乱れ堕ちた天使   作:イブラヒム・ベイ

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単なる思い付きの産物、続くかさえも不明


如何にして彼女は失い、如何にして取り戻したか

長く、長くスピットファイアというDOLLSは戦ってきた。

絶望的な戦局の戦場でも、勝ち戦でも、彼女は常に全力だった。

 

私はそんな彼女を愛していて、そして不安にも思っていた。

 

ある時茶会に呼ばれ、その席で彼女に趣味は何かと問うた。

 

「趣味、ですか…空を眺めること、でしょうか」

 

困ったように笑いながら、私の問いに彼女はそう答えた。

君らしくて素敵だね、私が答えると彼女は、少し赤くなった気がした。

 

「けれどもそんなに四六時中空の事ばかり気にかけていては、疲れてはしまわないかい?」

 

「そう、でしょうか…私はそうは思いません。だってそれが私の…私達の存在理由ですから」

 

平然と彼女は返した。

 

それからしばらく経ってからだった、何の感慨もなく評すれば、スピットファイアの戦果が落ちた。

酷く彼女は落ち込んで、茶会もあまり開く事はなくなった、ハリケーンの心配そうな顔をよく覚えている。

 

「最近、お姉様は何時も物憂げですの…それなのに、私はお姉様に何もしてやれない、出来たとしても、結局それがお姉様を傷付けてしまいますの…」

 

戦果報告書の内容に基づけば、ハリケーンの戦績が上がっている日は、スピットファイアの損害が大きかった日と関連付けられる。

つまりこうだ、調子の出ないスピットファイアのフォローをハリケーンが多くこなし、その結果ハリケーンは大きな戦果を上げていたということだ。

その事についてはスピットファイアからも聞いていた。

 

「ええ…本当に頼もしくなりました。先輩として誇らしいです…でも、どうしてでしょうね…嬉しいのに、悔しいような、悲しいような、変な気持ちが自分の中に湧くんです。人が言うところの嫉妬なんでしょうか…?でも、これはそう呼ぶにはあまりにも…」

 

まとまりのない言葉達は、彼女にはあまりにも不似合いだった。

この頃から彼女は自分を鼓舞する言葉と、強がりが増えた気がする。

私は折を見て何度か休んではどうかと彼女に提案したが、彼女は受け入れなかった。

 

「いいえ、私は平気です。ほら、こんなに動けるし、昨日よりも戦果を上げていますよ?」

 

「でも、君は全然休んでいないじゃないか。ハリケーンも君のことを心配している。確かに空を守ることも大事だけれど、君自身を労ってやらなきゃ、それも叶わなくなってしまう」

 

「疲れてなんていませんよ、ハリケーンにもそうお伝え下さい。私はまだ戦えます、調子が出ているからと言って人を老人扱いするのはお止めなさいと」

 

「!…本気で言っているのか?」

 

「何がですか?とにかく私は疲れていません。次の任務がありますから、これで…」

 

やつれきった表情で、彼女はまた戦区に出ていった。

私は、その時の事を今も悔やんでいる。

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

突如として悲鳴が上がった。

信じ難い、それはスピットファイアのものだった。

戦況図を確認すると、スピットファイアの残機がまたたく間に減っていくのが見えた。

 

「スピットファイア!すぐに戻れ!!意識を一番司令部に近い個体に移すんだ!!」

 

「がはっ…うそ…どうして」

 

ノイズと何かが執拗に刺され、肉が飛び散るような音が聞こえた。

明らかな不具合、これは普通ではないと私は確信した。

 

「作戦中止。ハリケーン、近い場所にいる無事なスピットファイアの身体を一体連れて帰投しろ」

 

「で、ですが!それではお姉様は!!まだお姉様は災獣に嬲られていますのに、見捨てるのですか!?」

 

「…命令だ、言う通りにして戻れ…それが多分、最も痛みの少ない選択だ」

 

「…!!、了解…お姉様を連れて帰りますわ」

 

通信が切れると、私はため息を一つ吐いた。

戦況図の上では、ハリケーンの駒が動かないスピットファイアの駒と共にこちらに向かってくるのが見えた。

 

「ハリケーンが着艦の許可を求めています、代理人…代理人?」

 

艦橋要員の女が声をかけるが、代理人に返事はない。

 

「代理人!」

 

「あ、ああ…すまない、許可しろ」

 

「了解…ここは任せて、行ってあげて下さい。そんな状態で居られても迷惑ですから」

 

「そうさせてもらうよ…本当にすまない」

 

私は艦橋を後にし、格納庫へと急いだ。

 

格納庫は既に大騒ぎになっていた。

意識が移行されないスピットファイアの身体が担架に寝かされ、医務室に運ばれようとしていた。

そしてその様を、呆然とハリケーンは眺めていた。

 

「ハリケーン」

 

「あ…」

 

心は運ばれていくスピットファイアに向いているのか、呆けたような返事が返ってきた。

 

「お姉様は…」

 

「…分からない、だが、彼女は多分、何らかの不具合を抱えている…!?」

 

私は胸ぐらを掴まれ、大きく揺すられた。

 

「不具合ってなんですの!?どうしてお姉様を引き止めて下さらなかったのですか!?どうして!?私がお姉様を案じていた事は貴方とて知っていた筈ではありませんの!!」

 

私に食って掛かるハリケーンの目には一杯に涙が貯まっていた。

私は胸が苦しくなるのを感じた。

 

「分かっていた…提案もした…だが、彼女は私達の思いを聞き入れはしなかった…いや、もう聞き入れる余裕すら無かったのかもしれない…引き止める間もなく行ってしまったんだ」

 

そこまで話した時、ハリケーンの手から力が抜けるのを感じた。

我慢していた涙が溢れ出し、掴みかける手は、縋り付く手に変わっていった。

 

「うぅ…ぐす…うわぁぁぁぁぁぁ…お姉様…どうしてこんな馬鹿な真似を…私は…私はそんなに頼りなかったのですか…?そんなにも私は信じてもらえぬ程に未熟なのですか…?私が無力なのがいけないんですの…?」

 

「違う、君は無力じゃない!悪いのは…」

 

私は言いかけた言葉を飲み込んだ。

感情が理性を上回ってしまった、何という失言、何という失態。

 

「いや…誰も悪くなんかないんだ…強引にでも止めなかった私に全ての責任はある…すまない…」

 

「…本当にそう思うなら、どうして貴方の顔はそんなにも怒っているような悲しそうな顔をしているんですの…?」  

 

「それは…」

 

「分かっているんですの…今回の事は、きっとお姉様の失態、お姉様は聞き入れなかったのでしょう?そしてこうなった。きっと、私の事も悪し様に言ったのでしょう」

 

悲しげにハリケーンが言った。

 

「そんなことはない、彼女は…」

 

言葉をハリケーンの手が遮った。

 

「良いんですのよ、お姉様を擁護したい、その御気持ちは、妹分としても嬉しいですの…でも、お姉様は実際にそう言ったのですね…ええ、仕方のない事だと承知しておりますわ」

 

寂しげな表情でハリケーンは言った。

 

「…すまない」

 

「いいんですの代理人…あなたのせいではないと、頭では分かっていたのにこんな事を…」

 

「君は悪くない、誰だって同じようにしていたさ…さぁ、医務室に行こう」

 

ポロポロと涙をこぼすハリケーンの手を引いて、艦の医務室に私達は向かった。

 

船員用の医務室に、彼女は寝かせられていた。

 

「その…容態は?」

 

「DOLLSの事はよく分かりません、が、今の所暴れたり苦しんではいません…その、代理人」

 

「なんだ?」

 

「彼女、大丈夫なんでしょうか…?」

 

軍医が心配そうな顔で問うて来た。

 

「大丈夫だよ、あの子はきっと大丈夫…今回は多分、調子が悪かったんだよ…」

 

「そう、ですよね…きっとそうですよね…それじゃあ私は負傷者の手当がありますので、これで」

 

軍医は心配そうな表情のままにその場を後にした。

 

後には私とハリケーンが残った。

出来る事なんて手を握ってやるくらいだ、でも、私にはそんな事でもいいから、スピットファイアのそばにいてやりたかった。

 

「冷たいな…」

 

「ええ、私達は何時も身一つで空を飛びますから、きっとまだ身体の表面が冷たいままなのでしょう」

 

「…そうか。私はあんな状態の彼女をそんな場所に送ってしまったのだな…」

 

殺してやりたくなる。

やはりあの時無理矢理にでも止めていれば、いや、止めるべきだった、自分は指揮官なのだから、部下の管理も仕事のうちだのなんだと適当に理由を付けてでも止めるべきだった。

 

「そんなに自分を責めないで下さいませ。それに、そんなに強く握りしめては、お姉様の手に傷が付きますわ」

 

見透かしたようなことを言う、そう思って目線を落とすと、無意識に私はスピットファイアの手を跡が残るほど強く握りしめていた。

 

「あ…ごめん…」

 

私は手を離そうとしたが、ハリケーンは制止した。

 

「手は離さないであげてくださいまし、悔しいですが、貴方の話をするお姉様はこころなしか嬉しそうにしていましたから…きっとその方が、今は…」

 

「そう、か…!?」

 

その時、スピットファイアの身体が激しく痙攣した、そして私は彼女の絶叫を聞いた。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

目を限界まで見開き、苦悶の表情で叫び暴れる。

意識を今の身体に移行しても痛みが残り続けているのだろう、おそらく今、彼女は全身を嬲られた痛みの残滓に苦しめられている。

 

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い!」

 

「大丈夫、大丈夫だ!帰ってきたんだ、君はもう安全だ。君を苦しめるものはもうどこにも居ない!!」

 

私は暴れる彼女を抱き締め、耳元でそう言い聞かせた。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁ…ぁあ…?」

 

呆けたように、大粒の涙と痛みでくしゃくしゃになった顔を向けてくる。

 

「帰ってきたんだよ、怖かっただろう、痛かっただろう…もう大丈夫だから、ゆっくり休むんだ」

 

「やす…む…?」

 

「そうだ。もう君は戦わなくていい、戦いから離れるんだ」

 

そう私が伝えると、彼女は項垂れた。

最初は緊張の糸が途切れたんだと思った、でもそれは間違いだったんだ。

 

「なんですかそれ…私は用済みって事ですか…?」

 

「は…?」

 

「私から空を奪うつもりなんですか?もう戦わなくていい?休め?思ったような戦果を出さないからいらないっていうんですか!?」

 

何を言われているのか私には分からなかった、そんな意図で私は話していない。

それに、明らかに彼女は異常だった、それでも私は思いを伝えようとした。

 

「そんな事は一言も言っていない、さっきも言っただろう?君はもうボロボロだ、だから休まなきゃ、いつか本当に…「ボロボロじゃない!!」

 

言葉は遮られ、喉元に剣が突き付けられた。

ハリケーンの悲鳴が響く。

 

「私は疲れてなんかいない壊れてもいない平気なの大丈夫なの、だって私は兵器だから、そんな事はありえないの!」

 

狂ったように捲し立てるスピットファイア。だが私はどうしても黙る訳には行かなかった。

 

いや、黙れなかった。

 

「…じゃあ今日をどう説明するつもりなんだ」

 

「っ!!」

 

突き付けられた剣が弧を描く。彼女にはもう私の言葉は届いていない様だ。

 

「やめて!!」

 

スピットファイアの剣が割り込んだハリケーンに止められる。ギリギリという嫌な音が部屋中に響いた。

 

「何のつもりですか?ハリケーン」

 

「何のつもりもなにもありませんわ!!おかしいですわこんなこと!いつものお姉様に戻ってくださいまし!!」

 

「おかしい?そんな筈ありません。私は兵器、戦う事が正常なのです、その男は私からそれを奪おうとしている。貴女もその男の味方をするのですか?」

 

「そんな!違います!お姉様は兵器なんかじゃありません!!DOLLSはそれだけでないと教えてくださったのはお姉様ではありませんか!!」

 

スピットファイアの形相が変わった。その顔はまさに鬼のそれだった。

 

「うるさい!!黙れ黙れ黙れ!!さえずるな!!」

 

「っ!!」

 

「さぞいい気分でしょうね?私が戦果を落とせば、貴女は称賛される。私のフォローに入れば良き後輩を演じられる…いい気になっているんでしょう?」

 

「何言ってるんですの…?私、そんなこと…」

 

「白々しい、そうやっていい子ぶるんですね、内心バカにしてるくせに」

 

スピットファイアの打ち合う速度、頻度が変わる。

 

「こんな事もできないのか、こんな程度かと!」

 

「くっうぅ…」

 

部屋の隅に押し遣られ、ハリケーンは滅多打ちにされる。

 

「そうやって馬鹿にして、馬鹿にして…よくお姉様等と口に出来たな、汚らしい犬め」

 

「酷い…お姉様…」

 

「うるさいうるさいうるさい!!まだ嘘を突き通すのか!?………ねぇ、ハリケーン」

 

妙に落ち着いた声が響く。その目、顔には最早何の色も映していない。それが言葉を紡いだ。

 

「私ね、あなたの事、大っ嫌いよ」

 

その時、ハリケーンの中でなにかが外れた。

 

気が付けば艤装の安全装置を解除していた。そして、機銃はスピットファイアを捉える。溜まった涙で照準器は見えなかった。ぐちゃぐちゃになった感情と思いが頭を駆け巡り、それに押されるかのように引き金を引いた。

 

ダダダダダッ

 

引き金は弾が尽きるまで引き続けられた。

目の前でスピットファイアが細切れになっていく。

そうして血溜まりと挽肉が飛び散る床が出来上がった時、ハリケーンは機銃を捨てた。

 

「お…ね……ま…」

 

不思議だった、目の前で惨劇が起きたというのに、私は酷く冷静だった。

いや、目の前の事を受け入れることが出来ず、仕事をこなす事で、自分の気持ちを誤魔化そうとしたのかもしれない。

 

「…現時点をもって、一体を除いてスピットファイアは封印する。ああ、そうだ。詳しい検査は後になるが、彼女は無期限の出撃停止だ」

 

啜り泣く声と、無線機に話しかける無機質な私の声だけが部屋に響いた。

廊下から慌ただしく走ってくる音がする、騒ぎを聞き付けた軍医が戻ってきているのだろう。

 

涙が頬を伝った時、私はハリケーンの嘆きの絶叫を聞いた。




道理の合わないこと、辻褄の合わないこと、それらは他人には了解不能な思考でも、当人には筋が通って見えるものなのだ。
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