Fate/Stardust Vendetta―星屑の復讐僤―― 作:ソクリ
――暗殺一族七星、その末席に生まれた時、己の両親は心底嘆いたという。魔術回路を見て、自分たちの産んだ子供の才能のなさに、いよいよ自分たちの家系の命脈は絶たれたのだと、神に嘆きの声を漏らしたのだと聞かされた。
ナジェム家は中東における七星の血を引く暗殺一族であった。過去にもこの地にはアサシン教団なるものが存在し、時の支配者たちへと大きな影響力を与えていた。
アサシン教団自体の影響力が薄れる中で、我らナジェム家は権力者たちの抱える暗殺者として命脈を繋げていった。そうした意味では、日本における七星とさして変わりはない。灰狼の星家やヴィンセントのステッラファミリーがやはり権力者と癒着し、その命脈を保ってきたのも同様だ。どうやら七星と呼ばれる我々はその血が為せる技なのか、同じような方法で今日に至るまでその命脈を繋いできた。
しかして、その繋いできた命脈もいよいよ立たれる時が来たかもしれないという話が浮かんだ。それこそが己の才覚の無さ、ナジェム家に生まれた時から己は落第の烙印を押されてきた。魔術回路の質は悪く、身体も丈夫ではなかったことから、七星の魔術師としては平均以下、むしろ、大成できるのかすらも怪しいとさえ言われるほどであった。
その代償と言うべきか、知能面においてはずば抜けたものがあった。歴代の大陸に渡った七星の中でも、己の頭脳に匹敵する者は数えるほどしかいない。
両親も一族も何故その才覚が魔術師として宿らなかったのかとたいそう嘆いた。自分が失敗作であったことに気付くのに早々時間はかからなかった。
なるほど、どうやら自分は才能がない。そして才能がない存在は生まれた瞬間から祝福などされない。生まれた時から才能を持ち合わせ祝福されていたであろう七星散華とは根本的に違う。己には理解できない。宗家の才能を受け継ぎながらも、七星の魔術師であることを一度は拒絶したその思考が理解できない。
才覚を持ち合わせ、誰からも祝福されている。それは幸福な人生ではなかったのか。
諦めるという選択肢もあった。暗殺一族としての己ではなく只人として生きることを選択する。それもまた一つの人生であると己の思考は理解が出来ていた。
しかし、己はその生き方を蹴った。愚かしい、そんな負け犬の生き方を認めるわけにはいかない。己には頭脳がある、知識がある、であれば、己にこの知識と頭脳が与えられたのは才覚などなかったとしても、己がそれを巻き返すことができると証明するためであろうと理解した。
方針が決まれば後は動くだけのこと、己の知識を総動員して、己は魔術師としての己の底上げを図った。才能なくとも努力によって人は高みへと昇ることができる。その努力の最大効率と最短の経路を見つけ出すことが出来れば、理論上、己は才覚ある者たちへと追いつくことができる。あるいは、抜き去ることができるかもしれない。
来る日も来る日も研究を続けてきた。己の肉体と言う最も身近であり、最もままならぬものを点検するように研究しつくし、そこで理解する。
才能を持ち合わせている者に対して、努力だけで追いつくことは不可能であると。それを理解した時に己の足元は崩れかけた。長い時間をかけてきた。他の生き方を捨てて、ただ七星における最強の存在になることだけを求めて研鑽と研究をしつくし、その果てに限界を理解させられた。
現実とは実に残酷である。己が追い求めた果ては理想でしかなかったことを痛感させられ、道先を見失った。己の肉体には限界があり、そして老いもやってくる。老いれば、後は腐り果てるだけ、己の失敗作としか言いようがない魔術回路では子を為したところでどれほど魔術回路が受け継がれるのかもわからない。
肉の身体では追いつくことができない……いや、であれば、肉の身体でなければ……?
そう考えた瞬間、全身に電流が走った。何を固定観念にハマっていたのか、答えはあっさりと決まった。この肉体を最強へと作りかえればいい。努力では才能に追いつくことはできない。それを否定するために己は研鑽を続けてきた。
であれば、最後までその道を信じようではないか。この時間に意味はあったのだと、己は最強になることでようやく証明できる。その証明が果たせるのならば、己の肉体など不要、そう決断すると行動はあっさりと決まった。
残すところはイメージである。己が最強になるために目指すべき目標、或いは超えるべき目標を設定しなければならない。その相手を越えるために何をすれば最強になることができるのか、そのアプローチこそが意味を持つ。
ロイ・エーデルフェルト、才能の極致、日本で行われた聖杯戦争の勝者、およそ現代魔術師でもトップクラスの才覚を持ち合わせる者。
生まれた時から才能に見放されていた自分にとって、これほど最適な目標とするべき存在はいない。もしも、己が作り上げた肉体が、己が生み出した至高の作品が、才覚によって、魔術師の頂点に立たんとする者を越えることが出来たのであれば、己の人生はそこでようやく報われる。生まれた瞬間から与えられた呪いを克服することができる。
そのためにあらゆるものを巻き込んだ。他の連中の思惑などどうでもいい、己にはおよそ関係のないことだ。好きにしろ、聖杯でも何でも持っていくがいい。己はこの人生の命題を懸けた戦いに勝利することが出来ればいい。
一度目の戦い、敗北は覚悟していたが思った以上の差を付けられた。
二度目の戦い、応急処置などと言われるように焦りすぎていた。
そして今―――三度目の戦い、ロイ・エーデルフェルトは才能だけに胡坐をかいた存在である。故にこそ、才能を遺憾なく発揮するための魔力を潰してしまえばもはや闘うことはできない。
「魔力が無ければ、魔術師たちは何もできない。貴様たちはこの世界に魔力が存在することを前提にしている。その前提が崩れればどうだ? こんなにもあっさりと勝負がついてしまう」
「逆だろう? その前提を失くさなければ、勝てないことを認めたってことだ」
「然りだ、だが、それこそが七星の法理。我々は魔術師の前提を壊し、魔術師を殺すために発展してきた一族、己はただそれを拡張したに過ぎない」
七星の魔術は相手の魔術を阻害する。魔術回路の機能を阻害する毒の如き力を発揮することこそが、七星の魔術師の特徴だ。これまで連綿と受け継がれてきた七星の血こそが彼らにとっての大きな利点であるように捉えられてきたが、カシムはそのような七星の血に祝福されてはいない。むしろ、どちらかといえばヨハンやヴィンセント側の人間であると言えよう。だからこそ、彼は七星の魔術による魔力阻害へと着目した。
例え、七星の血を活用する才覚がなかったとしても、七星の魔力を潤沢に使うことができる状況を自ら生み出すことが出来れば結果的に相手の戦い方を破壊することができる。
その結果が目の前の状況である、ロイ・エーデルフェルトは流体魔術を扱えず、肉弾戦では魔術のバックアップ無しでは、絶対に鋼鉄の肉体を持つカシムに抗うことはできない。
どれほど憎まれ口や挑発をロイが口にしたところでその結果は変わらない。三度目の正直と言うわけではないが、カシムは遂にロイに勝利をしたのだ。
「ふむふむ、良きかな、我が主も宿願を果たすことが出来て喜んでおるじゃろう。素晴らしきかな、人が見果てぬ夢を達成することが出来た時ほど美しい瞬間はない。そこに己の人生の総てを捧げていたとなればそれこそ格別よ。
なぁ、お前もそうは思わんか? 導き星なのであろう、そなたらは?」
「がっ、ああああああああああ」
ロイがカシムによって追い込まれているころ、キャスターとセイバーの戦いも優勢劣勢が決まりつつあった。キャスターは魔術師のサーヴァントであることが嘘のように、ポルクスの首根っこを掴み締め上げ、足下で倒れるカストロを踏みつけている。
宝具解放による肉体強化によって、ディオスクロイの動きを視認することができるようになったキャスターは高速で動き回るセイバーを相手に対応し始め、遂にセイバーを捕捉し、こうして、制圧することに成功した。
「そなたらの奮闘も中々のモノであったぞ? 妾も少しばかりは肝を冷やしたものだ。喜べよ、このヘルメスが予想もできないような戦い方をされたのじゃからな」
「きさまぁぁぁ、ポルクスを離せ!」
「カカカ、離してほしくば自分で何とかするのだな」
興が乗っている様にキャスターは面白がりながらポルクスを解放するよう声を上げるカストロを挑発する。先ほどまでは魔術の技やあらゆる攻撃方法を掻い潜って肉弾戦等に持ち込むことが出来れば、勝利が出来るという希望を持ち合わせていた。しかし、ふたを開けてみれば、肉弾戦であったとしても、キャスターは圧倒的だ。
(無理だ……勝てない、僅かな希望だった、攻撃を全て掻い潜っての破れかぶれの攻撃さえも、あいつに真正面から上回られるなんて……、付け入る隙がまるでない……)
「何だ、そんな諦めたような表情をしてくれるな。妾とてあらゆる意味での無敵と言うわけではないぞ。宝具を展開している最中は自身の肉体の底上げは出来るが、その代わりに、魔力をそちらに持っていかれるのでな、中々錬金術の展開までは出来ん。無理矢理にやればできなくもないが、そうなれば、主への負担も大きくなるからのぉ。どうじゃ? やる気が出て来たか? 攻略法だけ聞いたところで、自分自身にそれを実行する能力がなければ意味もなかったかのぅ」
「バカにしてぇ……!!」
ルシアは身体に力を込めて何とか立ち上がる。二挺拳銃の銃弾を放ち、キャスターが銃弾を指で弾くと、意識が逸れたからなのか、そこでようやくカストロがキャスターの足を振り払い、脱出、ポルクスを拘束している腕を捩じりきるようにして、無理矢理ポルクスを救いだす。
「げほっ、ごほっ、兄様……!」
「無事か、ポルクス!」
「この程度、なんでもありません。心配を掛けさせてしまいました、ごめんなさい兄様」
再びポルクスが光の剣を掲げる。しかし、状況を楽観視することはできない。先ほどまでのように光速移動にキャスターがついてくることが出来ないのであれば戦いようは幾らでもあったが、今はそれすらも順応してきている。
全く戦えないわけではない、むしろ、ディオスクロイ兄妹が戦っているからこそ、いまだにキャスターを留めておくことが出来ている解釈することもできる。
(ジリ貧だね、一つ一つ、戦うための方法を潰されて、そして絶望した時には命を奪われる。私達が必死に足搔いている間は生かしてくれても、戦う気力を失ってしまったら、コイツは間違いなく興味を失くして命を奪おうとしてくる……)
ファブニールの加護によって不死身となっているにもかかわらず、ルシアは自分のすぐそばに死が近づいていることを実感する。戯れを求めている相手に生殺与奪を握られており、セイバー以上に自分は不死の力を喪えば、あっさりと命を落とすであろうことは目に見えている。
(これまでに何度も何度も死ぬような思いをしてきた。別に死ぬのが怖くないかって言えば嘘になるけどさ、でも、命を懸けなきゃこの状況は変わらない)
ロイとカシムの戦闘は、信じがたいことだが、カシムの優勢で状況が進んでいる。認めたくないことだが、このままいけばロイが敗北し、カシムは積年の宿願を果たすことになるだろう。
(その時にコイツが満足して諦める、なんてことはないよね。その勢いのままに私らも皆殺しにされる。要するに、こっちの戦いは暇つぶし、ロイが負けるまでは相手をしてあげるけど、そうでなくなったらってこと……悪いけど、ロイ、あんたの予想は半分正しくて半分間違っていたよ。アンタが負けたところで、こいつが満足するはずがない)
ふと、この戦いが始まる前にロイに言われた言葉を思い出す。それはあくまでも机上の空論に過ぎなかったが、ここまでくると真実味を帯びてくる。
「期待しても、仕方がないよね。セイバー、まだヤれるよね?」
「当たり前だ」「勿論です!」
二人が同時に応える。ルシアと違い、二人はサーヴァントであるとはいえ不死身ではない。ここまでに蓄積されたダメージもある。危険な状況であることに変わりはないが……、そもそも、自分の方が例外なのだ。人は誰だって死ぬ。簡単に、道半ばで命を失う。
「正念場だぞ、私……」
この指輪を与えられた意味がこの戦いにあるのだとしたら、逃げるわけにはいかない。この瞬間も戦い続けていることに意味があるはずだから。
・・・
騎士たちと兵士たちの声が響く、怒号が飛ぶ。何があろうとも相手を破壊して吹き飛ばすという意思を互いに見せながら、絶対に退くまいという意思を示し続ける。
「左翼もっと詰めて!! そちらから切り返しに来るわ!」
「リーゼリット様、あんまり無理をしないで。相手の弓隊もこっちを狙っているから! って言ってるところから!」
勇ましきモンゴル兵士たちの攻撃がリゼへと襲い掛かり、桜子が護衛としての役割を果たすために攻撃を凌ぎ続ける。セプテム、しかも王都での戦いであるというのに、桜子とリゼの目の前に広がる大軍勢の姿はどんな映像作品よりもなおすごい。
秋津の聖杯戦争でも、多くの英霊たちとの戦いを目の当たりにしてきたが、それでも、彼らは個人間の理からでの戦いであった。ランサーもライダーも等しく大軍を用いて、大軍を屠るための戦い、なんとか戦いの流れについていくことはできているが、戦場のすべてを見渡すことは桜子にもできない。
あくまでも自分とリゼへと迫ってくる攻撃をせき止めるので精いっぱい、だが、歴戦の英雄ともいえる者たちはこの軍を動かして、勝利を掴みとることができるのかどうかを争っているのだ。
改めて、英霊と呼ばれる存在たちの凄まじさを思い知らされる。その凄まじさは言うまでもなく、自分のサーヴァントであるランサーとスブタイの戦いからも窺い知れる。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ぬんッ!!」
モンゴル騎馬軍団の隙間を翔け、次々と神速の槍捌きをもって敵をなぎ倒していく。スブタイはその兵士たちを使うアドバンテージを活用するが、アステロパイオスを捉えきることはできない。むしろ、兵士たちの行動すらもノイズの一つとしてアステロパイオスは利用しているようにも見える。
「さすがは古代とはいえ、一つの部族を従えた者か」
「貴方こそ、指揮をしているわけでもないというのに、彼らと息を併せて、私を追い詰めようとするとか。そういうの普通に反則だと思うんですけど!」
「同じ時代に、同じ戦場を駆け抜けた者同士であれば、それくらいの行動は造作もない!」
スブタイには派手さはない。侵略王のように多くの兵士たちを従えるカリスマ性を持たず、ただ武骨に己の実力だけで相手を認めさせる存在だ。
それでも、有能である将軍たちがひしめくモンゴル帝国の中で、侵略王の腹心とまで言われるほどの実力者にまでのし上がった事実は、それだけでスブタイが並みの存在ではないことを証明している。侵略王がもう一人いると言っても過言ではない。当人すらも認めるその実力は大人数の戦闘でもあるこの場所においても、まったく変わることがない。
しかし、そんな絶大な戦力であるからこそ、アステロパイオスがここにスブタイを抑えつけていることに意味がある。この場の本命の戦いはあくまでもランサーとライダー、たとえ、どれ程の不利があったとしても、ライダーを倒すことが出来れば、この軍勢もスブタイも全てが消滅する。
それを理解すればこそ、ランサーの怒涛の猛攻は続いていく。白亜の城壁とも呼ぶべきウィリアム・マーシャルが全身全霊をかけて、侵略王へと槍を放ち続け、侵略王はその身を削られながらも、致命傷だけは免れる。
絶妙な戦いだ、ランサーの猛攻を受け、ライダーは確かに対抗することが出来ていない。白兵戦闘であれば、やはりランサーこそが最強、軍勢を率いるという点では後れを取っても、この一対一の状況を作った時点で、ランサーにとっては最大の好機であるといってもいい。
しかし、だがしかし、討ち取ることができない。これまでに数多の英霊を相手に常に互角以上の戦いをしてきたランサーが、全力を出して攻撃をしているにもかかわらず手傷を増やしても倒すことができない。
「焦りを覚えているな、ランサー」
「くっ……まさか……」
「そう落胆することもなかろう。絶大な戦士と戦うことなど、幾度となくあった。長生きをする秘訣はな、死なないことだ。馬鹿げた事実であると思うか? 死なないというのは難しい。戦場に出れば誰もが死ぬ可能性を孕んでいる。その可能性を否定して生き残り続けること、なおかつ、勝利を続けることは決して楽な話しではないぞ。幾多の負けを経験してきた余であるからこそ分かるのだ!!」
「ランサーは強い、単純な武力だけであれば、我らが王を凌ぐだろう。しかし、我らが王はしぶとい、戦場の中に身を投じ、そして命を失う直前まで戦場で戦い続けてきた。だからこそ、戦い、生き残るすべについては誰よりも敏感だ。
生き残ることさえできれば次につながる。己の総てを使って、王は生存と勝利を求め続ける」
あと一歩が届かない。その焦りをランサーへと覚えさせることこそが、侵略王の求める成果だ。正面からの武力で勝てないのであれば策にハメる。力任せの破壊だけを求めているように見えて、蒼き狼は狡猾だ。
「決着を求めるのであれば、ちまちまとした攻撃では余を倒すことは出来んぞ? それ、貴様の持てるすべてを振って余を屠りに来るがいい。先ほどから貴様が一刀を目論んでいることくらいは分かっておるわ」
「その言葉、後悔するなよ、侵略王!!」
告げると同時に、ランサーの愛馬が侵略王の馬へと額から激突し、侵略王の馬がよろける。そこに狙い澄ましたように馬上槍が侵略王の身体へと突き刺さり、動きが鈍る。同時に、ランサーの愛馬は大きくターンをして、ライダーから距離をとると、振り向きざまにランサーの手に黄金の光が握られる。
「我が王よ――――偉大なる獅子心王よ、貴方の力をこの一時、臣下たるウィリアムにお貸し戴く!! どうか、我が手に勝利を!!」
「『
白の槍、その穂先に瞬くのは星の光が如き力、眩き光と共に、周囲を焼き払う光の奔流が押し寄せる。槍から放たれる超高温のビーム兵器とも呼べるものによって、真正面にある者すべては焼き払われる運命に処されるのであった。
それこそが、プランタジネット朝イングランド最高峰の王であるリチャードの聖剣、黄金の光を纏った馬上槍の一閃が、侵略王の身体を呑み込んでいく。
「ぬぐぅぅ、がぁ、ああああああああああああああああああああ!!」
その絶叫は、演技などではありえない。黄金の光に呑み込まれて全身を焼かれ、命が散りゆく絶叫、まさしく断末魔と形容してもおかしくないほどの超高熱エネルギーが侵略王を襲っている。
後悔してももう遅いという言葉はまさしく事実だ。遊び半分でその光を受け止めることがどれほど愚かしいことであったのかを、侵略王はその身で実感する羽目になった。
「王よッッ!!」
「あの光は絶大な一撃、いかに世界最大の帝国の王であったとしても、あの光を受ければ、ただではすみません!」
「否ッッッ!!」
「ぐっ、くぅぅ……!」
侵略王が黄金の光に呑み込まれたことによって意気消沈し、戦う気力を失うのかと思われたスブタイであるが、より力任せの一撃をアステロパイオスへと叩き付け、彼女の身体が後ずさる。
「我らが王はあの程度で敗北することなどありえない。我らが王は、数多の経験総てを糧として、なおも飛翔を続ける。ならば、この程度で我らが王が敗北するはずもなく!」
「――――然り、その通りだ、スブタイ」
スブタイの叫びに呼応するように黄金の光が晴れた先にそれはいた。総てを吹き飛ばすほどの超高エネルギーの熱が全てを覆ったはずであるというのに、侵略王は未だその身体を維持していた。
「見事だ、見事だぞランサーよ。余の耐久力を以てしても、半身総てを吹き飛ばされるほどの威力、くく……この力が無ければ、そのまま消滅している所だったわ」
魔力が一気にライダーの身体へと流れ込んでいき、即座に高速の自己修復が始まっていく。言うまでもなくそれこそが、灰狼によってかき集められ、ライダーの魔力タンクとして繋がれている人造七星による影響であった。たとえ、どれほどのダメージを与えたとしても即席で回復をしてしまう。
組織力、そして数、星灰狼は才覚では散華に勝らないし、頭脳ではカシムに勝らない。七星としての実力とて桜華の方が全てにおいて上である。しかし、それでも彼はこの聖杯戦争の最中では序列一位なのだ。
こと聖杯戦争を勝ち抜くという意味で言えば、彼がかき集めてきた人造七星の力は常軌を逸する。通常の聖杯戦争であれば、ランサーの一撃を受けた侵略王は、既に勝負がついている。
「流石に肝を冷やしましたよ」
「何、我が臣下がせっかく用意した力なのだ。使わなければ勿体なかろう。余は己の力だけで総てを勝ち抜けると考えるほど夢想家ではない。お前たち臣下が世を支えてくれるからこそ、全力を出すことができるのだ」
誇らしげにそう語る侵略王の様子に嘲りや傲慢さは欠片も見えない。歴史に名を刻んだ大英雄であり、悪魔のような男であるが、彼は彼なりに紡いできた絆の力を信じている。それこそが世界最大の帝国を築き上げた男の姿なのだ。
「貴様は何が助けてくれる、ランサー。貴様は強い。だが、強いだけだ。強さだけを寄る辺にするからこそ、貴様は強くあることしかできない。たった一人の強さを求めたことこそが貴様の在り方、この騎士たちも同じだ。奴らは貴様と同じ軍団ではあろうが、仲間ではない。貴様自信に統制が取れていないのがその事実だ。あくまでも借り物の力、有象無象は屠れても余を討つにはあまりにも心もとない」
「どれほど、講釈を垂れたとしても、私は負けない。最後まで足掻き続けて見せよう!」
「そうか、しかしな、先の一撃が貴様の全力であろう。余は臣下たちの力を使ってそれを切り抜けた。ならば、余は余の持ちうる力の総てを使って貴様を屠るのみよ」
「―――――ッ、ランサー後ろッッ!!」
指揮をしていたはずのリゼが叫ぶ、不吉な予感、いいや、騎士たちと視界を共有することで、その異変を察知していたからこそ、彼女は声を上げた。
ランサーの背後、その至近距離にライダーの兵士たちが突如として姿を見せたのだ。
「この世界は余の心象風景、であればこういうこともできる。もっとも、魔力も相応に使うが、灰狼よ、致し方なかろう」
「ええ、それでランサーを倒すことができるのならば」
この時、リゼは叫ぶのではなく令呪を使うべきだった。もっとも、騎士たちの指揮を執って、モンゴル兵たちを押し留めていた彼女にそこまでの芸当ができたのかと言われると怪しい所ではある。
しかし、その少ないリソースを配分するしかなかったことが結果的に明暗を分けた。侵略王との戦いで少なくない消耗をしていたランサーの背後より迫った兵士たちの槍が一斉にランサーの身体へと突き刺さる。
「がっ――――」
「よくやった、我が兵士たちよ」
そして、侵略王はすかさず動く。勝利とは必要な時に必要な行動をとることができる者に与えられる。ならば、ここで必要なことは何があろうともランサーの息の根を止めること、槍を突き刺され、ランサーがわずかに動きを止めた。
勿論、ウィリアムであれば、一瞬のうちに復帰して、身体に槍が突き刺さったままでも相手を屠ることが出来ただろう。しかして、これは集団戦、その復帰をするよりも早く、ライダーの戟がランサーへと袈裟切りに放たれ、一撃を以て、ランサーそして彼の愛馬を諸共に切り裂く。
「―――――――」
その瞬間に、ランサーが何を思ったのか、常に彼の足を守ってきた愛馬の鼓動を感じることもなく、ランサーの身体が地面へと転がり落ちる。そして、兵士たちはすぐさま、倒れ込んだ、ランサーの愛馬へと槍を突きたて、抵抗していた愛馬はその動きを止めた。
「勝負、あったな、ランサーよ。馬と共に生まれ、そして草原を駆け抜けてきた余に並ぶほどの馬捌きを見せた貴様に余は心より敬意を表す。だが、貴様は己の愛馬を使い潰してでも勝利をするという執念を見せることがなかった。それがこの結果だ」
「がぁぁ……ぐぅぅ……」
ランサーの身体から力が抜けていく。宝具によって強化された肉体は常勝無敗の騎士にこそ与えられるもの、今の彼は落馬し、その最強の鎧を剥ぎ落とされた。そんな相手に与えられる加護など存在しないとばかりに、自分の肉体から力が喪われていくのが分かってしまう。
(あぁ……まずいな、勝利するための道筋が見えない。敗北の瀬戸際における状況とはここまで絶望的なのか……)
常に勝ち続けてきた騎士にとってそれは初めての体験であった。あまりにも絶望的な状況、ここからの逆転など不可能であろうと思わせるほどに見据える先は暗黒に覆われていく。これまで自分と対峙してきた相手もこんな暗闇の中で戦い続けてきたのだろうか。自分は敗北する。その運命からは恐らく逃れることはできないと彼は覚悟を決めた。
己にとっての決定的敗北、それは彼の心を折るには十分すぎたが、それでも彼は騎士だった。最後の一瞬、その瞬間まで彼は騎士であることを諦めない。
それこそが騎士の中の騎士と言われた男の矜持であるのだから。
「終わりだ、ランサー、その首を貰うぞ」
「ああ、確かに私はライダー、お前に敗北するだろう。だが、ただでは終わらない」
「ほう? まだ何かをするか?」
「ああ、まだ私は最後の宝具を使っていない」
この極限状況の中でも、いまだに勝利をするための糸を手繰り寄せようとする。それこそが英霊の、騎士としての在り方であろうと主張するように。
戦いとはえてして、一瞬にして勝負が決まってしまうもの、常勝無敗と謳われた男は己の身体の一部にも等しかった愛馬から引きずり降ろされ地面にその身を屈した。
騎士としてはこの時点で敗北を迎えたと言ってもいいかもしれない。いかに生前の栄光があったとしても、さらなる英霊の前に膝を屈するのは聖杯戦争の妙であると言える。
だが、それでも、誇りを失ってもなお、彼は赤く染まった鎧を動かし、その瞳はいまだに死を迎えてはいなかった。敗北は避けられないかもしれない。しかし、それでも主のために最後まで戦うのが騎士であり、サーヴァントであるのだ。
「我が最後の宝具、刻んで先に進んでもらおうか、侵略王」
「よかろう、貴様の最後の輝き、とくと見せるがいい、ランサー。それを貴様の死出への餞としよう」
・・・
「憐れだな、ロイ・エーデルフェルト。これまで最強を誇ってきた、かつての聖杯戦争の魔術師よ。お前はもう最強ではない。お前を倒した己こそが、七星最強を名乗るに相応しい。己の宿願はここに果たされたのだ」
信じられない光景が広がっている。秋津の聖杯戦争の勝利者であり、ここまで何ら危なげもなく勝利を重ねてきたロイ・エーデルフェルトが膝を屈し、地面にうつ伏せに倒れている。全身から血を流し、片腕は折れ曲がっている。息も絶え絶えの状態でありながら、目の前に立つ鋼鉄の男、カシム・ナジェムは消耗している様子もほとんど見受けられない。
「最強という名前を冠していても所詮魔術師でしかなかったということだ。魔術師である限り、我々七星には勝利できない。それを改めて証明した。己が、この世界に証明したのだ!!」
それを素晴らしいこと、誇らしいことであるように声を荒げてカシムは空に吼える。常に冷静沈着である彼らしくない声の荒げ方であった。
「才能なく生まれ、失敗作のように扱われてきた己の人生は今ここに報われる。七星の血に愛されていた散華や灰狼が最強なのではない。己だ、己こそが最強なのだ。この鋼鉄の身体が、七星の魔力を十全に扱うことができる己こそが最新、七星一族を次のステージへと引き上げるための存在、それこそが己なのだ!!」
自画自賛、凄まじいまでの承認欲求が自分の胸のうちに渦巻いていたことをカシムは吐露する。しかし、あの執着を見れば、それほどの承認欲求が存在していたとしても不思議がることはない。
この時代における七星きっての頭脳ともいえるカシムだが、その内面に存在しているのは劣等感と承認欲求だ。生まれた時から持たざる者であったからこそ、何をしてでも手に入れたいものがあった。
カシムはようやく手にすることが出来た。才覚を持ち合わせる者よりもなお素晴らしい結果を残すことが出来た己に歓喜の声を上げるのは当然と言えば当然なのかもしれない。
「くく、喜んでおるわ、まるで童のようではないか。あのような姿に己を変貌させてまで、掴んだ果てであれば感動もひとしおであろう」
「ロイ……」
「愚か者が……」
希望を捨てずに戦い続けてきたルシアたちにとって、ロイの事実上の敗北はやはり精神的に厳しいものを与えてくる。カストロの呟く厳しい言葉はロイの勝利を信じていればこそだろう。如何にカシムが強大な相手であったとしても、彼ならば勝つ、その信頼関係があったことを意味しているが、現実はカシムの執念が勝った。
希望はない、この局面でロイが勝てなかったことは単純な勝敗以上の大きな意味を併せ持っている。
「………憐れだな」
だが、そんな周囲の感覚とは裏腹にロイは血を滲ませながら、勝利に歓喜するカシムに向けて愚かしいと口にする。
「負け惜しみか? 貴様が今更何を言った所で勝敗は覆られない」
「それは……分かっているとも。今更俺が何をしたところでお前に勝つことはできないだろう。完敗だよ、お前は俺を倒すという目的を見事果たした……」
戦う前に、敗北する可能性をロイ自身も予見していた。カシムの尋常ならざる執着心を考えればそれは十分に起こりえることだと。それが現実になった。腹立たしいことではあるが、それ自体は受け入れざるを得ない事実であろう。
「だが、俺は……お前が最強であるなどとは思えない」
「何……?」
先ほど、己の勝利に歓喜を覚えていたカシムは嬉々とした反応が嘘であったかのように冷徹な反応を返す。返答次第では即刻ロイを殺す。その意識がはっきりと芽生えたような反応であったが、ロイは何一つとして怖れることなく告げるべき言葉を継げていく。
「言った通りの意味だよ。お前は確かに俺に勝った。誇るべきことだ、お前は聖杯戦争の勝者に勝ったんだから。だけどな、それがそのまま、お前を最強であると定義することにはならない。お前は只、俺に勝っただけなんだから」
「………、はは、ははははははははははは。何を、何をバカなことを。貴様に勝つことが出来ればそれで十分だ、それで答えは示されている。お前と言う限りなく最強に近かったものを倒したのだ。であれば己は最強、そこに何ら疑問の余地はない」
「天才を自称する割には、数式と言うものを何も理解していない。目が眩んだからか? 流石にそれは看過できないぞ、カシム・ナジェム……」
「――――黙れ!!」
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
カシムは思い切り、ロイの頭を蹴りつける。鋼鉄の身体に蹴りつけられ、ロイの額からは血飛沫があがり、脳震盪さえも引き起こされる。
「貴様は敗北者だ、己に敗北したのだ。ならば潔くその敗北を受け入れるのだ!そもそも、貴様自信が口にしたであろう。最強は最強であることに拘りがないのだと。であれば、何を拘る。何に縋る!」
「別に縋ってなんて……いない、こだわりも、どうでもいい。だが、今のお前はどうしようもなく憐れに見えるよ、カシム・ナジェム。勝利が、執着の果てが、お前の地金をここに晒し上げてしまったな。そこまで嬉しいか? 俺を倒せたことが」
「無論、これは己の求めた命題の到達点である」
ロイが口にする言葉の総てが負け惜しみである。言い訳である。今更何を口にしたところで彼が逆転できる要素は何処にも存在していない。もう少し勝利の余韻に浸っていたい気分のカシムであったが、この勝利の高揚感の邪魔をするのであれば、ロイを処断するのもやむを得ないと考えを変えた。
元より、自分たちにとって、ロイの存在は必要ではない。灰狼とて邪魔であるからこそ早々の排除を求めるだろう。気持ち1つで命を消費することはケモノの所業であり、理性的な己には似つかわしくない行為であるが、たまには本能に身を任せるのもいいだろう。
「死を望むのならば馳走してくれよう」
「どれだけ聡明であったとしても、お前は自分のことしか考えていない。いいや、その執念と執着が自分以外の総てをどうでもいいと考えるようになった。それは一つの強さであると同時に弱さだよ。ほら―――――お前の死神が戻って来たぞ」
「カシムゥゥゥゥゥゥゥ!!」
空より飛来してきた一筋の流星が弾丸のようにカシム目掛けて飛び込んでくる。その流星が如き大剣が鋼鉄の肉体と激突する。
「貴様は……レイジ・オブ・ダスト!」
「ああ、そうだ、お前に好き放題に身体を弄繰り回され、何者なのかもわからなくなった、報いの時だ、カシム・ナジェム! お前は今、ここで俺が殺す!!」
「くだらないな、度し難い。この瞬間は己にとって人生の絶頂期であった。何よりも優先するべき目標を達成した時であった。それを、あまりにも愚かしい。これは灰狼の失態だな、役立たずをいつまでも放置していたのだ。だからこういうことになる」
カシムは怒り心頭である。ロイに勝利をすることが出来たというこの瞬間にわざわざ邪魔をしに来た相手を許せる理由などあるはずもない。
「よかろう、最強の七星たる己が貴様を処分しよう。生み出した者として当然のことだ」
カシム・ナジェムは怒りに燃えている。この場に飛び込んできたレイジのあまりの醜悪さに、宿命の戦いが終わりを迎え、己の宿願が果たされようとするこの瞬間に泥を塗った愚か者ほど度し難いものはない。
しかして、これも生み出してしまった者の責任だ。灰狼や桜華が処分することができなかったのであれば自分が処分をしよう。何のことはない。自分で生み出したものに自分で始末をつけるだけなのだから。
「よぉ、まだ戦えるか?」
「アンタこそ、随分酷い恰好じゃない」
「まぁな、だが、約束は守ったろ?」
「そうだね、じゃあ、最後くらい、派手に暴れようか……」
キャスターに嬲られ、不死身ではあるものの、半死半生のルシアの下に、同じく瀕死のアークが姿を見せる。霊核を砕かれ、残る魔力を失えば完全に消滅することは間違いないというのに、それでもアークはいまだに気力を失っていない。
「くく、そうかそうか、セイバーの奴はしくじったか。ちょうどよい、妾もそなたと遊んでみたかったのだ。良いか、英霊ノア?」
「いいぜ、最後の花火を上げる相手には十分だ、行こうぜ、ルシア、セイバー!!」
宿命を超えた果ての戦い、夕日が夜の闇へと変わろうとするその最中で、決着のための最後の戦いが始まる。
レイジとカシム、アークとルシア、セイバーとキャスター、その結末の時が来る。
次回はいよいよキャスター陣営との決戦!
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