スピットファイアが目を覚ますと、そこには見知らぬ天井があった。
古い写真で見た、貴族が住んでいる家のような天井。
「ここは…」
起き上がろうとする。だが何かに遮られ、私は起き上がれなかった。
首を下に向けても、特に何かが私を拘束しているわけでもない。ただひたすらに体が重かった。
「な、なんなの!?どうして私はこんな事に…?」
「騒がしい目覚めであるな」
狼狽える私に誰かが答えた。
私は声の方向に首を向けた。
「おはよう、スピットファイア殿。良い夢は見られたかな?」
「零戦…いいえ、最悪よ」
「ふぅン…まぁ、そうであろうな」
零式艦上戦闘機、極東のDOLLSで、堅物と聞いている。
そんな彼女が何故、態々白薔薇の私のそばにいる?
「拙者は其方の監視を命ぜられ、ここに身を置いている。なに、特に警戒する必要はないさ」
「…?とにかくここを出たいのですが」
「出来ぬ相談だな、そのまま何処へ行くつもりかを申してくれれば、吝かでもないが…果たして出来るかな?」
どうやらここから出したくない、いや、私を空に上げたくないようだ。こいつもあの男の手先なのだろう。
「………」
「そう怖い顔をしてくれるな、拙者はただ要件を問うただけだ」
無言で睨んだことは触れずに淡々と告げてくる。
表情は柔らかくも固くもない、しかしさほど警戒もされていない、私にはそう見えた。
「まぁなんだ、話し相手くらいにはなってやろう。さぁ、何でも思う所を述べるが良い」
「……話す事なんてありません」
「おや、嫌われてしまったか…それは残念至極。まぁ当然か、今の其方にとって、拙者は敵であろうからな」
どきっとした。何故分かる?顔になど出していないし、声色にも乗せたつもりはない。
「分からぬか、そうか…おいたわしや…」
何故だか酷く悲しそうにしている、いや、心配されている?
「何か持ってこよう、そろそろ15時になる。茶でも飲んで一息つこう。其方も疲れているようであるし」
そう言って零戦は席を立ち、部屋の外に出ていった。
あとにはスピットファイアのみが残され、部屋には静寂が漂う。
「………」
こんなところで油を売っているわけにはいかない、一刻も早く戦場に戻らなければならない。
自分は兵器であり、それを期待され、今日まで度重なる改造を受けて生きてきた。兵器は戦場になければ、示威に使わないのなら存在意義などない、まだ戦える以上ここにいるわけにはいかない。
「……!」
声は出さなかった、この部屋と零戦のいる部屋はそう遠くない、騒げばすぐに感付かれる。
零戦がさっきまで座っていた椅子の傍らに、彼女の刀が放置されていた。
あれさえ手に出来れば…
「くっ……」
鉛のように重い身体に鞭を打ち、手を伸ばす。
「何しとるんどす?お嬢さん?」
全身から血の気が引いた。ゆっくりと、私は声の方向に顔を向けた。
「怖い顔や、鬼でも宿っとるみたいやなぁ」
張り付いたような笑みが不気味な角の生えた女が立っていた。
多分、ゼロ戦と同じ極東のDOLLSだ。
「改めて聞かせてもらおか、何しとるんどす?お嬢さん?」
依然として女は笑っている、腰の刀に手をやりながら。
こいつを人質に取ってでも出撃を認めさせてやる、私はそう考え、手を伸ばした。
「おいたはあかんなぁ…」
「っ!?」
私は胸ぐらを掴まれて無理やり引き寄せられた。抵抗を試みても、軽くいなされてしまう。
「弱い、弱いなぁ…あんたはんはこんな程度で戦場に戻ろう言うんか?こんなに弱いなら、災獣に犯され嬲られ放題やねぇ?」
ギリギリと締め上げられ、堪らず膝をつく。
依然として女は笑顔のまま、目を細めてこちらを見下ろしている。
「これならあてでも勝てそうやわぁ、ヤーボの癖に、陸を往く戦車に嬲られるんはどんな気分や?」
「あ、ぐぅぅ…や、やめ…」
「やめて?やめてほしいんなら、何しようとしたか教えてもらえんやろか?出来ん言うなら絞め落とすだけや」
「くぅぅ…剣があれば、戦える!」
「馬鹿な女やね」
そのDOLLSの腕に力が入り、私は為すすべもなく意識を飛ばした。
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「良い夢は見られたかな?スピットファイア殿」
「最悪の悪夢よ…」
目が覚めると、そこはまた別の場所だった。
天井は木製、さっきまでベッドで眠っていたのに、今は布団の上にいた。
襖の向こうからは、虫の声が聞こえる。
「ここは拙者の家だ。気に入ってくれたかな?」
「……どういうつもりですか?」
身体はもう拘束されていなかった。
今なら逃げ出す事もできるはずだった。
しかしなぜそんな事を?
「本当はあのままあの洋館で静養の日々を送ってもらうつもりだったのだが、まぁ、お気に召さなかったようなのでな」
「お気に召さない?だからあなたの家にいる?ふざけないで頂戴!私はまだ戦える!私は平気なの!!私の邪魔をするなら味方とて容赦しません!!」
怒鳴り声を上げるスピットファイアだったが、零戦は至って冷静だった。
「そうか、では…御免!!」
スピットファイアの傍らまで寄ると、その手を掴んで投げ飛ばした。
「っ!?」
不意を突かれたスピットファイアはそのまま庭に放り出される。
立ち上がろうとするスピットファイアの股の間に剣が突き刺さった。
「平気というなら、試してみるか?英吉利人」
「思い上がるなよ、黄色い猿がっ!」
スピットファイアは剣を引き抜き、零戦に向かって突っ走る。
零戦はピクリとも動いていない。
勝った、そう思ったその時
「え?」
スピットファイアの手から剣が消えていた。
遠くで聞こえた突き刺さる音。
零戦はやはり動いてなどいない、何故?
「そこまでか…嘆かわしいな」
零戦は剣を捨てて歩み寄ってくる。
スピットファイアは警戒し、身構えるが、あっという間に両手を抑えつけられてしまった。
「っ!!」
「其方にはもはや力など無い。本気を出さずとも簡単に拙者は抑えつけることができる。お休み、お嬢様」
とっ、と首筋を叩かれ、スピットファイアは意識を手放した。
「先程の攻撃、拙者の動きが見えておらなんだな…以前なら気付いたのにな…」
悲しそうにつぶやく零戦の瞳には涙が浮かんでいた。
「お休み、お嬢様、どうか、どうか今は休まれよ…拙者と誰のことを恨もうと、今はそれが願いだ…」
意識のないスピットファイアを寝かし、零戦は寄り添うように眠った。