機甲少女の想いは一途   作:hekusokazura

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 照準器から顔を離した。

 8つある目が、星々が瞬き、肥大化した白い月が浮かぶ夜空を見上げた。

 その大きな白い月を背に、黒い大きな影が宙を舞っている。

 

「ちっ!」

 

 元ユーロネルフ所属エヴァンゲリオンパイロット真希波マリは舌打ちをすると、狙撃のために地面に腹ばいになっていた8号機を後方へ跳躍させる。その直後、8号機が腹這いになっていた場所を、夜空から降ってきたエヴァンゲリオン初号機の左踵が襲った。大地が大きくひび割れ、初号機の踵の直撃を食らった狙撃銃の銃身は粉々に砕け散った。

「その体でよく動く!」

 8号機はすぐに予備の拳銃を構え、長距離をひとっ飛びして地面に着地した初号機に向かって、立て続けに発砲した。

 初号機は8号機を中心に大きく円を動くように横跳びを繰り返すと、初号機の姿を追って上半身を捻りながら拳銃を撃ち続ける8号機の腰が限界にまで捻じれたところで、大地を思い切り蹴り、8号機との距離を一気に詰める。

 8号機は上半身を極端に捻るという不自然な姿勢となりながらもなおも銃撃を止めず、その一発はついに初号機の左脇腹を撃ち抜いたが、初号機の突貫は止まらない。

 突き出した左手で8号機の右手首を掴み、突っ込んだ勢いを利用して8号機の右手が握る拳銃を空へと向けさせた。さらに砕けた右拳を8つの目が並ぶ8号機の顔面に向けてぶち込む。

 顔面を殴打された8号機は突っ込んできた初号機に押し倒される形で、背中から地面に倒れた。2体の巨人が折り重なるように倒れ込み、地面が割れ、舞い上がった土煙が初号機と8号機を包み込む。

 初号機は拳銃を握る8号機の右手を左手で握りしめて地面に押し付け、右前腕で8号機の顎を押さえ込む。押さえ込んだ8号機の顎を横に強引に捻じれさせると、現れたのは無防備な8号機の頸部。その頸部に浮き上がる、極太の頸動脈。

 

 初号機の下顎が下がり、ぱかっと口が開いた。

 

 皮を裂き、骨を砕き、肉をすり潰すために並んだ堅牢な歯。

 

 初号機はその歯を、8号機の頸動脈に向かって突き立て、8号機の首に齧り付いた。

 

 

「イタイイタイイタイ!!ちょー、ちょっと痛いってええ!!」

 大量の気泡が発生した8号機のエントリープラグ内に、パイロットの悲鳴が木霊する。警告を示す赤い表示が、プラグ内の壁を利用した全周囲型のモニターのあちこちに現れる。

 8号機は自由な右手で初号機の額を押し上げようとするが、噛み付かれた8号機の頸部の皮膚が下の血管ごと大きく伸びた。

「いったああああああああ!!ちくしょうーめえええ!!」

 初号機の口を頸部から引き剝がすことを諦めた8号機は、右手で初号機の顎を握り締めた。

「こんのぉおおおお!!」

 全身の力を右手に注ぐ。

 

 初号機は8号機の頸部を食い破ろうとし

 8号機は初号機の顎を握り潰そうとする。

 

 8号機の頸部が先か。

 初号機の顎が先か。

 

 

 軍配が上がったのは8号機の方だった。

 

 グシャリと音がする。

 それは初号機の顎が8号機の頸部を食い破る前に、8号機の右手が初号機の下顎を握りつぶした音だった。

 続けて初号機の喉の奥から、大地を震わす低い叫び声が轟いた。

 

 頸部の圧迫から解放された8号機は、初号機との体の隙間に右足を挟み入れ、爪先で初号機の体を蹴り上げる。蹴っ飛ばされた初号機の体が大きく宙を舞い、大地を転がっていく。

「うおぇっ! けほっ、けほっ…! …ったく」

 エントリープラグ内に響く咳音と悪態。

「爆弾持って突っ込むしか能のないコと思ってたけど…。捨て身の攻撃ってぇのが一番厄介ね…」

 転がっていった初号機の方を見ると、初号機はすでに体を起こしており、早くも8号機に向かって突撃を始めている。

 8号機はすぐさま拳銃で迎え撃とうとするが、拳銃を握っていた右手が動かない。

 見ると、8号機の右手は、握った拳銃ごと握り潰されていた。

「ありゃま。あっちは顎1つに対して、こっちは左手1つに拳銃1丁か。第1回握々(にぎにぎっ!)潰し合いっこ対決は、あたしの負けのようだね。君の執念、本当に恐れ入るわ」

 8号機の8つの目が、撃ち抜かれた右足をさぞ不自由そうに引き摺り、砕けた下顎をだらんと下げながらも、大口を開けながら凄まじい勢いで襲い掛かってくる初号機を見つめる。

「おー怖っ。ウォーキングデッドどころじゃないね。ジェイソンにマイヤーズにフレディ足しちゃったんじゃないの、あれ」

 初号機は8号機の10歩手前で、健在な左脚を使って大きく跳躍。その左膝を前に突き出して、8号機に向かって飛び掛かった。

 

 8号機は初号機が繰り出す渾身の膝蹴りを、避けようともせずに棒立ちのまま迎える。

 初号機の突き出された膝が8号機の鼻っ柱に触れようとした瞬間。

 

 8号機は瞬時に両膝を折り、まるで五体投地でもするかのように一気に身を低くした。

「でもやってることはトーシローレベルだよん」

 8号機の頭部をぐしゃぐしゃに破壊するはずだった初号機の膝小僧が空を切る。その初号機の下では、8号機が身を低くするのと同時に腰の後ろに回していた左腕を、まるで野球の投球のように大きくぶん回していた。

 鈍い光が闇夜を切り裂くと共に、宙に大量の血飛沫が舞った。

 

 

 轟音と盛大な土煙と共に、初号機の体が大地へと転がっていく。

「馬鹿正直な突貫がそう何度も通用すると思ってるんだったとしたら君。Too optimsticだよぉ~」

 8号機は地面にうつ伏せになって倒れる初号機を見ながらすっくと立ち上がる。その右手に、独特の「く」の字の曲線を描く、大型のナイフを握り締めながら。

「脚一本もーらいっと」

 8号機は足もとに転がる、初号機の左下腿を小突いてみせた。

 視線を少し上げると、右下腿を失った初号機が四つん這いの状態で地面を這い、8号機から離れようとしている。

「おやおや。頑張るねぇ」

 8号機はナイフを一度縦に勢いよく振って、刃にべったりと付着していた初号機の血を飛ばすと、逃げる初号機の背中を追って歩き始めた。8号機の足取りはのんびりとしていたが、まるで壊れかけのからくり人形のようなぎこちない動作で地面を這う初号機の背中に、あっという間に追いついてしまう。

「でも、そろそろいいんでないかな。君、よく頑張ったよ。うんうん。じゃ、いい加減意地張るのやめて、お姉さんと一緒に行こっか」

 初号機の背後に立った8号機。右手に持った大型ナイフの背を、自身の首にトントンと当てる。

 初号機は引き摺った右膝から溢れ出す大量の血を地面に引きながら、なおも8号機から離れようと這い続けている。

「ちょっとー。声は届いてんでしょ? 第一の少女さん」

 8号機は身を屈め、左手を初号機の肩に伸ばそうとした。

 

 その瞬間を狙ったかのように、初号機は身を翻す。

 左手に握った拳銃を、8号機に向けて。

 銃口はまっすぐに8号機の眉間を捉える。

 引き金に掛けた人差し指に力を込めて。

 引き金を、絞り切ろうとして。

 

 しかし初号機の人差し指が引き金を絞り切ることはなかった。

 拳銃を握った初号機の左手。

 左手が、拳銃を握ったまま、手首から離れ、宙を舞っている。

 手首から噴き出した大量の血が宙を彩った。

 

 初号機が身を翻し、左手に握った拳銃を向けてきた瞬間、右手に持っていたナイフを横薙ぎにした8号機。ナイフで切断された左手を見ながら砕かれた顎を大きく開けて咆哮している初号機の胸に向かって、右足を突き出した。右足に体重を乗せ、初号機の体を地面の上に磔にする。

「へー。切り札を隠し持ってるなんて、君にも案外小賢しいところあるんだね~。マーク7が持ってた奴かな~?」

 宙を舞っていた拳銃付きの初号機の左拳が、轟音と共に地面に落下する。

「でも、見た感じ今ので打ち止めみたいだね。よしっ、気は済んだかな? じゃあ、一緒にゲンドウくんの所に帰ろっか。ゲンドウくんにはあたしが一緒に謝ってあげるからさ」

 8号機が、初号機の胸に乗せていた足から、ほんの僅かだけ体重を除いた瞬間。

 初号機は一応まだ全ての部位が繋がっている右足を大きく振り上げた。8号機の顎に初号機のつま先がぶち当たり、8号機の巨体が大きく揺らぐ。初号機は間髪入れずに右足を8号機の腹に押し付け、強く蹴り上げた。

 

 8号機を渾身の前蹴りで遠くへ突き飛ばした初号機は、満身創痍の体を腹ばいにさせると、短くなってしまった手足をバタつかせて地面を這い始めた。千切れた左手首、左膝。風穴が開いた胸部、両脇腹、右大腿。砕けた顎に右拳。全身から夥しい量の血を撒き散らし、赤い大地をさらに赤く染め上げながら、初号機は這い続ける。

 少しでも遠くへ。

 「彼」にとって、僅かばかりでも脅威となる可能性があるものから、少しでも遠ざかるために。

 

 

 その初号機の背後で、星空を駆ける黒い影。

 黒い影が握る、鈍い光を放つ「く」の字の形をした巨大な刃物が、初号機の右足に向かって振り下ろされた。

 初号機の右足は大腿部の中央で輪切りにされ、胴体から分断された右下肢がくるくる回転しながら飛んでいき、宙に血飛沫の螺旋を描いていく。

 

 初号機の壮絶な咆哮。

 初号機の右足を切断した8号機は、左のつま先で初号機の脇腹を蹴り上げた。

 

「君が「この戦い」から降りるのは勝手だけどさ」

 

 宙に浮いた初号機の首を右手で掴み上げ、初号機の体を半回転させると、今度は初号機を背中から地面に叩き付ける。喉が潰れたか。初号機の開いた口から、血反吐が噴水のように吹き上がった。

 

「初号機とワンコくんは置いてってほしいんだな」

 

 8号機は今度こそ初号機を逃さないよう、初号機の胸にどっかりと腰を下ろし、馬乗りになった。

 

「ワンコくんも悲しいかな運命を仕組まれた子」

 

 初号機は8号機を押しのけようと手首から先がない左腕の先端を8号機の喉に向けて打ち付けようとするが、8号機はすぐにナイフを振り下ろし、今度は初号機の左腕の肘から先を切り落とす。

 

「君がどんなに彼を運命から遠ざけようとしたって、運命ってのはストーカーばりにどこまでもしつっこく追いかけてくるもんさね」

 

 続けて8号機は、初号機の左腕がこれ以上悪さをしないよう、その左肩に向けてナイフの刃を打ち付けた。

 

「逃げられないんだったらさ。せめてワンコくんの背中を押してやろうよ。運命に立ち向かっていけるように」

 

 しかしナイフは初号機の鎖骨は断ってもその下の肩甲骨までは断ち切ることが出来ず、初号機の肩の2分の1を裂いたところで止まってしまう。

 

「それにゲンドウくんとこも裏切っちゃうとなると、今のこの世界にシンジくんが逃げられる場所なんてないんだよ? 君」

 

 仕方なく、8号機はナイフを前後に挽き、ノコギリの要領で初号機の肩を切断しに掛かる。8号機の下で初号機が暴れ狂うが、8号機はまるで暴れ牛を乗りこなす牧童のように、体を前後に揺らせて絶妙なバランスを取りながら、淡々と肩を切断する作業に勤しんだ。

 

「そりゃ君がもちっと強けりゃまだ君の行動にも説得力があるんだけどさ」

 

 初号機の左腕が胴体と離れ離れになる頃には、8号機の下の初号機は暴れ疲れたのか、ぐったりとして動かなくなっていた。

 

「こんなに弱っちいのに、あっちゃこっちゃ敵に回しちゃってどーすんの?」

 

 8号機は切断した初号機の左腕をぽいっと遠くへ投げ捨てる。

 

「な~んにも知らずに寝ちゃってるワンコくんの立場が一層悪くなっちゃうような気がすんだけどな~」

 

 投げ捨てられた腕が、轟音を立てて地面を転がっていく。

 

「せめてリリンの手の届かない、空の彼方にでも飛んでいけるようなおっきな翼が君にもあったらよかったのにね」

 

 初号機がすでに抵抗する力を失っていることを確認した8号機は、初号機の体からゆっくりと腰を上げた。

 

 

「あーもしもし? あ、センセ、おひさー。いや誰って、あたしですよあたし。いやいや“スナックあけみ”のママじゃないですって、センセ。そーそー、そーですそーですお久しぶりでーす。ところでセンセ、今、あたしの足もとに初号機があんだけど、どーしたらいいです? うん、そうそう、その初号機。え? あ、そう。じゃあ今からそっちに持ってきまーす。ついでに8号機が活動限界ぎんりぎりだから、予備バッテリー用意してくれてるとありがたいんですけど。えへへ、まあいいじゃないですか。どーせ誰も乗ってなかったんだから。あい。あい。よっし、これで契約成立ですね。んじゃ、よろぴく~」

 

 通信を終えたマリは、8号機の足もとを見下ろし、呆れたように眉を顰めた。

 左下腿を失い、右下肢を失い、左上肢を失った初号機はなおも俯せになり、腹這いになり、残った一本の右腕で地面を引っ掻き、短くなった両足をジタバタさせながら、前に進もうとしている。

 止まり掛けのゼンマイのようなぎこちない動きで。

 手足をもがれ、まるで芋虫のような姿で、地面を這っている。

 

「その執念だけは、見上げたものね」

 これからこのジタバタ足掻く芋虫を担いで連れて帰らなければならない8号機。お持ち帰りしやすいよう足2本と腕1本をもいでみたが、完全に無力化するためにも、残りの右腕も切断してしまおう。

 8号機はなめくじのような速度で地べたを這っている初号機の上を跨いだ。右手に握ったナイフを、天に向かって振りかぶる。そして初号機の右肩目掛けて。

 握ったナイフを初号機の右肩に目掛けて振り下ろそうとしたその時。

 

 背後からまるで遠雷のような爆音が聴こえた。

 振り返る8号機。

 8つある目を、爆音が聴こえた方向へと向ける。

 赤く染まった大地の彼方。

 赤く染まった大海が見える。

 その赤く染まった海に浮かぶ幾つもの影。

 その影から、幾つもの閃光が瞬いた。

 閃光に遅れて、再び遠雷のような爆音。

 

 8号機の目は海に浮かぶ幾つもの影を拡大して捉える。

「アイオワ級戦艦? 奴らもまたどえらい骨董品を引っ張り出してきたもんだね~」

 海に浮かぶ戦艦から放たれた幾つもの閃光。

 閃光たちは夜空に大きな弧を描きながら、8号機が立つ場所へと降り注ごうとしている。

 8号機はその閃光たちに向かって、右手を翳した。

 その右手を中心に、八角形の光の輪が発生し、空中へと広がっていく。

 

 大空を駆け抜けた閃光は、大きく広がった八角形の光の輪の中へ。

 閃光は光の輪の内面に触れた瞬間、弾け飛ぶ。

 

 はずだった。

 

「あれ?」

 

 光の輪の中を素通りしてきた閃光。戦艦の主砲から放たれた砲弾たちを見つめながら、マリは気の抜けたような声を上げる。

 

 直後、8号機は巨大な爆炎に包まれた。

 

 

 

 

 * * * * *

 

 

 

 

「目標地点に着弾を確認! アンチAT弾! 効果ありです!」

 双眼鏡を構えた観測手の報告に艦橋のそこかしこから歓声が沸くなか、艦橋の中心にある重厚な椅子に腰を掛けていた老将は膝を叩いた。

「全艦隊に打電。アンチAT弾第2射用意」

 老将のその下知に、側に控えていた副官が口を挟む。

「長官。我が艦隊の第一目標はネルフ造兵廠の破壊では?」

「構わん。初号機の破壊はニア・サードインパクトを経験した我々人類の悲願だ」

「あの白いエヴァンゲリオンは報告にない機体です。初号機を攻撃しているようにも見えましたが」

「少なくとも我が陣営にエヴァが参戦しているという情報はない」

「では、ネルフのエヴァが同士討ちをしていると…?」

 老将は鼻を鳴らす。

「敵さんの事情など知ったことか。我々は我々の仕事を遂行するまでだ。アンチAT弾斉射後、全艦隊は持ちうる全ての火力をもって目標を殲滅せよ」

「はっ!」

 踵を鳴らす副官は老将に向けて敬礼した。

 

 海上に犇めく大艦隊。何百とある全ての砲塔、ミサイルランチャーが、一斉に同じ方角を向き始めた。

 

 

 

 

 * * * * *

 

 

 

 

 土砂に巨体の半分が埋まってしまった白い機体。エヴァンゲリオン8号機。

「いーっちっちっち。ひ~どい目に遭ったにゃ~」

 体の周辺にATフィールドを勢いよく放ち、機体を埋めた土砂を弾き飛ばす。

「あれが噂のアンチAT弾か…。…ったく。いつの時代のリリンも敵を殺すための研究だけは努力を惜しまないね~」

 立ち上がった8号機は、周辺を見渡す。ほとんど平らな地形だったはずの場所は、そこかしこに爆発で抉れた大穴が開いたいてる。そして8号機が立つ場所から2つめの穴の向こう側。

 

 地面に、奇妙なものが生えていた。

 

 8号機は跳躍すると、2つの大穴を飛び越え、奇妙なものの側へと降り立つ。

 地面からにょきっと生えたもの。それはよくよく見れば、腕のような形をしている。8号機はその腕のような何かを握ると、ぐいっ、と引っ張ってみた。地面の下から、肩、胸、そして頭部が出てくる。

 マリは吹き出してしまった。

「あんたも酷い目に遭ったね~」

 8号機の手によって地面の下から引っ張り出されたのは初号機。最後に見た時は、膝や大腿部の位置で切断された両脚がまだ残っていたはずだが、今の初号機には腰から下がない。

「うん。でもコアは無事だから。ゲンドウくんがちゃんと治してくれるよ」

 8号機はまるで胸像のようになってしまった初号機の体を、手でバンバンと乱暴に払ってやる。すると泥まみれだった初号機の体から本来の紫色の装甲が見えてきた。顔に付いた泥も払い落としてやる。

「う~ん。やっぱり初号機はイケメンさんだね~」

 泥が落とされた初号機を満足そうに見つめた8号機は、初号機の腕を掴んだまま背負う。

「じゃあ帰ろ…っか…」

 

 再び遠くの空から遠雷のような爆音。

 振り返る8号機。

 遠くの海に浮かぶ艦列から空に向かって立ち昇る、幾つもの光の筋。

「お~きたきたきた~」

 艦載砲の発射から着弾までの時間は数十秒しかない。8号機は砲弾がここに落っこちてくるまでに、さっさと戦場から逃げてしまおうと、海に背を向けて走り出した。

 

 走り出そうとして。

 

「およ?」

 

 足を止めて、振り返る。

 海全体から、空全体を埋め尽くすほどの無数の光の筋が立ち昇っていくのを目撃してしまったマリ。

 

「飽和攻撃ぃ!? たった2機相手にぃ!?」

 

 海上を埋め尽くす大艦隊。兵装を備える全ての艦の、全ての砲塔、全てのミサイルランチャーがほぼ同時に火を噴き、全ての砲弾、全てのロケット弾、全てのミサイルがたった2つ(正確には1つ)の目標を狙って空を駆け抜けていく。

 

「ひぃぃぃぃぃぃ!?」

 初号機を担ぎながら走り出す8号機。瞬く間に最高速に達し、音速の壁をぶち破った。

 

 エントリープラグ内にけたたましいアラーム音。同時に、プラグ内を囲む全周囲型のモニターに四角い枠で縁取られた「警告」の文字があちこちに現れる。

「活動限界!? こんにゃ時にいぃぃ!!」

 8号機の動力源が自動的に予備バッテリーへと切り替えられるが、通常バッテリーに比べるとその非力さは明らかだった。みるみるうちに、8号機の走るスピードが落ちていく。背後では放物線の頂点を過ぎた砲弾やミサイルたちが、いよいよ8号機の居る場所目掛けて落下を始めている。それらが着弾するまでに、攻撃範囲外まではとても辿り着けそうにない。

 

 

 エヴァンゲリオン8号機の非合法的所有者、真希波マリ。

 この戦いに飛び入り参加するにあたり、彼女が自らに課した2つの使命。

 1つ目は、「彼女」によって奪われ、攫われた初号機、そして初号機に在る「彼」の身を奪い返すこと。2つ目は、初号機と「彼」の身を脅かすあらゆるものから護ること。

 少なくとも、今、この時。初号機と「彼」の身が危険に晒される可能性の最も少ない場所は、「彼」の父親のもとだ。

 1つ目の使命を果たすことには成功した。そして2つ目の使命は、初号機と「彼」を父親のもとに送り届けることで果たされるはずだった。

 

 その使命を果たせそうにないこと。

 そして、果たしたはずの1つ目の使命も放棄し、そして2つ目の使命を別の誰かに譲らなければならないというこの事態は、彼女にとって不本意極まりないものだった。

 

「ええい、こんちくしょうめぇ! これで「あん時」の借りはちゃらだかんねぇ!!」

 

 8号機は初号機の右腕を両手で掴むと、左脚を軸にその場で回転を始める。

 反時計回りにぐるぐると回転する8号機。その8号機の両手に右腕を握られている初号機の腰から上だけになってしまった体が、8号機を中心にぐるぐると回る。

 陸上競技のハンマー投げの要領で、初号機の体にたっぷりの遠心力を与えた8号機。

 

「ほ~ら、飛んでけ~~!」

 

 8号機が両手をぱっと離すと、初号機の体はあっという間に空の彼方へと飛んで行った。

 

 投げた初号機が夜空の星になったところで、本当の活動限界を迎えた8号機。膝ががくんと折れ、その場に跪く。

 8号機の背中に、無数の砲弾とミサイルが降り注いだ。

 

 

 

 

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