機甲少女の想いは一途   作:hekusokazura

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 無警戒に近づいてくる若い兵士。彼が着る防弾ベストの胸倉をむんずと掴むと、すぐさま膝を折って自身の体を一気に床へ沈め、所謂背負い落しの形で相手の体を宙に浮かせて半回転させた。おそらく技を掛けられた側は訳も分からぬまま天地が逆さまになるのを見届け、訳も分からぬまま床に叩き付けられ、訳も分からぬまま組み伏せられていたに違いない。そして相手を組み伏せる事ではなく、無力化することを目的に動いている冬月は、相手を叩き付けるのと同時に、自身の肘に全体重を預け、その肘を相手の喉へと押し付けた。

 大人一人分の体重を喉に叩き付けられ、たちまち呼吸困難に陥いる兵士。大技を繰り出しながらも動きを止めない冬月は、悶える兵士の腰のホルスターから拳銃を奪い取ると、銃口を兵士の胸に押し付ける。

 

 発砲。

 

 至近距離で銃撃を受けた防弾ベストはその機能を果たさず、兵士の背中からは床に向けて大量の血が弾けた。

 冬月は動かなくなった兵士から離れると、すぐに拳銃をリツコへと向ける。

 

「銃口を向けたからには、殺される覚悟はあるのだろうな」

 

 冬月のナイフのような鋭さを持つ声と共に発砲。

 冬月が兵士から拳銃を奪った瞬間にリツコは身を屈めていたため、拳銃から放たれた銃弾はリツコの頭を辛うじて外れ、背後の壁に大きな穴を開ける。

 

 リツコを牽制することに成功した冬月は、急転直下する事態に呆然として固まってしまっていた他の兵士たちに向かって、次々と発砲していく。発砲されてもなお動けないでいる彼らは、おそらくまともに訓練を受けてない即席の兵士なのだろう。そんな素人たちをいきなり実戦投入しなければならない彼らの内情を敵ながら憂いたが、数年前に何も知らずにこの場所にやってきた少年を無理くり人型決戦兵器に乗せたことを思い出す。冬月は敵に対する憂いを捨て、淡々と発砲を続けた。

 

 一人が脚を撃ち抜かれ、盛大な悲鳴を上げながら床に倒れたところで他の兵士たちは漸く動き出し、物影に身を隠しながら冬月に向かって反撃を始めた。

 

「副司令! この人数相手に無駄な抵抗はお止め下さい!」

 飛び交う銃声に、リツコは手で耳を塞ぎながら怒鳴った。

「多勢に頼れば何かと隙が生まれるものだよ。赤木くん」

 激しい銃声の中でも、何故か副司令の声はよく通った

 

 コンソールの下に隠れていたリツコ。そのコンソールの卓上に、ゴトンと丸いものが落ちる。

「え?」

 コンソールの下からひょっこりと顔を出す。卓上の上を転がる、丸いものを凝視するリツコ。

 それは、ピンが抜かれた手榴弾。

「ヒッ!?」

 短い悲鳴を上げながらリツコが慌ててその場から逃げ出して2秒後。

 激しい爆発音と共に、強烈な閃光が瞬いた。

 

 

 

 

 青葉シゲルをはじめとする兵士4人は広大な実験房へとに出ると、中央に置かれた巨大な鋼の心臓のような姿の転送システムへと走る。

 転送システムの横には、膝を抱えて眠りについている巨人。

「頼むから、大人しくしておいてくれよ」

 

 その巨人については、赤木リツコが完全に沈黙させているはずである。にも拘らず、2度に渡ってありえない状況から再起動を果たし、暴走した姿を目撃してきた青葉は、3度目の暴走が起こらないよう祈らずにはいられなかった。今のところ沈黙を保っている巨人の前をびくびくしながら通り過ぎ、転送システムの前に置かれたコンソールに張り付く。コンソール上にあるキーボードを叩き、転送システムの扉を開けるためのコマンドを打ち込んだ。

 

 やがて鋼の心臓の中央が動き出し、扉が開き始めた。

 

 扉の向こうから現れる人影。

 空色の髪。雪のような肌。

 

 大仰な装置に比して小さなスペースしかない扉の向こうでは、一人の女の子が眠っている。

 すぐに青葉以外の3人の兵士が扉に向かう昇降台を駆け上がり、まだ開き掛けの扉の隙間に手を差し入れ、中の女の子の腕を掴むと外へと引きずり出した。女の子は意識がないのか、乱暴に引きずり出されても反応を見せず、床に膝から崩れ落ちる。

 年端もいかない女の子の膝から血が滲み出るが、兵士たちは気にも留めず囁き合う。

「ゼーレのパイロットについては確保し次第、即刻処分…でよかったよな?」

「ああ。サードインパクト発動のキーの一つがゼーレのパイロットだったという情報がある。フォースインパクトを防ぐためには、ガキだろうと容赦はいらない」

 そう言いながら、その兵士は手にしていた自動小銃の銃口を、女の子の額へと押し当てた。

 

 

 

 どこからか激しい発砲音。

 青葉を含めた4人全員が、音がする方へと視線を向ける。

 音がするのは、この広大な実験房を見渡せる位置にある、モニター室から。

「なんだ?」

 青葉がモニター室の窓ガラスを凝視していたら。

 

 ドン!

 

 強烈な爆発音と共に、その窓ガラスが砕け、弾け飛んだ。

「え?」

 砕けたガラスが、実験房の床にバラバラと舞い落ちる。

 割れた窓からはもうもうと立ち昇る黒い煙。

 その煙に混じって、何かがモニター室から実験房へと飛び出してくるのを目撃した青葉。

 モニター室から飛び出してきた意外過ぎるものに、青葉は素っ頓狂な声を上げる。

 

「ふ、副司令!?」

 

 

 

 投擲した手榴弾が弾け、強烈な爆発音と閃光。窓ガラスが砕ける音。あちこちから上がる悲鳴。そこかしこからもくもくと立ち昇る黒煙。

 冬月はモニター室の壁に備え付けられた消火用ホースを抱えると、煙に巻かれて半狂乱に陥っている捕虜たちを掻き分け、割れた窓から外へと飛び出した。

 

 10階建てビルの高さに相当するモニター室から飛び出したすと、遥か下にあった実験房の床が、見る見るうちに迫ってきた。

 冬月は床に向かって落下しながら、実験房内の状況を素早く確認していく。実験房の中央には膝を抱えて座っている巨人と、その隣に置かれた転送システム。転送システムの前に置かれたコンソールの前には、かつての部下。そして転送システムの扉に群がる3人の兵士。3人の兵士の足もとには、転送システムから無理やり引きずり出されたらしい空色の髪と白い肌の女の子。かつての部下も3人の兵士も、皆呆気に取られてこちらを見上げているが、兵士の一人が持つ自動小銃の銃口は、女の子の額に押し付けられている。

 落下する冬月の体が床に到達するまで2メートルのところで、モニター室の散水栓に繋がれていた消化用ホースが伸び切った。垂直落下していた冬月の体は、ピンと伸びた消化用ホースに引っ張られ、大きく弧を描きながら横移動を始める。

 

 遥か上のモニター室から垂れ下がる長い消火用ホース。そのホースの先端にぶら下がりながら、宙を歩いてこちらに迫ってくるかつての上官。

「ふ、副司令…!」

 青葉は咄嗟に冬月に向けて自動小銃を構えるが、その指は震え、引き金を絞り切れない。

「青葉くん。命のやり取りの最中だよ。躊躇ってはいかんな」

 ホースから手を離した冬月。落下運動と振り子運動。2つの力を纏った冬月の体は、青葉に向かってまっすぐに突っ込んでいく。

「ぐへっ!?」

 かつての上官によるドロップキックを食らった青葉は、そのまま冬月の足の下敷きになりながら気を失った。

 青葉の体に着地するなり冬月はすぐさま青葉が持っていた自動小銃を奪い取り、転送システムの前の3人に向かってフルオートで発砲。狙いやすい急所である胸部と頭部は防弾ベストとヘルメットで守られているため、3人の下肢を次々と狙い撃ちしていった。

 

 下半身にしこたま銃弾を撃ち込まれ、悲鳴を上げながら転送システムの扉の前から転がり落ち、床の上をのたうち回っている兵士たち。冬月は弾倉が空になった自動小銃を投げ捨てると、血染めの彼らを踏み越え、血染めの階段を一気に駆け上がり、転送システムの扉の前に立った。

 扉の前で、ぐったりと横になっている裸の女の子。飛び散った血飛沫で赤く染め上がった女の子の細い首もとに、手の指を押し当てる。指の先に感じる、ポツポツと鳴る慎ましやかな脈動。少女が生きていることを確認した冬月は、ほっと安堵の溜息を漏らした。

 

 その直後に、冬月の頭上を何かが掠め、転送システムの鉄扉に激しい火花が瞬き、凄まじい破裂音が鳴り響いた。振り返ると、実験房の奥にある扉から同じヘルメット、同じ防弾ベストで身を固めた兵士たちが、冬月に向けて発砲を繰り返しながら続々と入ってきている。

 冬月は足もとの兵士から自動小銃を奪い、兵士たちに向けて牽制射撃を繰り出しながら、女の子を抱えて転送システムの陰に隠れた。

「さすがに無勢では限界があるか…」

 冬月は空になった弾倉を交換すると、物陰から身を乗り出し、迫ってくる兵士たちに向けて発砲。実験房の奥の扉から冬月が居る転送システムまでの間に、まともな遮蔽物はない。そこを真正面から馬鹿正直に突っ込んでくる兵士たちは、実に狙いやすい的だった。しかし。

 

「むっ」

 自動小銃の弾倉が空になる。交換できる弾倉はすでになく、冬月は自動小銃を床に投げ、最後の得物である拳銃を構える。

 しかし拳銃の残弾は、こちらに迫ってくる兵士の人数と比較して、明らかに少ない。兵士たちも一人抵抗を試みる老人が持つ得物が自動小銃から拳銃に変わったことに気付き、老人が隠れている転送システムへとより大胆な動きで近づいてきている。

 冬月の目の前に、ゴトンという音と共に落ちてきた手榴弾。冬月は躊躇うことなくその手榴弾を拾い上げると、迫ってくる兵士たちに向かって投げ返す。手榴弾は兵士たちの真上で破裂し、周囲に強烈な閃光と激しい爆発音をまき散らし、その真下にいた兵士たち数人がたちまち行動不能に陥った。冬月は冷静に的確に、一発一発を無駄にすることなく丁寧に、棒立ちとなった彼らへ銃弾を送り届ける。

 投げられた手榴弾は殺傷能力のない音響閃光弾だった。どうやら敵はまだ老体の生け捕りを諦めていないらしい。実際彼らがその気になれば、転送システムにバズーカ砲でもぶち込んで、一瞬にしてこの事態を終わらせることができるはずだ。

 いずれにしろ、冬月は自分が追い詰められていることを自覚していた。そして手にした拳銃が、残り2発で弾切れを起こすことも知っていた。

 

「万事休す…か」

 

 冬月がそう呟いた、その時だった。

 

 

 事態は急変した。

 こちらに距離を詰めてくる20人近い兵士たちの体が、瞬時に爆ぜたのだ。

 機関砲が打ち鳴らすけたたましい発砲音が実験房の中に充満する。本来は装甲車や航空機の破壊を目的として作られた鉄の塊たちは、生身の兵士たちの体をあっさりと爆散させると、その勢いを些かも留めることなく、冬月がいる転送システムの裏の壁を穿ち、冬月の頭上に砕け散った大量のコンクリート片を巻き散らした。冬月は右腕で自身の頭を庇いながら、左腕で女の子の体を庇う。

 

 5秒間続いた機関砲の発砲音が止んだ。

 地響きのような轟音が止み、その後にやってきたのは、耳鳴りがするほどの静寂。

 

 冬月は立ち上がり、硝煙と土埃が立ち込める実験房の奥を見つめる。

 やがて硝煙と土埃が晴れると、床の上に広がるミンチ状になった無数の肉片たちが現れ、そしてその奥に立つ見知った人物の顔が目に入った。

 

「碇」

「冬月。無事か」

 

 碇ゲンドウは靴が汚れるのも構わずに、血と肉片の海の上を歩いて冬月のもとへと向かう。ゲンドウの両脇には、円筒形のドームの下に機関砲を備えた、まるで戦闘艦に搭載されるCIWSに蜘蛛の脚をくっ付けたような形の屋内用多脚式歩行戦車が付き従っており、その機関砲の砲口からは煙が立ち昇っていた。

 

 血と肉片の海が広がる中、所々にはまだ人の形を留めている肉の塊が転がっている。

 その一つ。

「碇ゲンドウ…、悪魔め…」

 その兵士は両脚と片腕を失い、裂けた腹からは贓物を溢れ出させながらも、目前を過ぎて行く悪魔の化身に向かって、握っていた拳銃を向けた。

 

 パン! パン!

 

 乾いた2発の発砲音は肉塊と化したその兵士が握っていた拳銃からではなく、ゲンドウが握っていた拳銃から放たれたものだった。2発の銃弾を喉に食らった兵士は、体内に残された最後の血液を床にまき散らしながら、今度こそ絶命した。

 

 ゲンドウは、何事も無かったかのように歩くペースを変えず、冬月の前に立った。

「30分前に全てのセキュリティシステムがダウンしたようだ。我々は今、大変無防備な状態で叛乱分子の奇襲を受けている」

 事態の深刻さの割に、いつもと変わらない冷たい表情で言うゲンドウ。老体に鞭を打った冬月も、その顔に多少の疲れは宿しつつもいつもと変わらない冷静な声で応じる。

「赤木くんの仕業だろうな」

「敵の目標は我々、エヴァ・パイロット、そしてエヴァ本体だ。セキュリティシステムは再起動させたが完全復旧まで30分は掛かるだろう」

「碇、貴様はこの襲撃を事前に知っていたのか」

 冬月はゲンドウが赤木リツコらの決起直前にモニター室から退室していたことを思い出しながら訊ねる。

 ゲンドウは珍しく不愉快そうに鼻を鳴らした。

「不本意だが我々は不意打ちを受け、そして今もなお、不意打ちを受け続けている」

「その割には準備が良いようだが」

 

 ゲンドウが付き従えている2機の多脚式歩行戦車。この多脚式歩行戦車は本部のセキュリティシステムからは独立した、ゲンドウの命にのみ従う自律型のオートマトンであり、本部防衛における最後の砦である。

 不意打ちを受けながらも速やかに多脚式歩行戦車を投入し、セキュリティシステムを再起動させたゲンドウの手際の良さが冬月は気に入らなかった。

 

 ゲンドウは無感動に言う。

「襲撃直前になって、叛乱分子から密告者が現れた」

「密告者?」

 冬月は年を重ねるごとに動きの乏しくなる表情筋を駆使し、片方の眉が吊り上げる。

「ああ。加えて密告者は、我々に叛乱分子の首班の身柄を提供すると言っている」

「葛城くんをか」

「ああ。館内の監視カメラでも葛城一佐の姿を確認した」

「貴様。よもや、その密告者とやらの言を信じているのではあるまいな」

「信じはせん。だが利用はする」

 今度は冬月が鼻を鳴らす。

「まあいい。私も叛乱分子の一人を捕らえた。奴からも情報を引き出すとしよう」

 冬月は視線を転送システムの前にあるコンソールに向けた。しかし、そこで気絶して倒れていたはずの青葉シゲルの姿がない。

「逃げたか…。私の部下の時代から、私の目を盗んでサボるのが上手い男だったが…」

 肩を竦めながら、視線をゲンドウへと戻す。

「叛乱分子の武装は小火器が中心で軽装だ。侵入者の人数はまだ把握できていない以上油断は禁物だが、オートマトンによる迎撃で十分対応可能だろう」

「優先保護対象を初号機、マーク7、NHGとする。マーク7とそのパイロットの確保が確認できたらすぐに出撃させろ」

 ゲンドウのその指示に、冬月は再び片方の眉を上げることになる。

「エヴァは対人戦闘には不向きだが」

 まさか、あの巨体を本部の中で暴れさせるつもりだろうか。

「連中はこの日のために周到に準備を重ねてきたはずだ」

「攻撃の第2波がある、ということか」

 ゲンドウは頷くと、握っていた拳銃の弾倉を抜き、新しい弾倉を装填し直す。

「冬月。お前は引き続きここで初号機を守れ。このオートマトンを1機、残しておく」

「お前はどうするつもりだ」

 ゲンドウは残りの1機を従えながら、実験房の奥の扉に向かって歩き出す。

 

「息子のところへ行く」

 

「それが貴様にとっての最優先保護対象という訳か」

 

 冬月のその問いに答えることなく、ゲンドウは実験房を後にした。

 

 

 

 

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