機動戦士ガンダム 青のプロヴィンギア   作:紅乃 晴@小説アカ

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第一章「青の世界」
第一話 ソラリスの海で


 

 

 

ゴボッ。

 

水の中で空気が弾けたような音が聞こえた。

 

そんな気がしたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

海洋惑星ならではの人型船外作業機、モビルダイバー(MD)のコクピットで、聞こえないはずの音に耳をすます。

 

薄暗い鉄の箱の中で、コクピットのモジュールが僅かに点滅していた。

 

ハンガー内にある幾つもの「MD」は船を動かす電池として機能している。まだ機体は動かしていないのだから電力は船に回してコクピットや他の機能は最小限に抑えられているのも当然だった。

 

 

「深度1500メートル。そろそろ仕掛けたポイントになるな」

 

 

隣のMDに乗るのは、同じように故郷から出稼ぎに出てきている「イーサン・ドゥー」だ。

 

イーサンはおしゃべりで歳も近い。たまに口調が悪くはなるが、彼の人当たりの良さもあってあまり嫌な感じは持っていない。

 

彼はいつものようにコクピットの補助電源に繋いだ端末で、船のソナー装置のデータを呼び出していた。

 

 

「流れが早い。おい、本当にこのあたりなのか?」

 

「間違いない。あいつらはこの時期になると生まれた海に帰ってくるんだ」

 

「シー・スペースは一つの海なんだろう?どこの海で生まれただとか判断がつくものなのかよ」

 

 

イーサンの声に、他のMDのパイロットたちも応じ始めた。さっきまで全員が携帯ゲームや娯楽映画を見ていたようだが、それらも飽きがきていたようだ。

 

 

「そういうのがあるんじゃない?帰巣本能とかいうやつ」

 

「動物の感の鋭さには毎回驚かされる」

 

「それがないと生きていけない世界なんだ。こう言う海の中っていうのはさ」

 

 

海洋惑星ソラリスの海。

 

この惑星の95%を占める広大な海洋は、一般的に「シー・スペース」と呼ばれている。残り5%の陸地は常に極寒の環境に晒されている永久凍土で人が住めるような土地ではない。

 

そのため、人々は海上に人工島である「ステイト」を建設して生活をしていた。

 

 

《ホエール・サブマリン号より各機。接触回線で聞こえているな?ここ最近はずっと潜りっぱなしだ。ここで浮上して燃料補給もいいが、せっかく漁場を確保できたんだ。もう少し粘ろうじゃないか》

 

 

潜水艦「ホエール・サブマリン」の「カーディス・レインバー」艦長は、マイク越しに言った。彼が言う通り、船がソラリスの海に潜航してすでに5日経っている。

 

目当てのものを探すためと、海面に出て波を立てるような真似をしないため。僅かな音でも立てれば目当ての獲物は逃げてしまう。

 

海上ではなく潜水していれば、無数にある海流が入り乱れているので獲物に感知もされないし、息を潜めて待つこともできた。

 

 

「しかし、海面に出ないと燃料を補給できないのだから不便なもんだよな」

 

 

艦長の放送が終わったあと、イーサンは気怠げにコクピットの中で体を伸ばす。

 

コクピットは世辞にも広くはないし、行動も制限される。仕事だから仕方ないのだが、1日の半分以上はこのMDのコクピットに居座って獲物が現れるのも待ち続けているのだ。

 

潜水艦が浮上するときにやるといえば、ソラリスの海水を汲み上げて船体の動力源に変えることくらいだ。

 

電解質が豊富なソラリスの海水は、特殊な装置に入れることによって電力を再充填することが可能になる。

 

そのおかげで潜水艦のバッテリーは小さなもので済むし、定期的な組み上げと補填で船は長期間の潜水も可能になる。

 

 

「海中で密閉されてるから俺たちは息ができているんだ。このオンボロのMDだって機体表面がオゾン・ミノフスキー・ステークスに守られていて深海の水圧にも耐えれる仕組みになって…」

 

《来たぞ!》

 

 

言葉を遮るように艦内放送がコクピットの中に轟く。今まで雑談をしていたパイロットたちはすぐに出発準備を整えていった。

 

 

《ソナー感あり!こいつは大きな群れだ!こちらに近づいてきてます!》

 

《よぅし!野郎ども!仕事の時間だ!しっかりと稼いでこい!》

 

《MDデッキへの注水を開始します。作業員は即時退避をしてください》

 

 

ハンガー内にソラリスの海水が注入されていき、その水位はみるみると上がってゆく。MDの頭の先まで満たされたところで、発進用のハッチから艦内の圧力が排出された。

 

現在は深度1500M。水圧はかなり重く、機体を押し潰さんと働きかけてくるのだ。ハンガー内の圧力を下げることによって、水圧負荷を機体に馴染ませてゆく。

 

オゾン・ミノフスキー・ステークス(O.M.S)は、機体の表面に展開された圧力を逃すシールドのようなものだ。機体自体も頑丈には作られているが、このシールドがなければ5分ともたずに機体は水圧によって潰されてしまう。

 

 

《減圧完了!漁夫長、大量を期待してますよ!》

 

「了解した、ビーエム各機、俺に続け!」

 

 

指揮を取る役目を担う漁夫長を先頭に、ケーブルで珠繋ぎされたMDが、開け放たれたハッチから深海へと潜ってゆく。

 

繋がれたケーブルはMDの命綱であると同時に、機体同士の通信を確保するための手段だ。ソラリスの海は常に磁気嵐と海流による通信妨害が発生している。このケーブルがなければ満足に会話や指示、行動の発言もできないし、複雑に入り乱れる海流に巻き込まれれば単騎のMDの推力では太刀打ちできない。

 

そしてビーエムとは、自分たちが乗るMDの略名だ。

 

正式名はBMDシリーズ。マイナーチェンジは繰り返しされているが、機体の型式番号が変わることはない。よって、どんなMDだろうとパイロットたちは総じて「ビーエム」と呼称していた。

 

 

 

「げぇ、シピロンのビーエムだ!奴らもこの時期を狙ってたのか?」

 

 

海域内に出た途端に、前を見たイーサンがうんざりした様子で叫んだ。ディスプレイを操作しモニター越しに海域内の様子を見ると、自分たちのグループとは異なるMDの姿があった。

 

それは明らかにこちらが見つけた獲物を狙っている行動をしていた。この漁場は確かに人気の位置でもあるが、シピロンの漁船もそのチャンスを虎視眈々と狙っていたようだ。

 

 

「任せたぞ。俺はネットはすぐに出せるようにしておく。勝負はほんのわずかな時間なんだからな!」

 

「群れの中に入り込むなよ!MDの装甲があるとは言え、あんな速度の群れに巻き込まれたらただじゃすまないんだからな!」

 

 

目の前には魚の群れがいる。

 

そう。これは漁業だ。地表を海で覆われているソラリスで生きていくためには漁業は切っても切り離せない職種で、この星に住む人々の大半が漁業組合に属している。

 

だが、普通の漁業ではない。釣竿で釣り上げられる程度の漁なら、わざわざ人型の作業機械を導入する必要もないのだから。

 

 

「囲い込んで追いやるんだ!」

 

 

先頭の漁夫長の指示に従って魚の群れを網へと追い込んでゆく。追い込み役は自分とイーサンだ。最初は全然追い込むことはできなかったが、もう何度もやっているのでいい加減に慣れた。

 

ただし、相手の大きさが桁違いなだけで。

 

目の前で群れを成している魚の大きさは、成魚で人の平均的な身長である170センチを悠に上回る巨大な魚だ。

 

ソラリスの海では、その魚ですら小魚扱いされる。それほどソラリスの海は自然と命の宝庫であると同時に、危険な側面も兼ね備えているのだ。

 

実はMDパイロットの死亡率の大半が魚の群れに襲われることと、もっと大きな魚に引き込まれて溺れることだ。

 

 

「なにぃ!?シピロンの奴ら!灯りをつけやがったぞ!」

 

「はぁ!?バカな真似を!こいつは光に…」

 

 

あと少しで網に追い込めるというところで、同業他社のMDが余計な真似をしてくれた。なんと大口径のサーチライトを照らした上に、その光を魚の群れに当ててしまったのだ。

 

漁夫長の言葉にイーサンが答える間も無く、魚の群れはすぐさま方向転換し、光を向けているMDめがけて突っ込んでゆく。

 

 

「群れが動き出した!各機、距離を取れ!」

 

「シピロンのMDが襲われてる!!」

 

 

人サイズの魚の群れに襲われている同業他社のMDはあっという間に装甲がボコボコにへこみ、機体制御を失って群れの中でいいように弄ばれていた。

 

 

「なんてこった!シピロンのMDが!あのままじゃ機体がぐちゃぐちゃになるぞ!」

 

「灯りがあるんだ!進行方向に先回りするしかない!」

 

 

悪化した状況はもうどうにもならない。すぐに次の手を取った漁夫長の指示に従って魚の進行方向が仕掛けた網へと向かうように群れを誘導するように動く。

 

 

「イーサン!レオニール!上に行ってくれ!」

 

 

追い込みに加わってくれたレオニールのMDと、イーサンのMDに群れを任せて、海中用照明弾を用意する。この魚の特性は光に向かって進むということ。

 

なら、ネットの先に光があれば。

 

 

「気付けよ、この野郎!」

 

 

ピストル型の照明弾の引き金を引くと、銃口から光が瞬いて飛び出した。下手に入り組んだ海流に照明弾が飲み込まれれば、その光は明後日の方向に飛んでゆき、同時に群れも遠ざかってゆく。それだけは何としても避けなければならない。

 

神経を研ぎ澄まして放った一撃は、目論見通りにネットの後ろ側へと落ちていく。

 

 

「裏返った!各機、正念場だぞ!」

 

 

ぐるりと光が奔った方向へ向きを変えた魚は、自ら泳ぐ力を駆使して網へと入ってゆく。ある程度魚が飛び込んだのを見て、漁夫長は各機に指示を出した。

 

 

「ネットの許容限界を確認!引き揚げだ!」

 

 

船に向かって指令が伝わると、5日間にもわたって潜航していたホエール・サブマリンが海面目指して上昇を始める。しっかりと固定された網の罠も上昇してゆくホエールと一緒に海面へと上がっていった。

 

 

「シピロンのMD!!」

 

 

網が無事に浮上していくのを見送って、すぐにボロボロになった同業他社のMDの様子を確認する。腕と脚がもがれていたが、ソナーの測定値ではコクピットに残されたパイロットの息遣いを確かにキャッチしていた。

 

 

「パイロットは生きています!」

 

《よぉし!ここからは交渉の時間だ。ま、こっちも被害はあまりない。救助費用をほんの少し貰うくらいに納めておくとするさ》

 

 

その報告を嬉しそうに聞いた艦長はにこやかそうな声でそう応じた。漁の費用もバカにはならない。それに今回は五日間以上も待ちぼうけを喰らったのだ。

 

いい金の供給になるさ、艦長は悪そうな笑みを浮かべたままそう言ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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