深緑閣下は強い奴に会いに行く   作:CanI_01

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石と緑
2075年 英国 ウェールズ地方 カーリアン ネオネット カーリアン研究所


ウェールズ地方第三の都市、ニューポートの北東にあるカーリオン。

かつては古代ローマの遺跡を観光資源とした風光明媚な観光都市だった。

特に観光の目玉であるイスカオーガスタと呼ばれる古代ローマの要塞遺跡はアーサー王伝説で名高いキャメロットの比定地の1つでもありアマチュア歴史学者が多く訪れ議論百出しそれがまた人を呼ぶそんなのどかな都市だ。

今でも歴史的な価値こそ目減りしないものの現在この街には新しい目玉が生まれている。

それこそがネオネットのカーリオン研究所。

かつてはトランシスニューロネットの研究所であった存在がネオネットとの合併により社名の変わった存在。

それは古代ローマの円形劇場遺跡の上に建造され古代の歴史と最先端の技術の融合する場所。

現在も観光客の受け入れは行われており、ネオネットのイメージ戦略としての研究所の一般開放も行われている。

この為に観光客の動きは変わらず、ビジネスユースが増えた。

カーリオンの人々にとって大きな変化はないと言えるだろう。

 

緑に苔むした古代ローマの円形劇場が静かに佇んでいる。

外部と内部を遮る明確な塀などは景観を優先し設置されていない。ただ、ネオネットの所有地に入った際にポップアップする警告ARだけがその領域指し示している。

もちろん、観光地として人の入ることのできる土地だ。その警告も店舗に入った際に表示されるような穏当な代物だ。多くの者がそれを見ても警戒心など持たないだろう。

ましてや視界に映るのはのどかな古代の円形劇場だ。誰がここをビッグ10たるネオネットの誇る最先端研究施設であると考えるだろうか。

この古色蒼然とした古代遺跡が現代の再建であると見抜ける者がどの程度いるだろうか。

2013年、この遺跡の地下から鈍い銀色の鱗を持つ一体のウエスタンドラゴンが大地を吹き飛ばし地上に姿を現した。その時いた数少ない観光客を恐怖のどん底に叩き落としたが幸いなことに死者はなく、ドラゴンも良識的な存在であった。

そのドラゴン、グレートドラゴン、セレディは周囲の遺跡を買い上げ復興を行った。

2044年にはマトリックス研究に力を入れるセレディによってトランシスニューロネットの研究所がこの円形劇場の横に移転され現代にいたる。

その研究所の外観は古代ローマ風にまとめられており景観を維持している。その見かけから最新鋭のサイバーウェアとマトリックス技術を開発する企業の研究所をイメージすることは不可能であろう。

 

そんなのどかな田舎町にぶらりと歩み寄る男性が1人。

特に荷物もなく健康のために近所を散歩していると言わんばかりの自然体だ。

違和感を感じるのであればその男性、トロールの肉体がはちきれんばかりの筋肉に覆われていることだろうか。

貧弱な肉体を持ったトロールなど存在しない。故にこそ自身の限界まで肉体を鍛え上げたトロールも酷く珍しい。

鍛えるまでもなく他のメタヒューマンを圧倒できる肉体を持ちながらストイックに肉体を鍛え続けることができる者はあまりにも珍しいのだ。

影の世界に生きるものであれば自らの肉体を鍛えるよりも身体改造を行うほうが手早い。極限まで肉体を鍛えるとは趣味であり凝り性の芸術家の所業とと言えるだろう。

そんなマニアックな存在がちょっとした散歩と言わんばかりにネオネットの敷地内を歩いている。

一見無警戒に見えるイスカオーガスタだが厳重なセキュリティは施されている。

監視カメラに監視ドローン、そして精霊。行動解析を行うことでメタヒューマンの目を通さずに不審者をピックアップするプログラムなどだ。

致死的でこそないが、決して油断はしていない。ここはそんな場所なのだ。

当然不審なトロールは要警戒人物としてシステムは警報を発するが地上はのどかなままだ。

トロールはのんびりと歩き円形劇場に向かい大地を踏み鳴らし首をかしげる。

警備部隊がそろそろ事情を聞きに行くべきかと迷い始めた辺りで彼は1つ頷き隣のネオネットの研究所を目指す。

研究所の1階ではネオネットの最新技術を紹介する博物館となっており誰でも入ることができる。

とはいえ、不審者が向かってくる状況だ。警備員としては警戒度を引き上げることとなる。

男は展示エリアに目もくれず研究所の受付を目指す。

受付にはこの時代にも関わらずエルフの男性が座っている。

当然の受付男性にも警戒指示は出ている。

しかし、彼はそのうえでほがらで親しみやすい対応が求められているのだ。

 

そのようなエキスパートであってトロールが近づくまで全く観察が行えていなかった。そのあふれんばかりの筋肉とその脅威度にばかり目が行き、顔も何も見えていなかった。

その男は短く金髪を刈上げ頭の左右には捻じれながらも天に向かって伸びる角、全てを射貫くような鋭い緑の瞳、そしてこぼれんばかりの筋肉。

その身を包む衣服はイーボのトロール用エグゼクティブスーツだ。ただ、そのスーツは可動性を担保するために通常のスーツよりも柔軟な生地を使用している。

そのデザインはしばしばボディガードなどフォーマルな装いで荒事を行うことが多い職業人が好んで身に着ける。

すでに受付男性の警戒は最大値だ。

そんな男の警戒心を知らぬげにトロールは受付に無造作に近づき声をかける。

 

「ウインドマスターに会いに来たのだが、取り次いで貰えるかね。」

 

ひどく老成した口調。自身を知らぬはずがないという不可思議な程の自信。

受付男性は画像照会プログラムを走らせるがヒット数はゼロ。すくなくともネオネットとしての要人ではないようだ。

狂人かエグゼグか。確かに彼が身に着けるスーツは一級品であり、狂人が身に着けることのできる代物ではない。

 

「失礼ですが、こちらの事業所にはウインドマスターと言う者はおりませんでして。弊社はネオネットですがお間違いではございませんか?」

 

内心の焦燥を隠しながら穏やかに失礼がないように言葉を返す。

 

「おお。君たちの名前は違うのだったな。何と言ったかな。」

 

こつこつと受付の天板を叩く。思い出すときの癖なのだろうか。

 

「そう。そうだ。セレディ。セレディという名のはずだ。セレディならいるだろう?」

 

受付男性の背筋に嫌な汗が流れる。セレディは確かにいる。確かにいるうえに、全社員がその名前を知っている、そして普通は呼び捨てになどできない。

 

「セレディはおりますが弊社の開発責任副社長ですが間違いございませんか。」

 

「おお、そやつだ。間違いない。」

 

今日のセレディの予定は技術開発とだけ書かれており当然のようにアポイントは入っていない。

最近の彼はひどく忙しそうにしている。噂ではCEOのリチャード・ヴェイラーからの連絡すら無視しているらしい。

それでも問わねばならないのが受付の仕事だ。

 

「失礼ですがお約束がおありですか?」

 

トロール男性は首をかしげる。問われている意味がわからないのかのように。

 

「いや、約束はしていないが。ああ、名乗っていなかったのだな、セレディに伝えてもらえるかヴァストグリーンが来た、と。すぐにわかるはずだ。」

 

受付男性は彼を狂人と認定した。

ビッグ10の一角たるネオネットの開発責任副社長であるグレートドラゴンで引きこもりマトリックスオタクが予定にない相手に会うわけがない。

それにも関わらず旧友のようにいう男は間違いなく狂人だろう。

やんわりと断ることにする。

 

「大変申し訳ございません。セレディはお約束のない方とはお会いしません。お引き取りをいただけませんでしょうか。」

 

ひとつ頷くヴァストグリーン。

 

「ふむ。ならば仕方あるまいな。」

 

想像以上に物わかりの良いヴァストグリーンの態度に受付男は静かに安堵の吐息をもらす。

 

「まかり通らせて貰うぞ。阻止したければ力づくで来るがいい。ウインドマスターの眷属として殺さぬように手加減はしてやろう。」

 

その言葉と共にヴァストグリーンはゆったりと奥に向かって歩みを進める。

その歩みは王者のように鷹揚であり威厳に満ちたものだ。

唖然としつつも男性はセキュリティスイッチを入れる。直ちにカーリアン研究所全館は警戒態勢に移行する。

本来不審者1人の為に行うには大仰な対応である。しかし、ヴァストグリーンはセレディを名指しにしている。未だに反ドラゴン感情はくすぶっているのだ。慎重すぎても問題はあるまい。

もちろん、この研究所の最大戦力はセレディだ。

しかし、だからと言って不審者を素通しにして良いわけがないだろう。




ネオネット
サイバーウェアやワイヤレスネットワークなどの技術に定評のあるビッグ10の一社。
トランシスニューロネットはネオネットを構成する1社。

セレディ
グレートドラゴン。
トランシスニューロネットの大株主であったがノヴァテックと合併しネオネットの大株主となります。
マトリックスオタクでドラゴンが直結できるサイバージャックの開発に血道をあげている。
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