機動戦士ガンダム 青のプロヴィンギア   作:紅乃 晴@小説アカ

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第十話 降りくる影

 

 

 

ソラリスの地平線は見回す限り海だ。

 

ステイトという海上での生活圏を築き上げたとは言っても、惑星の表面95%が水で満たされている星で海に出てしまえば、数百あるステイトなど砂漠にある一粒の砂に過ぎない。

 

乗り込んでいるステイト・ステップの航路は順調で、今はサウス・マーケット・ステイトの管理下にある領海線間際まで近づきつつあった。

 

そこまで到達してもまだ目的地のステイトは見えてこない。

 

船の甲板から足を投げ出しているリークは、足をぶらぶらと揺らしながら穏やかなソラリスを眺める。

 

穏やかな海だ。

 

眼下ではステイト・ステップに搭載された作業用MDが船底に粘り着く寄生貝類を引っ剥がす作業が行われていて、時折酸素の泡と一緒に浮上してくるのが見えた。

 

ステイト間を行き来する船舶には、必ず作業用MDが載せられている。その役目は船底に付着した寄生物の排除や、船の修理に使われているが、巨大な海棲生物が船に手を出してきた際の防衛機構という意味合いもある。

 

現に、リークの愛機であるMDもガンダムの隣に乗せられている。MDはソラリスの海洋生活を送る上でなくてはならない存在だった。

 

 

「先日のような化け物が住んでいるなんて、想像もできないな」

 

 

ガンダムの全天周囲型のコクピットに乗り込んでいるシャアに、リークは声をかけた。

 

開け放たれたコクピットの中で、機体のデータバンク内に見つけた機体マニュアルに目を通していたシャアは、昨日にメガロ・ステイトを襲撃した化け物、レビアタンのこと、そしてその化け物を本で見た時の記憶を思い返す。

 

 

「じいさんが言っていた。海には宇宙のような星々の道標がない。深くなればなるほど光はなくなって、人はその闇に恐れを抱かずにはいられないって」

 

 

穏やかな海とは言っても、ソラリスの海は危険が多い。ステイト間を移動する船の海難事故は後を絶たないし、漁をしている漁業組合はもっとひどい。ソラリスの周りにある衛星の周期によって潮の満ち引きもあるし、大しけでステイトが洪水に見舞われることもある。

 

ソラリスの海の脅威によって命を落とす人々は、普通に生活して寿命を迎える人々よりも圧倒的に多いのだ。

 

 

「たしかに恐怖はあるが……同時に夢があると俺は思うよ」

 

 

リークはそう言って、足を投げ出した先にあるソラリスの海を見つめた。海は表面は青く、そして深くなるほどに青黒くなってゆく。

 

吸い込まれそうな青さに恐ろしさは確かに感じるが、その先にある神秘へ目を向ける力を人は持っていると思えた。

 

 

「人は未知の世界に足を踏み出し、そこで多くの発見と進歩をしてきた。同時に愚かな真似もしたがな」

 

 

たとえば人類の半分を死に至らしめた戦争だとか。たとえば隕石を落とした愚行だとか。人は神になれると思った誰かのせいで多くの人が死んでしまうこともあったし、未知の力に縋って間違ったこともある。

 

歴史はその過ちを淡々と語りかけてくる。

人の過ちを。人の愚かさも。

 

 

「だが苦難に立って、間違って、その身には重すぎる傷を負っても、背負いきれない罪に押し潰されそうになっても、人は立ち上がって、再び未知へと挑んだ」

 

 

立ち上がって、空を見上げて、宇宙を目指して、その先へ。人は少しずつ前に進んで、生活圏を広げて、踏み入れていないフロンティアに挑み続けた。

 

海の底に恐怖する。宇宙の深淵に恐怖する。その気持ちを乗り越えて、人は歩みを続けてきたのだから。

 

 

「そうやって、俺たちのご先祖さまはこの星に辿り着いたんだからな。だったら、その未知への恐怖に足踏みするなんて馬鹿馬鹿しいだろう?」

 

 

ソラリスで生きる人々は、この惑星の過酷な環境に恐怖はすれど、挫折や諦めはしていない。考えて、工夫して、この環境で生き続ける道を選んできたのだから。

 

それこそが人が人ざる強さだと感じられた。

 

 

「……そうだな」

 

 

シャアもリークの言葉を聞いて頷く。海を見る。確かにこの深い海は神秘と秘密に満ち溢れていて、それに前に恐怖して足踏みをしているなんて馬鹿馬鹿しいと思えた。

 

立ち塞がる脅威に怖じけて、前に進めなくなるくらいなら、それを打ち倒してでも前に進むべきだと。

 

 

 

《デッカード隊長》

 

 

甲板でダラリとしていたリークに艦内の隊員から通信が届いた。インカム越しに話を聞くリークはその報告に顔をしかめる。

 

 

「なに?漁業組合の潜水艇が浮上して近づいてきている?」

 

 

その言葉と同時だった。ステイト・ステップから30メートルほど離れた海面があぶきだして、酸素の渦から巨大な潜水艦が浮上したのだ。

 

ざわつくステイト・ステップの甲板の上で、ガンダムのコクピットから見ていたシャアは小さくつぶやく。

 

 

「ホエール・サブマリン号……?」

 

《突然の接触に失礼する。こちらはホエール・サブマリン号艦長、カーディス・レインバーである》

 

 

広域の通信で入ってきた声は、シャアが出稼ぎで所属していた漁業組合の潜水艦、ホエール・サブマリン号からの声だった。

 

カーディス・レインバー艦長は厳格な声でセキュリティが保有するステイト・ステップへと発した。

 

 

《そちらが不当に拘束するシャア・レインはホエール・サブマリン号に所属する漁業組合員であり、本ステイトへの不当送還は組合側としては……》

 

「まてまてまて!こちらはステイト・セキュリティのリーク・デッカードだ!」

 

 

慌てて応じたリーク。その後ろでは、シートをマントのように被ったままガンダムが立ち上がった。

 

 

「カーディス艦長!」

 

《シャア!無事か?お前はこちらの稼ぎ頭だ。セキュリティに不当逮捕なんてさせられるものか!》

 

「待ってくれ!こちらは不当逮捕などしてない!保護だよ、保護!」

 

《セキュリティの戯言など信じられるわけが……》

 

 

サウス・マーケット・ステイトでも漁業組合はリークの所属するステイト・セキュリティの面々から嫌がらせを受けていた。カーディス自身、先日の漁の売り上げの大半を中抜きで引っこ抜かれたばかりだったので、リークの言葉などまるで信用できなかった。

 

困ったように言葉をあぐねるリークを見て、シャアはガンダム越しにホエール・サブマリンへ通信を試みた。

 

 

「艦長、ありがとうございます。しかし、これには訳が……」

 

《内容はおおよそ、お前の幼馴染から聞かされている。所属不明のMDに乗って海の化け物をやったのだろう?》

 

 

シャアがステイト・セキュリティに捕まった、彼がメガロ・ステイトを守ってくれたのに。そう言って連絡してきた彼の幼馴染であるアニス・ブルームのことを伝えると、シャアは頭を抱えたくなった。

 

自分の幼馴染は何かと心配性で、何かあるとすぐに誰かに言う癖があった。そんなことを今更思い出して、シャアは内心でうんざりしたのだ。

 

 

「アニスが連絡したのか……まったく、状況をややこしくして」

 

《そう言ってやるな、お前を心配してくれるいい子じゃないか》

 

《艦長もでしょ?サブマリン号のテスト航海をするってステイト海領の受付に怒鳴り込んで航海権をもぎ取ったんだから……っていってぇ!》

 

 

後ろからそう告げ口をしたイーサンの声が、痛みでくぐもった。余計なことを言った彼にゲンコツを落としたのは漁夫長だった。

 

 

《バカ!こういうことは黙ってやるのが海の男ってやつだろうが!》

 

《殴ることはないでしょ!?》

 

 

ぎゃあぎゃあと喚き始める通信を聴きながら、リークは少しおかしそうに笑って、ガンダムを見上げた。

 

 

「賑やかな仲間たちだな」

 

「自慢の仲間だよ、リーク」

 

 

シャアの言葉は嘘偽りはなく、本心だった。

 

 

《セキュリティのリーク・デッカード。そちらはそのままサウス・マーケット・ステイトに入港するのか?》

 

 

騒ぎ始めた乗組員を一喝したカーディスから改めて聞かれ、リークは通信を取り直した。

 

 

「その件については、シャア・レインの処遇についてもこちらとしても相談したいことが……」

 

「待ってくれ、レーダーがなにかを掴んだ」

 

 

リークとカーディスの声を遮ったシャアは、ガンダムのコンソールに備わるレーダーをじっと見ていた。

 

自分たちが乗るステイト・フラップ。

仲間達が乗るホエール・サブマリン。

 

その大きな船影のほかに、高速でこちらに近づいてくる三つの信号があった。

 

 

「海じゃない。上から来るぞ」

 

 

すぐにその影は電子機器から現実世界へと切り替わった。水平線の向こうから三つの影が現れる。

 

影の正体は、飛行ユニットである「フライテール」と、それに乗ったMSの姿だった。

 

 

「フライテール?なぜコロニーの機体がここにいる」

 

 

リークは突如として現れたその影に疑念を抱いた。ホエール・サブマリンとステイト・ステップの頭上を通過した3機のフライテールとMSは、ぐるりと旋回してこちらを見下ろす形で上空を飛び回っている。

 

 

 

「リーク、あれはコロニーの機体……ロックしてきた!?」

 

 

ガンダムのコクピット内が、レーザーロックを受けているアラームを鳴り響かせる。シャアはすぐにコクピットシートに座ってハッチを閉じた。

 

 

「アルテイシア様、あれが例の機体です」

 

 

ガンダムや船の上を旋回するフライテール、それに乗るドゥン・ポー。侍女のロザエの言葉に、アルテイシアはグッと手袋を引っ張って指の感覚を研ぎ澄ました。

 

 

「分かっています。あれがステンシー卿が望むガンダム…だけど、負けはしない!」

 

 

構えたビームライフルは、ステイト・ステップを沈没させない程度に威力を制限している。ガンダムが抵抗する前にアルテイシア達は、あの機体を抑える必要がった。

 

だからこそと、アルテイシアの乗るドゥン・ポーは緑色の両眼を光らせる。

 

 

「このドゥン・ポーはガンダムと同じ顔をしているのだから!!」

 

 

空気を焼くような独特な音が響いたと同時に、ドゥン・ポーからビームが放たれる。その一閃はガンダムが羽織るマントのようなシートの一部を焼き切って、ステイト・ステップのすぐ脇の海面に着弾する。

 

凄まじい蒸発と水柱で船は揺れ、作業着やリークは船の上をまともに歩けていなかった。

 

 

「なんだアイツら……見境なく攻撃なんて!」

 

 

ここにいては船がビームにさらされる。直感的に判断したシャアの思考に追従するように、ガンダムは虹色の燐光をエンジンから放出して空へと飛び上がった。

 

 

「ガンダムは空を飛ぶか!!」

 

「リーク!船の中に隠れていろ!相手の目的は明らかにガンダムだ!」

 

「シャア!深追いするな!その機体は危険だ!」

 

 

手すりにしがみついて言うリークの言葉に答える間も無く、ドゥン・ポーのビームがガンダムへと放たれた。ぐるりと機体を横へ回転させてビームを避けながら、現れたフライテールに乗るMSにシャアは驚愕する。

 

 

「正気か!?」

 

「正気でガンダムを奪えるかい!!」

 

 

迎え撃ったロザエはガンダムをロックしたまま引き金を引く。ミノフスキー粒子なんてものはない。海上にいれば問答無用でロックされるのだ。

 

だが、シャアは再びエンジンの出力を上げて放たれたビームを次々と避けていく。

 

虹色の燐光を放つエンジンは出力が落ちることなく、グングンとガンダムを前に押し出していた。

 

 

《シャア!その機体は飛べるのか?》

 

「わからない!けど、推力はMDのような酸素じゃない。なにか…もっと別の力で動いている!」

 

 

同僚のイーサンの問いかけに丁寧に答える暇などなかった。飛行手段を乗り込んだフライテールに頼るドゥン・ポーとは違ってガンダムは単独で空を飛び続けている。

 

だが、相手のビームライフルのロックから逃れられる訳ではない。もう一機、モノアイ顔のドゥン・ポーがロザエの加勢に加わろうとした時、その隙をついてシャアはソラリスの海へと飛び込んだ。

 

 

 

「海に潜るソラリスのアウトポストめ!この機体はまだ海中に適応できてない!!」

 

「ロザエ!ドゥン・ポーでシー・スペースは無理です。奴も海から上がって来なければこちらを攻撃できない!」

 

 

苛立つロザエを冷静にさせたアルテイシアの言葉は間違ってはいなかったが、正しくもなかった。基本的なMDに搭載される武器の性質上、海中から海面にいる対象物に攻撃を仕掛けることはできない。

 

だが、ガンダムのビームライフルはそれを凌駕していた。

 

海の中で姿勢を整えたシャアは、予測したデータに従って海上にいる敵へビームライフルの狙いを定めた。

 

 

「外した!?」

 

 

放った瞬間、シャアは相手が避けたことをすぐに理解する。ビームの光が海面から上に立ち上り、ロザエの乗っていたフライテールの翼端を焼き落とす。しかし、飛行機能を奪うまでは出来なかった。

 

 

「海からでも届く出力なのか、ガンダムのビームライフルは!」

 

 

驚愕に染まるロザエの眼下で、白波の水柱が立ち上った。ガンダムが海の中から出てきたのか?

 

 

「どこだ、ガンダム!後ろ!?がっ!!」

 

 

海中から飛び上がってきたガンダムは、ロザエの後ろにいたのだ。凄まじい機動性で回り込まれたロザエのドゥン・ポーを、シャアはエンジンのパワーにモノを言わせて押し出してゆく。

 

 

「このままサウス・ステイトの外に押し出す!!」

 

「アウトポストの寄生虫が……馴れ馴れしく私に触れるな!!」

 

 

接触回線で聞こえた憎悪に満ちたロザエの声に、シャアは困惑する。なんなんだ、この相手は?その一瞬の隙に、アルテイシアが割ってはいった。

 

 

「ロザエ!助けます!!」

 

「アルテイシア様!?」

 

 

アルテイシアはドゥン・ポーの腰に備わるビームサーベルを引き抜き、ロザエの後ろにまとわりつくガンダムへと切り掛かる。それに応じるようにシャアもガンダムのビームサーベルを取り出して迎え撃った。

 

ビーム同士の干渉波で照らされた敵MSの顔を見てシャアは驚愕する。

 

 

「この機体もガンダムと同じ顔をしているのか!?」

 

「私もガンダムに乗っています。その機体が特別なのだと思わないでもらいたい!!」

 

 

その日。

 

ソラリスの空で150年振りとなるMS同士の空中戦が繰り広げられるのだった。

 

 

 

 

 





プロヴィンギアのお話は地球連邦やジオンといった組織ではなく、もっと人間的な組織関係となっています(組織というのも怪しい)

イメージとモデルにしたのは、武士と農民、または上級武士と下級武士のような関係で、機嫌が悪ければ斬られるし、金品奪われるような上下関係がソラリスでは根付いています。

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