機甲少女の想いは一途   作:hekusokazura

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 木枠の窓ガラスの向こうは雨の世界。

 目を閉じると耳に届くのは、窓ガラス越しに聴こえる雨の音。

 木々を濡らし、地面に水たまりを作り、雨樋から零れ落ちる水たちの戯れの音。

 体を包み込む、雨の音たち。

 

 目を開け、鏡の中の自分を見た。

 

 

 洞木ヒカリが木製の引き戸を開けると、そこにはいつもの彼女。

「おはよう。そっくりさん」

 洗面所の鏡を見ていた空色髪の少女は、ヒカリに顔を向ける。

「小森さんから連絡あったわ。今日も雨だから、いつもの時間にビニールハウスに集まって、だって」

「うん。分かった」

 そう答えながら、ヒカリに近づく少女。伸ばした腕を、ヒカリの背中に回す。

「おは、よう」

「うん。おはよう」

 ヒカリも少女の背中に両腕を回し、ぽんぽんと、少女の細い背中を軽く叩いて応じた。

 

 

 

 鈴原家の食卓。一家の大黒柱、鈴原トウジとその妻ヒカリ。2人の一人娘ツバメ。ヒカリの父親。そして居候の「そっくりさん」。

「いただきます」

 雑穀で作ったお粥、雑草混じりのおひたし、トウモロコシの芯で出汁を取った汁もの。食糧難の時世でも毎朝一汁一菜を揃えてくれるヒカリに感謝しながら頂く朝ご飯。

「ごちそうさまでした」

 空のお茶碗や皿を重ね、台所の流し台に運んでいたら。

 

「そ・っ・く・り・さ・~ん!」

 

 外から数人の子供による掛け声が聴こえてきた。

「あら。もう来たみたいね。そっくりさん。後片付けはいいから。さっさと仕度しちゃいなさい」

 少女はこくりと頷いて持っていた食器をヒカリに預けると、足早に奥の部屋に駆け込み、農作業用の道具が入った背嚢を背負い、干していた雨合羽を羽織ると、玄関のある土間へと向かった。

 土間に降りようとして。

「ん? なんや?」

 ちゃぶ台で新聞を読みながら食後のお茶を啜っていた鈴原トウジは、自分をじっと見つめてくる少女に視線を向けた。少女はトウジに向かって、ぽつりと言う。

「教えてほしいこと、ある…」

 

 

 今度こそ土間に下りた少女は、長靴を履くと、玄関の扉を開けた。

 扉の外では雨合羽を着た、数人の子供が待っている。

 

 玄関から現れた少女を、たちまち囲んでしまう子供たち。

「あの子はすっかりこの村に馴染んだのう」

 少女の背中を見るヒカリの父親は、口もとを綻ばせながら呟いた。

「ほんまですな。まさかあの綾波がこない子供に好かれるとは思うとりませんでしたわ」

 トウジも玄関に視線を投げながら言う。

 視線の先では、少女が出迎えてくれた子供たち一人一人を、身を屈めながら抱き締めてり、抱き締められた子供たちはきゃーきゃーとはしゃいでいる。

「ちょっと、あなた。「綾波」さんじゃないでしょ」

 トウジの空いた湯飲みに笹のお茶を注ぎながらヒカリが言う。

「おお。そうやったな。「そっくりさん」やったわ」

「「そっくりさん」。何て?」

「ん?」

「出掛けに、何か訊かれてたでしょ?」

「おお。シンジのことや」

「碇くん?」

「シンジ。何処におるんや?って」

 扉が開きっ放しの玄関の先では、少女が両手を子供たちに引っ張られて駆け出し始めている。

 

 

 

 

 * * * * *

 

 

 

 

 泥濘んだ斜面を歩くたびにガッポガッポと鳴る長靴。

 踏み出した長靴は泥濘に着地する度に深く沈んでしまい、次の一歩を踏み出すために苦労する。おまけに雨でない日でも登るのに苦労しそうな急な斜面。連日の雨で十二分に水を含んだ泥の斜面を、一歩一歩慎重に登っていく。

 

 ようやく斜面を登り切った。何度か足を踏み外し、すってんころりんして泥だらけになってしまった顔を、首に掛けていたタオルで拭う。

 泥を拭いて顔を上げると、ようやく目的地が見えた。

 赤い瞳の視線の先には、高台に建つプレハブ小屋がある。

 

 

 小屋のドアの前に立つ。

 傘を畳み、右拳でドアをコンコンと叩いた。

 

「誰…!」

 

 小屋の奥から鋭い声が飛んでくる。

 

 アヤナミレイ

 

 そう答えようとして、口を噤む。

 3秒ほど考えて。

 

「わたし…」

 

 それだけで通じたのだろう。

 

「初期ロットか…。ちょっと待って」

 

 内鍵を開ける音。

 ドアが開く音。

 

 開いたドアの向こう側に、あからさまに不機嫌顔をした、緋色髪の少女が立っていた。

 

 

 上半身は前がはだけたパーカー一枚、下半身はパンツ一丁という、とても客人を迎える格好ではない出で立ちの少女、式波・アスカ・ラングレーは、ドアを開けっぱなしにすると、そのまま小屋の奥に引っ込み、部屋の隅にあるベッドの上に背中からダイブした。ベッドの上に投げていた携帯型ゲーム機を手に取り、不機嫌顔のままピコピコと遊び始める。

 

 ドアの前で暫く立ち往生していた少女。小屋の中を見渡し、そして小屋の外を見渡し。目的の人物が見える範囲では居ないことを確認し、着ていた雨合羽をドア近くの衣文掛けに掛けると、ゆっくりとした足取りで中へと入った。

 

 鈴原家とはまた違う、様々な機器や工具が並ぶ部屋を物珍し気に見渡す。

「なに?」

 ベッドの方から不機嫌そうな声が飛んでくる。少女は不機嫌な声の主、ベッドの上のアスカに顔を向けた。

「碇くん、ここにいると聴いた」

 アスカはゲーム機から目を離さずに答える。

「ここにはいない。目下、家出中」

 少女は改めて部屋の中を見渡す。確かに、「彼」の姿はない。

「そう。なら探してみる」

 アスカはゲーム機から目を逸らし、少女の方へと視線を向ける。

 すでにアスカに背を向け始めている少女。この村には不似合いな、肌にぴったりとくっ付く黒のプラグスーツを着た少女の背中を見つめる。

 アスカは視線をゲーム機に戻す。目を逸らした隙に、ゲーム内の残機が1つ減っていたことに気付き、心の中で舌打ちする。

「あんたさあ…」

 ゲーム機のリスタートボタンを押し、冒頭から再開。ピコピコと小さなボタンを連打し、ゲームを続ける。

 

 声を掛けられたドアの前の少女は振り返る。自分を呼び止めたベッドの上のアスカを見つめた。

 

 ゲームに没頭するアスカ。

 アスカを見つめる少女。

 ピコピコと鳴るゲーム機。

 プレハブの屋根を叩く、大粒の雨の音。

 

 5分が過ぎた。

 

「あ~もうっ」

 今日は調子が悪い。

 目を瞑ってもクリアできそうなゲームの序盤で、残機全てを失ってしまった。リスタートボタンを押すと、冒頭のオープニング映像がゲーム機の小さな画面に流れる。いつもならスキップ機能を使うところだが、映像はそのまま流しっぱなしにして、5分間身じろぎもせずに突っ立っていた空色髪の少女に視線を向けた。

 

 少女の赤い瞳を、じっと見つめる。

 何を考えているのか、そもそも何も考えていないのか。よく分からない赤い瞳。

 

 赤い瞳から視線を落とし、少女が着る黒のプラグスーツの手首にあるコントロールパネルを見つめる。

 目を細め、コントロールパネルの小さな液晶画面に表示されてている文字を睨み見た。

 

 アスカの視線に気付いた少女は、両手を後ろ手に組み、手首のコントロールパネルをアスカには見えないようにする。

 

 アスカの視線は再び少女の赤い瞳へ。

 

 そのまま10秒ほど、少女の赤い瞳を見つめて。

 

 そしてゲーム機へと視線を戻す。

 オープニング映像は終わっていたので、ピコピコを再開。

 

「なんでもない」

「そう」

 呼び止められてからその言葉を聴くまで6分待たされた少女は、それでも少しも気にする素振りを見せず、ドアへと向き直り、ドアノブへ手を伸ばした。

「あいつなら…」

 ベッドの方から再び声がしたため、少女はドアノブを捻りかけた手を止め、振り返る。そこにはベッドの上でピコピコを続けているアスカの姿。アスカはピコピコしながら言う。

「あいつならネルフ第2支部N109棟跡よ」

 少女は瞬きを一つした。ドアノブを握っていた手を下ろし、ベッドの上の少女に体の正面を向ける。

「ありがとう」

 アスカはピコピコを続けながら、一瞬だけ視線を少女とアスカの間にあるテーブルに向けた。

「あいつの所に行くなら、そこのレーション持っていって。そろそろ限界だと思うから」

 テーブルの上には高カロリーの携帯保存食が置かれてある。少女はテーブル近くまで歩み寄り、携帯保存食を拾い上げた。

 少女はベッドの上のアスカを見つめて、そして今一度、小屋の中をぐるりと見渡して。ふと思ったことを、アスカに訊ねてみた。

「あなた、一人、ここで住んでるの?」

 アスカはゲーム機から目を離さずに答える。

「ここはケンケンの家。あたしの家じゃないわ」

「ケンケン?」

「ケンケンはケンケンよ」

「どうして、みんなと一緒に、暮らさないの?」

「……」

 アスカは黙っている。

「この村に、いて、仕事、しなくて、いいの?」

「あんたバカぁ?」

 今日一番の、アスカの不機嫌顔。

「ここは私が居る所じゃない。守るところよ」

 

 

 

 ドアが閉まる音。

 雨合羽を羽織る音。

 傘を差す音。

 そして遠ざかっていく足音。

 

 それらの音を、ベッドの上からゲーム機で遊びながら聴いていたアスカ。

 無感動にゲーム機の画面を見つめていたアスカの顔。徐々に眉間に皺が寄り、目が細くなっていく。

 ゲーム機を、枕の上に投げ出した。

「あーもう…!」

 ベッドから体を起こし、ベッド脇に投げていた膝丈のショートパンツを履き、はだけていたパーカーの前のファスナーを閉じてサンダルを履く。傘を差して、外に出た。

 

 

 

 目的地に着く頃には土砂降りの雨は止んでいた。

 湖の畔。

 古代の城郭を思わせるような、天に向けて縦長に伸びた、崩れかけの廃墟。

 その入り口の側まで行くと、固いコンクリートの床に何かが激しく投げ付けられたような音がした。

 暫くして、霞むような口調で「また来る」と言うあの少女の声。

 コツコツと、コンクリート製の床を叩く足音。足音は、だんだんこちらに近付いてくる。

 その足音に、何故かはアスカ自身も分からないが、咄嗟に物陰に身を隠してしまう。

 廃墟の入り口から、あの少女が出てきた。小屋から出ていった時に持っていた携帯保存食の箱はその手にはなく、あちこちが凸凹だらけの携帯型音楽プレイヤーが握られていた。

 少女はアスカの存在には気付かなかったらしく、そのままてくてくと歩いて廃墟の前を立ち去っていく。

 

 アスカは、廃墟の入り口から中をこっそりと覗き見た。

 あちこちが陥没した床。崩れた壁の向こうに広がる静寂に包まれた湖。

 

 廃墟の床で蹲った、少年の背中が見えた。

 

 少年は蹲ったまま、唸っている。

 肩を震わせ、嗚咽を漏らしている。

 

 その少年の右手が、床に伸びた。

 床の上には、あの携帯保存食。

 少年の手は保存食の箱を掴むと、その包装を乱暴に破り、少年の口は包装の中身に齧り付いた。

 

 

 

 

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