機動戦士ガンダム 青のプロヴィンギア   作:紅乃 晴@小説アカ

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第五話 海の怪獣

 

 

まだ幼い頃。

 

共にベッドに横になってくれていた祖父が滅多に開かない絵冊子の多い本を手にしていた。

 

もっとも、子供が寝るときにねだるような、お伽話などではなく、その本は古く伝わる神話や伝承などを記した学術書ではあったが。

 

 

「これが海の怪物として恐れられている巨大生物のレビアタンだ」

 

 

めくられたページには、古い怪物の姿が描かれてきた。それは無数の触手と巨大なハサミのような腕を持ち、背から頭までを硬い甲殻で覆われた海の化け物だった。

 

ソラリスで獲れる甲殻類も魚と同じく巨大だ。その身は多く、調理すれば甲殻類のステーキができるほど。

 

子供ながらその怪物を見て、これならステイトの人たちが半年は保つ食料が手に入るなとぼんやりと思っていた。

 

 

「こう言った海洋生物を模した怪物は地球でも古くから神話や物語に登場していて、滅びた古代文明の入口を守る守護神としても描かれてきている」

 

 

現実的なことを考えている子供相手に、祖父は真面目に言ってページをめくる。複数のページにはレビアタンのような巨大なイカや、大海蛇などが船や人を襲うイラストが描かれている。

 

 

「中にも口から眩い光の炎を吐き出すなんていう化け物もいるぞ?その多くがフィクションではあるがな」

 

「人は海を怖がってたのかな?」

 

「というより、安全に航海をするための願掛けのようなものもあったのだろうな」

 

 

そもそも、そう言った伝承や伝説が盛んに世間に飛び交ったのは人が海という新たな領域に行動範囲を広げていったからだと祖父は言った。

 

 

「海は深く、広い。もともと住んでいた〝地球〟の海ですらその全容を明らかにできなかった。宇宙に浮かぶスペースコロニーを作った人類でも、身近にある海の全てを知ることはできなかったのさ」

 

 

だから深い海に恐怖の象徴がいくつも生まれた。深海に住む怪物や、山ほどの大きさの怪物、船を水底に引き摺り込む怪物、果ては宇宙からやってきた古き神々。

 

宇宙とコロニーが出来上がっても、人は海にまつわる恐怖心を拭うことはできなかっただろう。

 

 

「なんで人は海よりも宇宙を目指したの?」

 

 

そう質問すると、祖父は少し考えてから答えた。

 

 

「宇宙は光がある。光は希望だ。その希望は新たなるフロンティアを目指す道標となった。だが、海には光はない」

 

 

海は深くなればなるほど、光を通さない闇に繋がっている。宇宙はたとえ自分から遠くても必ず照らし続けてくれる星があるし、向かう先がわからなくなっても動かない星を頼りに道に戻ることができた。

 

天体というものは、古くから人を導き、照らし続けた。だが、海にはそれがない。その事実が人の恐怖を象徴しているのだと祖父は言った。

 

 

「光は遠ざかり、届かなくなる。暗闇は人の心に影を落とす。恐怖もな」

 

「じいちゃんも海は嫌い?」

 

「海は広大で、広く、深い。嫌いじゃないさ。だが…怖さはある。その暗く深い様相が、人間の心のあり方に似ているとも思えたからな」

 

 

さて、今日はもう寝なさい。

 

そう言って本を閉じた祖父は部屋の明かりを消してベットを後にする。行儀良く布団をかぶったフリをして、祖父の気配が遠かると決まって小さな明かりをつけ、祖父が置いていった本を開いた。

 

宇宙という星々の楽園よりも、深く暗い海に住む怪物たちの存在に、幼い心はロマンを見つけ踊っていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

「おい」

 

「なんだよ?またソナーの故障か?」

 

 

ステイトの端に位置する監視塔の中で、監視官がヘッドホンを指差しながら後ろで酒を飲む同僚に声をかけた。

 

 

「いや、違う。何か…妙な音が」

 

「スピーカーに繋げてみろ」

 

 

きっとソナーの部品に海藻だとかゴミが引っかかってノイズが出てるに決まってる。そう決めつけた同僚に不満を漏らしながら、監視官はスピーカーに音を通した。

 

同時に、音が監視塔の部屋の中に響き渡った。海流の激しい水流音に混ざって何かが軋むような音が聞こえる。

 

 

「なんだ?魚の群れか?」

 

 

耳をそばだてながら言う同僚に監視官は音の集音数を調整しながら首を横に振って否定する。

 

 

「いや、これはもっと大きい」

 

 

じゃあもっと大きいやつか?とも問いかける。

 

ソラリスの海は栄養素が豊富であり、生息する魚類の大半が巨大だ。中には20Mという巨体を有する種類もこの海には存在している。

 

だが、ソラリスの海の99%がまだ未開領域とも言われていて、そんな海にどんな生物が住むのか解明はされていなかった。

 

 

「魚の呼吸音ではない。甲殻類が持つ殻が軋むような音が聞こえる」

 

「金属音にも聞こえるぞ。おおかた、漁に出ていた船の音が反響しているだけだろ」

 

 

議論を重ねている間にもスピーカーから響く音は大きく、まるで近づいてくるように響き渡っていた。気がつけば監視官も同僚もジッと黙って音に神経を集中させていた。

 

ふと、響き渡っていた音が消える。

 

 

「音が消えた」

 

「そらな?だから気にしすぎだと…」

 

 

その瞬間、凄まじい衝撃と揺れが二人を襲った。窓際まで吹き飛んだ監視官がモニターへと目を向けた。

 

ハッと息を呑む。

 

窓の外は凄まじい水飛沫と波、そして巨大な触手とハサミが映っていた。

 

そのまま海底の音を収音していた監視塔は、振り下ろされたハサミによって跡形もなく潰されたのだった。

 

 

 

 

 

 

警報が発令されたのは、すでに海から這い上がった化け物がステイトの地に巨大な体躯を叩きつけたあとだった。

 

 

「な、なんだあれは…!!ソラリスの海から這い上がってきたぞ!」

 

「化け物だ!!」

 

 

遠目から見てもわかるほど、その生き物は巨大だった。遠近がおかしくなるような大きな体は甲殻が軋む音を響かせながらステイトの沿岸部に上がろうとしている。

 

腹から伸びる触手が無造作に地面に叩きつけられ、簡素なプレハブが吹き飛び、ハサミが振り下ろされると堅牢な防波堤が容易く薙ぎ倒されてゆく。

 

 

「ええい、セキュリティの監視隊は何をやってたんだ!!」

 

 

リークがセキュリティの無線に怒鳴り声をあげていた。幼馴染のアニスや、その父親が突如として現れた化け物の姿に恐れ慄く。

 

あの独特なシルエット、体躯、巨大な触手とハサミ。その姿を自分は知っている。

 

 

「……レビアタンだ。じいちゃんが言ってたことは、本当だったんだ」

 

 

幼い頃に祖父が見せてくれた本に描かれていた化け物「レビアタン」。

 

それは、今まさに自分の生まれ故郷であるステイトを襲っている化け物と全く同じ姿をしていた。

 

ガツン、とハサミが振り下ろされステイト中が激しい揺れに見舞われた。耐えきれずに倒れたアニスを庇ったリークが階段に頭を打ち付け、苛立ったように叫ぶ。

 

 

「オゾン・ミノフスキー・ステークス(O.M.S)の振動吸収がまるで役に立ってないぞ!!くそ!!」

 

 

ソラリスの荒波すら吸収するシステムすら、巨大な化け物相手には通用しない。

 

科学者である祖父と同じく、ソラリスの海を研究するアニスの父親は信じられないものを見るような目で暴れ回るレビアタンを見据えた。

 

 

「あんな巨大な海洋生物がこんな浅瀬に来るなんて…」

 

「お、お父さん!!」

 

「ステークスの地表にいては危険だ!はやくシェルターに!セキュリティはMDを出すんだ!!」

 

 

倒れたアニスたちを起き上がらせながら避難するよう指示を出すリーク。セキュリティの役目はステイトの保安と治安維持、そして海洋生物からステイトを守るのことだ。

 

 

「リーク・ベッカード!!」

 

 

咄嗟に呼んだ名前に、リークは心配するなと不器用な笑みを浮かべて答えた。

 

 

「君も早く避難を!!対応は我々が行う!」

 

 

後ろから自分を呼ぶアニス。走っていってしまったリークの背中を一瞥してから、自分を待ってくれていた車に乗り込む。

 

研究施設から出てシェルターに向かうが、すでに道路はパニック状態の住人でごった返していて、車が走るスペースなど無かった。

 

動けなくなった車から出て、シェルターに繋がる道を進もうとすると、近くの建物のハッチが開いた。

 

目を向けると、数機のMDが開いたハッチから歩いて出てきていた。

 

 

「あれは漁業組合のMDじゃないか!!」

 

「おい!そんなオンボロで何をするつもりだ!」

 

「決まってんだろ?アイツを捕獲するんだよ!」

 

 

開けられたままのコクピットハッチの縁に座るMDのパイロットは意気揚々にそう言った。

 

海に向かって歩くMDの手には、巨大魚類を仕留めるための槍や水中銃、スプレーガンが握られているが、あんな武器でレビアタンになど太刀打ちできるわけがなかった。

 

 

「無理だっていうのわかってるんじゃないの!?」

 

「俺たちはステイトの居住者である前に漁師なんでな!あんなデカイ獲物を前に黙って見てられる性分じゃあないのさ!」

 

「やめろ!死に行くようなものだ!!」

 

「あれを放っておいたらこのメガロ・ステイトがやられちまうんだ!セキュリティも動かない!だったらやってみる価値はあるってもんだ!!」

 

 

アニスの父親の静止も聞かずに進んで行くMDたち。周りを見渡すと他の漁業組合のMDたちも出撃していて、彼らはステイトへ侵攻しようとするレビアタンに向かっていた。

 

その光景を見て、考えてしまった。

 

あれだけのMDがいれば、もしかすれば出来るかもしれない、と。

 

 

「親父さん、研究用の調査MDはあるよね」

 

 

そう問いかけると、アニスの父親はとんでもない、と言った顔で両肩を掴んだ。

 

 

「なっ…馬鹿なことを言うんじゃない!あれはどう見ても危険すぎる!」

 

「わかってる。けど、このステイトで一番MDの操縦経験があるのは俺なんです」

 

 

伊達にホエール・サブマリン号のエースパイロットをやってきたつもりはない。甲殻類の装甲の隙間をついて息の根を止めたこともあったし、巨大な魚を追い込んで仕留めた経験もあった。

 

不安げにこちらを見る幼馴染であるアニス。震える彼女の手を握って、「大丈夫」と言い聞かせた。彼女にも、自分自身にも。

 

 

揺れが一層大きくなる。MDの数機がレビアタンへ攻撃を始めたのだ。損傷が多くなる前にどうにかしたい。

 

 

「頼みます」

 

 

こちらの覚悟との思いを汲み取ったのか。アニスの父親は少し迷ったように目を彷徨わさせてから、息をついて答えた。

 

 

「…案内する」

 

「お父さん!?」

 

「このままじゃ俺も娘も、妻も死ぬんだ。だったら、ほんの少しでも可能性のある方へ賭けたい。……着いてきてくれ」

 

 

そう言ってシェルターとは別方向、人がいない路地に進んでゆく。

 

 

「ま、待ってよ!!」

 

 

戸惑ったように追いかけてくるアニス。ステイトの揺れは更に激しさを増していた。

 

 

 

 

 

 

ステイト・セキュリティの支部へと戻ったリークは、すぐさま応援をよこすようにセキュリティの管理部へと連絡をしたのだが、その返答に耳を疑った。

 

 

「何ぃ!?セキュリティのMDは出さずに即座に退去命令が出ただと!?」

 

《コロニー警備部からの直々の命令だ》

 

「ふざけるな!何を言っているのか理解しているのか!?」

 

 

未確認の巨大海棲生物による被害はソラリスに住む人々によっては恐怖でしかない。津波や海底火山の噴火の場合は避難などの措置しか取れないが、海棲生物相手ならセキュリティの最新MDを使えば対応は可能のはずだ。

 

そう訴えかけるが、管理部からの返事が変わることはなかった。

 

 

《そもそも、そのステイトは下流で、建造年数もだいぶ経っている。老朽化も目立つため、ここで現れた怪物に叩き潰してもらうとするさ》

 

「ステイトの住人はどうなる!!」

 

《あれは天災だ。なら、人は流れに沿って生きていけばいいのだ》

 

 

それだけ言って管理部は通信を切ってしまった。なんと情けないことを言う!!リークは思わず拳をコントロールパネルに叩きつけた。

 

 

「じゃあ、俺たちも逃げるのであとは頼むよ、リーク隊長殿」

 

 

他のステイト・セキュリティも大半が逃げる準備をして飛行船へと登場している。しかもご丁寧に最新式のMDを積載してだ。

 

奴らは今まで過ごしてきたこのステイトがどうなってもいいと、本気で思っているらしい。

 

 

「…ベッカード」

 

 

残ったのは、リークと同じくセキュリティを内部から変えようと志す青年士官たちだけだ。リークは怒りに満ちていた心を落ち着かせて、残ってくれたセキュリティのメンバーを見渡した。

 

 

「整備班に伝えてくれ、俺専用のMDは潜水艦に積むな。とな」

 

「お供します。隊長」

 

 

そう言って敬礼を返してくれる仲間達に、リークは静かに敬礼を返したのだった。

 

 

 

 

 

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