機動戦士ガンダム 青のプロヴィンギア 作:紅乃 晴@小説アカ
シピロン・スパロウ号に保護され、セキュリティの人間であるリークと別れたシャアは極秘裏にサウス・マーケット・ステイトに入港した。
規制線の前に入港できたのは幸いだった。漁業組合の秘密ドッグの近海はセキュリティの警備網やMDでごった返していて、入出港しようとする船舶や潜水艦は軒並み検閲の対象となってしまっていた。
ホエール・サブマリン号の沈没。
連日流れるコロニーの新型MSが撃墜されたニュースよりも、古兵であった漁師たちの命が失われたことのほうが漁業組合やステイトの住人たちの中では重要であり、突然の訃報だった。
シピロンのロレーニ・べサーラ艦長や漁業組合の尽力のもと、沈没事件の翌日の夜には簡易的な葬儀が執り行われる運びとなった。
セキュリティの検閲を避けるために漁業組合の所有する多目的ホールで行われた葬儀には多くの参列者が訪れた。
彼らが祈りを向ける数多くの棺。その中にホエール・サブマリン号の乗組員の遺体は無い。
コロニー側のMSが放ったビームは、船の主導力部と転換機構の中枢部に直撃し、飽和した水蒸気による爆発と圧壊によって船は粉々に砕け散った。乗組員の肉体もろとも。
観測していたシピロンの艦長から、少なくとも苦しまずに逝けたことが救いだったと苦しげな声で慰められたが、それが救いになるわけでは無い。
ポタリ。
水の一雫が落ちるような音が聞こえた気がした。
振り返ってみると、そこには棺の前に立つ女の子がいた。父の名だけが刻まれた空っぽの入れ物の前にいる少女は、黒い正装に身を包んで静かに涙を流す母の手をしっかりと握っている。
少女はぬいぐるみを抱きしめながら何かを堪えているように見えたが、その我慢はすぐに崩れ去った。
「お父さん…次の漁が終わったら帰ってくるって言ってたもん…!」
その少女は、ホエール・サブマリン号のMDたちをまとめていた漁夫長の遺族だったと後で知った。母が静かにさせようと少女を抱きしめたが、とてもじゃないが掛ける言葉が見つからなかった。
彼女たちからすれば、ホエール・サブマリン号は長期漁ではなく船のテストのために沖合に出ただけで、その日のうちに家族が帰ってくるはずだった。
心構えも、予感もなく、一瞬で最愛の人たちを失った。
その事実を受け入れる余裕も与えられずに、現実を直視しなければならない場に足を運んだ彼らになんと言えばいいのか、分からなかった。
「お父さん…なんで…帰ってきてくれないの…!いやだよ…海に行かないで…お父さん…お父さん……!」
それを最後に大声を上げて泣き始めた少女。毅然としていた母も堪えきれずに空っぽの棺に縋りついて声を殺して涙を流していた。
何を思えばいいのか分からない。
何を言葉にすればいいのか分からない。
どす黒く渦巻く自分の中にある感情の正体もわからないまま、その光景を見続けているシャアは静かに拳を握りしめる。
その手からは血が滲み出ていて、ポタリと血に落ちてゆくのだった。
▼
「ガンダムのパイロット……シャア・レインね」
ソラリスの海に沈んでいたアルテイシアを回収したプロヴィンギアのMS隊は三機中、一機撃墜、一機中破という散々たる戦果を引き下げて、ガンダムが出現したと言うメガロ・ステイトへと上陸を果たしていた。
撃墜されたドゥン・ポーはどうにもならないが、アルテイシアの機体は幸いにも修復可能で現在、コロニーから降りてきた技師たちは、ステイト・セキュリティの設備を使って機体の修復に取り掛かっている。
ガンダムの資料を眺めるロザエの機体は無傷であったが、宇宙、空戦用の外装が取り外され、共にコロニーから降ろされた海中用の外装へと換装が進められている。
ドゥン・ポーは外装を換装する必要はあるものの、宇宙、空域、海中に対応できるオールマイティな機体だ。現存するセキュリティのMDとは開発コンセプトが根本的に異なっている上に、MS同士の戦闘を前提にした機体でもある。
もっとも、ガンダムの出力が予想外すぎて安易に手を出したアルテイシアは痛いほどのしっぺ返しを食らっているが。
医療ルームに運び込まれた仮面の少女のことを思い返しながら、ロザエは再びガンダムに関する調査資料を見た。
パイロット……なんの因果でガンダムなんてものに乗ることになってしまったのか知らないが素性がわかっている以上、手の打ちようはいくらでもある。サウス・マーケット・ステイトを含む全ステイトで指名手配も掛かっている。
漁業組合の所属というのが難儀ではあるが、彼が捕まりガンダムがこちらに渡るのも時間の問題だろう。
「さて、助かったよ。アニス・ブルームさん」
まとまった調書と報告書を置いたロザエは、セキュリティの任意同行と言う名の連行に従ってくれたアニスににこやかな顔で言った。
彼女はシャア・レインの幼馴染であると同時に、シャアがどうやってガンダムを手に入れたかという経緯を知る人物でもある。
彼女からもたらされた情報は面白いほどにこちらが求めるものと合致しいて、ロザエはアニスがいない所で思わず高笑いをしてしまったほどだ。
「それで……そのガンダムという機体をお返しすれば……シャアは無事に解放されるんですよね?」
「ああ、その通りだ。私たちが責任を持って彼をこのステイトに送り届けよう」
嘘だ、とロザエは本気で与太話を信じるアニスを心中でなじる。シャアは経緯はどうであれ、コロニーのインポスト側の人間の行動を邪魔し、あろうことかパイロットを一人殺害しているのだ。
ソラリスに住み着くアウトポストの人間が暴力を振るうだけで重罪だと言うのに、人を殺している以上、待っているのは裁判なしの公開処刑だ。
だが、ロザエはその確定された未来をアニスに伝えない。考えがあったからだ。
「君は父の仕事の手伝いでMDには精通しているのかな?」
「ええ……人並みに操縦することはできます」
結構。そう言ってロザエは微笑む。
「我々としてもシャア・レインを保護したいが、彼が乗る機体はあまりにも危険だ。彼を落ち着かせる人を探している」
「わ、私が!シャアを説得すればいいのですね?」
「話が早くて助かるよ」
臨時的な措置ではあるが、彼女には「ステイト・セキュリティ」、強いてはアルテイシア隊に編入する形を取ると決めていた。
無論、口上で交わした言葉は全て出鱈目であり、ロザエの目的はアニスを人質にシャアにガンダムを引き渡すよう命令をするためだった。
ガンダムのパイロットが人命に価値観を揺さぶられるという点は、あの薄汚い潜水艦を沈めた段階で分かっている。
なるば、身近な彼女を人質にさえとって仕舞えば簡単な話だ。捕まえてさえしまえば、あとは好きに料理ができる。目の前の少女もその時に一緒に〝処理〟してしまえばいい。
セキュリティの契約書に電子サインをするアニスの姿を眺めながら、ロザエはほくそ笑むのだった。