Fate/Stardust Vendetta―星屑の復讐僤――   作:ソクリ

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第23話「アトラクトライト」③

――夢とはいずれ破れるもの、夢とは見果てぬものであるから、人は焦がれ、願いを託そうとするのである、

 

 イェケ・モンゴル・ウルス、我らが生み出した夢の形、ハーンという圧倒的な力の元に結集した者たちは、決して同じ方向を見ることなどできないであろうと思われていたモンゴル高原の統一を果たし、敵対するあらゆる勢力を駆逐していく。

 

 そこには夢があった。我らがこの世界の覇者になれるという夢である。ハーンとともに駆け抜け続ければ、勝利の高揚感を得ることができる。ともに戦えば富を手にすることができる、食べるものに困ることもないだろう。

 

 あらゆるものを得ることができる万能感に誰もが酔っていた。誰もが自分たちにできないことなどないのだという思いを抱いていた。

 

 それがハーンという圧倒的な存在によって支えられていることに気づくこともないままに、我々は世界を駆け抜け続けてしまったのだ。

 

「ジュチ様は……、ハーンの後継者には相応しくなかろう」

 

 侵略王チンギス・ハーンの死、それをもって、我らの夢は、一つではなくなった。新たなハーンの冠を手にするのは誰であるのか、モンゴル高原のしきたりは強いものに従うということだけであり、誰がその冠を手にするのかは定められていない。

 

 ハーンが人として、その命を終えた時に、私―――スブタイは、キエフ攻略へと従軍していた。ハーンの第一子であるジュチ様の長子であり、ハーン同様に戦の才覚に愛されたバトゥ様率いる軍によって、後にタタールの軛とまで呼ばれるキエフ支配に必要な戦に取り掛かろうとしていたのだ。

 

 ハーンの位を誰が引き継ぐのか、モンゴル高原の各部族はグリルタイと呼ばれる会合が設けられ、次期ハーンを決めるための話し合いが行われた。

 

 敵は目の前にいるが、グリルタイが終わるまでは本格的な戦いをすることはできない。そのように命じられ、時間が置かれ、そして気づいた時には自分たちの知るモンゴル帝国は大きく様変わりしてしまった。

 

 ハーンの下に絶対的な統制が置かれ、すべてを一つの槍のように集中させていたはずのイェケ・モンゴル・ウルスはその後継者争いでゆっくりとだが、確実に変質していった。

 

 兄弟間での諍い、どんな圧倒的な帝国であっても必ず生じる、その血で血を洗う争いに巻き込まれることとなったのだ。

 

 それでも、モンゴル帝国は負けることはなかった。それぞれの兄弟が攻める相手に対して、全力を出し、キエフを攻める我らの軍もまた敗北などすることもなく、勝利を続けてきた。

 

 そして、キエフを完全に攻略することに成功したその時に、バトゥ様はそこに己の国を建国することを決めた。

 

「やつらは父を認めなかった。既に余と連中の道は違えた。スブタイよ、お前はモンゴル高原に戻れ。余はこれより、このキエフにて、版図を広げていく」

 

 そうして、後にキプチャク・ハン国と呼ばれる国は生まれ、バトゥ様が再びモンゴル高原に戻りグリルタイに参加することはなかった。

 

 そして、一つ、また一つと、あれだけ隆盛を誇り、鉄の絆で結ばれていたはずのモンゴル帝国は確実に終わりを迎えようとしていた。

 

 ハーンと共に戦い、ハーン亡き後もその見果てぬ夢を追いかけて戦い続けてきた。しかし、今となってはその同じ夢を見ている者がどれ程いるのだろうか。

 

 私が生きている間にモンゴル帝国が消滅するようなことはないだろう。しかし、子あるいは孫の時代になればどうか。ほころび始めた絆がもう一度修復されると夢を見るのはあまりにも都合が良すぎると言えるだろう。

 

「スブタイ、俺は諦めない。必ず、ハーンと共に夢見た大陸制覇の夢を、我らが共に掲げた夢をこの手で叶える。たとえ、どれほどの年月が経過したとしても、誰もがその夢を忘れてしまったとしても、俺だけは、七星桜雅だけはそれを覚えて、必ず実行すると誓おう。

 だから、お前もどうか信じてはくれないか。遍く奇跡の果てに我らは再び集い、そして夢の続きを見ることになるのだと」

 

 誰もが帝国の崩壊を感じ、誰もが夢は終わりを迎えたのだと実感し始めていた頃、同じようにハーンよりも長く生き、このスブタイすらも驚かせるほどの絶技を持ち合わせた女、七星桜華を妻に迎えていた七星桜雅こと、星灰狼は我にそのように宣言した。

 

 果たしてどれ程の思惑がその当時に灰狼の中で仕上がっていたのかは定かではない。しかして、彼はこの現代において、確かにその約束を果たした。誰もが夢は終わったのだとかつての自分たちの疾走を諦めていく中で、モンゴル高原の出身でもない、ハーンに拾われただけの極東の魔術師がその願いを叶えるために千年の時間を費やしたのだ。

 

 スブタイは星灰狼の行動の総てを許容したつもりはない。人造七星や、レイジ・オブ・ダストへと行ってきたことの所業、回生という手法によって半ば子孫を食いつぶす形で生き残り、今も目的の為に邁進を続ける姿はおよそ人道の面から見れば、許されざる行為を為しているだろう。

 

 しかし、そもそも、我らは侵略者。他人の土地を踏みあらし、己の夢のために犠牲にしてきた者たちの集団であればこそ、今更そのような人道を説くことこそが愚かしい。

 

 重要なことは一つだけだ。星灰狼は壊れてしまった我らの夢をたった一人で守り抜き、今日まで、我らの夢を保ち続けた。十分だ、それだけで命を懸ける価値がある。

 

 絆が壊れ、夢が現実へと引き戻されるあの感覚を覚えていればこそ、その夢を抱き続けることの困難さを我は誰よりも知っている。

 

 他の四駿たちもハーンですらも、灰狼がどれ程の偉業を果たしたのかを知りはしないだろう。モンゴル軍の離散を知っている私だけが理解できる。この戦いに賭ける意味を理解できる。己自身の敗北は知らずとも、私自身に願いがなかったとしても、星灰狼の求める願いを叶えることに意味はあるのだと全身が訴えかけている。

 

 誰が相手であろうとも決して譲るつもりはない。私にとってもこれは千年越しの夢である。一度は諦めた夢をもう一度叶える時なのだ。今の私は所詮は泡沫の夢に呼び出された影法師に過ぎなかったとしても、ハーンが勝利を為し遂げれば、我らは夢の続きを見るためにもう一度甦る。

 

 負けるわけにはいかないのだ、あの悔しさを知っていればこそ、あの無力感が今でもこの肌を焼くのだと理解していればこそ……!!

 

「邪魔をしてくれるなッッ!!」

「くっっ……!!やはり重い! 一撃一撃の威力だけで見れば、私よりも遥かに!」

 

「当然だ、貴様が主の願いを背負っている様に、私もまた願いを背負っている。ハーンの覇道を、灰狼の千年越しの夢を、そして何よりも、私が望んでいる!! 今一度の世界制覇、かつては果たすことが出来なかったあの見果てぬ夢をもう一度見たいのだと、私の全身が叫び昂っておるのだ!!」

 

 振われる槍の穂先がその振り下ろされる勢いだけでアステロパイオスの身体を吹き飛ばし、空中で跳躍して、致命的な隙を見せることはないが、明らかに先程までとは攻撃の威力が変わってきている。

 

(何かが変わったわけではない。変わったとすれば気持ちの在り方……、ここまで感情を吐露することなく戦闘マシーンのように戦い続けてきたスブタイが激情を露わにした。それほどまでに、彼にとっても負けられない戦いということか……!)

 

 戦いに善悪の概念は本来存在しえないとアステロパイオスは思っている。自分にとっての正義は対峙する相手にとっての悪であり、その逆もまた然りである。本質的にどちらかが正しいだけの戦争なんてものはありえないし、もしも存在するとなれば、それは誰かが生み出したストーリーを信じ込んでいるが故に起こりえる出来事であるとアステロパイオスは考えている。

 

 かつて、トロイアで争った時であっても、自分たちには自分たちの正義があり、自分を討ち取ったアキレウスにもやはり正義はあったはずだ。それぞれの事情の中で相いれない部分があり、そうして激突するしかなかっただけである。

 

 レイジの境遇を考えれば、彼らを敵とみなして非難したいという気持ちが生まれても仕方ないが、それは星灰狼の罪であり、召喚されたサーヴァントである彼らに罪はない。

 

 ただ、ライダーとともに再びかつての大陸制覇の夢を見たい、そう願って武器を振り下ろすスブタイの存在を憎しむのではなく、その力強さにアステロパイオスは歯噛みする。

 

 悲願を目の前にして、込められる力強さ、そう簡単に振り払う事が出来る強さではないことは誰よりも承知している。さぁ、ならばどうする? 自分は臆するだけだろうか? このままその力強さの前に屈服してしまうのか。

 

(それはありえない。私もまた桜子のために絶対に勝利を掴むと決めているのだから!)

 

 自分の願いなんてものはどうでもいい、これでも生前の自分に対しての未練はさほど持ち合わせてはいない。愛する男に命を奪われる結果になったが、それでも、他の誰かに辱められるようなことはなかった。誰よりも見てほしいと思った相手に討たれたのだから、

 

 敗軍の将としては決して悪くない死に様であったはずだ。だからこそ、願うのは主の無事だ。自分にはできなかった愛する人との逢瀬を果たし、これより先に幸福な未来が待っている彼女を無事に幸福な世界へと帰す事こそがアステロパイオスの目的、スブタイが自分の夢に邁進するのならば、アステロパイオスもまた自分の闘う理由の為に双槍を握って、臆することなく立ち向かう。

 

(貴方が夢の為に戦うように、私も桜子に私の夢を託している。ついぞできなかったことを時代を経て、彼女は果たしている。身勝手な夢の託しよう、桜子にとっては重荷でしかないかもしれないが、それは私が彼女に勝手に期待しているだけ。だからこそ、私も私の夢の為に貴方を倒すことに臆しはしない!!)

 

 元よりアステロパイオスの命はセレニウム・シルバで消えていてもおかしくなかった。その命を桜子が受け持ち、そしてここまで来ることが出来た。マスターとして、友として、夢を託す相手として、遠坂桜子を生かして先へと進めることがアステロパイオスの総てである。

 

「駆けろ、私の双槍!!」

 

 放たれる槍の投擲がスブタイを貫く。宝具を発動することなく放たれる攻撃であっても、彼女は槍の英霊として一線級である以上、スブタイを相手にしても攻撃が直撃し、貫かれた槍が投げ放たれれば、自動でその手に戻る。

 

 遠距離での戦闘はやはりアステロパイオスに一日の長があることをスブタイも察し、すぐさま、接近しての攻撃へと移るために馬が動く。

 

 距離を取りたいが、あまり離れれば桜子と距離を開けすぎてしまう。スブタイが純粋な勝利を求めるだけであれば桜子を狙うという選択肢をアステロパイオスは捨てていない。本気で勝利を狙う者とはその程度の悪辣があっても何ら不思議ではないのだから。

 

 戦場を自由自在に掻けることができない以上は、距離を詰められての戦闘は必須、ウィリアムのように近距離ではなく、中距離、遠距離がアステロパイオスの得意領域ではあるが、だからといって、白兵戦が出来ないわけではない。不安点があるとすれば、単純な男女の膂力の差がここにきて顕著に出てしまう点だ。

 

 幾度となく放たれる連撃をスブタイは瞠目な殺気を放ちながらも冷静に対処していく。そう、冷静に対処できてしまうという現実を二人が共に共有してしまっていることが問題なのだ。

 

「無駄だ、確かに貴様の投擲攻撃は我の身体を貫くに足りるだけの威力があるが、さりとて、この近接での戦いでは、力の無さが浮き彫りになる。私と貴様では膂力の絶対値に大きな差がある。それは覆しようのない現実であることを自覚しろ」

 

「ええ、自覚なんてとっくにしていますよ。ですが、仕方ないでしょう。世の中には変えられないことだってある。与えられた武器で戦うしかないんです……!」

 

 動きも行動も、習性も互いに三度も戦えば理解はできる。だからこそ、最後に浮き彫りになるのは基礎的なスペックである。筋力と耐久力ではスブタイが圧倒的に上だ。アステロパイオスは敏捷性の面では、スブタイに勝るかもしれないが、限られたフィールドの中での戦いと言う点で、かなり劣ってしまっている。結局の所、力とはどれほど持っていても困らない。相手を追い詰める、或いは超えるほどの力を持っていれば、当たり前のように圧倒することができるのだから。

 

「与えられた力で戦うとするのならば、遠からずお前は敗北するぞ、ランサー! このままゆっくりと磨り潰されていくだけだ」

「ええ、かもしれませんね、ですが、そう簡単に勝負が決まるなどとは思わないことです!」

 

 このままの流れで逝けば順当に勝負が決まってしまう、アステロパイオスとてそのことはよく理解しており、抗うために双槍の穂先が煌めき光る。

 

「アクシオンの光よ――――!!」

 

 光を放った双槍が超至近距離から投擲される。通常の槍投げであったとしても成立するであろう距離にもかかわらず、宝具として放たれたのは確実性を期するためである。

 

 どれだけ至近距離で放ったとしても、スブタイであれば、それを受け止める、或いは弾く可能性が出てくる。確実に相手を倒すことを考えるのであれば、河神スカマンドロスの祝福を受けた槍でなければ打倒しえない。

 

 そのように考えればこその一投、果たしてその成果と言わんばかりに、双槍は、スブタイの両肩へと突き刺さり、戦闘力を大幅に削る。

 

「この程度の痛み、ハーンの戦いに参じることができる名誉に比べれば!!」

 

 通常であれば、両肩に槍が突き刺さり、貫通している状況であれば、武器を握ることもできず、そして、馬を駆けることもできない筈だ。しかし、その当たり前を今のスブタイはあっさりと否定する。

 

 鼻息を大きく荒げると、突き刺さった双槍を無理やりに抜き放ち、天へと投げ放ち、すかさず、無防備になったアステロパイオス目掛けて、馬が突貫し、彼女の手に槍が戻るよりも早く突っ込んでくる。

 

「河神スカマンドロスの加護ぞ、ここに!!」

 

 勿論、アステロパイオスとて、その程度の奇跡を引き起こす可能性は見ている。アステロパイオスの足元に突如として水流が発生し、激流へと転じた水流が彼女の身体を宙へと浮かせ、その浮いた力を利用する形でアステロパイオスはその突貫を回避して見せる。

 

 もしも、判断が一瞬でも遅れていれば、スブタイの突撃によって、どこまで吹き飛ばされていたのかもわからない。

 

 同時に空中にて、自分の槍が手に戻る感覚を掴み、受け身を取りながら落下すると、地面へと着地するよりも早く、踵を返したスブタイの馬がアステロパイオスへと狙いを付けて、スブタイの槍が襲い掛かってくる。

 

「どこまでも、まるで狂戦士のようですねッ!!」

「昂りもする、再びハーンと共に世界制覇を始めることができるかどうかの戦い、ここで昂らずにいつ昂るというのだ。千年の時を待ちわびたのは灰狼だけに非ず。私もだ、私も待ち続けてきた。ハーンが先に逝き、取り残された我々はきっと、誰もが同じことを考えた。ハーンがいれば、ハーンが健在であれば、何度も何度も願い続けてきた。

 それが叶わぬ夢であると知りながらも。灰狼はそれを叶えてくれたのだ。この千載一遇の機会、手放せば二度と叶わぬ奇跡であると知っているからこそ、猛る血の昂りを抑えることなど出来ぬ、痛みが何だ、痛みなど知ったことか。我々は今、もう一度、伝説を生み出す側へと至ろうとしているのだ!!」

 

 英雄として二度目の生を望む者は決して少なくない。かつての人生に悔いを残し、未練があればこそ、そのやり直しを求めるが故に。スブタイも同じなのだ。チンギス・ハーンという大英雄のいなくなってしまった世界を知っているからこそ、この二度と訪れることはないであろう機会を手放したくはない。今を永遠にしたいと思っている。

 

 ならばこそ、勝つしかない。アステロパイオスが桜子の日常への帰還を望むようにスブタイもまた、侵略王と共に駆け抜ける日々を願っている。

 

このセプテムでの限定的な時間などでは終わらせられない。もっと長く、もっと共に、駆け抜け続けてきた時間こそが素晴らしいと思うからこそ、身体を貫く刃の痛み程度では止まることなど出来るはずがない。

 

 スブタイの精神は今や最高潮であり、肉体の限界すらも超えるとばかりに昂っている。その様子をアステロパイオスも理解し、小さく舌打ちする。

 

 限界以上の力を発揮するのは英雄の常であるが、スブタイのような完成され切った武人が、精神的な要因で最後の一線を大きく踏み越えてくるのはこの上なく厄介であり、危険だ。精神的な要因は時としてその相手の限界値以上の力を叩きだす。此処まで冷静に自分の持ち得る力の総てを出し尽くしていたスブタイが、より一層の進化を遂げるかもしれない可能性を考えるだけでも、危機感を覚えないわけにはいかない。

 

(宝具によって、戦闘能力を奪っていく選択肢は決して間違いではない。私ではスブタイを一撃で葬ることは難しいのだから。だけど、それはスブタイの戦闘力が徐々に失われていくことを前提とした考え方だ。もしも、それが起こりえないとすれば、このまま押し切られるようなことになれば……)

 

 弱気こそが、一番、戦力差を開く要因であることはアステロパイオスも理解している。しかし、この達人の域、英霊同士の神髄のぶつけ合いの中であるからこそ、その影響力は計り知れない。

 

「滾る、どこまでも滾るぞ。この戦を心待ちにしていたのは何も我らが王だけではないのだ、そうであろう、桜華よ!」

 

「ええ、まったくもってその通りよ、スブタイ。私達は誰もが今日という日の決戦を待ち望んでいたわ。ハーンとともに再び駆け抜ける日々を心待ちにし、そして同時に、戦士としての私達の心を満たしてくれるであろう戦いを求めて。ふふっ、だからこそ、簡単に終わりになんてされてしまうのは困ってしまうのよ、分かるでしょう、桜子♪」

「はぁ……はぁ……良く言うよ。こっちのことギリギリでずっと攻めてきて、こっちの気分にもなってほしいって感じ……!」

 

「あら、私は純粋に褒めているのよ、言ったでしょう。全部殺すつもりで放っているって。それなのに、貴女、ずっと耐え続けている。この私の攻撃をよ? ねぇ、スブタイ、凄いと思わない?」

「ああ、凄まじい技量だ。並の兵士であれば十数回は殺されているだろう」

 

「そうよねぇ、私の身体が何処まで適合すれば、桜子を斬り殺すことができるのか。それはきっと、これから先の戦いの試金石ともなるわ。私がかつての私よりも強くなるための羽化、その役割を桜子なら、きっと果たしてくれるもの」

 

「あいにくと、誰かの踏み台で終わるつもりはないわ。私には私の幸せがあるの。待ってくれる人がいる。その人の下に帰るまでは死ねないわ!」

「あら、もしかして、それって恋人かしら? それとも、ご主人様? ふふ、とっても素敵ね。でも、同時に残念、桜子は七星の魔術師としての自分を極めようとしているわけじゃないってことが」

 

 ターニャの姿で桜華は桜子を称賛しつつも、失望しているという感情を隠さずに吐露する。同じ女として、愛する男と子を為した者として桜子の人生を祝福する気持ちを持ち合わせながらも、七星の魔術師たりえないことに失望を向けるその精神構造こそが、どこまでも、七星桜華という存在を象徴している。

 

 自分が最強であることを、誰よりも桜華自身が誇りに思っている。兄にとっての最強の刃であることに誇りを抱き、それこそがアイデンティティであるからこそ、七星の魔術師であることこそが彼女にとって最大の指標となりえる。

 

 女でもあり、七星の魔術師でもある。それこそが桜華の目指すべき場所なのだ。どちらかだけで満足するような相手に負ける理由などあるはずもない。

 

(自分の立ち位置とか信条とかそういう正誤を確認するつもりもないけれど、そういう問題じゃなく厳しい状況だよね、実際、切れ味も増してきているし、傷もどんどん増えてきている。式神の肩代わりでダメージを極力減らしているけれど、どんどん数が減ってきてる。このままじゃ、式神をすべて破壊された時が最後になっちゃう……)

 

 桜子がセプテムにおける聖杯戦争に参加するに応じて、朔姫より与えられていたダメージを身代わりしてくれる式神が多数用意されていた。前線で戦う桜子をサポートするためであり、その数は桜子の実力を持ってすれば、むしろ、余るのではないかと思えるほどの量だったが、散華との戦いですら使われることがほとんどなかったその式神がどんどん消費されていく。

 

 一度、桜華が攻撃を放つごとに一つ消費されているに等しい、どんどんターニャの身体との親和性を高めていく桜華はもはや桜子が防御に全神経を集中させたとしても、容易に受け止めることはできない。よしんば受け止めたとしても、桜子の挙動を見て、その攻撃の軌道が直前になって変わるのだ。

 

 まさしく無形、決まった形を持つことなく、あらゆる戦闘スタイルをその場で創造して攻撃を放つ。暗殺魔術師としての完成系であり、戦士としても一線級の実力者であると言えよう。

 

(七星桜華は私が必ず倒すとか息巻いたけど、正直、めちゃくちゃ厳しいね。今からでもロイか兄さんの力を借りたいところ、それでも、勝てるか、これ? あらゆる攻撃に対応することができるなんて、流石に反則に片足突っ込んでるでしょ……)

 

 このセプテムでも最上級の実力者であるロイやアークであったとしても、この反則級の最強七星に勝てるのかと言われると、さすがに明言は出来ない。歴代最強の七星、聞こえとしては理解していたが、それを実際に目の当たりにして戦ってみると、まさかここまでとはと思えてしまう。

 

「さぁ、まだまだギアを上げていきましょう、桜子。貴女だって、この程度の実力で終わってしまうわけではないでしょう?」

 

 桜華は明らかに楽しんでいる。自分にとっては対等の相手と言い切ることができない桜子を蹂躙することはウォーミングアップ程度の認識であるというのに、それを純粋に楽しんでいる。生粋の戦闘狂、これまでに出会ってきた七星たちとは根本から違う。個人の事情など関係なく、ただ闘うことこそが主目的になっているからこそ、彼女には迷いが欠片も見えない。

 

 自分が満足できるまで、その瞬間まで戦い続けることこそが自分の望み、桜子とこうして闘っていることすらも使命感以上に戦うことが楽しいからであろう。

 

(ロイとも散華さんとも違う。純粋に自分自身の強さを追い求めただけの存在、なんだろう、ある意味で、サーヴァントのような存在に近いのかも。表面上では分かり合う事が出来ても、たぶん、根本的な所では理解し合うことができない。そんな風に思える)

 

「はっ!!」

 

 そんな桜子の想いなど無視するかのように再び攻撃が迫ってくる。無論、桜華の攻撃を予想して弾くというのは中々に無理がある。桜子の命を奪うために放つ攻撃として、殺意が高く、なおかつ、あくまでも桜子の実力を確かめるために放たれていく攻撃、悪辣かつどうしようもなく桜子を追いこんでいく、

 

(七星流剣術のどんな技を出したとしても、完全に迎撃されてしまう。何とかしなくちゃいけないと思っているけど、このままじゃ、突破口を作ることもできずに追い込まれきってしまう)

 

 どこまで自分たちは攻撃をしのぎ切ることができるのか。それさえも明確にならない中で、迫る桜華の攻撃に、桜子の態勢が崩れる。

 

「しまっ――――」

 

 それは致命的なミス、ここまでなんとか桜華の攻撃を凌ぎ続けてきた桜子にとって、致命的な隙を晒してしまった瞬間であった。

 

 周辺の時間総てがゆっくりになる。この瞬間に、自分自身が命を落とすかもしれない瀬戸際であることを桜子自身も痛感する。何せ、相手が相手だ。この致命的な隙によって生み出された傷が動きを鈍らせれば二度と、埋めることのできない差を生み出すことになってしまうかもしれない。

 

 その生と死、ハザマの中で生み出された一瞬の時間に、桜子は無意識に身体が動く。全身の力が抜け、ただ一点、桜華よりもなお早い、一撃を放つための態勢へと身体が自然に動く。余計なことなど何一つ考えることのできない極限の緊張状態の中で、

 

「―――――七星流剣術、『桜ノ雨』」

 

 言葉を口にすると同時に、極限状態の中でゆっくりと進行していた時間が元に戻って行き、桜子は自分へと吸い込まれていくはずの刃が吸い込まれていく事無く、何事も起こらなかったことに驚きを覚える。

 

 同時に桜華の方へと視線を向ければ、そこで彼女に明確な変化が見られた。

 

「なっ――――、まさか、私よりも早く、私に攻撃をした……? そんな、ありえない。ありえないことが、起きるなんて……」

 

 桜華は呆気にとられた様子でいた。胸元には真一文字の刀傷が刻まれ、致命傷と言うわけではないが、これまでにまったく桜子からダメージを与えられることがなかったはずの自分が初めて傷をつけられたという事実に呆気にとられてしまったのだ。

 

「はぁ……はぁ……今、私、何が……」

 

 無意識だった、何かを考えている余裕があったわけではなく、ただただ、生命の危機を前にして体が反応したのだ。先の散華との戦いで桜子が散華の反応速度をも上回る一線を放った時と同様に、桜子の持ち得るポテンシャルの総てを発露した技が、桜華を狙い穿ち、彼女の身体に傷をつけた。

 

「ふふっ、ふふふふ、あははははははははは、面白い、面白いわ、桜子。そうよ、そうでなくちゃ、ただ嬲るだけなんて面白くないわ。貴女は私を傷つけた。傷つけることができる相手だった。ああ、なんて素晴らしい、刀傷をつけられるなんていつ以来かしら? 素晴らしくて素晴らしくて、ああ、本気で斬り殺してやりたいと思ってしまう」

 

「そういうラブコールはいらないんですけど……!」

(身体よりも先に目が動いていた。ただ視線を向けるだけで、相手を斬ることができる魔術、私が至ることができる可能性の極致、それを完成させることが出来なければ、私は勝てない)

 

 10年前の聖杯戦争におけるロイとの決戦、そして先日の散華との決戦で桜子が見せてきた可能性の数々、それらが行き着く先、魔力によって生み出される形を持たない刃を使う桜子であるからこそ、至ることができる極致

 

(これは、競争だ。彼女が、七星桜華がターニャの身体を完全に使いこなすことができることが早いのか、あるいは、私が彼女に対抗しうる力を身につけるのが早いのか、それを先に手に入れた方が勝つ……!)

 

 確実な勝算があるわけではないことは十二分に理解しているが、おそらく勝ち筋はそこしか見通すことができない。

 

 桜子は空を見上げる。きっと、この戦いを見ているであろう、神、これが彼と対峙するために必要な最後の試練であるのならば、人の限界すらも踏み越えて戦わなければならないのかもしれない。

 

「いいわ、それが望みだっていうのなら、私も私の可能性に賭けるわ。元からそれ以外に戦うための術なんてないことは私が誰よりも知っているんだから!」

「ふふっ、そこまで言うのなら、見事に超えて見せなさい、この私を。超えるなんて絶対に出来るはずがないことを教えてあげる。最強の七星は、どんな時であろうとも、この私、私に傷をつけた貴女を踏破して、私は兄様や王と共にこの世界に覇を唱える!」

 

 この時に初めて桜華は桜子のことを直視したと言えるのかもしれない。甚振る対象ではなく、己に噛みつくことができる存在として、ようやく認めることが出来たと言えるのかもしれない。人外に至ったものと、人外に足を踏み込んでいる者同士の戦いはいよいよどちらがどちらを食い殺すのかと言う領域へと踏み込もうとしている。

 

 しかし、それでも、桜子と桜華の戦いは、ある種の土俵の上での戦いを演じることが出来ているという点では大きな意味があると言えるかもしれない。

 

「かはつ、ごほっ、げはぁ……」

「やれやれ、戦いの土俵に立つのならばまだしも、自滅するような展開になるのは出来ればやめてほしかったな。流石に興ざめが過ぎるぞ、レイジ・オブ・ダスト」

 

「黙れッ……!!がはっ、げほっ、ごほっ……!!」

「レイジ君……!」

 

 灰狼と対峙するレイジ、しかし、戦うという状況以前の問題がレイジを襲っていた。すなわち、身体そのものの限界、これまでも幾度となくレイジの身体は限界を超えて機能し続けてきた。いずれ、限界が訪れることを知りながらもそれを無視しながら戦い続けてきたレイジの足をついに死神の足が握りしめたのだ。

 

「無様だよ、そこまで必死になってどうする? もしも、お前が俺を殺すことが出来たとしてもお前は死ぬんだ。何も得られない、俺を殺した満足感と共に心中するとでも? 馬鹿らしい、その程度の結末しか思い描くことができないのか?」

 

「黙れ、よ……俺の道は俺が選んで決めるんだ、もうお前に一度だって指図される謂れはない。俺はお前の言葉に従ったりしない……!」

 

「闘う理由などないだろうと善意で語ったつもりだがな、なら、その愚かの夢に最後まで縋るといいさ。俺が殺すか、自分で死ぬかの違いだけだ」

 

「ああそうだな、お前を殺す前に力尽きるか、ギリギリでなんとか踏み止まることができるか、その違いだな……ッ!!」

 

「あくまでも俺を倒すことに拘るか」

「当然だッ、それが、俺がここにいる理由だ……ッ!!」

 

 憎悪すらも今ではレイジの身体を動かすための燃料だ、この炎が燃えている限り闘う事が出来る。この炎が燃えている限り瞼を閉じずに済んでいる。

 

 だが、実際の所、レイジの身体が限界に来ていることはリゼの目にも明らかだ。動きが悪くなり、灰狼の小手先の動きでも反応できなくなってしまっている。無力さを噛みしめる事さえも、上の空であるレイジにはできないのではないだろうか。

 

(まだだ、もう少し、もう少しだけ動け、俺の身体……、この先なんてものは無くてもいい。掴むべき未来なんて知ったことか。やっと、やっと、コイツの前に立つことが出来た。復讐を果たすことができる時が来たんだ。だから、あと少しでいい。なんとか保ってくれ、ここで倒れてしまったら、ここまで戦い続けてきたことが無駄になってしまう……ッ)

(レイジ君はもう限界だ、執念だけで戦っているけれど、もう身体がレイジ君の心に追いついていない……)

 

 隣で戦い、感覚を共有しているリゼでさえも、レイジのパフォーマンスの低下による消耗度合を理解することが出来て、どうしようもなく歯噛みするしかない。

 

 助けてあげたい、もういいといってあげたい。貴方が戦う必要なんてないんだと言えば彼は楽になるのだろうか。いいや、きっとならないのだろう。彼にとって、ここで闘うことこそが生きる目的になっているのだから。

 

 救いはない。彼には帰る場所など存在しない。ただ己の中に存在している怒りを発露することだけが、彼が唯一生きている意味を実感することができる。からっぽで何もないはずだった魂に熱を与えてくれる。その熱を失った時こそが本当の意味での終わりなのだ。

 

『まずいな……小僧の奴、あのままでは持たんぞ』

『だろうね、肉体は最初から限界だった。それでも闘うことを決めたんだから、あの末路は当たり前と言えば当たり前だった』

 

 その変化はサーヴァントであるアヴェンジャーにも伝わっている。どうしようもない事実、今更何をしようとも覆せない事実が、結果として押し寄せようとしている。

 

『僕は彼がどんな末路を迎えるのかを見届けたいと思った。それは本当のことだよ。でも、これは僕が望んでいた末路なんだろうか……』

 

 アヴェンジャーの身体の中でユダが呟く。自分はどうしたいのだろうかと。かつてのように主を見殺す事こそが、自分の逃れることのできない宿命なのだろうかと。

 

『おい、ユダ、貴様―――無謀な賭けに、命を擲つ覚悟はあるか?』

 

『……何を企んでいるんだい、ハンニバル?』

 

『なあに、ただの悪あがきよ。無駄になるかもしれない、あまりにも勝算の薄い悪あがき、儂ら二人がいるからこそ、できることのな』

 

第23話「アトラクトライト」――――了

 

 傷だらけの硝子の心が 忘れかけた熱を灯す。最後のStardust舞いあがれ―――

 

次回―――第24話「Last Stardust」

 




次回更新は、5日後の12日となります!

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