機動戦士ガンダム 青のプロヴィンギア 作:紅乃 晴@小説アカ
いよいよガンダム史上類を見ない「漁師vs警備隊」の局面を迎えます!
太陽系から遥か。
水の惑星、ソラリスの海。
通称「シー・スペース」と呼ばれる海は地球に存在するものとは別世界であった。
複雑に絡み合う海流は深海で蓄えられた栄養素を組み上げ、豊かな生態系を構築するのに一役を買っているが、海に潜る人々からしたら脅威以外の何物でもない。
強烈な栄養素と特殊な水素、複雑な海流により電子機器は役に立たず、短距離レーザー通信でしか音声通信もままならない具合で、漁業組合の荒くれ者たちでもソラリスの海は危険で、死がすぐそこにあるような場所であった。
「アルテイシア様!」
セキュリティの潜水艦から出撃したアルテイシアの駆るMS「ドゥン・ポー」はガタガタと機体を揺らす海流に抗いならも、先鋒隊としての任務を果たそうと、眼前に展開するマリオンのMDたちに攻撃を仕掛ける。
大気中では猛威を振るうドゥン・ポーのビームライフルではあるが、ソラリスの海の中では強力なレーザー兵器も意味を成さない。放たれた閃光は数十メートル進んだだけで壊落してゆく。海中にミノフスキー粒子が拡散され、構造を保てなくなった弾頭は粒子を撒き散らしたまま海の中へと消えていった。
コロニー側の戦力に対するマリオン側のMDはビーム兵器など最新鋭の武装はなく古典的な魚雷砲や、ワイヤーアンカーで応戦しているのだが、皮肉にもコロニー最新鋭を誇る機体は回避と防護に徹するという防戦一方に追い込まれていた。
「チィ……海中でのビームはこれほどまでに減衰するものですか!?」
バイタル・スーツのバイザーの下で顔をしかめるアルテイシアは、海流に揉まれながらも機体の出力に任せて迫る魚雷を回避してゆく。すでに先陣を切った数機のMDが撃破されている。戦況は明らかにマリオン側の優勢だった。
ドゥン・ポーに備わるビームライフルもサーベルも海中では役に立たない。
宇宙からソラリスを見下すコロニーの開発部門が、高濃度の水素が漂う海での戦いなど大真面目に検証しているはずもなく、海中戦のドゥン・ポーで役に立つと言えるのはショートバレルのマシンガンと非常用の中型ナイフくらいだ。
分子振動を行うナイフで斬りつければ、装甲が薄い旧式のMDなど目ではないのだが、ソラリスの複雑な海流のせいで接敵することすら困難となってしまっている。
「ステイト・セキュリティが生意気に海に潜るなど!」
「海はこちらのステージなんだよ!!」
相手は旧式。それもドゥン・ポーと比べれば数世代以上も性能差が空いているはずなのに、完全にセキュリティ側の勢力が押し負けていた。物量でも海中戦闘の技量でも、ソラリスを牛耳る彼ら漁師の方が圧倒的に上だったのだ。
「ええい、旧式のMDのくせに!」
そう叫んで迂闊に飛び込む僚機がいたが、海流の狭間に揉まれ、動きが鈍った瞬間にワイヤーアンカーを撃ち込まれていた。
オゾン・ミノフスキー・ステークス(O.M.S)は圧力を逃すシールドでしかなく、一点に力を掛けるワイヤーアンカーを撃ち込まれればひとたまりもない。撃ち込まれた箇所から海水が侵入し、僚機は深度相応の水圧に晒され、即座に圧壊した。
その様を目の当たりにして、アルテイシアは戦慄する。僅かな被弾がこの海では死を意味していた。
「お前達とは場数が違うんだよ、場数が!!」
先陣を切って漁業組合やマリオンを撹乱するといきがっていた先鋒隊の戦意は呆気なく崩れ去り、中には命令に従わず逃げ惑う事態に陥る者もいた。統率や指揮系統があっという間に崩壊し、アルテイシア率いる隊は撹乱どころかいいように嬲られているに等しかった。
「まったく、先鋒隊になると言っておきながらあの有り様かい」
湾内前方に展開するマリオンの勢力の気を引くという点では当初の目的は達しているが、壊滅も時間の問題だな、と後方から側面を狙っていたロザエはコクピットの中でつぶやく。アルテイシア隊が壊滅しようが全滅しようが知ったことではないが、そこからあぶれた敵勢力が側面から叩いているロザエたちに向かってこられたら元も子もない。すぐ後ろにいるリーク・デッカードのMDへ、ロザエはレーザー通信を繋いだ。
「こちらロザエ・ブラッディ。先鋒隊が攻撃を受けています。側面からの奇襲はベッカード隊に任せる」
一方的な報告だけして、ロザエ率いる隊は進行方向を変えて苦戦する先鋒隊の方へと向かっていった。つまり、側面からの敵に奇襲をかけるのは、リーク率いる隊のみだということを意味している。
《隊長!あの女……!》
《放っておけ!こうなることはわかっていたことだ!》
接触回線で喚き散らす部下、アイザック・ドナヒューの声にピシャリと声を返したリークはすぐそこに迫ったマリオンのMD勢力を目視で確認する。バイザーを下げて鋭く息を吐いた。
「相手は統率の取れた民間人の烏合の衆。対するこちらは統率も取れてない腐敗した組織か……まるで取っ組み合いの喧嘩じゃないか!!」
「セキュリティのMD!?」
海流の合間を縫うように姿を表したリークの駆るMDに不意をつかれた相手は、咄嗟に手に持っている魚雷砲を向ける。
「押し通る!!」
放たれた酸素を吐き出す魚雷を紙一重で避けたリークは水中でも充分に高温域に達するヒートソードを翻して魚雷を構えるマリオンのMDに迫り、その腕を切り落とした。
「う、腕を斬られた!?」
乱れたO.M.Sに混乱する相手を蹴り飛ばして、リークは酸素から得る推力をさらに放出して展開しているマリオンのMDたちの中へと突っ込んでゆく。
《各機、彼らはソラリスの海を知る貴重な人材だ!戦力だけ奪えばいい!最大の目標だけに狙いを定めろ!》
リーク・デッカードという男はステイト・セキュリティという警備部門を束ねる役職の地位にいる父が居ながらも、幼い頃からソラリスの海でMDの操縦訓練を受けてきた経歴を持つ。時には漁業組合の知り合いを紹介してもらい、ともに魚の追い込み漁をした経験もあり、そのMDの操縦センスはセキュリティの中でもトップクラスだった。
次々と放たれるアンカーや魚雷を回避し、敵対するマリオンのMDを戦闘不能にしてゆくリーク。それに追従させられるアイザックたち隊員らは堪ったものじゃなかった。
「って、隊長は簡単に言ってくれるけど!!」
セキュリティの隊員は総じて、MDの戦闘に不慣れなのだ。そもそもステイト・セキュリティの訓練内容にはMD同士の戦闘など想定されていない。
マリオンのパイロットたちは魚を相手に実践経験を積んでいる上、武器の扱いにも慣れている荒くれ者たち。経験の差も戦闘技術の差も歴然だ。それでも、リークは前に出てマリオンのMD数機を相手取って大立ち回りをしている。
ステイト治安を乱すマリオンの武装蜂起に対して、リークは毅然として武装解除と降伏を呼びかけ続けているのだ。
「俺たちの隊長が命を張ってるっていう時に、怖気ついてる暇なんてないんだ!!」
リークの戦いが彼の部下を鼓舞する。
漁師と警備部隊。圧倒的な経験差がある中、リーグ率いる隊は側面からのマリオン制圧に尽力してゆくのだった。
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先鋒隊の援護に進路を向けたロザエであったが、彼女自身からすれば、アルテイシアが苦戦していることなど、どうでもいいことだった。
そもそも、彼女たちコロニーから降下してきたパイロットの本来の目的はソラリスの海から蘇った「ガンダム」の捕獲であり、マリオンによる蜂起など二の次でしかない。ガンダムのパイロットであるシャアに絶大な効果を示すであろう人質まで持ってきたというのに、アルテイシアの尻拭いなどしてもロザエやコロニーからすれば何ら旨みのない話でしかなかった。
「さて、ガンダムがさっさと出てきてくれればこちらもお荷物を早々に捨てることができる」
後方から付いてくる一機のMDを見ながらロザエは呟いた。その機体に乗るのはシャアの幼馴染であり、彼にとって人質にもなりうるアニス・ブルームだった。
彼女の機体に搭載されている武装はコロニーのフラナガン家から供給された武器であったのだが、その操作には高い脳波とサイキックが必要であった。ロザエの手駒となったステイト・セキュリティの古株はもちろん、コロニーから降りてきたパイロットたちでも扱えない武器は役立たずに過ぎない。よって、単なる人質としか価値がないアニスの機体にその武器は取り付けられていた。
「この武器……ロザエ隊長から強力なものだと言われたけど……」
他のMDが標準装備している魚雷砲やショートバレルマシンガンなども装備されておらず、使い方もマニュアルでもわからないような武器を背負わされて、アニスはソラリスの海の中にいたのだ。
「武器なんて私は……えっ!?」
突如、海流の中からマリオンのMDが姿を表したのだ。相手はアニスがいることを知っていたらしく、機体の脚部に格納されているナイフを引き抜いて襲いかかってきたのだ。
「セキュリティのMDがノコノコとやってきたか!」
「て、敵!!」
咄嗟にフットペダルを踏んで振り下ろされた一撃を避けるが、相手は手練れの漁師。苦し紛れのアニスの行動を読んでいた相手はナイフを捨ててMDの堅牢な型装甲をぶつけるような体当たりを仕掛けてきた。
「う、動いて!!うわ!?ああ!?」
弾き飛ばされた衝撃でアニスは思わずうめき声を上げてしまう。
シャアを連れ戻すことしか考えていないアニスも、相手からすれば単なる標的に過ぎない。ライフルもシールドもなく良いように攻撃をされ続ける彼女の眼前には、モニター上のアラームの嵐が鳴り響き、漠然とした死のイメージがすぐそこまで迫ってきていた。
「人質になる前に死んでしまうなんて馬鹿な話があるか!」
感じ取ってしまった死のイメージに呆然としてしまったアニス。それに迫るマリオンのMD。だが一撃を肩代わりに受け止めたのは、割って入ってきたロザエのドゥン・ポーであった。
「た、隊長!」
《アニス・ブルーム!迂闊に敵の間合いに入るな!相手はMDだぞ!》
「そ、そんなことを言われても……私はシャアを……!」
《幼馴染を説得する前に死んでしまってはどうにもならない!!》
アニスの反論すら認めずに敵の攻撃をあしらうロザエは、酸素の泡を吐き出しながら敵を翻弄してゆく。突然のロザエの乱入に功を焦ったのか、マリオンのMDはロザエを無視し、再びアニスの方へと進路を向けた。
「くっ……!?」
《生きるためには戦いなさい、アニス・ブルーム!!》
「こ……のぉお!!」
フットペダルを押し込み、スロットルも全開にした上で、アニスは迫ってくる敵をギリギリの間合いで避けた。
たが、アニスの機体には武装やシールドも装備されていない。撃破されるのは時間の問題である。キリがいいところで切り捨てるのも一興か、と思考を巡らせていたロザエであったが、目の前で起こった出来事にその思考はすぐさまに吹き飛んでしまった。
「武器は……こう使うのか!行きなさい!トーピード・ビット!!」
技術者から渡されたマニュアル通りに彼女はモニターに投影された武装項目を選択し起動させた。強い脳波とサイキックがなければ動かなかった武装はジョイント部が解除されて、ふわりとソラリスの海中に浮かび上がる。さながらアニスのMDを飛び回る魚雷状の武装は、コクピットに備わるサイコミュ・セントラル・プロセッシング・ユニット(PCPU)から思念を読み取り、まるで生きているかのように躍動した。
「な、何だこいつは!?うわっ!?」
警戒心を引き上げたマリオンのMDをトゥーピード・ビットが取り囲む。トゥーピードの名の通り、魚雷を意味するビットは本体から小型の高速魚雷を射出する。死角から小型魚雷に撃ち抜かれたマリオンのMDは何が起こったのか把握できないまま爆発とともに圧壊した。
「すごい……隊長が言った通り、この武器強いじゃないですか!!これなら……相手がガンダムでも、シャアを止められる!!」
合計四基の魚雷ビットを同時に操りながら、アニスはこの戦場のどこかにいるシャアの存在に向かって語りかける。その様子はまるで見えない何かを自覚しているかのような不気味さがあった。
(まさか……あの武器があんな性能をしていたとはね……案外、あの娘は有用かもしれないわね)
アニスの理解できない行動に距離を置きつつも、ロザエはサイキック能力が強く体現するアニスの存在を目の当たりにして、野望のための手駒が増えたとほくそ笑んだ。