機動戦士ガンダム 青のプロヴィンギア   作:紅乃 晴@小説アカ

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第十四話 海の世界で

 

 

 

助けてくれ!

 

あつい……体が焼ける……!

 

嫌だ!俺はまだ死にたくないんだ!

 

子供たちに会いたい……。

 

 

うめく様な声が響き、あたりから断末魔の悲鳴が聞こえる。冷たい水に晒され、体が冷えてゆく。

 

かじかんで感覚すら無くなった手を伸ばす。体が勝手に、陽の輪郭が揺らめく海面に向かっていった。

 

海の上で炎が揺れている。

 

バラバラになった船の残骸が浮かんで、多くの人の形をした黒い塊が炎に包まれている。

 

途端、海面に出ていた自分の足を何かが引っ張った。

 

海の底から伸びてきたいくつもの手が、私の体を海底へと沈めようとしてくる。

 

思い出したかの様に海水が肺に入り、息ができなくなった。溺れてしまう。助けを求めて手を空に伸ばした。

 

そして見上げた空には、ビームライフルを構えた〝ガンダム〟が浮かんでいた。

 

 

〝貴様だけは、絶対に許さない!!〟

 

 

はっきりと覚えている思念。

 

海底に連れてゆかれる私の意識を貫く。

 

同時に放たれた光が手足を燃やして、やがて私と言う存在そのものを焼却していく……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ!!」

 

 

跳ね上がる様にアルテイシアは起き上がった。

 

マスクを外されて医療用のベッドに横たわっていた彼女は、夢の中の息苦しさを思い出して思わず咳き込んだ。

 

深く息を吸って吐くということを繰り返し、ゆらりとベッドに横たわる。

 

汗が気持ち悪い。べったりと張り付いた病院着を肌から剥がす。あの戦闘の後、ああいう夢を見る様になった。

 

いくつもの思念と断末魔。死体と炎。そして空に浮かぶガンダム。

 

鮮明に蘇った悪夢の記憶に身が凍えそうになる。意識を失う前に感じ取ったガンダムからの〝絶対に許さない〟という思念を思い出した。あれほどの怒りと憎悪に満ちた感情など初めてで、アルテイシアの心は戸惑うばかりだった。

 

 

「アルテイシア様」

 

 

ノックで確認をとり入室してきたのは、侍女であるロザエだった。

 

アルテイシアの素顔を見せられるのもロザエにだけ。彼女は侍女である同時に友達であり、家族であり、かけがえのない人だ。

 

彼女からの報告を受けたアルテイシアは疲れたように息をついた。

 

 

「お疲れの様子ですね。ソラリスの海水は体に堪えましたか?」

 

「十二分に休みました。あの程度の海水では私は死にません。けれど……ありがとうロザエ」

 

 

父から授けられた家柄と金と地位。それと引き換えに自分の名前と顔を失った。

 

アルテイシアは、サイドテーブルに無造作に置かれるマスクを手に取って眺める。父の言いつけでマスクを被り続けているのだから、いつか父が自分を認めてくれて、褒めてくれるのだと彼女は信じていたのだ。

 

 

「ベンジャミン様もアルテイシア様のご活躍を心から願っていますよ」

 

「ロザエ……」

 

「貴女とあの方はご家族なのですから、相手を思いやるのは当然なんですよ」

 

 

そう言って彼女は微笑み、アルテイシアの滑らかな頭髪を撫でる。

 

昔からロザエはそうやってアルテイシアを落ち着かせていた。地位が上がるにつれて増える慣れない公務や郊外での査察。

 

当主の娘と会うこともあって不満が溜まりがちなアルテイシアを甘やかすロザエにいつしか彼女は遠い昔に無くした〝母〟というビジョンを見出していたのかもしれない。

 

 

(……貴女にはまだ働いてもらわないと困りますもの。私とベンジャミン様の願いのために)

 

 

アルテイシアという仮面すら保てなくなった少女をロザエは見下ろす。

 

優しげな顔。それとはかけ離れたどす黒い思惑。

 

そんなものを自分の侍女が抱いていることなど、アルテイシアには分かるはずもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ホエール・サブマリン号の乗組員、25名。

 

肉体も何も無い彼らを象った棺はステイトの伝統に従い水葬となった。

 

ソラリスの海に降ろされる幾つもの棺桶。それを見送った親族たちが海に手向けの花を投げ入れて葬儀は終了した。

 

海をしばらく眺めては一人、また一人と親族が去って行き、最後まで残っていた漁夫長の家族も海を一瞥してこの場を去っていった。

 

 

「……組合から慰労金で相当額が家族に入るらしい。金の心配はせずに、あっちでゆっくり過ごせよ、イーサン、レオニール」

 

 

誰もいなくなった景色の中で、ソラリスの海にそっとそんなことを呟く。

 

漁業組合は人情と義で成り立つ組織だ。彼らの手腕は手早く、船と共に海に散った彼らの遺族には手厚い補償と見舞金が送られることになっている。

 

お調子者のイーサン。

冷静沈着なレオニール。

 

二人はいい仲間だった。

 

同じ出稼ぎの人間であったし、MDの操縦でも効率のいい追い込みをどうすれば掛けれるか、3人でよく話し合いをしていた。

 

そこに艦長や他のMD乗り、しまいには漁夫長も加わって気がつけば酒が入った面子がお祭り騒ぎを起こしていた、なんてことも今となっては思い出でしかない。

 

何もかもが終わって、変わってしまった。

 

唯一の生き残りである自分自身も、今じゃ各ステイトに指名手配されるお尋ね者。

 

逮捕される理由なんていくらでもでっち上げられる。おそらくはガンダムを手に入れるためのコロニー側の策略に過ぎない。

 

一人でステイトをほっつき歩けば、半日も立たない内に強制収容所か、絞首刑に処させるだろう。

 

 

「サブマリン号のパイロット」

 

 

ふと、後ろから声をかけられた。

 

振り返るとシピロンの艦長、ロレーニ・べサーラが立っていて、彼は手に持っていた花を海に投げ入れ哀悼を捧げてから口を開いた。

 

 

「カーディスのやつとは腐れ縁だった。元はやつと同じ船の作業員だったんだ」

 

 

一流の漁師となるために技を盗み見、過酷な漁業をこなす日々の中でロレーニはカーディスと時に助け合った。

 

職人気質な漁師に説教された時はお互いを身代わりし合いながらも、共に苦難を乗り越え、いつしか自分の船を手にすることができるところまで成長できた。

 

ロレーニは共にやっていこうカーディスを誘ったが彼はそれを断わったという。その話はシャアも漁夫長から少し齧った程度で聞いていた。

 

カーディスと彼が腐れ縁だということは知っているが、自分の身柄をなぜ保護したのか?とシャアが問いかける。するとべサーラは肩を少し上げて答えた。

 

 

「やつとは持ちつ持たれつ。こんな世界だ。セキュリティの横暴も前はもっと酷かった。俺たちは生きていくために必死だったんだ」

 

 

売り上げの中抜きなんて当たり前。ひどい時は検閲なんて称しながら船の中を荒らし回って金品などの代物を接収だと言って奪い取ってゆく。そんなことが日常茶飯事だった。

 

 

「……漁の後に、セキュリティに俺たちの情報を売った謝罪がそれだというのですか?」

 

 

シャアの声がほんの少し低くなった。

 

祖父の訃報を聞く前。

 

ホエール・サブマリン号が過去最高に近い漁獲量を卸した際に、セキュリティに売り上げの大半を中抜きされる出来事があった。

 

セキュリティをこちらに仕向けたのはシピロンだとサブマリン号の誰もが怒っていたが、不思議とカーディス艦長は「仕方ないさ」と開き直っていたのが印象的だった。

 

その様子を聞いて、彼は笑っていた。なにせ、その前に自分もカーディスの身代わりにされたのだから。

 

 

「言っただろう?奴とは持ちつ持たれつ、だとな。やつも俺をセキュリティに売ったこともあるし、俺がやつを売ったこともある。そうしないと生きていけなかったのさ。どっちかが売らなければどっちかが潰れちまう」

 

 

そうやってステイト・セキュリティの横暴を切り抜けてきたのさ、と言うロレーニの横顔は悲しげだった。

 

海にはさっきほど彼が手向けた花が漂っていているが、水葬された棺の姿はなく、海は恐ろしくなるほどに静かだった。

 

 

「……奴らは俺の腐れ縁仲間を殺しやがった」

 

 

今まで理不尽なセキュリティの横暴にも耐え忍んできた。莫大な収入の大半が中抜きされても仲間達と何とか食い繋いできたし、暴力や権力を振りかざされても酒と仲間と船があれば明日はやっていけた。

 

だが、その一線をコロニー側は踏み躙って超えたのだ。

 

 

「コロニーとセキュリティの連中は。今まで我慢を続けてきたが……今回ばかりはこちらにも考えがある」

 

 

覇気のある声色でそう言ったロレーニは改めてシャアの方へと向き合った。

 

 

「サブマリン号、唯一の生き残りであるMD乗りよ。俺たちはこれからメガロ・ステイトに向かい、漁業組合としてセキュリティとコロニーに対して決起をする。お前にはその旗本になってほしい」

 

「俺に……ですか……?」

 

「お前の特別なMDをシンボルにして、俺たちは漁業組合の団活力を高めるのさ。ステイトにかかる違法な関税、不平等な契約、セキュリティの横暴。そしてサブマリン号の奴らや……カーディスの仇を取る」

 

 

ガンダムを決起の旗印として、今まで散々と虐げてきたコロニーとステイト・セキュリティに反乱を行う。

 

実は、その計画は随分と前から存在していた。

 

だがサウス・マーケット・ステイトの漁業組合と、その顔役でもあったカーディスとロレーニが反対姿勢を崩さなかったのだ。

 

どれだけコロニーやセキュリティが横暴を働いても、それで血で血を洗う戦いになっては旅立った地球と同じことをしてしまう、と。

 

だが、彼らはその防波堤を担っていた片割れを殺した。それは許されないことであり、ロレーニが決起に賛同したのは必然だった。

 

 

「出港は夜だ。大しけの闇に乗じる。それまでじっくり考えておいてくれ」

 

 

そう言って去ってゆくロレーニの背中を見る。

 

彼がシャアを保護すると決めた段階で……いや、目の前で親友の船が沈められた時点で、覚悟は決まっていたのかもしれない。

 

一人、ソラリスの海を見つめる。

 

泡立った白波が音を立てて打ち寄せてくる。

 

 

〝……MDのパイロットっていうのは、常に死と隣り合わせなんだ。海洋生物に押し潰されたり、不慮の事故で死んだりするのさ〟

 

 

初めて、大規模な沖合の漁に行った頃にイーサンが言っていたことを思い出した。いつもは飄々たしているくせに、その時だけはやけに真剣で、握っていた手は小さく震えていた。

 

 

〝けど、そうしないと生きていけないのが俺たちなんだ〟

 

 

その恐怖を踏み越えて、ソラリスの男たちは海へと挑む。未知なる青い世界に降りて、生きてゆくために戦うのだ、と。

 

その生き方に正直に言えばセキュリティもコロニーも関係はない。

 

彼らは確かに悪どく、邪魔をしてくるが海で生きるやり方の邪魔にはならない。

 

漁師は魚で得た金銭に誇りを持つのではなく、その船と生き様に誇りを持つのだ。

 

入団当初に、カーディスから言われた言葉。それを胸にシャアはMD乗りとして生きてきた。

 

 

「管理する側の都合の良いように世界ができていることが、間違ってるなんて俺は言わない。そうしないと、世界のシステムは成り立たないのだから」

 

 

 

だがな、みんな。

 

静かな海を見つめながら、シャアは小さく、そして短く、言葉を連ねた。

 

 

 

「俺は……仇は取るぞ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

第二章「海の世界で」完

 

 

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