機甲少女の想いは一途   作:hekusokazura

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 コンコン、とドアを叩く音。

 咄嗟に枕の下に隠している拳銃に手を伸ばそうとして、しかし時計を見たら「何時も」の時間だったため、手を引っ込め、携帯型ゲーム機でピコピコを再開。

「んんん」

 返事代わりに唸った。するとドアが開き、空色髪の少女が入ってくる。

 

 雨具をドア近くの衣紋掛けに引っかけて小屋に入ってきた少女は、アスカが寝っ転がっているベッドの横を通り抜け、まっすぐに台所の戸棚へ。

 戸棚の戸を開き、中に積まれた携帯保存食の箱を1個取り出し、手に提げていた背嚢の中に入れる。戸を閉め、踵を返し、アスカが寝っ転がっているベッドの横を通り抜けてドアへ向かおうとして。

「今日もあいつんところ?」

 不意に、ベッドの上の彼女から声を掛けられた。少女は足を止め、ベッドへ振り返る。アスカは寝っ転がったまま、ピコピコを続けている。

「うん」

「毎日毎日ご熱心ですこと」

 冷やかし混じりのアスカの口調だったが、少女は気にした様子もなくこくりと頷く。

 

 そのままピコピコを続けるアスカ。

 ベッドの上のアスカをじっと見つめる少女。

 ピコピコを続けるアスカ。

 

 それ以上アスカは何も言いそうになかったため、少女は体をドアの方へと向けた。

 アスカはすかさず視線を横に向け、少女が着る黒のプラグスーツの手首にあるコントロールパネルを睨む。

 小さな画面に点る、赤く光った表示。

 

 ドアに向けてスタスタと歩き始める少女。

 アスカは軽く溜息を吐き。

「教えといてあげる」

 少女を呼び止めた。少女はドアノブに伸ばし掛けた手を引っ込める。

「私たちエヴァパイロットはエヴァ同様人の枠を超えないように設計されてる。非効率な感情があるのもそう。人の認知行動に合わせてデザインされているだけ」

 ドアの側に立つ少女の赤い瞳が、じっとアスカの蒼い瞳を見つめていた。

 アスカは視線をゲーム機に戻す。いつの間にか残機が全滅していたため、心の中で舌打ちをする。

「あんたたち綾波シリーズは」

 ゲーム機のリスタートボタンを押し、冒頭から再開。

「第3の少年に対する感情が調整されている。今のその感情は、最初っからネルフに仕組まれていたものよ」

 ピコピコと小さなボタンを連打し、ゲームを続ける。

 

 順当に第一ステージはクリア。

 小さな長方形の画面が第二ステージに切り替わったところで。

 

「わっ!?」

 

 アスカの顔を間近で覗き込む少女の顔が目に入り、びっくりしてしまうアスカである。

 

「な、なによ、あんた」

 思わぬ急接近に上半身を起こし、壁に背を付け、少女と距離を取るアスカ。

 慌てた様子のアスカの姿を、少女はきょとんとした目で追う。

 

「その感情…」

「え?」

「「その感情」って、なに?」

「はあ?」

 今度はアスカがきょとんとした顔で少女を見つめる番だった。

「碇くんのこと、考えると、世界が優しく、なった。色んな音が、心の中に、入ってくるように、なった。体が、ふわふわ、した」

 少女はきょとんとしたアスカの目を、まっすぐに見つめている。

「この感情って、なに?」

 

 何度か目を瞬かせたアスカ。

 開閉しているうちに、きょとんとした目は消え、いつもの不機嫌そうな目付きに戻る。

 再びベッドに横になり、ゲームを再開させ、体を壁の方へと倒し、少女に背を向ける。

 

 ゲーム機から鳴るピコピコ音

 呼吸に合わせて上下する、アスカの右肩。

 屋根を叩く、雨の音。

 

 ゲームに没頭してしまったらしいアスカに、答えを得ることを諦めた少女は立ち上がると、ドアへと足を向けた。

 

「「好き」…」

 

 唐突にベッドから声がした。

 

 振り返ると、緋色髪の少女は壁を向いたままゲームを続けている。

 

 空耳かと思った少女は、再びドアへと向けて足を進めようとして。

 

「「好き」って、ことじゃない…」

 

 振り返ってみると、そこには変わらずこちらに背を向けてゲームに没頭しているアスカの姿がある。

 

 その背中に視線を送り続けるが、それ以上、何かを言ってくれる様子はない。

 

 アスカの背中から床へ、そして窓ガラスの外の雨の景色へと視線を巡らせて。

 

 

「好き…」

 

 何度も目を瞬かせて。

 

「好き…」

 

 視線を天井に、壁に、アスカのパンツ丸出しのお尻にと、次々と巡らせて。

 

「好き…」

 

 

 何処からか、ふっ、ふっ、と空気の巡る音がする。

 何処からか、トク、トク、と脈打つ音がする。

 

 音の在処を探る視線は、やがて少女の胸の上へと辿り着いた。

 

 

 色んな人の体を抱き締めて。

 その人の息遣いに耳を傾けて。

 その人の胸の中の鼓動に耳を傾けて。

 その人の生命の息吹を感じて。

 

 初めてかも知れない。

 自分自身の息遣いを聴いたのは。

 自分自身の胸の中の高鳴りを聴いたのは。

 自分自身の生命の息吹を感じたのは。

 両頬が、熱くなるのを感じたのは。

 

「これが…、好き…」 

 

 

 ゲーム機の画面に集中していたはずなのに。

 背後からぽつりぽつりと聴こえる少女の呟きに、アスカは目をぎゅっと閉じて、鼻から盛大に溜息を吐く。

 少女には背を向けたままで、念を押すように言った。

 

「だからその感情はネルフに仕組まれたものなの。偽りの好意、よ」

 

 もう何も答えてくれないものと思っていた緋色髪の少女からの声に、空色髪の少女は目を大きくぱちくりとさせる。

 アスカのパンツ丸出しのお尻から、アスカの後頭部へと視線を移した。

 

「そう…」

 ぼんやりとした口調で答える少女。

 

「そっ」

 素っ気ない口調で念押しするアスカ。

 

「でもいい…」

 

 少女の口から零れたその言葉に、アスカはゲームの手を止め、肩越しに少女を振り返る。

 

「良かったと、感じるから…」

 

 少女の赤い瞳を、じっと見つめる。

 少女が初めてこの小屋を訪れた時に見た時は、何を考えているのか、そもそも何も考えていないのか、よく分からなかった赤い瞳。

 気のせいだろうか。

 その赤い瞳が、微笑んでいるように見えるのは。

 

 ゲーム機へと視線を戻す。

 ピコピコを再開。

 

「そう。なら勝手にすれば…」

 どこか不貞腐れたように、そう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 陽が暮れた世界。

 赤く染まった西の空の隅っこだけを残して、世界を夜の闇が多い始めている。

 明かりの点いていない部屋。

 窓越しに、夜の帳が落ち始めた外の景色をぼんやりと眺めていた。

 窓ガラスに映るのは、左目を眼帯で覆った少女の姿。

 ガラスに映る眼帯に、そっと手を伸ばす。ガラスの表面の、ひんやりとした感触が指に伝う。

 自分自身の左目を最後に見たのは、何時だっただろうか。

 

 徐々に面積を狭めていく東の赤い空。風に揺れる木々。それ以外、動きのなかった外の世界。

 その一角に、2つの動く影。

 影は、段々とこちらに近づいてくる。

 影の形が、人の形を成し始めて。

 

 アスカは、一度両肩を上げて空気を大きく吸い込み、そして盛大な溜息を鼻から漏らしながら肩を下ろした。

 

 ガラス窓に映る眼帯を覆った少女の隣に、メガネを掛けた青年が立った。

 青年の視線も、2つの人影を追いかけている。

 

「凄いんだな…、彼女」

 青年、相田ケンスケは2つの人影の片方、全身を肌にぴったりとくっ付く黒いスーツで包んだ、空色髪の少女を見ていた。

「別に…。徹底的に甘やかしただけでしょ」

「そうかもしれない。でもあんな状態の…。何も話さず、何も聞かず。周囲のあらゆるものを拒んでいた碇が誰かと手を繋いで歩いてるんだ。どんな経緯でああなったにせよ、それだけでも凄いことだよ」

 空色髪の少女の隣には、ジャージ姿の少年。2人は、手を繋ぎながら。正確には、少女が少年の手を引きながら、田舎道をゆっくりと歩いている。

「ありがとな。式波」

「え? どーして今の流れでソレなのよ」

 アスカは口を「へ」の字に曲げながら、窓ガラスに向けていた視線をケンスケへと向けた。

「碇に厳しく当たってくれて。むしろ式波の方が辛かったんじゃないか?」

「べっつに。見てて心底イライラしてただけよ。1回蹴飛ばすごとに、むしろ清々したわ」

「ははっ。でも式波の鞭と、あの子の飴が無かったら、きっと碇はこんなに早く立ち直りの切っ掛けを掴むことができなかったはずさ。俺の見立てじゃ、最低1年は掛かると思ってたからな」

「経験者でも、宛てが外れた?」

 からかうような、それでいてその中に一抹の優しさを混ぜたアスカの声。

「俺の時も半年は掛かったからね。あの時はお世話になりました。式波センセ」

 アスカに向けて仰々しく頭を下げるケンスケに対し、アスカも芝居がかった動作で胸を張る。

「どーいたしまして」

 ケンスケは笑いながら言う。

「誇っていいんじゃないかな? 式波」

「何をよ」

「式波はその半生において、2人の男をどん底から引き揚げたんだ。凄いことだよ」

「ま、その内の1人はこの村に大いに役に立つ存在になったからね。そこはまあ、誇ってやることにしましょっか」

「お褒めにあずかり光栄です」

「でも…、あいつはどうかしら…」

 

 小屋の側まで手を繋ぎながらやってきた2人。

 今は足を止めて互いに向き合い、互いに黙っている。

 少女は少年の瞳をじっと見つめ、少年は照れ臭そうに少女の足もとをじっと見つめ。

 

 ふと、少女が半歩だけ少年に歩み寄った。

 少女は少年の手を離すと、両腕を広げる。広げた両腕で、少年の体を包み込もうとして。

 

 素っ頓狂な声を上げた少年は、慌てふためきながら少女から2歩も3歩も離れてしまった。暗がりでよく見えないが、少年の顔が真っ赤になっているのは想像に難くない。

 

「ちっ」

 アスカの舌打ち。

「あんのヘタレが…」

「ああ、ヘタレだね」

 ケンスケも困ったように笑いながらアスカに同調する。

 

 お別れのハグをし損なった少女は、自身の空っぽの両腕を寂しそうに見つめ、そして仕方なく、ハグの代わりに胸の前で、少年に向けて小さく手を振った。

 少年は右手で頭を掻きながら、左手で手を振り返す。

 少年に手を振られて安心した様子の少女は、手を振りながら少しずつ後退り、そして踵を返してすっかり暗くなった夜道を歩いていく。

 

「ありゃりゃ。碇センセそりゃないですぜ」

 ケンスケの心底残念がった声。

「こんな夜道を女の子一人で帰らせるつもりですか」

「あんのボンクラにそんな甲斐性があるわけないでしょうが」

「仕方ないな。俺が送ってこよう」

 ケンスケは壁に掛けた懐中電灯とテーブルの上の自動車の鍵を持ち、裏口へと向かう。

「ありがとう、ケンケン」

「式波も。今日くらいは優しくしてやれよ」

「それはどうかしらねぇ」

 ケンスケが小屋の裏口から出ていく。

 窓の外では、少女の姿が見えなくなるまで見送った少年が、口もとに少しだけ丸みを帯びさせた顔で、小屋の正面のドアへと回っている。

 

 

 

 

「ふん…、家出は終わり?」

 

 

「初期ロットのおかげ?」

 

 

「泣けるだけ泣いて…、スッキリした?」

 

 

「そう…。だったら、少しはケンケンの役に立て…!」

 

 

 

 

「ただいま~。あれ? 碇は?」

「帰ってきた途端、寝床に直行よ」

「そっか。ま、碇にとっては久しぶりの屋根の下での就寝だからな。今日はゆっくりさせてやろう」

「明日っからこき使ってやって…、何よ、その顔」

「へ?」

「何だか締まりのない顔しちゃってさ」

「あ、いや、これは……。ごめん、式波。さっきの言葉、俺は撤回させてもらうよ」

「は?」

「碇センセはヘタレじゃない」

「は?」

「いや~、あんなカワイイコのハグなんて、そりゃ14歳のガキんちょには荷が重いって~」

「ケンケン、あんたまさか…」

「鈴原んちまで送ったら突然別れ際にぎゅっとさ、…って、式波さん?」

「……」

 ゲシゲシッ

「え、ちょっと痛いですよ。式波さん…」

「……」

 ゲシゲシゲシッ

 

 

 

 

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