颯「頼む、居てくれ」
あれから数日が経過した。
時刻は午後4時頃。
ちょうど今、紬の家に来たところだ。
もちろん約束はしていない。
颯「...」
インターホンを押した。
数秒すると、中から知らない男性が出てきた。
「どなたでございますか?」
颯「田村颯汰です」
「田村様でございますね。紬お嬢様からお聞きしております」
颯「そうですか」
颯「えっと...あなたが執事の方ですか?」
「はい、申し遅れました。
私、斉藤と申します」
過去に、家には執事がいると紬から聞いたことを思い出した。
斉藤「本日はどのようなご用件でしょうか?」
颯「紬に会いに来ました」
斉藤「左様でございますか。
申し訳ございませんが、紬お嬢様は外出されており、現在こちらにはいらっしゃいません」
颯「そうですか...。
紬様...から何時に帰ってくるか聞いてますか?」
斉藤「いえ、何もおっしゃらず外出されたので、そのような事も何も」
颯 (まじか...今日がチャンスなのに)
斉藤「ささ、中でごゆっくりお過ごしください」
颯「え?は、入れるんですか...?」
斉藤「はい。
紬お嬢様には、颯汰様がおいでになられた際は必ずおもてなしをするよう頼まれていまして」
颯「そ、そうなんですか?
本人がいなくても?」
斉藤「はい」
颯「...じゃあ、少しだけ」
斉藤「かしこまりました。お部屋の方へご案内します」
そう言うと、執事は玄関の扉を両手で開け、僕を迎い入れた。
颯「...おじゃまします」
斉藤「お荷物の方、お借りします」
颯「...あ、ありがとうございます」
家に帰ってすぐ取る行動を全部手伝ってくれるなんて、嬉しいけど変な気分だ。
斉藤「履物をご用意しますので、今しばらくお待ち下さい」
颯「は...はい」
スリッパのことかな?
僕は普段そんなの使わないが、床を見るとホコリ一つも落ちていなく、とてもピカピカしている。
確かにここでは履かないと汚してしまいそう。
颯 (リビングに入るだけでこんなにも時間がかかるとは)
颯「...?」
少し離れたところに置かれている大きな水槽が目に入った。
颯 (何飼ってるんだろう)
近づいて見てみた。
颯 (金魚かな?)
水槽のカバーにはプレートが取り付けられていて、金魚の名前と日付らしきものが刻まれていた。
颯「『ソウちゃん』...?」
颯「『2012年8月17日』...もしかして――」
この名前と日付を見ると、僕の中にある懐かしい記憶がよみがえった。
颯 (俺と一緒にすくった金魚、今でも大切に育てていて、こんなにも大きくなったんだな)
斉藤「颯汰様、お待たせ致しました」
僕が水槽を覗き、近づく金魚を見つめていると、執事が新しいものと思われるスリッパを持ってきた。
斉藤「お茶の準備ができました。どうぞお入りください」
颯「失礼します」
〜〜〜〜〜
颯「このお茶本当に美味しいです」
執事「ありがとうございます。
そちらのお茶はハーブティーでございます。
実は最近、紬お嬢様はハーブの栽培に熱中されており、そちらも紬お嬢様が自身で栽培されたものでございます」
颯「へぇ〜、そうなんですか!
...もしかして、普段琴吹家さんが飲んでるお茶って、栽培するところから作ってるんですか!?」
斉藤「いえ、栽培からではございません」
颯「ですよね。びっくりした」
斉藤「...先程申し上げましたように、こちらも紬お嬢様からのお願いでして」
颯「?」
執事はそう言うと立ち上がり、キッチンの大きな収納スペースから何かを取り出した。
颯「おお、すごい量ですね!」
執事「ハーブはこちらで保管しているのですが、管理されているのはもちろん紬お嬢様で、私が手にすることは滅多にございません」
颯「え、じゃあそこを開けているのはマズいんじゃないですか...?」
執事「いえ、紬お嬢様が外出されている際に颯汰様がおいでになられた、という場合は私が提供させていただきます」
颯「そうなんですか。
それだとそのハーブ、あまり出番が無いように思えるんですけど、どこかの店に持っていったりしてるんですか?
琴吹家さんは普段このハーブティー飲まないし」
執事「それが...お店の商品としての提供は行っておりません」
颯「...え?僕らのためってこと...ですか?」
執事「はい」
颯「え〜〜...マジですか...」
颯 (...これは今度、ドデカいお返ししないとな)
颯 (それにしても、紬はやっぱり面倒見るのが好きなんだ。毎日かどうかは知らないけど、俺が部活に顔を出した時は必ずお茶出してくれたし、金魚もそうだし)
紬の家をお邪魔し、お茶を飲み始めてから30分が経過した。
窓辺には夕日が差し込んでいた。
颯 (あ、こうしてちゃいられないんだった)
颯「すみません、今日はこの辺で帰ります。どうしても紬に会いたいので」タタッ
執事「は、はい。かしこまりました」
僕は玄関の扉を急いで開けると、外へと飛び出した。
〜~~~~~
颯「はぁ...はぁ...」
颯 (どこにいるんだ...?)
紬の居場所を探し始めてから1時間くらい経っているだろう。
紬の家の付近から、コンビニやスーパー、レストラン、ブティック―――。
いろいろな店を手当たり次第に回り続け、気が付くと街に出ていた。
颯 (紬の両親が仕事から帰ってくるのを待つほうが良かったのかな...)
颯 (暗くなってきたな...。
今日がダメだと、次のチャンスはいつになるんだ...)
息を切らしながら探し続ける僕は、時折走っては早歩き、走っては早歩き、を繰り返していた。
颯 (...うっ...怖っ)
さらに歩き続けると突然、空気の変化を感じた。
僕は、いつの間にか路地裏を歩いていた。
冷静な判断が出来ず、全くいる気配のない路地裏を歩いていたのは、心の中が少しずつ焦り始めているからだろう。
颯 (こんな所に来るわけ無いじゃないか。もっと紬が行きそうな場所で探さないと...)
少し落ち着きを取り戻し、急いで路地裏を抜けると交差点に出た。
人々が足早に横断歩道を渡る中、僕は周りをキョロキョロしながら走っていた。
すると、目の前から人が歩いてきていた。
ドン!!
颯「...す、すみません!」
「どこ見て歩いてるんだよ」
颯「ごめんなさい...」
僕はぶつかった相手に頭を下げた。
颯「...!」
顔をあげると、少し遠くに健がいることに気付いた。
健も僕に気づいたらしく、こちらを見つめていた。
颯 (あ、健!...そうだ!) ダッ
僕はすぐに健の元へと駆け寄った。
颯「健!!」
健「今誰かとぶつかって謝ってただろ!」
颯「そうだけど、今それどころじゃないんだ」
健「...?」
颯「今、紬を探しててさ」
健「...紬...?
ち、近くにいるのか?」
颯「いや、分からない。
でも、さっき紬の家に行ったんだけど、インターホン押したら中から執事が出てきて『紬は外出中』だって」
健「ほんとかよ!?」
颯「だから一緒に探そう」
健「ああ!
だけど、手分けして探さないか?」
颯「そうしよう」
健「見つけたら電話するから。逆に颯汰が見つけたら俺に掛けてきて」
颯「分かった」
〜~~~~~
健と手分けして探し始めてから10分が経過し、結構暗くなっている。
携帯で時間を確認すると、もうすぐ18時を回ろうとしていた。
まだこの時間だから歩いている人は沢山いるけど、顔の識別が出来なくなってきているのが問題だ。
颯 (喉が乾いてきたし、お茶でも買うか)
自販機の前で財布を取り出そうとしたその時...
プルルル
颯 (た、健か?見つかったのか!?)
携帯を見ると健からではなく、アルバイト先の先輩からだった。
颯「何だよ〜...こんな時に」
渋々、電話に出た。
颯「あ、お疲れ様です」
"ごめんね颯汰さん!
いきなりで本当に申し訳ないんだけど、今からシフト入ってもらうことって出来るかな?"
颯「今から...ですか?」
"うん。今日18時から入ってた子が来れなくなっちゃってね"
颯「18時...もうすぐじゃないですか」
"うん、ごめんね。その子にはちゃんと怒っておいたから"
『急に連絡してくるなよ』と言いたかったが、聞いた感じだと、連絡が遅れたのは元々シフトが入ってた子のほうだから言わないことにした。
颯 (それにしても、今日はこれ以上探しても見つかりそうにないしなぁ)
颯「...分かりました、今すぐ向かいます」
"本当!?ありがとう!!そんなに急がなくていいからね!
もちろん給料も割増しておくね"
今日はもう探すのをやめ、アルバイト先へ向かうことに決めたことを健に伝えておく。
颯「...もしもし、健?」
健 "...そ、颯汰!見つかったのか??"
颯「ごめん、違うんだ」
健 "な、何だ..."
颯「今さっき、アルバイト先の先輩から電話かかってきてさ。
今からシフト入ってた人が休んだから、代わりに入ってくれって召集かかったんだ」
健 "そっか...まあいいや。
俺この後も探すから、颯汰はアルバイト行ってきな!
効率は下がるけど、颯汰の分も頑張るから心配するなよ!"
颯「うん、ありがとう。
悪いけど頼んだ」
〜〜〜〜〜〜
健 (この辺りだったかな...)
颯汰との電話が終わると、すぐに捜索を再開した。
僕は紬ちゃんがよく行く場所なんて全然知らない。
だから、過去に僕が紬ちゃんと会った場所の近くをメインに探している。
でもこの調子だと、日をまたぐような気がする。
健 (色んな人に聞いていくか)
〜〜〜〜〜〜
健「すみません」
「はい?」
健「この辺りで、金髪でロングヘアーの女性を見かけませんでしたか?」
「いや、見てないですね」
健「そうですか、ありがとうございます」
――――――
健「――見かけませんでした?」
「う~ん...金髪の人は見たけど、ロングだったかなぁ。
そこまで長くなかった気がします」
健「そうですか...」
健 (惜しいなぁ。でも一応聞いておくか)
健「どこに行きました?」
「あっちです」
その人は大通りを指差していた。
健「なるほど、ありがとうございます」
健 (後で大通りの方も探しに行くか)
――――――
健「――見かけました?」
「あ、少し前に見ましたよ」
健「え、ホントですか!?どこに行きました?」
「そこの細い道に入っていきましたよ。急いでる感じだったし、駅へ向かってるんだと思います」
健「おお!ありがとうございます!」ダッ
教えてくれた人が指差した道は通りにくそうで面倒臭そうな雰囲気が漂っているが、僕は迷わず通ることにした。
さっきの人が言ってた『少し前』がどれくらい前なのかは分からないけど、それほど経っていないだろう。
健 (...あっ、あれかな!?紬ちゃん)
しばらく走っていると、少し先で細い道をちょうど抜けた女性が見えてきた。
その女性の後ろ姿は、みるみる近くなってくる。
しかし...
健 「...ん?」
僕も細い道を抜け出し、女性との距離が数メートルまで近づいた時、後ろ姿に違和感を感じた。
健 (...何かが、違う...?)
後ろ姿は確かに紬に似ているが...。
健 (歩き方も微妙に違うような...)
街なかで見かけた、信号待ちの紬の、あの―――。
健 (でも、最近全然会ってなかったんだし...)
だ、抱きしめたくなるような、優しい雰囲気は感じられなかったが...
健 (というか、ここまで来ておいて引き返すなんて事は出来ないな)
勇気を出して...いや、あの時のように、声をかけてみよう。
健「...紬ちゃん?」
「...はい?」
健「――――――!!!」
女性が振り向いたと同時に、遠くでサイレンの音が鳴り響いていた。