涙 2
通話を切らずにしばらく悩んでいると、健が少し笑いながら話し始めた。
健 ". . .でもさ"
颯「ん?」
健 "入院したことは分かってるのに、どこの病院かは分からないって、おかしな話だよな。
『入院した』ってのは誰から聞いた情報だよ!って感じだよね"
颯「うん、それだと信憑性がないね。
もしかして嘘なのか...?
それか、健が嘘ついてるかのどっちかだな」
健 "え!?俺嘘ついてないよ!?
ほんとにさっき電話掛かってきたんだって!"
颯「冗談だよ。健が嘘ついてるなんて思ってない」
健 "...あ、あとさ"
颯「うん?」
健 "紬にも言ったことなんだけど、やっぱり先生に相談しない?"
颯「...健も考えてたんだ」
そういえば何ヶ月か前に、律も同じこと言ってたな。
『ムギの事いじめるのをやめるように言う』
『やめなかったら先生に報告して、懲戒処分とか何とかしてもらう』
颯 (怖いけど...やっぱり、やるべきだよな)
頭の片隅にあった、先生にいじめの相談をするという選択肢。
もちろん、先生に相談することで『いじめのエスカレート』という危険があることを忘れたわけではない。
あの時すぐに賛成出来なかったのも、それが一番怖かったからだ。
でも先生には、他の生徒に言わないようお願いするし...
それに今、紬は音信不通だから影響を受けないと思う。
となれば、校内で一番紬のそばにいた僕の身に、危険が及ぶかもしれない。
だからって、目の前の崩壊を黙って見ているのが正解なのだろうか。
そんな事をするくらいなら、わずかな希望を信じて、ぶつかったほうがいい。
今できることは、やるしかないと思う。
『先生に相談』
その実行を健も考えていたと知った今、ものすごく心強い。
颯「...やってみよう」
〜〜〜〜〜〜
颯「――熱?」
さわ子「そう。ちょうど昨日、熱が出たって連絡があったわ」
颯「そうですか」
さわ子「部活の顧問しておられるでしょ?あなた達の先生」
颯「バレー部ですよね」
さわ子「だから本当は今日、部活で学校に来られる予定だったのよね」
颯「...」
担任の先生に、あの事について相談するため、僕達は今学校に来ている。
今日は土曜日。
できるだけ生徒がいない曜日を選んだ。
だが、担任の先生は熱で休んでいるとのこと。
いじめの相談は、紬の担任でもある僕達のクラスの先生にするほうがいいと思ったが、いないとなれば...
さわ子「それで要件は何かしら?
あれば、私から先生に伝えておくわよ」
颯「...ちょっとだけ時間貰ってもいいですか?」スタスタ
さわ子「え、ええ...?」
一旦、僕達は職員室を出て考えることに。
健「...どうする?颯汰」
颯「タイミングとしては今が良いんだよな...俺的には」
健「...でも、担任いないからなぁ」
颯「だって今しかなくない?
できるだけ他の生徒いないほうがいいでしょ。
今日逃したら、一週間後だよ?
...無理して休日を選ばずに平日の放課後とかでも大丈夫そうだけど」
健「まあ、せっかくの休日削って今日こうやって学校来たしな。
何もせずに帰るのは確かに嫌」
颯「だろ?」
健「...あ、そうだ!」
健は何かを閃くと、再び職員室に入った。
僕も健に続いて入室した。
健「...さわ子先生って、軽音部の顧問ですよね?」
颯 (それだ...!)
さわ子「そうだけど...?」
健「...ねえ颯汰。
さわ子先生に相談しない?
紬とよく関わってるし、どちらかというと
さわ子先生のほうが紬の事よく知ってるでしょ」ヒソヒソ
颯「ああ!」ヒソヒソ
さわ子「...何よ〜?」
健「...実は、さわ子先生に相談があるんです」
さわ子「...わ、私?」
健「絶対に誰にも言わないでくださいね...?」
さわ子「な、何よ...
誰にも言えない絶品スイーツがあるって話〜?」
健「...あ、後でプレゼントしますから。
でも、そんなことではありません」
さわ子「...どうしたの?」
健「実は...紬ちゃんが...いじめに遭ってるんです」
さわ子「...」
すると先生は、今までに見たことない真剣な表情で僕を見つめた。
さわ子「...それって、軽音部の子達は知ってるの?」ヒソヒソ
颯「多分、律しか知らないかと。
律も紬本人から聞いたわけじゃないみたいです...」
さわ子「...紬ちゃんをいじめている子って...?」ヒソヒソ
颯「...分からないんです」
さわ子「...ぇ」
颯「...」
さわ子「...あの子」ボソ
少しの間先生は目線を落としたが、すぐに顔を上げた。
さわ子「椎葉さん」
健「...はい?」
さわ子「さっき、誰にも言わないでって言ってたわよね?」
健「はい.....?」
さわ子「...ごめんね、この事は他の先生方には報告しておきたいの」
健「え...先生全員に...ですか?」
さわ子「ええ。
いじめは、先生みんなで情報共有して把握しておくべきことなの」
健「やっぱりそうですよね...」
さわ子「それに、後で気づいた先生が生徒に言ったら、どうなるか分からないでしょう?誰がいじめてるのか分からないなら尚更よ?」
さわ子「でも先生には、生徒にその事を言わないように言っておくから」
さっきまで明るかった先生とは別人かと思わせるほど、今の先生からは焦燥感が伝わってくる。
さわ子「あと、紬ちゃんのお父さんとお母さんにも連絡しておくわね」
颯「え、先生って両親の連絡先知ってるんですか...?」
さわ子「ええ」
健「それはそうじゃない?」
颯「まあ当たり前か...
でも良かったです。これで、紬の発見に少し近づけたんじゃ...」
僕達の方に身体を向けていた先生は机の方に向きを戻すと、机の上の書類を手にして言った。
さわ子「...でも、言われてみればそうね。
最近廊下で会っても、どこか元気が無いというか。
今週も音楽の授業に来てなかったし...」
颯「...」
さわ子「私、何てこと...」ボソ
紬の異変に気づいていたはずなのに、なぜ声をかけてあげなかったのか―――。
先生は自分を責めていた。
少し目を潤わせながらも、先生は話を続けた。
さわ子「...元気な紬ちゃんが戻ってこれるように先生頑張るから、あなた達も何か分かったら教えてちょうだいね」
颯「はい」
健「もちろんです」
すると、横で健が腕時計の時間を確認した。
健「...あ、先生」
さわ子「はい?」
健「そういえば、先生は何で今日学校に来られたんですか?」
さわ子「音楽の小テストの丸付けと、次の小テストの問題を作ってたの。
家だと気が散るから、ここでやってるのよ」
颯 (学生かよ!)
健「大変ですね。
...じゃあ、それ終わったら帰られるんですか?」
さわ子「そうね、あと15分くらいで終わるわね。
...どうしたの?そんなこと聞いて」
健「絶品スイーツ食べるって話だったじゃないですか」
さわ子「あ、そうだったわね」
健「でも、先にお仕事終わらせてくださいね。待ちますんで」
〜〜〜〜〜〜〜
月曜日の放課後、部室にて。
澪「...」
唯「...澪ちゃん」
澪「?」
唯「ムギちゃん大丈夫なのかなぁ」
澪「最近、元気なさそうだよな...ボーッとしてるっていうか」
唯「やっぱり、ムギちゃんと颯汰君の間に何かあったのかな」
澪「どうなんだろ。
...ムギと健が喫茶店に寄って何やら喋ってることが多いけど、それは関係あるのかな」ヒソヒソ
ここ最近のムギちゃんは、私達が部活の練習の合間に話しかけると、窓の外を眺めている事が多い。
普段でも、アスファルトを歩くスズメを観察したり、周りの景色に目を向けていることがあるが...
暗い表情でボーッとしている彼女の耳に、私達の声が届かなかった時は心配になる。
唯「...あ、そーだ!」
澪「?」
唯「ムギちゃんのお誕生日会を開くのはどうかな?」
澪「...お誕生日会?」
唯「うん!やろやろ!」
澪「...いや、ちょっと待て」
唯「...?」
澪「この前やったところじゃないか」
唯「あ、そっか。
ん〜じゃあ、どうすればいいのかな」
澪「...じゃあさ、また皆で遊ばないか?」
唯「...あ!それいい!
遊園地とか行きたいねー!!」
澪「たまには部活休んでさ!」
唯「うん!....」
澪「...」
ムギちゃんの元気を取り戻すための色々な方法を考えていた。
でも、私達の心は不安な気持ちでいっぱい。
テンションを上げようとしても、それをごまかすことは出来なかった。
澪「...唯」
唯「...」
澪「やっぱり私、心配だよ...」
唯「学校休み始めてから、もうすぐ1週間経っちゃうね」
澪「うん。それに、LINEの返事もまだ来ないし...」
唯「このままじゃ、一緒に遊ぶどころか練習もできないね」
澪「...颯汰たちに、ちょっと聞いてみるか」
〜〜〜〜〜〜
翌朝、登校中。
律「――なるほど、だから最近しゃべってなかったんだな」
颯「うん...本当に恥ずかしい理由だよな...」
律「まあ、カップルに喧嘩はつきものだからな。私が言うのもなんだけど」
颯「...」
律「...でも、ムギなら心配ないよ。絶対許してくれる」ヒソヒソ
颯「だったらいいけど...」
律「あの子ったら、颯汰の話になるといつも嬉しそうに話してたんだから」
颯「...」
律「この前だって、颯汰の―――あっ」
口に手を当て、目を丸くした律が一瞬その場で立ち止まった。
律「あっぶねぇ〜」ボソ
颯「俺の...何?」
律「ううん、何でもなーい!
...にしてもムギのやつ、連絡つかないんだよな」
颯「律達もなんだ」
律「うん」
颯「でも...大丈夫だよ」
律は何も言わず、その場で立ち止まった。
僕も律に合わせて立ち止まる。
颯「...さわ子先生に相談したんだ」
不思議そうな表情だった律は、少しホッとした顔で親指を立てた。
〜〜〜〜〜〜
10分後。
スタスタ
悠 (まったく...登校中に忘れ物に気づく癖直さなきゃ)
また教科書を忘れてしまった。
今度は現代文だ。
颯汰の教科書を借りるため、颯汰の教室に来た。
悠 (颯汰いるのかな...?)
いつもより少し早めに学校に着いたから、
まだ来ていないかもしれない。
そーっと教室の中を覗いてみた。
悠 (あ、いるじゃん。
...ん?)
颯汰は教室にいたが、誰かの机の上の何かを払っていた。
ガラガラガラ
悠「おはよう」
颯「お、悠。おはよう」
悠「颯汰の席そこだっけ?」
颯「ううん、ここは紬の席。ホコリ被ってたからさ」
悠「なるほど。
確かに、久しぶりに来て机がホコリだらけだと、放っておかれてる感じで嫌だもんな」
颯「...あ、まだ悠に言ってなかったな。紬のこと」
悠「健から聞いたよ」
颯「あ、ほんと?」
悠「ああ。びっくりしたよ」
颯「そっか」
悠「それと、口外禁止なんだよな?」
颯「うん、頼む」ヒソヒソ
悠「...」
颯汰は一旦自分の席に戻り、自分の教科書を机の中に入れると、再び紬の机へと向かった。
悠「...颯汰」
颯「ん?」
悠「お前...平気なのか?」
颯「...そんなわけ無いだろ」
悠「だよな、ごめん。
健から話聞くまで、颯汰が落ち込んでた事に気づけなかった」
颯「...寂しいに決まってるじゃねえか」
悠「...」
颯「こうやって、紬の机綺麗にしてるけどさ」
颯「紬が来た時のためだけにやってるんじゃないんだ」
悠「...?」
颯「こうやって紬と関わってないと、紬の事どうでもよくなってしまいようで...」
悠「...」
颯「そんなの嫌だし。
だから、悠も協力してほしい」
悠「...ああ」
ガラガラガラ
「おはよう!二人とも」
颯「おはよう」
悠「おはよ」
紬の近くの席に座っていた颯汰は、クラスメイトに挨拶を返すと、立ち上がって俺のもとに来た。
颯「さて本題に戻るけど、俺の教室に来た用件って?」
悠「現代文の教科書を貸してほしい」
颯「ごめん、俺も忘れた」
悠「お前もかよ...」
すると颯汰は俺の肩を持ち、廊下へと歩き出した。
颯「...よし、借りれそうなクラス片っ端から探すぞ〜」
〜〜〜〜〜
昼休み。
私と澪ちゃんは、食堂の列に並んでいた。
唯「あ〜あ。せっかく
澪「今日結構寒いし、今日の夕飯にしても大丈夫だと思うけど」
唯「そうだね!
でも、ごめんね澪ちゃん。忘れてなかったら並ぶ必要なんてなかったのに」
澪「私は大丈夫だよ。
私より憂ちゃんに謝ったほうがいいんじゃないか?」
唯「...はぁ〜、今日の説教は二十秒コースかなぁ...」
澪「それくらい我慢しろ」
唯「ショボーン...
...あれ?」
列の前方を見ると、颯汰君が並んでいた。
唯「颯汰君!」
颯「あれ、唯ちゃんと澪ちゃん。
食堂来るなんて珍しいな」
唯「もしかして、颯汰君もなの??」
颯「何が?」
澪「実は唯、妹が作ってくれた弁当を持ってくるの忘れたみたいなんだ」
颯「気が緩んでる証拠だな〜」
唯「も〜!何も緩んでないよ!
この通り!」ビシッ
颯「あ、いつもか」
唯「...あ!せっかくだし、一緒に食べない?」
颯「部室で?」
唯「うん!」
澪「鍵閉まってるんじゃないか?」
唯「行こうよ!閉まってたらその時考えるから!」
澪 (...出たとこ勝負なヤツだ) ハァ~
唯「...あ」
さっきまで笑顔だった唯は、一瞬で真剣な表情へと変わった。
唯「それと、颯汰君に聞きたい事があってね」
澪「うん」
颯「聞きたい事?」
〜〜〜〜〜〜
部室にて。
唯と澪に連れてこられ、僕は周りに僕達以外の誰もいないことを確かめた。
真剣な表情で聞かれた事は、やっぱり紬の事だった。
紬のいじめのことを話すと、唯と澪だけが知らなかったという事にも二人は驚いていた。
唯と澪は紬のことを信頼しているし、紬も二人のことを信頼している。
そんな二人に、紬のいじめのことを言って事態が悪化するわけがない。
絶対協力してくれると分かっていたはずなのに、犯人が分からないという理由で、二人にも今まで伝えてなかったことを何度も謝った。
颯「―――ごめんなさい」
唯「そ、颯汰君は何も悪くないよ!?
教えてくれてありがとう。(ニコッ)
だから、謝らなくていいんだよ!?」
澪「うん。嫌がらせを受けてるって聞いて、まだ今も信じられないけど...。
でも、謝るのはムギをいじめてる人だよ」
颯「...」
澪「それと、ムギが先週から急に休みだしたのが気になるんだよな。
いじめは1年の時からなんだろ?それとは別の理由があるんじゃないか?」
唯「そうかも」
颯「...この前、喧嘩しちゃってさ」
唯澪「「え!?」」
澪「そうなのか?」
颯「正確には、俺が一方的に怒ったというか...」
唯「...どうして?」
颯「この前の夜、俺ら河川敷で会ったじゃん?」
唯澪「「うん」」
颯「その時紬が健と喫茶店にいるって言ってたから、別れたあの後一人で喫茶店に行ったんだよ」
颯「偶然出てきたあいつらの会話を聞いたら、嫌がらせ受けてるって話聞こえてさ」
僕がそう説明すると、澪は少し考えたあと内容を理解した。
澪「...そういうことか」
唯「...」
颯「何で俺じゃなくて、健に相談したんだよって...」
唯「...なるほど」
颯「あんなこと言ったのが原因なのかな...入院してるだけだと思いたい...」
唯「ムギちゃんの中で何が起こってるんだろう」
澪「...颯汰」
颯「?」
澪「これからのことなんだけど、ムギが無事に学校来れるようになったら―――」
〜〜~~~~
別の日。
近所のスーパーで買い物を済ませ、家に向かっていた。
梓 (これだけあると、自転車じゃ大変だなぁ)
ムギ先輩がひどく苦しんでいるという事は、颯汰先輩から聞いた。
先輩方は驚いていたらしいが、私は颯汰先輩の言うことが一瞬理解できなかった。
つい最近、私はムギ先輩と遊びに行った。
遊び疲れて、帰りの電車で私の肩にもたれて眠るムギ先輩の寝顔は、私に幸せを分け与えてくれた。
そんなムギ先輩を見て、少し羨ましいとまで感じたからだ。
でもその時、不思議に思うことがあった。
私の肩で眠るムギ先輩は、なぜか涙を流していた。
私達が見た映画の最後のシーンを思い出したか、何か夢でも見ているのだろうと思っていた。
だけど颯汰先輩から話を聞いて、その理由がはっきりと分かった。
お互い寄り添えて、安心していたのは私だけじゃなかったみたい。
梓「ああ、キツい」
私の漕ぐ自転車が、上り坂に差し掛かろうとしていた。
荷物を積んだ前カゴがフラフラし始め、怖くなったから降りて押そうとしたその時...
梓「うわーーっ!!」
うまく降りれず、ゆっくりと横転してしまった。
梓 (痛たたた...)
肘を擦りむいてしまった。
誰にも見られてなくて良かった。
梓「はぁ〜...」
袋から出たリンゴを手に取ろうとしたその近くに、一枚の紙切れが落ちていた。
その紙切れは、ところどころ水で濡れたような跡があり、切れ端も水で破れたような感じだ。
梓「...えっ」
その紙切れには『梓ち』の二文字が書かれていた。
梓「梓...ち...?」
見た感じだと、まだ続きがあるみたいだが、あまりにも偶然すぎて少し恐怖を覚えた。
梓 (何で私の名前が...。
いや、名前とは限らない。文章の文字かもしれない。
でもこの漢字、文章の中で使われてるの見たことないしなぁ。
...あっと、いけない)
再び荷物の回収作業に戻ると、後ろから車の音が聞こえてきた。
車の音は私の近くまで来ると止まり、同時に私の名前が呼ばれた。
さわ子「梓ちゃん?」
梓「うぇ!?...先生!」
さわ子「...どうしたの?大丈夫?」
梓「夕飯の材料買って帰ってたところなんですけど、転んじゃいました」
さわ子「それは大変ね。袋は私の車に積みなさい。梓ちゃんの家まで送ってあげるから」
梓「ありがとうございます!」
さわ子「怪我はない?」
梓「...ちょっと擦りむいちゃって」
さわ子「あら...」
さわ子 (どうしよう...車が大きければ、梓ちゃんも自転車も載せることができたんだけど)
さわ子「自転車は押せそう?」
梓「はい、大丈夫です」
さわ子「ごめんね。先に梓ちゃんの家で待ってるからね」
梓「分かりました」
先生が車を走らせるまで、紙切れをずっと握っていた。
気づくと、手汗が滲んでいた。
紙切れを手放すと地面に付いたが、すぐに風に吹かれどこかへと消えていった。
〜〜〜〜〜〜
梓「よいしょ...」
ようやく家に到着した。
自転車を押して帰ってきたから、やっぱり家までの距離がものすごく遠く感じた。
家の駐車場で、さわ子先生は車のトランクから私の買い物袋を取り出していた。
私はその横に自分の自転車を止めた。
梓「すみません、お待たせして」
さわ子「いいのよ、これくらい」
梓「あと、荷物ありがとうございました」
さわ子「どういたしまして」
私がそう言って家の中に入ろうとすると、先生は私を呼び止めた。
さわ子「梓ちゃん」
梓「...はい?」
さわ子「田村さん (颯汰) から、ムギちゃんのこと聞いたかしら?」
梓「...はい、この前に」
さわ子「あらホント?
先生ね、ムギちゃんのご両親にどんな様子なのか連絡して聞いてみたの」
梓「はい」
さわ子「あ、まだ田村さんには会ってないから言ってないんだけど」
梓「...」
さわ子「...家にいるみたいよ」
〜〜〜〜〜〜〜
颯「...本当...ですか?」
さわ子「ええ。
でも、帰りが遅かったり、友達の家に泊まりに行くことが多いみたいね」
颯「...そうなんですか?」
颯 (それなら何で俺達に連絡してくれないんだろう)
颯 (いや、違う...紬はそんなこと絶対しない。
確かに前から連絡はつかないけど...)
颯 (連絡『しない』んじゃなくて、『できない』んじゃないか?)
颯「先生、それって紬の両親から聞いたんですよね?」
さわ子「ええ」
颯 (本人じゃなくて両親だからなぁ...
紬が親に本当のこと言ってない気がするんだよな)
でも、紬が無事で本当に良かった。
紬がいなくなってから今までずっと、気持ちに余裕が無かった。
紬が生きているという報告が聞けて、今本当に泣きそうだ。
さわ子「でもね...」
颯「...?」
さわ子「やっぱり、元気がないらしいわ」
颯「...まあ」
さわ子「学校に来てた時でも、元気がない日はあったけど。
聞いた感じだと、家での様子は学校の時より...ひどいわね」
颯「...そうなんですか」
どのようにひどいのだろう。
紬の姿がずっと見れていない僕は、紬の様子がとても気になって仕方がない。
早く会いたい。
早く会っていろいろ話がしたいが、今日はアルバイトに行かなければならない。
アルバイトが無い日にゆっくり話すことに決めた。