Fate/Stardust Vendetta―星屑の復讐僤―― 作:ソクリ
――王都ルプス・コローナ――
ただ超人としてあれかし、神の支配から解放され、ただ1人の存在としての自我を確立した超人思想としての己を求められたザラスシュトラ、同時に彼は敬虔な神の使徒である。
絶対善神の世界を生み出すためであればどんな犠牲もいとわない。そうした考えの下に動いているのであり、ある種の自己矛盾としての己をその身に抱えている。
無辜の怪物としての自分、かつての生前にままならぬ世界に絶望し、善と悪、二つの思想がぶつかり合う世界に救いを望んだ自分、どちらが本物の自分であったのかは実の所、ザラスシュトラにすらわからなくなってきている。
だが、それはザラスシュトラからすれば些末な問題なのだ。そんなものは、いずれ明らかになる。アフラ・マズダの世界が生まれれば、正しき世界が広がるのだから。その世界が生み出されるために自分は全力を尽くせばいい。それが結果として救いに繋がるのだとすれば、何を怖れる必要があるだろうか。
自分自身の内面すらも利用する、神の使徒として己の本心すらも裏切り、使徒としての己を貫いたキュロスのように、ザラスシュトラもアフラ・マズダの願いに殉じる覚悟を持っている。
その願いを通すまであと一歩、目の前の最後の障害を突破することさえできれば、もはや自分の役目は終わりを迎える…はずであったが!」
「七星流剣術――――!」
「式神舞踊、踊り狂え!!」
桜子が前衛を務め、朔姫が後衛を務める。戦闘スタイルとしては十二分に成立し、この場で戦うに当たっては最適な戦闘配置になった状況である。加えて、桜子と朔姫はどちらもこの聖杯戦争の中でトップクラスのマスターであると言ってもいい。彼女たち二人が協力して、正面から戦えるのはロイや、散華、そして先ほどまで桜子が戦っていた桜華くらいのものだろう。
「確かに中々の実力なのだろう。しかし、それでも及ばなければ何の意味もない。私達が争っていることは努力したから許されるというような甘い幻想ではないだろう?文字通り、世界を懸けた戦いだ、世界の命運を握る戦いだ。であれば、人知の及ぶ程度でことを成し遂げられるとは思わないことだね」
あの七星でも歴代最強の戦士であると桜子も認めた桜華を倒してもなおザラスシュトラと言う存在には及ばない。そもそも、人間の身でサーヴァントに及ぶと考えることがおこがましいと言われてしまえばそれまでだが、犠牲を出しながらも此処までたどり着いた朔姫と桜子に持てる手札は多くない。
結局のところは掌の上ということだ。もしも、この状況が聖杯戦争の最終局面でなかったとすれば、戦うための方法は他にもあっただろう。アークと言う切り札、ユダという法理を逆転させる力、あるいはあるいは、七星側のサーヴァントと協力することが出来れば、ウィリアムのようなザラスシュトラにとって鬼門となりえるサーヴァントの協力を得ることが出来ただろう。
しかし、圧倒的に手数が足りない。聖杯戦争という状況を動かしながら、自分が動くタイミングになった時には、自分にとって障害となる存在はすべて排除されている。まさしく完璧だ。結局、自分に噛みついてくる存在を自ら生み出し、最後はその牙によって噛み殺された灰狼に比べれば、遥かに盤面の動かし方が上手い。
もちろん、例外は存在する。それこそが太陽神天照の存在であるが、アフラ・マズダとアヴェスターの力、そして聖杯のバックアップによって、対策は十分である。時間を稼げばこの戦いは終わりを迎える。桜子の参戦があったところで、大勢は既に決している。
「――――そうでもありませんよ」
「おっと、ほうほう、なるほどなるほど、八咫鏡による反射、そういうこともできるか」
突如として空よりザラスシュトラへと襲い掛かって来たのは、一つ一つがサーヴァントすらも一瞬で破壊しかねないほどの破滅の光の流星だ。それが天照を倒すために放たれ、そして反射されてきたことで自分へと襲い掛かってきた攻撃であることをザラスシュトラは理解する。
それらを丁寧に避ける。さすがに自分が崇める神話の物語ともなれば、超人思想によって守られているとしても何が起こって来るのかわからない。ステップを踏むようにザラスシュトラは回避するが、しかし、そこに追いすがるように桜子が飛び込み、魔力刃を放つ。避けることができると思ったが、桜子が振う不可視の刃は桜華との戦い同様に刀身が伸びており、ザラスシュトラに一撃を与える。
「ぬぅぅ……!」
「逃がさないッッ!!」
自分の射程にザラスシュトラを捉えた桜子はそのまま七星流剣術による連撃を放っていく。神の力を主軸とした攻撃に対しては絶対的な防御力を誇っている超人思想も単純な武術に対してはあくまでも身体強化をするにとどまってしまう。そのために桜子の攻撃は通る。サーヴァントと人間の物差しで測れば、当然にザラスシュトラが圧倒的に有利だが、そもそも、立ち返って考えれば、ザラスシュトラは戦闘をする英霊ではない。
預言者として、人を教え導く存在であるが故に、戦闘をする際の技巧や習熟度で言えば、桜子とは比べ物にならないほどに程度が低い。先ほど桜華との戦闘を経験した桜子からすれば、ザラスシュトラの動きはまだ自分の行動1つで追いつくことができる領域にいる。そこに朔姫と天照の援護があるのならば、それを組み合わせながら戦っていくことは存外難しいことではない。
『やれやれ、桜子が姿を見せて少しばかり雲行きが怪しくなってきてしまったか。それならそれで仕方がないか。ザラスシュトラもここが正念場と言うことは分かっている。ならば、こちらも少し援護をしてあげようじゃないか』
再び星が瞬く。夜空に浮かぶ無数の星、それら一つ一つがサーヴァントを一撃で葬ることができるほどの巨大質量を持った存在達であるというのだからおぞましいことこの上ない。これまではあくまでも周囲への被害に考慮をした程度の攻撃だけに留めていたアフラ・、マズダであるが、ザラスシュトラが桜子を相手に苦戦をしている状況は万が一を想像させる。
桜子たちにとってはザラスシュトラを倒すことが最重要課題ではあるが、同時にアフラ・マズダたち側とすれば、天照さえ倒してしまえればいいのだ。ザラスシュトラが自分の宝具によって、ある程度こちらの攻撃に耐性を持ち得ていること自体はアフラ・マズダも理解している。であればこそ、より破壊の規模を上げようと判断したのだ。
一瞬にして光り、そして次の瞬間には着弾している攻撃、数々の星の輝きが空を覆っているように思えるが、それらの一つ一つが攻撃なのだ。しかも、どんな攻撃が飛来してくるのかも分からない。
まさしく一瞬にして攻撃を理解し、対処しなければならないが、いかに神であっても防げるものと防げないものがある。通常の回避方法では間違いなく、総てを避けきることは出来ずに肉体の損傷を早める。天照自身は全く耐えることができないとは思わないが、この肉体はあくまでも倭姫命の肉体を使った憑代召喚である。その肉体が耐えきることが出来なければ、強制的にこの戦いから追放されるわけであり、それをこそ、アフラ・マズダも狙っているであろうことは間違いない。
勝てないというのであれば、力ずくあるいは場外戦術によって自分の目的を果たす。この戦いの将を目指す者としては至極当たり前の対応であると言ってもいいだろう。
「では―――私も全力を出すとしましょう。もっとも権能の総てを使いこなすことはできません。天岩戸を顕現し、三種の神器を展開しているだけでも限界がありますから。今の状態のままに私は総てを覆して見せましょう!それが彼女との……朔姫との約束なのですから!」
太陽神天照はキャスターの肉体の中からこの戦いをずっと見守ってきた。召喚するなり、神祇省の事情によって、倭姫命の中に彼女は封じられた。万が一にでも神の使徒にその存在を知られてしまえば、どんな犠牲を支払ってでも滅ぼしに来るであろうことは神祇省にも分かっていた。
だからこそ、あえて、サーヴァントとして召喚されておきながらも封印の憂き目にあうことを許容した。元々、天照がそのスペックを最小限度で使ったとしても、アーク同様に魔力の問題でそうそう長く戦うことは出来なかった。
朔姫が何も策を講じずに使役していたとすれば、この最終局面にまでたどり着くことが出来ずに、途中で脱落していたかもしれない。
だからこそ、朔姫たち神祇省の判断を責めるつもりは毛頭ない。力とは使えるべき時に使えるようにしておかなければ意味がないのだ。振るうタイミングを間違って振われる力には、勝利は宿らない。これこそが最適解であったことを天照もまた理解し、そして、倭姫命の中から、朔姫たちの様子を常に観察し続けてきた。
彼女たちの奮闘に心打たれたという事実も確かにあるし、それ以上に魅せられたのは彼女たちの誰も彼もが決して神に祈って何かを変えようとしたわけではなかったことだ。自分の運命は自分で決める。たとえ無謀だったとしても、自分の力が及ばないことが分かっていたとしても、それでも、神に縋って、思考停止をするのではなく、戦い続けることを選んで、実際に此処まで過酷な運命を乗り越えてきたことを彼女は知っている。
太陽とはすべからく、天に坐して、総てを見届ける者。ただそこに当たり前のように存在している者、天照は自らが世界に干渉し、世界そのものを改変しようなどという考えは持ち合わせていない。
太陽はただそこに存在するだけのモノ、例え、世界がこれから先、どのように変化しようとも、太陽が直接干渉することはない。世界にとってどんな影響が起こったとしても、太陽はただそこに存在しているだけで何かをするようなことはしない。
天照も同じである。彼女は只見守り続ける。聖杯戦争が通常通りに行われ、アフラ・マズダのような存在が生じていなかったとすれば、彼女は今回の聖杯戦争に参加することさえも拒絶しただろう。
「私は人々がこの世界の中で懸命に生きることを望みます。そこにはどうしようもない悲劇が待ち受けていることもあるでしょう。理不尽な悲しみに襲われることもあるでしょう。ですが、それでも世界は残り続けます。人に対して絶望だけではない可能性の未来をも提示します。人は救われなければならない。それこそが何よりも傲慢な神の考えの押しつけであると私は思っています。人は人の想いだけでこの世界に立ち向かっていくことが出来ます」
『それは神らしい無責任だよ、天照。私は完全なる善と言う存在であることを求められた。太陽という元より存在している者に象徴された君とは違う、私こそが人の希望なのだ。この愚かしい世界を救うための希望で在り続けなければならない。見守り続けたいのならば、それこそ天から見届けているがいいとも。私が救済する世界こそが人類にとって素晴らしい世界になる様を!』
「いいえ、それは叶いません、貴方たちはこの場で我が三種の神器によって、その野望を阻まれるのですから」
そこから天にて生じたことはまさしく神話の再現とでもいうべき規模であった。あらゆる攻撃が八咫鏡によって反射され、その反射攻撃がザラスシュトラへと向かっていく。撃ち漏らした攻撃は勾玉の力によって生み出された天照の眷属たちが受け持ち、天照を防衛する。そして叢雲剣の一振りでアヴェスター世界の星の輝きの数割が消し飛んだ。
これまでは防戦のように使っていたが、これは攻防一体、アヴェスター側の攻撃を封殺しながら、相手を葬るための攻撃スタイルへと変わったのだ。その攻撃の威力たるや凄まじく、それらが連続して降り注いでいくのだ。まさしく絨毯爆撃の如き攻撃の連続、アヴェスター世界そのものを滅ぼし尽くすのではないかと思えるほどの攻撃が次々と降り注いでいく。
『正気かね、そんなことを続ければ、魔力が枯渇して消滅するぞ』
「ええ、ですがその前に、そちらを倒してしまえば終わりですから。決して悪い賭けではないと思っていますよ?」
苛烈さ、ここまであえて防戦に徹していた天照が突如として剥き出しにしてきた牙に対して、アフラ・マズダは怪訝な反応を浮かべる。もしも、何もない場所にふきだまった何かではなく、彼に明確な顔が存在していたとすれば、焦りや驚きの表情に歪んでいたのではないかと思えるほどであった。
アヴェスターの物語に刻まれた存在達はどれもこれもが世界規模の存在達だ。世界総てを巻き込んだ善と悪の闘争、それこそがアヴェスターの根幹である。しかして、一つだけアフラ・マズダにもこの状況に陥る中での懸念点はあった。
それは単純な出力の問題である。聖杯のバックアップを受けているが故の無限出力ではあるが、何度攻撃を続ける中で、天照とアヴェスターの攻撃力、そのどちらに軍配が上がるのかについて、静かに理解を示していたのだ。
『あくまでも我々はザラスシュトラの宝具でしかない。神話の存在が英霊として呼び出されているわけでもないとなれば、神霊を憑代越しとはいえ、召喚しているあちら側に出力の問題で敗北するのも仕方がないことか』
静かに口にしているが、それはこの場における一つの優劣を明確に認めたことになる。抑止力によって呼び出された英霊の力は凄まじい。ことあと一歩と言う所にまで来ているアフラ・マズダたちにとってここまで面倒な相手もいないが……、
「アフラ・マズダ、貴方が復活することはありません。世界は貴方の存在を容認していない。世界そのものすらも改変させて、全く異なる世界を生み出す。人の嘆きを糧として甦る終末の王、混沌を呼び寄せる貴方はこのまま封じられてしかるべきなのです」
『悲しいことを言わないでほしいな、君たちの神話は八百万の神々によって構成された物語であろう? であれば、私もこの世界の仲間に入れてほしいものだ。決して人類のために君たちを蔑にするつもりではないのだ。むしろ、私としては共存を望んでいるのだが?』
天照の攻撃一つ一つがアヴェスター世界の根幹を揺らがしていくが、ザラスシュトラとしてはそこまでの焦りを浮かべている様子もない。
「ふむ、出力時間の問題はあるが、なるほど、やはりどちらが最大火力として必要であるのかと問われれば、あちらが勝るか。見事だよ、神器省。君たちの奮闘は実に見事に我々の思惑を超えてきてくれた。しかし、それでも及ばない。所詮、それは私の宝具を破壊する程度のことしかできないのだから」
天照の攻勢、確かに凄まじいものがあったとはザラスシュトラも認めている。しかし、それでも、所詮は時間稼ぎにしかならないのだ。これはあくまでもザラスシュトラの宝具であり、善神の世界を形作るための地ならしでしかない。何せ、いまだアフラ・マズダは復活すらしていないのだから。
アヴェスターの世界を破壊したとしても、宝具を一つ破壊されたに過ぎない。その結果として、天照が消滅するのだとすれば、ザラスシュトラとしては何も問題はない。天照の攻勢を受ける形での状況の変化に、ザラスシュトラは巧妙に戦い方を変えたのだ。桜子という存在によって、撃破という形で決着がつかないのであれば、相手に花を持たせてやることもやぶさかではない。その結果として自らの宝具が破壊されることになったとしても、天照すらも魔力の塊として飲み込んだ聖杯であれば、アフラ・マズダの復活としてこれほど十分なものはない。
侵略王を呼び水にすることも、アヴェスターによって世界を満たすこともすべては、アフラ・マズダ復活への足りない魔力を補うためである。自らの手でそれを十分に補うことができる状況にあるのならば、もはやザラスシュトラのアヴェスターが機能している必要はなく、むしろ、使いつぶしてしまってもいい。
神の世界を見届けることこそがザラスシュトラの目的だ。かつて神託を与えられ、善悪の世界を生み出した。その善の世界を信じることで救われた多くの人間に報いるためにもザラスシュトラは自らの願った善なる世界生み出さなければならないのだ。
「あと一歩、あと一歩で世界に届く我らが理想の世界が生み出される。誰もが悪に染まらずに善を成し遂げる世界を生み出すことができるのだ。その世界にこそ救いがある。私はただそれだけを求めてきた……!」
「ザラスシュトラ!」
「君たちからすれば、私は悪に映ることだろう。自らの欲望のままに世界を改変しようとする悪に見えていることだろう。身勝手に映るだろう。しかし、違うのだよ、私もまた背負っている。この身で味わい、この目で見てきた数多の悲劇を、君たちのように自分の足で立ち上がれない者たちの嘆きを何度も何度も……、人を救おうと願っている。それでよいではないか、そうしようとする神の思いを無駄にする必要はない」
頭上において、次々とアヴェスターを構成する物語が吹き飛ばされていく。叢雲の力は招くすべてを吹き飛ばす。日ノ本最大級の剣を前にしては、いかなる善悪の物語もかすんでしまうということだろうか。
「ぐっ、ふぐぅああ……」
しかし、朔姫が口から血を漏らす。魔術回路から出血が伴う。天照の圧倒的な力を受け皿として、マスターの役目を背負っている彼女にも負担は当然に強いられていく。肉体がずきずきと痛む、どうしようもないくらいに、魔術回路が沸騰する。しかし、それでも彼女は止めない。この場の戦いのために多くのものを犠牲にしてきた。だからこそ、ここだけは絶対に譲れない。
「やれぇぇぇぇぇぇ、姫ぇぇぇぇぇぇぇ!!」
朔姫の叫びが木霊すると同時に、三種の神器すべてが光を放ち、中空で行われる戦いの決着がつかんとする。善悪二元論の世界すべてを吹き飛ばすとばかりにアヴェスターによって展開されていたはずの世界がすべて吹き飛ばされる。
「見事、実に見事だよ」
だが、ザラスシュトラを吹き飛ばせたわけではない。桜子と朔姫の攻撃、そして天照の攻撃を受けながらも、それでも、超人思想によって肉体を強化された彼を倒すことは叶わなかった。時間切れだ、天照は先の攻撃で戦う力の全てを失って、ザラスシュトラを倒すためだけの力を失う。そうなれば、もはや彼を止めることができるものは存在しない。
チェックメイト、これにてすべてが終わりを迎える。そう思われた瞬間に、
「ごふっ――――」
ザラスシュトラの全身から血が噴き出した。まるで抑え込んでいたものがすべて一気に飛び出したかのように、それは何の前触れもなく引き起こされたのだ。
「なにが――――っ、まさか、呪詛返し、か……」
「そうや、まぁ、実際には呪詛の転写やけどな、お前の宝具に与えたダメージをそのままお前の肉体にも同じく行くようにしたんや。どうせ、お前のことや、絶対に自分が負けるはずがないって状況を作ろうとしてくるんは目に見えておったからな」
ザラスシュトラはここで確実に葬らなければならない。アフラ・マズダよりも、ザラスシュトラを生かしておくことのほうが絶対に後々になって、問題になることは目に見えているからこそ、セイヴァーを葬ることこそが朔姫にとっての至上命題であったといってもいいだろう。
「桜子ぉぉぉぉ!!」
「七星流剣術―――『桜爛開花』」
朔姫の叫びに呼応するようにして、桜子が一歩を踏み出す。決着をつけるために、彼女自身に与えられた力の究極進化系である視線誘導による斬撃がセイヴァーめがけて放たれる。最後のダメ押しとばかりに放たれた攻撃は、超人思想によって強化された肉体であったとしても切り裂く。
桜子の技だけではセイヴァーに致命傷を負わせることは出来なかったかもしれないが、既にセイヴァーの肉体には転写術式が朔姫によって掛けられていることもあり、壊れかけのものに最後の振動を与えて崩すのと同様の結末を与えたのであった。
「アヴェスターはここで終わりや。お前と言う楔が存在しなくなることによって、アフラ・マズダがこの世界に存在するための影響力は大きく失われていく。お前がわざわざ表に顔を出してこなかったんは、自分がもしも、ウチらに倒されるようなことになったら、計画に大きな支障が出るからやろ?」
「然り……ではあるが、私と言う存在ですらもおぼろげであったはず、どこでそれを見極めたのか……?」
「んなもん、グロリアス・カストルムでわざわざウチがおらんところで、桜子とロイにかまをかけた時に決まっとるやろうが、お前が本気でウチらを煽り倒したいんなら、ウチがいるところでって思うはずや。ウチらがお前らにとっての関係者であることは、充分分かっていたやろうからな。それをせんってことは、ウチらに見つかりたくなかったってことやろ」
「なるほど……、間違ってはいないさ。間違ってはいないが、策謀云々は別として消えたくなかったというのもまた事実ではある。何せ――――世界に代わってほしいと願ったこと自体は、私としては、至極真っ当なことであったのだから」
多くの事業を灰狼と共に動かしてきたザラスシュトラではあるが、彼自身がすべて他人を陥れるために一連の行動をとっていたわけではない。世界を救いたいという思いがあったのは事実であるし、多くの者に願われていたのだ。
桜子たちにとっては世界を変えてしまおうとする悪であったかもしれないが、彼に願いを託した者からすれば善である。そうした視野に立ったとしても、彼はやはりアフラ・マズダによる世界の改変を願っていたのであろう。自分だけでは決して変えることができない世界法則を神の力によって変える。それが聖杯であるか、己の信じる神であるかの違いであるだけだ。
「神よ、ああ、申し訳ありません、我が力一歩及ばず……」
『いいや、今日までよく頑張ってくれたザラスシュトラ、私は君を利用した。君に生み出され、君に願われた神ではあるが、君の願いを聞き届けるために利用した。キュロスも同じだ。君たちが救済されることを願っていると知っていたからこそ、君たちの善を利用した』
「はは、そんなことを気にする必要もないでしょう。私もまた……救われたかったのだから」
そう呟くと、ザラスシュトラの身体は黄金色の光に包まれてこの世界より消失した。ここまで聖杯戦争を牽引してきた黒幕として、呆気ない最後であったというべきだろうか。いや、朔姫も桜子もそうは思わない。神祇省がここまでの大規模な術式を発動させることによってようやく葬ることが出来た。
構想から考えれば、秋津の聖杯戦争が終わりを迎えてからの10年、ずっと練られていたかもしれない計画である。それで倒したことをあっさりと言えるのかどうかは難しい。
アヴェスターの消失と共に、空に浮かぶ大きな黒い穴が一つだけ取り残される。それこそが聖杯であり、同時に、アフラ・マズダと呼ばれる存在が、この世界に干渉できる唯一の穴であるといえよう。
その穴を残しながら、世界の浸食を食い止めるために発動していた天岩戸が解除され、世界が元の状態へと戻っていく。如何に神祇省の力を総動員したとしても、やはり神霊系サーヴァントの維持は困難、あと少しでも時間が長引くことになれば結末は変わっていたかもしれない。
しかし、起こったことを巻き戻すことはできない。ここで勝利を掴んだのは朔姫と桜子だ。やるべきことをやりきったからか、朔姫の身体が地面に崩れ落ちる。
「朔ちゃん!」
「アホ、ちぃっと疲れただけや、ウチがこんなんでくたばるわけないやろ、何も問題あらへんわ」
神霊、いいや、神にも等しい存在を使役して戦闘にまで費やしていた朔姫はさすがに体力を使い切ったのか、その場にへたり込む。此処まで実力を温存していたのはまさしくこの時のためであり、朔姫としても力を出し切ってでもザラスシュトラを倒すという目的を達成できた以上、何の憂いもない。
あとは―――この聖杯戦争の最後の後始末をするだけなのだから。
「桜子……行ってこい。最後に決着をつけるんはお前や、そのためにここまでウチはお前を連れてきたんやから」
「朔ちゃん……」
「そんな顔すんなや、自分に資格がないとか考える必要あらへん、お前だってここまで必死に闘ってきた。いや、ここでだけじゃないわな、10年前からお前はずっと、戦い続けてきた。そろそろ、報われてもええ時やと、ウチは思う。だから、行って来い。行って願いを叶えて来い!」
「………うん、ありがとう、朔ちゃん!」
その桜子の返答を聞いたうえで朔姫は残り少ない魔力を使って式神を顕現させる。それは巨大な鶴のような姿をしており、桜子が背中に乗るのを待っている様子だった。
「マスター!」
そこに、セイヴァーとの決着がついたことを受けて、アステロパイオスも姿を見せる。もはやこの地に残ったサーヴァントは彼女と天照のみ。実質的にはアステロパイオスがこの場における最後のサーヴァント、言うなれば聖杯戦争の勝利者といっても差し支えはないだろう。
もっとも、その勝者と言う名乗りを受けるにはその前に乗り越えなければならない相手が存在しており、それを解決するために桜子とアステロパイオスは空へと、あの中空に佇んでいる、聖杯と接続した善神と対峙をしなければならない。
「行きましょう、最後までお供させていただきます」
「そうだね、今度は、今度こそは最後まで一緒だよ、ランサー」
桜子の脳裏に、10年前の聖杯戦争が思い出される。あの時に、桜子は契約をしたランサーと最後まで一緒にいることが出来なかった。総ての視力を出し尽くして戦ったロイとセイバーに敗北する結果となった。
そして今、再び聖杯戦争の舞台に立ち、なおかつ同じランサーのサーヴァントと共に今度こそ聖杯を掴まんとしている。まさしく数奇な運命と言わざるを得ないだろう。
運命のいたずらか、あるいはこれもまた総ては仕組まれた運命だったのだろうか。それは分からない。分からないが……、桜子はアステロパイオスと共に、朔姫の生み出した式神に乗る形で天に存在する善神アフラ・マズダの下へと向かっていくのであった。
「まったく、ほんまに最後まで世話の焼ける奴やで」
神祇省としての役目は果たした。個人的な願望もどうやら果たすことが出来た。ああ、ようやくすべてが終わったのだと理解した朔姫の前に、同じく役目を終えたキャスターが、天照の意識ではなく、倭姫命の状態で戻ってくる。
「朔ちゃん……!」
「おう、姫、やる気になればできるやないか、天照込みとはいえ、立派なもんだったやないか」
「そんなことない。朔ちゃんのおかげだよ、みんながいてくれて、姫のことを支えてくれていたから、最後でも逃げずに戦う事が出来たんだよ!」
「なら、そういうことにしておくか。姫は結局、最後まで自分じゃ何もできんかったと」
「ちょっと、さっきと言っていることと違くない!?」
「冗談や、冗談、ほんまにようやってくれたわ、ウチだけじゃどうしようもなかった。姫がいてくれおったから、ここまで希望を捨てずに戦ってこれたんや、ほんまありがとな」
「えっと、朔ちゃんが普通に素直に褒めの言葉を口にしている。本当に大丈夫なのかな、もしかして、私これからも使役されちゃう流れになっていたりしない!?」
「アホか、最後くらいは、ウチだって何の混じり気もない褒め言葉を口にしたってええやろ、どうせこれが互いに最後なんやから」
キャスターの身体が黄金色の光に包まれる。神霊の憑代として天照へと肉体を献上し、自分の身体が消滅することも前提にした力の使い方であった。キャスターとしては自分が消えることも既に織り込み済みであったことは言うまでもない。
この聖杯戦争において彼女はほとんど活躍することが出来なかった。出来なかったが、そこも含めて彼女は八代朔姫のサーヴァントとして共にこの聖杯戦争を駆け抜けることを誓ったのだ。そこに何の間違いもない。そしてその果てにやるべきことをやりきることが出来た。臆病な自分にとっては十分な戦果であると言えるだろう。
そう満足すると、脳裏に浮かんでくるのはここまで歩んできた時間である。挫けそうな時もあったし、本当に大丈夫なのかと思ってしまう時もあった。けれど、どんな時でも、目の前のマスターが自分を支えてくれたことを思い出し、キャスターは目尻に涙を浮かべる。別れたくない、本当はもっと一緒にいたい。セイヴァーとの戦いを迎えればこうなることは分かっていたというのに、どうしようもないくらいにこの別れを惜しむ気持ちが生まれてくる。
戦うことは嫌ではあったけれど、自分はこのマスターと一緒にいられて、良かったのだと思っているのだ。
「朔ちゃん、私――――」
キャスターが二の句を継ぐよりも先に、朔姫が手を上に上げる。
「湿っぽい話はなしにしようや、最後の最後まで笑って、それでええやん?」
「………うん!」
その上げた手の意味を理解して、朔姫とキャスターはハイタッチをし、互いの健闘をたたえ合って、キャスターの姿がそのまま消滅する。言葉を並べればそれで満足するわけではない。こうして、八代朔姫の聖杯戦争は終わりを迎えた
「………」
「お疲れ様でしたね、姫様」
「なんや、今更、お前ら来るの遅すぎやろ」
「それは仕方ないじゃないですか。みんな必死に術式使っておったんですから。これでも、私は早い方ですよ、姫様の様子を見るために力温存してましたから」
「それサボりやん?」
「ふふっ、どうでしょうか」
「別に来いとかいっとらんわ」
「………今は誰もいませんよ、いい加減、素直になってもいいんですよ。ずっと我慢していたんでしょう?」
その言葉に、朔姫は顔を俯かせながら、しゃくりあげる声と共に香椎唯那の胸に飛び込み、誰に憚ることもなく大きな声を上げながら泣きじゃくる。ここまでの道のりの総てを見届けて、そして送りだすべき相手を送りだした以上、ようやく彼女も自分の気持ちに素直になることが出来た。
「お疲れ様でしたね、姫様、ご立派でしたよ……」
こうして聖杯戦争は終わりを迎えた。残るサーヴァントは一騎のみ、それを残して、残る総てはこのセプテムの地から消え去った。多くの奮闘があった。多くの悲劇と犠牲があった。けれど、その果てにもはや何も残らず、ただ一つの結果だけが浮き彫りになろうとしている。
『桜子――――さぁ、君の答えを聞かせてもらおう。秋津から、いいや君が生まれた時から続いてきた私達の因縁に終わりを与えてほしい。そして、願わくば、君の手で、私の世界を生み出してくれ』
アフラ・マズダは願う。総てを見てきた君だからこそ、善の救いに理解を示してほしいと。それこそが自分を封じた七星桜への意趣返しであり、善の証明になるのだと。
間もなく終わりを迎える、このセプテムの地で起こった総てが。終わりを迎えるのだ。
第25話「リィンカーネーション」――――了
――これはそう今日を諦めなかった故の物語
次回―――最終話「ステラ」
次回よりいよいよ最終回、このまま3日後に更新しようと思いますので、最後までお付き戴ければ嬉しいです!