機動戦士ガンダム 青のプロヴィンギア   作:紅乃 晴@小説アカ

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第二十一話 神話の戦い(2)

 

 

 

 

ソラリスに古くから伝わる伝承。

 

深き海から現れる化け物と、人の形をした機械の戦いを綴る物語は、海の上に浮かぶステイトに住まう移住民のほぼ全てが知る御伽噺でもあった。地球でいう神話や、英雄伝に当たる物語であるそれは、人々の冒険心や探究心の情景にも深く関わっていて、ソラリスやコロニー「プロヴィンギア」では、化け物と相対する〝ガンダム〟という存在は特別な意味を持っていた。

 

メトロポリス・ステイトの主要湾「ハーバンズム」。

 

ソラリス最大のステイトの玄関口でもあるその場所では、今まさに御伽噺で語られていた化け物との死闘が繰り広げられていた。

 

 

「ぐうぅ……がぁっ!!」

 

 

ガンダムの強固なシールドを構えながら、シャアはリバイアサンによって吹き飛ばされた衝撃を歯を食いしばってなんとか堪えていた。味わった衝撃が尋常じゃない。おそらく、普通のMDなら木っ端微塵に吹き飛ぶか、ペシャンコにされるのが関の山だ。20メートル級のMD3機を縦に並べても余りある巨大を誇るリバイアサンから繰り出される物理攻撃の全てが即死級の攻撃だ。それに耐えれているのはひとえにシャアが〝ガンダム〟という機体に乗っていたからだ。

 

機体性能に助けられている。そんなもの、考えずとも分かっていたことだ。現存のMDよりも遥かに優れた耐久性と機動力を持つガンダムだからこそ、海の化け物であるリバイアサンと対等に渡り合えているのだから。

 

リバイアサンは虹色の燐光を発するガンダムに咆哮を上げる。リークや彼の部下たちによって浴びせられた傷口への追撃もあるはずなのに、そんなものお構いなしに化け物はガンダムに襲いかかってくる。

 

まるでラチが開かない。幾度となく訪れる衝撃の度にコクピットシートにバイタル・スーツを埋めさせていたシャアの我慢は限界に達していた。

 

 

「いい加減……暴れるのをやめろ……!!このデカブツがぁああ!!」

 

 

体当たりをかけてきた化け物の動きに合わせて、シャアは機体をぐるりと反転させた。機体装甲ギリギリを掠めたリバイアサンの巨体にマニピュレーターを引っ掛けて張り付き、そこへビームサーベルを振り下ろした。硬い。質量を持たない刀身のはずなのに、シャアはたしかに刃が通らない鈍さを体感で味わった。だが関係ない。ビームの出力を上げて無理やり刀身を化け物の身に突き刺してゆく。痛みにリバイアサンが巨大を捻り、シャアは振り落とされないようバランスを保ちながら目的のために刃を突き立て続けた。

 

ビームサーベルの根本付近まで食い込んだことを確認したシャアは、出力を切り、捕まっていたマニピュレーターを離す。同時に、空いた手で腰に懸架していたビームライフルを取り上げて、ビームサーベルで穿たれた傷跡に狙いを定めた。

 

 

「沈めえぇええ!」

 

 

鮮やかなビームの弾頭がライフルから弾き出され、その一閃は痛みに身じろぐリバイアサンの傷口へと直撃する。青い血がドバッと海中に放出され、化け物の絶叫が海中にハウリングした。

 

 

「撃て撃て撃て!!」

 

 

絶叫と共に、援護陣形を組んでいたリーク率いるMD部隊も追撃を開始する。8機のMDから発射されるロケット砲は壮観で、リバイアサンの体がみるみると空気の泡と爆薬の炸裂閃光に包まれていった。その光景を見ていたマリオンのMDも怯んだリバイアサンへ攻撃を仕掛けてゆく。爆雷槍、ロケット、スプレーガン。遠距離武器は何でもかんでも叩き込んでゆく。

 

 

「ステイトの保護が最優先だ!人類の遺産を傷つけるわけにはいかん!!」

 

「ステイトの平和と安全のために!!」

 

 

メトロポリスの湾口がいくら広いとはいえ、あれほどの巨大さを誇るリバイアサンがステイトに上陸でもすれば被害は計り知れない。マリオンもリークたちセキュリティ隊からしても、互いにいがみ合うよりも、化け物をここから追い払うことが最優先だった。

 

青い血を撒き散らしながら苦悶の唸り声を上げるリバイアサン相手に、シャアはビームサーベルを再び展開して身構えた。

 

 

「あと一押しで……ウゥッ!?」

 

 

怯む化け物に斬りかかろうとしたタイミングだった。警戒しない方向から放たれたロケット弾がガンダムの側面に直撃したのだ。衝撃に揺れるコクピットの中で、シャアは自分を攻撃してきた相手を睨みつけた。

 

 

「なんだ!?誰が撃った!?」

 

 

モニターに目を走らせるとそこにはリークの指揮下とは違う、セキュリティのMD部隊が迫ってきている光景が写っていた。先頭の数機は確実にシャアが乗るガンダムに狙いを定めている。その光景にシャアも、そしてリークも険しい表情を浮かべるしかなかった。

 

 

「目標はあくまでガンダムである!ステイトなど、あとで修復すればいいのだ!!」

 

「貴様!正気かぁ!?」

 

 

人類が百年かけて築き上げた海上都市よりもガンダムを優先するなど、正気とは思えなかった。

 

襲い掛かろうとするMDに乗る男はリークの顔馴染みだった。普段、若年であるリークの命令を嫌々聞くような中堅のMD乗りが、ガンダム目掛けて振り下ろしたヒートナイフの一撃を、間に割って入ったリークが半ばで折れたヒートソードで受ける。

 

 

「ステイト一つでガンダムを捕獲できるなら容易いことぉおお!!」

 

 

まるで仇を打つかのようにヒートナイフを振り回す相手に対処しながら、リークは同僚の説得を試みるが効果があるとは言い難いものだった。

 

 

「やめろ!今はステイトの安全が優先だ!我々がステイト・セキュリティである誇りすら忘れたか!?」

 

「邪魔をするか!リーク・デッカード!!所詮、貴様はインポストからこぼれ落ちた半端者!!ならばここで引導を渡してくれる!!」

 

 

ガンダム捕縛の妨害をしてくるリークに痺れを切らした中堅パイロットは、もう一つのヒートナイフを手に取る。一気に放たれた同僚からの殺気に、リークは戸惑いを隠せなかった。

 

 

「ヒートナイフを!お前!!」

 

「ずっとお前が気に食わなかったんだよ、若造!!」

 

 

一撃、二撃とヒートナイフの斬撃がリークのMDへと放たれる。半ばで折れたヒートソードで防御をするが、能力を十全に出せない状況と、顔見知りの同僚からの凶行に後手に回るリークは状況的不利に立たされた。逆手に持ったナイフが防衛するリークの機体の片腕に深く突き刺さった。一瞬の隙であったが、その隙はリークにとって致命的だった。

 

 

「隊長らしく死ねよやぁああ!!」

 

「リーク!!」

 

 

振り下ろされようとしていたヒートナイフは、その行手をシールドによって阻まれる。セキュリティ同士の殺し合いに割って入ったのはシャアだった。シールドで腕を弾き飛ばしたガンダムは、ビームサーベルを翻しヒートナイフを敵の腕ごと切り落とす。目にも止まらぬ速さで成された一撃に、優位に立ってきたパイロットは目を剥いた。

 

 

「ガンダム……!!邪魔をしてくれるか!!」

 

 

距離を取ると同時に向けられる魚雷砲の銃口。シャアの反応は早かった。

 

 

「冗談じゃない!!」

 

 

魚雷が発射されるよりも前に空いた距離を更に詰めるガンダム。眼前に迫ったガンダムの姿にパイロットは声を失った。こうも密着されれば炸裂作用を持つ魚雷を放つことはできない。放てば自分の機体も破壊されかねないからだ。

 

そして、そのパイロットの迷いが明暗を分けた。

 

 

「MDは人を殺すための機械じゃないだろ!!」

 

「う、うわぁあああ!?ブラッディ隊長ぉお!?」

 

 

ビームサーベルの一閃で残った手と足を切り落とされたセキュリティのMD。海中に放り出されたヒートナイフを手に取ったシャアは機体をぐるりと旋回させる。

 

 

「化け物は!!」

 

 

青い血を待ちき散らしながらもプラズマの束を吐き出すリバイアサン。青白い光に飲まれて消えてゆくマリオンのMDを見て、シャアはスロットルを弾きながら叫んだ。

 

 

「ガンダムは、この星の守護神にだって、なれるはずなんだぁー!!」

 

 

気が逸れているリバイアサンの体に空いた傷跡目掛けて、シャアは手に取ったヒートナイフを深々と突き刺す。プラズマを吐き出していたリバイアサンは突き刺さった異物の痛みと衝撃で怯んだ。

 

 

「リーク!!今だぁ!!」

 

 

シャアの声に応じるように、リバイアサンの眼前へと飛んだリークのMD。片手のみで持つ折れたヒートソードを構えて口を開く化け物へと突貫する。

 

 

「チェェェストォオオーー!!」

 

 

折れながらも高温と溶断力を維持するヒートナイフをリバイアサンの口内へと突き立てたリーク渾身の一撃は、それまで持ち堪えていた化け物にとうとう致命打を与える結果となった。ヒートソードが突き立てられた口から青い血を撒き散らして沈んでゆくリバイアサン。

 

猛威を振るった化け物の最後だ。シャアの中で張り詰めていた緊張の糸が解けて、思わず頭を下ろす。汗がバイザーのグラスに滴り落ちていて、背中はぐっしょりと嫌な汗に濡れているのがわかった。

 

 

「はぁ……はぁ……やったのか……」

 

 

ステイトを襲った巨大な深海生物を退けた英雄。そんな彼を待ち構えていたのは、ロザエ率いるセキュリティのMDだった。リバイアサンに吹き飛ばされたアルテイシアの機体も、ビットを全て破壊されたアニスの機体も、ロザエの率いる隊の中に紛れている。使えなくなった仮面の指揮官を差し置いて、ロザエが今や実権を掌握していたのだ。

 

彼女の命令で、ロケット砲やマシンガンを構えたMDたちが、化け物を退治したばかりのガンダムを容赦なく狙っている。

 

 

「大人しくしてもらおう、シャア・レイン」

 

 

ゾッとするような声が響いた。シャアは消耗しきっていた。ガンダムの性能を最大限活かしてやっと化け物を撃退したのだ。銃口を向ける多くのMDを前に抵抗する意思はあるが、体がついてこない。疲労も気力の限界も限界を超えつつあったのだ。

 

 

「ロザエ・ブラッディ!!」

 

 

消耗しきったガンダムを捉えるだけだと卑しく笑うロザエの前に立ち塞がったのは、片腕をだらりと下ろすリークのMDだった。なけなしのロケット砲を構えながらロザエの前に出たリークの機体を、彼女は冷たい眼差しで睨みつける。

 

 

「何のつもりですか?リーク・デッカード」

 

 

まさか敵対行為をするつもりじゃないでしょうね?同じセキュリティだというのに。そんな言葉を連ねる前に、リーク自身から怒気を孕んだ言葉が返ってくる。

 

 

「とぼけるな!セキュリティ隊員の役目はステイトの保安確保が本命のはずだ!貴隊の方針はガンダム捕獲を最優先にしていた段階でセキュリティの在り方から反する体制を隊員に強いたのだ!ならば、貴様らをここで捕縛するのが道理!」

 

「我が隊はステイトの安全を保護していた。なぁ?そうだろう?」

 

 

そう言ってロザエが視線を向けるのはガンダムに返り討ちにされたMDに乗るパイロットだった。彼はいい手駒だった。あの混乱に乗じてリークを殺せていれば文句のない出来であったし、彼を籠絡するために自身の体を使ったように、褒美でまた自分の体を抱かせてやってもいいと思えるほど。

 

だが、彼は失敗した。それがロザエにとって全てだった。

 

 

「お、俺はただ、隊長に言われた通り……」

 

 

そう言葉を濁す男に、ロザエは自身のドゥン・ポーを近づけて接触回線で男を慰めるように優しい声で語りかける。

 

 

「なぁ、そうだろう?私を愛してくれてるのだから」

 

「そ、そうだ!俺はあんたを愛して……」

 

 

ベッドの上でまぐわったように。その体をむさぶったように。それが愛だと勘違いした男のいるコクピットへ、ロザエはドゥン・ポーのビームライフルの銃口を押し当てた。

 

 

「あぁ、私もアンタを愛していたよ」

 

 

その言葉の最中に彼女はビームライフルの引き金を引いた。男は何が起こったのか分からなかった。わからないまま、体がビームの粒子に焼かれて分解した。痛みがあったのかもわからない。ただ、男は哀れにもビームに焼かれて、その生涯を終えたのだ。

 

全ては、ロザエの駒という野望のために歪められたまま。

 

ビームが迸って機体が海中に没してゆく。その光景を見てリークは相手が何をしたのか、理解できなかった。いや、理解はできた。しかし、心がそんな残虐な真似を受け入れることが出来なかった。

 

目の前の女は、何の躊躇いもなく、自分の部下をビームで焼き殺したのだから。

 

 

「隊の規律を乱した裏切り者は我が手で粛清した!これならば、文句はあるまい?リーク・デッカード」

 

「……貴様ぁあ!!」

 

 

怒り狂ったリークの叫びを遮るように、プラズマの束が二人の間を遮った。ハッと目を向けると、そこには青い血を出しながらも再び浮上してきたリバイアサンの姿があった。

 

 

「こいつ!まだ生きていたのか!?」

 

 

あたりにプラズマ光を放ち続ける化け物の姿にロザエは顔をしかめて後退する。リバイアサンはMDを巻き込みながら浮上すると、その身を折って進路を変える。

 

化け物が進む先はメトロポリス・ステイトの陸地だった。

 

 

 

 

 

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