機甲少女の想いは一途   作:hekusokazura

40 / 72
(40)

 

 

 

 

 立ち止まる少女。

 少女を囲むように歩いていた農作業仲間の小母ちゃんたちは、少女が集団から遅れたことに気付き、足を止める。

 未舗装の田舎道の真ん中で、少女が小母ちゃんたちを見つめながら、ぽつんと突っ立っている。

 

 小母ちゃんの一人が笑顔で声を掛けた。

「今日も行くのかい?」

 少女は頷く。

「そっか。遅くならないようにおしよ」

「先生んところの奥さんにはあたしから言っとくから」

「気を付けてね」

 小母ちゃんたちは、口々に少女に向けて優しく声を掛ける。

 少女は頷く。

 そして少女は小母ちゃんたちに歩み寄り、そして。

「はいはい」

「今日もだね」

「あたしゃまだ慣れないね~」

「なんだか外人さんの挨拶みたいだよ」

「でも悪かないじゃないか」

 数日前から突然始められた、少女からの挨拶代わりの抱擁。少女から一人一人軽い仕草で、それでいてしっかりと抱擁され、すっかり照れている小母ちゃんたち。

 全員をハグし終えた少女は、小母ちゃんたちにペコリと頭を下げると、そのまま村への帰り道とは違う、湖のある方へと向かって走っていった。

 

 

 村への帰り道を歩きながら。

「それにしても誰なんだろうね。毎日会いにいく相手って」

「そんなの決まってるじゃないか。あの年ごろだよ?」

「やっぱり? あ~残念だね~。うちの倅のお嫁さんにピッタリだと思ってたのに」

「あんたんとこには勿体ないよ。それよりも加持さんとこに若いのいたじゃないか。あたしはあの子んとこに嫁がされたらどうかと思ってたのよ」

 ぺちゃくちゃお喋りに興じるうちに、やがて地面を走る線路へと行き当たり、村の中心部が見えてきた。

「んじゃ、今日もご苦労さんでした」

「じゃ、またね」

「明日も頑張りましょう」

「お疲れさ~ん」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「え?」

「え?」

「え?」

「え?」

 お互い見合ったまま、突っ立ている小母ちゃんたち。

「なに?」

「解散でしょ?」

「う、うん」

「なんか、ねぇ」

「う、うん」

「え? あんたもかい?」

「う、うん」

「このままだと物足りないからねぇ」

「う、うん」

「じゃ、ま」

「あたしたちも」

「やっときましょっか」

「そうしましょうっか」

 

 小母ちゃんたちは、互いにハグをしあってから別れたのだった。

 

 

 

 

 数日ぶりの晴天。家の中でゲームばっかりやってたら体にカビが生えてしまいそうなので、体の天日干しのために久しぶりに外をぶらぶらと散歩することにした。

 陽が傾き掛けた時間帯。左右に菜の花畑が広がる田舎の泥道を茜色の陽射しが照らし、菜の花の上にはクロアゲハがひらひらと舞っている。

 拾った木の枝で道端の雑草をビシバシ叩きながら歩いていたら、菜の花畑の中を歩く人影が目に入った。

 

 左右の色鮮やかな菜の花には目もくれず、視線を地べたに這わせながらトボトボと歩く空色髪の少女。

 アスカは足を止め、少女の姿を見つめる。アスカが立つ位置まであと3メートルまで迫って、ようやく視界の隅にアスカのサンダル履きの足が見えたらしい少女は、地べたに這わせていた視線を上げてアスカを見た。

 少女の顔を正面から見たアスカは、2度、目を瞬かせる。

 

 人が辛うじてすれ違うことが出来る程度の狭い道。

 道の真ん中に堂々と立つアスカを避けるため、少女は道の端に寄り、身を捩らせながらアスカの横を通り抜けようとする。

 

 少女が、お互いの肩が触れ合いそうな位置まで近づき、そしてそのまま通り過ぎようとする。

 アスカは心の中で「ああもう」と悪態を付きながら、少女の手首を掴んだ。

 手首を掴まれた少女は振り返る。

「どうしたのよ、それ」

 アスカが言う「それ」。

 少女の真っ白のはずの右頬が、赤く腫れている。

 

 少女が足を止め、アスカの方に体を向けたため、アスカは少女の手首を離した。

 少女は解放された手で、腫れた右頬にそっと触れながら、おずおずと口を開いた。

「みっちゃんの…」

「みっちゃん?」

 少女は頷きながら続ける。

「みっちゃんのお母さんが言ってた」

「お母さん?」

「何も出来ない人は、守ってあげないといけないと、って」

「何も出来ない人?」

 話しの筋が見えてこず、オウム返しするしかないアスカ。

 少女は頷きながら続ける。

「だから、碇くん」

「え? バカシンジ?」

「バカ?」

「いいから続けて」

「そしたら碇くん。急に大きな声、上げて。碇くんの手、私の顔、当たって」

「え? え? それ、シンジにやられたの?」

 少女は頷く。指で触れた患部が痛かったのか、少女は顔を顰めている。

「これが「痛い」。「痛い」は、知ってる…」

 自分の中の「痛み」の記憶を探るように、視線を虚空に這わせる少女。

「でも、この「痛い」は、初めて…」

 這わせていた視線を、目の前に立つ緋色髪の少女に向けた。

「これは、何の、おまじない?」

「おまじない?」

 突然問われたアスカは、またもやオウム返しをする。

 少女はうんと頷いて、アスカの答えを待っている。

 

 あのバカが女子に手を上げたという事実に戸惑ってしまっていたアスカは、突然の質問にさらに頭の中がこんがらがってしまった。

 

 赤い瞳をこちらに向けて、じっと答えを待っている少女の顔をぼんやりと見つめて。

 

 

「気合いよ…」

 

 ぽつりと呟いてみた。

「キアイ…?」

 今度は少女がオウム返しをし、アスカはこくりと頷く。

 

「闘魂注入…よ」

 

「トーコンチューニュー…?」

 

「ボンバイエ…よ」

 

「ボンバイエ…?」

 

「元気ですかー?…よ」

 

「ゲンキですか…?」

 

「元気があれば、なんでもできる、…よ」

 

「ゲンキがあれば、なんでもできる…」

 

「行くぞー…」

 

「行くぞー…」

 

「1」

 

「イチ」

 

「2ぃ」

 

「ニィ」

 

「3」

 

「さん」

 

「だああ!」

 

「だああ…」

 

 

 何時の間にか2人して拳を天に突き上げていた。

 

 2人の間を、ひらひらと舞うクロアゲハが横切って。

 

 アスカがゆっくりと腕を下ろしたため、少女も倣って腕を下ろす。

 そしてアスカはぽつりと言った。

「これよ」

 少女は素直に頷く。

「うん。分かった」

「え? マジで?」

 少女は頷く。

 

 アスカは手を伸ばし、少女の赤く腫れ上がった右頬に触れる。

「へ~、あのバカシンジがね~」

 少女には気の毒だが、あの腰抜けに女に手を上げる度胸があったとはと、妙に感心してしまう。

「ってか、あのガキに何したの?」

 少女は触れられた患部の痛みに顔を顰めながら言う。

「みっちゃんのお母さんが言ってた。何も出来ない人は、守ってあげないと、って」

「(みっちゃんのお母さんって誰よ)それは聞いた」

「うん。だから、こうしようとしたの」

 

 少女はアスカに半歩歩み寄った。

 

「え?」

 

 そのままアスカの背中に両腕を回し。

 

「え?」

 

 アスカの体を包み込み。

 

「え?」

 

 アスカの体を抱き寄せる。

 

 

「え? え?」

 いつの間にか少女に抱き締められていたアスカ。

「え? え?」

 ひたすら、短い声を上げ続けることしかできないでいる。

 

 そんなアスカを他所に、少女はアスカの息遣いに耳を傾けている。

 アスカの胸の中の小さな鼓動に耳を傾けている。

 アスカの体から生命の息吹を感じている。

 

「あなたの音…」

「え?」

「あなたの音…、とても気持ちいい…」

「そう…」

 突然抱き締められ、硬直していたアスカの体から、力みが消えていく。

「これは…?」

「ん?」

「これは、何の、おまじない…?」

 

 視界の隅にチラつく少女の空色の毛先。

 視界の下半分に広がるオレンジ色の菜の花畑。

 視界の上半分に広がる、茜色の空。

 すぐ側で感じる、少女の息遣い。

 

 アスカはポツリと言う。

 

「D・ b・st ・in S・・at・」

 

「え?」

 

 アスカの呟きが聴き取れなかった少女は訊き返す。

 アスカはその口を少女の耳元に近付け、もう一度ゆっくりと丁寧に囁く。

 少女は、アスカが囁いた言葉をそのまま真似てみる。

 アスカはこくりと頷いた。

 

「それを相手に伝えるための、おまじないよ」

 

 

 家路へとつく少女の背中を見送る。

 アスカは、まだ少女の体の感触が残る自身の胸の辺りを見下ろした。

「あったかかったな…、あいつ…」

 

 

 ―――あなたの音…、とても気持ちいい…。

 

 

「そっか…」

 

 手を、胸に当てる。

 手のひらに感じる、微かな鼓動。

 

「あたし。まだ生きてるんだ…」

 

 

 

 

 * * * * *

 

 

 

 

 本日も晴天。小屋の掃除や洗濯以外はすることがないため、その辺をテキトーにぶらぶらと散歩。拾った枝で雑草をビシバシ叩きながら歩いていたら、件の廃墟の前を通った。

 廃墟の前を通り過ぎ、そのままてくてく10歩ほど歩いて。

 立ち止まって。

 踵を返し、足早に、かつ足音を立てないように慎重に歩きながら、廃墟の入り口へと向かう。

 そっと廃墟の中を覗き見たら、「あいつ」と、もう一人別の気配。短く切り揃えられた空色の髪が、廃墟の前に広がる湖から吹く風にひらひらと揺れていた。

 

 湖に体を向け、床にしゃがみ込んでいる「あいつ」。その背中を、数歩後ろに立ちながら、身じろぎ一つせずに見つめている少女。

 水面を泳ぐ水鳥。流れていく雲。風に揺れる、少女の空色の髪。それら以外はまるで静止画のように動かない、廃墟の中の退屈な風景。

「アホくさ…」

 そう呟いたアスカは、廃墟に背を向け、歩き出す。

 

 廃墟から10歩ほど離れた時に。

 

「1、2、3、だぁ…!」

 

 廃墟の方から、気の抜けたような、スッカスカな掛け声と共に。

 

 ペチッ

 

 何かを軽く叩く音が聴こえた。

 

 少し間を置いて。

 

 ビタン!!

 

 続けて何かを激しく叩く音。

 

 

 しんと静まり返る廃墟。

 唖然として、廃墟を見つめるアスカ。

 

 暫くして、廃墟の方からてくてくと足音がする。

 見ていたら、廃墟の入り口から少女が出てきた。

 今度は左頬を真っ赤に晴らした少女が。

 

 アスカの存在に気付く少女。

 腫れあがった左頬に触れながら、ポツリと言う。

「ボンバイエ…」

「ボンバイエ?」

 オウム返しするアスカに、頷く少女。

「ボンバイエのおまじない…、碇くんに、してみた…」

「そう…」

「碇くんに、キアイ、入れてほしかったから…」

「そう…」

「碇くんから、ボンバイエのおまじない…、返された…」

「そう…」

「これは、私に、もっとキアイ、入れろ、ってこと…?」

「そうかもね…」

「そう…。分かった…」

「あんた…」

「なに…?」

「あんた、底なしのアホね…」

 

 トボトボと家路につく少女の背中を見送る。

 少女の背中が見えなくなって。

 

「プッ!」

 アスカは遂に堪えきれなくなり、吹き出した。そして、

 

「キャハハハッ!」

 

 腹を抱えて笑いだしてしまった。

 

 それは彼女にとって何時以来の笑い声だっただろうか。

 腹を抱え、引き攣った顔でヒーヒー言いながら、その場に蹲る。

 

 アスカのバカ笑いが耳障りだったのだろう。廃墟の方から「あいつ」の声で「うるさい!」と怒鳴り声が飛んできたが、アスカは構わずその場で笑い転げていた。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。