膨大な数の爆発物の中に自ら飛び込み、自らその爆発物を引火させ、誘爆させた紫色の巨人、エヴァンゲリオン初号機。
肥大化した月と満天の星々が浮かぶ夜空に躍り出た初号機の巨体は地球の重力に引かれるままに自由落下、はせず、展開したATフィールドをまるでセイル代わりにして、空を埋め尽くす猛烈な爆風の波に乗って飛び立った場所からさらに天高くへと舞い上がり、ついには成層圏にまで達してしまう。しかし空中にある全ての火薬が消費し尽くされ、全ての爆発が収まり、滑走する波を失った初号機は、今度こそ地球の重力に引かれて落下し始めた。
超高高度からの落下。落下傘などない。
来たる衝撃。地上との衝突に備えるべく、初号機が自身の足もとに向かって衝撃吸収に適するハニカム構造に編んだATフィールドを張り巡らせようとした、その時だった。
初号機の背後から、強烈な閃光を背負う何かが急接近した。
背後から迫ってくる「何か」に気付いた初号機は、すぐさま初号機と「何か」の間にATフィールドを張り巡らせる。ところが高速で突っ込んできた「何か」は初号機が張り巡らせたATフィールドをあっさりと通過。初号機に向かって両腕を突き出し、その体に組み付いた。
背中に背負ったロケットブースターを点火させた巨人。成層圏から地上に向かって落下している初号機に向かって、一直線に大空を駆けた全身を水色に塗装された機体、エヴァンゲリオン・マーク7は、初号機が張り巡らせたATフィールドに対し、自らもATフィールドを発生させて相手のATフィールを弾き飛ばすと、初号機に向かって溜め込んだ運動エネルギーを全てぶつける。その巨体を「く」の字に捩じらせた初号機。2体の巨人が空中で錐もみ状態になる中、マーク7はさらに両腕を回して初号機の左肩と胴体を拘束した。
落下中の無防備なところをマーク7によって横合いから高速で激突された初号機。さらに左肩と胴体を掴まれ、密着され、動きを封じられてしまいそうになるが、まだ動く右腕をぶん回して右肘をマーク7の頭部へとぶつける。2度、3度と続けて肘打ちを食らわせていくうちに密着されていたマーク7の体が少しずつ離れていき、初号機はすかさず生じた隙間に左膝を挟み入れ、一気に突き放そうとマーク7の胴体を蹴り上げた。
初号機の胴体を拘束していたマーク7の右腕がずるずると抜け落ち、拘束が緩んだお互いの胴体が離れる。しかし、マーク7の右腕は未だ初号機の左肩をがっちりと拘束したまま。
初号機はマーク7を完全に突き放そうと、今度は右拳をマーク7の顔面に向かって振り落とした。
2度、3度と。初号機の厳つい拳が、マーク7の顔面を潰していく。
4度目の拳をマーク7の顔面に打ち込もうとして。
その初号機の拳が、手首から吹き飛んだ。
マーク7の左手に握られていたのは拳銃。拳銃とは言え、エヴァンゲリオン用に用意された拳銃は戦艦の主砲並みの口径を誇る。その拳銃をほぼゼロ距離でぶっ放された初号機の拳は、あっけなく砕け散り、大きな穴が開いた手の甲から盛大に体液を撒き散らした。
しかし。
それでも構わず、初号機は砕けた拳でマーク7の顔面を殴り続ける。
初号機の砕けた拳から迸る人工血液が、マーク7の西洋式甲冑の鎧兜のような顔面を真っ赤に彩っていく。
顔面に強打を受け続けるマーク7は、今度は拳銃の銃口を初号機の胸に押し当てた。
再びゼロ距離での発砲。
銃弾は初号機の胸当て装甲を簡単に貫き、その下の分厚い人工皮膚を穿ち、肋骨を砕き、肺をズタズタに破壊する。
それでも初号機はマーク7の顔面を殴り続ける。
肺が弾け、体内を逆流した血液が初号機の口の周囲を真っ赤に彩ることを気にも留めず。
砕けた右拳で、顔面に殴り続ける。
マーク7は初号機の体に押し当てた拳銃の位置をずらし、3度目の発砲。
初号機の脇腹が大きく抉れた。
マーク7はさらに拳銃の位置をずらし、4度目の発砲。
初号機の骨盤が砕け散った。
それでも初号機は殴打を止めなかった。
繰り返し、ひたすら、愚直に、一途に。
初号機の砕けた右拳はマーク7の顔面を殴り続けた。
そしてついに、マーク7の顔面が完全に潰れ、陥没する。
初号機はさらに右腕でマーク7の左腕を抱え込むと、ダメ押しとばかりに東洋式甲冑の鎧兜のような顔面の額を、マーク7の潰れ掛けの頭部に向かって勢いよく突き出した。
初号機による渾身の頭突きを正面から食らったマーク7の頭部は弾かれたように後屈し、首の根本からぽっきりと折れてしまった。
初号機はさらに右腕をマーク7の背中へと回すと、マーク7が背負っていたロケットブースターも殴り付ける。火花が散ったロケットブースターはたちまち大爆発を起こし、推力を失ったマーク7の体は背中から大量の炎と煙を吐き出しながら、真っ逆さまに地上へと墜落していく。
超高速で迫ってくる地表。
マーク7は地上との激突の衝撃を和らげるため、地上に向かってATフィールドを張り巡らせた。
ところが、マーク7が発生させたATフィールドは何故か霧散してしまう。諦めず、何度も、何度も。迫る地上と機体との間にATフィールドを発生させてみるが、悉く掻き消えてしまう。
それが、初号機が同時に発生させたATフィールドによる中和作用だと気付いたマーク7(のパイロット)。初号機の思惑を悟り、今度はマーク7の方が初号機の胴体を蹴り上げ、初号機の体を突き放そうとするが、マーク7の左腕を抱え込んでいた初号機は、マーク7の右腕もがっちりと抱え込んでしまい、てこでも離そうとしない。何度蹴り上げても離れようとしないため、マーク7は先ほどのお返しとばかりに初号機の顔面に向かって頭突きを試みたがが、すでに根本で折れていたマーク7の頭部は初号機への頭突きによって完全に千切れてしまい、夜空の彼方へと消えてしまった。
初号機とマーク7。
2つの巨体は、互いの体を絡み合わせながら、地上へと真っ逆さまに墜ちていく。
* * * * *
遥か遠方の真っ赤な地表に、巨大な土煙が立ち昇った。
覗き込んでいた望遠鏡の調整リングを回し、倍率を上げていく。円形に縁どられた視界の中一杯に広がる土煙。その土煙が、少しずつ晴れていく。
薄くなっていく赤い土煙。
土煙の下から現れる、放射状に広がるクレーター。
そのクレーターの中央に横たわる、2体の影。
折り重なるようにして倒れている2体の影。
その内の1体。もう1体を下敷きにして腹ばいに倒れていた1体が、ゆっくりと体を起こし始めた。片膝を付き、腰を上げ、上半身を起こす。
土煙の中でふらりふらりと立ち上がるその姿は、濃霧の中を彷徨う戦場に散った狂戦士の亡霊のようだった。
その狂戦士の足もとで横たわるもう1体。無残にも四肢(と頭部)が胴体から千切れてしまっている水色の塗装の巨人は、動き出す気配はない。
狂戦士は今一度足もとに横たわる水色の巨人の側に片膝を付くと、その上半身を引き摺り起こす。
さらに水色の巨人の背中の装甲を引き剥がして頸部から背部までを剥き出しにさせると、口を大きく開いた。
そして。
「うはぁ~…、食っちゃってるよ~…」
丸く縁取られた視界の中央に、十文字に交わる2つの線。
「こりゃウォーキングデッドも裸足で逃げ出しちゃうね~」
その十文字が、「捕食」に夢中になっている狂戦士と重なるように微調整していく。
動かないもう1体の頸部を喰らい尽くした狂戦士は、ゆっくりと立ち上がった。
立ち上がってくれたおかげで、狙える面積が広くなる。
しかし。
「ああもうっ…。ふらふら動き過ぎ…」
右胸部から腰に掛けて3つの大穴が開いているらしい狂戦士。重傷を負い、立ってるのが不思議な狂戦士の足もとはおぼつかず、上半身が右に左にと大きく不規則に揺れている。
おまけに。
「煙、邪魔…」
立ち昇る土煙が、標的の姿をまるで陽炎のように揺らめかせてしまう。
一発で片づけてしまおうと思えば簡単だった。
一番狙いやすい胸部。
その中に収まるコアをぶち抜いてしまえばよいのだから…。
「そんなことしたら彼、チョーおかんむりだよねぇ…」
次に狙うべきは、エヴァンゲリオンのセンサー類が集中している頭部だが、ファッションモデルも形無しの頭身を誇るエヴァンゲリオンの、しかも右に左にゆらゆら揺れる超小顔をこんな長距離から狙い撃ちするのは容易ではない。
仕方なしに。
視界の中央にある十文字を少し下にずらす。
十文字が、標的と重なる。
静止。
そして静寂。
地鳴りのような、発砲音。
視界の中を、一筋の閃光。
閃光は、狂戦士の右大腿部へ。
装甲が砕け、筋肉が弾け飛ぶ。
右大腿部の筋肉の半分を刮ぎ取られた狂戦士は、堪らずその場に片膝を付く。
狂戦士の右大腿部が弾け、膝が付くまでの1秒に満たない時間。
構えている狙撃銃のボルトハンドルを回し引いて銃身内に残っていた空薬莢を弾き出し、すぐさまボルトハンドルを押し込んで次弾装填。
片膝を付いたおかげで狂戦士の姿勢は安定。頭部の揺れも小さくなる。
狙いやすくなる。
再び地鳴りのような発砲音。
視界の中を、一筋の閃光。
対使徒用に鋳造された巨大な弾丸は、空気を切り裂いて、狂戦士の頭部へ一直線。
弾丸が届けば狂戦士の頭部は粉々に爆散するはずだったが、弾丸が到達する直前になって狂戦士の上半身が左に大きく揺れた。
弾丸は狂戦士の鎧兜の端を掠めただけに留め、その背後の地面を穿つ。
上半身を大きく揺らした狂戦士は、そのまま地面に左手を付いた。
それはただの偶然か。狂戦士にとっての幸運か。
放たれた弾丸が狂戦士の頭部を砕くことなく地面を削っただけに終わったのは、体に4つの穴を開けられた狂戦士が、倒れそうになり体がよろめいたことによる、偶然のタイミングによるものか。
それとも。
「避けられた…?」
偶然か、それとも狂戦士が遥か彼方から放たれた弾丸を避けのか。
そんな些末な事を判断するために、貴重な時間を浪費し、思考を割いててはならないことを、彼女は知っている。
今、彼女がしなければならないこと。
ボトルハンドルを操作し、空薬莢排除、次弾装填。
間髪入れずに引き金を絞る。
3度目の、地鳴りのような発砲音。
標的の頭部へと吸い込まれる弾丸。
しかし、この弾丸も、標的の頭部を破壊するには至らなかった。
標的は。
狂戦士の頭部は動いていない。
頭部の代わりに動かしていたもの。
それは狂戦士の左手。
前方に翳された左手を中心に広がる、八角形の輪。
それはATフィールド。
ATフィールドにぶち当たった弾丸は、粉々に霧散する。
ATフィールドを展開させる左手。
その左手の指の隙間から覗く、狂戦士の目。
その目と、狙撃銃の照準器を覗いていた8号機の目が合った。
「まずっ!」
8号機のパイロットがそう呟いたと同時に、照準器の中に捉えていた初号機の姿はすでに消えていた。