機甲少女の想いは一途   作:hekusokazura

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 鈴原トウジは村の者から敬われ、慕われる人物だった。村で唯一の医者であり、急患が出れば深夜でも駆け付け、診療所が休みの日は村の作業を手伝い、村への配給物資を確保するために遠くの病院にまで勤労奉仕に出ている。村の運営に欠かせない人物でありながらそのことを鼻に掛けるようことはせず、誰にでも分け隔てなく気さくに接し、裏表のない大らかなその性格もまた愛された。

 だから、鈴原家に押し寄せた彼らも、出来るだけ事を穏便に済ませたかった。鈴原家が敵性人物を匿っていたことも、不問に付したかった。

 きっとトウジたちは騙されたのだろう。あの一家は皆人が良いから。そりゃあんな年端もいかない少女があの憎むべきネルフの手先であるとは俄かには信じられない。騙されるのも、無理はない。

 トウジたちがそのことを認め、素直に悪辣なネルフの手先を引き渡してくれたら、全ては無かったことに。今まで通りの、今までと変わらない村に戻るはずだった。はずだったのに。

 トウジたちの強硬な態度。村との縁を切る覚悟を見せてまで、ネルフの手先を庇い続ける彼ら。

 問答無用の鈴原家に対し、それでも彼らは辛抱強く説得を試みようとした。それは説得と言うよりも恫喝に等しかったが、それでも彼らが数と力に物を言わせてまで、鈴原家の中に雪崩れ込もうとしなかったのは、皆、鈴原家が好きだったからだ。

 玄関の前に仁王立ちする鈴原家の男2人。未だ、説得に応じる気配など微塵も見せないが、彼らが自ら玄関の前から退いてくれることを、村人たちは期待して待ち続けていた。

 それでも。

 

 

「そっくり…さん…」

 

 鈴原家の玄関に立つ空色髪の、黒いプラグスーツを身に纏った少女を、呆然と見つめるトウジ。

 

「なんで出てきたんや…!」

 

 玄関に立つ、ネルフの手先。

 その姿をその目で直に見てしまった村人たちの行動は、もはや止まらなかった。

 

「こいつだ!」

「捕まえろ!」

 

 彼らは玄関の前に立つトウジとその義父を押し退け、少女に迫る。

 

「何や貴様ら! やめえや!」

「止めなさい、君たち!」 

 トウジやその義父の制止は、もはや彼らの耳には届かない。

 

 

 

 鬼気迫った男たちの表情。

 諸手を突き出しながら迫ってる男たちを、当の少女は涼やかな顔で見つめていた。

 

 少女の脳裏に浮かぶのは、この村にやってきて目の当たりにした、2つの幕切れ。「結末」。

 

 一つは、働けなくなり、皆に食べられることで、その生の全てをこの村に捧げたあの合鴨。

 

 もう一つは、全身を焼かれ、生きたまま地獄を味わいながら、最期を穏やかに迎えたあの包帯塗れの患者。

 

 

 人には。

 生きているものには。

 命を与えられたものには。

 それぞれに相応しい、その生き方に見合った「結末」というものが与えられるのかもしれない。

 

 

 今、自分の身に迫るもの。

 自分に突き付けらた「結末」の片鱗。

 それは愛しい一家の笑顔でもなく、愛しい村人たちの笑顔でもなく、愛しいあの少年の笑顔でもなく。

 

 

 それは、人々の怒り。憎しみ。狂気。怒号。

 

 

 その生を。

 その存在を。

 与えられた名前すらも否定されてきた。

 

 

 きっと「これ」が。

 おそらく「これ」が、自分に与えられた相応しい「結末」なのだろう。

 

 

 こんな自分を家族と呼んでくれて。

 今もなお、その身を挺して怒りに満ちた村人たちを押し返そうとしてくれている彼ら。

 

 もうこれ以上、彼らを巻き込んではならない。

 

 

 

「そっくりさん! 早う家の中に入るんや!」

 そう叫んでも、少女は回れ右するどころか、何故かこっちへと歩いてくる。

 

「ありがとう…」

 

 トウジたちに向けて、笑顔でそう呟きながら。

 

 そしてトウジとその義父の隙間から縫うように伸びた村人たちの腕の一つが、ついに少女の細い腕を掴んだ。

「そっくりさん!」

 トウジが少女のもう片方の手を掴もうとしたが間に合わず、少女の小さな体はたちまち村人の集団の中に引きずり込まれてしまった。

「貴様ら! わいの家族を返…」

 トウジはすぐさま少女を狂気に染まった集団の中から救い出そうとしたが、しかしトウジの前を別の村人たちが立ち塞がってしまう。その手に、鉈や鎌を構えて。

「何のつもりや! それをわいに向けてどないするつもりや!」

 トウジの怒声。その村人たちは、反射的に手に持ったものを構えてしまっていたらしい。トウジに怒鳴られ、慌てて構えていた鉈や鎌を下ろす。

「どけ!」

 トウジがそう叫びながら、少女をその中に引きずり込んだ村人たちの集団に割って入ろうとした、その時だった。

 

 

 

 

 パン!

 パン!

 

 

 

 

 耳を劈く2発の発砲音。

 

 

 その場に居る全員の動きが止まり、そして発砲音が鳴った方へと視線を向けた。

 

 皆の視線が集まるその先に、緋色の髪を背中に広げた少女が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 原付バイクを飛ばして村の中心へと向かう。

 初めて入る場所。いつも外から眺めるだけだった村の中心部。

 いつも眺めていたから、目指すべき鈴原家が何処にあるかも分かっていた。

 

 鈴原家の前には、村人の集団。遠くから見ても、狂気に染まっていると分かる人々の背中。

 そしてあの少女は、すでに村人の集団に囲まれているらしい。

 原付バイクを倒すように停めると、飛び降りてすぐさま右手に握っていた拳銃を空に向けた。

 

 引き金を、素早く2度引く。

 

 

 陽が傾き、茜色に染まり始めた空に、2発の発砲音が轟いた。

 

 村人たちの怒号がピタリと止み、その動きも止まり、彼らの視線は空に向かって拳銃を撃ったアスカへと集中する。

 

 緋色髪の少女の姿を見た瞬間、村人たちの顔に明らかな動揺が広がる。

 怒りに染まっていた村人たちの顔が、一様に恐怖に染まった。

 

 

 アスカは拳銃を空に向けたまま叫ぶ。

 

「ヴィレ所属特務少佐、式波・アスカ・ラングレーが第3新東京市衛星村の住民に告げます!」

 

 アスカは意識的に重々しい声音で叫んだ。

 

「そこに居るゼーレ所属の綾波タイプ・初期ロットナンバー6は我々ヴィレの捕虜です!」

 

 この場に居る全員に漏らさず自分の声が伝わるように。

 

「捕虜への虐待はこの国が批准するジュネーヴ条約で固く禁じられています!」

 

 言葉の力だけで、この場に居る全員の狂気を挫くために。

 

「付け加えればあなたたちの行いはこの国の憲法第参拾壱条にも著しく違反しています! 憲法及び国際条約違反のあなた達の行いを、私は黙って見過ごすわけにはいきません!」

 今自分が口にした憲法も条約も、世の理の多くが変わってしまったこの世の中で果たして機能しているのかどうか。アスカ自身もよく分からなかったが、ここまで来たのなら後は勢い任せとばかりにはったりとかまし続ける。

 

「今すぐに彼女を解放し、この場から解散しなければ、私はこの村に対する然るべき措置を取らざるを得ません!」

 

 ぎょろりと剥いた、一つしかない目で、村人たちを威圧し続ける。

 

「このことがクレイディト及びその上位機関に伝わった時、あんたたち第3村がどのような報いを受けるのか! せいぜい想像力を働かせることね!」

 

 

 自分のはったりが効果があったのか。それとも自分という存在そのものが、彼らをそうさせたのか。

 いずれにしろ、村人たちはアスカが期待した通りに動き始めた。

 少女を取り囲んでいた村人たちが一人、また一人と、人の輪から離れ始めたのだ。

 

 村人たちの輪の隙間から、黒いプラグスーツを着た少女の姿が見え始めた。空色髪の少女は、地面の上でしゃがみ込んでいる。その少女の腕を握り締めている一人の村人。

 作業着姿で首にタオルを巻いたその中年男性は、拳銃を空に向けて構えているアスカを睨んでいた。

 

 くたびれたパーカーにハーフパンツ。ベッドの側に脱ぎ捨ててあったものを、そのまま着てここまでやって来ました、みたいなアスカの格好。

 威厳など、欠片もない服装。

 

 そんな緋色髪の少女の左目を覆う眼帯。

 

 男性はその眼帯からまるで逃げるように視線をアスカから外し、歯噛みしながら地面を睨む。

 

 

 

「使徒もどきが…」

 

 

 

 男性の、誰にも聴かせるつもりもなかった小さな呟き。

 しかし不幸にもその呟きは、アスカの耳に届いてしまう。

 

 

 アスカの頭が、瞬間的に沸騰した。

 アスカの顔が真っ赤に染まり、眼帯に覆われていない右目が吊り上がる。

 

 アスカ自身、気付かないうちに空に向けていた拳銃を、その男性に向けていた。

 

 そしてアスカ自身、無意識のうちに、引き金に掛けていた人差し指に力を籠めていた。

 

 

 

 

 

 もしその人物が、男性の前に立っていなかったら。

 もしその人物が、男性とアスカが構える拳銃の間に立っていなかったら。

 

 アスカは拳銃の引き金を引き絞っていたかもしれない。

 鈴原家の前で起きた混乱は、取り返しのつかない、一つの破局へと転がり落ちていたかもしれない。

 

 その人物が男性の前に立ちふさがった時。

 その女性の背中が、銃口が睨む先に現れた時。

 アスカは咄嗟に引き金から人差し指を外していた。

 

 

 バコっと、鈍い音がした。

 

 

 それは、男性が頬を殴られた音。

 目の間に立つ女性から、グーパンチをお見舞いされた音。

 

 そして、ドサっと、殴られた男性が地面に倒れる音が鳴り響く。

 

 

「ヒカリ…」

 アスカは、自分を侮蔑した相手に鉄拳制裁を加えた旧友の名前を呟いた。

 

「きゃっきゃ…!」

 右拳で正拳突きを食らわせた母親の姿に、その左腕に抱かれている彼女の一人娘が「よくやった」とばかりに声を上げながら笑っている。

 

 急展開する事態にツバメ以外の全員が硬直してしまっている中で。

 ヒカリはその場に跪き、地面にしゃがみ込んでいた少女の右脇に右腕を滑り込ませる。

 その左腕に我が子を、そして右腕に我が家の居候を同時に抱える母親は、地面にしゃがみ込んだままの居候を強引に立ち上がらせた。 

 

 少女も、一人の男性を殴り倒したヒカリの顔を。暴力とは最も縁遠い場所に立つ母親の顔を、目を丸くして見つめている。

 そんな少女の背中を、ヒカリは力強く押した。

 

「アスカ!」

「は、はい!」

 中学時代の旧友に名前を叫ばれ、他の村人たちと同様に硬直していたアスカは、親に叱咤された子供のような返事をする。

 

 背中を押された少女の体が、アスカの方へ向かってよろめいていく。

「そっくりさんをお願い!」

 その声に、アスカは反射的に少女のもとへと駆け寄った。

 よろめいていた少女の体を両手で受け止めながら、少し遠くにあるヒカリの顔を、マジマジと見つめる。

 

「早く!」

 ヒカリに怒鳴り付けられ、アスカは慌てて少女の手を引いて原付バイクに向かって走り出した。

 

 

 アスカに遅れて8秒後。ようやく硬直から脱した村人たち。見れば、ネルフの手先が遁走を始めている。

「待て!」

「この野郎!」

 彼らは口々に叫びながら、アスカたちの背中を追い始めた。

 

 動き出してからのアスカの行動は素早かった。未だ戸惑いの中に居る様子の少女の腕を引っ張りながら路上に倒していた原付きバイクへと駆け寄り、起こすと、少女を後部の荷台へと座らせ、自らもシートに跨ぎ、キックペダルを思い切り踏み込み、エンジンスタートと同時にスロットルグリップを思い切り捩じり込んだ。

 マフラーから黒煙をぼこぼこ吐き出しながら走り始める原付バイク。最小限の排気量の上に2人乗りだ。トコトコと、少々場違いなのんびりとしたエンジン音を鳴らしながら、ゆっくりと走り出すバイク。それを追い掛ける、半ば暴徒と化している村人の足は、今にもバイクに追い付いてしまいそうだ。

 

「待ちいや!」

 あと少しで荷台に跨る少女の肩に手を掛けようとしていた村人の体を、後ろから突っ込んだトウジが押し倒す。

「行かせはせんぞ!」

 少女の腕を引っ張ろうとした村人の頸部に、トウジの義父が空手チョップを食らわせる。

 

 鈴原家の男衆2人が体を張って村人たちを止めに入るが、彼らが一度に制止することができる人数は精々2~3人だ。

 トウジたちの制止を逃れて、さらに何人もの村人たちがのろのろ走る原付きバイクへと迫った。

 

 

「おんどりゃあ!! ええ加減にせんかい!! このタコ助どもがぁ!!」

 

 

 人々の怒号を切り裂くような、甲高い怒声。

 村人たちの足が止まる。

 その場に居た者たちが、その怒声がこの村唯一の医者の夫人の口から放たれたものであると気付くのに、最低でも10秒は要したという。

 

 両腕でツバメを抱っこするヒカリは、村人たちを睨み付ける。

 

「大の男どもがあんなかわいいコを寄って集って虐めくさりよってからに! おんどれら、ふざけんのも大概にせえよ!」

 

 呆気に取られる村人たち。

 

「あの子は婦人会の大のお気に入りや! こん村の最大派閥の婦人会さまのやで! こん事が婦人会の長老たちの耳にでも入ってみい! あんたら! 今晩からヨメはんに家に入れてもらえんようになるけえ覚悟しときいや!」

 

 ヒカリの恫喝に、震え上げる村人たち。

 ヒカリの腕の中のツバメは、生まれて初めて見る額に青筋を浮かせた母親の面白い顔を、相変わらずきゃっきゃと笑い声を上げながら見上げている。

 

 数人の村人を抑え込んでいたトウジとその義父も、呆気に取られながら彼らの妻を、娘を見つめている。

 義父はぽつりと呟いた。

「あれは本当にうちの娘かね…?」

 夫は両頬を赤く染めながら言った。

「ヒカリ…。惚れ直してしまうやろ…」

 

 未舗装の泥道の先では、2人の少女を乗せた原付きバイクが黒い排気ガスを残しながら、村はずれの丘へと向かって走り去っていく。

 

 

 

 

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