機甲少女の想いは一途   作:hekusokazura

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「綾波! ここだ!」

 

 

 

「…やっぱり…、助けたんじゃないか…」

 

 

 

「綾波…! ずいぶん探したよ…」

 

 

 

「ありがとう…、ずっとお礼、言いたかったんだ…」

 

 

 

「ねえ、綾波は何か知らないの?」

 

 

 

「ねえ、綾波はいつ初号機から戻ったの?」

 

 

 

「本とか、読んでないの?」

 

 

 

「いつも持ってて、好きだったみたいだし…」

 

 

 

「なんで本…、読まないんだよ…」

 

 

 

「…じゃあもういいよ!」

 

 

 

「ねえ、綾波だよね?」

 

 

 

「だったらあの時助けたよね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「綾波じゃ、ないのに…」

 

 

 

    「綾波じゃ、ないのに…」

 

 

 

        「綾波じゃ、ないのに…」

 

 

 

            「綾波じゃ、ないのに…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リリンの模倣品では無理さ。魂の場所が違うからね」

 

 

 

「あんたのオリジナルは、もっと愛想があったよん」

 

 

 

「あんたこそ誰よ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「知るか! あんたはどうしたいの!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 * * * * *

 

 

 

 

 10年に渡って宇宙空間を漂い続けた「彼」。その「彼」を乗せた箱舟が、夜空に煌めく流れ星となって地上へと落下していく。

 

 「彼」の帰還を見届けた少年は、学生用ズボンのポケットに両手を突っ込むと、2つの光の筋が残る夜空に背を向けて歩き始める。

 

 彼の視界の隅に、人影が在った。

 その人影に視線を向けると、そこには蒼銀の髪を風に躍らせて立つ少女が一人。黒のプラグスーツを身に纏った彼女もまた、夜空に残った2つの光の筋を見上げていた。

 

「こんばんは」

 背中に声を掛けられ、少女は空へと向けていた視線を落とし、振り返る。

 収まりの悪い白銀の髪、赤い瞳の少年が立っていた。

「ええっと…、君は」

 そこはまるで廃墟のような場所だった。その場所は2人が籍を置く組織の総本山であったが、あちこちに瓦礫が散乱し、あちこちの床が崩落し、壁すらないこの場所からは夜空がよく見え、天体観測にはもってこいだった。

 人工的な光は最小限しかないため、近くに立つ人の顔もよく見えない。

「君は確か…」

 薄闇の中に立つ少女を、目で細めて見つめて。

「シス…、だったね」

 少女の識別子を特定した少年は、少しだけ目を丸くした。

「随分と大きくなったんだね。最後に会った時はまだこんなだったのに」

 嬉し気に言う少年は自身のお腹の位置で手をひらひらさせてみた。

 少女は少年を見つめたまま目を瞬かせている。

「シス…?」

 少年が言った言葉を、まるで初めて耳にした単語とでも言いたげに、ぽつりと呟いた。

「うん。それともナンバー6、と呼ぶべきかな?」

「ナンバー6…?」

 やはり、初めて耳にしたとでも言いたげに、少年の言葉を繰り返す少女。

 少女は少年を見つめ。瞬きを挟みながら床を見つめ。そして再び瞬きを挟んで少年を見つめる。

「私はアヤナミレイ…」

 少女の突然の自己紹介に、少年は再び少しだけ目を丸くした。

「そっか。君はついに、アヤアミレイになったんだね」

「そう…。私は、アヤナミレイ…」

 控えめな口調で、自分が何者であるかを繰り返し強く主張する少女に、少年は眉尻を少しだけ下げつつも、口もとには緩やかな曲線を浮かべた。

「良かったね。素敵なおまじないだ」

 少女は首を傾げる。

「おまじない…?」

「そっ。おまじないだよ」

 少女はよく分からないと言いたげに、首を傾げ続けている。

 このままだと少女の小枝のような細い首を痛めてしまいそうだったので、少年は話題を変えることにした。

 胸の高さで両腕を広げてみる。冗談めかした口調で。

「もう抱っこ、しなくていいのかい?」

 すると少女は細い首をさらに90度近くまで傾けてしまう。

「だっこ…?」

 少年は苦笑いしながら少女の側まで近づき、見ているこっちが痛くなりそうなほどに傾いた少女の頭を両手で挟んで、真っすぐに戻してやった。

「そう。抱っこ。もう10年以上も前のことだけど、よく抱っこしてあげたじゃないか。覚えてないかな?」

 少女が再び首を傾げてしまいそうな仕草を見せたので、少年は少女の両頬を両手で挟みこんでそれを阻止した。

「覚えてないのかい?」

 少年に両頬を挟まれ、おたふくのような顔になっている少女は、こくりと頷く。

「そっか…」

 そう小さく呟きながら、自分の手に挟まれた少女の顔を見つめる。

 

 どこか虚ろな瞳。意思、感情というものが感じられない赤い瞳。

 

「あの頃の君は、時に悲しんだり…」

 少女のこめかみに人差し指を当て、眉毛の両端を下げさせてみる。

「時に笑ったり…」

 少女の口の両頬に親指を当て、口の両端を上げてみる。

 眉尻を下げさせたり。口の両端を上げたり。

 それらを繰り返し、少女の顔をおもちゃにする少年。自分の手でもみくちゃにされる少女の顔に、少年は無礼にも「ぷっ」と吹き出してしまう。

「この顔に、その時々によって様々な感情を宿らせていたはずだけど。リリンのようにね…」

 少女は「私が?」と不思議そうな顔で、自分の顔を福笑いにして遊ぶ少年の顔を見上げた。

「うん。君は笑ったこと、ないのかい?」

 少女は眼球の後ろに収められている脳味噌の中身を探る様な仕草で、赤い瞳をぐるりと一周させた。

 眼球の中央に戻ってきた赤い瞳で少年を見つめ、こくりと頷く。

「だったら笑う練習でもしてみたらどうかな」

「笑う…、練習…?」

「そう」

「なぜ…?」

「決まってるじゃないか。君の笑顔が見たいからだよ」

「なぜ見たいの…?」

「笑顔は人を幸せにするおまじないだからさ」

「おまじない?」

「うん。君には誰か幸せにしたい人は居ないのかな?」

 そう問われた少女は、もう一度赤い瞳をぐるりと一周させる。

「幸せって…、なに?」

 少女にそう訊ねられ、少年の口もとに浮かんでいた柔和な笑みが消えた。

「さあ…。その質問には、僕の古い友人にも答えることができなかったよ」

 少女は2度ほど短い瞬きを繰り返し。

「命令?」

 ぽつりと呟いた。

「ん?」

「笑顔の練習…。それは…、命令…?」

 笑みを取り戻した少年は少女の頬から手を離し、右手でぽんぽんと少女の頭を軽く叩いた。

「昔言ったよね。僕はただの穀潰し。誰かに命令する資格なんて持ち合わせていないさ」

「そう…」

「だからするしないは君のここ」

 少年は人差し指で自分の胸をとんとんと叩く。

「君の心次第だよ」

「私の…、ココロ…?」

 手を離した途端、またもや首を傾げてしまった少女に、少年は苦笑するしかない。

「そうさ。君の心に問い掛けてみたらいい。笑顔の練習をしたいかどうか。自分は何がしたいのか、をね」

「そう…」

 「よく分からない」と言いたげに目を伏せる少女。そんな少女に対し、少年は改めて両腕を広げてみせる。

「抱っこ。ホントにしなくていいの?」

 少女は少年の顔と、少年の広げられた胸元を、交互に見た。

「抱っこ、ってなに?」

 きょとんとした少女の表情に、少年は眉毛を「ハ」の字にして笑った。

「君は本当に魂の在処が変わってしまったようだね。こうゆうことさ」

 

 少年は半歩、少女に近付く。

 そして両腕を少女の背中に回し、少女の体をそっと包み込む。左手はそのまま少女の背中に。右手は少女の後頭部に添え、そっと少年の胸元へと抱き寄せる。

 

「これが抱っこ…、だよ」

 

 ろくに櫛を通してないだろう癖のついた髪の隙間から覗く小さな耳に囁き掛ける。

 

「さすがに、あの頃のように体ごと抱えることまではしないけどね」

 いきなり顔面を少年の薄い胸板に押し付けられた少女は、顔を左右に振って圧迫された鼻や口を何とか外に出し、呼吸を確保する。

「これは…」

「ん?」

「これは…、何の…、おまじない…?」

「さあ。なんだろうね。君は何のおまじないだと思う?」

「分からない…」

 少年は腕の中の少女を、そっと離す。乱れてしまった少女の前髪を右手で梳き、整えてやる。

「おっと。そう言えば…」

 何かを思い出したようにそう呟いた少年は、ぼんやりとした面持ちでこちらを見上げてくる少女の顔を見つめる。

「じゃあ、今度はお返し」

「お返し…?」

「うん。今度は君が僕のことを抱っこしてくれないかな」

 「私が?」と、目をぱっちり開ける少女。

 少年は少女の返事を聞かないまま、少女の前で跪く。ちょうど、少年の頭部が少女の胸とお腹の境目の位置にきた。

「はい。お願い」

 少年は目を閉じて、少女に抱っこされるのを待っている。

 少女は瞬かせた目で少年の収まりの悪い白銀の髪を暫く見つめた後、躊躇いがちに少年の頭へと両手を伸ばす。つい1分前に少年がやったことを見よう見まねで、まずは両腕を少年の両肩の上から背中へと滑り込ませ、右手はそのまま少年の背中に、そして左手は少年の後頭部に当て、そっと少年の体を抱き寄せた。

 

 少女が少年を抱き締めてから約1分。

「うーーーん」

 少女のお腹に顔をうずめる少年が唸った。

「うーーーん」

 唸りながら、ゆっくりと少女の体から離れる少年。

 唸る少年を「どうしたの?」と首を傾げながら見下ろす少女。

「古い友人から聴いた話しでは、女性の腕の中は「想像を絶する世界」のはずだったんだけどな。君はどう感じた?」

 「何が?」と目を瞬かせる少女。

「僕に抱っこされて」

 少女は一度だけ左右に首を振る。

「何も…」

 少年も深く頷く。

「うん。僕も特にこれといって…。もしかしたら、相性ってものがあるのかもしれないね」

「これも…」

「ん?」

「これも…、練習した方が…、いいの?」

 少年は笑いながら首を横に振った。

「止めといたほうがいいかな。リリンたちの常識では、誰彼構わずに抱き着く人は、変態という不名誉なレッテルを貼られてしまうらしいから」

「ヘンタイって、なに?」

「今の質問は聴かなかったことにするよ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 * * * * *

 

 

 

 

 気が付けば、板張りの天井を見上げていた。

 何度か、目を瞬かせて。

 微睡みの中にあった意識を掬い上げていく。

 4回ほど瞬きをするとあやふやだった目のピントが定まるようになり、天井に浮く染みの数まで数えられるようになった。

 

 天井。

 こんなに低い天井を見ながら寝るのは「ここ」に来た時が初めてだったので、最初は落ち着かなかった。

 「布団」という寝具に横になるのも「ここ」に来た時が初めてだったので、やはり最初は落ち着かなかった。

 今ではすっかり慣れた低い天井、ふんわりとした布団。

 全身を包む温もりと二度寝という名の悪魔の誘惑に今日も打ち勝ちながら、布団から這い出る。

 布団の側に畳まれた赤い袢纏に袖を通す。

 畳の上に座り込んだまま、くすんだガラス戸の向こうに広がる外の景色を見つめた。

 庭木の葉っぱから滴る雫。地面に広がる水溜まりと無数の波紋。

 雨が降っている。

 

 

 

 洞木ヒカリは赤ん坊を抱きながら、脱衣所の引き戸を開けた。

「あら、おはよう。そっくりさん」

 洗面台の前に、空色の髪をした少女が立っている。

 全身にぴったりとくっ付いた黒いスーツに赤い袢纏を羽織った奇妙な格好をした赤い瞳を持つ少女は、洗面台の鏡から視線をそらし、ヒカリとその腕に抱かれている彼女の子である赤ん坊、ツバメを見た。

「おは、よう…」

 起き抜けらしいぼんやりとした発声で挨拶を返す少女。

「顔を洗ってたの? もう少しで朝ご飯の準備できるから、もうちょっと待っててね」

「うん、ありがとう…」

 ヒカリは笑顔で「どういたしまして」と言いながら、脱衣所のタンスの中に収めている布おむつを一枚取り出した。

「あ、そうだ」

 鏡を見つめていた少女は、声を上げたヒカリを鏡越しに見る。

「さっき、小森さんから電話があったわ。今日は雨だから外作業は中止。7時30分にC地区のビニールハウスに集まって、だって」

「分かった。〇七三〇時にC地区のビニールハウスに集合する」

「ふふっ。農作業には慣れたかしら?」

 ヒカリのその問いに、少女は「よく分からない」とばかりに首を傾げる。

「小母さんたち、みんな言ってたわ。そっくりさんには色々と教えがいがあるから楽しいって」

「楽しい…?」

「そっ。みんなに気に入られたみたいね」

 少女は相変わらず「よく分からない」とばかりに首を傾げつつ、ぽつりと言う。

「楽しい…、って、なに?」

 ヒカリは「始まった」とばかりに苦笑いしつつ、ガラス戸を開けて換気を促すと、腰の高さのタンスの上にツバメを寝かせ、濡れて重くなった布おむつを外し始める。

「そうね。そっくりさんを囲んでる小母さんたちの顔、思い出してみて」 

 ヒカリに言われたことを、素直に実行しているらしい少女。瞳を天井に向け、何かを頭に思い浮かべているようだ。

「みんな笑ってる。でしょ?」

 少女はおずおずと頷いた。

「それがつまり、楽しいってことよ」

「笑うと…、楽しい…」

「そう。はい、今日も一杯出てよかったね~」

 ヒカリはおむつを履き替えたツバメのお腹を、ぽんぽんと軽く叩く。叩かれたツバメはくすぐったそうに短い手足をじたばたさせながら笑い声を上げた。

 いつの間にか鏡の前からタンスの側に移動していた少女。笑顔のツバメを、興味深そうに見つめている。

「ツバメも…、笑ってる…。ツバメも…、楽しい…」

 ツバメのふっくらとした頬を、ツンツンとつついた。

「そうね。うんちが一杯出て、よかったって」

「うんちが出ると…、楽しい…」

「あと、今日もそっくりさんと会えて嬉しいって」

「嬉しい…。嬉しい時も…、笑顔…」

「そっ。嬉しい時も楽しい時も。幸せを感じた時、人は笑顔になるの。つまり笑顔は人を幸せにするためのおまじない、ね」

 

 身を屈めてツバメの様子を覗き込んでいた少女は、ゆっくりと体を起こした。

 振り返り、洗面台の鏡を見つめる。

 

 鏡に映るもの。

 真っ白な肌。

 空色の髪。

 真っ赤な瞳。

 

 今、鏡に映っているもの以外の表情を、浮かべたことがない顔。

 

 

 

 後ろで、少女が鏡に映る少女の顔をジッと見つめながら、固まってしまっている。

「そっくりさん?」

 ヒカリに呼び掛けられ、少女は何でもないとふるふると頭を横に振る。そしてそのまま、鏡越しのヒカリの顔を見つめる。

 まだ何か訊きたそうな少女の顔。ヒカリは鏡越しの少女の顔に笑顔を向け、質問を促した。

 少女は振り返り、直にヒカリの顔を見て、そしてヒカリの腕に抱っこされたツバメを見て、そして再びヒカリの顔を見る。おずおずと、口を開いた。

 

「ヘンタイ…」

 

「へ?」

 

「ヘンタイって…、なに?」

 

 

 

 

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