせてもらうんだ……」
喉から絞り出すような声、信じたくない、信じられない。でも縋るしかない。彼には自分自身の手で世界を変えることが出来るだけの力なんてなかった。
どこにでもいるありふれた涙を流して世界を呪うことしかできない者だった。だからこそ、その選択は間違いなく彼にとって藁に縋ってでも為し遂げたい選択だったことは間違いない。
絞り出した言葉にそれ以上の意味はなかった。ようやく自分の苦しみの時間が終わりを迎える。それだけを意味しての言葉であったはずだ。
しかし、そこでレイジの指がピクリと動く。聞き捨てならないような言葉を聞いてしまったように、これまで全く反応しなかった身体にようやく熱が灯り始める。
「……あいつに、ターニャを甦らせてもらう、だと……?」
「ああ、そうだよ。お前を殺せば、ターニャの人格を取り出して、俺達を解放してくれると言ったんだ。長かった。長かったけど、俺達はこれでようやく解放されるんだ。そういうわけだから、さっさと死んでくれ。お前がいなくなってくれなくちゃ俺達は終われない。もう戦えないんだったら、いいだろ? 最後くらい、俺の為に動いてくれよ」
「そんな、約束を……本気で、あの男が叶えると……想っているのか……?」
ゆっくりと少しずつではあるが、レイジの指に力が込められていく。先ほどまでは指先ですらも動かすことが出来なかったはずなのに、今は不思議と力が込められる。自分でもわからない熱がレイジの中でこみあげてくる。
「じゃあ、どうしろっていうんだよ!!」
「がはぁぁぁぁぁぁ!!」
逆上した402号がレイジの頭を蹴りつける。コツンと可愛い音を鳴らすのではなく本気で額が陥没するのではないかと思うくらいの勢いで叩き付けられた蹴りが襲い掛かってくる。
「俺にはお前のように、誰かを叩き潰すことができるような力なんてない!! ああ、分かっているよ。あいつの思い通りにされている時点で、俺は負けているんだってそんなことはお前に言われなくたって分かっているんだよ!!
じゃあ、どうするんだよ、どうすればいいんだよ!! ターニャを救うことができるかもしれない、今まで何もできなかった俺にようやく救うための手立てが与えられた!! だったら、縋るしかないだろ! 悪魔に魂を売ってでも、救うんだよ!! 綺麗ごとなんていくら並べたって、俺達は救われない!!」
怒りのままにレイジを蹴り続ける。何度も何度も頭を蹴り飛ばされて、レイジの額は血塗れになり、ごほっごほっと咳き込む。脳震盪を引き起こしているのではないかと思うが、402号はその足を止めるつもりはない。ここまででも十分に発露していた怒りがさらに増幅されて、一気に爆発する。
「お前はいいよな、自分を殺した相手を殺せて、ターニャを助けた騎士気分になって、気持ちよく戦えて、俺は何一つなかった。捕らえられて、お前がターニャと消えていくのを見ていることしかできなくて、その上、総てを奪われた。散々だ、俺に、俺にお前みたいな力があれば、戦う力があればよかったのに……、俺は結局、こんな縋ることしかできない……ッ!!」
本心から灰狼に従いたいはずがない。本当は自分がターニャを救いたかった。復讐をしたかった。けれど、才能も力もない人間は結局は強者に縋って生きていくしかない。痛いほどに痛烈な心の叫びがレイジの身体を痛めつけていく。
本当に傷つけたい相手は違うけれども、その相手に手を出せないからこそ、こうするしかない。弱者の嘆きはいつだって強者に届けられない。
これまでだってそうだった。レイジがこれまで出会ってきた者たちは誰もが運命の残酷さに惑わされてきた。散華やヨハンだってそうだ、ほんの少しでも運命が違えば、七星と言うくくりになければ、大きく運命は違っていたかもしれない。
誰もが直接ぶつけることができない心の痛みに泣き叫んでいる。それを届ける力がない~、手が届く範囲の何かを傷つけて、心を癒すしかない。泣き寝入りと言ってもいいであろう所業だ。
「―――――だったら、戦えよ」
「―――――お前……」
ガシリと、これまでレイジを蹴り飛ばし続けてきた足をレイジの腕が掴む。命乞いではない、やめてくれと泣き叫ぶわけでもない。その腕には確かに力が込められていた。
「闘う力がないから、アイツらの思う通りにする。そんなのは、違う、間違っている。何もしないのならまだわかる。だが、アイツらの思う通りに手を下して、それで本当に救われるのか? 本当に自分の心が満たされるのか? 違うだろう、それだけは違う。綺麗ごとで済まなかったとしても、それをしてしまったら、俺達が抱いた嘆きや怒りはどうなる? 総てを悪魔に捧げるつもりか……?」
それが与えられた正解であったとしても、灰狼に靡き、彼の提示された答えに縋ることをすれば、灰狼を認めたことになる。そうなれば、嘆きも苦しみも全て、胸の中にしまわざるを得なくなる。わかりやすい餌を与えて、仕方がなかったんだと諦めさせることが灰狼の狙いだ。まるで自分が慈悲深い存在であるかのように思わせてくる。総ての元凶こそが灰狼であるにもかかわらずだ。
怒りが込み上げてくる、どうしようもない怒り、すべてを悲劇へと誘おうとする者たちへの怒りだ。その怒りの源泉はやはり村を焼かれたことなのか?
(いいや、違う――――俺とコイツの道は今、はっきりと分かたれた。同じ記憶と怒りを抱いていたとしても、俺達は違う結末を望んだ。だったら、この怒りは俺のモノだ。俺の中に宿った怒りだ……)
アークはここまで旅をしてきたレイジこそが、自分たちの知っているレイジであると口にした。その実感が怒りを起爆剤としてレイジの中に宿っていく。足を握る力が強まり、思わず402号はレイジの腕を引きはがすために、足を強く振り払い、その結果として、身体のバランスを崩して、尻もちをついてしまう。
「そうだ、俺には自分のモノであると思えるものが一つも見いだせなかった。身体も心も記憶もその総てが他人のモノで、星灰狼の思う通りに進むだけの人形だった。
だけど、俺の胸にも確かに宿っているものがある。怒りだ、許せないという思いが、認めてはいけないという感情が強く残っている。総ての真実を知り、生きている理由なんてないと思った今でも、この怒りだけが、俺の中で燻っている」
「訳の分からないことを言うなよ、その怒りは俺の感情から生まれたものだ、お前のモノじゃない。偽物の記憶だと分かっているのに、お前は何に怒りを浮かべているんだ!」
「俺達を踏みにじってきた総てに――――!」
402号も、この身体の持ち主も、ターニャも、そしてこれまでに見てきた七星によって自分の人生を歪められてきたものたちも、その誰もが怒りを抱えながら、その怒りを元凶へと向けることが出来なかった。
あるには力がなく、ある者はぶつける相手を見いだせず、ある者は運命そのものを呪った。多くの者と刃を結びあい、その血を吸いながら先へと進んできた。託されたなんて言えるとは思っていない。
ただ、自己満足でもなんであろうとも、背負っては生きたいと思っている。運命に抗えずに敗北した者たちの怒りと祈りは、命が尽きる時に消えるだけなのだろうか?
いいや、違う。同じように怒りを原動力としているのであればそれは背負っていいはずだ。身勝手でもなんであろうとも、その怒りを背負い、叩き付ける場所へと導いてやらねばならない。
「ああ、やっと分かった。俺が何をするべきなのか、この身体で果たすべき役割とは何なのか。やっと―――理解できた」
七星の横暴に対しての怒り、蹂躙された過去があるわけでもなく、大切な誰かを奪われたわけでもない。ただ、その非道で苦しんできた者たちの嘆きを聞いて、怒りを覚えた。
その悲劇の運命に牙を突きたててやることはできないのかと思った。そう、どんなに形だけの怒りであったとしても、それは自分が抱いた確かな感情、誰が何を言おうとも、この感情が間違いであるはずがないのだから。
「七星への怒りこそが、俺の存在意義だ。奴らに踏みにじられた者たちの怒りを背負って叩き付ける。そうだ、俺が何者でもない、何者にもなれないのなら、俺は―――器で構わない!!」
そうだ、何もかもが嘘であったとしても、この胸に去来する怒りだけが確かな答えであれば、それを叩きつけてやればいい。灰狼は自分のことを屑星であると断じてきた。ああ、そうだろう、その通りだ、間違いない。何者にもなれないレイジ・オブ・ダストはそれでも、怒りを背負う器になることはできる。
「俺はお前じゃない。俺は――――レイジ・オブ・ダスト!! 踏みにじられた者たちの怒りを背負い、叩き付けるだけの存在、運命の主役にもなれない星屑でいい!! 俺はただの屑かもしれない。だけど、それじゃ終われない、星屑のように最後の輝きを奴らに叩き付けるまでは!」
自分にとってのただ一つの真実は星屑のような怒りであるのならば、自分は誰になれなくてもいい、レイジ・オブ・ダストという与えられた偽名こそが、自分の真実でいい。七星を滅ぼす存在として与えられたこの名前こそが、自分には相応しい。
「俺には地獄しかない。その先に花を咲かせることなんてできるはずがない。だが、それでもいい。理不尽に踏みにじられた者たちの怒りを、願いをこの世界に叩き付けることが俺の生まれてきた意味だ……!!」
地獄の先に花を咲かせることは自分に出来ないのかもしれない。けれど、足を止める理由にはならない。この胸に抱いた激情が正しい感情であるとすれば、それを叩きつける。自分の命がどうなるとも、それを果たした後に続く者たちが、地獄の先に花を咲かせてくれるのならば、レイジには何一つとして後悔することはない。
「くだらないことを口走っている。お前が、お前如きが星灰狼に勝てるはずがないだろう。何度現実を思い知らされてきた。何度、地面を這いつくばってきた。諦めろ……!」
「諦めない。諦めてしまったら、その時こそ俺の存在価値は無くなる。だから、最後まで走り続ける。走れなくなったその時が、俺の命が消える時だ!」
「…………ッッッ!!
レイジの宣言に402号は歯がゆい表情を浮かべる。理解が出来なかった。意味が分からなかった。どうして、そんな反応が出来る。どうして、まだ戦えるのかが理解できない。
心は確かに折った筈なのに、残酷な真実に耐えられるはずがないのに、どうしてそれでも立ち上がれるのか。狂っているからなのか、それとも……自分はこうまでしてでも彼の強さに追いつくことができないのか。
「お前の言葉は只の理想だ、磨り潰されて終わるのが分かっている。そんなものに託せることなんて何一つない。お前を殺して、俺は願いを叶える」
「ああ、好きにしろ。お前には俺を殺すだけの理由がある。それは絶対に否定しない。お前にとっての俺は悪だ。けれど、お前に討たれるわけにはいかない。あいつらが叩き付けてきた無法を、俺はこの怒りで報いを与える。それはこの俺の命を懸けるに足りる理由だ!!」
もう迷わない、自分が自分で在り続ける理由を見つけた。命を燃やすだけの理由が見つかった。身体の中の熱が戻っていく。七星の魔術回路が励起する。まるでこの身体の持ち主もレイジの決断を祝福しているかのように。
「ようやく終わるわね、二人の戦いも……」
桜華はその戦いを見届けながら呟く。どちらが倒れても、構いはしないと思っているがその結末を見届けることに身体がざわつく。彼女もその結末を求めているのだろう。
ハッピーエンドは訪れない。血まみれになりながら倒れる敗北した少年が生まれるだけの悲劇、勝利を彩るための前座に過ぎないと分かっていてもその終わりの美しさはあるだろうと思っているのだ。
どうせなら屑じゃなく、星屑のように誰かの願い事を背負い生きてやれ!
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