Fate/Stardust Vendetta―星屑の復讐僤―― 作:ソクリ
マグナカルタ―――英国史にその名を刻む失地王ジョンの唯一の功績とも呼ばれる権利章典、法の支配を明確に国王に対して定めた憲章であり、封建諸侯と都市代表が共同して認めさせたもので、王権を制限し、諸侯の既得権と、都市の自由を規定し、イギリス憲法を構成する重要な憲章とされている。
本来のマグナカルタ自体は、失政を続けるジョン王に対してのイングランド国民の失望の現れであり、国王に対してのネガティブな意見を突きつけたに過ぎない。だが、時代を経て、立憲君主制度に移行していくイギリスにおいて、このマグナカルタが及ぼした歴史的な意義は本来の目的以上に大きな意味があった。
中世という歴史的に考えても王権の強化が高まっていく時代において、いち早く王の支配は決して絶対ではないことを指名した権利章典であるマグナカルタの存在こそが、ヨーロッパ諸国において、イングランドがいち早く、市民革命および産業革命を成功させ、世界一の大帝国を作り上げる礎となったとも考えることができる。
マグナカルタが歴史に与えた影響は大きい、失地王ジョンの唯一の功績ともいえるその権利章典を概念とする宝具こそが、ランサー:ウィリアム・マーシャルにとっての最後の宝具であった。
眩い光がランサーの目の前に生じ、まるで固有結界の中総てを照らし出すように光が瞬いていく。
「マグナカルタ、イギリス王室の力を制限した権利章典の名前、その名を冠した宝具、それはすなわち……、マズイな、王よ、ランサーは死に体です、すぐにでもトドメを!」
「何を言うか、灰狼。あれはランサーの最後の輝きである。それを破らずして、何が侵略お――――」
「あれは危険です、あれは、我らにとっての生命線を破壊することになりかねない!!」
灰狼は咄嗟に察したのだ。マグナカルタとは肥大化する王権を制限する力である。あくまでも法律の形で相手に制限を課していたわけだが、それが宝具にまで昇華した以上、間違いなくライダーの何かしらを封じるための力であると考えて間違いない。
(狙いはこの固有結界か、あるいは王の力を大きく制限するつもりか? どちらにしてもそれを実行されるのは不味い。この場で確実性を期すのであれば―――)
「悪いな、星灰狼、貴殿にとって最も重要なモノを貰い受けていく。王権を封じることこそがマグナカルタ、ゆえにこそ、私はその過剰なまでの力を封じる。侵略王に無限の力を与えているその人造七星という力を!」
瞬間、光が瞬いていき、固有結界そのものを呑み込んでいく。同時に、侵略王の身体から何か大きな力のうねりのようなものが抜け落ちていくことを感じ取った。
「まさか、本気か、貴様、ランサー!!」
「勿論、私は私の主の為に戦うだけだ。星灰狼、侵略王、この戦いは私の敗北だ。私は常勝無敗の騎士ではなくなった。しかして、騎士としての私の勝敗と聖杯戦争の決着はまた別の話しだろう。次に繋がる意味があるのならば、私は喜んでこの身を差しだすとも」
その瞬間、ライダーの身体から繋がれていた膨大な魔力パスが消えていくのが感じ取れた。人造七星の管理権を持ち合わせている灰狼も同時に理解する。ライダーの魔力タンクとして自身の拠点に設置していた人造七星たちとライダーの魔力パスが分断され、おそらく、人造七星側が何らかの形で使い物にならなくなったことを。
「―――令呪をもって進言する。この場の撤退を、王よ!」
「まったく、貴様も策士であるな、ランサーよ。余が貴様の宝具の使用を拒否することはないと考えて、あえて最後の手を打つか」
「ええ、英霊としての貴方は己の言葉を決して曲げぬと信じていました」
「そこまで言われればこちらも恨み言は言えぬというもの。よかろう、貴様にしてやられたことの代償は余の力で拭うとしよう。さらばだ、西の騎士よ、貴様の忠義、それでもなお、余が全て蹂躙してくれると誓おうではないか、灰狼、スブタイ、兵を退くぞ。この戦、犠牲を払えど、我らの勝利だ!!」
人造七星という大いなる力を失うことになったとしても、結果的にはランサーを倒すことは叶った。ライダー陣営はこの瞬間では知りえないが、キャスター陣営との戦いを通して、ライダー陣営が戦うべき相手はこれで、アヴェンジャー、ランサー、そしてキャスターの三者に絞られた。
「ランサーよ、王の命令だ。私は退く。だが、次だ、次が我々の決着の時だ」
「ええ、わかっていますよ、スブタイ。二度も貴方を討ち取れなかったこの悔しさは次で晴らさせてもらいます」
「それはこちらの台詞だ。久方ぶりだぞ、二度にわたって私が討ち取れなかった相手など」
令呪の力が発動し、この場所から灰狼たちの姿が消失する。王宮に戻ったのか或いは人造七星の様子を見に行ったのか、何にしても、追撃が起こりえる可能性は万に一つもないと考えていいだろう。
侵略王の性格を考えれば、一度撤退をして、然るべきタイミングで決戦を仕掛けてくるだろう。望むべき結果を得ることが出来なかったとはいえ、桜子もリゼを守るという意味ではようやく一息つくことが出来た。
「ランサー……!」
だが、戦いが終わりを迎えることは同時に別離の時を迎える意味でもある。ウィリアムの身体を光が包みこみ、サーヴァントとして退去するのが間もなくであることを予感させた。消えゆくランサーにリゼは涙を浮かべて、謝罪の言葉を口にする。
「ごめんなさい、私が、私がもっとうまく貴方の兵士たちを扱えていれば……」
「それは違いますよ、結局、私は地力の上で侵略王に勝ることが出来なかった。所詮、それだけの話しに過ぎません。リゼ、貴方が適切な指揮を執っていたとしても、この結果は変わらなかったでしょう。星灰狼の勝利のための準備が我々の勝利を阻んだ。そのように考えておくべきです。だから、自分を責めるべきではない。貴方の決意を否定するのだけは、私も許しません」
「でも……ヨハン君だけじゃなく、貴方まで……」
「変わりませんよ、私もヨハンも、騎士として貴方を守り抜いた。それが一番の功績です。そして、今ならヨハンの気持ちが分かる。たとえ、ここで私が命尽き果てたとしても次を繋げることのできる相手がいる。ならば、それは希望になりえるのです。
リーゼリット、レイジ・オブ・ダストの下に向かいなさい。星灰狼の野望を阻むのは、彼と貴方でなければならない」
「レイジ、君と……」
「そのわだかりをヨハンが解いたのならば、私は道を切り開いた。星灰狼は人造七星の力を失った。この聖杯戦争の最中で最も追い込まれている。彼との決着をつけるべきなのは、貴方たち二人だ。リーゼリット様をお願いできますね、桜子」
「ええ、必ずレイジ君たちの下に連れていくし、リーゼリット様は私達が守るわ。最後まで諦めなかった貴方の意思を無駄にしないためにも……!」
「そうですか、それを聞くことが出来て、私も安心しました。ええ、二度目の生の果てに敗北で幕を閉じることに関しては、決して良い思いであるとは言えませんが、それでも託すものがあるというのは悪くない。それを、ようやく実感することが出来ました」
かつて、自分が仕えた王たちも同じような気持ちであったのだろうか。自分に新たな王を補佐してほしいと告げた時もきっとこのような気持ちであったのならば、ようやく、気持ちを理解することが出来た。
騎士とは常に勝利をめざし、それでこそ、主に奉仕できる存在であると思っていたが、どうやらそれ以外の貢献の仕方もあるらしい。それを知ることが出来ただけでも、ウィリアムにとってこの聖杯戦争には意味があったのだと思える。
「ランサー……、私、諦めないから。絶対に……最後には勝ってみせるから!」
「ええ、貴方が最後に勝つことができるのならば、私も報われる。結局、ほとんど貴方の役に立つことができませんでしたが、先にお暇させていただきますい。どうか、これからの貴方の人生に幸あらんことを」
最後にリゼの今後の幸せを願いながら、ランサー:ウィリアム・マーシャルはこの世界より消失した。騎士として何処までも己を貫いた彼は、敗北をしても尚、最後まで騎士でいた。その事実をリゼは重く受け止める。彼が生かした自分の命はそう簡単に投げすことなど出来ない。灰狼と決着をつけること、それを託されたのだから。
「リーゼリット様……、辛い所だと思うけれど、まずは私の仲間たちと合流してもいいかな? まずは貴方を保護しないといけないから」
「……はい、私が意見を言える立場ではないことは承知しています。どうか、連れて行ってください、彼の、レイジ君の下へ」
向き合うべき時が来た。ヨハンとウィリアムより託された勝利の最後のピースを掴むために、リゼは桜子と共に、レイジたちの下へと向かっていくのだった。
敗北に塗れてもなお、挫けない。それが最後の勝利に繋がると信じて。
――王都ルプス・コローナ正門前――
戦いは終わりを迎えた。カシム・ナジェムは自分がクズ星であると断じたモルモット程度にしか考えていなかったレイジ・オブ・ダストに敗北し、キャスターも並み居るサーヴァントたちとを道連れにしながら、遂に消滅を迎えた。
果たしてこれはどちらかの陣営の勝利と言えたのだろうか。あるいは、痛み分けか。
どちらの陣営にとっても失うものがあまりにも大きな戦いだった。
「……すまない、俺の力が及ばなかった結果だ、君たちの力を存分に発揮することが出来なかった」
「ふん、今更何を言うのか」
「ええ、まったくです。この結末まですべて考えた上で闘うことを決意していたのでしょう。結果だけを見れば、私達はキャスター陣営に勝利しました」
「サーヴァントとマスター、どちらも消え去った奴らとマスターを生かした我々、どちらが勝利したのかなど今更聞くまでもないことだ。その勝利に貴様は泥を塗るつもりか、人間?」
「まさか……、君たちの奮闘に心からの感謝を覚えているとも」
導き星たるディオスクロイ兄妹の身体が光に包まれていく。キャスターの魔術波状攻撃をその身で一身に受け続けてきた二人は全身をハチの巣にされながらも戦い続け、キャスターへと致命の一撃を叩きこむのと引き換えに、霊核を破壊された。
まもなく、この世界より消失を迎えることは間違いなく、カシムの死を確認し、ボロボロの身体をなんとか、動かしてセイバーの下へと辿り着いたマスターであるロイと最後の会話を交わしていた。
セイバー陣営としての脱落は避けられない。10年前の秋津の聖杯戦争でもサーヴァントとの別離を経験したわけではあるが、此度のパートナーである二人のセイバーもロイの勝利の為に全身全霊を尽くしてくれた。
彼らにも叶えたい願いがあったはずだ、捨て駒になりたくなどなかったことはロイが一番よく理解している。それでも、ロイは自分が敗北することになったとしても、レイジがカシムを討つことによる勝利を目指した。
ロイがカシムと正面から戦えば敗北するかもしれないこと、キャスターを倒せるのかは未知数であること、総てを受け入れた上である。
どこまでもマスターの意思を尊重し、共に戦ってくれたこと、かつて、ロイとリーナの願いを叶えるために全身全霊を振って戦った忠節の武将に勝るとも劣らない働きであったことは認める他ない。
それを自分の心の中で認めているからこそ、ロイは二の句を継ぐことができない。彼らにどんな言葉を以て、別離を終えればいいのかが思いつかないのだ。
「そのような悲しい表情を浮かべないでくださいな、マスター。私達がこうして召喚されたのは、貴方の妹君が与えてくれた触媒があればこそ。兄と妹の絆は私達が誰よりも知っています。その妹君の下に貴方を返すことができるのであれば、私達にとってそれ以上に幸福なことはありません。私達は導き星ですから……」
「くだらない感傷に身を浸している場合か。貴様の人生はこれから先も続いていく。これからもいつもの不敵な表情を続けて行け。俯き加減の男に従った覚えはない」
優しくロイの無事を喜ぶポルクスとは対照的にカストロは自分たちのマスターであるロイには落ち込んでいる様子など似合わないと告げる。カストロにとって人間に従うことなど本来であれば言語道断であった。それがロイとリーナの出自を知ることで共に戦うことを認め、自分たちのマスターに相応しい強さを示し続けることで、彼のサーヴァントであることを認めた。
消滅のその時までその考えに変わりはない。何を俯いているのかと発破をかける。お前にはそんな顔は似合わないと。
「もう兄様は……最後まで素直ではないのですから」
「何を言うか、ポルクス。これは俺の紛れもない本心だ」
最後までロイを認めるような言葉だけは意地でも口にしないという様子のカストロにロイも微笑を浮かべる。
「ああ、すまない。しんみりとした別れは似合わないか。なら、改めて言わせてほしい。君たちが俺のサーヴァントで、俺は幸せだった。ここまでの活躍に心からの感謝を。俺を導いてくれて感謝する導きの神霊たちよ」
「フッ……」
「ええ、こちらこそ」
最後に互いの健闘をたたえ合いながら、ディオスクロイ兄妹はその身体の総てを黄金色の光の中に呑み込まれていった。願いを叶えることが出来ずに敗北することになったとしても、心の中に刻まれたものはある。
「まったく、苦いものだな、敗北の味というのは……」
カシムに敗北したことよりも、二人のセイバーと最後まで戦う事が出来なかったことの方がロイにとっては胸に来るものがあった。聖杯戦争の勝利を目論んでいたのかと聞かれれば、そんな気持ちはなかったと答えるかもしれないが、だからといって負けるつもりであったわけではない。
自分自身もカシムとの戦いで大きな深手を負った。再び戦いに参加をするのには相応の時間が必要になるだろう。この先の戦いに参加することができないことの悔しさもロイにとっては同時に襲い掛かってくる感情であった。
何にしても、ロイ・エーデルフェルトの聖杯戦争は終わりを迎えた。気付けば夜の闇の中、空には光り輝く星々の光があった。あの星々のどこかに導き星である彼らもいるのだろうか。そんなセンチメンタリズムな感傷に浸りながら、
「帰ろう、俺の戻るべき場所へ……」
ずっと一歩を踏み出すことのなかった、顔を合わさずに長い歳月を経てしまった妹の下へと戻ることをようやく決心することが出来た。
自分は孤独ではない。ただ強さだけを追い求める存在ではなく、帰りを待ってくれている相手がいることを理解しているのだから。
「なんや、結局、こうなってまうんか。おまえ、ほんまにわかっとんのか? 自分の役目果たしてないやん?」
「いやぁ、そこについてはマジで弁解の余地もない。だが、仕方がないだろ? 助けを求めている奴の声が聞こえた。それで身体が勝手に動いちまったんだ。そりゃぁ、もう仕方がないことじゃねぇか?」
「アホか、仕方がないんで済むかボケ! だから、嫌やったんや、お前を1人でいかせるとこうなるんやないかって思うとったわけやし……」
キャスターの消滅を見届け、いよいよここまで瀕死の重傷を負いながらも戦い続けてきたアーク・ザ・フルドライブ、英霊ノアにも消滅の時が近づいてきていた。
霊核に致命的なダメージを与えられながらも、なんとか単独行動のスキルによってその身を守り続けてきたアークであるが、キャスターとの死力を尽くした殴り合いの結果として、修復不可能なダメージを負った肉体は、いよいよ黄金の光に包まれていく。
その様子を遅れて到着した八代朔姫は揶揄する。冠位英霊にも等しい立場のアークには本来抑止力に選ばれた存在としてやるべきことが残っている。それを果たすことなく消滅してしまうことはこの地に召喚された意味を達成することができないということである。
世界にとって、ノアのようなサーヴァントを召喚しなければならないほどの事態が現在進行形で続いている。にもかかわらず、本命の相手を倒すこともなく、セイバーとキャスターと言う聖杯戦争の範疇の中で対峙するべき相手に総てを費やしてしまったこと、朔姫からすれば愚かとしか言いようがない。
本命の相手と戦うまで、隙を見せることなく淡々処理を続けていく。それこそが抑止力に呼ばれた英霊の為すべきこと、だというのに、アークはそれすらも知ったことかとばかりに自分の救いたいものを救うために戦い、結果として消滅しようとしている。
そんな彼の行動に朔姫はあきれ返っている様子だったが、辛辣な朔姫の頭をアークはクシャクシャと撫でる。
「くわっっ、な、なにすんねん!」
「はは、悪いな。自分のやったことの意味は知っている。けどな、お前たちがいるから、俺は俺のやりたいことが出来た。英霊ノアが退場するのはいつだって、後を託せる奴がいるとわかっているからだ。俺がいなくても自分の力で困難に立ち向かっていける。お前たちならそれが出来ると信じているからこそ、俺は俺の無茶を通すことが出来た。
結果として、お前には随分なもんを背負わすことにはなっちまうけどな」
「アホか、そんなん今更や、最後の最後でわかったふうな顔すんなや、ジジイに優しくされるほど落ちぶれてはいないんやよ~」
「そうだな……、お前には今更だよな。だが、敢えて言わせてもらうぜ。俺はお前が俺達のリーダーで本当に良かったと思っている。気張れよ、最後まで」
「はッ……!」
最後まで憎まれ口を叩きながら、朔姫はアークを見送る。その背には託されたものがある。世界の抑止力に召喚された英霊ノアは、これより先の戦いにこそ必要とされる存在であったというのに、それがここで消え去ってしまうことの重大性を彼女はよく理解している。それでも朗らかに笑い、朔姫たち若人を信じるその姿に、どうして文句を付けられようか。彼は守り通した。自分の矜持も仲間たちも。ならば、見送るほかない。
「あれ……私、どうして……完全に死んだって思っていたのに」
「よぉ、目ぇ覚ましたか、悪いな、ちぃとばかり、こっちに呼び戻しちまったぜ」
ファブニールより与えられた黄金の指輪をキャスターとの死闘で破壊されたルシアはあの瞬間に自分の命の終わりを自覚していた。これまでに何度も何度も無理を重ねてきたが、今度こそは流石に終わりだろう想っていた。
しかし、生きている。身体は痛むものの、全身を動かす力は十全に働いており、何処かを喪失した感覚もない。心臓も脈打っている。
自分は夢を見ているのかと指先を見れば、そこにはこれまでずっと身に着けていた黄金の指輪だけが無くなっており、あのキャスターとの戦いが夢ではなかったことを事実として示していた。
「英霊ノアともなれば、瀕死の奴をギリギリこっちに戻すことくらいはできるさ。ファブニールの奴が手を貸してくれりゃ、尚更な」
「バーサーカーが私を……」
「砕けた瞬間、最後の再生が始まったんだよ。砕けたせいで、その力は十全に発動せずにお前を死の淵へと送っちまったが、そこを俺が何とか引き摺りあげた。もっとも、お前が行きたいと願わなかったからそれさえも不可能だったけどな」
「そっか……、また死にぞこなっちゃったね、まぁいいか、イイ男二人に救われたのなら、女冥利に尽きるってね」
「そうだな、俺もファブニールもお前に死んでほしくないと思ったから手を伸ばした。難儀なモノを持っているとしても、生きていれば自分なりの幸福を見つけることができるし、噛みしめることができる。此処で終わらせるのは勿体ないさ」
相手の感情の色を見分けることが出来てしまうルシアはこれからも見たくないものを見ることが多々あるだろう。それでも、命を落としてしまえばそこで終わりだ。生きてさえいれば自分が考えてもいなかったような幸福を噛みしめる時が来るかもしれない。
多くの人を見てきたアークにとって、命を投げ出してしまうことほど悲しいことはないと思う。だからこそ、生かした。ナノマシン生命体であった自分と違い、有限の生命であるからこそ、輝きを放つことができる人間の存在を、英霊ノアは誰よりも愛しているのだから。
「そうだね、もう何度も何度も死ぬような思いをしてきたんだから、ここからは何でもできるって気分だよ」
「いいじゃねぇか。お前ならきっと何でもできるよ」
生かされた事実は重い、誰にだって大小関わらず悲劇は降り注ぐ、そして理不尽に命を奪われていくモノが出てくる。それでもこうして命を残すことが出来たのであれば、これから先の人生だって少しは見えてくるモノが違うはずだ。
「ありがと、そしてさよなら、イイ男だったよ、アンタ」
「だろう?」
未練たらしい言葉は必要ないと割り切った。彼女には未来があり、男はその結末に満足していた。互いに納得しているからこそ、それ以上の何かは必要としていない。
ナノマシン生命体として人間の模倣をしていたに過ぎなかったアークにとって向けられた褒め言葉は素直に喜ぶべきものであったのだから。
マナが自分の中から消えていくのが分かる。あと数分間で自分の身体が消えることが分かっているアークは最後の別れをするために、動けないでいるレイジの下へと向かう。
「よぉ、レイジ、よくやったな。見事だったぜ、お前の戦い……」
「お前が、ここまで連れてきてくれたからだ。でなくちゃ、俺はカシムを倒すことは出来なかった」
「そうか。なら、気張った甲斐があったぜ」
スラムの戦いでアークが消えることを受け入れなかったからこそ、レイジたちはここに辿り着き、キャスター陣営を打倒することが出来た。もしも、あそこでアークが己の消滅を受け入れてしまっていたら、キャスター陣営を倒す方法は存在していなかったかもしれない。
「レイジ……、お前に与えられた運命は過酷だ。それでもお前は自分で選んだ。最後まで戦い抜くことを」
「ああ、そうだ……俺は最後までやる。何も残らなくても、最後までこの胸に燻る怒りを燃やし続けるのが、俺の生きる理由だ……」
「そうだな、それが俺達が見てきたお前だ。あぶなっかしくて、頑固で、それでも、手を貸してやりたいと思える愚直さを持った、レイジ・オブ・ダストの姿だ。
なら、最後まで納得するまで駆け抜けろ。誰に認めらなくてもいい、何かを残せなくたっていい、それでお前が報われるのなら、走り続けろ。大丈夫さ、きっと、最後は上手くいく。俺が保証するさ」
「ああ、ありがとう……アーク。悪いな、アンタには迷惑ばかりかけた」
「よせよ、今更、謝られるなんて、互いにキャラじゃないだろ。笑って見送ってくれよ。それが俺にとっては一番の報酬だ」
レイジ・オブ・ダストの心を救うことは残念ながら自分にはできない。安易な救済を与えることはできる、けれど、きっとレイジの心はそれで救われたわけにはならないだろう。
最後まで走り続けること、自分の人生に納得を与えることこそが、レイジを救うことになる。あと一人、それでレイジの復讐は完遂される。
「何もかもやり終えたら、その時はこっちに来い。もう二度と出たくはないってくらいの良い暮らしをさせてやるよ」
「楽しみにしておくよ」
「ああ……!」
アークは周囲を見渡す。世界は広い、今もこうして多くの生命が生きている。この世界を守るための一助となりたかった気持ちに嘘はないが、それは自分が託した相手達に任せる他ない。
「なあに、心配はしてねぇよ、お前たちは全員、やる時はやる連中だってことは俺が一番よく理解している。何より、命ってのは、後に託していくもんだ。
俺はそれでいい、悠久の時を生きる神ではなく、俺はノアなんだからな」
神々ではなく人々の中で救世主と謳われた者は、世界に宣誓するように声を放ち、そうして静かにこの世界より消失して逝った。黄金の光が彼の身体を呑み込んだ先には何も残らない。けれど、確かに心に刻まれたものがそれぞれの胸の中に宿っている。
役目を果たすことが出来なかったとしても、総てが無駄だったわけではないことを知っている。後を託すということは、誰かの記憶に自分を刻み付けるということなのだから。
セイバーとアーク・ザ・フルドライブ、三人の戦士の消滅を以てこの場の戦いは終わりを迎えた。結果だけを見れば、サーヴァントたちだけが消滅し、マスター側は全員が生き残ったともいえるが、それで何もかもがなかったことになるほど簡単なことではない。
「みんな……っ!」
ほどなくして、桜子がリゼを連れて、正門前へと辿り着く。満身創痍であるものの、ロイもルシアも生き残っている様子に桜子は安堵の息を漏らす。
「朔ちゃん、キャスター陣営との戦いは……?」
「キャスターは倒した。セイバーとアークが犠牲になって、ロイもルシアもほとんど戦えん状態にはなってしもうたけどな」
「―――――、そう……、そうなんだね」
「そっちは?」
「リーゼリット様のランサーのお陰で、何とかこっちに戻ることが出来たよ。ただ、ランサーは……」
「そうか。お前が生きて、女王様を連れて戻って来ただけで十分や。まずは態勢を整えるしかないわな。この聖杯戦争ももう間もなく終わりが近いやろうからな……」
朔姫の言葉に、先の灰狼との戦いを思い出す。キャスター陣営を倒せたことは大きい。残すところはライダー陣営のみであり、人造七星の力が喪失した。対して、こちらは桜子のランサーとレイジのアヴェンジャーがいる。スブタイという戦力を相手にするとしても、なんとか戦える状況にまでは持ち込むことができるだろう。
「あとは、あいつらが上手く機能してくれるかだけやな……」
朔姫の視線は自然とレイジと対峙するリゼへと向けられた。
「何をしに来た?」
「今更だけど、自分のやりたいことをやるために。そんな風に息巻いて、星灰狼に負けて、サーヴァントを失ってきたところ」
「そうか……、あんたにしては随分と頑張ったじゃないか」
「そうかな? そうだといいけれど……」
リゼの短い言葉と纏う空気から、リゼの中で何かが変わったことをレイジは察した。レイジはリゼと自分の身体の持ち主の間に何があったのかは知らない。灰狼と彼女が戦う決意をした理由も実際の所は分からないが、そこに必要な決意の意味だけは分かっているつもりだ。
「でも、まだ終わりじゃない……、この国を守るためにも、私は星灰狼を倒さなくちゃいけない」
「アンタには無理だ」
「うん――――だから、君の力を貸してほしい、レイジ君。本当はもっと早く、私はこの手を君たちに向けるべきだった。ずっと迷って、及び腰で君の言う通り、何もできなかった。でも、今は違う。君の戦いと私の戦いはようやく同じ方向を向くことが出来た」
「俺はお前の騎士を殺した」
「うん、知ってる。だけど、私と出会っていなければ君の人生はこうも滅茶苦茶にはならなかった。罪滅ぼしなんて言わないし、君にも言わせない。君は君の復讐の為に、私は私の国を守るために、お願い、君の隣で私を戦わせて」
リゼよりレイジへと手が差し伸べられる。ずっとすれ違いを続けてきた二人は、この時、ようやく対等な者同士として隣に立つ資格を手にすることが出来たのかもしれない。
その伸ばされた手にレイジの手が向けられようとしたその時に、手が落ちる。バタリと、レイジの伸ばされた手は地面へと落ち、そのまま動かなくなってしまった。
「レイジ君……?」
・・・
「人造七星の魔力供給を行うための霊脈を完全に破壊されている。どのような外的攻撃を許したとしても対応可能なように二重三重にも防備を施したが、サーヴァントの宝具の前には全く意味をなさなかった、か……、とんだ置き土産を残してくれたものだな、ランサーは。これで、今日までに至る努力は全て水の泡だ」
星灰狼のセプテムにおける拠点、王都から遠く離れた、カシムにのみ明かしていたその拠点の中には夥しい自我を失った肉塊が存在していた。言うまでもなくそれらこそが、これまでライダーの窮地を幾度も救ってきた人造七星たちである。本来であればこの聖杯戦争が終わるまで彼らは常に魔力の供給源として、ここで使役されるはずであったが、ライダーとの魔力パスはマグナカルタの影響によって完全に寸断されてしまっている。
ある種、灰狼にとって、最も大事な生命線を破壊されたにも等しい状況であった。まったくもって度し難い、何があろうとも動揺することなく自分の予想範囲内であると豪語していた灰狼がここまで取り乱すのは初めてのことである。
「灰狼よ、落ち着け」
「王、ですが……」
「これは余の落ち度だ。であれば挽回すればいい。よって、勝てばいいのだ」
「ええ、その通りです兄様、単純ではありませんか、私達がこれまでやってきたように此度も勝てばいい。これまで兄様の策によって、私達は何度も窮地を救われてきました。であれば、次は私達が兄様と我らが王に勝利を献上する番です」
スラムより舞い戻った桜華が灰狼に何ら心配することはないと告げる。どだい、これは聖杯戦争、であれば最後にモノを言うのは単純な強さである。
灰狼の策によってこれまで幾度となく戦ってきた侵略王はほとんど無傷、そしてスブタイと桜華もいる。
「王よ、私にはいまだ令呪が残っています。これでスブタイとの契約をさせてください。さすれば、遠坂桜子とランサー、私とスブタイで見事討ち取って見せましょう」
「なるほど、カシムとキャスターはどうやら失敗した様子だ。だが、セイバーとロイ・エーデルフェルトは排除した」
「そして英霊ノアも」
「さすれば、あとはアヴェンジャーとキャスターのみ。くく、良いではないか。運命を感じるぞ、あの二体こそ、余が手ずから葬らねばならぬと思っていた者たちだ」
草原の覇者でありながらハーンになることはなかったアヴェンジャー、そしてライダーに土をつけたキャスター、どちらも倒さぬままに聖杯戦争を終わらせるなど、侵略王は認められない。
「確かにそうですね、私としたことがどうやら少し弱気になっていたようだ。決着を付けましょう、王よ、明日、この聖杯戦争は終わりを迎える。そして、明日より始まるのです、我々の世界制覇の夢がもう一度……」
「然り……!」
「ふふっ、とても楽しみね」
灰狼たちに迷いはない。いよいよ聖杯戦争は最終局面まで来た。あとは策を弄する必要すらない。正面から相手をねじ伏せる。それで終わりを迎えるのだから。
・・・
「英霊ノアは消失した。であれば、侵略王の勝利は固いであろう。我らが神よ、すべては貴方の思うがままに。そして、明日―――貴方様は善神としてこの世界を救済するために降臨為される。悪として世界を蹂躙する侵略王を討ち取るために」
「抑止力として我々のカウンターで召喚されたノアは厄介だったが、キュロスと灰狼たちはよくやってくれた。これで、我々を阻む者はもう誰一人としていない。私がこの聖杯の檻より解き放たれれば、どんな英霊が相手であろうとも怖れることなどない」
そしてもう一つの黒幕たる思惑もいよいよその目覚めの時を迎えようとしている。
絶対善神アフラ・マズダ、秋津の聖杯戦争より淡々と自らの復活を望み続けてきた善神はいよいよ自分の願いを叶える時が近づいてきていることを予感する。
邪魔な要素は排除した。レイジ・オブ・ダストは実に自分たちに都合よく動いてくれた。願わくば、灰狼を倒してくれれば、彼にも救済を与えることができるだろうが、さすがにそこまでを望むのは愚かしいであろうか。何にしても楽しみな話しである。
「間もなくだよ、桜子。君にはぜひとも、私の再誕の見届け人になってもらいたいのだ、負けてくれるなよ」
明日―――最後の戦いが始まる。
レイジ、リゼと灰狼、アヴェンジャーとライダー、桜子と桜華、ランサーとスブタイ、セプテムで始まった聖杯戦争の勝者が決まる最後の日が訪れる。
第22話「星の降るユメ」――――了
――いくつもの挫折を超えて、いくつもの冬を超えて花が開くように青い宝石が輝くように。だって見つけたんだ 眩しくて仕方ないんだ。その光の正体は―――
次回―――第23話「アトラクトライト」
次回、10月1日更新です!いよいよ最終決戦へ!
【CLASS】ランサー
【マスター】リーゼリット・N・エトワール
【真名】ウィリアム・マーシャル
【性別】男性
【身長・体重】182cm・78kg
【属性】秩序・善
【ステータス】
筋力B 耐久B 敏捷A
魔力E 幸運B 宝具A+
【クラス別スキル】
対魔力:D
一工程(シングルアクション)による魔術行使を無効化する。魔力避けのアミュレット程度の対魔力。
【固有スキル】
無窮の武練:A
ひとつの時代で無双を誇るまでに到達した武芸の手練。心技体の完全な合一により、いかなる精神的制約の影響下にあっても十全の戦闘能力を発揮できる。
守護騎士:B
騎士道における理想の騎士として、今もなお讃えられるランサーに与えられた希少スキル。他者を守る純粋な使命感によって、その防御力は短時間ではあるが、凄まじい上昇を見せる。
騎乗:C+
騎乗の才能。幻想種や野獣を除き、大抵の乗り物を人並み以上に乗りこなせる。更に騎馬を乗りこなす際、有利な補正が掛かる
【宝具】
『五王の忠臣(アール・マーシャル)』
ランク:E~A- 種別:- レンジ:- 最大補足:-
5人の王に仕え、信頼を勝ち取ったランサーに与えられた恩恵。王の威光たる宝具を借り受け、一時的に使用することが可能となる。
○永久に輝く勝利の剣(エクスカリバー・ライオンハート)/対軍宝具
アーサー王を信仰したリチャード獅子心王は剣を初めとした道具に「エクスカリバー」と名付けたという逸話に由来する宝具。手に持った武器を聖剣に見立て光の斬撃を放つ。ただし、その武器が衝撃に耐えられるかは別。威力は本来の聖剣には劣るが、加護のない通常の防御では一撃のもとに斬り落とされるだろう。
○我は王を守り、道を修むる騎士なり(ナイツ・テンプラー)
ランサーが仕えた最後の王である幼き王ヘンリー三世に捧げた生涯の忠誠。
ランサー自身が心から主であると認める王の為に戦うことを誓った時に発動されるその宝具は、ランサーの筋力、耐久力、敏捷性にワンランク上昇を与え、人馬一体の鉄壁の守備能力をさらに隙のないものへと仕上げていく。
○我が騎士道に敗北はなく(アン・シュヴァリエ・インヴィンシブル)
若ヘンリー王に仕えたウィリアムが誓った最高峰の騎士へと至るための誓い。
戦場に置いて無類の強さを発揮したウィリアムの馬上試合における腐敗の象徴たるこの宝具を基点としたレンジ内にいる全ての存在の、魔術、宝具などの効果を全て無効化する。これによって、自身の身体能力や技術以外では攻撃することができなくなる。
○絢爛なりし、夜明けの王国(エターニティ・アリエノール)
アンジュ―帝国を生み出したヘンリー2世の治世とその圧倒的な軍事力の再現、アンジュ―帝国の騎士たちを召喚し、Dランク相当のサーヴァントとして運用する。
あくまでも騎士であるウィリアムに彼ら総てを指揮する権限はなく、彼らは独自の思考を持って行動する
○王は憲章の下に在りて(マグナ・カルタ)
イングランド史上最悪の君主、ジョン失地王が持つ「唯一の功績」。発動後、生前王であったサーヴァントの能力を大幅に制限し、宝具及びのスキルの発動に関する判定ロールが強制的に実施される。圧倒的な王権を制限する力であるため、嘔吐しての権能が強ければ強いほどにその能力は行使される。