機動戦士ガンダム 青のプロヴィンギア 作:紅乃 晴@小説アカ
ソラリス最大のステイト、メトロポリス・ステイトを巡る戦いは、一つの局面を迎えようとしていた。
攻勢するステイト・セキュリティと、数の多さで防衛に徹するマリオンであったが、側面からの奇襲を受けたことに加え、前線で防衛していたMDの大部分が撃破されたことにより、堅牢なマリオン側の防衛布陣に綻びが生じ始めていたのだ。
「ええい、敵の数が多い!けれど……!」
側面から攻め入るリーク率いるMD隊を防ぐために数を分散せざるを得ないマリオン。手薄になった前線の防衛を突破したアルテイシア率いるMD各機は後退してゆくマリオンの勢力を押し込む形で雪崩れ込んできていた。
「このドゥン・ポーを相手には守りが手薄い!」
迎撃の魚雷を巧みに避けるアルテイシアは、設置された自立魚雷砲をショートバレルのマシンガンで次々と破壊してゆく。伊達にコロニー最新鋭のMSではない。機動性や加速性はマリオンが保有する旧式のMDとは比べ物にならなかった。
魚雷ビットで脅威的な撃破数を稼いでゆくアニスの後押しもあって、メトロポリス・ステイトの主要港である「ハーバンズム」の奪還が現実味を帯びてきた時だった。アルテイシアの横に位置するセキュリティのMDの腕が、迸ったビームの閃光によって吹き飛ばされたのだ。
ソラリスの海中でビームが放たれるなど。信じられないものを見た気分になったアルテイシアであったが、彼女はその脅威的な出力を持つ武器を1度目にしていることを思い出した。
ソラリスの海の中にいながらも、海面から遥かに離れた上空にいた自分達を狙撃した相手を。
「きましたか……ガンダム!!」
海流の流れの中、虹色の燐光が煌めき一機の影がこちらに向かってくる。アルテイシアの確認通り、その影はシャアの操るガンダムであった。マリオン側が後退したのも状況が悪くなった前線にガンダムを投入し、戦力を立て直す狙いがあったからだ。
「セキュリティのMD!それにあの機体は……!」
「今日こそ、その機体を私が抑える!」
向かってくるガンダムに真っ向から向かい合ったのは、アルテイシアのドゥン・ポーだ。ソラリスの水素を取り込み、酸素に転換する出力エンジンを使って推力を得たアルテイシアは、ビームライフルを構えたまま突っ込んでくるシャアと一戦を交わした。
「こいつ、海にも潜れるのか!!」
マシンガンからばら撒かれた弾頭を脅威的な運動性能で回避するシャアだが、それはアルテイシアの仕掛けた誘導だった。マシンガンで進路を変えさせた彼女は、右へと回避したシャアのガンダムへ体当たりをするように距離を詰める。
《その機体を渡しなさい!シャア・レイン!》
組み付かれ、接触回線で聞こえてくるアルテイシアの声にシャアは目を見開いた。
《な……にぃ……!?》
《それはコロニーが保有すべき機体なのです!》
《……それが、人殺しの言うことかぁ!!》
激情に駆られるまま、分子振動ナイフを振りかざしたアルテイシアを蹴り飛ばしたシャアは海中を漂うドゥン・ポーへビームを放つ。
アルテイシアから見て真下から降り注いでくるビームの雨を回避しつつ体勢を整える。ビームライフルの威力は凄まじいが、冷静さを失っているシャアの狙いを避けることなど、彼女には容易いことだった。
「その機体はお父様が求められてる機体なのです!」
「貴様のエゴをガンダムに押し付けるんじゃない!!」
再び距離を詰めて分子振動ナイフを振るうアルテイシアへ、シャアはビームサーベルを引き抜くとそのままナイフを持つ彼女の機体の腕を切り飛ばした。アラームがコクピットに鳴り響き、O.M.Sのシールド領域が再形成される。幸いにも腕部の損失で機体が水圧で圧壊することはなかったが、それでも武器を扱う腕を奪われたのは痛手であった。
「ガンダムめぇ!?」
「管理者だからって、人の生き死にまで管理しようとするんじゃない!!」
トドメ、とビームライフルを構えたシャアの元へ、アルテイシアの部下が操るMDが魚雷を放ちながら無理にでも距離を詰めていくのが見えた。
「邪魔をするな!このステイト・セキュリティがぁ!!」
シャアからすればホエール・サブマリン号を海の藻屑へと変えたアルテイシアを落とすチャンスだというのに、横合いから邪魔をしてくるセキュリティのMDは障害物でしかない。ビームライフルの銃口を向け、無謀に突撃してくるMDを貫く。
その威力は海中の水素などによって分解されることなく一直線に敵のMDへと向かって、ねらい定めた相手を花を散らすように吹き飛ばした。
瞬時に上がった機体熱とビームライフルによる水蒸気爆発が湧き上がって、ハーバンズムの真ん中に巨大な水柱を噴き上げさせた。
その光景を見て、シャアは怒りに支配されていた感情から一気に引き戻されたような気分になった。ビームの威力が高すぎる。迫り来きていたMDの体はほんの一瞬でバラバラになって爆発してしまったのだ。
「こ、こんな道具を人に向けて使ってはいけないんだ…!!これは、破滅を呼ぶ光だ…!!」
シャアはビームライフルを目にして思わず呟いた。魚雷やマシンガン、ワイヤーアンカーでは到底及ばない威力と出力を持つ武器だ。水蒸気爆発のあと、バラバラになった敵の機体がゴボッと泡を立てて海底へと沈んでゆくのが見える。その姿はさっきまでのものとは比べ物にならず、吹き飛んだ衝撃と水圧によって圧壊した無惨なものだった。
「水圧で…パイロットは…潰されてしまった…?俺が殺したのか…俺が…!」
この時になって、シャアは自らの手で人を殺めてしまったことに気がつく。すでに二人の命を奪っているシャアにのし掛かった罪悪感は計り知れなかったが、その恐怖や痛みを味わう時間など戦場は与えてくれない。
「シャア・レイン!ガンダムを渡しなさい!」
味方の撃墜を目にしたアルテイシアもまた、激情に駆られる。明確な怒りの火を灯した彼女の追撃に、シャアはシールドを構えながら叫んだ。
「MDはシースペースで漁をするために作られた道具なんだ!人と人が争うために作られたものなんかじゃない!それなのにお前たちは!!」
それを使って人殺しをするのか!俺と同じように!その言葉が出る前にドゥン・ポーの体当たりを受け止めたシャア。体当たりで吹き飛んだガンダム目掛けて構えられたマシンガンだが、その斉射が当たるまでにシャアはガンダムを飛翔させる。虹色の燐光を残して飛び上がったガンダムにアルテイシアは驚愕の声を上げるしかなかった。
「は、早い!?ドゥン・ポーよりも運動性が上だと言うの!?うわぁっ!」
飛び上がった速度のまま海中でとんぼ返りをしたガンダムは、アルテイシアの機体の頭上から一気に押し出した。衝撃でコクピットシートとコンソールの間を数度叩きつけられるアルテイシアを見下ろし、シャアはビームサーベルを引き抜く。
「お前だけはこの手で……倒す!!」
ホエール・サブマリン号の仇だ。自らにそう言い聞かせてサーベルをアルテイシアに突き付けようとした時、背後から形容できない気配をシャアは感じ取った。
「ガンダム?シャアが乗っているの!?」
海流の向こう側、魚雷ビットを腰のアーマーからぶら下げるアニスのMDが、ガンダムをついに見つけたのだ。アーマーから分離した魚雷ビットはシャアの周りを瞬く間のうちに取り囲み、搭載された小型の酸素魚雷を放ってゆく。
「なんだ、こいつは!!邪魔を!!」
多方向からのオールレンジ攻撃に身を揺らすガンダム。その隙にアニスは意識が朦朧とするアルテイシアのドゥン・ポーに寄り添った。
「アルテイシア隊長!ご無事ですか!?」
強か打った体の痛みに顔をしかめながらアルテイシアは駆けつけてくれたアニスの通信に答えた。
「え、えぇ……助かりました。あなたは、アニス・ブルーム隊員?」
「はい!……手足さえ切って落としてしまえば、シャアは止められるの!なら行きなさい、ビット!!」
ガンダムに乗っているから、マリオンなんていう過激な組織で戦えるなんて思えてしまう。だから、そのガンダムをガラクタにすればシャアはメガロ・ステイトに帰ってきてくれる。
そう信じるアニスの思念は、無自覚のサイキックと化してビットに伝導する。操られる魚雷ビットを前にシャアはビームサーベルを構えて向かい合った。
「セキュリティはそんな武器まで民間人に向けるのか!」
酸素の尾を引いて飛来する小型魚雷を避ける。一つ、二つ、三つと躱したシャアは他方向から飛来するビットの特性を見抜き、ビームサーベルもつマニピュレーターを高速で回転させる。高出力のミノフスキー粒子を含むビームサーベルは高速回転と海水の蒸発により、機体周辺に物理的な膜状のフィールドを出現させた。
次々と飛来する小型魚雷は膜のフィールドに阻まれ爆散。魚雷を出し切ったビットの隙を突いて、シャアはビームサーベルで停滞したビットを切り刻んだ。
「トーピード・ビットが!?あぁっ!?」
ビットを切り裂く勢いのまま、アニスの乗るMDの懐に飛び込んだシャアは、そのままの勢いでMDに飛び蹴りを放ち、ビームライフルを向ける。
「お前達なんか!!」
《やめろ、シャア!》
アニスのMDを切り裂こうとするシャアのガンダムへ、ヒートソードを携えたMDが肩を入れて体当たりを仕掛ける。側面から活路を切り開いたリークは部下たちがメトロポリス・ステイトに上陸したのを確認したのち、苦戦する先鋒隊の援護にやってきたのだった。
吹き飛ばされたシャアは海中で虹色の燐光を発し姿勢を反転させ、突っ込んできたMDを睨みつける。
「その機体、リーク・ベッカード!!」
「シャア!貴様は幼馴染の命を奪うつもりか!」
通信が繋がらないコクピットの中、シャアは仲間を奪ったセキュリティに加勢するリークに怒りをたぎらせ、リークは幼馴染すら手にかけようとしたシャアに怒りを露わにしていた。ガンダムはビームサーベルを起動させ、リークは真っ赤なヒートソードを起動。ソラリスの海水が蒸発し泡が湧き上がる中をシャアのガンダムが切り裂いて飛び出した。
「仲間の命を奪った奴らの味方をする!お前はやはり、セキュリティのクズどもと変わらない男なのか!!」
慟哭のような声をあげてビームサーベルで斬りかかるガンダムを受け流すリークは、ヒートソードで応戦するがその出力は完全にガンダムの方が上回っている。数度の斬り合いを経て、ガンダムのビームサーベルを受けたヒートソードが刀身の半ばまで溶断された。
「リーク!ガンダムとは無理です!」
遠目から圧倒的降りに立たさせるリークの戦いを見たアルテイシアが悲鳴のような声を上げるが、リークは関係ないと一喝して傷ついたヒートソードをガンダムへと翻した。
「このバカは殴らんと止まらん!」
「無茶だと言ってるんですよ!?」
「知ったことではない!!」
強力なレーザー通信から発せられるアルテイシアの声を一蹴したリークは限界を迎えつつあったヒートソードを距離をとったガンダム目掛けて投擲する。
「リーク!この動きは……まずい!?」
投げつけられたヒートソードを斬り払ったシャアが、その狙いに気づいた頃には手遅れだった。背部の魚雷砲を発射したリークは魚雷が撒き散らす酸素の尾に紛れてシャアの目の前に現れたのだ。
眼前のモニターに映るMDのモノアイに身が固くなるシャア。
「がはっ!?」
そのコクピットにリークは蹴りを叩き込んで、海中を漂う投擲したヒートソードを拾い上げて真上から斬りかかった。ノイズが走る視界で迫るリークのMDを見たシャアが咄嗟にシールドを使ってヒートソードを受け止める。眩いプラズマの光が暗いソラリスの海の中で輝いていた。
「機体の性能が上でも経験と戦い方で何とでもなる!貴様に足りないものを俺が持っている限り、負けることはない!!」
「チィ……このぉおお!!」
ガンダムの出力に物を言わせて押し返したシャアだったが、ガンダムのコクピットに備わるレーダーが巨大な反応を捉えた。
《各機に通達!海底から巨大な熱源を探知!こちらに上がってくる!》
それは海上にいたシピロン・スパロウ号も感知していた。傷ついたマリオンのMDを回収していたロレーニ艦長は、海底から凄まじい速さで上昇してくる影に息を呑む。この大きさは既存のMDや作業機では存在しないサイズだったからだ。
巨大な影が水深100Mに到達した時だった。進撃していたセキュリティの水上艇が海底から登った青白い光に包まれ、爆散したのだ。
《なんだ、あれは!?》
シピロンのMDが何かを指差す。回収作業を手伝っていたサヤカ・バーンスタインが目を凝らすと、海面に不気味な背鰭が渦巻いていた。見たこともない色と姿をしたそれは、凄まじい水飛沫を上げてその頭を海上へと持ち上げる。
四肢を持たない、大きな胴をしたそれは巨大な海蛇だった。
《また化け物が出たのか!?》
青く光る目を激らせて敵意をあらわにする大海蛇はマリオンやステイト・セキュリティの艦艇を一瞥し、次の瞬間には青白い閃光を口から吐き出した。
不運にも光に呑まれたマリオンの艦艇は一瞬で燃え上がり、引火した結果大爆発を引き起こす。
ソラリス最大のステイトであるメトロポリスの湾に収まりきらない体躯をする海蛇。その姿を海中から見たシャアは目を見開く。それは確かに祖父が読み聞かせてくれた本に描かれた伝説の怪物そのものだったから。
「大海蛇……リバイアサン……!!」
海を支配する大海蛇であり、青く光る目と青白い閃光を口から吐き出す化け物。
深き深海から現れた化け物は戦う人類を咎めるようにソラリスの空へ咆哮を響かせるのだった。