機動戦士ガンダム 青のプロヴィンギア 作:紅乃 晴@小説アカ
「……カーディス艦長!!みんな!!」
通信が切れノイズしか流れてこない音声通信に呼びかける。帰ってくるのは変わらない音だけで、隣のステイト・ステップに乗るリークが手すりから海面を見たがホエール・サブマリン号は瞬時に爆散していた。乗組員の生存は絶望的だった。
「わ、私が……殺したの……?あの潜水艦に乗る人間を……」
アルテイシアは、震える手で顔を覆いたくなる衝動に襲われていた。バイザーに手袋が当たって顔を覆うことができない。
彼女はホエール・サブマリン号が爆散した瞬間まで接触回線で船の中の声を聞いていた。もちろん、爆発によって吹き飛び、消え去った命も、その一瞬の痛みに上がった乗組員たちの断末魔の悲鳴も。
「…や、やったなぁ……ッ!!」
気がつくとシャアはフットペダルを押し込んでいた。フライテールに乗って爆散した潜水艦の残骸を前に放心するアルテイシアのドゥン・ポーへ出力に任せた勢いでぶつかり吹き飛ばす。
「アルテイシア様!」
片腕を失った敵がビームサーベルを掲げてシャアとアルテイシアの間に割って入る。だが、それは単にシャアの怒りに油を注ぐだけだった。
「どけよ、貴様はぁ!」
ビームライフルを向けて慟哭を上げたシャアは、その引き金を引いた。放たれたガンダムのビームは襲いかかってきていた敵のドゥン・ポーのコクピットを貫き、一瞬にして機体の胴体の大半を消しとばす。
しばらく火花が帯電したのち、ビームサーベルの柄を掲げたままのドゥン・ポーは爆散した。
「ブロンズ!?一撃でやられたのか……!?コロニーの最新鋭機でいるはずのドゥン・ポーが!」
あまりにも呆気ない味方の撃破に驚愕するロザエを尻目に、シャアは吹き飛んだアルテイシアを追い詰めていく。
「逃すものかよ!!」
「フ、フライテールのエンジンが!?」
頭部のバルカンでエンジンを撃ち抜かれたフライテールは徐々に高度を落としていた。
海面に飛行ユニットが叩きつけられる前に残った推進剤で飛び上がるアルテイシアの機体に、シャアは容赦なく追撃を与える。
「よくも……よくもホエール・サブマリンをやってくれたな!!」
引き抜いたビームサーベルの刃を同じビームで受けるアルテイシアに、シャアは怒りと憎悪の感覚を真っ向からぶつけた。
「な、なにを……」
PCPUは脳波をダイレクトに、データとして受け止め、MSに反映されるシステムだ。
そして機能は逆も然り。機体のシステムが感じた強い脳波を逆流させ、パイロットのイメージに結びつける副作用が、アルテイシアにシャアの強烈な怒りと憎悪を刻み込んだ。
「俺は降伏すると言った。ガンダムを引き渡すと……なのに、貴様は殺したんだ!俺の仲間達を!!」
流れ込んでくる仲間たちへの想い。その乗組員たちの断末魔の悲鳴。嵐のようなイメージの中、湧き上がる怒りは明確な形となってアルテイシアに恐怖を植え付ける。
「貴様だけは、絶対に許さない!!」
「ひっ…!?逃げ…がはっ!?」
下から打ち上げられたガンダムの膝蹴りによる衝撃に、アルテイシアの体は固定されているはずなのにふわりと浮かび上がって、コンソールに頭を叩きつけられた。
今度はマニピュレータによる殴打を頭部に受ける。ガンダムの象徴であるV字のアンテナは折れて、ツインカメラの片方が殴打の影響で歪み、破壊されてゆく。
「ビームで人を殺すことは、海で死ぬことよりも酷いことなんだぞ!!」
「出力負けをしているの!?同じガンダムの顔のはずなのに!!」
ガンダムの顔をしているはずなのに。そんな言い分はもう通用しなかった。脳裏に刻まれたホエール・サブマリン号の乗組員の断末魔の悲鳴と、シャアから発せられる明確な怒りは、アルテイシアの闘争心を無意識のうちに打ち砕いていた。
「ここで報いを受け入れろ!!」
トドメと振り下ろされたビームサーベル。咄嗟にドゥン・ポーの腕部を犠牲に致命傷を避けたが、アルテイシアの機体にもはや飛ぶ力など残っていなかった。
「ぎゃ、逆噴射!!うぅっ…!?」
なけなしのスラスターで逆噴射し、海面にぶつかってバラバラになるようなことは防いでみせたが、海に落ちたドゥン・ポーに海中での活動機能は存在しない。
「ガンダムに負けるなんて!!み、水が!?」
歪んだフレームや、コクピットの隙間から水が吹き出す。ゴボッ、と水があぶいてアルテイシアを乗せたドゥン・ポーは少しずつソラリスの海に沈もうとしていた。
僅かに残ったサブモニターを見て、アルテイシアは戦慄する。
頭上からこちらを見下ろすガンダムが、ビームライフルの銃口をこちらに向けていたのだ。
海水が満ちてゆくコクピットの中で、それを見たアルテイシアが何を思ったのか。
その答えなど、どうでもいい。
シャアが引き金を引こうとした瞬間、ステイト・ステップにいるリークから通信が入った。
《シャア!戻れ!ステイト・セキュリティが来るぞ!!》
レーダーを確認する。ガンダムの索敵範囲内にはサウス・マーケット・ステイトから出てきた数隻のセキュリティの艦艇の影が映っていた。
「止めるな、リーク!」
《いくら俺でも暴れ回るお前は擁護できん!!引き際だと言っているのだ!!》
「こいつは俺の仲間達を!!」
《聞き分けをしろ!シャア!!……シピロンの漁業組合から通信?》
拒否するシャアを尻目に、割って入った通信に応じたリークは、向こうの要件を聞き終えて小さく息を整えてからシャアに語りかけた。
《シャア、シピロンの艦長が保護を申し出てくれている。ここからサウスのステイトに入港するのは無理だ》
ホエール・サブマリン号と同行であるシピロン・スパロウ号は、その一連の流れをつぶさに観察していたようだった。
艦長いわく、おなじ漁業組合の中で抜きん出た漁獲量を誇るホエール・サブマリン号の後をつけていたらしいが、ステイト側の機体にサブマリン号が破壊されたのを見て、シャアとガンダムを保護すると提案してきたのだ。
リークとしても、ここまで騒ぎが大きくなってしまった以上、ガンダムとシャアを庇いきることができないと自覚していた。
もちろん、コロニー側のMSがやったことは悪虐非道で許し難いことではあったが、シャアも「一機のMS」と「そのパイロット」を確実に殺害してしまったのだ。
そんか重罪人をセキュリティが見過ごすわけにはいかない。故に、シャアが逃げれる道筋を確保したのだ。
《シャア!!》
リークの呼びかけを静かに聞いていたシャアは、ビームライフルを下ろして息を吐いた。さっきまで浮かんでいたドゥン・ポーはもう海へと沈んでいた。
「そっちに……戻るよ……」
できれば、そのまま沈んでホエール・サブマリン号の敵討ちになっていてくれ。
そんな一方的な期待だけかけて、シャアは機体を翻してリークから送られた海域へと向かってゆく。
遠ざかってゆく虹色の燐光を見つめながら、ただ一人無傷で残ったロザエは期待はずれ、といったふうに肩を落とす。
「なんだ、引いていくのか……アルテイシア様」
アルテイシアとの通信を試みるロザエだが、ソラリスの海の影響で通信どころか沈んだドゥン・ポーの発信源すら微弱だ。あの海は深度100Mを超えると複雑に入り組んだ海流が姿を表す。その前に引き上げられなかったらアルテイシアの命はないだろう。
もっとも海に対応できていない今のドゥン・ポーで彼女がどこまで耐えれるのか、という前提があるが。それでも、ロザエにとってアルテイシアをここで死なせるには状況が悪すぎる。
「機体を引き上げろ!こんなところでコロニーの最新鋭機を失うわけにはいかないのだからな!」
遅れて到着したサウス・マーケット・ステイトのセキュリティたちに指示を出しながら、ロザエは釣り糸のように海面に突き刺さるワイヤーを眺めていた。本来なら、あのアルテイシアの父に目をかけてもらい後妻にでも収まるつもりであったが……。そんなドス黒い思惑を忍ばせながら、ロザエは静かに引き上げられるアルテイシアの機体を見下ろした。
(所詮は、仮面を被っても小娘ということか)
仮面の底が知れたな。
海水を滴らせながら引き上げられたボロボロのドゥン・ポーを眺めながら、ヘルメットを脱いだロザエは塩気と汗でごわついた波風に踊らせるのだった。