週末が明け、今は月曜日の朝。
紬「...」
健「あ、紬ちゃーん!」
振り向くと、後ろに健君がいた。
紬「...健君!」
紬「今日、颯汰君は学校に来れると思う...?」
健「来るよ!」
紬「ほんと?」
健「うん、さっき連絡あったんだ、ほら」
健君が見せてくれたスマホの画面には、颯汰君のLINEのメッセージが表示されていた。
"今日学校行くよー"
紬「本当だ...じゃあ今日、誘ってみようかな」
健「どこか遊びに行くの?」
紬「ううん。颯汰君ケガしちゃって、途中で病院行ったでしょ?」
健「うん」
紬「それで私達の演奏まだ聴けてないから、聴いてもらおうかなって」
健「なるほどね」
健「...颯汰一人で、軽音部の演奏を一人占めするのか~。贅沢すぎるだろ」
紬「ううん、演奏するの私だけなの」
健「あ、そうなんだ...!」
紬「うん!」
健「...成功させなきゃ、承知しないからな!」
〜〜〜〜〜〜〜〜
ガラガラガラ...
健「おは――」
紬「まだ誰も来てないんだね」
健「まあ、いつもよりちょっと早いもんな」
健「...あっ、そうだ。宿題まだ途中だったんだ」
~~~~~
健「...」zzz
健君は宿題するのを忘れたためか、教科書とノートを机に広げていたが、いつの間にかそれらを枕にして、机に伏せて寝ている。
暇な私は、教室の出入口をボーッと見つめている。
すると、扉の向こうから誰かが入ってきた。
紬「あ、颯汰君!」スタスタ
颯「...おはよう~」
紬「腕、大丈夫!?」
颯「ああ...何とか」
健「...ぁぁ...お、颯汰!」
颯「2人とも...特に紬。迷惑かけてごめん」
紬「...」
颯「...?」
紬「ずるいよ...。私に格好良いとこ、みせるだけみせて...」
颯「いやいや、俺も聴きたかったんだよ!?紬の歌、すっごく楽しみにしてたよ!」
颯「でも、俺が怪我なんかするから...!」
颯汰君、すごく自分のことを責めてる...フォローしなきゃ。
紬「...う、嘘よ!気にしないで。颯汰君のその怪我で、すごく想いが伝わってきたから...わ、私は十分よ...?」
紬 (...えっと、私が颯汰君に言うべき事ってコレだった?)
颯「そ、そう...なんだ...」
紬「...」
颯「...いや、やっぱりそれで終わるのはイヤだ」
紬「...えっ?」
颯「ていうか、俺は十分じゃないし!!」
紬「...」
颯「あのさ」
紬「うん...?」
颯「今日の放課後、演奏してくれない...?紬の演奏を聴きたい!」
紬「あっ...」
そうだった...!
何で忘れちゃったんだろう。
私の方から言いたかった。
もっと言えば、この案は自分が思いつくべきだったと思うけど...。
颯「あと、演奏者は紬オンリーを希望します!」
紬「...も、もちろんよ」
紬 (私の言うべきこと、全部言われちゃった...)
健「...あ、そうだ。颯汰の右腕はいつ頃治るんだ?」
颯「えっと、11月の下旬...かな~。それくらいに、この包帯外すと思う」
健「...大変だな。利き手だもんな」
颯「今思えば、本当にやらかしたなぁ...」
健「左手で字書けるの?」
颯「無理」
健「...だろうな。じゃあ、ノートは横の子に書いてもらうしかないんじゃない?」
颯「...はぁ。申し訳ねえ」
健「...あ、そういえば1時間目の数学、席替えだよね?」
颯「あ、そうだったな!」
颯「それに、くじ引きで決めるんだよな?
頼む!横に紬が来てくれ!」
健「なんで?」
颯「紬なら、俺のかわりにノート写してくれる...よね?」
紬「うん、いいよ!」
颯「ありがとう~!それに、紬が書く字は丁寧だから読みやすいんだよ」
健「颯汰の字は古代文字だもんな」
颯「うるせ」
~~~~~~~
朝のショートホームルームが終わり、1時間目が始まっていた。
颯「マジか~...」
俺の隣は、想定外の律だった。
律は一番右の列の後方、俺はその一つ左。
紬は一番左前の席に移動した。
紬とは、遠く離れてしまった。
健のやつ、紬の一つ後ろの席かよ!
律「感謝しろ!ムギほどじゃないけど、私も字は綺麗なほうだからな」
颯「隣が律とか、俺のテストは欠点間違いなしだな」
律「何だよそれ!私、授業中はそんなに喋んないから!」
律「..つーか、そんなこと言うなら書いてやらないぞ~?それでもいいのかな~...?」
颯「ごめん!それだけは勘弁してくれ」
「...そこ!静かにしてよー?」
颯「はいすいません!!」
律「...プププ〜!田村君が怒られてる〜!」ヒソヒソ
颯「他人事じゃねぇぞ〜」ヒソヒソ
~~~~~~~
キーンコーン...
颯「やっと1日が終わった~」
今日の全ての授業が終わり、今は帰りのショートホームルーム中。
颯 (とにかく疲れた...けど...)
言い方おかしいけど、骨折期間1日目を過ごしてみて、良かったこと――。
それは、俺がこんな状況なだけあって、周りのクラスメートが親切に接してくれたことだ。
もちろん、こんな経験は始めてだし、自分が偉い人になったような気分になれた。
...というより、介護されているような気分だった。
「終わるけど、その前に配布しなきゃいけないプリントあるから座ってー」
これから帰るところだと言うのに...
律「...」zzz
律が寝ていること自体は、別に問題ないが...
律に貸した俺のノートが全然返ってこない。
律の下敷きになっている俺のノートを無理やり取ってみる。
俺のノートに書かれた、律の文章は途中で止まっており、その続きは、暗号のようになっていた。
颯 (結局、自分で書く羽目になるのかよ!...てか今、左で書いてるのに意外と綺麗に書けるし...)
律「...?」
颯「やっと起きたか」
唯「ぐっすり寝てたね~、律ちゃん」
律「...あれ、唯がいる...?」
放課後になってから5分ほど経った今、律は目を覚まし、座ったままゆっくりと身体を起こした。
律「私寝てたのか...あ、すまん颯汰。ノート途中で止まってたよな」
颯「唯ちゃん聞いて!ひどいよこの子!
朝あれだけ字が綺麗だとか言っておいて、ちょっとしか書いてくれなかった。6時間目に関しては全く書いてない」
律「ちょっと書いたじゃん!」
颯「まぁ、いいや」
律「...てか、今見てた夢に颯汰が出てきた」
颯「...どんな夢?」
律「えっと~...私と颯汰は、同じ会社で働いてて」
颯「うん」
律「オフィス勤務で、隣に座っていた颯汰が『やっと1日が終わった~!今日は定時で帰れる!』って喜んでたな。そこで目が覚めた」
颯「...よくわからない夢だな」
紬「夢って、そういうこと多いよね」
颯「...あ、そういえば俺さっき『やっと1日が終わった~』って言ってたわ!」
紬「じゃあ、その声が律ちゃんの夢の中に移ったのかな?」
唯「...夢って、なんだか面白いね~」
律「ああ、面白いよな。悪夢以外は」
唯 (...なぬ!?律ちゃんらしからぬ発言!)
律「...って、澪と梓は?部室にいるのか?」
唯「そうだよ~!全く、律ちゃんが寝るからだよ」
律「...わりい。急いで準備するから」
部室にて。
練習を少しだけして、今はティータイム。
唯「さっき言ってた律ちゃんの夢、正夢かもしれないよ~!」
律「だったら面白いな~!」
律「...あ、こんな話してて気になってきたんだけどさ~」
律「颯汰って将来どんな仕事しようとか考えてるの~?」
唯「そういえば、まだ聞いてなかったね」
颯「う~~ん...
...まだちゃんと考えてなかったなぁ」
唯「やっぱ颯汰君もか~、分かんないよね~」
颯「自分の将来のことだから、しっかり考えなきゃいけないんだけどなぁ...」
唯「大人になって働いてる自分が想像できないっていうか~」
颯「俺もそうなんだよ~」
澪「自分が何になりたいか分からなくても、何がしたいかは考えておかないとな」
律「う~ん」
~~~~~~~~~
律「真面目に進路を考えたの久しぶりだから、ちょっと疲れたな...」
澪「私も。ホントはもうちょっとだけ練習したいけど、今日はいいや」
唯「何言ってるの澪ちゃん?今日は20分も練習したんだよ??十分だよ!」
紬「...」
梓「あ、先輩方すみません!今から家の用事があって帰らなきゃいけないので、お先に失礼します」
唯「はいよ~」
ガチャ
律「...ま、私達も帰るんだけどね」
唯「よいしょっと...ギー太、帰るよ~」ゴソゴソ
澪「あ、唯。その前にカップの片付けだろ?」
唯「分かってるよ~」
颯「ううん、いいよ。俺が片付けるから、皆は先帰っといて。疲れてるでしょ?」
澪「右腕折れてるのに、大丈夫なのか...?」
颯「平気だよ。でも、割っちゃったら大変だから、紬と一緒に片付けるよ」
澪「...ムギ、良いのか?」
紬「大丈夫よ、気にしないで~」
澪「悪いなムギ」
唯「ありがとう~!」
律「じゃあお言葉に甘えて、帰るか~」
健「...」zzz
律「...健くーん、帰りま~すよ~」
健「...」zzz
律「全くこの子は...っしょっと」
律「片付け任せてごめんね。それじゃ」
ガチャ
健君は「皆の練習をBGMにして寝る」と言い、ソファーで座ったまま寝始めた。
それ以来一度も起きなかった。
律ちゃんは、そんな健君を抱えて、今部室外へと出た。
〜〜〜〜〜
颯「...ごめんな、ホントは片付けたいんだけど」
紬「大丈夫よ。座っててね」
紬「...手伝おうとしてくれて、ありがとうね」
颯汰君が「片付けは僕がやる」と言って皆を帰らせたのは、皆の負担を減らすためだけではない。
二人の空間を作るためでもあった。
そのことは、もちろん皆もわかっている。
周りの了承を得て、二人きりになれたのは良い。
だけど、どこからか誰かに見られてるような気がして、颯汰君との会話に集中しづらい...。
でも、そんなの気にしてる場合じゃない...何としてでも成功させなきゃ...。
さっきまで賑やかだった部室は、いつの間にか静かになっていた。
颯 (まだかな~...)
紬「おまたせ~、今片付いたわ~。準備するね」
颯 (おっ、始まる...!)
今になってすごく緊張してきた。
黙って演奏を聴くだけなのに...。
紬は、ソファーに座っている僕の前にキーボードを置いた。
紬「それじゃあ...」
紬「...」♪
颯 (おおっ...すごい...)
紬はキーボードを弾き始めた。
キーボードに目線を落としつつ、時折僕の目を見る。
自分でもわからないが、目が合うと反射的に目を逸らしたくなってしまう...。
でも、目を逸らしたりなんかしない。
もう二度とこんな時間が来ない気がするから。
この目に焼き付けておこう。
紬「頭の中想いでいっぱい」
そっと歌い始める。
紬「溢れそうなのちょっと心配」
この空間を優しく包むように。
それでいて、力強く...。
紬「とりあえずヘッドホンでふさごう」
初めて聴く歌なのに、どこかで聴いたことあるような気がする。
紬「いきなり!チャンス到来
偶然同じ帰り道」
ふと、紬に言われたあの言葉を思い出した。
紬「ふくらむ 胸の風船
急に足が 宙に浮くの」
"親近感が湧いてきて...つい"
紬「上昇気流に乗って」
あの言葉を放った紬の声の雰囲気を、今でも鮮明に覚えている。
紬「飛んでいっちゃえ 君のもとへ
私のぴゅあぴゅあはーと」
それに、僕の目の前で歌っているはずなのに...。
紬「受け止めてくれるなら恐くはないの」
僕と紬の間に、見えない壁のようなものが存在するように感じる...。
紬「この気持ちが 大気圏 越えたとき」
颯 (あ...)
紬「君は見えなくなってた」
いつの間にか、僕の目には涙が浮かんでいた。
紬「道の向こう側 あい Don't mind」
すごくいい曲�なのに...すごく切ない。
~~~~~~~~~~~~~
颯「いや~本当に凄いよ~!」パチパチ
紬「ありがとう~」
泣いていることを紬に気付かれないように、俯いて目を擦った。
颯「...俺もちょっと弾いてみていい?」
紬「いいよ~」
僕がキーボードの前に立つと、紬は何やらキーボードについているボタンを押した。
颯「『ド』ってここだったよな」
紬「うん」
試しに、鍵盤のドを弾いてみる。
颯「ん?...お、すごい!何この音!」♪
想像していたのと違う音色が出た。
なんか、おもろい。
颯「さっきの、すごい演奏の後に弾く曲じゃないけど...」
颯「...」♪
もちろん僕は、誰でも弾けるあの曲を弾いてみた。
だって、それしか弾けないんだもん。
颯「なんか...ごめん」
紬は苦笑いしている。
颯「...なんかこのピアノ、俺の知ってるピアノじゃないな。よく分からんボタンがいっぱい」
紬「そうなの。そのボタンで音色を変えたりできるのよ」
颯「すご!最先端だな!」
颯「そういえば、音楽の授業で分からなかったんだけど、ピアノの『コード』って何?」
颯 (授業寝てたから分からなかった、なんて言えない...)
紬「『コード』というのは『和音』のことでね、複数の音が組合わさったものを『コード』というの!例えば、こんなのとか」♪
颯「おー!綺麗な音だな!」
紬「こんなのも」♪
颯「...なんか、変な音だな」
紬「そうね。こんな感じで、コードの種類は沢山あるわ」
颯「うーん...覚えるの大変だなぁ」
紬「ちょっと練習してみる?」
颯「え、いいの?なら、やりたい!」
それから、少しだけコードを教わった。
指が何度もつりそうになって、すごく難しかったけど、ピアノって楽しいな。
上手に、それに簡単そうに弾く紬は、今まで相当な量の練習をしてきたんだなぁ。
〜〜〜〜
颯「いや~、今日は楽しかったな。紬の演奏聴けたし、音楽の授業無料で受けれたし!」
颯「...紬、ありがとうな」
紬「ううん、こちらこそありがとうね」
今日二度目の
夕焼けの空の色が、ロマンチックな雰囲気を醸し出しているように感じる。
颯「...紬って、将来何になろうとか考えてる?」
紬「私は保育士を考えているよ」
颯「...詳しく聞いてもいい?」
紬「うん」
紬「...私はね、何かを成功するために、ひたむきに頑張る人が好きなの」
紬「そんな人を見守って応援したい...」
颯「...」
紬「子どもって何もかもが初めてで、成長する時だから、どんなことにも一生懸命だと思うの」
紬「だから、ちゃんと向き合って関わりたいって思うわ」
紬「時には大変なこともあると思うけど―――」
紬は少しの間うつむいたが、すぐに顔をあげ、笑顔で言った。
紬「...子どもって、ホントに癒されるよね~。私、子ども大好き~」
颯「ああ、可愛いよな~」
紬は立派な夢があるんだな...
他人事みたいになっちゃうけど―――。
颯「頑張ってな」
紬「うん、頑張るわぁ!」
颯「...」
颯 (き、きつい...)
紬「...あっ!ごめん、私持つわね」
颯汰君が左手に、重そうなカバンを提げていることに今更気付いた。
颯「え、持ってくれるの...?」
紬「うん」
颯「まじか、ありがとう~!助かるよ~」
紬「どういたしまして~...よいしょっ!」
カバンを持とうとしたとき、一瞬だけ颯汰君の手にふれ、少しドキッとしてしまった。
紬「結構...重たかったんだね」
颯「今日は体操服の他に、裁縫道具も入ってるよ」
紬「そうなんだ...あれ?今日は体育の授業無かったよね?」
颯「うん、一応持ってきたんだ。もしもの為にね」
紬「そうなんだ」
颯「そしたら偶然、悠が借りに来たんだよ!」
紬「そんなことあるんだ!持って来てて良かったね~」
紬「...それと、裁縫道具も持って帰るの?」
颯「うん、授業内に終われなかったから家帰ってやるん...あっ―――」
颯「...こんな腕じゃ出来ねえじゃん!」
紬「本当だ...」
紬「じゃあ、私手伝ってもいい...?」
颯「まじ?助かる~」
颯「あっ、でも明日学校あるしな...」
紬「まあ今日じゃなくても、裁縫の提出の締め切りは来週の火曜日だし、今度の土曜日に手伝ってもいいかな?」
颯「本当にありがとう。じゃあ、土曜日俺の家に来て~」
紬「うん、わかったわ」
~~~
健「見て、あの二人」
唯「本当仲良しだね~、カップルみたい」
健「...いや、カップルだよ?」
唯「...あ、そうだった!」
梓「...あの、何でコソコソしてるんですか?」
律「颯汰とムギが一緒に帰ってるの、見てみたかったんだ!」
梓「後をつけて大丈夫なんですか...?」
律「バレなきゃ大丈夫!」
梓「えぇ~...」
律「というか、ホントは梓も乗り気なんだろ~?先に退出して、空気を読んでる感出してたじゃん!」
梓「そ、そんなことないですよ?」
唯「しーーっ!2人に気付かれちゃうよ!」
俺は今、軽音部の人と一緒に帰っている。
前を歩くカップルを見つめながら。
今日は、唯ちゃんや澪ちゃん、梓ちゃんも一緒だ。
梓ちゃんは「用事があるから」と、先に帰る素振りを見せたが、実は用事は無く、後に合流した。
そんなことする必要は無い気がしたが、言わないでおく。
律「ムギのやつ、私達に向ける笑顔とは少し違う笑顔してるっ...!」
澪「ホントだ...」
梓「最近はムギ先輩の口から、よく颯汰先輩の名前がよく出ますもんね」
唯「そうだね、楽しそう!」
澪「じゃ、じゃあ...」
唯律「...?」
澪「もう、キ...キスとかしたのかな...?」
梓「澪先輩...」
唯「う~ん、どうだろう...」
律「いや、恥ずかしいなら言うなよ...」