Fate/Stardust Vendetta―星屑の復讐僤――   作:ソクリ

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第25話「リィンカーネーション」①

 時にヒトは自分の理解の及ばない世界の出来事を神の仕業であると語る。それはただ、自分の知りえない世界の出来事であったとしても、自分が理解したくない出来事であったとしても、それをそのように受け入れるのである。

 

 かくして、そうして並べられた事象によって神話という事象は生み出される。

 

「何よあれ、何が起こっているの……?」

「善神アフラ・マズダ、奴が動き始めたのか」

 

 キャスター陣営との戦いで重傷を負ったロイとルシアはセプテムそのものを呑み込んでいく大きな異変に息を飲んだ。これまでの聖杯戦争の規模とは明らかに違う、あらゆるものを呑み込むかのような世界改変、ライダーの宝具であったとしても、ここまでの変化が引き起こされたわけではない。固有結界とは自分の心象風景の中に世界を放りこんでいく術式であるが、これは全く真逆だ。自分の心象風景を世界に圧しつける、世界そのものの法則を改変させる力に他ならない。

 

 これが自分たちが対峙するべき相手、神と呼ばれた存在とその使徒によって引き起こされた聖杯戦争の結末へと至ろうとする変化であった。

 

「あんなもんにほんとに勝てるの……ていうか、あれって、そもそも闘うとかそういう領域の話しじゃなくない?」

 

 聖職者であるからこそルシアには何となく理解できてしまう。あれは人間の手でどうにかできる領域を超えている。あれを打倒するとすれば、それは……文字通り神話の世界に足を突っ込んだ者だけであろう。

 

「八代朔姫とキャスターが最後まで七星との戦いに手を出さなかったのはこれを予見していたからだろうな。こんなものが出てくるとなれば、疲労したものたちではとてもじゃないが戦えない」

 

 セイヴァーを止めるための戦力が必要不可欠、それを理解していたからこそ、朔姫はこれまでも一歩退いた立場で戦っていたのだろう。聖杯戦争を生き残ることだけを戦っていた者たちとそうでなかった彼女、彼女なりに自分の気持ちを明かさないままに戦っていた事実は決して楽なものではなかったはずだ。

 

「今の我々に出来ることは……正直に言えばない。今はただ待ち続けることしかできないだろう。八代朔姫と神祇省があの世界の広がりを阻止してくれることを」

 

 アフラ・マズダの降臨によって、世界がどのように変わるのかはわからない。絶対的な善なる存在によって運営される世界など、想像もつかないというのが正直な所であるが……、結局の所、素晴らしい世界になるとは到底思えないのだ。

 

 ロイもルシアも知っている。絶対的な善などというものはこの世界には存在しえない。知的生命体が個人の自由を認める限り、誰一人として同じ人類が存在しないこの地球の中で、価値観を統一するということは実質的には不可能なのだ。

 

 それが神であるのならば、可能であるとアフラ・マズダは語った。確かに可能であるかもしれない。人智を凌駕する神の如き力の使い手であれば、その実現を果たせるのかもしれないが、およそ、それが自分たち望んだ世界になるとは思えない。

 

 不自由で、不平等で、不幸塗れの世界であっても、この世界のことを誰もがそれなりには認めている。ベストな回答ではなかったとしても、これはこれでアリだと考えている。

 

「有難迷惑って奴なのかね。それとも、カミサマには私達の声なんて、最初から届かないのかもしれないけど」

「それは、聖職者の立場で言っていいことか?」

 

「死にそうな目に何度もあったら、価値感だってそれなりに変わってくるものでしょ。それに、何度も何度も死にかけた奴が敬虔なシスターってのもね、ここらで身を落ち着かせるのも一つなのかなって思っているのよ。それもこれもすべては、この戦いのあとも世界が元通りだったって前提の下ではあるけどね」

「まったくだ……」

 

 空にて数多の光の明滅が生じていく。地上に佇むしかない二人には理解できないほどの情報量が空の上では引き起こされているのだろう。

 

 本来であれば、一方的な蹂躙であったはずだ、神の意志の下に世界は理不尽に書き換えられていたはずであり、それがギリギリのところで保たれている。世界の行く末を懸けた戦いを今、自分たちは眼前で見せつけられている所なのかもしれない。

 

 その最中で、溢れだす善悪二元論の世界を生み出すために展開されたアヴェスターの物語が、闇夜を生み出した天岩戸そして、太陽神天照を蹂躙するために、数多の神や魔物が姿を現していく。

 

『我らが神話、善悪二元論は常に善と悪が争いあう世界、破滅の時を乗り越え、幾星霜の時間を善と悪の葛藤に使い続けた世界である。故にこそ、異なる神話よりも攻撃性の戦い神話であると言えよう。アフラ・マズダとアンリマユの絶えることのない闘争、その中で生じた数多の神話こそ、これより君を襲う力だ、太陽神』

 

「結構なことですが、神の数で言えば、私達も早々捨てたものではないと思いますよ。少なくとも、貴方がたが思っているほど、私達の歴史は浅いものではありませんから。八尺瓊勾玉、八咫鏡、そして天叢雲剣―――――これをもって、我が三種の神器となす」

 

 瞬間、起こった出来事を正確に形容することが出来た人間がどれ程いるのだろうか。アヴェスターの軍勢が一斉に起こした攻撃、ただの光の明滅としか思えない攻撃ではあるが、もしも、同格の神話的存在でなければその光を視認した瞬間に肉体が消し飛んでいるほどの攻撃が行われる。

 

 しかし、善悪二元論の神話的攻撃の数々はすべてが天照の眼前に展開した三種の神器によって無力化される。無数の攻撃が鏡によって弾かれ、穿たれた肉体は勾玉によって再生し、そして致命傷にもなりえるであろう攻撃を剣が破壊し、なおかつ、善悪二元論の世界そのものに攻撃を与える。

 

「おやおや、これは凄まじい。概念として、世界を侵食する我が宝具の世界観にすらも攻撃を加えるとは、なんともおぞましい。いいや、一つの神話の主神であればこの程度の攻撃は当たり前であるというべきか」

 

『困ったものだね、私がこの世界に降臨しようとする時に限ってこのようなことばかりが起きる。世界は何があっても私の復活を拒みたいらしい。それとも、これは君の落ち度と責めた方がいいのかな、ザラスシュトラ。』

 

「ええ、その誹りは受けても致し方ありませぬな。何せ、英霊ノアとは別にもう一体、我らを阻むための存在が紛れ込んでいたなどと、まったく、油断も何もあったものではない。まさか、ここまでの力を持っておきながら、ここまでその力を隠してきていたのだから」

 

「はッ、演技派女優って言ってもらいたいところやな、相当ここまで気を使ってきたもんなんやから、もっと褒めてくれてもええんやよ?」

「さてさて、仲間を見捨てて牙を研ぐ気持ちはどうだったのかについては是非とも聞いてみたいとは思っているがね」

 

「安い挑発やな」

「さりとて、笑い飛ばせないのが君だ。君には確かにこの戦いを終結にまで導くだけの力があった。胆力もあることを認めよう。しかし、そうするたびに、君の心は摩耗したはずだ。どうしてこんなことをしなければならないのかと問いを投げたはずだ。

 それは、我らが善と悪に別れなければならなかったからに他ならない。世界を救おうとする気持ちは同じであるというのに、価値観の違いで対立しなければならない愚かさの結果だ。そんなものは終わらせなければならない。そうではないかね?」

 

「舐めたこと言ってくれんな、ウチの道はウチが決める。此処に来るまでのぜんぶはウチがそうしようと決めたことや。誰の指図を口にされる謂れもないわ!!」

 

 朔姫はその手に式神を握り、同時に魔力によって編まれた魔方陣を複数展開する。その魔方陣の展開量はさながら、ヘルメスの魔方陣を想起させる。

 

「参考に出来る教科書があれだけ好き放題にバカスカやってくれたおかげでな、戦うための手段は十分やからな、神様の加護もある、お前は人やろ? だったら、サーヴァントだろうがなんだろうが戦えない道理はないわ!」

 

 いかにザラスシュトラがサーヴァントであったとしても、純正の神ではない。神であれば打倒は不可能かもしれないが、人間であれば兆しくらいは存在する。

 

 それを胸に朔姫が放った攻撃に対して、ザラスシュトラは動くことなく、甘んじて攻撃をその身に受ける。その攻撃でザラスシュトラの身体が焼け、彼の身体を覆っていたロープが弾け飛ぶが、それでも肉体には軽微な損傷しか与えられていない。

 

「はは、さすがは神祇省最強の魔術師といったところだ。人間の身でありながら私の肉体にダメージを与えるか、誇りたまえよ。だが、まぁ、この程度か、という認識でしかないね。サーヴァント同士の戦いであれば、もっと私に重傷を負わせることが出来たはずだ」

「はッ、自分には通用しないとでも言いたげやけどな、ちょっとでもダメージ受けているってわかったのなら、戦いようなんて幾らでもあるんよ!」

 

 すかさず朔姫は式神を召喚、巨大なパンダと鬼の式神たちが力任せにザラスシュトラへと攻撃を仕掛けるが、天より飛来する天罰の如き攻撃が、式神たちへと直撃し、一瞬にして、式神の姿が消失する。

 

「私とはすなわち、アヴェスターという物語だ。この物語が存在する限り、私もまた存在し続ける。神の加護を得ているのが君一人だけであるとは思わないことだ」

「神様に守ってもらえているんは嬉しいやろうな」

 

「君からすれば確かに羨ましいともいえるかな。そちらはこの巨大結界を維持するのにかなりのリソースを割かれているのではないかな? 何せ、こちらは我が神と同化している聖杯のバックアップ付きだが、君たちは数を揃えているとはいえ、自前の力だろう? 力のペース配分を考えなければあっさりと、太陽神の権限が終わってしまうかもしれないのだ心中は察するとも」

「はッ、それはどうやらな」

 

 瞬間、セイヴァーの下へと天より巨大な斬撃が飛んでくる。天罰の如き攻撃であり、セイヴァーの身を切り裂くが、セイヴァーはその切り裂かれた部分から瞬時に再生が始まる。通常のサーヴァントであったとしても、今の一撃を喰らえば消滅してもおかしくないほどの一撃であるが――――

 

「第一宝具――――『ツァラトゥストラはかく語りき』、私に対して神性に由来する攻撃は意味を持たないよ。君たちが抑止力として期待をして召喚をしたのかもしれないが、神の世界に根を張る者である限り、この私にダメージを―――――おや……?」

 

 しかし、傷が完全に修復されない。以前のグロリアス・カストルムの戦いではディオスクロイ兄妹とアステロパイオスを相手に夢想に近い戦闘を繰り広げていたはずのザラスシュトラの肉体に消えぬダメージを与えたのだ。

 

 その様子に対して朔姫はさして驚きを浮かべない。大したことではないように式神の符を握りながら、

 

「超人思想は十字教の教えに対しての反論提起や、お前が勝手にドヤってるのは結構やけどな、ウチらは国が生まれたその時から多神教、そもそもが生まれの根源が違うんなら、お前らの神の否定なんざ知ったことかっての。抑止力に呼び出された英霊がそう簡単に弱点を突かれるわけがないやろが、このボケナス」

 

「確かに君の言う通りだ。私としたことが十分に想定をしていたつもりだったというのに、それでも想定が甘かったらしい。

そもそも、私と言う存在がいるのだから、英霊ノアと言う存在が抑止力として呼び出されることも疑ってかかるべきだったが、いやはや、何もかもが自分の掌の上で進んでいると勘違いをし始めると、このような手違いを引き起こしてしまうのか、まったく勉強になったよ」

 

 英霊ノアもまた神と関わりが深い英霊である。そうした意味では、ザラスシュトラにとっては、ノアを相手取る方が異なる島国の神である天照を相手取るよりも楽であっただろう。改めて世界の抑止力と呼ばれる力の凄まじさを感じさせる。よくぞ、ここまで自分たちにとって、最も相手をしたくない存在を呼び寄せることができるものだと、思わず唸ってしまいたくなりそうだった。

 

『ザラスシュトラ、彼女の相手は私達がしよう。なぁに、既定路線に変わりはない。どれほど世界の抑止力によって呼び出された存在であったとしても、彼女はサーヴァントだ。私のように聖杯に取り込まれたことによって、本来の在り方に限りなく近くなった存在とは別の有限なる存在に落し込まれている。であれば、どちらが先に時間切れになるのかは言うまでもないことだよ、考え方を変えようじゃないか。勝つ必要はない、排除をすればいいと』

「……御意に」

 

(アフラ・マズダの言葉で、セイヴァーは何かしらの考え方を変えた。ここからが本番やな、さっきまでこいつらはウチらを舐め腐っておったが、ここからは本気でウチらを仕留めにかかってくる)

 

 朔姫としては舐めたままに戦いを終わらせてくれた方が良かったのだが、まぁ、早々上手くいかない。灰狼にしてもザラスシュトラにしても、本当に優秀な連中と言うのは、相手を舐めて掛からない。自分が勝てると思っている状況であったとしても、全力で相手を叩き潰す。

 

 よって、ザラスシュトラは大きく方針を変更した。すなわち――――

 

「天照を顕現させている楔は君だろう、八代朔姫。どうあろうとも、君さえ死ねば、彼女の力は大きく減衰する。簡単だ、君を殺せば解決する」

 

 口にするとともに、超人としての己を確立させた男が朔姫に向かって突貫し、ほんの一瞬で朔姫の鳩尾へと一撃を叩きこみ、朔姫の腹部から無数の式神が焼けただれて宙に舞う。

 

「ごはぁぁぁぁぁぁぁ」

「桜子も使っていたね、身代わりの式神、それが無ければ君は今の一撃で死んでいたんじゃないかな? まぁ、そう悲観することはない。そもそも、サーヴァントと通常の人間の戦いと言うだけでも不利な状況なのだ。それが加えて宝具による強化までされているのだとすれば、こうなるのも仕方がないだろうとも」

「分かりきったことを口にすんな、ボケぇぇぇ!!」

 

 至近距離からの喧嘩キックをザラスシュトラへと放つと無数の魔方陣が展開、同時に式神たちをも総動員して朔姫は己の手に弓のような術式を結ぶと、移動しながらザラスシュトラへと連続で矢を放っていく。

 

「慣れないことをするべきではないよ、朔姫。君は元々、桜子たちのような戦闘畑の人間ではないだろう? 君は頭で相手を出し抜くタイプだ。私が君の立場であれば、太陽神を前面に出したとしても、君自身がここに出向くことをはしなかった。君自身も分かっていたはずだ、それでも、君がここに姿を見せたのは、義憤かね? それとも申し訳がなかったのかな? ここまで戦ってきた仲間たちに対して。自分だけが後ろで仲間の生死を左右する立場に甘んじていたことが」

「だから、人の心の中を読もうとするんじゃないわ!!」

 

 イラつきが凄まじい。自分の言われたくないことを的確に口にする才能はなんというところであろうか。朔姫にとって、確かにそれは心の棘だ。

 

 自分が仲間たちを死地に飛びこませて、その上でのうのうと生き残ってきたのは事実だ。ザラスシュトラが口にしたように、朔姫がこの戦場に立っているのも、その責任をとってのモノであると主張されれば、そうではないとは言い切れないところがある。

 

「私からすれば、君がここで抵抗をする理由はないよ。君もまた救われるべきだ。我らが神は異教の人間であったとしても救うつもりでおられる。我々に立ち向かってきた相手であったとしても、救うとも。だからこそ、ここらが潮時ではないかね?」

「分かった風な口を聞くなってさっきから言っておるやろうが!!」

 

「使命、立場、過去、あらゆるものが人間をがんじがらめにしていく。高度な文明を作り上げてきた人間はこの星の支配者となることが出来たが、その代わりに多くの分断を余儀なくされた。人種、国籍、宗教、言語、あらゆるものが君たちを分断してきた。人類は救われない、自分たちで救うことはできない。私の時代でさえも分断は止まらなかったというのに、それから2000年以上が経過した子の時代であればなおさらだ。

 紡ぎあげてきた歴史が君たちの統一を阻んでしまう。人類が不可能なことを為し遂げるのが神であるならば、絶対的な善を敷くことによって人類は救われることだろう」

 

「ふざけんなッ、ウチらは別に救われることなんざ望んじゃいないわ。勝手にウチらの気持ちを代弁すんなって何度も何度も言ってるやろ!」

 

 救いだなんだと先ほどから、ザラスシュトラは口にしているが、朔姫からすれば有難迷惑甚だしい。誰が救ってほしいなんて言った、誰がお前に願った。

 

「この聖杯戦争に参加した連中も、みんな叶えたい願いがあった筈や、負けて、その願いは叶わなかったとしても、誰がお前に救ってくれって願った。誰がお前の復活なんて願った。誰も望んどらんわ!

お前らが勝手に救ってやろうって支配者目線で望んでいるだけやろ! 確かにこの世界はクソったれなことばっかりや、何もしていない奴でも理不尽に命を奪われる。突然の別れが生まれる。生まれた時から優劣が付けられる。ほんまにどうしようもなくクソったれな世界や。夢なんてあってないようなもんや、だけどな、ウチらはそんな夢のない世界でも必死に生きとるんや!! それを勝手に値踏みして、否定しとるんとちゃうぞ!!」

 

 朔姫の上げる叫びにアヴェスターの世界に存在しているアフラ・マズダという存在はふむとその言葉に頷いた。今更朔姫に何を言われたところで、アフラ・マズダが復活をすることに変わりはないが、なるほど、確かに勝手に値踏みをしているという言葉には反論をしなければならないだろうと中空に浮かぶ、実像すらも持たない偶像存在が声を上げる。

 

『君の言葉は私という実態を理解せずに口にしている言葉に等しいよ、八代朔姫。君が思っているよりも私は、この世界を見てきている。秋津で行われた三度目の聖杯戦争で召喚された時から、ずっと、七星桜に封印されてからも君たち人間の営みをずっとずっと観察してきた。君たちの人生はあまりにも悲哀に満ちている。善なる者であると謳われるモノですらも悲劇に見舞われ、悪に堕ちた者は当たり前の末路を辿る。己を善と信じ込む悪は、世界そのものに影響を与えてしまう。率直に言って、地獄だ。善の神と定義された者として、見過ごしておくことはできない』

 

 アフラ・マズダは聖杯戦争を通して多くの悲劇を見てきた。もしも、人類が彼にとって許容できる程度の不幸にしか見舞われていないのであれば、彼は自らを復活させようなどとは考えなかっただろう。彼を突き動かしている原動力はひとえに、人類を救済したいという思いなのだ。絶対的な善とは何か、人類はその答えを出すことができない。総体的な善しか知らないからこそ、争いあうことしかできない。

 

 そうあるように望まれたのだ。ならば、救うのが道理だろうと。

 

『知っているからこそ、救おうというのだ。君の尺度で私の決意を踏みにじるのもまた人の持ち得る罪だよ、八代朔姫』

 

 まるで人間のように、アフラ・マズダは朔姫の言葉に反論を返す。神の如き超然とした発想を持ちながらも、人類のような考え方を示す。

 

(変わってきておる、以前に話に聞いていたアフラ・マズダはもっと自然現象のような存在であった筈や、それが多くの人間を見てきたことで変わり始めて来とる。自分が言うだけのことはあるわな、こいつほんまに、人間ってもんを理解しようとしてきておる)

 

 そこにはある種の不気味さすらも感じられる。人を知り、人を理解したと思っている人ならざる存在、そのおぞましさはこうして言葉を交わさなければ理解することができないだろう。このような存在に執着されている桜子には心底同情を朔姫は覚える。

 

『私としてはそのような所感をこの世界に覚えているのだが、君はどう思うのだね、太陽神? 君とてこのような世界に思う所があるのではないかな?』

 

「そうですね、私は最高神でありながらも、一度はこのような岩戸に隠れた身です、あなたのようにこの世界をとやかく言うような筋合いがあるとは思っていませんが、決して良い世界であるなどとは思っていません」

 

 呑気に言葉を交わしている様に思えるが、この瞬間にも両者はこの中空で互いに互いの攻撃を潰しあっている。無数の善悪二元論の攻撃が絶え間なく迫ってくる中で三種の神器を扱って、天照はその攻撃を阻み続けている。それでも無傷と言うわけにはいかない。ダメージを受け、魔力を消耗させながらも膠着状態を続けている。

 

「ですが、それも含めて世界であると思っています。見たくないもの、穢れたもの、醜い物、それらは本来であればこの世界に存在させたくもないものでしょう。ですが、全く存在しないことにはできません。あらゆるものは自然として存在しなければ世界は成り立ちませんから。アフラ・マズダ、貴方は人類を救うことに躍起になりすぎている。人類を救うという手法をとる中で犠牲にする者があまりにも多すぎる。故に私は八百万の神話の神として、貴方を認めるわけにはいきません。

 たった一つの善に縛られた世界では、私達にはあまりにも窮屈が過ぎる。共生を成すが故の多様性を認めた世界こそが、我らの本意であるのですから」

 

『その多様性という言葉の下に、犠牲を君は容認すると? 善も悪も自由にすればいいとして、そこに生まれる悲劇を見逃すというのかい?』

「ええ、それがこの世界の法則、自然であると考えれば。そこに手を加えるなどということは許されない。私はそのように考えます」

 

 ゆっくりと、淡々と、しかし、アフラ・マズダの言葉を決して認めないというスタンスだけは変えることなく天照は言葉を紡いでいく。彼女とて決して争うことが好きな存在ではない。むしろ、憑代となっている倭姫命と同じく争いを好んではいないが、抑止力として召喚され、朔姫たちの奮闘も見ている。このような場に呼び出された自分自身の意味も認識したうえで闘わなければならないと考えている。もっとも、魔力消費の問題が由々しき事態であることは事実である。

 

 この場にはセプテム近郊に配備されていた神祇省の精鋭100名以上が参戦し、天照を維持するための術式を発動している。言わば灰狼が用意した人造七星と同じ原理であるが、それだけの魔術師を揃えたとしても、万全な状態で戦える時間が後どれ程残されているのかもしれない。

 

 改めて聖杯の力の凄まじさを理解させられる。なまじ聖杯と同化していた時間が長いだけにアフラ・マズダは自分の力が途切れるとは全く思っていない。この聖杯戦争に参戦してきた者たちの中で最も、聖杯の扱いに長けているのは紛れもなくアフラ・マズダなのだ。

 

『同じ神同士で理解し合う事が出来ないのは残念であるが、まぁ、仕方がないと受け止めようじゃないか。さて、こちらの世界はセイヴァーがいる限り、どれだけの時間でも保たれるが、そちらはどうかね?早々長い時間ではないと私は踏んでいるが?』

 

「さて、どうでしょうね?」

「問題はないでしょう。結局のところは術者を討ってしまえばそれで終わりなのですから」

「それはこっちの台詞でもあるっつーの!」

 

 朔姫とセイヴァーは真っ向から激突し、互いに相手を倒すために攻撃を続けていく。どちらも生粋の戦士ではないことから、相手に致命傷を与えるための攻撃を中々与えることができない。ただ、やはり不利なのは朔姫だろう。

 

 サーヴァントと人間と言うカテゴリーで見るだけでも不利なことに間違いなく、宝具によって強化されているザラスシュトラに追いつくだけでも精一杯、神の力を封じる超人思想の影響もあってか、思うようにダメージを与えられているわけでもないことが余計に朔姫を追い詰めていく。

 

 天照こそ、ザラスシュトラにとっては誤算だったかもしれないが、マスターである朔姫自身はそこまで気を付けなければならない相手と言うわけではない。

 

「さて―――」

「なっ、しまっ――――」

 

 一瞬の隙を突くように、朔姫の身体が宙に浮く。既に場をコントロールしているザラスシュトラにとっては狙っていたのであろう隙を生み出す瞬間、そこに朔姫はまんまと嵌められた。

 

「私としては、遊んでいてもいいと思っているのだが、我が神がそろそろ終わらせろと申すのでね、悪いが、ここらで終わりとしようじゃないか。必死の抵抗ご苦労だった。僅かな時間ではあっただろうが、我らの世界を押し留めたことは称賛に値するとも。運が良ければ、我らの世界をこのまま見届けることも出来よう。その時には君も救われることを願っているよ」

 

 自分たちで排除をしておきながら救われることを願うなどと、どの口が言っているのかと思わずにはいられない。しかしながら、朔姫にとってこの瞬間にザラスシュトラの攻撃をいなすための手立てが見つからない。ここまで無数の準備を重ねて、多くを犠牲にして、それで、なんとかここまでたどり着いたというのに――――

 

(ふざけんなっ、こんな結末、認められへん、これで終わったら無駄死にや、犬死もいいところやないか、だったら、ここまでの戦いはなんやった、なんのためにウチはここまで何もせずに、アイツらに戦わせてきた。まだや、まだ終わっちゃいかん、考えろ、何かしらあるはずや、何か、何かが―――――)

 

 走馬灯のように頭の中に無数の手立てを思い浮かべるが、ザラスシュトラに対してどれもこれもが通用するビジョンが思い浮かばない。よしんば通用したとしても、一撃で倒せるほどの攻撃でなかったとすれば、ザラスシュトラは攻撃の手を緩めないだろう。自分よりも先に朔姫を倒すことが出来れば、結果的にザラスシュトラは自分の目的を果たすことができるのだから。何があろうとも、攻撃の手を緩める理由はない。

 

 それを理解できてしまうからこそ、どんなことをしても無駄であると頭は理解する。しかし、身体はそれでも動く。無理であったとしても抵抗しない理由にはならない。万が一、億が一でも構わない。それを為し遂げる何が生まれるのならば――――

 

「七星流剣術――――『桜ノ雨』!!」

 

 しかし、そのもしもが引き起こされる。ザラスシュトラ目掛けて放たれる無数の斬撃、それらが一斉に彼の身体に向かい、その身体を切り裂くと同時に朔姫の身体が掴まれて、その場から一気に離脱する。

 

 それを行った相手がだれなのかなど聞くまでもない。

 

「ごねんね、朔ちゃん、体力回復させるまでに時間がかかっちゃった」

「桜子、おま、何をしにきとんねん! お前にはこの後にもやることがあるやろうに!」

 

「そうだね、そういう予定だった。でも、その前に朔ちゃんがやられちゃったら、予定も何もあったものじゃないでしょ?」

「だからって、お前……ちっ、ああ、助かったわ、助けに来てもらえなかったら、正直、終わってたわ!」

「うん、素直でよろしい」

 

 ザラスシュトラから距離を離すも、切り裂かれた肉体の損傷など気にするようなことでもないとばかりに、ザラスシュトラは二人の前に向き直る。

 

「先の七星桜華との戦いは見事だった。あれほどの劣勢を覆してしまうとは、さすがは我らが神々こんだ見届け人だ。君は運命に愛されている。そして、その運命の女神を取り逃さない胆力もまた見事だ。しかしだ、遠坂桜子、我らが神は君の排除を望んでいない。君には新たなる我らが神が生み出す世界を見届けてほしいと願っているのだ。

 だから、そこを退いてはくれんかね? このままでは、我らの世界は生み出せんのだ」

 

「あっそ、じゃあ、それでいいんじゃない? 私は別に貴方たちの世界を見たいなんて一言も言ったことがないんだし、あなたたちの世界よりも朔ちゃんの方が大事なんで、謹んで辞退をさせていただきますってね」

 

 勿論、それでザラスシュトラたちが諦める等とは桜子も思っていない。結局のところは、ザラスシュトラをなんとかしないかぎりは、この世界浸食は止まらないのだから。

 

「君たち二人でやるつもりかね?」

「グロリアス・カストルムの二の舞は避けたいからね、アステロパイオスはここに来てない。彼女に頼ることは貴方にとっては思う壺だろうから」

 

「確かに、彼女に頼った戦い方をしてくれた方が楽だったのだが……、基本原理は変わらんよ。人間ではサーヴァントには勝てない。今の私は宝具によって強化もされている。君たちがどれだけ足掻いたところで、私に及ぶ可能性は万に一つもない」

「そう? 口数が多いみたいだけれど、それは自身の無さの現れかしら? 朔ちゃんだけを葬ろうなんて無駄よ、私がさせないもの。でも、貴方はアイツの命令で、私を殺すってこともできないでしょ? ほら、私がここにいることには大きな意味があるわ」

 

「まったく、面倒事ばかりを増やしてくれるね。いや、世界そのものを改変するのだ。このくらいを面倒事と考えること自体が間違っているのかもしれないが……」

 

 桜子の参戦は全く予想できなかったというレベルではない。結局、彼女がここに辿り着くであろうとは考えていた。サーヴァントの戦いに首を突っ込んできたのは意外ではあったが、ザラスシュトラが言うようにこのくらいは何とかして見せなければならない。

 

「行こう、朔ちゃん、あと少しだよ」

「言われなくともわかっとるわ、ウチらはずっとこのためにやってきた。あの優男叩き潰して、ドヤ顔で日本に帰ってやろうやないか」

「そうだね、それがいい!」

 

 時間は刻一刻と過ぎていく。天照の顕現できる時間は決して長くない。どんな結末であれ、あと少しで全てが終わりを迎える。その時に世界に広がるのは何であるのか、その総てが決する時が近づいている。

 

『総ては私の掌の中だ。桜子、そこで見届けたまえ、私の生み出す新世界を』

 




セイヴァー、おそらく能力を抜きにすればそこまで強くはないんだろうな、それにしても、マスター相手であれば十分すぎる戦力

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