機甲少女の想いは一途   作:hekusokazura

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単体で読める仕様です。
シン・エヴァンゲリオンでシンジくんの家出が終わってから2~3日後のお話しです。



 


《短編》
(43)鴨とニートとオーディオテープ


 

 

 

 

「かわいい…」

 少女は今日10回目となるその言葉を呟いた。

 

 ピチピチタイトな黒いスーツという、この牧歌的な村の風景には不似合いな格好をした空色髪の少女は本日も農作業に駆り出され、1月前に田植えを済ませていた田んぼの畦道を歩いている。

 

「かわいい…」

 11回目。

 少女の視線の先には、「グエグエ」と濁った鳴き声を上げながら、列を成してとてとてと歩く合鴨の集団。

 水かきの付いた短い足を危なっかしい足取りで前後させ、尾っぽを左右にふりふりさせながら歩いていく合鴨の集団。

 

「かわいい…」

 12回目。

 

 合鴨たちは水の張った田んぼの中に次々と入っていき、合鴨たちの背丈と同じくらいの背丈まで成長した稲の間をすいすいと泳いでいき、水の中をちょいちょいと啄み始めた。

 

「かわいい…」

 13回目。

 

 少女の隣に立って合鴨たちの様子を見ている農作業仲間の小母ちゃんに、声を掛ける。

「あのトリたち…」

「ん?」

「あのトリたちは、何、してるの?」

「ああ。悪い虫や草を食べてくれるんだ。ニアサー以前は薬撒いてたんだけどさ。場所も水源も限られてるここじゃ、おいそれと薬漬けにするわけにはいかないからね。土地を汚さないための、昔ながらの方法さ」

「ふーん」

 少女はその場にしゃがみ込み、膝の上に頬杖を付きながら、田んぼの中の合鴨たちを見つめる。あちこち泳ぎ回っては、水の中に嘴を突っ込み、虫や雑草を啄む合鴨たち。

「みんな、働きもの…」

「そっ。合鴨も鶏も牛も山羊も人間も、この村はみんな働きものさね。ありゃ?」

 小母ちゃんの目が、一羽の合鴨に向けられる。眉を、「ハ」の字に曲げた。

「ありゃりゃ。やっぱり駄目か」

 少女も小母ちゃんが見ている合鴨に視線を向けた。

 

 酷くぎこちない泳ぎ方。

 頭を前に突き出して水面に浮く雑草を啄もうとするが、バランスが悪く首を傾けると途端に体全体が横に傾いて、沈んでしまいそうなる。

 

「あのコ…」

 そんな合鴨を心配そうに見つめる少女。

「うん。足を怪我してるみたいなんだよ。もうちょい頑張れると思ったけど、仕方がないね」

「しかたがない…?」

 小母ちゃんは大きなたも網を持って、その合鴨に近付く。

「え?」

 小母ちゃんはたも網を器用に使って、その合鴨を捕まえてしまった。

 網は一羽分の鴨で膨れており、中で鴨がじたばたと暴れている。

 小母ちゃんは少女に向かってニッと笑った。

「じゃ、行こっか」

「え?」

 

 

「はい、それじゃまずはお湯を沸かしまーす」

 かまど七輪の上に水が満たされた大きな鍋を置き、火をくべる。

「え?」

 

「お湯が沸く間に鴨ちゃんを絞めちゃいまーす」

 小母ちゃんはナイフを取り出し、慣れた手つきで鴨の喉をサッと掻っ捌く。

「えッ!?」

 鴨の首から、ピューと赤い液体の糸が飛び出る。

 

「血が抜け切ったらお湯の中に入れまーす」

 足を持たれて逆さ吊り状態の鴨を、煮立った鍋の中に入れる。

「え?」

 

「さっと湯がいたら次に羽毛を全部抜きまーす」

 台の上に鴨を置き、羽毛を毟り取り始める。

「え?」

「ほら、手伝って手伝って。これが一番大変なんだからさ」

「え?」

 

  ブチッ ブチッ ブチッ ブチッ ブチッ

 

「んじゃ、次に解体を始めまーす」

 よく研がれた包丁を用意する小母ちゃん。

「あんた、やってみる?」

「え?」

 

  ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ

 

「おーうまいうまいね、そうそう。骨に沿ってね。その調子調子」

「……」

「つぎにそのお尻の穴の周りを切って。そうそう」

「……」

「じゃあ内臓全部引き摺り出して」

 

  ズルズルズル…

 

「……」

 

「もも肉、むね肉、ささみ…と。はい。よくできました」

「……」

 

 小母ちゃんは切り分けられた肉の一部を経木で包み、少女に渡す。

「はいこれ。鈴原先生のとこに持ってっておやり。ああ、心配ないよ。合鴨農法用の鴨は飼っている家庭毎で処理していいって決まりになってるから」

 

 手の上の包みを見つめる少女。

 そして目の前に立つ小母ちゃんの顔をじっと見つめて。

 そして今度は田んぼの中の鴨たちを見つめる。

 

 グエグエ言いながら稲の間を泳ぎ、水の中を啄み、時々羽根を羽ばたかせて水飛沫を上げる鴨たち。

「かわいい…」

 14回目。

 

 そして改めて手の上の包みを見つめて。そして小母ちゃんの顔を見つめて。そして田んぼの中の鴨たちを見つめて。

 

 それを5回ほど繰り返して。

 

「どうして…」

「ん?」

「どうして、あの鴨を…」

 そう呟きながら、手の上の包みをじっと見つめる少女。

「怪我してまともに動けなくなってたからね。餌も馬鹿になんないし。働けなくなった鴨はこうして絞めて食べることにしてるのさ」

「食べる…」

 包みから視線を上げ、小母ちゃんを見つめる。

「これを…」

「そう。美味しいよ」

 再び包みに視線を落として。

「働けなかったら…」

 再び小母ちゃんを見つめて。

「シめて…、食べる…」

「そう。生きてる間は有害な虫や雑草を一杯食べてくれて、糞は稲の肥やしになって、死んだらあたしたちの血となり肉となる。文字通り、自分の全てを捧げてこの村を支えてくれてるんだよ、こいつらは」

 

 

 

 

「これ…」

 鈴原ヒカリは少女が差し出したものを見て目を丸くした。

「わぁ、鶏肉じゃないの? これ」

 少女はこくりと頷く。

「小森さんが…」

「ああ。じゃあ、合鴨ね。わあ、お肉なんて久しぶり。ありがとう、そっくりさん。さっそく今晩のオカズにしましょうね。……そっくりさん?」

 「なに?」とヒカリの顔を見る少女。

「何だか顔色悪いけど、大丈夫?」

 少女は「平気」と言うが、ヒカリの目から見るととても平気そうには見えない。

「もしかして…、絞めるとこ、見ちゃった…?」

 少女はこくりと頷く。

「血がピュー…、羽根をブチブチ…、内臓ズルズル…」

「あれまぁ…」

 

 

 

「おおっ! なんやこれ! 今日は何かの記念日やったか?」

 食卓に並ぶ鶏肉を見て目を輝かせるのは一家の大黒柱、鈴原トウジである。

「そっくりさんが貰ってきてくれたのよ。本物のお肉なんて何時以来かしらね」

「そりゃ嬉しいのう! あんがとさん! そっくりさん!」

「ありがとう」

 トウジとヒカリの父親にお礼を言われ、顔を赤くして目を伏せてしまう少女である。

 ヒカリが大皿の上のソテーした鴨のもも肉を、各々の取り皿の上に切り分けてやる。

「それじゃあいただきましょうか」

「いただきます!」

「いただきます」

「いた、だきます…」

 皆、真っ先に切り分けられた肉を箸で摘まみ、口の中に入れる。

「あー、うっまー。これやこれ…。このジューシーさは合成肉には真似できへん…」

「旨いなぁ」

「ほんとねぇ」

 口の中に染み出る濃厚な脂の味をうっとりとした顔で味わう3人。

 一口目を飲み込んだところで。

「あれ? そういやそっくりさん。肉、食われへんかったちゃうんか? …あいや、…あれは「綾波」やったか。って、そっくりさん?」

「そっくりさん、大丈夫?」

 3人の視線が、口もとを手で押さえ、青ざめている少女へと集中する。

「洗面所洗面所! 早う!」

 トウジに促され、立ち上がった少女は洗面所へと駆け込んでいく。そして、

 

「げえええ……」

 

「ありゃまあ…」

「まあ、私も初めて絞めてるとこ見た時は、半年は合成肉も食べれなかったから…」

「なるほど。そっちか」

「んじゃ、そっくりさんのお肉はわいが…」

 

 心配したヒカリは立ち上がり、洗面所へと向かおうとして。

 ドタドタと廊下を駆ける音。

「あれ? そっくりさん?」

 少女はヒカリの前を通り過ぎ、そのまま台所の方へと走って行ってしまった。

 

 勝手口に下りる音。

 つっかけを履く音。

 ドアを開ける音。

 ドアを勢いよく閉める音。

 外を駆けていく音。

 

「ちょっと、そっくりさん! どこ行くのー!」

 

 

 

 

 ドンドンドンとドアを激しく叩く音に、ベッドの上で携帯型ゲーム機をピコピコしながら遊んでいた式波・アスカ・ラングレーは跳ね起きた。

「な、なに!?」

 慌てて枕の下の拳銃を取り出そうとしたが、拳銃はアスカの手から零れ落ち、床へと落ちてしまう。

「碇くん…!」

 ドア越しに、あの子のか細くも、どこか必死な声が聴こえた。

 

 ドアを開けると、肩で息をし、顔中を汗だくにした空色髪の少女が立っていた。どうやら、村の中心からこの小屋まで走ってきたらしい。小屋の前の斜面で何度もこけたのだろう。少女が着る黒のプラグスーツの膝は、泥だらけになっている。

 

「何よ、初期ロット。こんな遅くに」

 不機嫌さを隠そうともせずに少女を睨み付けるアスカである。

「碇くんが…!」

 「この顔」で、こんなに必死な表情は見たことがなかった。

「しっ、シンジがどうしたってーのよ」

 さすがのアスカもたじろいでしまう。

 

「碇くんが、殺される…!」

 

「はあ!?」

 アスカは身を翻すと小屋の奥に駆け込み、床の上に無造作に落ちていた拳銃を拾い上げ、戻ってくる。

「だ、誰! どこのどいつがシンジを殺そうとしてんのよ!」

「碇くんは…!」

「は?」

「碇くんは…、何処…!」

「バカシンジなら今朝からケンケンの仕事の手伝いで出かけてるけど。今日は遠出するから遅くなるって」

「仕事の…、手伝い…?」

「そ、そうだけど…」

「よ…」

「よ?」

「良かったぁ~…」

 しなしなと崩れ落ちるように、その場に座り込んでしまう少女。

「ちょ、ちょっと。説明しなさいよ」

 訳が分からないアスカは、座り込んだままの少女の膝を、ちょちょいと爪先で突っつく。しかし少女はここまで走ってきて息が上がってしまったのか、ぜえぜえと乱れた呼吸を繰り返すばかりで、アスカの問いに答えてくれない。

 

 ようやく呼吸が落ち着いてきたところで、少女ははっとし、顔を上げてアスカを見上げた。

「な、何よ…」

 突然見つめられ、身構えてしまうアスカ。

「たいへん…」

 勢いよく立ち上がった少女は、両手でアスカの両肩を掴んだ。少女の剣幕に、アスカは気圧されてしまう。

 

「逃げて…!」

 

「はあ!?」

 

「あなた…、殺される…!」

 

「はあ…?」

 

 

「この村では、タダ飯食らいの、穀潰しは、絞められる…!」

 

「……」

 

「ろくでなしの、プータローは、殺される…!」

 

「……」

 

「無職の、ニートに、生きる価値、なし…、あイタっ!」

 

 

 少女の頭頂部に脳天チョップをかましたアスカは、勢いよくドアを閉めると、踵を返してスタスタと歩き、ベッドにごろんと横になり、枕元に投げてあったゲーム機を取って、ピコピコを再開。

 

 

 じんじん痛む頭を撫でながら、閉じられてしまったドアを見つめる少女。

 どうしたらよいのか分からず途方に暮れていたら、周辺が急に明るくなった。振り返ると、目に飛び込んできた強烈な光に、目を細めてしまう。

「あれ? 君は…」

 ヘッドライトを照らした自動車の窓から、相田ケンスケが顔を出した。助手席には、「彼」が乗っている。

 

 

 

「ハッハッハッハッ!」

 少女から事情を聴いたケンスケは膝を叩いて笑っている。助手席に座る少女は何故笑われているのか分かっていないようで、きょとんとした顔で運転席に座るケンスケの横顔を見上げている。

 少女を鈴原家まで自動車で送ってやることにしたケンスケ。少年は小屋の前で下ろし、少女を助手席に乗せて、オフロード型の軽自動車で未舗装の夜道を走っている。

「でもありがとうな」

 「何が」とケンスケの横顔を見上げる少女。

「式波のこと、心配してくれて。でも大丈夫。式波には、式波にしか出来ないことがあるからな。それで十分に村には貢献してるさ」

「村を…、守る…、こと…」

 少女がぽつりぽつりと呟いた言葉に、ケンスケは深く頷く。

「そう。…それに…」

 ケンスケの顔から、少しだけ笑みが薄れた。

「式波は…、正確には村の一員じゃないからな…」

 

 

「そう言えば、ニートなんて言葉、久しぶりに聞いたな。こんな時代じゃ今や死語だよ。よく知ってたね」

「コモリさんの弟。昔、そうだった…って」

「えっ? あのヤスタカさんが? へー、意外だな~」

「ニートは、働けるのに、一日中家でゴロゴロしてるって…」

「そうらしいね」

「外に出る機会、少ないから、いっつも、同じ服、着てるって…」

「そうなんだ」

「それでも働かない、後ろめたさは、あるみたい、だから。だから家の掃除とか、洗濯くらいはして、ジソンシンを満たすんだって…」

「ふーん…」

「苦労も知らないし…、日光も浴びないから…、年齢の割に顔は幼いままだって…」

「……」

「……」

「……」

「……」

「今度…、アスカにも仕事手伝ってもらおっかな…」

 

 

 

 

 少女が居候している一家の家の近くで車を停めた。

「あ、ちょっとちょっと」

 車外に下りた少女にケンスケは声を掛ける。

「これ、忘れてるよ」

 そう言いながら、ケンスケは少女が座っていた助手席を指差す。

「ありがとう…」

 少女はお礼を言いつつ、助手席に手を伸ばそうとして。

「あれ? これって…」

 少女がそれを拾い上げる寸でのところで、ケンスケがそれを拾い上げてしまった。

「へー、珍しい。S-DATプレイヤーじゃないか」

「えすだっと?」

「そうそう。光学記憶媒体の普及で僕らが生まれた頃には廃れてしまったらしいんだけどさ。あれ…? そう言えば中学の時、碇がこれと同じもの持ってたような…」

 ケンスケの呟きに少女は頷く。

「それ、碇くんの」

「へー、そうなんだ。いつも持ち歩いてるの?」

 少女はこくりと頷く。

「いつでも、碇くんに、返せるように…」

「ふーん」

 あまり大事に扱われていないのか、でこぼこだらけになっている筐体をしげしげと見つめる。

「これ…」

「ん?」

「これ、なに?」

「え?」

 少女の問い掛けに、ケンスケはメガネの向こうの目をぱちくりとさせた。

「これ、なに?」

「知らずに、持ち歩いていたの?」

 少女はこくりと頷く。

「これはいつでも何処でも音楽が聴ける機械さ。録音機能もあるようだけど」

「おんがく?」

「そう」

「碇くんも、これ、聴いていたの?」

「ああ。俺たちとつるむ前はもうしょっちゅうね」

 少女が、興味深そうにケンスケの手の上の音楽プレイヤーを覗き込んでいる。ケンスケはそんな少女の横顔を見て微笑みながら、筐体に巻いてあるイヤフォンのコードを解き、2つのイヤフォンを少女の空色の髪に隠れていた耳の孔に入れてやった。

 プレイヤーの電源を入れ、再生ボタンを押す。

 どんな反応をするかな? と少女の顔を見た。

 両方の耳からコードを垂らす少女。

 ぼんやりと突っ立っている。

「どうだい?」

 何の反応も見せない少女に、ケンスケは少しがっかりしながら声を掛けた。

 少女はぼんやりとした表情のまま、運転席に座るケンスケを見る。

「碇くんは…」

「ん?」

「碇くんは…、変な、人…」

「え?」

「碇くんは、何もないものを…、聴いていたのね…」

「は?」

「ずっと、無音を、聴いていたのね…」

「無音?」

「とても前衛的…」

「いやいや、ちょっと待った」

 ケンスケは少女の耳からイヤフォンを抜くと、自分の耳の孔に突っ込む。

「ホントだ。何も聴こえない」

 プレイヤーを見るが、電源ランプはちゃんと点いているし、筐体の中のマイクロカセットテープもきちんと回っている。しかしイヤフォンからは何の音も奏でられない。筐体からイヤフォン端子を抜いて内臓スピーカーに変えてみるが、音量ダイヤルを上げ下げさせてもうんともすんとも言わない。

「壊れてる…、のかな?」

「壊れてる…」

「うん」

 見上げれば、どこか残念そうな少女の顔。

「よかったら、これ。俺がちょっと預かっててもいいかな?」

「預かる…?」

 どこか不安そうな少女の顔。

「ははっ。大丈夫さ。直るかどうか、ちょっと試してみるだけだよ」

 やはりどこか不安そうな少女の顔。

「直るにせよ直らないせよ、ちゃんと君に返すからさ。そしていつか君の手から、碇に直接返すといい」

 そう告げると、少女の顔から不安が消えた。

 ケンスケに向かって、ぺこりと頭を下げる。

「お願い、します」

「う、うん」

 「この顔」で頭を下げられるとは思ってもみなかったケンスケは、困ったように頭を掻きながら返事をする。

 一家の玄関の引き戸が開き、少女の姿を認めてほっとした様子の彼らの同級生の女性が出迎えてくれた。

 

 

 

 

 * * * * *

 

 

 

 

「これで…、どうかな?」

 時間は深夜。ケンスケは様々な工具やテスターが並ぶデスクの上で、卓上ライトの灯りのみで音楽プレイヤーの修理をしていた。

 修理のために開けていた筐体の底を閉じる。電源を入れ、イヤフォンを耳の孔に突っ込み、再生ボタンを押してみた。

「ふふっ」

 耳の中に流れ始める軽快な音楽に、ケンスケの口もとが綻ぶ。

「碇のやつ、こんなブリブリのアイドルソングを聴いてたのか」

 

 思春期真っ盛りの少年のプレイリストにはどんなイタい曲目が並んでいるのだろう、と期待して聴き続けてみたが、このプレイヤーの持ち主は幅広いジャンルの音楽を聴いていたらしい。アイドルソングやアニメソング、正統派のポップスに激しいロックや前世紀の歌謡曲、洋楽からクラッシック音楽まで。

 ケンスケは自分でも気付かない間に、イヤフォンを通じて奏でられる音楽の世界に没頭する。

 

 気が付けば、壁に掛けられた時計の分針が2周していた。カセットテープの残りは、まだ半分以上ありそうだ。明日も6時に起床。今日はここまでにしよう。

 イヤフォンを外そうとして。

 プレイヤーは、次の曲を流し始める。

 イヤフォンを外そうとしたケンスケの手が止まった。その手をお腹の上で組み、そして姿勢を崩して背中を背もたれに深く預ける。

「懐かしいな…、この曲…」

 シンプルなピアノの伴奏と男性コーラスのハミングから始まる楽曲。落ち着いたイントロダクションが終わると一転してリズミカルな電子ドラムが鳴り響き、男性の甘い声が歌詞を歌い出す。

 それは、ケンスケが少年時代に流行った、海の向こうの国の歌手が歌うポップスソングだった。

 

 薄目で卓上ライトの光を見つめながら、お腹の上に組んだ手の右手の親指と左の親指をくっ付けては離し、くっ付けては離してリズムを取る。イヤフォンに流れるメロディに合わせ、何時しかケンスケの口からも鼻歌が漏れていた。

 

 曲が終わる。

 プレイヤーの停止ボタンを押す。

 

 椅子の上に寝そべりながら、ふう、と小さく溜息。

 

 プレイヤーを持って椅子から立ち上がり、壁付けにされた別の机へと向かう。

 その机には、幾つもの機材が積まれていた。

 その機材の一つと、プレイヤーをコードで繋ぐ。機材の電源を入れ、幾つかのつまみを捻る。機材の調整を終えたら、机の隅に置いてあった卓上マイクを自分の前に置いた。

 マイクのスイッチを入れる。

 

 

 

「JOZ33、こちらは○△地区第3村放送局。

 

 周波数9.××メガヘルツ、出力1キロワット。

 

 世界の何処かで誰かがこれを聴いてくれていることを信じて。

 

 みなさん、こんばんわ。

 

 昼間は村の何でも屋、夜は短波ラジオのDJ、相田ケンスケだ。

 

 前回の放送から随分と日が経ってしまったから、心配させてしまったかな。

 

 安心して。

 

 第3村は今日も無事、一日を終えることができたよ。

 

 時間が空いてしまったのは新しいネタがなかなか入らなかったからさ。

 

 でも今日。新しいネタを仕入れることができたよ。

 

 それもみんな、聴いて驚け。

 

 音源媒体はあのS-DATだ。

 

 なに? S-DATを知らない?

 

 そんな軟弱アフターセカンド世代はググってウィキるか親御さんに聴いてみるんだな。

 

 つっても俺もアフターセカンド世代だけどさ。

 

 ってなわけで、サードインパクトで失われてしまった音源の発掘と保存、そして伝承を試みるために始まったこの放送。

 

 第465回はこのSDATのテープに収められた楽曲から1曲披露しようと思う。

 

 ああ…。

 

 だけど曲を流す前にちょっとみんなに謝らないと。

 

 世界の何処かで誰かが聴いてくれていることを信じて放送しているこの番組。

 

 そして音楽は全人類が共有すべき尊い財産だ。

 

 でも今夜は。

 

 この曲だけは。

 

 今もこの部屋の隣で。

 

 ベッドに横になって。

 

 眠れない夜を過ごしてる彼女に贈りたいと思う。

 

 ああ、それともう一つみんなにごめん。

 

 もう20年近く前の歌だし、さっき発掘したばっかりなので歌手の名前がどうしても思い出せないんだ。

 

 でも、曲名は分かってる。

 

 歌の中で、呆れるほどに出てくるからね。

 

 それでは聴いてくれ、アスカ。

 

 

 Just The Way You Are 」

 

 

 

 

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