Fate/Stardust Vendetta―星屑の復讐僤――   作:ソクリ

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第23話「アトラクトライト」②

――王都ルプス・コローナ・王宮――

「失礼、前国王、先ほど、星灰狼と女王陛下の戦いが始まりを迎えました。長くかかることはないでしょう。これにて、此度の長きに渡る聖杯戦争もいよいよ終わりを迎える事でしょうな」

「そうか、ご苦労であった、セイヴァー……いいや、ザラスシュトラ殿と呼ぶべきか?」

 

「そのような世辞は不要ですよ、前国王。何せ、結果次第では、我々とあなたがた七星は敵対することになるのです。束の間の休戦であったとしても、わざわざ、我々に心を許しておく必要などありませぬ。我々はあくまでも聖杯を顕現させる、その為に結んだ共犯者に過ぎぬのですから」

 

「共犯者や同盟者、そのような言葉を使って許されるのは灰狼やカシムのような者だけだ。儂はあくまでも場を提供しただけに過ぎぬ。七星としての運命に導かれ、今日まで歩んできた。娘には最後まで理解をされなかったがな」

 

「どのようになさるおつもりで?」

「それは勝者が決めることだ。少なくとも、命を奪う選択は出来んとも。先日、女王の冠を継いだ娘が命を奪われるような事態になればこの国そのものが揺らぐ。そうなることを望んでおる忌み血共は無数におるかもしれんがな」

 

「血塗られた権力闘争、かつて侵略王とその配下たちは鉄の絆で結ばれ、大陸を制覇したと聞きます。ですが、侵略王が亡き後は、一族での争いを続け、広大なるモンゴル帝国は縮小の一途をたどった。七星もそれは変わらず、血を残し、いずれはかつての夢を果たすのだと望みながらも、血で血を争う戦いを避けることは出来なかった。

 夢、願い、祈り、人が天に仰ぎ見る多くの言葉であります。ですが、人はそこまで強くはない。必ず欲望が生まれ、欲望は罪を作り、罪は善と悪を分け隔てます。人間がその身に抱いた原罪です。

 どれほどの英雄であろうとも、どれほどの理想的な君主であろうとも、絶対的な善にはなれない。人が人である限り、人は完全に一つになることは出来ぬのですから」

 

「だからこそ、絶対的な善の神であれば、人類を救済できると?」

「然り、それを為し遂げるための枷を外す事こそが我が役目、そのためにこの10年間、様々な場所で動いてきました。星灰狼が私を利用したように、私も彼を利用した。果たして世界が私と彼のどちらかを選ぶのかはまもなく見えてくることでしょう。

 何せ、世界は善によって救われなければならない。矮小な善では悪は流転するのみ。善と思う行動を為しても、それが悪になる。善悪二元論こそが人類の宿業、我らはそれを乗り越えなければなりませぬ」

 

「道理だな、だが、果たして、それほど上手くいくのかな?」

 

 国王はセイヴァーの語る彼の物語、彼の理想に対して、疑念を口にする。

 

「気を悪くするな、救世主。これは年寄りの戯言だ。数千年の年月を経て文明を成熟させても尚、争い続ける人類の咎を背負いながら、一つの国を治め続けてきた者の戯言だ。儂にはな、完全なる善の世界と言うものが想像できぬのだ。理想であることは分かる。我々がそれを目指すべきであるということに何ら異論はない。

 争うこと自体が人類を成長させてきたのだとしても、もはや人類は十分に成熟した。これより先の争いは成長よりも滅亡を呼び起こすことになる。そんなことは誰もが分かっておることです。ですが、やはりわからない。何をすれば、そこに行き着くことができるのかを誰も想像など出来ぬのです」

 

 何が正しいのかは誰もが知っている。世界平和こそが正しいことを知っているからこそ、人類は誰もがそこを目指そうと標榜するのだ。

 

 しかし、不思議なことにそこに行き着こうとすると誰もが答えを見出せなくなる。さまざまな事象が雁字搦めのように人々を支配してそこに行き着くことを困難にさせるのだ。

 

 そんなことをもう何百年も人類は繰り返してきた。長い時間をかけて、自分たちが愚かであることを自覚して、長い時間をかけて、善なる者になれないことを自覚させられた。

 

「もしも、完全なる善というものが生まれた時に、果たして我々は同じ人類であるという事が出来るのだろうかと思ってしまうのです。人類と定義されただけの全く異なる存在であるのではないかと……」

 

「問題は無かろうとも、それすらも超津するからこその善神、前国王よ、貴方のその心のわだかまりこそが神によって救済されるべきことだ。人では答えに辿り着けない。ゆえにこそ、神は存在し、神は人々を導くのだ。そして、私もまたその導かれるべき1人であろう」

 

「救世主とまで謳われた貴殿でも、か……?」

「左様、私はあくまでも神の意思を伝える者に過ぎない。貴方と同じ迷える人に過ぎませんよ。救っていただかなくてはならないのだ。この世に悪がはびこるのであれば、善こそがそれを駆逐し、世界を救う、アヴェスターはそうして世界を形作るのだから」

 

 間もなく始まるであろう、降臨の儀を前にして、セイヴァーはその時を心待ちにする。ああ、素晴らしきは此処まで筋書き通りに動いてくれた者たちであろう。あと少しだ、まもなくだ、それを以て、いよいよ総てが幕を迎える。

 

「さて、遠坂桜子よ。道半ばで命を落とすようなことをしてくれるなよ、君こそが、我らの望んだ見届人、我らが神の導きし世界を伝える伝道者となるべきものであるのだ」

 

――王都ルプス・コローナ・正門前――

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ、七星流剣術―――」

「はっ、疾っ―――ッ!!」

 

 戦闘開始より僅かな時間で、桜子は桜華が歴代七星における最強の女戦士であるという事実をその身を以て理解させられることになった。

 

 あらゆる攻撃が技を出すよりも先に潰される。七星散華のような反応速度によって、桜子の攻撃が出ると理解した瞬間に次の動きをするわけではない。むしろ、そんな領域の話しではないのだ。

 

 彼女は一言で言うならば、桜子が何をするのかを先に理解している。理解したうえで、その攻撃を潰すための攻撃を行っている。もしも、有形の武器を握っている身であれば、最初か二回目の攻撃で桜子は戦う術を失っていただろう。

 

 武器破壊、部位破壊、勿論、通常の暗殺術、それらを組み合わせて生まれる演武のような攻撃は、まるで蝶が舞い踊っているかのようである。

 

 遊ばれている、これまでに無数の戦いを経験し、宗家の後継者である散華にすらも勝ってきた桜子が思わずそのように実感するほどに桜華との実力差をあっさりと理解させられてしまう。

 

「ふぅ、まったくダメね、元々の自分の身体の大きさや体重で動きを考えてしまっている、この娘の肉体での動きの最適解を再現することが出来ていないわ。七星の血の補助があってもこれとは、存外、子孫たちが受け継いできた血というのもあてにはならないものね」

 

「その見込みの違いで、私は生かされているってこと?」

「あら、最初から私は殺す気でずっと攻撃を放っているわよ? それを貴女が必死に守っているだけ。自分のことを褒めてあげなさい。後世の人間であるとはいえ、私を相手に此処まで生き残ることが出来た者は早々いないわ。貴女、やっぱり、見立ての通りの実力者ね」

 

「それはどうも……、貴方に言われても余計に力の差を思い知らされるだけではあるんだけどね」

 

「それは仕方ないわ。私は最強の七星ですもの、才能にかまけた散華とも、知識だけで補てんしようとしたカシムとも違う。私は才能にも血にも愛された。七星と言う一族に愛された存在こそが、この私、七星桜華よ。それはもうここまでの戦いで十分に理解できたでしょう? 私は完全に七星の血による反射と経験値から来る思考を制御できている」

「…………、聞きたくないんですけど、そういう絶望的な話しは」

 

 桜子も桜華の言葉で、彼女が何をしているのかを理解できた。いや、そもそも理解するも何もそんなことが本当に出来るなどと、誰が考えるというのだろうか。言ってしまえば、桜華は究極的な先読みをしているのだ。桜子が僅かにする戦闘前の予備動作から、桜子が何をするつもりなのかを理解して、それに見合った反応をする。

 

 言葉にすればそれだけだ。それだけのことでしかない。だが、そのあまりにも簡単な説明を実際に展開することがどれ程難しいことなのかを桜子は理解している。

 

(私には無理だ……、相手が何をしてくるのかを理解していたとしても、それに合わせて最適な動きをすることができない。私に出来ることはあくまでも七星流剣術で相手の攻撃に噛み合わせるだけ。実力差が開いても、相手の攻撃を完全に食いつぶす攻撃なんて、普通は出来ない……)

 

「私の強さの源泉は理解できた? 私はね、型がないの。貴女が使っている七星流剣術も、兄様が使っている七星流槍術も、私に言わせてもらえば、自分の動きを制限しているだけの枷そのもの。だってそうでしょう? その戦い方を身につければ、その戦い方しかできなくなる。その戦い方が通用しない相手に出会ったらどうするの?自分を信じて戦うとでもいうの? その戦い方が出来る自分しか知らないというのに?」

 

 それはおよそ常人の発想ではない。常人は自分の強さを固定化するために一つの流派、あるいは自分の戦い方を確立させる。無駄が多い人間の動きを如何に統制し、十全に発揮するのかに拘るのが武術を学ぶ者たちの共通認識であると言えよう。

 

 しかして、桜華は違うのだ。そもそも根本からして常人の発想とは異なっている。

 

「型に嵌めるなんてことをしてしまったら、それしかできなくなってしまうじゃない。だから、私は無なの。どんな流派も形も持たない。その瞬間、その環境で最も適切な攻撃を選ぶわ。貴女と同じく七星の魔力で生み出す刃こそが、私の武器だから」

 

 七星桜華に決まった形の戦い方はない。百回闘えば彼女は百通りの戦い方を選択するだろう。武の神に愛され、七星の血に愛された真なる天才、桜華を前にすれば、散華もカシムも共に贋作だ。星灰狼が彼女に全幅の信頼を寄せることも理解できる。

 

 大陸に渡った七星の一族を導いた桜雅、その武力の象徴であった桜華、彼ら二人がいなければ、今日に至るまでの七星の隆盛はありえなかっただろう。

 

 そして、その隆盛は、これより先に復活する。

 

(参ったな、まさか、ここまでなんてね。ロイが相手をしても勝てるかどうかわからないよ、この人……)

 

 おそらく、七星流剣術のどの技を使ったとしても、桜華に通用するとは思えない。あらゆる技を使っても尚、出し抜かれるであろうことは、ここまでに数手、攻撃を重ねただけでもわかる。格が違う……、それをここまで肌で感じることができる相手もいない。

 

 歴代最強の七星、その称号に全く見劣りすることがないその実力はただ対峙しているだけで桜子を絶望の淵に落とすには十分すぎるほどの意味を持っていた。

 

(なんて、諦めるわけにはいかないよね、レイジ君が戦っている横で……!)

 

 強大な敵と戦っているのはレイジも同じ、大人である自分が諦めるわけにはいかないし、桜華同様桜子にとっても此処は通過点だ。決着をつけるべき相手がこの先にいる。

 

 諦めるわけには当然、いかない。

 

「実力差は示した。でも、諦めない。それはアレかしら。私がやはり本調子ではないからかしら? それもそうね、だって、まだ貴女を殺しきれていない。私の思考の中では、既に貴女は二度殺されている。でも、実際にはその想定を覆されている。攻撃を防がれたとか躱されたとかそういうことで驚きを覚えているんじゃないの。それすらも想定して攻撃しているのに、届かないことは、単純にこの身体のせいということになるのよね」

 

 先に口にしたように、桜華の精神の感覚とターニャの身体を使っていることへの整合性が追い付いていない。元々の桜華の身体であれば、既に桜子は倒されているがそれが出来ていないということは少女の姿であるターニャの身体を使っての戦い方を確立しなければならないということに他ならない。

 

「不満ではあるわ、自分では勝利のイメージがついているのに、身体がそれに追いつけていないなんて、でも、それはそれで今から調整すればいい。分かるかしら? その調整が終わる時が貴方の最後よ、桜子」

 

 実力の上では絶対に出し抜くことが出来ないほどの差が付けられている。よって、倒すことができるとすれば、この何度かの攻防の中で桜華が感じ取っている少女の姿である自分への違和感を拭うまでの間だ。その間でさえも桜華は桜子を殺すための刃を放つだろう。

 

 言わば命がけの時間制限、ターニャの身体に慣れるまでに桜華を出し抜くための手段を見つけることが出来なければその時点で、桜子の命運は決するだろう。

 

「怖い人だね、まったく」

「そうでもないわ、少なくとも、貴方のことを認めてはいるんだから」

 

 遠坂桜子は自分と立ち会って未だに生きている、屈辱であり同時に桜華にとっては得難い相手だ。彼女を斬ることが出来れば、かつてと同等の実力を取り戻すことができるだろう。この違和感を拭うことが灰狼の世界制覇へと繋がるのだと彼女は信じている。

 

「さて、どうしたものかな……」

 

 答えは出せない。ただ、負けるつもりはないし、絶望もしていない。何故なのかはわからないが、勝てないとは思っていない。

 

(何となくだけどね、あの神様にだけは感謝したくはないけど、あいつが私を買ってくれていることで何とかなるんじゃないかと思えている。ほんとっ、感謝はしたくないけど)

 

 ここで自分は死ぬ運命じゃないなんて考えるのはまさしく馬鹿らしいけれど、今はそう考えるだけでもだいぶ救われると思っている。

 

「桜華はまだ本調子じゃないか。まぁ、回生は俺のように幼少期から慣らしていくことで本来は自分を合一化させる。肉体を単純に与えられただけでは違和感を拭うことはできないだろう。そこらへん、先輩としてはどう思っているんだい、レイジ・オブ・ダスト? おっと、危ない、危ない」

「余計なことを口走るな!」

 

「つれない態度だな、お前はずっと俺と戦いたがっていたじゃないか。それとも、あれか? 愛しい女王陛下が傍にいるから、俺と会話はしたくないということか?」

「あいつと友誼を結んだのはこの身体の持ち主だ、俺じゃない、くだらない言葉で俺を惑わせるよう賭しているのなら逆効果だぞ、灰狼!!」

 

「別に遊んでいるつもりはないがな、君はどう思う女王陛下、彼の焦りぶりは少しばかり滑稽には映らないか? まるで、自分の死期を悟っているようじゃないか?」

「……貴様ッ!」

 

「言葉で私達を惑わせるよう賭しているのなら逆効果よ、灰狼。私達は迷わない。ただ、貴方を倒すためだけに此処に立っている。今の私はセプテムの女王でも、七星の一族でもない。聖杯戦争の参加者の一人としてあなたと対峙しているわ!」

 

 リゼは毅然と言い放つ。灰狼の存在はセプテムにとっての害悪となる。前国王であった父からすれば歓迎するべき相手かもしれないが、リゼからすれば排除しなければならない対象、灰狼もそんな我儘めいた反応を浮かべるリゼに対して嘆息する。

 

「やれやれ、俺が関わる以前の話しとは言え、その身体の持ち主は随分と面倒なことをしてくれたものだ、セプテムは我ら侵略王の軍勢がもっとも西進を果たすに成功した場所へと建国された国、このルプス・コローナこそが我らの侵略戦争を再開するために用意された街であった。

 故にこそ、セプテムの王族たちは代々、七星であること、そして侵略王復活の暁には、それを全力でサポートすることが義務付けられていたというのに……七星の血に飲まれるよりも女であることを選んだか。なるほど、散華の事情に共感する訳だ。桜子といい、キミといい、七星の使命に殉じることを選んだ我が妹を見習った方がいいぞ?」

「貴方に散華さんのことを悪く言う資格なんてないわっ!」

 

 宗家に生まれた宿命によって自分の心を壊されてしまった散華、桜子にしてもリゼにしても彼女の境遇はそうであったかもしれない可能性であった。だからこそ、そんな在り方を侮辱されれば怒りを覚える。

 

「生まれた時から七星の運命に縛られる、そうだ、その通りだ。俺も同じだよ。生まれたその瞬間から俺は灰狼だった。本来育まれるはずの自我が芽生えるよりも先に灰狼としての己を刷り込まれ、歴代の当主たち同様に灰狼の生まれ変わりとしての己を確立している。

 だが、それを悲観したことはない。人は誰もが平等ではない。何かしらの欠損を抱え、何かしらの不幸を背負いながら人々は生きている。俺にはそれが継承しなければならない役割があったというだけの話しだ。与えられたものを有効に活用するのか、拒絶するのかは結局のところはその者の才覚だ。リーゼリット女王、今からでも遅くはない。俺と共に覇道を歩もう。前国王の顔を立てて、俺に反旗を翻したことには目をつむるとも」

 

 今更、リゼ一人のことに拘泥するつもりなどないと言い切る灰狼、前国王との関係性もある以上、ここでリゼを殺すわけにもいかない以上、さっさと彼女に翻意を促す方が色々と手っ取り早い。

 

 だが、リゼは灰狼を睨みつける表情を変えない。

 

「お生憎ね、灰狼、自分で言ったでしょ、私も女王である前に女なの、自分の大切な相手を弄んだような奴と手を取り合うなんて、絶対に無理!! そんな誘い方しかできないから、妹が相手になるしかなかったんじゃないの?」

「まったく随分と言うようになったじゃないか、お淑やかではない女は好かれないぞ」

 

「お淑やかでウジウジ、何もしていなかったおかげで後悔ばっかりだったから、そんなの当てにならないわ!」

 

 リゼも灰狼への舌戦では負けていない。灰狼に主導権を握らせるようなことになれば、全体の状況に影響してくる。自分自身で灰狼を倒すことができないことは分かっている以上、レイジを援護して、灰狼を倒すことこそがリゼの役割なのだ。

 

 すでにリゼとレイジの感覚は共有され、レイジ自身、通常戦闘時に比べてはるかに自分の視野が広がっていることを理解する。この力で戦っていたのだから、ヨハンは強かったはずだ。

 

(いや、相容れない立場ではあったが、あいつは最後まで自分を貫いた。彼女が悲しむことを分かったうえで、自分の愛を貫いたし、彼女が救済されることを望んだ。そんな奴を倒して、俺はここに立っている。だったら、絶対に彼女を殺すようなことだけはさせてはいけない。悲劇を繰り返すな、もう二度とこいつに何かを奪わせるようなことはさせない!)

 

「ほぅ、表情が変わったね、改めて決意を固めたか。獣が男の顔になったじゃないか」

「うるさい、お前を噛み潰すための牙を置き去りにしたわけじゃないぞ」

 

 言うが早いか、レイジの蛇腹剣が灰狼目掛けて一気に突き進む。その軌道はリゼとの感覚共有によって一気に広がった視野の下、複雑な軌道を描きながら、灰狼へと突き進んでいく。

 

「甘いなッ!」

 

 しかし、当たり前のようにその攻撃は灰狼が握る槍によって受け流される。所詮は刃の集合体、身体を切り刻まれる危険性が待っているとしても、冷静に対処をすれば、そのうちの一つの軌道をずらすだけですべてが軌道を外れていく。

 

 動いている刃に対して、攻撃を当てるということ自体が達人でなければ不可能なことではあるが、灰狼からすればさして驚くことではない。レイジとは初めての戦闘ではないし、何より彼にとって最も身近な比較対象は自分の妹だ。才覚溢れ、歴代最強と呼ばれる桜華と比較をしてしまえば、強さに傲慢になることなどありえない。

 

「いいや、甘いのはお前だ、今の俺は、これまでの俺じゃない」

 

 リゼの感覚共有によって、蛇腹剣が弾かれることを理解するよりも早くレイジは動き出していた。攻撃がどんな形で決まる、あるいは防がれようとも、次の動作を始めていることが感覚共有の最も強みとなる点だ。

 

 加えて、今のレイジは402号との戦い、そしてカシムとの激戦を通じて、七星の血が完全に目覚めている。感覚共有による先読み、七星の血による戦闘経験の蓄積と反射神経、そして、灰狼に対してのおぞましいまでの執念がかないまぜになった今のレイジは弾かれた蛇腹剣を一瞬にして大剣へと戻すと攻撃を弾く動作直後の灰狼に向かって大剣を叩きつける。

 

「ぐっ……!」

 

 しかし、灰狼とて奇襲一つで驚くような心胆ではない。レイジ同様に槍という小回りの利かない武器を使っているにもかかわらず、弾くために振るった槍を元の形に戻すよりも早く、動きを戻す動作の中でレイジの攻撃を受け止める。

 

 明らかに力を入れることができるような体勢ではないために、当然、腕の筋肉、そして全身への負担は避けられないが、一撃で破壊されるという事実を避けるためであれば十二分に意味を成す。加えてレイジとリゼの戦闘力を確認するという意味でもこの攻撃を受け止めた意味は大きい。

 

「なるほど、ハリボテとして戦っているわけではない様子だな、もっとも、二人がかりでこの程度であれば、やはり俺を追い越すことはできないな」

 

「貴様ァァァァァァ!! ごほっ、げほぉ……」

「レイジ君……!?」

 

「事実を語っているだけだよ、レイジ、お前の身体の限界が近いことは、総ての筋書きを作った俺が一番よく理解している。402号を倒すまではまぁ、予想できる範疇ではあったが、まさかカシムまで倒すとは思っていなかったのは事実だ。だが、その代償も大きかった。七星の魔力を無理やり溜めこみ、自身と他人の境界線もあいまいになっているお前は遠からず、身体が拒絶反応を起こして、内部から崩壊する。むしろ、既に細胞は崩壊を始めているはずだ。そんな状況でどこまで抗える?」

 

 いかにレイジが自分の予想を上回るほどの進化を果たしたとしても、所詮は自分の掌の中に過ぎない。地獄の底まで追いかけ回されるのであればまだしも、レイジは死に体だ。いかに、リゼがバックアップに回ったとしても、このまま七星の力を使い続ければ死ぬ。

 

 灰狼はそのレイジの限界までの時間を耐えていればいいのだから、こんな簡単な話しはない。灰狼はそうした意味では大人だ。自分の実力で聖杯戦争の最後の勝利者にならなくてもいい。聖杯を手にすることができるのであればどんな形であろうとも構いはしないのだ。

 

 時間稼ぎ、策謀、事前に用意した魔力タンクを扱う、どれもこれもが聖杯戦争を誇りを懸けた戦いであるとみなすものからすれば唾棄すべき行為ばかりではあるが、結果はこの通り、灰狼は誰よりも聖杯を獲得するに相応しい立ち位置にいる。

 

「吼える暇があるのなら、さっさと俺を倒すべきじゃないかな、レイジ? もっとも、必死になればなるほど、時間は無くなっていくだろうが」

 

「構わないさ、最後の最後にお前を道連れに出来るのならそれでいい!!」

「レイジ君……」

 

 浴びせられるだけで失神しかねないほどの殺意を向けられながらも、灰狼はそれをそよ風のように受け止めている。復讐の執念と千年の約束、どちらに価値があるのかなどと余人に判断の着けようがない。

 

 マスター同士の戦いは大方の予想通りに進み、サーヴァントの戦いもまた予想通りに進んでいく。

 

「くわっはははははははは、どうしたどうした、余を屠るのであろう? 余を越えるのであろう? 早く為し遂げて見せよ、その程度の実力で貴様は草原の覇者になったのか? 語るに落ちるわ!! 覇者など、このチンギス・ハーンなければこその称号ではないか!!」

「ぬっ、があああああああ」

 

 侵略王の戟とアヴェンジャーの偃月刀が激突し合う、互いに互いの身体を破壊するために放たれる武骨な刃は真正面から激突し、互いの肉体を傷つけていく。

 

 特筆するべきは、アヴェンジャーが侵略王同様に馬を使っていること、これまでは、両の足で戦っていたアヴェンジャーが初めて、遊牧民族として騎馬を使う。無論、その扱い方は一流だ。草原の覇者と呼ばれたティムールもウィリアムや侵略王に勝るとも劣らない騎乗技術を持ち合わせている。

 

 むしろ、二人の戦闘力に差を生み出しているのは、このセプテムという国における知名度補正の差であろう。侵略王の世界制覇のために生み出された国であるセプテムは侵略王にとって故郷であるモンゴル高原に次いで関りの深い国である。国民たちの誰もが明確にその目的を共有していなかったとしても、その意識、心の根底には、この国が生み出された理由が刻まれている。

 

 だからこそ、強い。この国に召喚されたからこそ、侵略王は四駿という規格外の英霊娼館までもを行う事が出来た。

 

「期待外れではないか、比較対象をあのランサーで見てしまうのではな、あれは紛れもなく一対一の戦いであれば余をも凌ぐほどの強者であった。惜しむらくはこれが聖杯戦争であったということだけであろう。己が武芸を披露するだけの場所であれば、余こそが地面に這いつくばっていた。あれを踏み越えたのだ。ならば、貴様で止められるのでは、ランサーに申し訳が立たぬわ!!」

 

『良く言うよ、敵対していたんだから、ランサーはお前が止まってくれた方がいいと思っているに決まっているだろ』

『やめておけ、ああいう英傑と言うのは、自分と対峙した者に夢を見てしまうのだ。所詮は、儂らのやっていることなど、ただの殺し合いに過ぎんと言うのにな』

『それで勝算はあるのかい、ティムール?』

 

「…………」

『おい、そこは何か言わんか!!』

 

「勝てる、勝てないの次元で戦っているわけではない。勝つと決めている。我らが主であればそのように言うだろう」

『確かにね』

 

 実際の所、侵略王の強さは規格外だ、幻獣たちを倒し、戦車を破壊し、四駿のほとんどを壊滅させ、人造七星すらも無力化した。しかし、それでもなお強い。片手落ちですらもまだ足りないほどに戦力を失いながらも、いまだに意気揚々と戦いを続けている。最後には自分が勝つと信じて止まずに、戦いすらも楽しみ、勝利すれば当たり前のように奪う。そうした精神性の上に立脚しているのだ。

 

 勝てる、勝てないの次元で考える方がバカらしい。彼と対峙すれば誰もが勝てるだろうかと考えてしまうのは間違いない。

 

「だが、余は貴様が最後の相手であってくれてよかったと思っている。勿論、キャスターがまだ残っているが、あれは子孫たちの弔いも含めて倒すが、やはり貴様は特別よ、ティムール、草原の民よ。貴様と刃を結ぶたびに、モンゴル高原を駆け抜けていた頃のことを思い出す。青臭く、ただ進むほどに何かを掴みとっていたあの頃の記憶だ。敗北もしたし、挫折もした。だが、得る者は無数にあった。あそこで戦いつづけなければ、灰狼や桜華に会うこともなかった。

 余はこの戦いに勝利して、再び世界に覇を唱える。そのために立ちはだかる相手がお前であることは数奇な運命だ、かつてを思い出し、そしてかつてをなぞるのであれば、やはり勝利は余の手に届くだろう。なぁ、ティムールよ、貴様の復讐の刃は余に届くか? 余と灰狼の千年の誓いに及ぶのか? 気概を見せてみるがいい!!」

 

 灰狼があくまでもレイジを勝利するに相応しい相手とすら思っていないのと対照的に侵略王はティムールが強き存在であることを望む。自分が倒すに相応しい相手であることを望んでいる。

 

 この聖杯戦争で争ってきた者たちそのどれもが英雄と呼ばれるに相応しい相手であった。かの侵略王をして苦戦させられる相手ばかりであった。だからこそ、ティムールにもその相手たりえることを望んでいる。

 

「まだ戦えるであろう、まだ総てを出し切っておらぬであろう。貴様の中に宿る二人の英霊の力も全てを吐きだせ。吐きだしきって、出し尽くして、その上で余の覇道を再開するための礎となるがいい」

 

『僕は彼と戦えるほどの力なんてないんだけどなぁ』

『儂らと同列扱いしてもらえておるのだからもっと喜べい!』

 

(棺ともう一つの宝具、それらを使って互角の戦いを演じることはできるだろうが、出力不足を解消することは出来ぬ。リーゼリット女王の力で判断能力そのものは向上しているが、そもそもの地力が違う中で何処まで抗う事が出来るか……)

 

 おそらく、それは自分だけに限った話ではないだろうと、アヴェンジャーは思う。レイジもリゼも桜子も誰もがそのように思っている。

 

 そして、もう一つ、真正面から幾度も刃を交えあったがために互角の戦いを演じているこちらの戦場も……

 

「ぬぅぅぅん!!」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 槍と槍が激突する。馬に跨り戦場を駆けるスブタイと、両の足のまま、それを追い立て攻撃を続けていくアステロパイオス、他の戦場が灰狼たち側の圧倒的な有利で動く中でも、この戦場だけは僅かに状況が違う。

 

 ある種の膠着状態、ここまでに三度、アステロパイオスはスブタイと戦ってきた。オカルティクス・ベリタス、戴冠式、そして昨日、スブタイの情報、そして戦闘スタイルを整理するには十分な情報量が入っており、彼女としても、此処までに培ってきた情報と自分の戦闘スタイルを以て、過去三戦のいずれよりもスブタイを追い詰めている。

 

「やるな……」

「そちらこそ!」

 

 不思議なことに芽生えるのは戦士としての敬意だ。自分がここまであらゆる力を振ってでも倒せない相手、いまだに抵抗を続ける相手、侵略王がティムールにそうであることを望むように、この聖杯戦争最終局面でスブタイが望むのはある種の強敵であった。

 

 それを果たしてくれている。アステロパイオスは実に良き女だ。男と女の差で敵を判断するなど馬鹿げている。それは自分のマスターである桜華が一番よく証明している。

 

 同胞であるが故に争うようなことはしなかったが、もしも生前に桜華と争っていれば、スブタイは敗北を経験していたかもしれない。それほどまでに彼女は苛烈だ。

 

「ハーンは、此度の戦い、自らの手で戦を楽しむと口にされた。であれば、この身もまた一介の戦士として、血に狂うとしよう」

「そうですね、私も小難しいことを考えるつもりはない。此度の戦い、私たち全員がそれぞれの勝利を為し遂げればいい」

 

「出来ると思うのか?」

「ええ、私は私の仲間たちを信じていますから……!」

 

 それぞれがそれぞれの困難に立ち向かっている。ならば、自分も目の前に存在している困難を前に、白旗を上げるわけにはいかない。

 

 三度にわたって結ばれた因縁、己の主に捧げる勝利を確かなものとするために、アステロパイオスは槍を握る力を強める。かつては敗軍の将であったが、此度は主に勝利を献上する。

 

 その強い意志が変わることはない。聖杯戦争のマスターとして、友として、戦場に身を投じる女同士として、絶対に桜子をこの戦場から帰還させる。

 

 そのために必要な力の総てを叩きつける。この戦いこそが、アステロパイオスの聖杯戦争、その集大成であるのだから。

 




見てるか、カシム。これがお前がなろうとしていた「最強」の実力だぞ。

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