Fate/Stardust Vendetta―星屑の復讐僤―― 作:ソクリ
セプテムにおける聖杯戦争―――15、いいや、16体のサーヴァントを介して行われた国家規模の大規模聖杯戦争は、その主導を行っていたセイヴァー:ザラスシュトラ及び大陸七星『星一家』当主である星灰狼の死を以て、終わりを迎えた。
15人のマスターたちはそれぞれの役割をこなし、願いの為に戦い、そして夢破れて散っていく者もいた。最終的に生き残ったマスターはそのうちたった5人、半数以上のマスターたちが何らかの形で命を失った聖杯戦争の最中で彼らは何を得ることが出来たのだろうか。それは激戦を生きぬいてきた者たちにしかわからない何かであったのかもしれない。
余談ではあるが、聖杯戦争が終わりを迎え、リーゼリットはセプテム王族たちの血に七星という一族の血が受け継がれてきたことを正式に国民に表明した。そして、忌み血と呼ばれる王族たちの追放者たちが存在していること、そして、七星の一族がこの騒乱の中で世界的な悪行を働こうとしていたことを公表した。
言うまでもなく非難は王族に向けられたが、リーゼリットの父である先代国王は、『星家』や『ステッラファミリー』のような反社会的な存在との付き合いは自分が主導したものであり、リーゼリットによってそうした現状を打破することを求められ、此度の公表を行ったのだと国民の前で陳謝した。
いまだにセプテム王族たちがこのまま、国の指導者としての立場に立ち続けることを非難する者たちもいる。一方で、自分たちの悪行を告白し、より良い国へと生まれ変わらせようとするリーゼリット新女王の行動を評価する者たちもいる。先代国王に対しての国家的な制裁を含めて、今後どのように展開していくのかは、今のところは誰にも分からない状況である。セプテムにおける大いなる闇であった七星の一族を公表したことによって、忌み血を追放するための土壌として使われていたスラムにも大きな変化が見られた。
リーゼリットはスラムの敵視的な立ち位置を明確にした上で、王都に存在していたその区画に対して大規模な公的サポートを約束し、今後、十数年をかけてスラムの人間たちの生活改善に全力を尽くすことを約束した。この政策に対してはスラムの人間、あるいは王都の国民たちそれぞれからの批判的な意見が口にされた。セプテムという国が辿ってきた歴史の暗部、これまであえて見ようともしてこなかった闇の噴出であったが、それでもリーゼリットは自分の世代でこの問題に決着をつけることを約束した。この宣言が本当に実行されるのかどうかは彼女の手腕に委ねられたと言ってもいいだろう。
セプテムという大きな国の内部で様々なことが動き始めていた。まるで新時代の到来を約束するかのように。これまで決して起きることのなかった痛みを伴う改革、それが実行に移されることは、誰にとっても決して気持ちのいいことばかりではないだろう。
どうして今更、そんなことをして何の意味があるのか、人それぞれに抱く思いはあるし、正しいことをするということにはどうしたって痛みが伴う。多くの人間に批判されるようなことになれば、どうして自分はこんなことをしているのかと匙を投げたくなる時もあるだろう。
正しいことは痛い、多くに批判に晒されてでも時として為すべきことを果たさなければならない。それが為政者としての在り方だ。絶対的に正しいことなどこの世界にはない。自分が信じるより良き世界へとなる方法を模索していくしかない。
そして、もう一つ、大きな変化が起こった。七星一族に対して生じていた七星の血による殺人衝動あるいは先祖返りにも似た七星の血による本人人格の支配、衝動めいたその感覚が、すべての七星の血を受け継ぐ者たちの中から消失したのだ。才能ある者、劣っている者その優劣にかかわらず、七星の魔術回路はそのままに、他者を害するための呪いじみた衝動だけが消失を果たしたのだ。
偶然でも気の迷いといったものではなく、これはある日突然に起こったことである。すなわち、セプテムで起こった聖杯戦争、その決着がついた時から忽然と消失したのだ。
理由は今更言うまでもないだろう。七星の一族であったとしても、その血を受け継いだ代償として自分の人生を振り回されることがないように願った桜子の祈りによって奇跡が呼び起されたのだ。
暗殺一族七星にとって、七星の血による支配はある種の呪いであり、同時に七星と言う一族を存続させるための祈りでもあった。先人たちが紡いできた願いに後押しされる形で、七星と言う存在を生かすことを第一優先としてきた、七星と言う一族が今日まで存続してきたのには、そうした呪いにも近しい努力があったからなのは間違いないことであろう。
しかし、もはやその呪いじみた在り方は必要ない。ゆっくりと滅びゆく未来が待っているのだとしても、血の呪いに縛り続けられるばかりの人生を生きる必要はないと桜子は聖杯に願い、聖杯がその願いを聞き入れた。
桜子も、そしてリーゼリットも、これまで自分の中に生じていた七星の本能めいた感覚が消失している。きっと、桜子たちが知らないだけで世界中に広がっていた七星の一族たちもその感覚を共有しているはずだ。勿論、その中には桜子の願った奇跡を求めていなかった者もいるだろう。暗殺一族七星であることを誇りに思い、七星の血に身を委ねることを正しいと思っていた者たちからすれば、桜子の起こした行動は自分自身の人生を否定されることにも繋がったと言えるかもしれない。
誰にとっても当てはまる正答がない以上、そうした拾われることのない意見が出てきてしまうことは致し方ないことである。彼らにとっては星灰狼による世界征服こそが自分たちにとっての正しさを証明する機会であったのだ。しかし、灰狼は敗れた。彼が抱いていた大陸七星の千年の野望はついぞ果たされることはなく終わりを迎えたのだ。
野望すらも失った大陸側の七星も、いずれは静かにその勢力を失っていくだろう。目的があるからこそ、組織とは存続することができる。セプテム国が建国の理由を失ったことによって、急激に舵取りを変えたように、世界各国に散った七星たちもその方針転換を余儀なくされていくことだろう。
こうしてセプテムで行われた聖杯戦争の後始末はゆっくりと終わりを迎えていく。あくまでも余談に過ぎない話ではあるが、少しずつ、ゆっくりと世界も変わり始めてきている。いずれはきっとそれが当たり前になってしまう世界へと変わっていくのだろう。
そして、聖杯戦争が終わりを迎えてから1年の歳月が経過した。慌ただしい時間が過ぎ、決して短くない時間が過ぎた頃合、関係者たちの下に招待状が送付されてきた。
それは遠坂蓮司と遠坂桜子の結婚式への招待状、彼らにとっては秋津の聖杯戦争から続いてきた一連の戦いに対しての説も句となりえるイベントであった。
ずっとそれを果たす事こそが自分たちの戦いの終わりであると願ってきた桜子にとって、その日を迎えることが出来たこと、それは生まれた時から過酷な運命に踊らされていた桜子にとってのゴール地点であり、同時に新たなスタート地点であると言っても良いのだろう。多くの人々に祝福される中で、結婚式は盛大に執り行われる。
――結婚式場――
「では、新郎新婦の入場です……!」
その日は二人の前途を祝うような快晴であった。秋津市内にある結婚式場、この街の名士でもある遠坂の現当主と妻を祝うため、多くの人々が集まっている。
集まった人々の前に、まずは銀のタキシードに身を包んだ蓮司が姿を見せる。その様子は威風堂々としており、自分がこの場における主役であることを纏う空気からも象徴しており、入場と共に割れんばかりの拍手が聴こえてくる。それがそのまま、彼がこの秋津市で得られた名声の裏返しでもあるのだ。
遠坂の現当主である蓮司は、父である錬が聖杯戦争で起きた不慮の事故により命を落としてから十年以上、当主として遠坂の家を、そして秋津市を支えてきた。10年前、初めて当主へと担ぎ上げられた頃の彼は、頼りない当主であった。錬のような非情さと権謀術数に長けているわけでもなく、魔術師としてもきわめて凡庸であった彼を見て、遠坂はもはや終わりであると見込んだ者たちも多くいた。
だが、結果はこの通りである。10年間、彼は誠実に当主としての役目を全うしてきた。秋津市における社会貢献を行い、表側の名士としての看板を引き継ぎ、多くの人々からの信頼を集めた。半官びいきという言葉があるが、若き少年が不慮の事故で命を落とした父に代わって、家を受け継ぐ、そのストーリーは概ね秋津市においては好意的に受け止められたとも言えよう。
同時に魔術師としてのたゆまぬ研鑽も積んできた。聖杯戦争をきっかけとして間桐の家との関係改善を図り、神祇省とのパイプも得たことによって魔術師としては凡庸であったとしても、当主としては彼を神輿として担ぎ上げてことに意味を見出すように仕向けた。自分に出来ることが少ないのであれば、自分の価値を高めるしかない。それは蓮司にとっては屈辱的ではあった。けれど、遠坂の家を守る、父から受け継いだものを潰さないためにと心がけていれば、その程度の屈辱は何でもなかった。
真に恐ろしいことは、父との絆すらも失ってしまうこと、かつて一緒にいられた頃には明確に自覚することができなかったからこそ、いなくなってしまった今、蓮司は父が残してくれたものを次へと受け継いでいくことが自分の役割であると思っている。その想いがあればこそ、ここまで来ることが出来た。
けれど、それだけではない。此処まで来ることが出来たのは、父との思いだけではなく、蓮司とを支えてくれた相手がいるからである。
「次に新婦の入場です」
蓮司の入場に続いて、純白のウェディングドレスに身を包んだ桜子が入場してくる。バージンロードを歩む彼女の姿は美しく、思わず誰もが見入ってしまうほどであった。
「う~ん、馬子にも衣装やなぁ~」
「姫様、こういう場では口を慎んでくださいよ」
「ええやん、所詮、今日のウチらがどこまでいっても脇役なんやから、少しくらいのヤジは笑って許されるもんやよ~」
式場の椅子に座りながら朔姫は同席している唯那へとぶっきらぼうに言い放つ。相も変わらず朔姫の様子はセプテムの聖杯戦争のころから変わりはない。
顔を合わせれば生意気な態度をとるし、不遜な様子は神祇省の中でも変わりはない。お目付け役である唯那の苦労も推して知るべしという所ではあるが、その面持ちは以前よりも形を持った身の据わり方になった様子が見える。虚飾を張っているわけではなく、自然体のまま、自分の立場に相応しいオーラを持ち合わせていると言えばいいか。それは彼女にとっても、あのセプテムの聖杯戦争が自身の成長に繋がったことを意味している。
強さも才能も人格面としても優秀である朔姫だが、やはり経験と姫としてではなく、1人の人間として、集団の上に立つ経験をしたことは彼女にとってとても有意義な成長に繋がった。アフラ・マズダの討伐こそが最大の目的であったとはいえ、神祇省にとってはいずれ自分たちの上に立つ存在である朔姫の大きな成長が見れただけでも想像以上の価値を得ることが出来たと考えても良いだろう。
朔姫と唯那が雑談を続けている間に、桜子は蓮司の下へと辿り着く。そして、神父が二人の前で結婚式定番の愛を誓い合う儀式を口にしていく。
「おぉ、桜子、立派な姿を見せるじゃねぇか……、まさか、あの桜子のこんな姿が見れるなんてなぁ……」
「父さん、まだ泣くには早いだろ」
「桜一郎にはわからねぇよ、娘が自分の下から巣立っていく時って言うのは、どんな時だって親は泣くもんだ」
「やれやれ、もう桜子が七星の家から出て数年経っているって言うのに」
桜子のバージンロードを歩む姿を、父と兄も席から見守る。秋津の聖杯戦争でようやく元の家族へと戻ることが出来た三人、もしも、桜子が自分の運命と向き合うことが無かったら、こうして桜子の晴れ姿を見ることなど出来なかっただろうと桜一郎は思う。
勢至姆組から完全に足を洗った桜一郎は、遠坂の家に嫁入りした桜子に代わって、父と共にかつての剣術道場を守っている。ほとんど通う人間などおらず、自分の代で終わりだろうと考えているが、存外、人に剣を教えるというのも悪くはない。
七星の血を受け継いだ自分はこの社会の中で生きていくことなど出来ず、社会から外れた人に仇なすことしかできないと思っていたが、存外に社会の中で人と関わっていくことも悪くないと思えている。できることなら、かつて自分を救ってくれた相手にもそうした生き方をしてほしかったが……、それはもはや過去の話しだ。彼は魔術師としての自分を捨てきることが出来なかった。
魔術師たちにとっては生涯の愛を誓い合うよりも、自分たちが受け継いできた魔術回路を次代へと受け継いでいくことの方が大事である。魔術師としての人生を優先する者ほど、個人の愛情などというものを軽視する。自分はあくまでも、受け継いできた歴史の継承人であり、最大限の努力を以て先代たちの遺志を実現することこそが役目であると考えているからである。
この場にも多くの魔術師としての関係者が揃っている。遠坂家当主の正当な儀式という側面も持ち合わせている以上は、遠坂家当主夫妻の様子を一目見ようと参加した者たちも少なくはない。
「新郎、新婦への愛を誓いますか?」
「ええ、誓います」
「新婦、新郎への愛を誓いますか?」
「はい、誓います」
「では、誓いの証をここに立ててください」
神父の言葉を聞き、二人の唇が重なり合う。あの聖杯戦争で想いを通じあわせてからもう10年以上が経過し、唇を合わせることなど、これまでに何度も何度も繰り返してきた。愛を確かめ合う行為だって初めてじゃない。けれど、この日のキスは二人にとって、とても特別なモノであるように思えた。
割れんばかりの拍手がもう一度起こる。新たな遠坂を受け継ぐ者たちの門出をこの場の全員が祝福する。数日もすれば、表も裏も遠坂と利害で結びつくかもしれない、完全な味方であるとは言えないような者たちも多くいるが、この場では、この瞬間だけは、誰もが二人を祝福することに変わりはなかった。
ある意味では、アフラ・マズダが望んでいたような完全なる善の世界がこの場でだけでも完成を果たしていたと言えるだろう。あくまでも限定的な状況だけだろうとあの神であれば言うだろうが、この瞬間に辿り着いたことこそが、アフラ・マズダを否定して、自分の人生を生きることを約束した桜子にとって、どこかでこの様子を見ているであろう善神に対しての答えの提示でもあったのだ。
たとえ、呪われた家系に生まれたとしても、こうして、幸福を掴みとることができる。それこそが悪に勝る善の証明、ザラスシュトラがアフラ・マズダに願った世界の在り方ではないだろうかと。
七星の呪いは聖杯の奇跡によって消えた。今の桜子は優秀な魔術師程度の立場に収まっているが、その力を失ったことを後悔していないし、力を持っていたことを否定もしない。七星であったからこそ出会えた者たちがいる、七星であったからこそ勝ち取れた未来がある。苦しめられることは決して少なくはなかったけれども、それが分かっているからこそ、桜子はいつだって、自分の人生を肯定することができる。
式場で多くの人々に祝福を受けた桜子と蓮司はしばらくの時間をおいて、披露宴会場へと出向いた。先ほどまで着込んでいた純白のウェディングドレスから、彼女の名前を象徴するような桜色のドレスに身を包んだ彼女の姿に多くの人が目を奪われるばかりであった。
和やかな空気で進む披露宴は、これまでの彼女たちの人生の軌跡を色濃く映し出している。表側の人々が来ている以上、多くを語ることはできないが、元から二人は同じ学園の同級生であったことからも語られるエピソードには事欠かさない。
和やかな空気のまま、新郎新婦は招待客の各テーブルへと足を運んでいく。表側の人々とは形式的なあいさつを交わしながら、今後の秋津市の行く末に遠坂が関与していくことへの激励を口にされた。
その表側の人々の中には、遠坂同様に秋津市に影響を持っている間桐もいる。
「今回はご結婚おめでとうございます、蓮司さん、桜子さん。10年前のことを思い出すとお互いに年を重ねたように思えますね」
「慎夜さん、円華さんもご健勝のようで何よりです、本当にこの10年、お互いに様々なことがありましたね」
「僕が遠坂の当主として、今日までやってくることができたのはお二人の協力もあってのことです。改めて今日という日を迎えることができたことに感謝いたします」
「いいえ、数年前は私たちが祝ってもらった側ですから、次はお二人の番であると言った言葉を嘘にせずに済んで良かったです」
桜子たちと言葉を交わしているのは間桐の現当主である慎夜とその妻の円華である。かつて秋津の聖杯戦争で慎夜に代わって、マスターとして参加をした円華は、そもそもが魔術師でもない。現役の女優であった彼女は、なかばなし崩し的に聖杯戦争に巻き込まれることになったが、契約したサーヴァントと力を合わせることで、聖杯戦争最終日まで残り、命を繋ぐことができた。
勝利者はセイバー陣営であったため、得るものがあったわけではないが、その時の功績を認められるような形で、間桐家の妻として迎えられることが認められ、数年前に正式に婚姻を結んだのだ。
現在は女優業の傍ら、夫を献身的に支えている。蓮司よりも才覚がないとまで言われた慎夜が当主を務めていることができるのは、彼女という才媛のおかげであることは間違いないだろう。
「本当よね、10年も時がたってから、再び聖杯戦争に参加するなんてことを言ってのけたどこかの誰かさんたちが無事に戻ってくることができて良かったじゃない。本当に悪運が強いというんだか」
「そこは単純に実力があったという風に判断してもらいたいと何度も言っているじゃないか、リーナ」
「兄様は黙っていてください。当主である私の命令は絶対、すなわち、私の言葉への反論は認めません。ずっと、家を放っておいて、突然帰って来たような方に好きにさせるほど、我がエーデルフェルト家は安い家ではないのです」
「相変わらずだね、二人とも……」
桜子たちの下へと姿を見せたのは、ロイ・エーデルフェルトとリーナ・エーデルフェルトの兄妹である。名門エーデルフェルト家の生まれであり、秋津の聖杯戦争の勝利者である彼ら二人もまたこの記念すべき日に呼ばれていた。
あくまでも表向きは遠坂の対外的な友人であるという名目であるが、その様子から見ても一筋縄でいく人物ではないことは誰の目にも明らかだ。
セプテムにおける聖杯戦争にも参戦したロイはあの戦いが終わった後にエーデルフェルト家に戻った。長らく10年弱程度の時間、家を空けていたロイに対して、当たり前のようにリーナは怒り狂い、ほとんどリーナの使用人のような扱いでロイはエーデルフェルト家に置かれているが、その立場を不思議とロイも不満を言うことはない。これが自分たちの関係性として一番しっくりくるものであると思っているからであろう。
「本来、七星とエーデルフェルト家がともに同じ場を囲むことなどありえません。ただ、今のあなたは遠坂の人間ですから、結婚おめでとう。私たちを脅かした女が、ただのこけおどしでなかったことにだけは安心しましたよ」
「もう、素直じゃないな……」
桜子の持つグラスとリーナの持つグラスが触れ合って、パチンと音を鳴らす。10年前に出会った時に、まさか未来の自分たちがこんな姿を見せているなどと想像することもできなかっただろう。もとは殺し合うしかなかった者たちが、完全な仲間であるとは言えないにしても、こうして互いを祝福する場所に集っている。それだけでも、桜子は自分が頑張ってきた意味があったと思うのだ。
多くの人に言われてきた。呪われた血を持ち合わせているお前は魔術師たちと殺し合うしかない。それがお前の運命であると。お前が人並みの幸せを得るなんてことはできないと言われてきた。
(でも、今の私は……その幸せを享受することができている。誰が何と言ったって、これは私が自分で掴み取った勝利なんだ……!)
「とても幸せそうね、桜子」
「それはね、こんな日に、幸せを感じていられないようじゃ、さすがにダメでしょ!」
「そうね、そこでそう答えられるからこそ、あなたは自分の願いを叶えることができたのでしょうね」
「何があっても諦めない心、それは誰もが持ちえていそうで持ち得ていないもの、どんな困難に晒されたとしても、最後までそれを諦めずに持ち得ていることこそが、遠坂桜子の最大の強み、ということね」
リーナの言葉に円華も同調する。言うのは簡単でも決して諦めないということがどれほど難しいのかを二人は知っている。あの聖杯戦争の最中でよく自覚させられている。
「そうだね、でも、それは私だけじゃないし、私よりももっとすごい人を知っているから。どんなに辛くても、どんなに得る者がなかったとしても、それでも自分を信じて突き進むことができる。絶対に今日の自分を諦めない人がいたからこそ、だよ」
桜子の脳裏に思い出されるのはセプテムで出会った少年、どんな役割を与えられたとしても、どんな末路を辿ることになったとしても、自分自身を諦めることなく戦い続けた少年、彼の姿を見たからこそ、ここまで来ることができた。
それはロイも朔姫も変わらない。あの場で戦っていた誰もが、彼――――レイジ・オブ・ダストに勇気を与えられていたのだ。
あの地獄の世界の中で生み出された勇気がここに祝福の花束へと変わって見せたのだ。まさしくそれこそが、地獄の先に花を咲かせるということになったのではないだろうか。
「それでは、次に今回の式を行うにあたって、祝電が届いております
遠く日本の地へ向けて、遠坂蓮司様、遠坂桜子様、この度はご結婚おめでとうございます。決して深い関係にあったわけではない私がこのような祝電を送ることに意味はあるのかと考えましたが、やはり節目として送るべきと思いました。1年前、あなた方と顔を合わせてからの時間のことは生涯忘れられるものではありません」
そこで読み上げられる祝電は、遠き異国から齎された祝福であった。もしも、聖杯戦争という出来事がなければ、もしも、レイジ・オブ・ダストという存在がいなかったとしたら、きっと出会うはずのなかった運命の下に出会ったからこそ繋げた縁である。
「どうか、末永い幸福の日々をお過ごしください。そして、また顔を合わせることができる日を楽しみにしています。セプテム国女王 リーゼリット・N・エトワール」
読み上げられると大きな拍手が起こる。遠き異国の女王がどうしてと思う人々も多くいるが、事情を知る者からすれば、これもまた一つの成果である。
七星という繋がりを失ってもなお、彼女たちの繋がりは保たれた。それもまた大きな成果であると言えるだろう。
――セプテム王国・ルプス・コローナ郊外・墓地――
「これでよしっと……! そろそろ、日本では桜子さんの結婚式が行われているかな?」
「そうですね、女王。確か、日本の時間で言うと今日であったはずですよ」
「ごめんなさいね、ルシアさん、貴女も招待状来ていたでしょ?」
「いえいえ、女王が向かわないのに、私だけがなんてことはできませんよ。まぁ、離れていても心は繋がっているってことでいいんじゃないですか? 何も今生の分かれってわけじゃない。生きていれば、いつかはもう一度、顔を合わせることだってできるんですから」
セプテムの王都ルプス・コローナ、その墓地の一か所に女王であるリーゼリット、そしてあの聖杯戦争後、女王の新たな傍付きとなったルシアはともに墓参りに来ていた。
墓標には名前は刻まれていない。ただ一言、「星屑の怒り」と刻み込まれていた。それが誰のための墓であるのかはいまさら言うまでもないだろう。
リーゼリットはあれから定期的にこの墓へと足を運んでいる。彼女とルシア以外にこの場所へと足を運ぶものはほとんどいない。
国民からすればそもそも、この墓が誰の墓であるのかすらもわからないのであろう。どうして女王がここに足を運んでいるのかも理解されていないかもしれない。もしかしたらここには女王の公にされていない秘密が隠されているのではないかとまで口にしている者もいる。それがあながち間違いではないことが面白いところではあるのだが。
「ねぇ、レイジ君、君は見ているかな? 世界は少しずつではあるけれど、変わり始めてきているよ。根本的なところは何も変わっていないかもしれないけれど、みんなが少しずつ変わろうとしてきている」
スラムへの政策変化、七星の血の消失、そして大陸七星の弱体化、これまでの1年間でも相応の変化は見られてきている。それらは全て、もしも、あの聖杯戦争の結末が異なっていたとすれば、決して起こりえなかったことであると言えよう。
あの聖杯戦争は星灰狼、あるいはアフラ・マズダが勝って当たり前の聖杯戦争だった。彼らが勝利すれば、少なくとも今のような平和状態が維持されることはなかっただろう。恐怖による世界支配かあるいは神による意志の統一か、どちらにしても、そこにこれまでの自分たちが積み上げてきたものが残っているとは思えない。
聖杯戦争が終わった後に、ルシアは正式に聖堂教会から身を引き、リーゼリットの秘書として仕事を始めることとした。聖堂教会としても不死の力によって限りなく人間の身を超越してしまったルシアの扱いは代行者として使い潰すか、教会の監視下にて、魔術と関わらない生活を送らせるかのどちらかであったが、そこはリーゼリットが間に入ることで取り持たれた。
彼女の感情の色を読む力は、今後のセプテムのために役立つし、役立ててほしいと願われ、教会に対して、王室が持ち得る大陸側の七星の情報を与えるという約束の下に、ルシアもその身元が保証された。魔術教会にしても聖堂教会にしても七星一族の力を削ぐことができるのはこの時を置いて他にはないと考えたのだろう。
二人にとってもこの1年は決して短くはない時間だった。急激な改革が求められ、七星としての自分たちの罪禍と向き合う日々、国民たちの信頼をどこまで取り戻せているのかも実際の所は分からない。
しかし、それでもリーゼリットは自分の決めた道を進んでいく。どれほど困難であったとしても、最後に報われるかもわからないとしても、それでも戦い続けた少年の姿はその脳裏に焼き付いている。
大きなものを託された。自分はこれまで与えられるばかりだったのだから、今度は自分が返す番だと思う。たとえ、それが当人に返って来るものでないとしても彼はきっと恨むことはないだろう。
それが今ある世界をほんの少しでもより良くするものであるとすれば……自分の奮闘が花開くきっかけになったのだとすれば、彼は決して恨み言を口にしない筈だ。
「世界は変わらない。今日もどこかで残酷なほどに平等で、残酷なくらいに悲劇は起こっている。でも、少しずつでも変わっていくことはできると思う。
大切なことは諦めないこと。変えようという意志を持ち続けていくこと。それができるんだって君は私に証明してくれた。だから、私もこれからも頑張っていくよ、だから、見守っていて、誰も知らない私の英雄」
そう、世界は何処までも変わらない。それでも、ほんの少しだけでも変わることが出来たことだってあったはずだ。それが積み重なっていき、より良き世界が生まれていく。
七星と言う呪いから生まれた物語はこれにて終わりを迎える。これより先の彼女たちの未来は彼女たちの物語である。
名前を残すこともなかった少年が開いた未来は今も花を咲かすことができるように、残された者たちが奮闘している。その姿を、この世界から離れた神もまた見守っているのだろう。
何が正しかったのか――――いつかはその問いにも答えが出ることを願いながら。
何が本当の善であるのか―――人がいつかその答えに行き着くことを願いながら。
Fate/Stardust Vendetta―星屑の復讐僤――了
改めまして、今回で完結となります。2021年当時、体調不良から連載を途中でストップしてしまい、色々と考えた結果、連載再開したうえで、今回完結まで持っていくことが出来て、まずは一安心しています。
2年前からお付き合いいただいている方、この半年の間に読み始めてくれた方、双方ともに、ここまでご愛読いただきありがとうございました!
レイジたちの物語で何かしら心に残るものがあれば、作者としても喜ばしい限りです。今後は、ハーメルンでの活動はひと段落として、別小説投稿サイトでの活動をメインとしていく予定です。
また、何かしらの機会でハーメルンで執筆をする際に、目に留まることがありましたら、拙作を読んでいただけると幸いです、ありがとうございました!