Fate/Stardust Vendetta―星屑の復讐僤――   作:ソクリ

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今回はタズミ側陣営の話しです。


第1話「Stardust Dreams」②

――東欧・セプテム・『セレニウム・シルバ』・イチカラ―家居城――

「いや、ほんまに遅いわ。何しとるん? 普通にこんなことあるか? 遅刻かましてんじゃねーよ」

 

 セプテム国境付近の森林地帯セレニウム・シルバ、その領内には貴族側の聖杯戦争参加者たちを纏めるタズミ・イチカラーの居城が存在していた。

 

 タズミとジャスティンが自分たちの権勢を知らしめるために王都へと向かった頃、その城の中には、タズミによって集められた来たるべき決戦戦力の魔術師たちが集っていた。

 

 言い換えればタズミ側の聖杯戦争の参加者であり、まずは彼らを以て王族側の参加者たちを殲滅、その上でタズミが聖杯を獲得すると言う目論みである。

 

 敵側を倒せばその後は身内側での戦いが始まることは言うまでもないが、タズミはその点に関してはあまり心配をしている様子はなかった。

 

 身辺調査はくまなく行っている。タズミ手ずから、此度の聖杯戦争に呼び寄せた者たちは聖杯を獲得したいと言う心持ちが希薄なモノが多い。それぞれの事情は個々人によって異なっているのは言うまでもないが、セプテムを掌握したタズミが相応の報酬を与えれば聖杯を諦める可能性が非常に高い者たちを選んだのだ。

 

 それでも、それぞれの名前と経歴を聞けば、通常の聖杯戦争で優勝候補に推されてもおかしくないほどの存在を見つけ出しているのだから、タズミの調査力を侮ることは決してできないだろう。

 

 そうした参加者たちが集う居城の中にて、日本より来訪した参加者――八代朔姫は苛立ちを覚えていた。

 

 この居城の居心地の悪さにではない、勿論、森の中の居城は見栄えも悪く、外の景色は最悪、立場が立場なだけに外国に出ることなどこれからの人生で何度経験できるのかもわからないのに、このような辛気臭い場所に放り投げられた彼女の心中や察するに余りある。

 加えて、招待者のタズミに対しても決して良い感情を抱いているわけでもないが、そんなものは初日に顔を合わせて殴りかかりかけた時点で諦めた。

 

 彼女が今、最も苛立ちを覚えているのは、彼女が同行を呼びかけた従者がいまだにこの城の中には言っていないことであった。

 

「桜子はまだ時間がかかりそうなの?」

「あいつ、ほんまにウチのこと舐めとるわ。誰のおかげで聖杯戦争に呼んでもろうたと思うとるんや、マジで。権力使って、秋津市囲い込んだろうか、うちは姫やぞ、姫!!」

 

「単純に朔ちゃんに人望がないんじゃない?」

「ありえへんわ!! ウチの前では誰もが跪いて、頭を垂れるんやからな!」

 

「きゃはっ、目が泳いでますけど☆」

 

「ぬああああああ、従者も従者なら、サーヴァントもサーヴァント! 呼び寄せたタズミはクソ野郎やし、ウチのバカンスはどこ行ったんじゃぁぁぁぁぁぁぁ!!

 あのね、いけないんですよ、社会人にもなって、遅刻かましてるなんて言語道断、そんなもん、世間は許しても、ウチは許してはおけんのよ!」

 

「朔ちゃんってば、自暴自棄になってる、マジウケるんですけど……!」

 

 などと、好き勝手に騒ぐ。この居城の中の空気が八代朔姫と彼女のサーヴァントである金髪の巫女服少女、キャスターが連れ立ってから一気に騒がしく、そして明るくなったのは間違いないことだろう。

 

 落ち着き払った魔術師や貴族たち、そしてイチカラ―家の召使たちに比べれば、彼女たちは所狭しと騒いでいるだけに異色の存在と言えた。

 

 最も、そんな少女特有の姦しさを発揮している者たちをタズミが呼び寄せたのには当然に理由がある。

 

 八代朔姫―――日本における退魔機関『神祇省』における最大派閥『京都大陰陽連』筆頭家『八代』の次期当主にして、神祇省の姫である彼女は、日本の中でも指折りの陰陽師である。

 

 聖杯戦争本来の御三家である遠坂や間桐といった純粋な魔術師を除けば、その血統、そして持ち合わせる魔術回路の機能性で言えば、まさしく最強格をタズミは呼び寄せたと言っても過言ではない。

 

 神祇省側にしても朔姫は、組織の象徴たる存在、本来であれば日本で安全を絶対的に守られなければならない存在である。そんな彼女がセプテムへと足を運んだのには相応の理由があるのは言うまでもない。

 

 タズミの思惑に乗ったのも全ては神祇省として、このセプテムでやらなければならないことがあるからであり、従者に彼女を選んだのも全ては仕事を果たすためだ。リスクは当然に大きい、聖杯戦争そのものが魔術師同士の殺し合いであり、歴代の聖杯戦争は常に半数以上の参加者を無傷で終わらせてはいない。

 

 ましてや、此度の聖杯戦争の相手はかの「七星」の血を継承した者たちだ。いかに朔姫の魔術的素養が高かったとしても、最悪の場合はあっさりとおズレルかもしれないのだから。

 しかし、それはそれとして、彼女はあっけらかんとし、自分が思うままの感情をぶつけている。

 

「あかん、イライラしておっても、何も変わらんわ。寝る!」

「寝るの!?」

 

「いつ、何が起こるのかもわからないんやから、することないなら休んどくんは定石やろ、姫は別に好きにしておってええで」

 

「えぇ~、朔ちゃんと一緒じゃなきゃつまらないじゃん!」

「ガキみたいなこと言うなや、ウチよりはるかに年上やろ」

 

「全盛期なんです~~、朔ちゃんよりもほんのちょっとくらい年下の姿なんです~~」

 

「マスターやぞ!」

「友達感覚で接しろって言ったじゃん!」

 

 少し目を離せば、すぐに姦しい言い争いを始める二人は、どこに行っても騒ぎ放題であり、静寂なこの城の中ではとにかく目立つ。それこそ廊下の先の先まで聞こえてくるといっても間違いではないのだ。

 

 であれば、その声に耳を立てる者がいてもおかしくはない。

 

「ちょっと、ガールズチーム。また騒いでんの? ここ、ただでさえ静かなんだから、少しは空気読んでよね。空気を悪くする元凶がいないんだから、気分も楽だってのに、あんたたちが騒いでいるんじゃ気分もぶち壊しじゃない」

 

「なんや、女の黄色い声はいつ聞いても嬉しいもんやろ」

「お馬鹿、それは獣みたいにがっついている男連中だけでしょ? 同性の騒ぎ声を聞いて嬉しくなるほど、私は特殊性愛者じゃないっての」

 

 朔姫とキャスターの前に姿を見せたのは、スリットの入ったトゥニカと頭を覆うウィンブル、胸元にはロザリオを身につけた見た目からわかるクリーム色の髪のシスターだった。その傍らには寡黙にその様子を眺める黒衣の男がいた。言うまでもなく、彼女のサーヴァントである。

 

「ルシアさん、ちっす! 朔ちゃんが騒がしくてごめんなさい」

「お前もや!人のせいにすんなや!」

 

「はぁ、宗派が違うと言えども、これで神祇省の最大派閥のお姫様だっていうんだから、日本は平和で良いよ。ああ、バカにしているんじゃないから、勘違いしないでよ。あんたたちの騒がしさに気を楽にさせてもらっている時もあるわけだしさ」

 

「いつもこんなんやないっての。うちだって、お淑やかなお姫様モードでおる時もあるんや。腰抜かすで、ほんまに」

「へぇ、それは意外。お姫様モードやってみせてよ」

 

「無理」

「なんでよ!」

 

「今はオフや、あれ体力使うんよ」

「はぁ、そういうことにしておきましょうか。このまま、水掛け論を続けていても一生終わりにならなさそうだしね」

 

 朔姫の言葉に呆れ気味の反応を返す彼女は、ルシア・メルクーア、着こんでいる修道服からも分かる通りシスターであるが、ただのシスターではなく、聖堂教会の代行者としてこの聖杯戦争に参戦した者である。

 

 朔姫やキャスターと顔を合わせたのは数日前、タズミの居城には彼以外の6人のマスターの中では2番目に早く、既に城内部のほとんどの人間と顔を合わせている。

 

 タズミより、日本からは神祇省の重要人物が来訪すると聞かされていたルシアは、宗派は違えども、同じ神に仕える者として、どのような人物が姿を見せるのかと楽しみにしていたが、その期待は初めて出会った時に砕かれた。

 

 想像以上に生意気かつ口の悪い朔姫は、ルシアの頭の中に浮かび上がっていた神にその身を捧げる聖女のイメージを完全に崩してしまったのだ。

 

 以降、朔姫に対してのルシアの反応は一組織の重要人物に向けるものではなく、完全に年下の生意気な娘に向けるものへと変わっていた。

 

 これで朔姫が自分の立場を重視し、ルシアに対して本気で無礼だと思うような人柄であったのならば、この時点で仲間割れになっていてもおかしくはないのだが、朔姫も自然とルシアの態度を受け入れていた。

 

 当然、ルシアが朔姫にちょっかいを出せば、朔姫もルシアに対していきり立った言動を口にするのだが、それはもう二人の間では通常会話になりすぎてしまっていて、ことさらどちらかが遠慮をすることもない。

 

 まだ出会って数日の間柄であるとはいえ、両者ともに相手に対しての遠慮は全くない様子であることが見て取れる。

 

「うちらのことはええとして、ルシアの相棒は相変わらず辛気臭い顔しとるな。もっと笑顔を向けてやった方が親しみ持てるんやない?」

 

「余計なお世話よ、あんたたちみたいにうるさくてしょうがない奴もいれば、私達みたいにお互いの領分を大切にしているチームもいるって事。それとも、そこらへん、おこちゃまには分からないかしら?」

 

「誰がおこちゃまや。ウチらにとって重要なんは、ちゃんと戦力になってくれるんかどうかだけや。ただでさえ扱いづらいバーサーカーを召喚しとるんやから、友軍戦力としてちゃんと動くかどうかを知っておくことは重要やろ」

 

「ま、そうね。聖杯戦争としては異色のチーム戦、各人が何処まで周りをフォローできるのかはわからないけれども、初戦は間違いなく大規模人数同士の激突になる。チームワークをしっかりと発揮できる方が勝つのは言うまでもないことだものね」

 

「それをタズミに求めるんは期待しすぎ。ウチの見立てじゃ、緩衝剤になれるんはウチらとルシアたちだけや」

「意外ね、結構信頼してくれているんだ」

 

「そらな、人間誰しも向き不向きってもんがあるやろ。人間纏め上げるんだって才能がなくちゃできひんことやし。その点、ルシアは人を纏め上げるいうよりは人と人を繋ぐんが上手い。そういうんが出来る奴が一人味方にいてくれるんはこっちとしても心強い。だからこそ、お前らにしくじってほしくないんよ。そうなったら、ただでさえ仕事の多いウチの仕事が余計に増えてしまうからな」

 

「信頼してくれているんだか、厄介ばらいをしたいからなのか、評価が難しい所ではあるけれども、了解。お姫様に仕事をさせたとあっては、戦後の聖堂教会と神祇省の間にくだらないしこりを残してしまうかもしれないからね。精々、頑張って働きますか」

 

「ま、死なん程度にな」

「当然、素敵な男見つけて、ゆくゆくは海の見える静かな家で過ごすって夢もあるし」

 

「くっく、少女趣味やん、年齢考えろや」

「うっさいわね、こういうのは叶わなそうなことを夢見ておくものなのよ」

 

 などと、互いに言いたいことを口にし続ける朔姫とルシアとは対照的にキャスターとバーサーカーは互いに会話を重ねると言うことをせずに、無言で互いをけん制し合っていた。もとより、サーヴァント同士、いずれは戦いあう関係となるのであれば、言葉を交わしあう必要もないのだが、それにしても剣呑な空気は拭いきれない。

 

 それはキャスターの反応がどうであれ、常にバーサーカーから発せられている隠そうともしない殺気によるものであろう。特定個人に向けているのではなく、漏れ出ている殺気を隠すことができないとばかりの様子には、確かにバーサーカーと言うクラスが似つかわしいようにも思う。

 

 自我ははっきりしているのだろう。突然に襲い掛からない程度には抑えが効いている。あるいはルシアが何らかの魔術を行使することで抑え込んでいるのかもしれないが、何にしても敵と味方の見境がないほどの相手ではない。

 

 ただし、それだけだ。ほんの少しでも反応が変われば、ルシアの心持ち一つ程度でこのサーヴァントは突如として敵も味方も関係なく暴れるほどの凶暴性を有しているし、隠しているつもりもない。

 

 ルシアもおおっぴらに指摘されずともそれは理解しているのだろうし、朔姫だって分かっている。しかし、これより先に共闘をする仲間として、言わぬが華であることを互いが理解しているからこそ、あえて触れない。

 

 触れてしまえば、どれだけ灰色でも何らかの決着が必要になるであろうことは互いに分かっているのだから。

 

「おや、これはあまり来るべきではない時に来てしまったかな」

 

 そんな良いとも悪いとも言えない空気に変化を与える声は、朔姫やルシアたちとは別の所から聞こえてきた。丁度T字の通路となっていた彼女たちが立つ場所の逆方向から近づいてきた声は、キャスターとバーサーカーの剣呑な雰囲気に気付いたからなのか、努めて軽薄そうな様子を浮かべての声だった。

 

 中世からあるいは近世の猟師のような出で立ちをした青年と胸元の開いたシャツに、テンガロンハットを被った無精ひげを生やした人物。朔姫は初めて見る相手であったが、ルシアは既に知っているのか、ニコリと笑みを浮かべた。

 

「あら、エドワード殿珍しいですね。貴方がたが人前に顔を見せるなんて、依頼主のタズミ卿以外は極力関わり合いにならないようにしていると思っていましたけど」

 

「それはその通りだ。今のはアーチャーが勝手に声をかけただけさ。俺は別にあんたたちに用があるわけじゃない。邪魔ならさっさと退散するだけさ。どうせ、俺と関わったところで良いことなんて何一つないからな」

 

「あら、そんなことはないでしょう。これからしばらくの間は一緒に戦って、一緒に円卓を囲む間柄になるんですもの。交流は必要ではなくて?」

「どうにも……他意があるように聞こえるな」

 

「それほどでもありませんよ。ただ、迷える人に救いの手を差し伸べることは我らが主より与えられた使命でもありますから。貴方の心の底まで覗くことは出来なくとも、貴方の色は私には見えていますから」

 

「不思議なことを言うものだ、まるで昔から俺のことを見ているかのような言い方だな」

「ええ、これでも人と仲良くなるのは得意なんですよ? シスターは天職だと思っていますから」

 

 ルシアが得意げに胸に手を添えて、笑みを零す。その反応にエドワードと呼ばれた男性は、苦笑を浮かべていた。

 

「んで、誰、こいつ?」

 

 そこに朔姫のツッコミが入らなければそのままの空気で終わりそうだったものの、当然にこのままの流れで終わることなどありえない。

 

「エドワード・ハミルトン、私やアンタと同じ、こちら側の聖杯戦争のマスターの1人よ。そして彼が―――」

「アーチャーのサーヴァントだ。君たちの英霊のような高名な存在ではないが、援護くらいはできると思う。必要な時が頼ってほしい」

 

「何や、軽いな」

「僕は英霊と言うには随分と頼りのない存在であることは否定できないからね。願いを叶えたいと言うよりもエドワードの力になりたいと思って協力しているに過ぎない。だから、せめて、良く付き合っていきたいと思っているんだ。

 自分を偽って、相手と付き合うことは決して幸福なモノではないと身に染みて理解させられているからね」

 

 アーチャーは自分自身に対しても卑下したような言葉を口にし、苦笑いを浮かべる。聖杯戦争に召喚されるサーヴァントたちの誰もが英霊としての格、あるいは矜持を持ち合わせたまま召喚されるわけではないことは確かではあるが、彼の存在はどこか軽さを感じさせると朔姫もルシアも思えた。

 

(人様んとこのサーヴァントのことを悪く言うんも、礼儀知らずやから黙るけど、本気で戦うつもりがあるんか?)

 

(そこまで強くはない英霊、だけど、そういう奴に限って搦め手が凄まじいとか宝具が協力とかもあると思うんだけど、そういう感じもしないのよね……、エドワード・ハミルトン、その色は見えているけれども、本気でその色通りの行動をしようとしているのなら……)

 

「そう怖い顔をするなよ、二人とも。色々と勘繰る気持ちも分かるが、俺は別に聖杯を欲しているわけじゃない。今回だって、イチカラ―卿の呼びかけに応えて参戦しただけの事だ。本気で聖杯が欲しい奴がいるのなら、その権利は譲るとも。

 アーチャーとも召喚の際にそこは了承を取っている。だから、そう睨むなよ、どうあろうとも俺はあんたたちの敵になることはない」

 

「えぇ~、でも、聖杯戦争に参加しているんだから、何かしらの願い自体は持ち合わせているんじゃないですかー? だって、万能の願望機なんですよ、何でも願いを叶えられるんですよ。普通に考えたら、必ず願いを叶えたいって執念が無くても、とりあえず、願っとけばいんじゃね? みたいな感じで、聖杯を掴みたいとは思いません?」

 

 キャスターが純粋な疑問を投げかける形でエドワードへと問いを投げる。そこに明確な悪意があるはずもない。キャスターと言う少女は年頃の少女特有の軽さと無邪気さで言葉を投げているだけで、そこに悪意めいたものを一切抱えていないのだから。

 

 年齢を重ねているエドワードもそれは理解している。理解はしているが、やはり琴線に触れるようなことに、全て冷静な対応ができるはずもない。人間であれば誰もがそうだ。

 

「願いがないわけじゃない。強いてあげるのならば……ここが俺にとっての良き死に場所になるのならば、それに越したことはない。そう思っているだけさ」

 

「へっ……?」

「空気を悪くするようなことを言うのも良くないだろう。タズミ殿が戻り、また顔を合わせることもあるだろうから、その時にでもまた話そう。もっとも、あまり俺には近づくべきではないかもしれないが……」

 

 遠まわしな拒絶、これ以上の会話を求めるつもりはないとばかりに、エドワードは朔姫とルシアの間を割って、先の通路へと足を進めていく。横にいるアーチャーが手を翳して謝罪の礼をすると、彼も共に足を進めていく。

 

「あれれ、もしかして、姫、まずいこと言っちゃった?」

「姫は空気読めんからなー」

 

「ええっ、どうしよう、朔ちゃん!?」

「平気やろ、ガキやあるまいし。男のヒステリーを女に慰められるとか恰好悪すぎるんやから、ほっときゃええねん」

 

「ま、それだけじゃないんだろうけどね」

 

 ルシアの視線は去っていくエドワードの方へと向けられ、その視界の色は切なさを覚えるほどに悲しみの色を帯びていた。その理由までをルシアは知りえない。彼女は心が読めるわけでもなく、記憶を読み取ることができるわけでもないのだから。

 

「難儀だねぇ、どいつもこいつもこんな所に来るやつなんてさ」

 

・・・

 

「よかったのかい? 彼らだって肩を並べて戦う仲間じゃないか。交流は重ねておくべきだったんじゃない?」

 

「問題はない。俺はこの戦いで何か自己主張をするつもりもないし、彼女たちは実力がある。挙動を少し見ていればわかるさ。ならば、後は俺が合わせればいい。どうせ、裏方になるのは目に見えている、そうだろう、カスパール」

 

「ま、そう言われると申し訳ないけれどね、僕のような英霊では派手な神話のごとき戦いを演出できないのは事実であるし」

 

 エドワードが口にした名前、カスパール。それこそがアーチャーの真名であった。猟師カスパール、一介の猟師に過ぎなかった彼は、悪魔ザミエルの甘言に唆され、友である親友マックスに対して、必ず命中する弾丸を7つ渡した。その内の最後の一発にマックスの破滅の呪いを付与したことを知らせずに、悪魔に魂を渡した彼は友の破滅を心から望んだ。

 

 ワーグナーの戯曲『魔弾』に刻まれた物語であり、故にこそ彼はアーチャーとして召喚された。

 

 必ず当たる弾丸、それを己の宝具の由来として、この古今東西の英雄と神々が集う聖杯戦争に呼び出されたのだ。

 

 自分に自信が持てないと言うのも無理はないだろう。カスパールはあくまでも猟師に過ぎないのだから。刻まれた物語によってどれだけ存在を脚色されたとしても、その存在強度が大幅に高められることだけは有り得ない。

 

「俺にはそれくらいでいい。高尚な魔術師でもなければ、大儀を掲げた騎士になれるわけでもない。お前と同じだアーチャー。俺もまた恥知らずにも生き残り続けてきた。だから……俺は死に場所を求めているのかもしれないな」

 

「そうは言っても、召喚してくれた相手に簡単に命を落としてほしいとは思えないな。僕は僕で後悔しているんだ。かつて、マックスにした自分の罪を。だからこそ、と思うのだけれど、キミはそれを求めはしないのだろうね。噛みあっているようで噛みあっていない。僕ららしいと言えばいいのかな?」

 

「そう思うのなら、彼女たちにその気持ちを向けてやればいい。俺が何処で野垂れ死のうが構わないが、彼女たちは別だろう。守れるものなら守り抜きたい。思う心は同じだとも」

 

 何もエドワードは悲観主義者でいるつもりはない。生き残るためには全力を尽くすし、最初から何もかもを諦められるほど、この世界に絶望しているわけでもない。

 

 ただ、それ以上に彼の心の中に巣食っている後悔が大きいと言うだけの事なのだ。またもう一度を経験したくはない。もう二度と同じ思いをしたくはないと言うこと。

 

 どれだけ交流を深めたところで、どれだけ明日の朝日を全員で見ようと口にしたところで、死ぬときは死ぬのだ。命を落とす時はあっさりと命を落とすのだから報われない。

 

 だから、エドワードは期待しない。かつての仲間たちのように、またもや何もかもが喪われていくことに何度も耐えられるほど、彼の心は強く設計されてはいないのだから。

 

「願わくば、キミの願いが叶うのではなく、この場に集った者たちが誰一人として欠けないような結末になればいいけれどね」

 

「ああ、そうだな、そうなればいい。だが……それは少し高望みが過ぎるだろう。これから始まるのは戦争だからな……」

 

 硝煙の匂いと肉の焼け落ちる臭い、何度身体を洗い流したとしても、あのニオイが消えることはない。どれだけ振りきろうとしても、身体に残った異臭がそれを忘れさせてはくれないのだ。

 

 もしも、それを忘れることができるとすれば……、それは身体そのものが粉々に砕け散った時だけなのではないかと自分自身に自問自答をするばかりであった。

 

 ――翌日――

 

 森一面に霧が広がる日だった。視界は明白ではなく、前日に広がっていた何処までも続くであろうと思われた森の景色は、今や、僅かに城の周辺だけを明るくさせている。

 

 そんな日の昼ごろの事であった。城の門へと近づいてくる一台の車があった。時代かかった黒塗りの車は城の前に停車すると、中から三人の人物が姿を見せた。

 

「お待ちしておりました、我が主。道中での不便はありませんでしたか」

 

「問題はない。王都はそもそも、我ら貴族の庭に等しい。己の庭で迷う者があるか?」

「………、ご無礼を口にしました」

 

「構わん。貴様こそ、留守の守護、ご苦労であったな、ランサー。連中に不穏な動きはないか」

 

「ええ、皆、この城の中を散策してはおりますが、不穏な動きを見せた者はおりません。皆、主の号令を待ちわびております」

 

「従順だな、私が手ずから選び呼び寄せただけのことはあるな」

 

「高望みかもしれんぞ? 本物の狼と言うのは牙を剥けるその時まで従順な山羊の振りをすると言うからな」

「ふん、それはおまえさんのことじゃないのか、ジャスティン」

 

「かはは、違いない。しかし、俺はタズミ卿を裏切るようなことしないさ。何せその方が俺にはメリットがある。損得勘定で付き合う奴と言うのは、一番信用できない奴であり、同時に一番腹の底が分かりやすいというものだ」

 

 城の主、タズミ・イチカラーの帰還を彼のサーヴァントである黒髪にスーツを着込んだ女性、ランサーが出迎える。

 

 タズミの後ろからは彼の同行者として王都に出向いたジャスティン、そしてやや肥満気味な体型ではあるが、高級なスーツと白帽子を被った貫録のある人物であった。ジャスティンの隣に立っている人物が指をパチンと鳴らすと、その瞬間に、車と運転手が一瞬にして消滅する。

 

 奇術か何かと疑うことなどないだろう。タズミを出迎えるために彼のサーヴァントが姿を現したのならば、ジャスティンの横に立つ人物こそが彼にとってのサーヴァントであるのだから。

 

「タズミの坊や、俺達は先に戻るぜ。どうにも王都なんて華やかな場所に出向くと肩がこっちまう。お行儀よくしているだけってのも疲れるな。ついつい悪戯をしてしまいたくなっちまう」

 

「手間を懸けた、ランサーを置いていく以上、丸腰で出向くわけにはいかなかったからこそ助かった。君たちの場所を選ばない利便性は大変に評価できるものだ」

 

「使い魔風情の言い方が癪に障るが、二度目の生を与えられて、こんな城に住まわせてもらっているとあれば、我儘もいってられんか」

 

 ジャスティンより渡された葉巻を咥え、サーヴァントたる壮年の男性は、ランサーの横を素通りしていく。客人扱いされている人物が素通りしていくことを見逃すランサーの表情はどこか怜悧なモノであった。

 

(アサシンのサーヴァント、アル・カポネ。我々のような戦士とは異なる策謀を巡らせて、相手を葬る存在。我が主の客人として迎え入れている以上、私に彼をどう評価するかの裁定は与えられていない。ただ……不快ですね)

 

 アル・カポネ―――1930年代、禁酒法時代のアメリカ・シカゴにおいて密造酒の製造・販売、売春業、賭博業等を行い暗躍の限りを尽くした伝説のギャング・スター。

 

 直接的な戦闘力自体は皆無に近いものの、暗躍や交渉、あるいは情報遮断と言った搦め手においてこそその真価を発揮するその英霊は彼の部下たちを自由に使役する。

 

 先ほどの時代がかった車とその運転手も彼が生前に使っていた部下たちを召喚して運転させたに他ならない。単一的な武力で言えば、ランサーの足元にも及ばないかもしれないが、王都での守護、どこから誰が襲い掛かってくるのかもわからないような状況では、アサシンの直感と部下たちの運用の方が二人を守るには適していると判断されたのだ。

 

 英霊と一口に言っても、その在り方は千差万別である。戦の誉れを望む者、使える主に忠義を誓う者、己の欲望を叶えたいもの、人間を憎しむもの、それぞれがそれぞれの生き方を貫いてきた結果として生じたものであり、どれが正しい等と断定することは誰にもできない。

 

 ランサーがアサシンを好まないとしても、ジャスティンにとってはアサシンと言う英霊は、その立場からして最も相性が良いと考えて呼び出したのは間違いないだろう。

 

 本来の聖杯戦争とは、このように各陣営が手を組んで一つの母体になるようなことはない。ランサーが覚えている違和感のような胸のざわつきとて、この異質な聖杯戦争に引き込まれていなければ感じる事さえなかったのだと考えれば、些事であるのかもしれない。

 

 例え、アサシン陣営がどのような振る舞いをしていたとしても、タズミにとって利となる行動をしている限り、その行動の総ては容認されるのであるから。

 

 己の倫理観や誇りとサーヴァントとしての立場、その二つを天秤に掛けて、どのように自分の心をコントロールするべきであるのか。そのはざまに悩むランサーの肩に手が置かれる。

 

「マスター……」

「何を呆けている、城に戻ると言ったはずだが?」

 

「申し訳ありません」

「慣れぬ城の留守を任せたのだ、サーヴァントと言えども気苦労はあっただろう、責めはせぬとも。戦働きで挽回して見せてくれよ」

 

「はっ、そちらは万事お任せください」

「今宵の夜に集ったマスターたちを集めて、決起を促す」

 

「では、いよいよ開戦ですか」

「ああ、その勢いのままに我々は王都に攻め込む。忌まわしき七星たちが支配する王都をこの地に生まれ育ってきた古き人々の手に返す。いよいよだ、いよいよその時がやってきたのだ」

 

 これより先に来たるべき未来を夢見て、タズミは笑みを零す。七星たちなど怖れるに足らず、それほどの魔術師たちを集めた。これより先は己が時代の趨勢を握るのだと己の力量を絶対であると彼は踏んでいる。

 

 ランサーはそこに異論を挟まない。主従を結んだ以上、彼を守りきることこそが彼女の使命だ。例えそれが、生前と同様に「負け戦」になるかもしれないと分かっていたとしても、それを拒絶することをしない。

 

 かくして、時間だけは誰にとっても平等に過ぎていく。

 

「はぁ、まったく嫌な天気もあったもんやな。辛気臭い場所が余計に辛気臭くなっとるわ。タズミが帰ってきおったからやないんか?」

 

「朔ちゃん……卜占の結果、聞く?」

「……、ええわ、聞かんでも姫の反応見れば、何となく言いたいこともわかるもんな」

 

 朔姫は窓から外を見る。霧のかかった森に覆われた居城は、まるで絶海の孤島のようですらある。この霧の先に進軍するのか、それとも自分たちはここに追い込まれたのか。

 

 キャスターの卜占が何を指し示しているのかを聞くほどの勇気は朔姫にはない。聞いたところで暗い気持ちになるだけなら聞かない方が100倍はいいだろうし、予想できることに落胆しなくても良くなる。

 

 人間誰しもが気持ちの持ちようだ、万事それでぬかりなくということはないだろうが……、変に暗くなりすぎることはないし、だからといって知っていればそれに備えることができる。

 

「長い1日になりそうやな……」

 

 この地に集められたマスターたちにとって、今日は忘れられない1日になる。そんな予感を此処に抱えていた。

 




朔姫とキャスターのクソガキコンビ好き

Twitterやってます。SVのこぼれ話などを載せています
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