Fate/Stardust Vendetta―星屑の復讐僤―― 作:ソクリ
もう一度、言葉を交わしたい。再会したい。そんな思いが叶うはずがないと思っていた。残酷な真実を知った時から、自分が願っていた淡い期待は何も知らない側の人間だからこそ抱ける夢想に過ぎなくて、真実は残酷なまでの別離を表現しているのだと知っていたから。レイジ君と彼は別人、肉体は彼のモノであったとしても、レイジ君は全くの別人であると理解して、心の中に留めた。
でも、その言葉を聞かされて、理解する。アヴェンジャーがレイジ君へと与えた力によって、レイジ君の肉体だけではなく、彼の魂までもがひっぱりあげられたのだと。オカルト的な妄想、あるいは私の都合のいい願いの発露であると思うだろう。実際の所、私だってそう思う。そんな神様が気紛れに与えてくれるような奇跡が本当に起こるはずがないんだって。
でも、今、目の前に彼がいる。レイジ君とは明らかに空気の違う彼はやっぱり年齢以上に大人びていて、今では私の方がお姉さんのはずなのに、どこか頼りたくなってしまう空気を醸し出していて、ああ、まったく、本当に……、なんでだろう。話したいことも聞きたいことも山ほどあった筈なのに、今はこみあげてくるモノが大きすぎて、何が何だかわからないや。
「空気が変わった。まさか、その肉体の少年の意識が戻ったというのか?」
「初めまして、というべきか、星灰狼。直接、お前に対して恨み言を口にするつもりはないさ。お前と会ったのはもう俺が意識を失くしたころだからな。怒りは総てレイジがお前にぶつける。俺はただ、彼女の未来を閉ざしたくないと思ったから、手を貸しているだけだ。まぁ、身体を好き放題に弄られたことも恨んでいないと言えば嘘になるが」
「死人が甦るなんて、ナンセンス、とはいえないか。俺も欲望の為にその理を曲げた身だ。それで? かつての自分を取り戻したからと言って、何ができる? 肉体は修復した様子だし、寿命が少し伸びた程度だろう? それで何ができる?」
「それだけでもないさ、星灰狼、お前は大きな勘違いをしている。ユダとハンニバルは俺にお前を打倒するための力を与えてくれた。さっきまでの俺と同じであるとは思うなよ!!」
蛇腹剣による一閃でダメージを受けた灰狼も改めて気を引き締める。僅かな不覚をとったが、所詮はたった一撃、レイジの身体能力であれば十分に対応可能であることは分かりきっている。冷静に対処すれば何ら危険なことはない。むしろ、レイジ如きが苦戦しているようでは、それこそ桜華に笑いものにされてしまうというところである。
「疾っ――――!!」
「なにっ――――!? がっっ!?」
しかし、その灰狼の予想はあっけなく外れ、大剣による一閃が灰狼の身体を切り裂く。咄嗟に回復魔術を使って傷を修復しなければならないほどの手傷をレイジによって与えられたのだ。
何故かと聞かれれば単純に反応することが出来なかったからと言わざるを得ないだろう。攻撃の起こりから自分への攻撃、そして灰狼の攻撃をあっさりと回避して見せた上での攻撃、どれもこれもが先程までのレイジの動きとは明らかに変わっている。
まるで、与えられていない経験を外部から強制的に流し込まれて技量を増したかのような攻撃、その攻撃への心当たりは当然のことではあるが、心当たりはあった。
「まさか、七星の血を完全に使いこなしている? まさか、ありえない。その身体の持ち主は七星の血の需要度は高くても、魔術師としては大成しているわけではない。そのような芸当ができるはずが」
「できるようにしたのさ。今の俺たちは――――起こりえる可能性の世界から、手繰ることのできる最善の俺達を引っ張ってきている。七星の血を受け入れることに特化した俺達の戦闘スタイルはあらゆる七星の力と感応し、その力を引き出すことだッッ!!」
「くっ、七星流槍術―――『影狼』!!」
「レイジ君!」
「ああ、分かっている!!」
すかさず灰狼の放った七星流槍術、目に見える有形の槍と魔術によって生み出された不定形の槍による一閃、二つの攻撃が一つに重なった放たれる攻撃をリゼがレイジの目となることで、あっさりと回避し、そして大剣による迎撃までもを為して見せる。しかし、当然に灰狼もその攻撃を受け止め、槍術を駆使して、レイジを追い込むために華麗な槍捌きを発揮する。
刺突と捌き、そのどちらもを組み合わせた攻撃に、レイジは大剣を使いながら、一つ、また一つとそれを受け止めて、攻撃を弾く。防御としての超反応、一朝一夕でできるわけではないそれは、とある戦士の姿を想起させるものであった。
「まさか――――」
『あら、私のことなんてすっかり忘れてしまっていたかと思っていましたが、覚えていてくれて光栄ですね、灰狼殿 もっとも、私はこちら側につかせてもらいますけれど』
さながら幻影のように、レイジの魔力が実態を持つ形で、それは人の姿を模した。かつて、灰狼やリゼと共に戦った七星の魔術師の1人、七星散華がレイジの後ろに幻影の如くその姿を現し、言葉を紡ぐ。
「散華さん……!」
『お久しぶりですね、リーゼリット様、もっとも、肉体を失って、七星の血に溶け込んだ私に時間的な概念はあるようでないものですが……、貴方の感覚共有と、彼の七星の器としての力、その二つがあればこそ、この身は幻ではあれども、こうして形を成している』
「………、そうか。リーゼリットの感覚共有で七星の血の中に混じった記憶を擬似的に再現し、なおかつ、他人の記憶を継承することに特化したレイジ・オブ・ダストの肉体であれば、擬似的に七星の血に混ざりこんだ人格の再現が可能であると。加えて、レイジ・オブ・ダストの特性を考えれば、君の才覚を擬似的に再現しているということかな?」
『解説恐れ入りますね、灰狼殿。私がこちら側につく理由は理解できますね、私、七星は大嫌いですから、本当はずっと貴方たちのこと嫌いでしたので』
「知っているとも。だからこそ、君には早々に退場してもらったんだ。リーゼリットと手を結ばれると面倒だからな」
『では、面倒になってしまいましたね』
「ああ、まったくだ」
すかさず、灰狼が自ら動く。これまでレイジの攻撃を待つ形で時間稼ぎのような戦い方をしていた灰狼が明確に殺意を以てレイジへと攻撃を仕掛ける。当然のように、レイジは散華の力であった超反応を生かして灰狼の攻撃に真っ向から対応する。
超反応+感覚共有、灰狼にとって決して交わってほしくない二つの力を備えたレイジは、この土壇場で遂に灰狼との戦いが成立するまでに変化した。七星の器としての自分自身の力を最大限に利用する形で発露した力は灰狼にとっても大きな予想外、この場における台風の目になることは間違いなかった。
勝利するためであれば、あらゆるものを利用する。レイジの目的も行動も何一つとして変わりはない。変わりがあるとすれば、むしろ、灰狼の側であると言えばいいか。
「厄介なことだ、アヴェンジャーの宝具なんてものを使わせてしまった自分を恨むべきか。いいや、それを言えばランサーの時も同じか。まったく、どこまでもどこまでも、俺の計画に狂いを生じさせることに関しては得意分野だな、お前たちは」
「ああ、そして向かう先はお前の破滅だ。理解しただろう、灰狼、俺こそがお前を滅ぼすための死神だ。お前の足元にようやく死神が追い付いた!!」
「さて、それはどうだろうな、少なくとも俺はこんな所で命を落とすつもりは毛頭ない」
両者ともに、相手を睨みつけながら互いに相手の攻撃を受け止め、そして、自分の攻撃を放っていく。先ほどまでの灰狼によって子供の遊びのようにあしらわれている状況を抜け出すことは出来た、そして、散華が力を貸したことで風は明らかにレイジの方へと拭き始めている。
喧噪が聞こえる、大軍と大軍がぶつかり合う音が聞こえる。しかし、その半分は骸骨の軍勢である。一代で帝国を築きながらも、一代で歴史の闇の中へと消えて行ってしまった草原の覇者となることのできなかった者たち、ティムール率いる軍勢たちが声なき声を上げながら、モンゴル軍の兵士たちを次々と蹴散らしていく。
当然にモンゴル軍の兵士たちも負けているわけではない。鼓膜を破ってしまいそうなほどの轟音を上げながら兵士たちが突撃していき、骸骨兵士たちをなぎ倒していく。
その戦場の中で対峙している相手の兵士たちをなぎ倒しながら、アステロパイオスとスブタイの戦いも佳境に突入しようとしていた。ここまでに互いに追い詰めていながら、ここにきての集団戦、以前のランサーとの戦いのように、スブタイはほかのモンゴル軍の兵士たちと連携しながらものすごい勢いで骸骨兵士たちを蹂躙していく。スブタイ一人をこのまま放置しておくだけで、軍隊同士の戦いはアヴェンジャー側の圧倒的不利になるのではないかと思うほどの鬼神のごとき戦いっぷりである。
「スブタイ!」
「ランサー!!」
兵士たちを薙ぎ払ったスブタイ目掛けて、双槍が激突する。こと、この局面で自らの身体が傷つくことを恐れて、手を緩めるなど言語道断、この乱戦状態のさなかでこそ、決着をつけるときであろうとこれまでよりもなお、攻撃の勢いが激しくなる。
「甘い」
「あぁあああ!」
勿論、苛烈な攻撃をするということは当然に自分自身も狙われることを意味している。アステロパイオスの身体が無遠慮に振るわれた槍によって切り裂かれ、血が吹きすさぶ。しかし、それで退くようなことはしない。スブタイを引きつけ、そして骸骨兵士たちが次々とスブタイに向かって突撃していく。
おそらくリーゼリットの指揮であろう、骸骨兵士たちにスブタイを殺すことはできないが、アステロパイオスの援護という意味では十分に力になることができる。
「私も甘く見られたものだ、この程度のサーヴァントもどきに抑え込むことができるなどと思ってくれるなよッッ!!」
だが、敵の数など全く意味がないと宣言するように槍が振るわれ、骸骨兵士たちが一気に数十体と吹き飛ばされる。圧倒的な体躯を持ち合わせているわけでもなく、通常の槍を振るっているだけだというのに、まさしく圧力、この戦に絶対に勝利をするというスブタイの絶対的な心がステータス以上の力を示している。
「ハーンとともに翔ける戦、あと一歩、あと一歩でそれが果たされる。ずっと望み続けてきた見果てぬ夢の先が見れるのだ。だから、負けぬ、負けるわけにはいかぬ!! 私にとってこの第二の生そのものこそが、私が叶えるための願いである!!」
先ほどアステロパイオスに宣言したようにスブタイにとってはこの戦いに勝利することによって願いを叶えることができるのだ。絶対に負けるわけにはいかない。骸骨兵士たちを破壊し、アステロパイオスによって双槍によってダメージを刻まれながらもそれでもとどまることを知らない。
「がぁぁぁ、っっぐぅぅ、はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ぬおおおおおおおおお!!」
互いに互いを切り裂きながら、自分が致命傷を負うよりも先に相手に致命傷を負わせるための戦い、避けることすらも忘れてしまったのではないかと思うほどの猛烈な勢いで放たれる攻撃の数々、しかし、回避を選べば相手を自由にさせてしまう。
この乱戦の中でいかに相手を釘付けにしておくか。大将戦を戦う二人の王のためにも、敵手を自由にさせることだけは認められない。
スブタイの執念はすさまじい。アステロパイオスも思わず先に膝を屈してしまいそうなほどに、あの日はそのようにしてアキレウスに敗北した。
アステロパイオスにスブタイのように叶えたい願いが自分自身であるわけではない。桜子の無事を願うとしても、それはアヴェンジャーが叶えてくれるかもしれない。自分が敗北したとしても、きっと、なんとか彼らは道を繋いでいくだろう。
(そう、私が勝利することができるのかどうかはこの場の中で、もっとも、どちらに傾いたところで変わりがないッ、どこまでもどこまでも、所詮は脇道の物語でしかない。だが、私は戦士だ、戦士としてこれまでもずっと戦い続けてきた。だったら、最後の最後まで、戦士としての自分であり続けるッ、私は――――勝って、終わらせたい!!)
「ぬっ、あああああああああああああああああ!!」
「ぐっ、があああああああああああ!!」
闘争心が本能すらも支配し、アステロパイオスの限界を超えた動きを引き上げていく。スブタイの槍を握る腕の筋肉が切り裂かれ、槍を握る腕の力が奪われる。しかし、それで武器を完全に奪うことはできない。血にまみれても、愛馬より落ちぬ限り、戦い続けることこそが、彼らの闘争原理、まだ終わらない。まだ負けたわけではない。
そう負けらないという思いこそが身体を奮い立たせる、負けられないという思いがあるからこそ、崩れ落ちずに済む。
しかし、同時にその感情こそが認識を歪ませる。正常な判断を以てここまで互角の戦いを演じてきたスブタイはアステロパイオスの行動に集中していた。その軍全体を見て、刹那的動きをすることから、敵手一人に対して意識をぶつけることに変わった瞬間、アステロパイオスは狙い示したように決着のための一手を放つ。
「――――『涌沸し奔瀑する嚇怒の波濤(ヒマロス・スィモス・スカマンドロス)』!!」
「―――――――――っっ」
スブタイにとって、それは想定外より飛来する濁流であった。侵略王とティムール、二人の軍勢が争いあうこの荒野にて突如として出現した濁流、骸骨の兵士たちもモンゴル軍の兵士たちも等しく呑み込んでいく恐るべき濁流が突如として襲い掛かり、飛翔したアステロパイオスの後ろから総てを台無しにしてくれるとばかりにスブタイの身体を馬事呑み込んでいく。
「しまった―――――」
そう思った時には遅かった。アステロパイオスと自分は同格の条件の中で戦っている。戦士として相手を上回った方がこの戦いに勝利するという認識の下でいたが、それは大きな間違いであった。アステロパイオスは神代を生きた神に祝福された戦士、スブタイは神秘の色が薄くなり、己の技量だけで戦ってきた戦士、同じ戦士であったとしても、取りえる選択肢はまったく違う種が存在しえたのだ。
(ランサーは私と同じく、武力による制圧をもって勝利を目指すと考えていた。いや、そのように考えさせられていた。此処までに幾度となく戦い続ける中で、彼女が決して取りえなかった周囲を巻き込んでの戦い方、それをこの土壇場で解禁することは――――)
その心の中での後悔の声が所詮は甘えであることはスブタイが一番よく理解している。何処まで行こうとも、戦とは勝利した者こそが正しい。どれだけ努力して、正当性を口にしたところで敗北すればそれまでだ。自分たちがそういう理の世界の中で戦ってきていることは百も承知。出し抜かれたことでさえも己の未熟さゆえであり、この一瞬に、濁流に飲み込まれながら、天から放たれる二振りの流星の輝きに、スブタイは自ら馬を飛び下りる。
「『絶えし穿つ飛翔する疾霆(グリゴロス・アクシオン)』!!」
馬に乗ったままで戦っていては間に合わない。その二つの閃光すらも飛び越えて彼女へと槍を届かせることができない。必滅の状況へと自分が追い込まれていることすらも理解しながら、スブタイは抵抗する。負けられないとはそういうことだ、どれほど絶望的であったとしても最後まで自分の勝利を諦めない。そうした思いの果てにこそ、勝利果てにされる。
故にこそ飛び込んだ。万に一つでも存在している勝利の一手を掴むために。しかし、飛翔して来るのは変幻自在でありながらも必ず相手を貫くという呪いの加護を与えられた二振りの槍。空中にてアステロパイオスに槍を投擲するが、投擲した瞬間に二つの流星がスブタイの身体を貫く。その一撃はスブタイ自身の霊核にまで突き刺さる。
「がはっっ!!」
明らかな致命傷だが、投擲を放った直後のアステロパイオス目掛けて放った破れかぶれの投擲もまた奇跡的に彼女の身体を貫く。
「ごほっっ……!!」
喀血し、それでもなお、アステロパイオスは墜落していく敵手への攻撃を緩めない。決着をつけるために地上へと突っ込んでいく。此処で勝負を止めるようなことは死を意味する。スブタイと言う圧倒的な戦死を前にして、甘い考えは一切捨てろ。たとえ、消滅の寸前であったとしても、あれは抵抗をしてくる。
「ぐっ、がっ、あああああああああああ!!」
自分の身体に突き刺さった槍を引き抜き、今にも手放しそうな意識を魔力を一気に爆発させることで保つと、同じく自分の身体に突き刺さっていたアステロパイオスの二振りの槍を握ったスブタイと最後の激突に入る。
落下するスブタイ、空中より追撃するアステロパイオス、もはや自分の足を守ってくれた愛馬はいない。何処かに流された。地上へと落下するその僅かな時間が二人にとっては永遠のようにすらも感じ取れた。
されど、決着は訪れる。一つを投擲に、もう一つを刺突のために使ったスブタイの攻撃をアステロパイオスは紙一重の所で回避し、スブタイの喉元へと彼の槍を突き刺す。
一瞬の交差、僅かな差、それでも決着は迎えられる。
「みご、と………まっ、たく、ままならぬ、ものよ……ああ、口惜しい」
生前の未練すらも乗り越えて辿り着いたというのに、その輝かしい未来が待っているというのに、それを果たせずに死んでいく己は何と主に対して不義理なのであろう。
戦士としての敗北であったとしても、それを受け入れることができるかは別の話しである。かつて自分が蹂躙してきた相手のように、今度は自分が蹂躙される結果になったことをスブタイは後悔するも、
「だ、が……取り残される、よりは――――――」
あの日の絶望をもう一度味わうことになったわけではないことにだけは安堵しながら、侵略王が四駿、最後の1人であるスブタイはアステロパイオスによって討ち取られた。
「はぁ……はぁ……紙一重、本当に、私が敗北していてもおかしくなかった」
アステロパイオスの奥の手にスブタイが気づけなかった。勝負を分けた状況はたったそれだけであり、他の要素が少しでも絡めば結果は全く違うものになっていたかもしれない。
「まだ、終わっていない。まだ戦わなければ……」
満身創痍であることに変わりはないが、休んでいられるほどの余裕がないことは事実である。進もう、彼女の勝利を信じているからこそ、ここで立ち止まっているだけなんてことにはしたくない。
「あら、スブタイ、負けてしまったの? まったく、あれだけ息巻いていたというのに」
「んっ……勝ったんだね、ランサー、よかった……!」
アステロパイオスとスブタイとの決戦の状況を互いのマスターである桜子と桜華も感じ取っていた。予想外とは桜華も言わなかった。アステロパイオスとスブタイの戦闘力は拮抗していた。何度かの交戦を経た結果であるとはいえ、圧しきれなかったスブタイが負けてしまったのだから、仕方がない。
「大丈夫だよ、私達が勝利をすれば、ハーンの宝具の力でもう一度、甦ることもできる。私達は真実、死という人間では踏破できなかった宿業を突破することができるようになるんだから」
「わからない、一度きりの人生だからこそ、必死に生きる意味があるんじゃないの? 七星桜華、貴女からはかつての人生に未練を感じられない。満足ゆく人生だったんじゃないの? どうして、そんなに二度目に拘るの?」
「私は兄様よりも先に命を落としたわ、私の肉体が私の魔術回路と七星の血に耐えられなかった。ええ、満足いく人生だったわ、兄様に愛されて、ハーンたちと出会い、自分の才能を十二分に発揮することが出来た。ええ、満足のいく人生だったわ。
でもね、仕方ないでしょう? これは約束なの。兄様やハーンと交わした約束、私達は必ず総てを支配しようと願った。その道半ばで倒れた私達にもう一度機会が訪れたんだもの。満足していたとしても、戦わない理由にはならないでしょう?」
「その先に何があるって言うのよ? 戦い続けて、支配して、その先に誰もあなたと並び立つことができない時が来たら――――」
「関係ないわ、私は戦う事が出来れば満足、願いを叶えたその後には、好きに生きて、好きに死ぬ。こんな問答で今更、止められると思わないでよ。私と貴女、相手を倒すことが出来なかった方が消えるだけ。戦いなんていつだってそうでしょう?」
間違ってはいない。無論、ターニャの肉体を奪っている彼女を認めることはできないが、理解しあえるのならばそれに越したことはないと桜子は思っていた。
けれど、今の会話をして、心底思った。七星桜華と自分はまったく別種の生き物なのだ。何かの目的の為に戦っているわけではない。戦うことが好きだから戦っている。その結果、最強と呼ばれるほどの才覚があったというだけ。傍迷惑この上ない存在ではあるが、何らかの目的のためだけに戦っている存在であれば、確かに最強と呼ばれるほどの高みに至るまで戦い続けることもなかっただろう。
(決着をつけるしかない。時間は多く残されていないけれど、今ならばやれる気がする。リーゼリット様とレイジ君の感覚共有が私にも流れてきてる。認識能力と魔力の拡張性が格段に跳ね上がっている。この状況なら―――)
七星の血がこれまでのどんな時よりも高ぶってきていることが理解できる。見えないものが見えるというわけではないが、先鋭化してきた感覚は、七星の血によって与えられる莫大な経験と戦闘予測を桜子の中へと与えてくれる。
(これまでだったら、制御できなかったほどの七星の血の力を感じられる。これだったらッ!)
「七星流剣術―――『乱れ花桜』!!」
刃の結界のごとく、大量の展開した魔術刃が一気に桜華へと襲い掛かる。無論、七星の血に愛された桜華にとっては、回避不可能と思われる攻撃であったとしても、自分自身の技と反応速度で、不可能を可能としてみせるのだ。
しかし、その放たれる攻撃に対して、桜子の戦闘予測が加わることによって、桜華の完ぺきな身体捌きに誤算が生まれる。言ってしまえば、戦闘予測と戦闘予測の戦い、反射と反射の決戦、限界すらも突破した力の応酬によって、その技の一部がついに、桜華の体に傷を付ける。
「ふふっ、素敵」
身体を切り裂かれたにも関わらず、桜華は笑みを浮かべる。ここまで防戦一方でしかなかった桜子が自分に伍するほどの力を発揮してくれたことに喜びを見出しているのだ。
戦うことにこそ、快楽と希望を抱いている桜華にとって、自分と対等に戦える存在をこそ、ずっと求め続けてきた。ここまで遊んでいるだけの相手だった桜子がその立ち位置にまで上がってきたのだ。喜ぶべきだろう。
「そうよ、そうでなくちゃ面白くないわ。さぁ、もっと死合ましょう、どちらが敗北するまで踊り続けましょう!!」
そこからの戦いは、まさしく二人だけの世界である。互いに互いを斬り殺すために、相手を自分の方程式の中へと飛び込ませようとしていく。
互いの反応速度と戦闘予測が拮抗し始めたことによって、桜華にとってはターニャの身体を使っていることがここにきてネックとなる。先ほどまでの圧倒しているときであれば僅かなズレでであったとしても、知ったことではないと技を振るえばよかったが、今の桜子を相手にはほんのわずかなディスアドバンテージがそのまま勝負の決着を決める要素になりかねない。
それを象徴するかのように、ターニャの身体に不可視の斬撃による傷が生まれ始める。本来であれば、桜華は桜子の射程をすべて理解している。攻撃が当たるはずもなく、そして迎撃も完璧であったはずなのに、
(違う、これは斬撃が伸びている!?)
「持つべきものは家族ってね!」
かつて秋津の聖杯戦争において、桜子の兄が放った刀身の長さの変わる斬撃、それが桜華を襲い、不可視、不形の魔力斬撃であることによって、桜華の認識を阻害する形によって、ダメージを与えているのだ。
勿論、そう何度も使える技ではない。一撃、二撃、三撃、次の攻撃は桜華が魔力で顕現した武器によって阻まれ、次の攻撃はあっさりと見極められる。桜子の通常射程が分かっている以上、すべての攻撃が自分に対して飛来してくるという認識を持っていれば、さして難しい話ではない。結局のところは自分を傷つけるだけの攻撃である以上、自分に攻撃が及ばないようにする、それだけに気を付けていればいいのだから。
「はぁぁッ!」
「きゃあああああ」
むしろ、脅威なのはやはり桜華である。桜子が編み出した刀身距離の変化による斬撃をあっさりと模倣して見せ、桜子にカウンターとばかりに攻撃を放ち、血飛沫が桜子の纏う服を穢す。
無形であるがゆえにあらゆる技に対応が可能、まさしく最強であると言えよう。どれだけ必死に戦ったところで、真正面からの攻略は不可能、才覚に愛された女はいよいよもって、その身体のズレを修正させ、ついに決戦の一撃を放とうとする。
「健闘したわね、でも、ここまでよ。軌道修正は終わった。貴女にもう勝ち目はないわ」
「そう、だろうね。正直、最初から最後まで貴女に勝てるビジョンが私には見えなかった。ううん、貴女と対峙した、誰もがそう思っていたことでしょうね」
七星桜華はまさしく才能に愛された存在、どうしようもなく最強であり、彼女を倒すことができたのが寿命だけであったという事実がすべてを象徴している。
きっと、彼女を単純な実力で倒すというのは無理がある話なのだろう。サーヴァントにすらも匹敵しかねない存在の在り方があまりにも歪が過ぎる。
「でも、たった一度だけなら、何かの間違いで、勝てるかもね?」
「――――――――――――」
その瞬間に起こったことを、正確に理解できた人間がどれほどいるだろうか。桜華が新たな攻撃によって、桜子を完全に追い詰めようとしたその間際に、桜華の首筋に斬撃が入る。事の起こりも何一つとしてない。まさしく桜華にとっても何が起こったのか全く分からない事象が引き起こされ、それは紛れもない致命傷だった。
「がはっ、ごひゅ……おごぉ……」
喉を斬られたことによって、桜華は言葉をうまく紡ぐことができない。しかし、当事者であった彼女は自分の中の七星の血によって、自らの身に何が起こったのかを悲しいことに正確に理解できてしまった。
(桜子と視線が合わさった。たったそれだけ、彼女は何もしていない。腕の一つも動かしていなければ、魔術を明確に発動したわけでもない。抜身の暗殺刃、目で見ただけで相手を斬る、無形ですらない、武器すら要らない。ただ視線を合わせるだけで相手を斬り殺す事の出来る暗殺魔術師としての完成系―――――こんなことが起こるなんて……)
理解してしまったからこそ、桜華は明確な敗北感を覚えてしまう。あらゆる才覚に愛され、どんな相手ですらも、屠ってきた桜華がこの時初めて、明確に出し抜かれたと自覚する。
手法さえ理解してしまっていれば、きっと次の戦いの時には確実な対策をとることができる。何ら問題はない。そうした確信を持てているが、その次があるかどうかという問題がある。致命傷だ、喉を斬られ、声を奪われ、なおかつ此処までにも与えられた刀傷が、戦士として完全に成熟しきっていないターニャの肉体を重くしていく。
なおかつ自分の中に生じた敗北感、一度ですらもこれまでの人生で挫折を覚えたことのない桜華にとって、この身を裂くような感情をどのように処理すればいいのかが判断することが出来ないのである。
(許せない……、私が? 私がそんな醜い感情を?どんな相手であろうとも、絶対に負けるはずのない私が……、そう、負けるはずがない、だって、私は、私は七星桜華、他の誰がどうなろうとも、私だけは常に勝者の側に存在している)
「私はきっと、どんな手段を使っても、魔術師としての戦士としても貴方には絶対に勝てない。七星という歴史の中で最強の存在、戦った私だからこそ認めることができる、その異名は確かなものだったって。だあらこそ、私は七星らしく、暗殺者として、貴女に勝利する!!」
喉を斬られ、思考にリソースを割いてしまった桜華は一瞬、桜子のことを思考の片隅に追いやってしまった。ほんの数秒間のことである。しかし、その数秒間は桜子を相手にした極限の戦いをする中ではあまりにも無防備が過ぎた。
「――――七星流剣術拾ノ型『桜爛開花』!!」
その肉体に真一文字の傷が刻まれる。二撃目の視線誘導斬撃、それが身体へと刻み込まれ、七星桜華はその身を崩れ落ちていく。
(あぁ……、私は負けたのね。自分が一杯食わされたことに意識を向けて、桜子のことを忘れるなんて、あぁ、なんて惨めで無様なのかしら。ええ、まったく……こんな経験初めてよ……)
彼女自身すらも理解することが出来なかった結末を叩きつけられその身体が崩れ落ちていく。立ち上がる気力を湧かせ、桜子を道連れにする攻撃を放つことが出来たかもしれないが、それをするには、やはり、本来の肉体ではないことが祟った。先にターニャの身体が限界を迎えてしまったのだ。
(口惜しいわ、ここまでの相手に出会えたのに、ここまでの戦いをすることが出来たというのに、最後の最後で、こんな不満足な結果に終わってしまうなんて、あぁ、まったく、本当にままならないわね。ごめんなさい、兄様、どうやら、私は此処までのようです)
全身から力が抜けていく、意識が闇の中へと沈み込んでいく。二度目の死を体感することになった桜華は、心の中で兄である灰狼に謝罪をしながら、その意識を闇の中へと沈みこませていった。
「………勝った、の……?」
桜子自身すらも信じることが出来ないほどの勝利の感覚、何から何まですべてにおいて圧倒されていたとさえ言えるほどの戦力差であり、おそらく次にもう一度戦ったら、もはや絶対に勝てないであろうという謎の確信すら持ててしまうほどの戦力差における戦いだった。
それでも最後に勝利をしたのは桜子だ。桜華が純粋な戦いとして早々に勝負をつけることだけに腐心していたら、どのような結果になっていたかはわからないが、自分の強さに酔いしれ、桜子を相手に半ば遊ぶような態度に徹してくれていたことだけは感謝するしかない。
「レイジ君、約束は果たしたよ。だから、君も……勝って……!」
極度の集中を強いられた戦いの果てに、桜子も緊張の糸が途切れて、膝から崩れ落ちる。今すぐにでもレイジとリゼに加勢をしたいところだが、さすがに桜華との戦いは多大な精神力を用いる戦いであった。
レイジとリゼの勝利を願って、桜子はそこで足を止めることとした。
「馬鹿な……ありえない。桜華が、俺の妹が敗北した、だと……!?」
桜華とスブタイの敗北、限りなく近い戦場で戦っている灰狼もそれは当然に感じ取ることができ、この戦いの最中で、灰狼は最も瞠目をした。ありえない、こんなことが起きていいはずがない。
「ありえない、俺が桜華を甦らせるためにどれだけの時間を費やしたと思っている。ターニャ・ズヴィズダーほど桜華を甦らせるに相応しい器はなかったのだ。ようやくその願いを叶えることが出来たというのに……、貴様たちは、なんてことをしてくれたんだ!」
「何を今更……、灰狼、それが奪われるモノの気持ちだ。お前が踏みにじってきた人間たちの誰もが思った感情だ。突然、自分たちの積み上げてきたものが無駄になる。くたばる前に、理解できてよかったな」
「………、なるほど、確かにこれは思ったよりも辛いものだ、お前たちが俺を躍起になって倒そうという気持ちが浮かんでくる理由も理解できないわけではない。ならば、俺は俺自身と聖杯に桜華の復活を願おう。まがい物の身体ではない。
歴史に刻まれた七星桜華をもういちど復活させる。万能の願望器であればそれが可能になる。ハーンの復活と桜華の再誕、そうだ、まだすべてが終わったわけではない。聖杯を握れば、聖杯さえ手に入れば、総てがひっくり返すことができる」
「無理だな、俺がお前を倒す。それでお前の野望も全て終わりだ」
灰狼がこれまでに虐げてきた者たちの想いを少しでも抱くことが出来ているのであればいい気味だとレイジは思う。此処まですべてが自分の掌の上だった様子だが、さすがに桜華が敗北するという展開だけは考えていなかったのだろう。ようやく一泡吹かせられた。しかし、これだけでは終わらない。灰狼には自分がやってきたことの報いを与えてやらなければならないのだから。
「決着をつけるぞ、灰狼。俺たち全員でこいつの目論みを叩き潰す。だから、手を貸せよ、お前だって、ここで黙っていられるような奴じゃないだろ」
『誰に指図しているんだ、お前なんかの言うことを聞くつもりはない。ただ、リゼを脅かす奴を放置しておくことはできない。だから、手を貸してやるよ、レイジ・オブ・ダスト』
「ヨハン君……!」
『これは一時の夢だ、俺がいなくなったことに変わりはない。だが、こうして最後にリゼの未来を守る戦いに参加できたことには感謝するさ。お前たちと気持ちは同じだ、俺の力で役立つことは全部使えよ、その代わり、負けることだけは許さない』
『当たり前だ、でなくちゃ、こうして顔を出した意味がない』
「そういうことだ、灰狼、今の俺は1人じゃない。彼女がいる、そしてこいつらがいる、たとえ、お前でも、今の俺を止めることはできない……!」
「魂の入れ物風情が粋がるなよ」
「お前だって死者の魂の入れ物みたいなものだろ」
「確かに、では、その皮肉に応えようじゃないか。叩き潰してやるからこいよ」
「ああ、これが最後だ」
桜子たちの戦いが決着を迎え、今度は自分たちの番であることをレイジも灰狼も理解する。戦いは間もなく終わる、終わりを迎え、次の未来に向かっての戦いが始まっていく。それを掴みとるのはどちらなのか、最後の激突がこれより始まる。