機甲少女の想いは一途   作:hekusokazura

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『ポッド・ツー・ダッシュ、妨害物コード4Bの排除に成功』

 

 

『交戦中、目標物に12秒間の覚醒を確認。司令部に作戦継続の是非を問う』

 

 

『了解。作戦は続行。予定通り、ポッド・ツー・ダッシュは目標物を確保したまま大気圏へ再突入せよ』

 

 

『了解。ポッド・ツー・ダッシュは再突入シークエンスへ移行する。』

 

 

『ポッド・エイトの帰還を確認。着地点の座標を送る』

 

 

『座標を確認。回収班を向かわせる』

 

 

『ポッド・ツー・ダッシュ、高度200キロメートル地点を通過。ATフィールド展開を確認。機体表面温度、基準内を維持』

 

 

『ポッド・ツー・ダッシュ、着地予測地点の座標、出ました。予定地点の天候、クリア』

 

 

『ポッド・ツー・ダッシュ、高度20キロメートル地点を通過。目標物を切り離す』

 

 

『切り離しを確認。目標物のパラシュート展開まであと10秒、8、7…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜空を駆ける一筋の彗星。

 まるで星空のキャンバスの上に、光を纏う絵の具を走らせたような彗星の軌跡を、地上から見上げる少年が一人。

 少年は彗星に向かって静かに語り掛ける。

 

「お帰り、シンジくん。待っていたよ」

 

 少年が見つめる先にある青白い光を引きながら流れていく彗星。その彗星はやがて2つに分離し、1つは地上に向かって少しずつ高度を下げていっている。少年の目は2つに分離した彗星のうち、地上に向かって落下している方を追っていた。

 遥か彼方に聳える山々の稜線の向こうに消えていく彗星。高度を保っていたもう一つの彗星も、地平線の彼方へと吸い込まれていく。

 

 

 

 

 * * * * *

 

 

 

 

 その頭上に満天の星空を抱く赤い荒野。そこに、数機のVTOL機が着陸する。地上へと下ろされたタラップを伝い、対L結界用防護服に身を包んだ物々しい姿の人影が、次々と赤い地面へと降り立っていく。

 彼らの中心に立つ女性。赤木リツコは、VTOL機から数十メートル離れた位置にある大型コンテナを指さした。自動小銃を携えた2人の男性を先頭に、一団はコンテナへと向かって歩き始める。

 

 まるで散ってしまった花びらのように、周辺の地面にワイヤーで繋がれたパラシュートを広げているコンテナ。地面に着地した拍子に損壊したらしく、コンテナの側面が大きく裂け、そこからコンテナの「中身」の半分が外へ零れ落ちている。

 外へ零れ落ちているもの。巨大な腕と、巨大な顔。

 それは巨人の半身だった。

 

 コンテナの周辺に舞い散る火花。数人が大口径の電動カッターを使ってコンテナの壁の穴を広げている。拡大された壁の穴の向こう側から現れたもの。巨人の胸に埋め込まれた、巨大な赤い球状の物体。

 表面がガラス状の球体に、傷一つ付いていないことを確認した赤木リツコは、ほっと安堵の溜息を漏らしている。

 そのリツコを、部下の一人が呼んだ。

 

 リツコが呼ばれた先は、巨人の顔の部分だった。

 下顎を失い、だらんと開いた口。何本かはすっぽ抜け、並びも歪んでしまっている岩のような歯。途中で千切れてしまっている長い舌。

 部下の一人は、その舌を指さしている。

 

 舌の上に点在するもの。

 ポツ、ポツと、一定の間隔を置いて、人の足の裏くらいの大きさの何かが、舌の上に浮かび上がっている。

 

 いや、それは紛れもなく人の足跡だった。

 まるで蛍光塗料を塗った足で歩いたかのように、淡く光る人の足跡。

 その足跡が巨人の喉の奥の方から舌を伝い、地面に降り立っている。足跡はそこで終わらず、さらにコンテナから離れて、コンテナの側の大きな岩の陰へと伸びている。リツコも部下も、夜の闇夜にポツポツと浮かぶ足跡が消えていく先を見つめた。

 

 その光る足跡を追おうとする自動小銃を携えた部下を、リツコの声が制止する

「待ちなさい。私が行くわ」

「ですが…」

「私一人で行かせて。それよりも滞在可能時間は残り30分よ。ネルフの横槍が入らないとも限らないわ。それまでに、初号機の回収準備を終わらせなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ごつごつとした大きな岩が転がる荒野。この日、極端に肥大化した白い月は地球の裏側へ。白い月に代わって夜空は無数の星々によって隅々まで満たされ尽くしているが、星々のか細い光のみで寥廓たる荒野を照らし出すには、あまりにも光量が足りない。

 そんなほぼ真っ暗闇の地上。

 その地上の一角が、淡く光っている。

 

 

 その淡い光は、人の形をしていた。

 小枝のような腕と足。痩せた背中。丸みを帯びた肩、胸、腰。

 そして、膝の裏まで伸びた髪。

 

 少女の姿をした淡い光。

 その光は、何かに肩を貸しながら荒野を歩いていた。

 淡い光の左手は相手の左手首を掴んで自分の左肩へと回させ、そして右手は相手の右脇へと差し込み。

 淡い光はひと一人に肩を貸しながら、ひょこひょこのそのそと歩いていた。

 

 少女の姿をした淡い光が肩を貸しているもの。

 それは少年だった。

 華奢な体つき。白い肌。閉じられた瞼。腰まで伸びた、黒い髪。 

 

 少女の姿をした淡い光は、少年の体を支えながら歩いていた。

 一方、肩を貸されている方の少年の足は伸びたまま。少年の足は、大地を踏みしめない。2つの足は芯が抜けたように伸び切っており、淡い光が一歩進む度にずるずると地面に引き摺られている。伸び放題の黒髪の隙間から覗く目は、閉じられたまま。淡い光は、意識のない少年を肩で支えながら歩いていた。

 

 淡い光と殆ど体格差のない相手。加えて意識さえもない相手の体を運ぶのは、大人であっても容易ではない。

 時折膝が折れて尻餅を付いたり、前につんのめってしまったり。

 何度も何度も転倒を繰り返す。

 尻餅ならまだしも、前に倒れてしまえば両手が塞がっているため顔面から地面に倒れてしまうことになる。淡い光はその度に少年の右脇に差し入れた右腕を畳み、少年の体を抱き寄せ、急接近する地面から彼の体を守った。

 そして淡い光は立ち上がる。休まず、歩き続ける。少年の体を、懸命に運ぶ。のそのそと重い足取りで。ひょこひょこと、少年の重みに体を傾けながら。

 光る顔に微かに浮かぶ口を引き締めて。その隙間から覗く奥歯を噛みしめて。

 転んでは起き上がり、転んでは起き上がりを繰り返して。

 額から滴り落ちる汗のような光の顆は、頬から顎へと伝い、地面の上に薄く光る小さな水溜まりを作る。転ぶたびに伸び放題の髪の毛が宙へと広がり、その毛先からは光の粒が空へと舞い散る。

 

 淡い光の手が握っていた少年の左腕がすっぽ抜けてしまった。右肩からずり落ちそうになる少年の体を、淡い光は慌てて両腕で抱き締めて支えようとするが、その細い腕では支えきることができず、淡い光はもつれるように少年もろとも地面に倒れてしまう。

 今日何度目かの転倒。淡い光はノロノロとした動作で起き上がると、隣で倒れている少年に手を伸ばし、その体を起こそうとして。

 少年に伸ばし掛けた両手を見つめる。

 左手の親指から中指までが、まるで炙られた蝋のように溶けて無くなっていた。

 それらの指だけでなく、他の残った指も少しずつ長さを縮め始めている。右手も同様だった。

 

 「崩壊」を始めている両手を見つめて。

 何も握ることができなくなってしまった左手を見つめて。

 

 そして、目を閉じて深い眠りに付いている少年の顔を見つめて。

 

 少女の姿をした淡い光は、今度は少年の背中から両脇に腕を差し込むと、肘を曲げ腕を鍵状にし、少年の上半身を地面から浮かせた。そしてもはやただの棒と化した左腕と、まだ辛うじて手の形を残している右腕を少年の胸の前で組むと、後ろ向きに歩き始める。淡い光は、少年の体を引き摺りながら歩き出した。

 しかし数歩歩いただけで、今度は左脚の膝から下が溶け落ち、少女の姿をした淡い光はまたもやその場に尻餅を付いてしまう。しかし淡い光はすぐに腰を浮かせると、膝の先から無くなってしまった左脚を地面に立て、左右で異常にバランスの悪くなった体で立ち上がった。そして少年の体を引き摺り始める。数歩歩いていくうちに今度は右脚の踵も削れ始めるが、淡い光は構わず少年の体を運び続ける。

 淡い光から溶け出した光の粒子たちが、地面にまるで夜空に掛かる天の川のような光の帯を作り出す。目を閉じた少年はその光の帯の上に、川の上に浮かぶ小舟のように静かに身を任せ、ゆっくりと移動していく。

 

 

 少年の両脇を抱えて引き摺る少女の形をした淡い光。

 後ろ向きで移動していたため、その斜面の存在に気付かなかった。

 後ろに出した膝から下が無い左足が、何もない空間を踏む。足場を踏み外した淡い光は背中から後ろへ倒れ込んでしまい、抱え上げていた少年の体ごと、その斜面をコロコロと転がり落ちてしまう。

 10メートルほど続く斜面。淡い光と、淡い光が抱えていた少年の体は、地面を何度も跳ねながら斜面の上を転がり落ちていく。受け身を取れない少年の体を抱き締め、転落の衝撃から守る淡い光。

 深く絡み合った2人の体は、斜面が終わり地面が平らになって、ようやく止まった。

 

 少年は仰向けになって地面に倒れ。淡い光はうつ伏せになって地面に倒れ。淡い光の周囲に、朧げな光を放つ液体が染みのように広がっていく。

 

 地面に突っ伏していた淡い光の顔が、震えながらも徐々に上がる。泥だらけの淡い光の顔。その顔の一番目立つところに収まる2つの赤い瞳が、自身の左手へと向けられる。

 地面に投げられた左手。その左手が、何かを掴んでいる。

 その右手が掴んでいるものの先に視線をやると、少し離れた場所で倒れている少年がいる。

 淡い光の左手が掴んでいたものは、少年の右手だった。

 

 淡い光の左手は全ての指を失っているのに?

 

 淡い光の手が少年の手を握っているのではなかった。

 少年の手が、淡い光の手を握っていた。

 

 淡い光はすぐさま少年に向かって這い寄った。腰から下が、すっぽりと溶け落ちてしまっていることにも気付かずに。

 

 まだ指が残っている右手で、少年の顔に掛かる前髪を梳く。

 前髪の向こうから現れる少年の顔。

 瞳は閉じられたまま。

 

 淡い光は少年の顔に自身の顔を近付ける。

 少年の鼻から漏れ入る微かな、それでいて確かな吐息。

 

 少年の顔から離れた淡い光は、少年の顔を見つめる。

 少年の瞳は閉じられたまま。

 

 それでも彼の右手は、今も淡い光の左手を握って離さない。

 

 淡い光は自身の左手を握る少年の手に、右手を添えた。

 少年の手に顔を近付け、額に当てる。

 少年の手を額に当てたまま、こうべを垂れ、前屈みになる。

 まるで何かに祈りを捧げているかのような淡い光の姿。

 2度ほど繰り返された深呼吸で、淡い光の肩がゆっくりと上下する。

 

 顔を上げ、額から少年の手を離す淡い光。

 少年の右肘に、血が滲んでいることに気付いた。斜面を転がり落ちた時に出来た擦過傷だろう。

 血が滴り落ちている少年の右肘に、淡い光は顔を近づける。

 唇と唇の隙間から覗く、淡く光る舌。その舌先が、少年の右肘の擦り傷に触れる。

 擦り傷から滴る血を、舌で丁寧に舐め取った。少年の肘の上には血の赤に代わって、淡い光る舌先から分離した青白く光る液体が残る。

 

 淡い光は、なおも淡い光の右手を握り続けていた少年の左手を外し、彼のお腹の上に乗せた。

 視線を下の方へ移したところで、淡い光はようやく自身の下半身が無くなっていることに気付く。

 もはや歩いて移動することも叶わなくなったこの事態に、しかしなおも淡い光は諦めること知らず、右手を少年の右脇の下に挿し込んで背中に回し、背中を地面から浮かせると、左腕は地面に付いた。

 その左腕を地面に付いたまま胸元へと手繰るように動かすと、その反動で淡い光の体が僅かに前に進む。淡い光の右腕に抱えられた少年の体も僅かに進む。

 その距離はほんの数センチメートル。本当に取るに足らない距離だったが、それでも確かに淡い光と少年の体は前に進んでいた。

 淡い光は匍匐による前進を繰り返した。

 芋虫のように、地面を這い続けた。

 

 

 

 

 足音がした。

 少女の姿をした淡い光は咄嗟に動きを止め、足音がする方へと視線を向ける。

 2人が転がり落ちた斜面の上から聴こえる足音。

 シャリ、シャリと、赤く爛れた大地を踏みしめる足音。

 だんだんとこちらに近づいて来る足音。

 

 淡い光は、慌てたように周囲をきょろきょろと見渡す。しかし隠れる事できるような都合の良い場所など、どこにもない。

 淡い光は、咄嗟に少年の体の上に覆い被さった。まるで、その細い体で、あるいは膝まで伸びる長い長い髪で少年の姿を覆い隠そうとでもしているかのように。

 彼の姿が、誰の目にも留まらぬように。

 彼の存在を、世界から隠すために。

 

 

 そんな少女の姿をした淡い光の後姿を見て、足音の主は呆れたように薄く笑う。

 

「あなた。体中をそんなに光らせておいて、それで隠れたつもりなの?」

 

 その声に、淡い光はそっと顔を上げ、後ろを振り返る。

 

「久しぶりね、レイ。こうして顔を合わせて話すのは14年ぶりかしら」

 

 防護服のバイザー越しに、金色に染めた髪を短く纏めた女性の顔が見えた。

 

 

 

 

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