機甲少女の想いは一途   作:hekusokazura

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 その組織が産声を上げてから早くも14年が経過しようとしている。

 長年の闘争、幾度もの統合、分裂を経てこの日を迎えた反ゼーレ・ネルフ組織。

 すでに地図上には存在しない西洋のある国の言葉で「意志」の意味を持つ、その名もヴィレ。

 

 その名前が初めて歴史の表舞台に現れた日。それはヴィレにとってゼーレとネルフに対して反旗を翻した記念すべき日であり、また同時に抜群の求心力と行動力で一研究機関に過ぎなかった海洋研究開発機構を反ゼーレ・ネルフ勢力の旗手にまで押し上げた組織の創立者、加持リョウジをサードインパクトによって失うという悲劇の日でもあった。

 加持という優れた指導者を失ったヴィレは、その後継者を巡って迷走することになる。創立者の未亡人が指導者の地位を引き継ぐことで内部ゲバルトの様相さえ呈していた後継者問題は一応の鎮静化をみたが、ネルフの元幹部が反ネルフ組織のトップの地位に就くことをよしとしない反主流派の中には大きな火種が燻ることになり、亡き夫の志を継いだ葛城ミサトは、組織運営において薄氷を踏むような難しい舵取りを強いられる羽目となる。

 

 葛城ミサトはネルフ時代に培った人脈を駆使して、主を失い軍閥化していた元国連軍と共同戦線を張ることに成功し、数ある反ネルフ・ゼーレ組織の先陣を切って、ネルフ本部への大攻勢を仕掛けた。この戦いでヴィレはネルフ所有のエヴァンゲリオン2機の奪取と、1機の破壊に成功。さらに建造中の一番艦と、世界を厄災の業火に包んだニア・サードインパクトとそれに続くサードインパクトのトリガーとされる初号機をそのパイロットごと宇宙空間へ投棄させたことは、ゼーレ・ネルフの計画を大幅に遅らせたと言われている。

 一方でヴィレ・元国連軍共同戦線側も大損害を被ったが、ゼーレ・ネルフとの闘争における主導権争いを元国連軍との間で繰り広げていたヴィレにとっては、元国連軍の壊滅という事態はむしろ好都合に働いた。難民キャンプへ手厚い支援を行うことで民衆からの支持を取り付ける事にも成功したヴィレは、反ゼーレ・ネルフ陣営における最大組織へと成長を遂げ、最高幹部である葛城ミサトは反ゼーレ・ネルフの象徴として祀り上げられることになる。

 

 星の数ほどあった反ゼーレ・ネルフ組織を次々と吸収したヴィレに、再度のネルフ本部への大攻勢の期待が高まったが、最高幹部・葛城ミサトは意外な行動に出る。

 衛星軌道上に投棄したネルフ建造の戦艦ヴーゼの鹵獲作戦である。

 宇宙空間という特殊な条件下での作戦行動は困難を極め、幾度も重ねられた失敗は莫大な資金、資材、人材を浪費することになる。

 ヴィレはこの作戦に多大な労力を払う理由を、戦艦とその中に格納されている初号機が再びネルフの手に渡ることを防ぐため、ひいては来るフォースインパクトを未然に防ぐためと説明していた。ところが艦本来の所有者であるネルフにこの艦の奪回に向けた明らかな動きはなく、ヴィレの戦力の大半を投じてまで宇宙空間での作戦を続けるよりも、ネルフへの直接攻撃に戦力を集中するべきだという意見がヴィレの内部でも主流を占めていた。そんな反対意見を押し切ってまで葛城ミサトがこの艦に固執するのはそれが亡き夫が残した遺産であるからということは誰の目にも明らかであり、組織の私物化であると葛城ミサトを非難する声が方々から上がる中、10回目を重ねたこのUS作戦においてヴィレは軌道強襲艇を用いた接舷攻撃によって遂にこの艦の拿捕に成功した。

 

 組織の創立者が残した遺産とは何なのか。彼がネルフの副司令時代に秘密裏にこの艦に施した仕掛けとは何だったのか。戦艦ヴーゼに乗り込む葛城ミサトを含むヴィレ先遣隊の期待は大いに高まったが、しかし艦には彼らが期待したような、敵の計画を挫くための強力な武器もなければ地上で滅亡の危機に喘ぐ人類を救うための新装置もなく、がらんどうの格納庫だけが鈴なりのように並ぶ艦内に、彼らは愕然と立ち竦むしかなかった。

 この作戦に費やされた膨大な労力に対して得られた戦果はただの運搬船一隻ではとても釣り合わず、ヴィレの内部で葛城ミサトに対する非難が再燃する中で、それでもなお葛城ミサトはこの艤装途中でとても戦力になるとは言い難いヴーゼを、ヴィレの軍事拠点として運用することに拘った。

 ヴーゼ、やがてヴンダーと名を改められることになるこの艦には、兵装はおろか動力源すら搭載されていない。

 幹部の一人、赤木リツコはヴィレがこの艦を宇宙空間へと投棄する際、同時に投棄したエヴァンゲリオン初号機を動力源に用いたと説明しているが、初号機の姿は艦内の何処にも見当たらなかった。葛城ミサトは多くの反対を封殺し、宇宙空間における初号機の捜索を命じた。

 

 周回軌道上を漂う宇宙デブリ群の中に、コンテナに偽装した初号機を発見したのは、捜索開始から1年が経過した頃だった。

 葛城ミサトは直ちに第二次US作戦の発動を指示。ヴーゼを拿捕した時と同様に、軌道強襲艇によるコンテナへの強行接舷を試みる。

 

 そしてその日以来、人類は宇宙と隔絶されることになる。

 

 コンテナに格納された初号機。その初号機の中に潜む「何か」。

 ヴィレがヴーゼの拿捕に躍起になっている間に、密かにヴーゼから離艦していた初号機とその中に潜む「何か」は、宇宙空間に漂う無数の軍事衛星を密かにかつ尽く接収し、宇宙空間に強力な攻撃システムを築き上げていた。

 コンテナに近づいたヴィレの行いは、スズメ蜂の巣を突く行為に等しかった。無数の軍事衛星からなる攻撃システムはヴィレが放った軌道強襲艇の接近を拒んだ後、地球全域にまでその攻撃網を張り巡らせる。それらは言わば空を塞ぐ巨大な蓋であり、地上から宇宙へと飛翔を試みる人工物を尽く破壊した。

 失敗を重ねるヴィレは一時的に弱体化。その間、ヴィレとは思想を共にしない他の武装組織が勢力を盛り返すが、彼らもまたそれぞれの事情によるそれぞれの思惑から、相次いでコンテナへの接近、接触、交渉、攻撃などを行うが、彼らの試みもまた尽く失敗した。

 

 

 後に、滅亡にあえいでいた人類同士の争いに対する冷笑を籠めて「空白の14年」と称されるこの期間は、前期と後期に分けられる。

 その前期はネルフと、ヴィレを代表とする反ゼーレ・ネルフ組織との抗争の期間。

 そして後期は、あらゆる武装組織と、宇宙空間を漂う初号機、その初号機の中に潜む「何か」との戦いの期間。

 後期において、ネルフは各地で反ゼーレ・ネルフ組織との戦闘を繰り広げつつも、少なくとも周回軌道上の初号機に対しては明確な介入の動きを見せなかった。月の住人たちがその所有を主張してコンテナに対して行った所業は、原子炉又は熱核兵器搭載型の人工衛星の体当たりによって軌道を変えさせられた小惑星を月面に向けて雨のように降らされるという形で報われたが、ネルフの上位機関の本部が破壊される間も地球上のネルフは奇妙なまでに沈黙を保ち続けていた。

 

 

 

 そしてニアサードインパクトから14年後。

 そのネルフが近々宇宙に向けて大規模な軍事行動を行うとの情報を掴んだヴィレ。

 それが初号機の奪還作戦であると予想し、ネルフが推し進める「人類補完計画」とやらがいよいよ次の段階へと進むことを予見した葛城ミサトもまた、第二次US作戦を最終段階へと進めることを決意する。

 

 

 

 おそらくこの作戦は14年に渡る長き抗争の、大きなターニングポイントとなるに違いないと感じていた日向マコトは、頭の中でこれまでの彼らにとっての14年間を振り返っていた。

 ネルフが初号機奪還に向けて、大量の飛翔体を宇宙空間に向けて打ち上げているとの情報が入ったのが32時間前。

 そしてついにその飛翔体の1つが、目標とするコンテナへの強行接舷に成功したとの情報が入ったのが、6時間前。

 ヴィレ最高司令官から作戦発動の命令が下ったのが2時間前。

 すでにパイロット2人は、日向が居る管制室の前面に鎮座する大型モニターに映し出された、天を穿つ勢いで聳え立つ2基の超大型複合式ロケットに搭乗を済ませている。いや、正確にはロケットの格納庫に収められた、人型決戦兵器のエントリープラグへの搭乗を済ませている。

 ロケットへの燃料注入はすでに済んだ。天候は上々。科学者たちが弾き出した目標物への接触を果たすための最適な打ち上げ時間まで、残り10分を切っていた。

 

 管制室後ろの扉が開き、赤いジャケットを身に纏った最高司令官が入ってきた。

 彼女が入ってきた瞬間、管制室の室温は3度ばかり低くなり、方々で聴こえたキーボードを叩く音もまるで息を潜めるように鳴り止む。葛城ミサトは何も言わず、管制室が見渡せる位置に立ち、大型モニターが映し出す映像を見つめている。その佇まいは日向たちがかつて所属し、そして今は敵対している組織の最高司令官の姿を思い起こさせ、日向に心の中で小さくため息を吐かせた。

 葛城ミサトに続いて副司令官の赤木リツコも現れ、部下たちにロケット打ち上げの進捗状況を報告させる。

「打ち上げまであと3分。全て順調です」

 日向の報告に頷いて答えたリツコは、近くにあるコンソールから伸びるマイクに顔を近づけた。

「2人とも、問題はないかしら?」

 

『はいはーい。こちとら初めての宇宙じゃ。今からわっくわくが止まらんとですよ~』

 管制室の中に、場違いなほどの陽気な若い女性の声が響く。

 そんな通信相手に、リツコの冷めた声が飛ぶ。

「ベテランのあなたたちでも宇宙空間でのエヴァンゲリオン運用は初めての経験よ。油断しないで」

『ほんにここにいると幾つなっても初体験尽くしで飽きないね~』

「あなた、本当は幾つなのよ」

『永遠の14歳だにゃん』

『くだらない』

 リツコと、陽気な声との会話に割って入る、凍てついた声。

『打ち上げまであと2分。コネメガネ。集中しなさい』

『んーもう。愛しのワンコくん迎えに行くんだから、そんな眉間に皺作っちゃだめだよ~姫~』

『あいつのことはどうでもいい。あたしたちに必要なのは初号機だけ』

「情報が入りました」

 2人の若い女性の会話の間に、今度は日向の声が割って入る。

「ネルフはすでに目標物周辺に複数の防衛網を敷いているようです」

「聴こえたかしら。このオペレーション、エヴァンゲリオン初の宇宙空間での戦闘になる可能性が高いわ」

『もとよりそのつもりだから問題ない。ポッド・ツー・ダッシュ。打ち上げに集中したい』

 

「打ち上げ予定時刻まで残り1分です」

 

 リツコはマイクから顔を離し、翻って最高司令官を見た。

 ミサトはリツコの視線を受けて、一度だけ頷く。

「最高司令官より本作戦開始の最終承認を得ました」

 リツコのその言葉を受けて、日向はコンソールの中央にあるガラス製のカバーを開き、カバーの下から現れた大きな丸いボタンに親指を乗せる。

 カウントダウンを刻むのは青葉シゲル。

「打ち上げまであと10秒、7、6・・・」

「メインエンジンスタート!」

 リツコの号令に合わせ、日向は親指でボタンを押し込んだ。

「ロケットブースター点火! リフトオフ!」

 

 大空に向けて聳える2基の超大型ロケットの底辺が大きく煌めき、次の瞬間、とてつもない爆音と共に膨大な噴射煙を吐き出す。

 

 その巨体を、ゆっくりと空に向けて浮かせ始める2基のロケット。

 

 管制室に詰めている人員の半分が宇宙へと飛び立つロケットの姿が映るモニターを見つめ、残りの半分がコンソール上の計器を見つめている中、リツコは左に3歩離れて立つミサトの横顔を見た。彼女が掛けるサングラスにはモニターに映るロケットの光が反射しており、その表情は読み取れない。

 

「2号機固体ロケットブースター燃焼に異常なし」

「目標接触予定時刻まであと900秒」

 

 リツコの視線はモニターへと戻る。

 周囲の誰にも聴こえない程度の声量で呟く。

 

「シンジくん…。今、私たちのお姫さま2人が、あなたを迎えに行ったわ…」 

 

 視線を横にずらすと、大型モニターの隅には地球を表す円が描かれ、その円の周囲を楕円が囲っている。それは、今飛び立った2基のロケットが目指す目標物が描く周回軌道。

 その楕円を見つめるリツコの目が厳しくなる。

 

 

「初号機を返してもらうわよ…、レイ…」

 

 

 

 

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