ビッグ10の敷地内である以上当然治外法権がある。
つまりヴァストグリーンのような人物を射殺しても何ら問題はない。
問題がないが、即座にミリグレードアーマーに身を包んだ部隊が展開されるかというと、そんなことはない。
最大の問題はこのフロアは一般公開されている為社外の人間がいるのだ。
そういった人々の安全を確保しなければ法律上は問題はなくとも世間は許しはしないだろう。
次の問題はコストだ。
全ての弾丸が相手に当たるわけではない。外れた弾がどうなるかというと、人もしくは物に当たるわけだ。
物なら修理費が、人なら賠償金が発生する。
これは面白くない。
ましてや今回は重武装のランナーが襲撃を仕掛けてきたわけではないのだ。
ただ、少々頭の緩いトロールが不法侵入をしただけだ。
通常の平和的なセキュリティスタッフで制圧し警察に引き渡せばよい。
体格こそ良いが人数を揃えて対応をすれば銃を使うまでもないだろう。
それが警備スタッフの総意であった。
ゆえに研究所の外部及び1層目を警備するメンバー20人は制圧武器としてスタンバトンを持ちヴァストグリーンの元を目指した。
それ以外のスタッフは来客の誘導、入口の閉鎖などの二次災害の防止に向かっている。
相手は体格の良いトロールとは言え1人。
警備員が多少の怪我こそあれどたやすく制圧できるだろう。
誰もそれに疑いは持たなかった。
とはいえ、現在でこそネオネットの看板を下げているが、ここは元々はトランシスニューロネットの総本山だ。そこのセキュリティスタッフの練度が低いはずもない。
何かあればセレディが蹴散らすのだが、彼らなりにオタクドラゴンには敬意を払っており無駄なリスクは払ってほしくない。
ましてや、大本営であるセレディが出馬するようなら、彼らの存在価値はない。
故にこそ、彼ら油断なくヴァストグリーンを取り囲み一斉に襲い掛かる。
ヴァストグリーンはその動きを微笑ましく眺めながら滑るように近づいていく。
一瞬ヴァストグリーンの肉体が膨らんだように警備員達は錯覚した。
そして、無造作な動きで手近な警備員を掴むと背後にいる別の警備員に叩きつける。
投げられた者も叩きつけられた者も負傷で動けなくなっている。
仲間があっさりとやられたにも関わらず警備員達の間に動揺は見られない。
一般警備員とは言え十分精鋭と言えるメンバーだ。
彼らは当初の予定通り同時にヴァストグリーンへとスタンバトンを振り下ろす。
その動きも想定通りなのかヴァストグリーンは1つ頷き無造作に足を振り上げ、大きく振り回す。
その足に当たると警備員たちはまるで紙人形であるかのように大きく弾き飛ばされる。
サイバー化も覚醒もしていないとは言え実践的な警備を生業として生きてきた精鋭達がである。
ヴァストグリーンの筋力は通常のトロールの限界を超えているとしか考えられない。
警備員達の間で無音の会話が飛び交う。
「サイバー化はしていないはずだが。」
「覚醒者か。これは近接戦闘では分が悪いぞ。」
全体指揮を執るスパイダーから指示が飛ぶ。
「避難が完了した。銃の使用を許可する。」
ヴァストグリーンを包囲し接近しようとしていた警備員達は距離を取りアレスアルファを構える。
サイバー化こそしていないもののセレディが趣味で組んだパーソナル戦術システムによる情報同期とスパイダーによる指揮が行われている。
同士討ちを避けたうえで無駄のない布陣だ。
10人以上でのバーストファイヤ射撃による弾丸がヴァストグリーンに降り注ぐ。
いかにアデプトであろうとこの量だ当たれば命に関わるだろう。
すでに警備員達には穏当に退去をさせることを諦めている。
しかし、ヴァストグリーンはまるで全ての弾の動きを理解しているかのように落ち着いた動きで弾丸を避けていく。弾丸自体がヴァストグリーンを避けているのかと誤解するような光景だ。
ヴァストグリーンは全ての弾丸を回避したうえでゆったりと近づき相手を1人づつ打ち倒してゆく。
1分もかからず警備員達は全て沈黙した。
驚くべきことに死者はいない。すぐに治療すれば後遺症すら残らないだろう。
にも関わらず、完全に戦闘能力は失われている。
まるで暴威のような戦闘力だ。
そんな彼らにヴァストグリーンは一言声をかけ奥へと進んでいく。
「なかなか良い気構えだったな。精進すると良かろう」
ただ、その場には苦痛と絶望だけが残されていた。