機甲少女の想いは一途   作:hekusokazura

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「はい。じゃあここにあんたの名前書いて」

「なまえ…」

「そっ。名前」

 5秒間ほど天井を見つめながら考え、受け取ったボールペンでカードの裏に文字を書き込んでいく。

 

「えっと…」

 ミミズが這ったような文字を凝視する老婦人。

「ごめん。これ、なんて書いてあるの?」

 読み取ることを諦めた老婦人は、直接本人に訊ねてみた。

「そっくりさん」

「え?」

「そっくりさん」

「え?」

 同じ問答を2度繰り返す2人。

 

 図書館の受付カウンターでの2人のやり取りを、カウンターの台に顎を乗せながら見ていた小さな女の子。

「そっくりさん」

「え?」

 老婦人の視線が、小さな女の子の顔に注がれる。

「このひと、そっくりさん、ってゆーの」

 女の子に言われ、老婦人はまじまじと少女の顔を見る。

「訳あり…、なんだね…」

「ワケアリ?」

 老婦人は少女に同情の視線を送りつつ、新品の図書カードを「そっくりさん」とやらに渡してやる。

「よかったね」

 小さな女の子は乳歯が抜けた歯を見せながら、少女に向かってにっこりと笑った。

「うん」

 図書カードを受け取った少女は頷いて返す。

 

 

 乗降口が開き、女性が入ってきた。

「こんにちは」

「あら、こんにちは」

 挨拶を交わす老婦人と女性。顔馴染みなのか、女の子もカウンターから顎を上げて女性に向けて挨拶する。

「こんちは」

「あら、チヒロちゃん、こんにちは…、って、わっ!?」

 女の子の隣に立っていた少女がいつの間にか側に近付き、こちらを覗き込むように顔を突き出してきたため、びっくりした女性は大きな声を上げてしまった。

 少女は口もとに人差し指を当てながら「しー」と言う。その後ろでは女の子が「またやってるよ」と呆れたように頭を抱えている。

 

 少女はまん丸に広げた目で、女性が抱いている小さな赤ん坊を見つめている。

「ツバメよりも形状が大きい…」

「ツバメ? あ、ああ。あなたがヒカリんところの居候さんね」

 少女は女性の腕の中の赤ん坊を熱心に見つめながら、こくりと頷く。

「なんだい。存外に有名人なんだね、あんた」

 カウンターの向こう側から老婦人が言う。

「うちの上の子がよく遊んでもらってるらしいのよ。変な髪の色して、変なカッコした新入りの女の子」

 赤ん坊は間近にある少女の顔に、もみじのような小さな手を伸ばした。少女も赤ん坊に右手の人差し指を近づけると、赤ん坊は指に触れ、顔をしわしわにしてにっこりと笑っている。第三種接近遭遇を果たした我が子と少女のやり取りに、女性も「ふふっ」と笑いながら言った。

「この子がもう少し大きくなったら、一緒に遊んであげてね」

 少女は大きく2度頷いている。

 

 突然、少女の背中に、どさっと重みが加わった。女性の腕の中の赤ん坊を覗き込むために前屈みになっていた少女の背中に、女の子が勢いを付けて負ぶさってきたのだ。

 女の子はそのまま少女の背中をよじ登り、少女の両肩に腕を回して少女の肩からひょっこりと顔を出すと、少女の肩越しに赤ん坊を覗き込む。

「あー、ミッちゃん、またおおきくなってる~」

 両足をばたばたさせながら言う女の子。

「ふふっ。チヒロちゃんも、いつかミツコと遊んであげてね」

「うん!」

 図書館の風紀は何処へやら。元気いっぱいな声で返事をする女の子。

 すぐ側で大きな声を出されて驚いてしまったのか、女性の腕の中の赤ん坊がぐずつき始めた。

「あーよしよし」

 女性は赤ん坊をあやすため、抱き直して体全体を使って静かに腕を揺さぶった。

「こら、チヒロ」

 縦座席に座っていた女の子の母親から、叱責の声が飛ぶ。

 女の子は慌てて口を噤む。そんな女の子に向けて、少女は口もとに人差し指を当てながら「しー」と言う。

 

 

 女性が赤ん坊を抱き締めながらあやす様子を、興味深げにじっと見つめている少女。

 ポツリ、と呟く。

 

「ヘン…タイ…」

 

「へ?」

 

 女性は我が子に落としていて視線を、少女へと向けた。

 女性の瞳を、少女の無垢な瞳が見つめる。

 

「それ…、なに?」

 

「え? それって…?」

 

 少女は赤ん坊を抱く女性の腕を指さした。

 

「え? 抱っこのこと…?」

 

 少女は2度頷いた。

 

「そう。抱っこ。どーして、抱っこするの?」

「え? どーしてって…」

 初めての出産の時も、この子を産んだ時も、産んで10秒後には何も考えずに、それが当然と思ってその腕に抱いていた。どーしてと言われても…。

「赤ちゃん…、だから?」

 とりあえずとばかりに答えてみる。

「赤ちゃんは、抱っこする…」

 自分の返事を咀嚼するように呟いている少女。そんな少女を見て、この子もあと何年かしたら我が子を抱いているのかな、と勝手な想像を膨らませた女性は柔らかく笑った。

「そう。赤ちゃんは、まだ何にもできないから。こうして抱っこして、守ってあげなくちゃね」

「赤ちゃん以外は、抱っこしちゃいけないの?」

 少女の立て続けの質問に、女性は「そーゆー訳じゃないけど」とばかりに困ったように笑った。少女の背中に負ぶさる女の子が身を乗り出す。

「そーだよ。おっきくなったら、だっこ、されちゃだめなんだよ」

 自分の肩に顎を乗せる女の子に視線を向ける少女。

「あなたは、もう、抱っこ、されないの?」

「うん。だってあたし、おねーさんだから」

 縦座席に座る女の子の母親が大きく吹き出した。

「なによー、ママ」

「昨日の夜に怖い夢みて眠れないとか言って、わたしに抱っこされてたのはどこのお姉さんだったかしら」

「もー!」

 身内からの思わぬ暴露に、女の子は顔を真っ赤にして抗議している。

 女の子の母親は我が子の抗議を無視して、少女に笑顔を向ける。

「赤ん坊じゃなくてもいいのよ。大人になっても、人は抱っこされたいものだから」

「あなたも?」

「ええ。私も」

 頷く母親に、赤ん坊を抱く女性は目を細める。

「相変わらず、あんたのとこは仲が良いね~。そろそろ3人目を拝めるかしら?」

「ふふっ。チヒロがもう少し大きくなったらね」

 赤ん坊を抱いた女性は女の子の母親の隣の席に座り、そのままご婦人2人はここが図書館ということを忘れて世間話に入った。

 

 

 少女は前屈みにしていた体を起こす。

 その背中にはまだ、女の子がぶら下がっている。

 身を捩じらせ、背中にぶら下がる女の子の体に腕を回す。女の子の胴体を両腕で支えると、女の子の体をそのまま正面へと持ってきた。

 

「え?」

 

 少女の背中に負ぶさっていたはずなのに。

 

「え?」

 

 いつの間にか目の前に少女の胸があって。

 

「え?」

 

 いつの間にか少女の両腕が背中に回されていて。

 

「え?」

 

 いつの間にか少女の腕に中で、抱っこされている。

 

 

 突然の状況変化に戸惑っているのか。

 

「え?」

 

 女の子は立て続けに短い声を上げている。

 

 

 そんな女の子を他所に、少女は女の子の小さな体を抱き締めながら、目を閉じていた。

 

 すぐ側で聴こえるご婦人方のお喋りの声。

 ご婦人2人の世間話に合いの手を入れる老婦人の声。

 天井を叩く、大粒の雨の音。

 

 それらに混じって。

 

 腕の中の女の子。

 女の子の息遣い。

 女の子の胸の中の小さな鼓動。

 女の子の体内で奏でられる、生命の息吹の音。

 

 

「もー」

 腕の中の女の子がじたばたし始めた。

「おねーさんはだっこされちゃだめなんだよー」

 人前で抱っこされたことが恥ずかしかったらしい。

 

 少女はゆっくりと女の子を床へと下ろす。

 ふくれっ面で抗議の視線を送ってくる少女の顔を、ぼんやりと見つめて。

 

「ポカポカ…した…」

 

 ポツリと呟いた。

 

 

 

「ん? 借りたい本でもあった?」

 目の前に立った少女に声を掛ける老婦人。

 少女は何も答えず、カウンター席に座る老婦人に向けて身を乗り出す。伸ばした腕を、老婦人の背中へ。

「え?」

 老婦人の短い声を無視し、そのままそっと老婦人の体を抱き締める。

 

 

「あら。どうしたの?」

 目の前に少女が立ったため、ご婦人2人はお喋りを中断する。

 少女は何も答えず、まずは女の子の母親の前に立った。

 縦座席に座る女の子の母親に向けて前屈みになり、伸ばした腕を母親の背中へ。

「え?」

 母親の短い声を無視し、そのままそっと母親の体を抱き締める。

 

 30秒ほどの抱擁の後、母親の体から離れた少女は、次に赤ん坊を抱いた女性の前に立った。

 ぽかんと少女の顔を見上げている女性。

 少女は何も言わず、女性に向けて前屈みになり、伸ばした腕を女性の背中へ。

「え?」

 女性の短い声を無視し、そのままそっと、その腕に抱かれた赤ん坊ごと、女性の体を抱き締める。

 

 

 小説を読んでいた中年男性の前に立つ。

「ダメダメ! 僕はダメだよ!」

 急に抱き着き魔と化した少女に目の前に立たれ、理性を総動員させた男性は素っ頓狂な声を上げながら車両の奥へと逃げてしまった。

 

 

 逃げていった男性の背中を何処か寂しそうに見送った少女は、自分の両腕をぼんやりと見つめる。

 女の子を。老婦人を。母親を。赤ん坊と女性を抱き締めた腕を。

 

 そんな少女の背中を、唖然とした表情で少女を見つめている抱き着き魔の被害者たち。

 少女は振り返り、ぼんやりとした表情で被害者たちを見つめ返した。

 

「不思議…」

 

 ぽつりと呟く少女。

 

 カウンター席の老婦人はおずおずと言った。

「そりゃこっちのセリフだよ…」

 老婦人の言葉に、赤ん坊を抱いた女性は同意したように頷く。

「よっぽどの不思議ちゃんね。あなた…」

 

 

 

 

「お帰りなさい、そっくりさん」

 鈴原家の家の引き戸を開けたら、土間の台所に立つヒカリが出迎えてくれた。背中には、ツバメをおんぶしている。

「ただいま…」

 遠慮がちに挨拶をして、ヒカリの側に立つ。

「ん? どうしたの?」

 ヒカリの問いには答えず、少女はヒカリに向けて腕を伸ばし、そしてそっとツバメごとヒカリの体を抱き締める。

「え?」

 少女からの突然の抱擁に、戸惑ったような短い声を上げるヒカリ。

「どうしたの? そっくりさん」

 菜っ葉を切っていた包丁の手を止める。

 

 少女は耳を傾ける。

 ヒカリとツバメの息遣い。

 ヒカリとツバメの胸の中の小さな鼓動。

 2人分の、生命の息吹。

 

「不思議…」

「何が不思議なの? そっくりさん」

 突然の抱擁に最初は戸惑っていたヒカリだったが、少女の腕から伝わる心地よい温もりに包まれ、問い返す声音は柔らかい。

「誰かを抱っこしてると、ポカポカする…」

「ふふっ。そうね。誰かを抱っこしてると、心が温かくなるわよね」

「これは?」

「ん?」

「これは、何の、おまじない?」

「さあ。なんだろう」

 

 

 

 

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