機動戦士ガンダム 青のプロヴィンギア 作:紅乃 晴@小説アカ
ソラリス最大のステイト、メトロポリスの占拠。
そこから通信をジャックし、放映された漁業組合による反乱決起。
名を「M.A.R.I.O.N(マリオン)」と改めた反政府勢力の出現は、150年にも渡って宇宙から星を支配してきたプロヴィンギア政府の内情を大きく刺激した。
事態を楽観視していたステイト・セキュリティも甚大な被害を被っている。メトロポリス・ステイトでの決起と時を同じくして、ソラリスの各ステイトでも漁業組合によるデモや反乱が相次いだのだ。
多くの居住者がいるステイトとはいえ、そのほぼ全てが漁業組合関係者であるがセキュリティにとって致命的だった。怠慢と権利にあぐらをかいていた体制を突かれ、セキュリティの施設や装備はなだれ込んできた反乱者達によって奪取され、地方に支部を置くセキュリティは組織としての形が総崩れとなっていたのだ。
今、まともな戦力と統治力を持つのは皮肉にと「ガンダム覚醒事件」の調査で人員がかき集められていたメガロ・ステイトのセキュリティ支部であった。
メトロポリスにあるセキュリティ管理本部は完全にマリオンの手中のある。
コロニー政府は臨時措置として宇宙からの支援物資やMDの予備機、パイロットの補填、さらには地上対応が可能な新型MSドゥン・ポーの追加配置も行い、ソラリス最大のステイト奪還作戦をなんとしても成功させようと躍起になっているように思えた。
作戦準備が進む中、大所帯となった地方ステイトの支部内を進むリーク・デッカードは、進む先で技師や隊員に指示を出す女性を睨みつけた。
「ロザエ・ブラッディ。貴女は何を考えているんだ?」
彼女の前にたどり着いたと同時に発した言葉に、ロザエは怒気を隠そうとしないリークに妖艶な笑みを浮かべて応じた。
「さて、なにをと言われましても」
「惚けるな。貴女がメガロ・ステイト付きになってからMD乗りの何名かが貴女達の部隊に引き抜かれている。隊のバランスを崩す行為だ」
すでにリークの指揮していたMD隊からも何人か引き抜かれるという指令書が届いている上に、メガロ・ステイトの組織配置は大幅に変更されている。この支部の隊長であるリークの預かり知らぬところでだ。
目の前にいるロザエという女は、そう言った指揮系統や組織配置を無視してコロニー上層部に掛け合い、勝手に人員配置を入れ替えている。そのやり方に不満を隠さないリークに、ロザエは笑みをたやさぬまま口を開いた。
「相手はガンダム。ならば、我々の戦力の拡充も必要ではありませんか」
「それはコロニーの総意なのか?」
「そう思ってもらっても」
「アニス・ブルームを貴女の部隊に編入させたこともか?」
リークの語気の鋭さが増す。セキュリティ、それも彼女の指揮系統下にその名を見つけた時は目を疑った。
アニス・ブルームはガンダム覚醒事件の際、パイロットであるシャアと関わりの深い人物として重要参考人として扱っていたが、あくまで彼女はステイトに住む一般人だ。
入隊するための規律や、訓練期間、それらを無視した上に、独断で彼女をセキュリティに入隊させるなど組織という形を取る自分たちがとっていいやり口などではない。
そこを指摘すると、彼女は少し驚いたような顔をしてからコロコロとしたたかに笑う。
「彼女はガンダムのパイロット、シャア・レインを止めたいと心から想っています。ステイトに住まう者の願いを聞き入れるのも、セキュリティの役目ではありませんか?」
そんな彼女の想いなど知ったことではない。リークは人情を重んじるような言い訳をするロザエを睨みつけた。
「ロザエ、彼女はただの民間人なんだぞ……!」
「それが何か問題があるのでしょうか?」
そう切って返されたリークは思わず言葉を無くした。何を言っている?民間人を起用することになんの躊躇いも見せないロザエはこう付け加えた。
「セキュリティや我々は軍属ではありません。あくまで警備隊。ならば、志願した彼女を拒む理由など……ありはしないじゃないですか」
セキュリティの本質はステイトの治安維持と海棲生物から民間人を守護するのが目的で発足された組織だ。軍のように厳しい入隊試験はなく規律は緩い。コロニーと縁がある者が優遇される側面はあるが、ソラリスに住む人間でも門を叩けば入隊ができる組織ではある。
だが、それは平時の言い分でしかない。彼女の独断によるアニス・ブルームの入隊はそんな人情じみた理由じゃないことくらい、誰の目から見ても明らかだった。
「体のいいシャアへの人質にするつもりか?無関係なステイトの住人を巻き込んでおいて……!」
アニスというシャアの幼馴染をセキュリティに置くことで、ガンダムを奪う材料としか見ていない。それを人情だとか人を想う気持ちだとかで覆い隠しているだけだ。
組織で好き勝手をする彼女のやり口より、目的を果たすために人の命や身を危険に晒す真似を躊躇いなく実行する根深い心の闇に、リークは怒りを堪えやれなかった。
その想いをわかっている上で、逆撫でするようにロザエはリークに告げる。
「それほどの価値がガンダムにはあるということですよ、リーク・デッカード隊長?」
途端、リークの手が上がったがロザエとリークを近くから見ていた側近が平手打ちをしようとしたリークの手を押さえた。
ここではリークが隊長であるが、一介のセキュリティ隊長でしかない彼と、コロニー当主の一人娘が率いる隊の人間。力の差は歴然だった。故に彼女の好き勝手がまかり通っている。
リークは側近とロザエと睨みつけるが、状況を理解し、悔しげに手を下ろしてその場を後にした。怒気が滲み出るリークの背中を見つめるロザエは、妖艶な笑みを消して忌々しくその男を眺める。
「あの男……少し面倒ね」
そうつぶやく、彼女は物資搬入が行われる施設へと足を向けた。そこはリークの指揮下に置かれるセキュリティの古株たちの巣窟だ。ついでに物資確認の用を済ませながら、彼女は目的である古株のリーダー格に近づいた。
「あぁ、ロザエ・ブラッディ殿。そちらから申請された物資についてですが」
「貴方、あの隊長さんだった人はお嫌い?」
畏まる相手の言葉を無視して、ロザエは古株に問いかける。相手は二、三度あたりを見回してから小さな声でロザエに言った。
「好きなやつなんて……我々の中にはいませんよ。若造の分際で」
「ふふふ、なら……ちょうどのいい話があるんだけど?」
彼女は古株たちのリーダーである男に近づくと、滑らかな手つきで男の腰に手を回した。妖艶な笑みと女性特有の溶けるような声に、男の体裁や警戒心が解きほぐされてゆく。
「あぁ……それは、気になるな」
その姿に自分の欲も相まったのか、すっかりその気になった男から名残惜しげに手を離すと、ロザエは誘惑をさらに続けた。
「今晩、私の部屋でゆっくりとお話をしましょう?」
部屋の場所と連絡先を教えてその場を去る。あとは男がノコノコとやってきて、一晩一緒に寝れば、あの男と共に古株共という都合のいい手駒が増える。
ロザエは浮き足立つ男に背を向けたまま妖艶さとは程遠い邪悪な笑みを浮かべているのだった。
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「守護神になった実感は湧かないかしら?ガンダムのパイロットさん」
占拠したメトロポリス・ステイトにあるMDの格納庫に収められたガンダムを見ていると、ふいにそんな言葉をかけられた。
掛けられた声の方向に目を向けると、バイタル・スーツの上半分を脱いで、腕を組んでこちらを見ている女がいた。
ソラリスの海中で生命活動を維持する役目を持つバイタル・スーツは上下ともにつながる防護スーツであり、作りとしては宇宙用のノーマルスーツと大差はない。
ただ宇宙線を考慮しなくてもいいため、素材として使われている繊維はノーマルスーツよりも柔軟で軽く、薄い。
よって、こちら見る彼女のようにまるで上半身だけ脱皮したような扱いをしても問題がない代物だと言える。
「君は……」
「貴方達、ホエール・サブマリン号に助けられたMDのパイロットよ」
ぶっきらぼうに言う彼女の声を聞いて、シャアは「あっ」と声をこぼして思い出した。心当たりはある。ガンダムに出会う前に出た漁での出来事だった。
「あの時の漁でライトを当てた奴か」
五日間に渡る長期漁でようやく当てた魚群を捕らえるために追い込みをしていた最中、横合いから掻っ攫おうとしたシピロンのMDが居たことをシャアは思い返す。
漁師仲間の間ではご法度とされる魚群へのライトの投射を行い、機体を大破寸前まで追い込まれたのが、目の前のパイロットというわけだった。
「わ、私も必死だったのよ」
毅然と振る舞うが、救助された時に彼女が泣きじゃくっていたことを通信機越しに聞いていたので、シャアは吹き出しそうになるのをなんとか堪えて助言をしておく。
「ソラリスの魚は光に過剰反応するから、今後は気をつけるんだな」
彼女の醜態を指摘しなかったのは、シャアなりの配慮であった。赤面した彼女は少し咳払いをして、佇まいを治してから改めてシャアに言う。
「漁だとか、呑気なことを言ってる場合でもなくなってるでしょ」
「……そうだな」
ソラリスの海を行く漁業組合は、今じゃ民衆反乱の旗本となってしまっている。
セキュリティの横暴に約一世紀も苦しめられてきた移住者たちの怒りも最もだろうし、ソラリス居住者で身内が漁業組合に属している者たちはほぼ全てが漁業組合の立ち上げた反政府組織を支持しているのが実情だった。
「マリオン。移住した全ての人に与えられる権利を認めさせるための船団、だってさ」
皮肉めいた言い方をする彼女に、シャアは疲れたような目を向けながらも言葉をかける。
「アウトポストに住む俺たちは常に虐げられてきた。その仕打ちにずっと耐えてきた。だけど……」
「ロレーニ艦長の親友が殺されたんだってね」
無意識に、シャアの手に力が篭った。たしかに武力で立ち上がった組織が勝利した後に待ち受けているのは凄惨たる悲劇であることが多い。そんなこと、立ち上がった誰もがわかっている。反対派だったロレーニも、シャア自身も。
だが、その堪えていた一線を相手は踏み躙った。
ホエール・サブマリン号の乗組員たちの命を奪ったのだ。あまりも呆気なく、あまりにも突然に。
「……アンタはそうやって復讐のためにガンダムの守護神に祭り上げられるわけ?」
聞きたくない言葉がシャアの胸の内に突き刺さった。眼光を鋭くしてそう言い放った相手を睨むが、否定する言葉が出てこなかった。居場所悪く目を逸らすシャアに、彼女は続ける。
「無言は肯定と受け止めるわよ」
「それ以外に、死んでいった仲間達の仇を取る方法はないんだ」
やっと出た言葉が、そんな自己肯定をするようなものでしかない。ため息をついて彼女はシャアを見つめる。
「昔の地球ってね。そうやって殺されたから殺してっていうのを何百年、何千年と続けていた結果に滅びかけたのよ」
大義名分で戦争なんてものを始めた人間もいるだろうが、そんな綺麗事を綺麗なまま掲げ続けられるほど戦争は優しくない。
その大義名分を塗りつぶす憎悪と欲と本能が、人々が当たり前に大切にしてたものを奪い去ってゆくのだから。
「貴方しかガンダムに乗れない。だったら、貴方がその連鎖を断ち切らなければソラリスも地球と同じ運命を辿るのよ」
「知ったような口を!!そう言うなら、なぜお前はここにいる!!」
シャアは立ち上がって声を荒げた。そんな綺麗事を言う彼女も人殺しを強要する側にいる人間でしかない。
ガンダムなんてものを神格化して、守護神として奉って大義名分を得ればセキュリティの人間を殺すことだって許される。
そんなこと、シャアは考えていない。だが、周りはそれを強要する。なにせ、ガンダムに乗っているのだから。
「私はただ、ロレーニ艦長に拾ってもらった恩義を返すためにここにいる」
彼女は淡々と、そう言って翡翠色の目でシャアを見据えた。
「私はサヤカ。サヤカ・バーンスタイン。コロニー、プロヴィンギアの五貴族の一家、バーンスタイン家の最後の生き残りよ」
「なにを……言ってるんだ……?」
「私は、何もできないまま家を奪われ、家族を失って、帰る場所も失った。そんな私を助けてくれたのは他でもないロレーニ艦長よ。だから私は、私を助けてくれた恩義を返すためにここにいる」
受けた恩は仇手で返してはならない。それが彼女が両親から受け取った教えの一つでもあった。故に、サヤカ・バーンスタインという女パイロットは命をかけてでも拾ってくれたロレーニへ恩義を返そうとしていた。
「けど、アンタは違う」
コロニーの生家を潰され、両親を殺され、這う体でソラリスに逃れてきた自分とシャアは違う。サヤカには選択肢がなかった。けれど、シャアには選択肢が確実にある。それを見えないようにしているのは自分自身なのだ。
「アンタは選ぶことができる。ガンダムを上手く使える鍵はそこに……」
最中、MDの格納庫にブザーが鳴り響く。続いて、奪取したセキュリティの通信設備からマリオンの通信士からの指令が響きわたった。
《MDパイロットは搭乗MDにて待機せよ》
セキュリティのMDが動き始めた。その知らせを受けてマリオン所属のパイロットたちに緊張が走る。忙しくなり始めた格納庫の中で、シャアは呆然とガンダムを見上げてから傍にあったバイタル・スーツのヘルメットを取った。
「行かないと……」
コクピットから垂れ下がるワイヤーウィンチの手すりに捕まったシャアに、サヤカは大声で叫んだ。
「シャア・レイン!ガンダムは人を殺戮できる悪魔にもなれるし、その逆にもなれる!全てはアンタの想い次第よ!」
全天周囲型のコクピットに乗り込んだシャアは、その言葉に答えを出さずコクピットハッチを閉じる。しばらく暗闇が降りて、エンジンの出力が上がると同時にモニターに光が通った。
わかっているさ。けれど、俺は決めたんだ。
みんなの仇を打つと。
誰しも聞こえない思念をたぎらせてシャアは格納庫に鎮座していたガンダムを操るのだった。