機動戦士ガンダム 青のプロヴィンギア 作:紅乃 晴@小説アカ
海洋惑星であるソラリスには陸地が存在しない。
したとしても永久凍土で覆われた極寒の地だ。
地球とは違い特殊水素を含むソラリスの海水は、地球の水よりも早く蒸発する特性を持ってる。その影響でソラリスの空は常に曇りもしくは雨模様だ。波は高く、海流の流れも早い過酷な環境。
その環境に落とされた人類は、その雑食性と適応能力を遺憾無く発揮し、海上に新たなる生活圏を築き上げた。
ステイト、と呼ばれる海上浮遊型の都市。
ソラリスの開拓が始まり一世紀以上。ステイトの数は増え続け、現在するステイトの数は数百にも登っている。
ステイトは「都市型ステイト」、「資源型ステイト」、「居住型ステイト」と分類され、ステイトの規模から人々からは上流、中流、下流と呼称も分けられる文化が生じていた。
海上浮遊型都市、といえば荒波に飲まれてしまえばひとたまりもないような印象を受けるが、その心配はステイト建設当時に払拭されている。
MDにも採用されているオゾン・ミノフスキー・ステークス(O.M.S)は、圧力を逃すシールドを発生させる特性を持つと同時に、水面との合間に隙間を作りだすという性質もあった。
そのため、建設されたステイトは現象的には海面と都市が分離した状態となっている。
上流、中流、下流。どんなステイトに入ってもその特性は生かされており、波間で揺れる感覚もかなり抑えられている。
もちろん、海に嵐が来れば多少は揺れるが、それでも食器棚の皿が割れるほどの揺れではない。
ホエール・サブマリン号が帰港したサウス・マーケット・ステイトは、一般的に中流と呼ばれる資源型ステイトだった。
人口はおよそ30万人。
ソラリスの海洋で獲れる魚類の売買を行う市場と歓楽街、そして居住エリアが組み合わさった漁業組合向けのステイトだ。
ここには下流の居住型ステイトから出稼ぎに来た人間が多く住んでいる。
自分もその一人で、隣でうたた寝をしているイーサンや、真向かいでゲームに興じている「レオニール・タイド」も同じく出稼ぎに来ていた。
今はホエール・サブマリン号のカーディス艦長と、漁の責任者でもある漁夫長が捕獲した漁獲量の交渉を市場の担当者としているところだった。
「久々の大物だったな」
「相変わらず、漁の時は生きた心地がしない」
人サイズもあろう魚がコンテナに乗せられ、運ばれていく様子を見ながら、乗組員たちが談笑をしている。
魚を網に引き込み、その網を引き揚げる作業を行うのがMDのパイロットたちだが、艦内で作業に当たる乗組員たちもかなり危険な目にあっていた。
成人男性を優に超える体長と重さを持つ魚の山を扱い、劣化しないよう〆をしたり、冷凍庫に保存したりするのだ。うっかりと手が滑ったり、足を滑らすと獲った魚に押し潰される危険が常にある。
ソラリスの漁業組合の中で殉職率が一番高いのが「MDパイロット」ではあるが、二番目に死亡率が高いのは艦内での卸作業だろう。
「はっはっは、だろうな!だが、それが生きるということさ」
乗組員たちが暇そうに話をしている中、漁獲量と買取金額の交渉を終えたカーディス達が戻ってきた。
しかし、行きには居なかった人物がカーディスの隣にいた。顔に傷が入った強面の男は、ゴツゴツとした手で座っていたこちらの手を掴んでくる。
「ホエール・サブマリンのパイロット。相変わらずいい腕だな」
彼はホエール・サブマリン号の同業他社であるシピロン・スパロウ号の艦長だった。
なんでも、魚群に向けて迂闊にライトを点灯させたMDのパイロットは補填された新人だったらしく、貴重なMDとパイロットを危うく失うところだったらしい。
「あの深度で無事だったのは…パイロットは幸運でしたね」
「バイタルスーツがパイロットを守ってくれたんだ。気休めのスーツだと思っていたがケチをしなくて助かったよ」
バイタルスーツは、シー・スペースで船外作業を行う場合や、MDのパイロットスーツとして扱われるボディスーツだ。
ヘルメットの後部には気圧抑制装置と酸素供給ケーブルが備わっていて、スーツの強度は深度500メートルの海域でも人体に被害なく船外作業が行えるものだっだ。
開発当時は人類の新たなる希望として期待されたものの、MDの最大潜航距離が水深6000Mまで更新されたこと、潜水艦の機能が改善され航行時の船外作業を行う比率が下がったこともあって、パイロット達からしたら単なる御守りのような印象に成り下がっていた。
ただ、今回の群れの攻撃によって破損したMDのパイロットは、バイタルスーツで辛うじて命を取り留めていた。もし、スーツを着ずにいたら歪んだ機体の隙間から流れ込んできた海水に晒されることになっていただろう。
艦長であるカーディスは、迷惑料と救援料をほんの少し請求しただけで事なき済んだらしいが、MDとパイロットが海の藻屑に消えていたらそれどころの話ではなかったらしい。
「貴様は俺たちからすれば商売仇ではあるが、MDの腕前は一人前だと認めてやってるのさ。貴様のおかげで貴重なMD乗りが無事に帰還できた。感謝する」
快活そうな笑みを浮かべてバシバシと背中を叩くシピロンの艦長は、礼を言うだけ言って横を通り過ぎてゆく。
「シピロンの艦長。相変わらずいけすかない野郎だな」
「聞こえているからな?」
去り際、うっかり漏らしたイーサンの言葉を聞き逃さなかったシピロンの艦長は、振り向き様に首を切るようなジェスチャーをして、そのまま足早に自分の船へと去っていった。次に漁場を争うときはこっちが競り勝つと豪語されたよ、とカーディス艦長が疲れた顔で言った。
「そんじゃ、仕事も終わったわけだし戻るとしよう」
乗組員全員が五日間も潜水艦の中に閉じ込められていたのだ。とってきた獲物に金額がついて残らず売れたので、長期にわたって続いた漁は終わりを迎えたことになる。
ソラリス標準時で見ても今は午前。昼から休みにしても問題はない。艦長の言葉に待っていた乗組員たちが歓喜の声を上げて、港に止めてあるホエール・サブマリン号へと戻った。
「おいおいおい、冗談」
船を停泊させている港に着くや、イーサンは船を囲むように立っている男たちの制服姿を見て、この世の終わりのような声でうめき声を上げた。
その様子に気づいたのか、几帳面な制服姿の男がこちらに近づいてくる。
「この船の管理者は貴様達か?」
偉そうな物言いでやってきたのは、ステイトの管理や運営を行うコロニー「プロヴィンギア」から派遣された警備兵たちだ。
通称、ステイト・セキュリティ。
だが、実態は酷いものだった。目の前の男が浮かべる卑しい笑みから分かるように、セキュリティ組織はまともな警備などする存在ではない。
「困りますねぇ、ここに船を入れられると。今日は我々が港を使用すると通達は入っているはずです」
そんな通達など入っていない。ここにいる全員がわかっていた。事前通達もなければ、彼らが港を使うなんてのも嘘っぱちだ。
ステイト・セキュリティのやり方は単純だ。
積荷をいっぱいに積んだ船が入港するのを確認すると、積荷を換金した責任者を捕まえて、ないことまみれの罪をこじつけて売上金を支払えと脅す。これだけだ。
ステイト・セキュリティに捕まるほどカーディスは間抜けではなかったし、港に入港した際にはセキュリティの人間がいないことを確認していた。
だが、奴らは巧妙に隠れていた。
こちらが大量の獲物を売って換金するのを待って、ここで待ち伏せをしていた。きっと誰かが情報を漏らしたのだ。誰が?そんな犯人探しをする前に、乗組員やカーディスの思考にはシピロンの艦長の顔が浮かんでいた。
「…この船はセキュリティからの認可も、コロニーからの操業許可証も取得している船だ。やましいことなど一切していない」
「言い方が悪かったか?アウトポストのクソども。その許可証を出しているのも我々セキュリティ側だということがわからんのか?」
艦長の言葉を聞いた途端、セキュリティの男の態度が豹変する。
その男が目配せをすると、セキュリティが所持する最新鋭のMDが、貨物ユニットを下ろしていた乗組員のMDを拘束した。
「簡単な話をしよう。ここで今日の売上金の七割を置いていけ。なら出港を認める」
「七割…!?ふざけるな!なぜそんな…」
「我々が求めてめているのはイエスかハイか、だ」
カーディスの言葉を遮ったセキュリティは、親指を下に向けて合図を出す。
その瞬間、セキュリティのMDはホエール号のMDを捕まえたまま急速に潜航をし始めたのだ。
「我々のMDは深度6000Mまで耐えれる。だが、そちらの旧式では4500Mが限界のはずだろう?」
ニヤニヤしたセキュリティたちは、繋がったケーブルから響く乗組員の悲鳴をわざと聞こえるように通信を繋げた。
「深度はもう3000Mだ。最新のMDは速さが命なのでね」
助けてください、と必死の命乞いもセキュリティたちは嘲笑っている。
酷い。あまりにも酷すぎる。
「お前たち…!!」
怒りに顔を染めたイーサンが目の前でカーディアスを覗き込むセキュリティの男に向かおうとした時だった。
「わかった…!売り上げの七割だ…」
絞り出すようなカーディスの声に、セキュリティはニヤリと笑みを浮かべる。
「んー?そうか、まぁここから浮上する手間賃もある。もう少し上乗せで八割で手を打とうではないか」
「くっ………わかった」
「カーディス艦長!!」
「乗組員の命が大切だ!!……わかってくれ」
イーサンの声を収めるカーディス。だが、その手は血が滴るほど握りしめられていた。
最新のMDに放り投げられた機体は潜航距離ギリギリまで沈まされたせいであちこちがボロボロになっていた。セキュリティたちは売り上げの八割をクレジットから引き抜くと満足したように港から去っていく。
「…すまない、みんな。今日の働きの謝礼は無しだ…」
カーディスの消沈した言葉に、ホエール・サブマリン号の乗組員の誰もが、かけられる言葉を見つけられなかった。