☆これまでのあらすじ☆
ネルフはシンジくんをエヴァに乗せようとするしヴィレはシンジくんを殺そうとするしで、ついにブチ切れた綾波さんがシンジくんを攫って宇宙へ逃げちゃった。
(29)
特務機関ネルフと反ゼーレ・ネルフ組織ヴィレが初めて戦火を交えた日から10年後。
地上で繰り広げられる戦闘の業火から離れた、遥か上空。
小さな明かりだけが灯る狭い空間に、ピピッと小さな電子音が鳴り響く。それは東の空から朝日が昇り、西の空へ夕陽が沈む地上とは異なり、1日の始まりと終わりを知る術がないこの場所に世界標準時における朝が来たことを告げるアラームだった。
アラームが鳴り止んでから数秒後。薄暗い空間に、それこそ東の空が少しずつ白み始め、やがて朝日が昇るのと同じ様に、人工的な光はゆっくりと時間を掛けて光量を増やしていく。
その空間は細長い、円筒状を成していた。
円筒の中央に鎮座するのは、大仰な機械類に囲まれた、人一人がゆったりと座れる大きさの座席が一つ。
その座席は、今は空っぽ。
ではこの狭い円筒形の空間に無人なのかと言えば、そうではなかった。
座席は空席だが、その座席の上に、人が一人、浮いていた。
座れる場所があるというのに、その人物がわざわざ宙に浮いている理由は2つ。
一つは、この空間には重力の影響が及んでいないから。
そしてもう一つは、その円筒状の狭い空間は半透明の液体で満たされているから。
宙に浮くその人物の体は重力に支配されず、半透明の液体の中を揺蕩っていたのだった。
腰まで伸びた黒い髪を華奢な体に纏わせた、見た目は14~5歳くらいの人物。一見すれば女性と思われても仕方がない姿をしているが、伸び放題の黒髪の隙間から覗く細やかな裸身。胸に膨らみはなく、その股間には男性器があり、液体の中を漂う彼は少年であるということが分かる。
少年は、ただ液体の中を漂っていた。黒髪の隙間から覗く肌には血の気が通ってはいるものの、瞳は閉じられ、だらりと伸ばされた四肢からは生命の活動というものを感じさせない。ただ、やや濁った、半透明の液体の中に身を任せている。
少しずつ光量を増していく照明。1時間掛けてゆっくりと明るくなった筒状の空間。
その一角が、人工的な明かりとは全く違う類の光を放ち始める。
まるで急速に増殖するアメーバーのように、範囲を広げていく淡い光。人一人分の大きさまで大きくなった淡い光は、その中心から2本の腕、そして2本の脚を生やし、やがて人の形を成し始める。
丸みを帯びた肩、腰。慎ましやかに膨らんだ胸。少年と同様に、いや少年以上に長い、膝まで伸びた髪を半透明の液体の中に漂わせる人の形をした淡い光。
少女の形をした、淡い光。
最初はぼんやりとした、曖昧な少女の形だった淡い光は、時間を掛けて指の一本一本、毛先の一本一本までをはっきりと形作ったところで、ゆっくりと液体の中を漂う少年へと近づき始める。少し濁った半透明の液体を両手で掻き、両足を軽くばたつかせ、少年のもとへと泳いでいく。
少年のもとまで辿り着いた淡い光は、少年の背後へと回ると、背中から少年の薄い胸の方へと両腕を回し、少年の華奢な体をそっと抱き締める。淡い光に抱き締められた少年の体は少しずつ沈んでいき、淡い光に重なりながら、ゆっくりと座席へと体を預けた。
淡い光は少年の背後から身を乗り出し、その顔、その耳を、少年の薄い胸元へと押し付ける。
少年の胸の奥に埋められた生命の源が紡ぎ出す、生命の脈動に耳を傾ける。規則正しく、落ち着いたテンポで奏でられる鼓動を確認した淡い光は、次に右手を少年の左頬に当て、親指で少年の左の下眼瞼を押し下げる。瞼の下から現れた、まるで黒曜石のような瞳。その瞳、瞳孔の広がりに異常がないことを確認する。
胸や顔に触れられている間も、少年の顔は不快だったりくすぐったそうだったり、そんな外からの刺激に対する反応を、その表情には一切浮かべない。深く深く、眠っている。
日課である少年の体の健康チェックを終えた淡い光は、少年の伸び放題の前髪を手で梳き、少年の顔から払い除けた。卵のような輪郭の少年の顔を、暫し見つめる。
少年と一緒に2人で座る座席から少し身を乗り出し、座席の下へと腕を伸ばす。淡い光の手が座席の下で何かを掴み、それを少年の胸元へと運んだ。背後から少年を抱き締める淡い光は、少年のお腹の上で座席の下から取り出した物のフィルム包装を破り、中身を取り出す。中身は固形タイプの高カロリー食。包装を破った瞬間に液体に触れてふやけ、溶け始める高カロリー食を、淡い光はその顔の近くに寄せた。少女の形をした淡い光は口を開くと、棒状の高カロリー食を咥える。もぞもぞと細い顎を動かして、咥えた高カロリー食を口の中へと吸い込んでいく。全てを口の中に収めたら、咀嚼を繰り返し、口の中の高カロリー食を噛み砕く。十分に噛み砕いたら、口の中のそれを飲み込…。
飲み込まない。
淡い光は口の周りをもごもごと動かしながら、右手に残っていたフィルム包装を宙へ投げ捨て、改めて少年の体を抱き寄せると、左手は少年の胴に回したままで、右手で少年の顎を挟んだ。
少年の顎を挟んだ右手に少し力を籠めると、ずっと閉じられていた少年の下顎が下がり、口がぱかっと開いた。
淡い光は、もごもごと動かしていた自身の口を、ゆっくりと少年のぱかっと開いた口に近付ける。開いた少年の喉の奥が見える位置にまで近づいたら、今度は淡い光の口もぱかっと開いた。
少年の開いた口と、淡い光の開いた口が交差する。
淡い光の唇を押し付けられた少年の唇が、醜く歪む。
お互いの口と口がしっかりと連結したことを確認した淡い光は、口の中で食塊と化した高カロリー食を、舌でぐいっと押し出す。押し出された食塊は淡い光の歯と歯の間を通り抜け、唇の間を通り抜け、やがて少年の口の中へと辿り着く。
淡い光の口が、少年の口から離れる。円筒状の空間を満たす液体とは別の、粘着性のある液体が、淡い光の唇と少年の唇との間に糸を引いた。淡い光はその位置を手刀で断つと、少年の顎を挟んでいた右手から力を抜き、さらに左手で少年の下顎を押し上げ、口を閉じさせる。
淡い光は左手で少年の下顎を支えたまま、右手は少年の額に当てた。そして、額を少し押し、顎を浮かせ、少年の頭部を後屈させる。未発達な喉ぼとけを注意深く観察し、口の中に含んだ食塊が口の奥へと流れ、咽頭に差し掛かった瞬間に、今度は顎を引かせ、頭部を前屈させる。そして喉ぼとけの動きを、注意深く観察する。どうやら、口の中の食塊は気道に入ることなく食道を通過し、無事、胃の中に収まったらしい。
淡い光は次のフィルム包装を破ると、中身の固形タイプの高カロリー食を口に含み、咀嚼する。少年の口を開けさせ、自身の口を少年の口に寄せ、口の中身の食塊を少年の口へと移す。
少年に1日に必要なカロリーの半分を与え終えた淡い光は、唾液と食べこぼしで汚れた少年の口の周りを、伸び放題になった淡く光る髪の端っこで拭いてやる。食事は1日2回。12時間後に、また同じ行為を繰り返すことになる。
朝食を終えると暫くはすることがない。
少年を背後から抱き締めながら、座席に深く身を預けていた淡い光。その淡い光の、赤みを帯びた目が、瞬きをするように小刻みに光った。
すると無機質な金属製の壁で形成されていた筒状の空間の中の照明が落ち、一瞬だけ真っ暗闇になる。しかしすぐに頭上にはぽつぽつと幾つもの燐光が広がり始め、そして足もとにはまるで絨毯のように淡い赤の光が広がり始めた。
燐光。それは闇の中に瞬く星々だった。
絨毯のような淡い赤の光。それは幾層もの大気に包まれ、薄っすらとした光を纏う惑星だった。
筒状の壁は、外部カメラから送られる360度映像を、リアルタイムで映し出していた。
眼下に広がる赤い大地、赤い海。
そこは少女の形をした淡い光が生まれた場所。
淡い光の腕の中で眠っている少年にとっての故郷。
筒状の空間の半分から下一杯に広がる赤い惑星。
それをぼんやりと見下ろす淡い光の瞳に、しかし望郷の情は宿らない。
そこは確かに少女の形をした淡い光にとっての生まれた場所であり、その半生を過ごした場所ではあったが、そこが淡い光にとって拠るべき場所、故郷であるという認識は些かもなかった。
では、淡い光の腕の中で眠る少年にとってはどうか。
少年は目を閉じたままでいるため、眼下に広がる惑星への想いを顔に宿すことはない。
そもそも、少年は自身が故郷の惑星を見下ろせる場所にいるということを知らない。
そして円筒状の壁に映し出されたこの光景は、少年には決して見せてはならない光景だった。
赤い海。赤い大地。
この惑星が、28年前までは、青い海、緑の大地であったことを、淡い光は知識として知っていた。おそらく、少年も知っていた事だろう。
そして14年前までは、海こそすでに赤く染め上げられていたが、大地はまだ豊かな緑を抱えてたことを、淡い光は見て知っていたし、少年もまた見て、知っていた。
そして今、眼下に広がる惑星。
赤く染め上げられた海。
赤く染め上げられた大地。
大気圏内に浮かぶ白い雲以外、全て赤く染まった惑星。
赤く爛れた惑星。
この惑星の姿。
故郷の姿は、決して少年の目に留めてはならない光景だった。
そしてあの惑星の住人のほぼ全てが、少年を憎んでいる。
少年を、世界の破壊者であると信じている。
それを知った時、硝子のように繊細で傷つきやすい少年の心は、今度こそ粉々に割れ、砕け散ってしまうに違いない。
だから、絶対にこの惑星の姿を、少年に見せるわけにはいかなかった。
それでももし、何かの間違いで、少年が変わり果てた世界を目撃してしまって。
それでもなお少年は、故郷に帰りたいと願うかも知れないから。
それは何時のことになるか分からないけれど。少年が、この惑星の住人に赦されるのは、遠い遠い未来のことかもしれないけれど。一世代くらいは循環しなければならないかもしれないけれど。人々の記憶が風化し、そのような大厄災が起きたことなど誰も覚えていない日が来るまで待たなければならないかもしれないけれど。それは、何十年、何百年先のことかもしれないけれど。その時までに、この惑星が、人類が残っているかなんて、分からないけれど。
いつか、彼が赦される日が来ることを信じて。
彼が再び故郷に帰る、故郷の土を踏む、その日のために。
彼がまた、人として生きていける日が来ることを信じて。
笑いながら、皆と生きていける日が来ることを願って。
その日が訪れるまでは、どんなことがあっても彼の身を護り続ける。
彼を傷つけ、その存在を脅かすものと戦い続ける。
相手が誰であろうと。
かつての仲間たちであろうと。
敬愛すべき人であろうと。
彼を護るために。傷付けないために。
そのためには、あらゆる努力を尽くす。
この身にならできること。この身にしかできないことをする。
後悔などない。
彼に大罪を背負わせてまで救われた命は、彼のために使い、彼のために散らすべきだから。
赤い瞳に赤い惑星を宿らせ、少年の胸をひしと抱いた。
淡い光の背が、座席から離れる。
少女の形をした淡い光と、少年の体が、宇宙空間の中を漂う。
少年の漆黒の髪と、淡い光の青白く光る髪が深く絡み合い、液体の中を揺蕩う。
けたたましいブザー。
宇宙空間のそこかしこに、四角で囲われた『警告』の文字が浮かび上がる。
淡い光の目が瞬きをするように明滅すると、筒状の壁に映し出されていた宇宙空間の一部が切り取られ、拡大される。
赤い惑星の赤い大地。その一角に浮かぶ、幾つもの白い点。地上から飛び立つ、幾つもの飛翔体。それらはすでに大気圏を超え、宇宙空間へと飛び出そうとしている。
淡い光は少年を座席へ寝かし、その体をシートベルトで固定する。
狭い空間の中に鳴り響く、耳障りなブザー。それでも少年は瞼一つ動かすことなく、深い深い眠りの中に落ちている。
淡い光は手で少年の顔に纏わりつく長い髪を左右に掻き分けた。長い髪の奥から、少年の幼さを残した顔が露わになる。
少年の頬を一度だけ撫でた淡い光は、少年からそっと手を離した。
淡い光が少年から離れ、宙に浮いていく
少年の顔を見つめる淡い光。その目が瞬きするように明滅を繰り返すと、周囲に映し出されていた映像が消え、筒状の壁が現れた。
淡い光の四肢が、少しずつ透明になっていく。
淡い光の体が、筒状の空間を満たした液体の中に、少しずつ溶けていく。
淡い光が溶けて消えてしまうと、筒状の空間は薄闇に包まれた。
座席には一人残った少年の体。
その瞼が最後に自発的に開いたのは10年も昔。
彼は筒状の空間を揺りかご代わりに、下界で起きていることなど知らないまま、10年経った今も深い深い眠りに落ちている。
ラブシーンのつもりがホラーになっちった。