機動戦士ガンダム 青のプロヴィンギア 作:紅乃 晴@小説アカ
「話には聞いていたけど…これはひどいな」
生前の祖父は、医師から知能障害を宣告されても病魔の進行が初期の頃までは施設を使って研究を続けていた。
研究者は常に進歩しなければならない。それは人を豊かにすると同時に自分自身や周りの人を豊かにするのだ。
日頃から祖父はそう言って研究に励んでいた。知能障害の進行を遅らせる事ができるなら何でもしていた。
薬も運動も勉強や研究もだ。けれど、日に日に忘れっぽくなっていく様や、研究室への帰り方がわからなくなっていく姿を見るのはとても辛く、悲しかった。
祖父が本格的な障害を発症してからは、研究室は施設預かりとなって封鎖された。わざわざ封鎖をする必要もないはずなのに、と施設の職員に聞くと生前の祖父の頼みだったらしく、封鎖後の管理までの費用は受け取っていたらしい。
祖父の死が伝わり、余剰費用の返還と施設の引き上げの連絡をしたのはすぐのことだった。
「ソラリスの海水を電気に転換するエネルギー技術とその開発、か」
幼い頃、御伽噺や子供じみたアニメーションよりも、祖父の提唱してきた論文や学術書を読んで育ってきた自分にとって、その発明はとても意味があるものだと言うことは十分にわかっていた。
今やMDや潜水艦にまで普及し、コロニーの膨大な動力源となっているものは、ソラリスの海水だ。
特殊な水素と電解質を持つ海水を汲み上げ、そこから電力を発生させる転換システムは、エネルギー不足に喘ぐソラリスやコロニーに希望の火を灯した。
しかし、その技術はすぐさま公表が阻止され、祖父の書いた論文は没収。研究結果も多額のコインと引き換えにコロニーが持ち去った。
その後、コロニーは画期的なエネルギーシステムを開発したと発表。
苦節数十年を経て祖父が作り出したシステムは、コロニー側に奪い取られ、乗っ取られたのだった。
その意味を理解したとき、コロニー側やセキュリティたちの横暴な態度を見て怒りが湧き上がることは当然だと思えたし、それが権利だとも思えた。
しかし祖父は、コロニーから普及されるシステムを使って感謝する人々を遠目に見つめながら、微笑んでいた。
「和をもって尊しとなす…いつも口癖だったね。じいちゃん」
「和をもって尊しとなす」。ただ単純にいがみあいや争わない、仲良くすると言う意味ではないと祖父は言っていた。
わだかまりなく話し合うこと。
それこそが尊いことなのだ。
祖父はとてもおおらかな人だった。争い事を好まず、話し合うことに意味を見出していた。
もちろんコロニー側のやった事を認めるわけではないが、個人の力であのシステムを普及させることには限界があったし、それによって生じる金銭のやり取りでも、コロニー側から電子クレジットで管理されている以上、避けては通れない結果だった。
「上も下も和らいで話し合いができれば、何事も成し遂げられないことはない」
それがたった一つの望みだったと祖父は悲しげな目をして言っていた。
そして同時に、コロニーの独りよがりな在り方は太陽系から遠く離れた人の希望を潰える危険もあると。
祖父との思い出を馳せながら資料を漁っていると、硬い何かが箱からこぼれて床に音を響かせて落ちた。
「なんだ…?このメタル…」
拾い上げた正体は黄金に象られたメタルプレートだった。手のひらほどの大きさなのに驚くほど軽い。硬さや表面の手触りも今まで見たことがないものだ。
祖父の研究はある程度目を通してきたつもりだったが、このような形のプレートは見たこともなかった。
ゴボッ。
ふと、部屋の奥でかすかな音が聞こえた。
空気が水の中で弾けるような音。そんな音は聞こえるはずがないのに。
ついていた照明が前触れなく消えた。部屋の中が異様な気配に包まれている。
「誰かいる?」
部屋の奥から微かに感じる人のような気配。資料に埋もれた薄暗い部屋の中、ゆっくりと奥へと足を向けた。気配を辿って部屋の奥へと進む。
誰もいないはずなのに、たしかに何かを感じた。感じ取れる何か、それを強く放っている一冊の本。青を基調にした表紙の真ん中には、大きな文字で「V」と記されている。
息を呑んで、その本を取る。
〝コイツ…動くぞ〟
部屋の中に声が響いた。
さっきまで無骨だった施設の部屋が、まるで全てが塗りつぶされるように変わってゆく。空に雲があるのに、見上げるそこには大地があった。
円に支えられる大地が頭のてっぺんを介して、地繋ぎとなっている光景の中。
白い巨人が頭上を飛び去った。ハッと目を向けるとその巨人は赤白い光の剣を抜き、同じく空に待っている緑の巨人切り裂く。
爆炎と光が瞬いて。
その光に意識が持っていかれてるように…。
「いやぁ、参った。ここまで酷いとなると一度帰って作戦を練らないといけないな」
部屋の中に電気がつくと、同時に入ってきた幼馴染の父親が困り果てたような様子でそう言ってきた。
振り返って部屋を見渡す。そこは変わらない無骨な施設の内装のまま。部屋には自分一人と、電動開閉する入り口から入ってきた幼馴染の父親しかいない。
さっき聞こえた声は、光景は、いったい何だったのか…。
しばらく拾い上げた本を見つめて部屋の中で立ち尽くしていると、様子がおかしいことに気づいた幼馴染の父親が大股で資料や研究機材を跨ぎながら近づいてくる。
「なにかあったのか?」
あぁ、きっと、疲れているんだ。
頭を振って、さっきの不可思議な出来事を頭から追い出して、手に持っていた本を元あった床へ乱雑に落として答える。
「いえ、なんでもありませんでした」
「まぁ、ここが無人になってからかなり経つからね」
「そう…ですよね」
埃も多いし、ゴミも多い。そう言って辺りを見渡す幼馴染の父親。そうだ、この部屋は無人で、管理していた者もこの世を去った。だから、さっきのことはきっと…。
「すまない、気を悪くさせたな」
彼は、祖父の死に気を病んでると思ったのか、そう言葉をかけてくれた。本当に優しい人だ。祖父が生きていた頃も、今と変わらない態度で二人暮らしの自分達に何かと世話を焼いてくれた。
「大丈夫です」
とりあえず手で運べそうなものを適当に箱に詰めて幼馴染が退屈そうに待っている車へと戻ることにした。
そういえば、と自分の手に収まっていたメタルプレート。部屋の明かりに照らされて幾十にも輝くプレートを一瞥すると、ズボンのポケットに突っ込んで、先に出た幼馴染の父親の後を追うのだった。
▼
施設の管理人に事情を説明して、後日運送業者を連れて荷物を引き払うという予定を打ち合わせし終えて施設を後にする。
先に停めている車を取ってくると言って、幼馴染の父親と別れる。入り口からすぐにある円状のロータリーの階段に腰掛けて待っていると、横合いから誰かがやってくる気配を感じた。
「おい、そこの貴様」
かけられた言葉の方へ目を向け、視線を細める。相手はこのステイトに駐留するセキュリティの二人組だった。
「その荷物、何に使うつもりだ?」
「祖父の遺品の整理ですよ」
「遺品?こんな施設にか?」
そう言って施設を一瞥するセキュリティの男。たしかにここはコロニー側の科学者も利用する中規模の研究施設だ。こんな下流ステイトの居住者がおいそれと立ち入れる場所でもない。
あれこれと詮索される面倒さに下ろしていた腰を上げようとすると、男が詰め寄ってきて無理やり座らされた。
「おい、動くな。荷物の検閲をする」
そういうと、もう一人のセキュリティの男が祖父の研究資料が入った箱を引ったくるように奪って中身を物色し始めた。
「なんだ、ガラクタばかりじゃないか」
研究で作った試作品は、素人が見ればガラクタにしか見えない。祖父が手がけた部品などを乱雑に箱から放り出していく様に怒りを覚える。すると、横合いから男が箱に手を突っ込んで科学雑誌を持ち出した。
それはコロニー側によって出版規制された、祖父が初めて学会に転換システムを発表した時の科学雑誌だ。
「お前の爺さん、転換エネルギーの関係者だったのか。まったく哀れなやつだな」
パラパラと雑誌をめくりながら、男は哀れそうに、そして皮肉めいた目つきでこちらを見下して言う。
「あの仕組みはコロニー、インポスト側の発明品だ。それをアウトポストの老ぼれが盗んで、あまつさえ開発したなどと発表しては笑い者を通り越して愚か者だ」
「なんだと…!」
思わず立ち上がろうとした自身の中の衝動をグッと堪える。コロニーに住めない、ステイト居住者はアウトポストと蔑まれる。コロニー側の人間に手を出せば、待っているのはセキュリティによる拷問と尋問だ。
怒りを制御して平静を保つ様子を見てセキュリティの男はつまらなさそうに鼻を鳴らした。
「ふん、利口なガキだ。おい」
箱をあらかた調べ終えた片割れに指示を出すと、座っていた身体を無理やり立たされる。人を痛めつけることに特化した警棒を頬に当てられながら、両手を上にあげるよう命令される。
「ポケットに入ってるものも出して…」
「そこらへんにしてやれ」
身体検査が行われようとした直前、二人組の後ろから声が降りかかってきた。さっきまで卑しい笑みを浮かべていた二人組が振り返ると、途端に顔が青くなる。
硬直した二人の合間に視線を向けると、そこには中年を迎えている二人組よりも若いセキュリティの男が立っていた。
「ベッカード隊長!しかし…」
「俺が〝止めろ〟と言ってるんだ?この言葉の意味、わかるよな?」
語気を強めて言う男に、二人は二の次の言葉も発することもできないまま、こちら側を離れてこの場を後にする。
「チッ、親父の七光が」
去り際に呟いた言葉に、男は呆れた様子でため息をついた。
「そう言うのは聞こえないところで言うもんだ」
二人組が施設のロータリーからいなくなったのを見送って、男は地面に散らばった祖父の遺品を拾い集めると、丁寧に箱を返してきた。
「すまなかったな、少年」
「アンタは、ステイト・セキュリティの人間なのか?」
「リーク・ベッカードだ。ここのセキュリティの隊長ってやつさ」
セキュリティの制服の胸には階級を示すタグが縫い付けられている。それを見ると、たしかに隊長の証である黒と青のタグが縫い付けられていた。
「それにしては、あまり信頼されてないんだね」
「まぁ、形だけの隊長ってやつさ。アイツらは歳だけは立派だからな」
うんざりした様子でいうリーク・ベッカードの言葉は事実だった。セキュリティの杜撰さはステイトに住むすべての人々が理解しているし、それを黙って我慢している。中には抵抗する人もいるが、そうあった人物は例外なくセキュリティに捕まってひどい目に合わさられる。
「セキュリティの奴らは、みんな陰湿で嫌な奴らばかりだと思ってた」
「だろうな、自他共に認めるクソセキュリティだよ。今はね」
「今?」
そうさ、とリークは答えた。親の七光と言われていた理由が、彼の父がセキュリティ部門の長官だからだと言う。
父に憧れてセキュリティになったかと言われたらそうではなく、汚職や賄賂、権力に固執する父の醜さを目の当たりにして、反面教師でセキュリティに入隊したとリークは言った。
本来なら役職階級のコネまで父が用意していたらしいが、その顔を全て潰して一介のセキュリティとしてやってきたらしく、それに腹を立てた父の力で、下流ステイトの隊長なんていう立場に追いやられたらしい。
「だから、これから内側を変えていくんだ。俺やもっと若い世代でね」
そう力強くいうリークに、怪訝な目を向けると苦笑いされた。どうやら多くの人からそう言った「絶対に無理だろう」という視線を向けられてきたのだろう。
「そんな無理そうだなって顔をするなよ。言うだろ?志は高くってな」
そうリークが言ったところで、幼馴染の親子が迎えの車を回してきた。傍に置いてあった祖父の遺品を持ち上げる。
「さっきはありがとう。おかげで祖父の遺品を奪われずに済んだよ」
階段を降りていくと、ふとリークが呼び止めてきた。
「ああ、すまない。君の名前は?」
曇り空のソラリスに少しの風が吹いた。髪を揺らす僅か風のなかで、こちらに目を向けるもリークの言葉に答える。
「俺の名前は…」
その瞬間、ステイトに緊急事態を知らせる警報が鳴り響いた。