Fate/Stardust Vendetta―星屑の復讐僤―― 作:ソクリ
草原の覇者:チンギス・ハーン、蒼き狼とさえ呼ばれたその人物は我々草原の民にとって、憧れであり神話であった。
モンゴル高原の中で常々部族間の争いを続けるだけであったモンゴル諸部族を纏め上げ、世界帝国へと押し上げた人物、争いに次ぐ争いを引き起こし、大陸の多くの文明を破壊した人物であることから憎まれることも決して少なくはないが、それ以上に、モンゴル部族からすれば功績があり、誰にとっても憧れを抱かれる存在だ。
己もハーンのようになりたい、己も己の帝国を築き上げたい。それが可能か不可能かという次元の話ではないのだ。その神話を聞かされた時から、モンゴルの戦士たちはその偉大な背中を追いかけていくのだ。
力も才能もあったが、血筋だけが足りなかった。誰もが追い求めるように自身もまたハーンの背中を追い求め、至った頂点にて自分自身では変えることのできない事実によって押し潰された。
あぁ、なんと愚かしいことだろうか。可能か不可能かの話しで背中を追いかける理由がないのだから、出来るからと言って同じになれる理由になどあるはずもなかったのだ。
すべてにおいて異質であるからこそ、神話になることができる。圧倒的な存在であり、誰もが認めるカリスマ性があるからこそ、例外でいることができる。
チンギス・ハーンを追い求めながらも、チンギス・ハーンになることが出来なかったティムールには誰よりもそれが理解できている。ある意味ではハーンと同じ時代を生きた破壊達や敵対主たちよりもそれを理解できているかもしれない。
誰にとっても憧れであった。敵にとって恐るべき存在であった。自分は同じになれただろうか。ハーンの名を背負うことが出来なかった以外は同じであったのだろうか。きっと、違うのだろう。運すらも味方に出来る天賦の才能を持つ者と比較すればやはり同じになることはできない。
だからこそ、示すしかないのだ。この場で、チンギス・ハーンに自分が並び立ち、そして超えることが出来たことを証明する他ないのだ。それだけでしか夢を果たす方法を知らない。血筋がないという理由だけで並び立つことを許されなかった者として、一代で栄枯盛衰を味わうことになった兵士たちと共に、華やかな伝説の勝利者に対して牙を突きたてるしかないのだ。
「ぬぅぅぅぅぅ!!」
「がぁぁぁぁぁぁ!!」
裂ぱくの気合いすらも載せた上で、偃月刀が侵略王へと叩き付けられる。同じように戟が襲い掛かり、自身の身体を傷つけるも、馬から転げ落ちることだけは何とかして避けて、戦闘を継続させる。
これまでもずっと同じだ。意地の張り合いを続けるように、兵士たちと共に絶えず攻撃を続けている。いずれ来たる終わりの時に、自分が最後まで倒れることがないように、相手の方が先に倒れるのだと愚かしいほどの精神論を携えて、ただただ、愚直に攻撃を続けていく。
戦い方も兵士を率いる方法も、侵略王とさして変わらない。同じ草原の覇者としてそこに差が生まれることもなく、侵略王もそれを受け入れている。受け入れた上で、いやになるほどに、彼はこの戦を楽しんでいる。こちらが必死に敵手を乗り越えんと攻撃を続けているというのに、侵略王はまるで、素晴らしい敵手に巡り合えたとばかりに、自らが傷つけられながらもその戦場を楽しんでいる。雄々しく、どこまでも勇猛に戦に臨む姿を誰が拒絶することができるだろうか。
「まったく、そうしたところが気に喰わん。追い詰められてきているのだから、少しは嫌な顔の一つでもしたらどうだ?」
「くく、確かにその通りだな。しかし、ティムールよ、余を阻む草原の覇者よ。余は苦々しくも同時に嬉しいのだ。余が去ったその後に、お主ほどの王が姿を見せたことに。そなたが、もしも、数十年早く生まれて、余の配下として活躍してくれれば、これほど、心強い者はいなかったであろう。余の進撃も、余が生きている間にさらに先へとすすめたのではないかと、年甲斐もなく考えてしまったのだ。
ティムールよ、貴様を今からでも我が配下になどとは言わん。貴様の覚悟を穢すような真似は余にもできん。であればこそ、貴様と最後まで戦を以て語り合うだけだ。異なる時代に生まれながらも、こうして互いの技量を競わせることができる気合いに恵まれたのだ。余も貴様ほどの戦士との戦い、愉しまねばこうして、二度目の生を与えられた意味がない!!」
覚悟も戦う理由も全てを呑み込んだうえで、侵略王と呼ばれた男はティムールの挑戦を歓迎し、自分にとって第二の生を与えられた意味であるとすらのたまう。かつて、世界最大の帝国を作り上げた男が全力で戦を楽しむに値する存在であるのだとティムールを認めているのだ。
「まったく、こんなことを言うべきではないが、敵わんな」
敵であろうとも認め、その敵との戦いにこそ喜びを見出す。まったくもってスケールが違う。まさしく真の英雄と呼ばれるべき存在はこのような男を言うのだろう。
「だが、戦で迄負けを認めるわけにはいかん、兵士たちや主の、そして友の期待を背負って、今、ここに我は立っている。背負うものがあるのだ、負けられぬのは我も同じく」
「然りだ、背負うものがあるからこそ、我らは強くあらねばならない。将とはそうであらねばならん。誰よりも自由に、そして誰よりも多くを背負い戦場を駆け抜ける者こそが王、何も背負わぬ裸の輩に追い詰められるほど、我らの背中は安くはない」
兵士たちの歓声が聞こえる。スブタイと桜華を倒されても尚、侵略王の兵士たちは皆が勝利を信じている。この王と共にかける戦場に敗北などありえないと信じているのだ。
常勝の王ではない、今であっても、ティムールによって刻まれた傷は無数にあり、身体の至る所から血を流している。圧勝できているわけではないのに、それでも、この男ならば絶対に負けないと誰もが信じているのだ。
そんな男に好敵手のように扱われているのだ。ティムールの武器を握る腕に力が込められる。此処から勝利を手にするために、棺を使うという選択肢もある。より深くまで追い詰められた末に棺を出せば、侵略王を相打ちにまで持ち込むことも可能だろう。ただ、勝利を手にするだけであればそれこそが最も楽に勝利を手にすることが出来る方法であることはティムールも理解できるが、身体が、魂が、その決着の方法を拒んでくる。
(分かっているとも、ハーンになれなかったことへの復讐心はこの胸に過りながらも、それでもなお、我は今、真正面からこの男を、我が憧れ、目指した男を乗り越えることを望んでいる。であれば、それに殉じるのが定め、ハンニバル、ユダよ、案ずるな、我もそして、レイジも勝つ。お前たちが与えてくれた力が、我らの背を押してくれている!!)
「ぬぅん!!」
激突、再び激突する刃と刃、同時に二人の王を囲んでいる兵士たちが、相手の兵士たちを殲滅せんと一気に激突していく。
「貴様とこうしてここで相見えることもまた運命、貴様を斬り、そして世に一度は土をつけた極東の魔術師との決戦に臨む。かの女たちこそが、余を阻むためにこの世界が呼び寄せた抑止力であろう。ならばこそ、彼奴らが余の最後の関門となることも理解できる。草原の覇者を極め、そして、余にとっての敵を屠り、そして願いの為に邁進する。
何一つとして変わらん。この肉体がある限り、どんな時代、どんな場所であろうとも余はただ駆け抜けるのみである!!」
「勝った気になるな、偉大なるハーンよ。貴様の目の前には、まだ我らが、草原の覇者たるティムールがいることを忘れるな!!」
「忘れてなどおらん!! それでもなお、勝つのは余であるということだ!」
肉を割き、骨を砕き、そしてそれでもなお互いの武器を捨てることなどなく激突を続けていく。多くの武器を失い、多くの兵を失い、それでもなお、1人の戦士としてティムールの前に侵略王は立ち塞がる。しかし、ここに来て両者の実力は拮抗、互いに互いを傷つけ合いながらも、総てを背負った将として彼らは決して後ろに退くようなことはしない。
ここにきて、ランサーによって失った人造七星の影響が大きく出てくる。もしも、人造七星が存在し、侵略王の肉体を修復してくれる力が与えられたとすれば、アヴェンジャーに太刀打ちする方法は棺を以てしてもなかったかもしれない。
此処に至るまでの総てが侵略王を追い詰めている。あと一歩、最後の一押しを成すことが出来れば侵略王というこの聖杯戦争における最強の存在を討ち果たすことができる。
「王よ、戦いに集中しすぎだ、それでは、この後のキャスターとの戦いまで持たないぞ、今の貴方には人造七星の力は存在しないのだ」
侵略王にとって本懐ともいうべき戦いが展開する中で、むしろ、その状況に苦虫をかみつぶすような思いを抱いているのはマスターである灰狼だ。こんなはずではなかった。自分の計画は完璧であり、絶対に失敗するはずなどない計画を積み上げたはずだった。
しかし、人造七星を失い、桜華までもが命を落とし、そして侵略王までもが今や互角の戦いの中で消耗を続けている。
何故だ、どこで間違えた。どこで歯車が狂い始めてきた。どこで、どこで、どこで?
「随分と焦っているな、そんなに困るのか、自分の想定通りにならない状況と言うのは?」
「レイジ・オブ・ダストッッ!!」
灰狼の瞳に明確な憎悪が生まれる。思えば、この瞬間、初めて灰狼はレイジに向けて感情の色を見せたのかもしれない。これまでずっと操り人形、生贄程度にしか思っていなかった少年に対して、明確な敵意と憎悪を向け、その感情のままに槍が振われる。
「ぐっ、ああああああああああああ!!」
「そうだ、お前が全てを狂わせている。桜華を目覚めさせるまでは完ぺきだった。しかし、そこからだ、お前が生き残り、カシムを殺し、そして、リーゼリットを翻意させた。それがなければ、ここまで追い詰められるようなことはなかった。お前が、お前の存在が、俺の計画を狂わせている!!」
「そんなに、怖いのかよ、自分の思惑以外のことになるのが……随分と、楽な人生を生きてきたんだな、お前は」
「貴様っ!」
「思い通りになったことなんて一度もない。何度も何度も這いつくばってそのたびに誰かに助けられて、自分を鼓舞して、血反吐を吐いて、涙を流して、ようやくここまで来ることが出来た。焦るお前の姿は、俺には憐れに思えるよ。俺よりも遥かに強くて、力も持っているのに、その程度のことにも耐えられないんだな、お前は……」
レイジにとってこの戦いの日々は一度だって思い通りにいくことなんてなかった。常に苦しみ、耐え抜くばかりの日々であり、楽な時なんて一度もなかった。それでも戦い抜いてきたことだけは事実だ。一度だって諦めるなんてことはなかったし、それで切り開いてきた道である。
だからこそ、自分の思惑が外れた程度で癇癪を起しかけている灰狼の存在が、レイジからすればあまりにもちっぽけに見える。自分が追い求めてきた相手のメッキがはがれてしまえばこんなものなのかと思ってしまうほどに。
『油断するな、動揺した程度でお前が楽に勝てる相手じゃないぞ、あいつは』
『まぁ、そうですね。レイジさんと灰狼殿では、地力が違いますから。でも、今は違います。私達の力総てを使いこなせれば……』
「レイジ君、君のサポートは私がする。だから、最後まで前だけを見て、駆け抜けて!!」
「ああ、行くぞ!」
桜華を失ったこと、そして、自分の思惑が大きく外れ始めていることへの動揺を隠しきれない灰狼目掛けて、弾丸のようにレイジは突っ込んでいく。
その勢いのままに蛇腹剣を振り払い、灰狼の槍と激突し、灰狼が後ずさる。自分の武器をどのように振りぬけば最も効率が良いのか、その到達点へと至るための超反応と、極限状態の中でなお冴えわたる武技、散華とヨハン、共に個人の技量を持ち合わせる二人の力に加えて、リゼの感覚共有によって、自分の限界以上に視界と認識範囲が広がっている。此処までの戦闘経験、七星の血による強制的な強化、溜めこまれてきた疲労と肉体限界をこの瞬間だけ踏み倒したからこそ得られる経験値ではあるが、それが大きく意味を成している。
純粋に、今この瞬間、レイジは灰狼に対しての脅威となりえている。もしも、灰狼がレイジと言う存在を生み出すことが無ければ、この展開が起こりえることもなかったと考えれば、まさしく身から出たさびという話であろう。
(俺の計画は間違いなく完璧だった。狂いようがない。多少の失敗はあれども、我々の勝利は約束されていたはずだ。なのに、何故だ、何故、こんな取るに足らない奴に、俺の足元が掬われようとしている……!?)
刃と刃のぶつかり合う音、蛇腹剣と大剣を器用に使い分けながら、灰狼をレイジは追い詰めていく。桜子が桜華に勝つことが出来たのが奇跡であると形容するのならば、レイジがここで灰狼に勝利することができるのもまた奇跡に等しい可能性の世界でしかない。
しかし、それでも戦いは戦いだ。ユダとハンニバルが与えてくれたこの千載一遇の機会を絶対に無駄にはしない。そして、命を懸けた戦いに殉じながらも今、自分に力を貸してくれる者たちを無駄にしないためにも、持ち得るすべての力を使って灰狼を倒すためにレイジは刃を振っていく。
「星灰狼、お前は今、痛みを覚えているか?苦しんでいるのか? だとすれば、それはお前が俺達に与えてきたものだ、お前が自分の願いのために俺達に与え続けてきたものだ、いい気味だなんていうつもりはない。それが痛くて辛いことであることは分かっている。
だが、それはお前が受けるべき当然の報いだ。他人に与えたものは自分にも返ってくる。お前の人生への報いがようやくお前に追いついたんだ!」
「訳知り顔で正しいことを語っているつもりか!」
「ああそうだ、正しいことは痛いんだよ。どこまでも、自分にとって本当に正しい道を進めば必ず痛みが伴う。その痛みを忘れるために人を踏みにじって来たんだろう。人の道理を蹴飛ばしてきたんだろう。だから、当たり前だ、受けるべき痛苦が来たってだけだ!」
「貴方が、七星の魔術師として、他の聖杯戦争の参加者同様に闘っていたのなら、こんな戦いにはならなかったでしょうね。これは貴方が招いた帰結、貴方が勝利のために犠牲にしてきた総てが、今ここで貴方へと帰ってきているのよ!」
「そうか、構わないとも。それならばそれで、俺は押し通るのみだ。卑怯だなんだと言われたところで今更どうでもいいことだ。この身には千年の願いが込められている。お前たちのたかが数年程度の因縁で、無駄にできるようなものではないのだから」
「お前の千年のために俺達が譲ってやる道理が何処にあるんだよ!!」
槍と剣がぶつかり合う。相手を破壊するために、相手に破滅を齎すために、互いに互いを破壊するための攻撃が続いていく。今、絶頂期であるのはレイジだけではない。灰狼もまたこれまでに培ってきた総ての技を使って、レイジを破壊するために攻撃を続けていき、レイジの身体に傷を与えていく。
「がああああああ!」
「散華の超反応、ヨハンの劣勢ゆえの強化、リーゼリットの感覚共有、確かにどれもが脅威だ。これまでに七星が紡いできたあらゆる力がそこには込められていると言えるだろう。しかし、それでも俺とお前ではそもそも戦闘力が隔絶している。補うことは出来ん、それこそ、千年の未来の為に俺達は技を磨き続けてきたのだから」
至るべき時の為に、約束の時の為に、千年の時間、子孫たちの人生を食いつぶしながら、灰狼であり続けた男の狂気ともいえる願望が、あらゆる力に背を押されているレイジを追い込んでいく。身体から、血飛沫が流れ、筋肉が裂かれ、骨に亀裂が刻まれる。
それでもレイジは食らいつく。灰狼の絶技ともいえる七星流槍術との戦いに喰らいつく。致命傷になりえる攻撃を超反応で避け、傷つくほどの攻撃が来るたびにヨハンの力で、さらに攻撃の動きが増していく。それらの力をリゼの力で高め、一秒ごとに、傷つくたびに、灰狼を追い詰めていく。
さながらゾンビのようですらある。いや、灰狼からすれば、レイジの存在はゾンビ以外の何者でもない。本来であれば、レイジは既に死んでいてもおかしくないのだ。灰狼の計画であればとっくに退場しているはずの存在が未だに此処で何かを囀っている。そして自分を追い詰めようとしている。それがどれほど悍ましいことなのか
「お前は所詮、俺達の宿願を果たすための戦いに紛れ込んだ星屑だ。輝くことなど出来ない、またたき、そして一瞬のうちに消え去っていくだけの、誰の記憶にも残らない存在だ。これより先の歴史にお前が刻まれることはない。お前が英雄になることはない。お前の未来は存在しない。だというのに、何故戦う。怒りと執念だけで、何故、そこまでのことができる!!」
灰狼がここまで世代を繋ぎながら自分を維持し続けてくることが出来たのはひとえに、夢があったからだ。叶えなければならない願いこそが、自分を形成してくれた。しかし、レイジは違う。何も残らない、何も実を結ばない。それでも傷つき、戦い続けている。それがどれほど虚しいことなのかを灰狼は知っている。
夢へと邁進する者の足を引っ張るだけの敗残者の行動でしかない。なのに、その瞳には一切の穢れがない。誰かを陥れるために生きているにしては、あまりにも眩すぎる。
「そうあると決めたからだ、俺に何も残らなくても、この地獄の先に花を咲かせることができるのならば――――この身体と魂を賭けるだけの価値がある!!」
そう、もしも、ここまで走ってきた総てが間違いであったとしても、正しいものなんて何一つなかったとしても、手にするべきものが何もなかったとしても、それでも此処までの道のりに嘘をつきたくはない。
己の復讐を完遂する―――信じて貫いたたった一つの願い、それだけを果たせるのなら他は何もいらない。
「俺が自分を貫いてきたから、仲間たちが力を貸してくれた。今、俺の背を押してくれる力がある。あいつらも一緒に戦ってくれている。意味なんてなくていい、今の闘い続けるのは俺が俺であるからだ!!」
「どうしようもなく愚かだ、救いようがないほどに」
『けれど、それでも此処まで駆け抜けてきたからこそ、救われた奴もいる』
『そうだ、ここで止まってしまったら、意味が無くなる』
この身体の持ち主もヨハンも、それを理解している。最善の結末ではなかったし、未練がないかと言えば嘘になる。それでも、レイジが戦い続けてきたからこそ、救われた者がいることを知っているから。
「レイジ君、お願い、勝って……!!」
「―――当たり前だ!!」
そうして願われたことであるからこそ、彼は今も戦っている。誰かの決めた正しさなんて知らない、ただ自分だけが知っている正しさの為に戦っている。それだけでいい、それだけで彼にとっては十分な意味を持つのだから。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ぬおおおおおおおおおお!!」
主たちの戦いに呼応するように、馬を駆けまわしながら二人の男の戦いもいよいよ決着へと向かおうとしている。共に草原の覇者と呼ばれた男であることが嘘のように血に濡れ、身体を穢しながら、それでもなお、目の前の男よりも己が強いことを証明するために戦い続けていく。
最後は結局のところは意地の張り合いだ。どちらが最後まで残っていることができるのか、どちらが最後まで意地を張り通すことができるのか、互いに互いへと与えた攻撃は十はくだらず、それ以上は覚えていない。
どちらが最後まで立っているのかだけを求める争いは兵士たちの喧騒の中でも終わることなく続き、輝いている。
「英雄同士の争い、どれだけ絢爛な宝具を扱い、人々の記憶に残るような在り方を示したとしても最後に残るのは、結局のところは想いの強さ。実力が伯仲しているからこそ、そこから逃れることはできない。アヴェンジャー、貴方は侵略王に勝利することこそが貴方の望みであると語った。けれど、こうして泥臭く、実力が拮抗した状態で戦っている時点で貴方はもう既に証明しているのではないですか」
スブタイを倒したアステロパイオスはそのように呟く。アヴェンジャー;ティムールにとっての願いは草原の王になることが出来なかった自分が侵略王と同列の存在であったことを証明することであった。その為に此処まで戦い続けてきた。「血」という生まれた時点で最早覆しようがない要素によって、王になる道を絶たれてしまった彼にとってはそれだけが自分の正しさを証明する方法であったのだから。
客観的に見て、ティムールと侵略王の戦いは互角だ、兵士たちの戦いもサーヴァント自身の戦いも、願った思いは報われている。スブタイとも戦い、モンゴル軍の強さを知っているアステロパイオスは間違いないと思うのだ。
けれど、ティムールは満足しない。それでは終われないのだ。彼にとってはまだ掴むことが出来ていない事実が残っているから。
「ぬぐうぅぅぅぅl」
そこで状況が大きく動く。ティムールの放った偃月刀の刃が侵略王の片目を切り裂き、身体のバランスが大きく崩れる。極限の状況の中で動体視力に変化が生み出されただけでも、状況を変化させるには十分すぎる状況、しかして、侵略王も決して負けてはいない。
「まだだぞ、まだ余は負けてはおらんッッ!!」
「がはぁぁぁぁぁぁぁ」
片眼を犠牲にしたとすらいえるかもしれない。偃月刀ではなく、馬の額に戟が突き刺され、ティムールの身体が落馬する。地に叩き付けられ、しかして、すぐにティムールは起きあがり、偃月刀で戟の一撃を受け止める。だが、馬の激突によって全身の骨がメキメキとひび割れ、呼吸すらもままならない。
「がはっ、ごほっ、あがぁぁ」
「これで、決着をつけるとしよう。偉大なる草原の王よ。貴様は余がこれまでに出会った草原の戦士の中で、最も勇猛であり、最も強き男であった」
その言葉を餞に死ぬがいいと再び駆ける侵略王の馬、これより放たれる攻撃によって戦いが終わりを迎える。これより先に今だ戦いを残しているのに、これほどのダメージ、先が思いやられるが強き男との戦いの結果であれば致し方ないだろうと割り切る。
そうだ、戦こそが己の人生、戦い、駆け抜けることに費やしてきた、ならば強敵との戦いで傷つくことで何を厭うことがあるのか。そうして駆け抜け、決着を付けようとした矢先に――――侵略王の馬の動きが止まる。
「なに――――」
「総てを使って勝利する。そういう話であろう」
地中より、まるで這い出てくるように骸骨兵士たちが、ゾンビのように半身だけを地面から浮き上がらせ、侵略王の馬の足を掴んでいるのだ、そうして動けなくなった馬を揺さぶり、バランスが崩れる。
「何をしている、この程度で止まるはずが無かろう!!」
侵略王の愛馬としてそのような体たらくは認めんと手綱を引くが、起きあがったティムールが、脱兎のごとく駆け、偃月刀によって、馬の首を斬りおとす。
「―――――」
「最後まで驕るな、我はまだ負けてはいないッ!」
まさしく一瞬、一瞬にて、侵略王の愛馬は殺戮され、侵略王は戟を握り、ティムールを貫かんと馬より飛び立つ。
判断も反応も、決して間違ってはいない。むしろ、最善の判断であったと言えるだろう。しかし、そこは予測をしていた者と予測をしていなかった者の激突、それが最後の最後で明暗を分けた。
筋肉が裂けることも、骨が砕けることもいとわずに、ティムールの身体に戟が刺さる。心臓スレスレギリギリの場所を戟は貫くが、それはすなわち、殺しきれなかったことを意味している。
そう、あえて、自分の霊核が傷つくことすらも理解し、侵略王の身体を繋ぎ止めた。だからこそ、その刃が届く。
馬を斬り殺す際に偃月刀を勢いのままに宙に飛ばした。その偃月刀が再び手に戻り、投擲するように、侵略王の心臓目掛けて突きたてられる。
「がああああああああああああ!!」
「これで……終わりだッッ!!」
その心臓に突き刺した偃月刀を引き抜き、首筋目掛けて放たれた一撃が、侵略王の身体に致命傷ともいえる両断傷を生み出す。
一撃を受け、戟を握る力すらも失くしたのか、侵略王の手から武器が離れ、そして、ここまでずっと戦い続けてきた男が仁王立ちのまま、そこに立ち尽くす。
「馬を犠牲にしたのも全ては策か?」
「勝つにはすべてを捧げる必要があった。例えそれが、どれほど愚かしいことであったとしても」
「くく、見事な執念よ、まったく、見事に阻まれてしまったではないか……」
侵略王の身体が黄金の光に包まれていく。この聖杯戦争に置いてまさしく最強の存在であったはずの男は遂にその姿をこの世界から退去させていく。
悲願は叶わなかった。もう一度の大陸制覇を夢見ながらも、それは叶わぬままにこの世界より退去する。だというのに、男に後悔の様子は欠片も見えなかった。
戦い抜き、そして敗北した。そこに二言はない。ここまでに戦い抜いたすべてが真実であり、輝かしい日々なのだから。
「アヴェンジャー……、いいや、ティムールよ、貴様は草原の覇者である余に勝った。冠がなかったとしても、その事実は消えぬ。ゆめゆめ忘れるなよ、この事実を座にまで持ち帰るがよい」
「我1人の力であったと言えぬがな」
「然りだ、総てを出し尽くして、そして敗北したのだ。ならば、貴様の勝利であろう。余を越えることこそが貴様の世界に対しての復讐であったのだろう?ならば、それは叶えられた。貴様は自らの手で、貴様の願いを叶えたのだ。
先達として寿ごう、余に並び、越えた英雄よ。ハーンの冠などなくとも、何を嘆く必要がある。貴様はこのチンギス・ハーンの認めた漢だ」
「………っ」
どうしてだろうか、胸にこみ上げてくる思いがある。認められたという感情が強く胸を打つ。そこで気付く。自分は認められなかったのだろう。追いかけ続けてきた憧れに、お前が駆け抜けてきた日々に意味はあったのだと……、例え、ハーンになれずとも、お前の生きた意味はあったと認められたこと、ここにようやく彼は辿り着くことが出来た。
「ではな。願わくば、またもう一度、何処かの戦場で出会えることを」
「まさか、もう二度と、貴殿と戦うことはごめんだ」
「ははッッ!! ああ、未練がないわけではない。すまんな、灰狼よ、愚かな王を嘲笑うがいい。だが、それでも、お前が与えてくれた二度目の生、十分に堪能したぞ!! お前が後から追ってくるのならば、その時には労ってやる。最後まで戦うがいい」
自分を蘇らせてくれた臣下の願いを叶えることが出来なかったことにだけは、後悔を覚えながらも、それもまた一つの結末であると侵略王は受け入れる。踏みにじってきた思いがあったように、今度は自分たちが踏みにじられただけなのだから。
そこに善悪の区別をつけることはなく、世界最高峰の英雄:侵略王チンギス・ハーンはこの世界より消失した。黄金の光すらも彼からすれば、見通りする輝きであったように。
「総てを出し尽くした、か……」
そして、侵略王とほとんど変わらないほどの時間で、アヴェンジャーの身体もまた光に包まれていく。ああ、最後に別れの言葉を告げるべきだったか。此処まで自分たちを連れてきてくれた主に。
「いや……」
翻って必要ないだろうと割り切った。陳腐な言葉など要らない。為し遂げた、それだけで自分たちには十分だった。
「さらばだ、我が主よ、我はそなたと出会って救われた。ここまでの戦いに意味はあった。意味はあったのだ……!」
たとえ、この記憶が座に戻れば消えてしまう記憶であったとしても、どうか、その最後の瞬間まで胸に記憶に刻み付ける。
レイジ・オブ・ダストと言う存在がいたことを。世界に訴えかけるようにして、最後のアヴェンジャー:ティムールはこの世界より消失する。
たとえ、どんな思惑があったとしても、己が認めるマスターに出会えたことを誇りとしながら。
「王よ……嘘だ、ありえないだろう。桜華だけではなく、貴方までが、それでは、俺のこれまでの戦いは―――――」
「ああ、そうだ、終わりだよ。お前の積み上げてきた総てはここで終わる。俺が終わらせる……!」
「がはっっ!!」
侵略王の消滅、桜華の敗北に続いて引き起こされた想定外の状況に対して、灰狼はレイジと戦っている最中にもかかわらず目を見張った。何が起こったというのか、信じられない。こんなことが起こっていいはずがない。彼の頭の中で浮かんだ言葉はさまざまであっただろう。
しかし、結果的にその隙をレイジは見逃さない。自分の相棒たちは、やり遂げた。最後に交わす言葉がなかったとしても、やり遂げたということが最大の意味を持つ。
別れの言葉はいらない。それ以上の絆で繋がっていたことが確かだからこそ、レイジは消失した自分の相棒への餞代わりに灰狼へと一閃を叩きこむ。身体を切り裂かれ、灰狼の身体から血飛沫が上がる。肩口から腰回りにまで刻み込まれた傷は、明らかな致命傷、技量で上回ったわけではなく、あくまでも隙をついただけであるとはいえ、灰狼の身体が膝から崩れ落ちる。
「ふざ、けるなぁぁぁぁぁ!!」
だが、膝から崩れ落ちるよりも早く灰狼が最後の力を振り絞るように槍をレイジへと向けて振り回す。当然に超反応によって、レイジは攻撃を避けるが、灰狼はそんなことなど関係なしとばかりに攻撃を放ち続けていく。
「お前だ、お前のせいだ。お前がいなければこの結末にはならなかった。定められた勝利はゆるぎなかったはずなのに、お前が、お前がぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ああそうだ、俺はお前たちの運命に紛れ込んだ星屑だ。お前たちがクズ星と断じた決してこの物語の主役になんてなれない存在だ。
だが―――――俺をクズ星と断じたお前の慢心がこの結果を生み出した。いい気味だな、どうだ、視界にもいれなかった星屑に総てを奪われる気持ちは?」
最大限の悪意を以て、総ての怒りを凝縮した言葉を以て、レイジは灰狼に言い放つ。怒りと悔恨、その総てがかないまぜになり、灰狼は攻撃を続け、超反応を駆使しているレイジにも攻撃が届くものもある。
怒りという感情の増幅によって、基本スペック以上の力を発揮することができるのは灰狼も同じだ。彼は今、人生で初めて奪われた側になった。これまで常に踏みにじる側の人間であったはずなのに、今の灰狼はどうしようもなく胸が痛い。
どうすれば回避できたのか、何がいけなかったのかを自問自答するばかりであり、常に冷静沈着に此処まで策を企ててきた姿は微塵も見えない。
「痛いか、それがお前がこれまでしてきたことだ。俺達が受けてきた痛みだ。その痛みを胸に刻んで、奈落の底にまで堕ちて行け」
レイジが構える。容赦はしない。同情もしない。灰狼の境遇が憐れであったとしても、この結末に至る理由を生み出したのは彼自身だ。夢を叶えるためにあらゆるものを犠牲にしてきた。死神の足音がようやく追いついたのだから。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「許さん、許さん許さん許さんぞ!!どこの誰でもないお前が、俺の、千年の、願いを阻むなど、そんなことが許されて――――」
「先に地獄で待っていろ、俺もすぐに行く。言いたいことがあるのなら、そこで聞いてやる。俺もそんな簡単にお前を逃がすつもりはない」
『さぁ――――終わりだ、行け』
心の中で声を上げるもう一人の自分に背を押されて、大剣を振りかぶる。そして、破れかぶれになっている灰狼へと放たれる一刀は、首筋から血しぶきを流し、返り血を浴びながら、その戦いの勝敗が決まったことを理解させるには十分だった。
「無念、だ……俺達の、千年の、すまない、灰狼たちよ、俺は――――」
千年に渡って紡いできた願いと夢、そして脈々と受け継いできた灰狼と言う存在、その総てが無に帰る、それがどれ程の悲劇であるのかをレイジは知らないし、知るつもりもない。灰狼がレイジたちにしてきた仕打ちの惨さを理解しようともしなかったように、レイジもまたそれを理解するつもりはない。
すべては星屑の怒りを叩きつけるために、そのためだけに此処まで来たのだから。それ以外の何かに拘泥するつもりはない。
「星灰狼、私は、いいえ、私たち七星は――――過去の呪縛を乗り越えて、この世界で新しい生き方を見つけます。過去のためではなく、未来の為に、私達も歩んでいきます。今日はその訣別の日です」
「は、はは……、せいぜい、やって、みせるが、いい、さ。お前もまた、夢に破れ――――――――」
最後まで言葉を紡ぐこともできないままに、星灰狼は命を落とした。生まれたその時から灰狼であることを宿命づけられ、何世代にも渡って、初代灰狼の願いを背負い続けてきた呪われた血筋は、その願いの道具として生み出した存在によって討ち果たされたのだ。
「終わ、ったの……」
「ああ、終わりだ。これで残るはあとひと―――――」
バタリと、その場でレイジが崩れ落ちる。総ての力を使い果たしたように、役割を終えた機会がその動きを停止するように。
「レイジ君!!」
リゼが声を上げて駆け寄る。スッとこれまで、レイジをアシストしていた散華とヨハンの気配が消えていく。役目を終えた死人がいつまでも残っているつもりはないとばかりに。
『さようなら、リーゼリット様。貴方が私にくれた言葉は決して忘れません』
『もう君を縛る運命はない。自分のやりたいように生きてくれ。それが俺達の願いなんだ』
耳元に届いた言葉、リゼは歯を食いしばり、力強く頷く。もっと傍にいてほしい、そう言うのは簡単だけれど、それは未練でしかないから。だから、口には出さない。それが力を貸してくれた者たちへの誠意であると思うから。
「少し見ない間に、随分と立派になったお姫様」
「――――――」
倒れたレイジを抱きかかえるリゼに、彼はそう反応した。身体は動かないが、何とか口だけは動かせる様子で、その言葉はレイジの言葉ではないことが分かって、リゼは溜めこんでいた気持ちを爆発させるように涙を滲ませて、けれど、泣きはしなかった。きっと、これが最初で最後の言葉を交わす時であると思ったから。
「うん、そうだよ……だって、約束したじゃない。私が、この国を変えるんだって、君に出来ないことを、私が……するんだって……」
精いっぱいの笑顔を浮かべる。彼に心配などさせたくないから。あの日に誓った、地獄の先にだって花を咲かせることができるんだってことを証明するためにリゼは、これまでも葛藤し続けてきた。勿論、簡単に結論が出せるわけではない。リゼが生きている間にどこまで進めることができるのかもわからない。
けれど、大切なことは進み続けることだと知っているから。もう、あの日の無知な自分ではないことを彼に知ってもらいたくて精一杯の笑顔を向ける。女王らしからぬくしゃくしゃの笑みであったかもしれないけれど、彼はその表情を見て、安堵の笑みを浮かべる。
「ずっと、後悔していたんだ。約束していたのに、会えなかったこと……だけど、安心したよ。もう一度こうして会えたことが俺にとっての奇跡だった。アンタの為に命を懸けた俺達の選択に間違いはなかった。今なら、そう信じられる」
自分のあの日の選択も、ヨハンがレイジとの戦いの果てに選んだことも間違いではなかった。そう信じることができるから。
「――――誰かの明日を、よろしく頼む」
「………うん」
互いにもっと伝えるべき言葉はあったはずだけれど、その感情を開いてしまったら、きっとこの別離はもっと辛いものになるから。この奇跡に感謝をし、見送るための言葉を互いに紡いでいく。
静かに、彼の意識が消えていく。ほんのわずかな時間、結局、名前さえも聞くことが出来なかった相手に別れを告げて、もう一度、レイジの意識が表層へと出てくる。
「………終わった、な」
「うん………」
短いようで長い旅路だった。絶対に不可能であると言われながらも、レイジは自分の目的を果たすことが出来た。それは祝福されてしかるべきだろう。何も残らなかったとしても、ここで終わりになるとしても。
「いや、何も残せなかったわけじゃない……、こうして戦ってきて、ここまで来ることが出来たから、アンタとあいつはもう一度、会う事が出来た。アンタの顔を見て、分かったよ。意味はあったんだって」
「レイジ君……」
無意味ではなかった。もしも、レイジが膝を屈していれば、彼とリゼがこうして言葉を交わすことは出来なかっただろう。今、ぐしゃぐしゃの笑みをリゼが浮かべることが出来ているのは、レイジが泥にまみれても、這いつくばっても戦ってきたからだ。
こんな地獄の先にも、不恰好でぐしゃぐしゃでも、笑顔の花を咲かせることが出来たのなら、ここまで戦ってきた意味はあった。
「ああ――――よかった」
自分自身ですらも曖昧な存在である中で、それでも、この二人を導くことが出来た。心とは果たしてどこに宿るものなのだろうか、心臓だろうか、脳だろうか。塗りつぶされた彼の魂は果たしてどこにあったのだろうか。この一瞬の奇跡が生んだ幻だったのだろうか。
理屈なんてどうでもいい。二人の間に確かに感じるものがあったのなら、それで十分ではないか。
「俺の復讐には意味があった。アンタを殺さなくて、よかっ―――――」
静かに、これまでのどんな時よりも穏やかな表情でレイジ・オブ・ダストは目を閉じ、息を引き取った。
誰でもなかった少年の物語はこれにて終わる。これより先の歴史には決して刻まれることはない、名もなき英雄、されど、確かに世界を救った少年の物語はこれにて終わりを迎えた。
「ううん、違うよ。君は七星を全てを倒した。だって、七星であった私は、あの日に君に殺されて、そして生まれ変わったんだ。お疲れ様、レイジ君。君の復讐は確かに完遂されたよ――――」
餞の言葉を口にして、リゼは屈み、もう二度と目を覚ますことのない少年の唇に自分の唇を重ねる。伝えることの出来なかった気持ちを伝えるように。
ついぞ叶うことのなかった恋であったけれど、意味はあったのだと思う。この別れにも意味はあった。だから、昨日までの自分よりも少しだけマシになって進むことができるだろう。託された者として背負って生きていかなければならないのだから。
これにて星屑の如き復讐の物語は終わりを迎える。
故に――――これより先は、神と人の物語である。
「顕現せよ――――――『万物流転――善悪二元論』」
瞬間、世界そのものが変質する。何がと表現することはできない。しかし、世界の何かがかちりと切り替わったような認識を誰もが覚える。これまで変わることのなかった世界法則がこの瞬間に、大きく変質を始めたのだと。
「残念だ、実に残念だよ、侵略王、そして灰狼、君たちと争う未来を夢見たが、どうやら私が一枚上手だった。恨み言はやめてくれよ、君らが始めた物語だ。
悪は消え、そして善が残る。それこそがアヴェスターの世界、されど、再び悪は生まれる。人間とは容易く悪にすり替わる者であるとすれば、善にて世界を変えるしかあるまい。
我らが神の御心を以て」
セイヴァー:ザラスシュトラ、絶対善神の御使いとしてここに立つ者は預言書の如き自身の経典を展開する。それこそが彼の宝具、世界改変宝具であり、善悪二元論の世界へと転じる力である。
この世界そのものを善悪二元論の世界の法則で染め上げ、そして絶対善神の復活の土壌を生み出す。彼はその為に呼び出され英霊、聖杯に溜めこまれた都合、12騎のサーヴァントの魂を糧として、この奇跡を引き起こさんとする。
「さぁ、新たな世界の物語を始めよう」
「――――よぅやってくれたな、レイジ、桜子。後は任せろ、ここからはウチらの仕事や」
しかし、そのアヴェスターの展開が止まる。方円状に広がっていくはずの世界法則がルプス・コローナを覆う辺りで止まってしまった。
そして、天に浮かぶはずの太陽が陰る、まるで常世の闇が訪れるかのように。
「神祇省決戦術式―――展開、対界宝具『天岩戸』セプテム全域に行使、これでお前らの神話はこれ以上広がることはない」
「ほう、なるほど、まさかまさか。見落としていたとも、ああ、そうか、そういうことか。まったく、これは度し難い。我々はみなすべて騙されていたということか」
天にて睥睨するセイヴァーの視界に地上に立つ二人の女の姿が見える。これまで決して姿を見せてこなかった者たちが、その牙を向く瞬間が始まりを迎える。
その意味を理解し、セイヴァーは自身の完璧な計画にもまた穴があったことを理解させられた。
「冠位は―――――1つに非ず、ああよほど世界は我らが神を恐れているらしい」
「………」
『朔姫よ、神祇省の代表として聖杯戦争に参加するお前に命じる。我らの敵はただ一つ。
――――役目を果たすために、何を犠牲にしてても、最後まで無傷で生き残れ』
第24話「Last Stardust」――――了
――カミサマずっと1人でさ、できっこない夢を追いかけて、バカな僕らにゃそもそも、飴はいらないんだ。
次回―――第25話「リィンカーネーション」
次回は4日後の22日(日)に投稿する予定です、この物語もあともう少しで完結です、最後までお付き合いしていただけると嬉しいです!