Fate/Stardust Vendetta―星屑の復讐僤――   作:ソクリ

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第21話「敗北の少年」③

――王都ルプス・コローナ正門前――

「我が身はあらゆる英知とあらゆる智慧を備えし最も神に近し者、誰もがその英知を望む、盗賊が羊飼いが王族が医者が商人が双蛇の巻かれた杖より授けられる英知を今か今かと待ちわびている。石を金へと変えるが如く、豊かな智慧と神秘の欠片で賢者の宇宙を今ここに顕現しよう」

 

 キャスターの口より紡がれるのは詠唱、かつて、いまだ彼女が一介の錬金術師であった頃、多くの錬金術を収め、世界の真理に辿り着かんとあらゆる術理を解き明かしてきた彼女の下には多くの人間が集ってきた。彼女の知識にあやかりたい、彼女の知識によって一攫千金を為したい。彼女の知識で己を覇者に押し上げてもらいたい。

 

 さまざまな願いが集ってきた。さまざまな欲望をその目にしてきた。その結果としてヘルメスが抱いた結論は一つだけだった。

 

 欲望とは人間の本質そのものだ、どんな人間であろうとも欲望から逃げることはできない。生きている限り、人は己の願いの為に邁進する存在であると

 

「我が身に望みし欲暴徒は人の究極、人の到達点、それを指し示すがいい――――『我が叡知記す翠玉板(エメラルド・タブレット)』」

 

 その詠唱の完成と同時にキャスターの胸の中に一冊の魔導書が収められていく。光が形を成したようなその書物は、ヘルメスが生前に書き記した、彼女の英知総てを記したと言われる「エメラルド・タブレット」と呼ばれる書物である。

 

 彼女の英知、彼女の授かってきた知識こそが彼女の宝具、大規模魔術もあらゆる書物による力もそんなものは彼女からすれば余技に過ぎない。

 

 信じられるのは己だけ、世界の真理を知りたいというどうしようもなく俗な願いより生まれた己の生涯こそが彼女の宝具―――ある意味で彼女の宝具がほんの少しだけでも性質を変えていれば、侵略王ですらも手が付けられないような固有結界を生み出す宝具が生まれていたことだろう。

 

 世界を侵略し、そして塗りつぶす理こそが固有結界であるとすれば、彼女はその理を外ではなく内に向けた。すなわち、絶対的な己の世界の信仰、錬金術師ヘルメスの理想形、世界にかくあれかしと叫んだ彼女の人間としての完成系こそが、ここに花開く。

 

「ごはぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 宝具発動と同時にキャスターが意味深な言葉を口にした瞬間である。キャスターの意識を割くために攻撃を続けてきたルシアの鳩尾に身体が爆発するほどの衝撃が迫り、彼女の身体が文字通り地面に陥没する。まるで重機か何かに潰されたのではないかと思うような衝撃、不死身でなければ、今の一撃で身体が爆ぜていたであろうことは間違いない。

 

(な、なに、何が起こって……、キャスターの宝具が発動して、それで、私達に一体何が……!?)

 

「きゃあああああああ」

「ぐああああああああ」

 

 何が起こったのかも理解できずに困惑するルシアの耳に入ってきたのはディオスクロイ兄妹の絶叫だった。

 

光速の速さで動き回り完全にキャスターを圧倒していたはずの二人が、顔を上げた時には地面に倒れている。幸い致命傷ではない様子だが、口元からは喀血しており、自分と同じように何かしらの物理的なダメージを負ったであろうことは間違いない。

 

「くく、ふはははははは、愉快、愉快よのぉ。己の錬金術を使って相手を屠るのも楽しいが、やはり己の肉体を使ってこその人間よなぁ。ほれ、何をしておる。妾との直接対決を望んだのはお主たちじゃろうて。何を呆けておる? そんな様では、妾を討ち取ることなど夢のまた夢であるぞ?」

 

 ルシアは思わず瞠目した。何が起きたのかを瞬時に理解し、そしてそんなバカなと心の中で否定をした。

 

 立ちはだかるキャスターは己の拳を振り上げ、全身に魔力を纏って君臨している。その周囲には先程のような魔導書は存在せず、完全な徒手空拳、そこから導き出されるのは、自分もセイバーたちも魔術師のサーヴァントである彼女に肉弾戦によって吹き飛ばされたという理不尽極まりない現実であった。

 

「ちょっと、待ちなさいよ。冗談きつすぎるでしょ……、なんでよりにもよって、あんたの宝具が、そんな特性になるのよ……!?」

 

「ん? 何じゃ、何かおかしなことでもあるか? 妾はお主が言うように俗な人間よ。己の欲望のために世界の真理を暴き、多くの者たちから必要とされた。その行き着く果てとして、己こそを絶対の存在として高めることに行き着いたのだ。真理とは解き明かしている時こそ面白きもの、総てを解き明かしたとなれば後は自己満足よ。

よって、自己満足に徹することにした。スラムの時にも言ったであろう? ロイ・エーデルフェルトの戦い方は好ましいと。あれは妾の掛け値のない本音よ。何せ、妾の切り札と同じであったのだから、それは喜びもするじゃろうて」

「んなもん、気付けるわけがないだろうが、クソババア……!!」

 

 自慢げに語ってくるキャスターを相手に思わず悪態をついてしまう。何処の世界に魔術師のサーヴァントの出し惜しんでいた宝具の能力が純粋な肉体強化だなんて話があるのか。当たり前のように死線に飛び込んだルシアとセイバーを己の拳だけで吹き飛ばしたキャスターは挑戦者を待ち望むチャンピオンのように立ち上がってくるのを今か今かと待ちわびている。

 

(でも、正直に言えば、いやになるくらいに合理的だよ。どんな魔術だろうと、術だろうと、カラクリさえ明かせば突破は可能だ。私の不死身とセイバーの光速攻撃、そのどちらかで対抗することができるって確信していた。でも、まさか……、自分自身を強化して対応するとか、そんなの考えているわけがないでしょうが……!)

 

 思わず心の中で悪態をつかずにはいられない。それほどまでに、キャスターの宝具は反則技だ。光速で移動しているディオスクロイ兄妹を正確に捉え、ルシアに対しても反応することができない速度で攻撃をすることができる。

 

 攻防一体、ルシアとセイバーのどちらかの旨味を使うためにどちらかをおとりに使って戦う戦法に対して、どちらにも対応することができる身体能力を維持するという回答のおぞましさを、実際に戦っている三人は嫌と言うほど理解した。

 

 背筋に寒気が奔る、どうすれば勝てる。どうすればこの化け物を倒すことができるのかと思わず自問自答してしまう。此処まででもギリギリの戦いをしてきたが、総合力の面でこれはまずい。流石に不味いと確信が持てる。

 

「怖気づいたのならそこで寝ていろ人間、虚仮にしてくれた奴を相手にいつまでも倒れてなどおれんわ」

「そうですね。まさかとは思いましたが、ここからは純粋な力のぶつけあいと言った所でしょうか」

 

 ルシアに対して臆するのならばここから身を引けと言ってセイバーは立ち上がる。彼らとて動転していないわけがない。しかし、サーヴァントとして負けるわけにはいかない。主に勝利をすると誓ったのだから。

 

「言ってくれるじゃん、私だってこのまま終わるつもりなんてさらさらないよ」

 

 そしてルシアももう一度立ち上がる。勝算は限りなく薄いが、戦わないわけにはいかない。ここで退く程度の覚悟でしかないのなら、最初からここには立っていない。

 

「来るがよい。妾も体が温まってきたところだ。妾を倒したいのであろう?ならば、全力で来るがいい」

 

 クイクイと指を突きたてて、来るがいいという合図をする。勿論、ルシアやセイバーもこのままで終わらせるつもりはない。総合力の面でキャスターの隙は無くなったと言えるが、ようやく宝具を解放させるまでに至った。これまでのどんな戦いでも決して宝具を見せてこなかった相手がようやくそれを展開してきたのだ。無駄ではない、自分たちの戦いが無駄であるはずがない。

 

(ロイ、私達も結構キツイよ、正直、アンタが勝って全部終わらせてくれるって言うのに期待している所もある。頼むよ……!)

 

 内心で正直な気持ちを吐露するルシアであるが、その願いが果たして実現するのかどうかは願われた当人自身にも不明瞭な所であった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 何せ、このセプテムので戦いの中で、決して不利な状況を生み出すことのなかったロイが肩で息を吐き、汗を垂らしながら、片膝を地面につけているのだから。

 

「随分と息が上がって来たな、ロイ・エーデルフェルト」

「お前みたいな鋼鉄鎧といつまでも戦っていれば、そりゃこうもなるさ」

「果たしてそれだけか?」

 

 カシムの意味深な言葉にロイは眉をひそめる。確かにおかしい。基礎体力や自分自身の流体魔術によるバックアップを考えれば、ロイの息がここまで上がるような展開になることはありえない。

 

 カシムと言う鋼鉄の塊と戦っており、一撃でももらえば致命傷になる戦いをしている緊張感も確かにあるだろう。だが、それはこれまでの戦いでも同じことだ。決してこの場限りのハンデであるとは到底言えない。

 

 何が起こっている、しかし、その原因が分からず、徐々に徐々に追い込まれている感覚、対峙しているカシムに何一つとして変化がないこともその状況の困難さを助長してしまっている。

 

(マズイな……直感的にはなるが、このままだと、本当に負けるかもしれない)

 

 常に圧倒的な差によって勝利を重ねてきたロイが口にするその直感の重みは余人が考えているよりも遥かに大きな意味を持っている。これまで決して己の敗北を考えることのなかった男が抱く敗北の感覚は、確かな足跡を響かせながら近づいてくる。

 

――王都ルプス・コローナ・スラム――

「っっ、ぐぅぅ、があああ」

「うおおおおおおおおお!!」

 

 裂ぱくの気合を叫びとして轟かせながら、レイジが402号に対して猛攻を続けていく。ここまでほとんど無抵抗で攻撃を受けていたレイジの全身は血にまみれ、追い込まれているのはその様子だけを見ればレイジである。

 

 しかし、その反面、今のレイジは全身から力が漲っているように思えた。レイジの決意を後押しするように、お前は間違っていないと告げてくれているかのように。全身の魔術回路が励起し、七星の力を解放した時と同じ感覚をレイジは抱いていた。

 

(何が本当の意味で正しいのかなんてことは俺には分からない。俺に出来ることは貫くことだけだ。俺が七星を滅ぼす存在として生み出されたのなら、俺はその役目を全うする。その先に得られるものが何もなかったとしても、それが俺を都合よく動かすために与えられた命令であったとしても、七星に対するこの怒りこそがレイジ・オブ・ダストたらしめている感情なんだから!!)

 

 迷う必要など最初からなかった。たとえ偽りの感情であったとしても、それを知ったうえでレイジは七星と戦う気持ちに微塵もブレが無かった。星灰狼と言う存在を許しておけない、同じような悲劇を二度と起こさせないために、戦うことに命を費やす。その果てにどんな結末を迎えるとしても、レイジはその総てを許容する覚悟だった。

 

 何も持っていないのなら、何も失うことはない。何も持ち合わせていないのなら、どんなルールにも縛られない。

 

 その導火線に火をつけてくれたのは、今もなお、灰狼の呪いに囚われ続けている402の姿があったからだ。灰狼が402に口にした約束を本当に守るつもりなのかはわからない。彼なりの誠実さで本当に守るつもりでいるのかもしれないが、守ろうが破ろうが、彼の人生の総ては灰狼によって支配されているに等しい。

 

 それでいいのか? 本当に許せるのか? 大切な人を奪われて、自分の記憶を好き放題に弄繰り回されて、挙句の果てに戦う道具として使われてきた。どれか一つだけでも許しがたいことであるというのに。

 

(ああ、分かるよ。それでも、お前は従うしかなかったんだろ。何も力がないお前には他に彼女を救う手だてが見つからなかった。今までの俺ならきっと否定していた。でも、今は理解できる。お前はお前なりに戦っていたんだって言うことを。必死に、自分の出来る範囲で手を伸ばそうとしていたんだってことを。だけど、それでも俺はお前を否定する。星灰狼の鳥かごの中で与えられる幸福に救いなんてあるはずがない……!)

 

 自分は灰狼の下に辿り着かなければならない。ここで402号に負けるわけにはいかないし、この後に402を待ち受けている運命が幸福であるとは思えない。わらにもすがるように伸ばされた蜘蛛の糸を辿った先が地獄ではないと誰が証明することができるのか。

 

「ふ、ざっけんじゃない、ぞぉぉぉ!!」

「ぐっっ!!」

 

 だが、レイジの大剣が押し負ける。執念と憎悪だけで402号はレイジの攻撃を逆に弾いて見せる。

 

「お前はいつもいつも、そうやって、俺の邪魔ばかりをしてくる。いいじゃないか、勝手にさせてくれよ、俺の人生なんだ! もう何もかもを失って、それでも必死に生き足掻いてきたんだよ、もう楽になってもいいじゃないか。どうして、どうしてお前は最後まで俺の邪魔をしてくるんだ!!」

「お前が……、まだ胸の中にくすぶり続ける怒りを持っているからだよ……!」

 

「そんなものは―――」

「ないとは言わせない。あの日の無念を、お前はずっと覚えている。だってそうだ、それほどの記憶だったから、俺は七星を倒さなければいけないって思った。お前が否定しても俺は間違っていないと言える。この世界でただ一人、お前の記憶を知っている俺だけは、お前の心から怒りの炎が消えることはないことを知っている!!」

 

 生半可な記憶であったとすれば、レイジをここまで怒りの戦士へと変えることは出来なかっただろう。今でも七星への怒りを抱き続けることが出来ていることこそが、何よりの証拠だ。

 

「力がないから、倒せないから、だから星灰狼に従おうとしているだけだろ。だから、俺がいるんだ! お前の怒りをアイツにぶつけるために、踏みにじられたすべての怒りを叩きつけるために。その為に俺はいる!だから、そこを退けよ! 俺はあいつに、星灰狼に会わなければならない!」

「できるはずがない、あいつに良いように使われているだけだったお前に、アイツを倒すなんてことができるはずがない!」

 

「今までならできなかった。だが今は……出来ると言える。その確信を持つことが出来ている。奴の世界征服の野望を阻むことこそが、俺がここに存在している理由だ!」

 

 レイジの言葉を聞くたびに胸の中がざわついていく。どうしてか、自分自身が情けなくなっていく。本当は彼のように生きたかった。自分たちの運命を捻じ曲げた相手を許さずに、立ち向かうだけの勇気と力が自分にあれば、こんな風に捻じ曲がった行動をしなくて済んだはずなのに。

 

 レイジを許せなかった。自分にはできない戦いをできる彼が許せなかった。自分ではなく彼の隣にターニャがいることが許せなかった。自分にその資格がないことはわかっていたはずなのに怒りの感情だけは一人前に持っていた。

 

 だけど、どれだけ憤っても、どれだけ逆立ちをしても、彼はレイジに追いつけない。才能がない。力がない。そもそも、ただの巻き込まれただけの被害者にそこまで求めることができるはずもない。

 

 彼は彼なりに足掻いた。憎悪を抱いても、それを帳消しにしてでも、ターニャを救おうとした。その想いはレイジも理解している。彼らは同じ記憶を共有し、根底には同じ思いを抱いているのだから。どれだけレイジの七星への復讐心が灰狼によって増幅されたものであったとしても、復讐心が存在しなければその感情を増幅することはできない。

 

「だから、お前の怒りは、お前の憎悪は、お前の復讐は―――俺がアイツらに叩き付ける。お前に出来なかったことを、お前の代わりに俺が叩き付けてやる!! それがお前の代わりに戦うことを役目とされた俺なりのケジメだ!!」

 

 402号に対してレイジが出来ることは少ない。それこそ、憂さ晴らしに命を落とすことくらいしかレイジには思いつかなかった。起こった事実を変えることはできない。どんなに必死に贖おうとしたって限界があるから、彼に対してできることはほとんどないと思っていたのだ。

 

 だが、今はその考えをひっくり返した。できることはある。彼にはできずに自分にはできることがある。それを自覚したからこそ、レイジは止まらない。この刃は自分にとっての贖罪の刃であり、悲劇を食い止めるための刃であるのだと。

 

「―――――ッッッ!!」

「だから、終わりにするぞ、ここで俺達が戦いあっていることこそが、あいつらにとって一番笑っていられることなんだから」

 

 圧が強まっていく、レイジの大剣が402号の大剣を押し上げていき、次々と連撃が飛び込んでくる。必死の防御、しかし、騎士として鍛え上げていたヨハンすらも凌駕した今のレイジに、碌な戦闘経験もない402号では相手にならないことは明らかだった。

 

 あくまでも、レイジの弱みにつけ込んだ形で命を奪うことを目的に放り込まれた以上、ここが限界であると桜華もジェルメも理解した。

 

「あれ、もうダメそうね」

「そうね、どういう形で決着するのかと思ったけれど、ふふ、これはこれで兄様は満足されるでしょう。自分が生み出した敵役が、成長を果たして自分に刃を突きつけてくる。それでこそ、命を奪う価値があるというものです」

 

「はぁ、そうかい、あんたは相変わらず桜雅にゾッコンだねぇ。だけど、我らが王の覇道の邪魔をしかねない存在がいるのなら、私はソイツを処理しなくちゃならない」

 

 桜華はレイジの奮闘を称えるが、ジェルメはそうではない。彼女にとって必要なことは侵略王の勝利、レイジとアヴェンジャーに侵略王が敗北することなど微塵も考えていないが、可能性が一欠けらでも存在しているのであれば、排除しておく方が安全だ。

 

 戦場に置いて絶対はない。いかに絶対的であった侵略王の軍勢であっても、何度かの敗北を喫したように、絶対に勝利できる戦場などないのだから、面倒な要素は排除しておくに限る。たとえそれが侵略王や灰狼の不興を買うことになろうとも、それを実行するのが自分の役目であるとジェルメは知っている。

 

「悪いね、桜華――――今のアイツならあっさりと殺せる。アヴェンジャーが気づく前に致命傷を」

「―――――させるわけがないだろうが、邪魔するんじゃねぇよ、男の戦いを」

「がっ、あがががぎぃぃぃぃぃぃ」

 

 動きだそうとしたアサシン:ジェルメの頭を鋼鉄の腕が握り、まるで万力のような力で頭蓋後継を圧迫していく。それが誰の腕であるのかなど、聞くまでもないだろう。

 

「不意打ちだなんて恨むんじゃねぇぞ? 先に手を出してきたのはお前さんたちなんだからよ」

 

 フラフラと立ちあがり、胸からは血を流す。鬼気迫る表情で必死に自分の死を先延ばしにしながら、アーク・ザ・フルドライブは立ち上がり。レイジと402の戦いを邪魔しようとする不埒物の邪魔をしたのであった。

 

「ばがなぁぁぁぁぁ、あんだはあだじがかくじづにご、ごろじだはずじがぎぃぃぃぃぃ」

「ああ、油断しちまったし、殺されたに等しいが……ま、俺は生き汚いからよ、もう少しだけ足掻くことにしたのさ。まだ大事なことを何一つできていないから、なっ!」

 

「んぎぃぃぃぃぃぃぃ、も、もうじわけあり、まぜ、じ、じんりゃ、お、ぼほぉぉぉ!!」

 

 まさしく万力で握りつぶすように頭が鋼鉄の拳によって粉砕され、四駿が一人、ジェルメは呆気なくこの世界より消失した。なりふり構わない戦いをすれば、これほどの実力を発揮することができると証明をしてみせたのだ。

 

「あらあら、ジェルメったら、あっさりと負けてしまったわね」

「次はお前さんが相手をするのか?」

 

「いいえ、今の貴方と戦っても仕方がないでしょう? 私の目的は最初からあの二人の戦いを見届けに来ただけ。兄様や王の目論みがどれであれ、ね。だから、安心して、英霊ノア。私は貴方に手を出さない。手を出さなくても、貴方はもう終わりだもの」

「ちっ、可愛げのない女だな」

 

 仲間であるはずのジュルメがアークによってあっさりと粉砕されたにもかかわらず桜華は眉一つ動かさずに冷静な態度を取り続ける。彼女にとっては仲間の死よりもこの場の趨勢の方が気になっている様子だった。

 

「あちらもそろそろ決着がつくようね」

 

 桜華が口にしたように、レイジと402の戦いは既にレイジが402を押し込み続ける一方的なモノとなっていた。結局の所は蓋を開ければこの結末になる。どれだけ足掻いたところで、どれだけ夢を見たところで、彼に与えられる結末はこの程度のモノでしかないと突きつけられるようだった。

 

(分かっている、分かっているんだよ。俺がいいように使われているなんてこと、星灰狼は約束を守るつもりが本当にあるのかもわからないなんてこと、俺は奴らにとって使い捨ての駒だ。生きようが死のうがどうでもいいと思われているなんてこと。

それでも、それでも、足掻くしかないだろう。彼女を救うと決めたんだ。なのに、俺はお前のように立ち向かうことはできない。お前の存在よりも、俺は俺の弱さが恨めしい……!)

 

 弱者は強者によって一瞬で全てを奪われる。奪われ、涙して、そして逆らわないところこそが賢い生き方であると言われて、諦めの態度を浮かべる。

 

 確かにそれは賢い生き方なんだろう、無駄に自分の命を散らす必要なんてない。でも、それなら、弱者に挽回の機会は与えられないのか。弱者にはただ嘆くことしか許されないのか。この怒りを胸に押し込め続けることしかできないのか……!

 

「俺は―――お前が憎らしくて、同時に羨ましかった」

 

 戦える彼が羨ましかった。彼女の支えになれる彼が羨ましかった。どうして、自分があそこに立っていないのかと何度も何度も自分を責めた。どうしようもない現実であることを思い知らされて、この戦いを通して、ああ、やっぱり、自分は最後までダメな奴だったなと痛感させられる。

 

「安心しろ―――お前の無念は、俺が受け取る。受け取って、アイツらに叩き付けてやる」

「そうか――――それならお前が先に進め」

 

 ズシャリと大剣の刃が402号の身体を切り裂く。鮮血が迸り、レイジに返り血が降り注ぐ。それでも、レイジはそこから一切。目を離さない。もう一人の自分にして、自分が犠牲にしてしまった少年の姿から目を離さない。

 

「俺は……弱かった。勝ち取りたいものもない、無力なただのバカになってしまった。でも、お前は違った。お前は、総てを知っても自分自身で選んだんだ。何も報われなくてもアイツらへの復讐をするんだって」

 

「俺には……それしかない」

「それで、いいじゃないか。総て諦めてしまったバカよりよほどいい。お前はそれでいいんだよ……」

 

 自分に出来ないことを誰かに託す、そんな情けない結末にしか結局辿り着くことは出来なかったけれど、なんだかようやく憑き物を落すことが出来たように思えた。

 

 思い返してみれば、どうしてこんなことを続けてきたのかもわからない。真に立ち向かうべき敵は、あまりにも明白であったというのに。星灰狼に人生を歪められた者同士で争うなんて、連中にとってはこれ以上ないくらいに喜劇でしかなかったというのに。

 

「俺は―――誰かの想いを背負う器だ。お前の想いも連れていく。だから、安心しろ。その無念も怒りも全て星灰狼に叩き付けてやる」

「ああ、そうしてくれ。それなら、安心して……逝ける」

 

 視界が薄れていく、意識がゆらめていく。ああ、自分は死ぬんだなと他人事のように実感して、実験体402号と呼ばれた少年が瞼を閉じ、意識が闇の中へと消えようとする間際、

 

「――――アレクセイ」

「ター、ニャ……?」

「もうさっきからずっと名前を呼び続けているのに、貴方ったら、ずっと気づいてくれないんだもの。眠ってしまっているのかと思ったわ」

 

 自分の目の前に彼女がいる、七星桜華ではなく本当の意味でのターニャ・ズヴィズダーがいる。どういう原理だとか、これは幻覚なのかとかそんなことは考えられなかった。顔を合わせた瞬間に、402号……いいや、アレクセイと呼ばれた少年は涙を流していた。

 

「もういきなりどうしたの? 男の子なんだから勝手に泣いちゃダメじゃない。ほら、行こ!」

 

「行くってどこに?」

「みんなのところ!」

 

 ターニャが指を差す方向から喧騒の声が聞こえてくる。その声は彼にとっては聞き覚えのある声だ。ああ、そうだ、暮らしていた村の喧騒の声、大して何もない村だったけれど、毎日が暖かかった。あの村の声がする。

 

 その聞き慣れた声に感動すらも覚えたアレクセイにターニャは手を掴んで一歩を踏み出す。さぁ、行こうと歩きだし、そして少年も足を進めていく。

 

 もう既に失ってしまったはずの場所に向かって二人は足を進めていく。それこそが自分たちの望んでいた結末であると思うからこそ、歩き続ける足が止まることはなかった。

 

 冷たい現実の世界よりもなお暖かい幻想の世界の中へと苦しみ続けた二人はようやく安らぐことができる場所を見つけて、安堵して終わりを迎えたのであった。

 

 パラパラと402号の身体が消失していく。身体を弄られ続けた彼には今更、まともな死を迎えるはずもないと言わんばかりに、消えていく少年の痕跡すらも残らない。

 

 もっとも、その人生の最後に見せた反応は彼にとっても全く望んでいない光景ではなかったのかもしれないが。

 

「何をしたの?」

「俺の宝具には人々を心安らかになる楽園へと連れていくと言う力がある。救済を求める彼らの心が俺の宝具に反応して、最後の夢を見せてくれたんだろうさ。アンタの中の彼女もすっかり消えてしまっているんじゃないか?」

「………、確かに。大して気にかけているつもりもなかったんだけど、こうして自分の中に存在していた者が消えてしまうと、少なからずの喪失感を覚えるのね」

 

 アークの言葉を聞いて、桜華は自分の中に確かに存在していたターニャの感覚が消失していることに気付いた。まるで、402号と一緒に消え去ってしまったかのように。身体の持ち主である桜華をして、突然いなくなっていたと言わせるのだから、アークが口にした宝具によって焼失したという話もまったくありえない話であるとは思えない。

 

 それを自分なりに噛み砕いたうえで、桜華は踵を返し、レイジとアークのことなどもはやどうでもいいとばかりに帰還の態度を取る。

 

「いいのかよ、戦わないで」

「言ったでしょう。私の目的はこの場の戦いを見届けることだって。私以外の全員がいなくなってしまったのだから、これで私の観戦も終わり。遠坂桜子に伝えておいて。貴女と決着をつける時を楽しみにしているって。じゃあね」

 

 この場には自分を楽しませてくれる相手がいない、暗にそうほのめかして、ターニャの精神が消滅したことで完全に肉体を自分のモノにした桜華はレイジたちの下から姿を消したのであった。

 

 追うという選択肢は確かにあった。しかし、自分たちの有り様を考えればここで追撃をしている余裕などないし、それよりもやるべきことがあることをアークは理解している。

 

 身体はフラつくが、そんなことは気にせずに、レイジの下へと近づいていく。

 

「よぉ、いい啖呵だったぜ、胸が震えた。おかげで首の皮一枚繋がった。お前の叫びが無ければ、あのまま消えていたかもしれねぇ」

「アーク、お前は……」

 

「ああ、悪いが、そう長くはない。だから、やれるだけのことはやっておこうと思う。ロイやルシアたちがキャスター陣営と正門前で戦っている。いけるよな、レイジ?」

「………ああ、連れて行ってくれ」

 

 アークはクスリと笑う。覚悟を決めた人間は一回りも二回りも大きくなる。ほんの短い時間であった。けれど、叩きのめされ、現実の重さに耐えて、そうしてもう一度顔を上げるようになったレイジの表情は、もう立派な大人の顔だ。

 

 今更、アークが大人のおせっかいを掛ける必要などない。男の表情になった少年に余計な言葉を投げかけるなんてことは無粋以外の何者でもないのだから。

 

「アーク……、ありがとう。アンタの言葉がギリギリのところで俺を踏み止まらせてくれた。俺達のここまで来るまでの時間にも意味はあったと今は認めることができる」

 

「はッ、随分と素直になりやがったじゃねぇか。だが、それは俺じゃなく、あいつらに聞かせてやるんだな。急ごうぜ、互いに時間がそう多くはないだろう?」

「ああ……」

 

 こうしてスラムにおける戦いは終わりを迎えた。実験体402号、そしてターニャ・ズヴィズダーはアークの持ち得る宝具によって、ようやく解放され、ほんの少しの救いを得ることが出来た。それはアークなりのキュロスに対しての返答であったのかもしれない。

 

 自分の身体の命の灯が消えかかっていることは理解しながらもアークは未だに止まることなくレイジと共に次の戦場へと向かっていく・

 

 レイジを連れ戻して来ると仲間たちに誓った。その誓いを果たさないままに自分が消えるわけにはいかない。残り少ない時間の浪費であると理解しても尚、止まらない。最後まで燃やし続けるだけだった。それはレイジも変わらない。彼にとっても戦い続けることは魂の燃焼だ。弄繰り回され、先進すらも剥離しかけていた肉体の強度は決して長続きはしない。終わりの時は確実に近づいている。

 

 けれど、それをレイジは怖れない。怖れるとすれば、目的を遂げることができないままに終わってしまうことだけだ。だからこそ、駆け抜ける。死神の足音を振り払って、目的の場所へと辿り着くことができるように……

 

――王都ルプス・コローナ正門前――」

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 肩で息を吐く。自分の身体が重いと感じる。徐々に近づいてくる死神の足音を聞きながら、それを払いのけるために全身に力を込めている。自分がここまで追い詰められていることに信じられないという思いを抱きつつも、ロイはそのからくりがようやく見えてきたように思えた。

 

 違和感は最初からあった。カシムが肉弾戦を仕掛けたことに対して同じように対応をしたロイだが、どうにもうまく動きを合わせることが出来なかった。それはカシムの鋼鉄の肉体に自分自身の身体が流体魔術をかけているとはいえ、対応しきれていないのではないかと思っていたが、それはまったくもって、ロイの見込み違いであったと言わざるを得ない。

 

「ようやく分かったぞ、この身体の不調の正体が……、その背中らから放たれている霧のようなもの、それは――――七星の魔力だな」

「然りっっ!!」

 

 物言わぬモノアイヘルメットを被っているカシムだが、この瞬間だけは大きな笑みを浮かべている様がロイにも想像できた。種明かしをされたにもかかわらず、カシムは嬉々とした声を上げる。

 

「ロイ・エーデルフェルト、貴様は最強だ、誰が見ても同じようにそう答えるだろう。二度の交戦を得て理解した。貴様が十全に闘える限り、誰であろうとも貴様を越えることはできない。それを認めることが己の第一の課題であった」

 

 七星最強の魔術師を目指す最中で、ロイを最強であると認めざるを得ないこと、それがどれ程の屈辱であったかは筆舌に尽くしがたい。しかし、彼は認め、その対策を練った。徹底的に考え抜いた結果として彼はその十全な状況を生み出さないことを以て、ロイを封じることを画策した。

 

「まずは己自身の強化であった。流体魔術に対するコーティング、この身に七星の魔力を付帯させ、貴様の攻撃を堰き止める。しかし、これは貴様が言ったように応急処置に過ぎなかった。

己が求めた結論がこれだ。貴様との戦闘領域内に七星の魔力を散布し、貴様の魔術発動を強制的に無力化させる。七星の魔力は魔術師が放つ力からでなければ放てず、それが故に魔術師たちは如何に七星の攻撃を受けないかに腐心してきた。

かつての祖先たちは七星の戦い方を改良することで七星の強さを磨いてきたが、己は違う。そもそも、土台を崩してしまえばいい。七星の魔力で空間を埋め尽くしてしまえば、魔術師は無力だ。己に勝てる者は存在しない」

 

 事実として今のロイはカシムが言うように、限りなく自分の力を制限されている。時間が経過すればするほどに使用できる魔力の総量が減っていき、肉体強化に使っていた流体魔術もほとんどが無力化されている状態、その上で鋼鉄の塊ともいえるカシムとの戦闘を強いられているのだ。

 

 余裕の表情など最早浮かべられない。致死の一撃ともなりえる拳と蹴りを何とか避け続けることだけに集中せざるを得ず、死が自分の隣にまで迫っていることを痛感させられる。

 

(参ったな、極限状態での戦いと言うのがここまで精神的に来るとは、改めて自分の才能というものを思い知らされるが……)

 

 蜘蛛の巣に絡め取られた獲物になってしまった気分だ。そしてカシムは絶対にロイをこの場から逃がすつもりはない。サーヴァントを使って逃げようとするのならばキャスターが全力で止めるだろう。そして、このまま戦い続けたとしても、おそらくロイは逆立ちしても、カシムに勝つことはできない。

 

 魔術師が魔術を封じられることは致命的だ。戦う術の総てを失ってしまう。カシムはロイとの決戦に必勝を期して臨んでくるであろうことは予測できたが、まさか根本から絶たれてしまうとはと、ロイは対ロすらも奪われたことに自嘲する。

 

「まだ戦うか?」

「種明かし程度で諦めろと? まさか、セイバーもルシアも戦っている。俺も最後まで戦うさ。例え、勝ちの目が一つもなかったとしても」

 

 初めてである、ここまで勝てないと思える戦いは。秋津の聖杯戦争ですらも此処まで追い込まれたことはない。間違いなくカシム・ナジェムはロイ・エーデルフェルトの人生で最強の敵として君臨している。

 

 だが、諦めない。諦めるわけにはいかない。強大な敵を相手に何度も何度も立ち上がってきた者たちを知っているからこそ、ここで終わることは許せない。

 

「最後までやるぞ、簡単に最強を手に出来ると思うな」

「無論、貴様の死を以て己の最強は完成する」

 

第21話「敗北の少年」――――了

 

 ――ぼくは今日もまだ生きていくよ。優しい君の記憶を抱いて、失くした分だけ拾い集めてく。海の向こう 星が降る日に全て託して。

 

次回―――第22話「星の降るユメ」

 




次回は4日後、21日の更新となります「

【CLASS】キャスター

【マスター】カシム・ナジェム

【真名】ヘルメス・トリスメギストス

【性別】女性

【身長・体重】175cm/60kg

【属性】秩序・中庸

【ステータス】

 筋力E 耐久D 敏捷E

 魔力EX 幸運C 宝具A++

【クラス別スキル】

陣地作成:A
魔術として、自らに有利な陣地を作り上げる。
神殿”を上回る“大神殿”を形成することが可能。

道具作成:EX
魔力を帯びた器具を作成できる。
“エリクサ―”“ホムンクルス”さらに“賢者の石”ですら製作可能。

【固有スキル】

錬金術:EX
人間が神の領域に到達することを目指す魔術の祖。
錬金術師の始祖であり守護神であるキャスターは錬金術の奥義を極め尽くしている。

神性:A+ 
神霊適性を持つかどうか。高いほどより物質的な神霊との混血とされる。古代エジプトの知恵の神トト、そして古代ギリシャの冥界の神ヘルメスと同一視されている。
あまりに高い神霊適性を持つキャスターは、もはや英霊というより神霊に近い。

高速神言:A
呪文・魔術回路との接続をせずとも魔術を発動させられる。大魔術であろうとも一工程で起動させられる。

無窮の叡知:EX
この世のあらゆる知識から算出される正体看破能力。使用者の知識次第で知りたい事柄を瞬時に叩きだせる。知恵を司る神と同一視され、古代の神秘的錬金術師達の中でも別格の存在として認知されているキャスターの知性は計り知れない。

【宝具】
『我が叡知記す翠玉板(エメラルド・タブレット)』
ランク:A 種別:対自宝具 
世界最古の錬金術師ヘルメス・トリスメギストスがその奥義の全てを数十行の寓意にまとめ、書き記したエメラルドの板。
 自身の肉体に錬金術の極意を刻み込み、己の肉体を想うがままに改編することができる。キャスターはこの宝具による能力で自身の肉体を強化することで、攻防一体の戦闘力を引き出すことができる。
 もっとも、それはあくまでも力の一端に過ぎず、この宝具は己の肉体或いは世界を改変することにこそ、その真価があると言えよう。
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